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「SNSによる炎上」とよく言われるが、これは矛盾した言葉だ。なぜならSNSは本来“井の中の蛙”を作るサービスだからだ。閉じた世界で自分の触れたい情報にだけ触れて時間を過ごすサービスがSNSなので、むしろ喧嘩を回避する方向に機能する。だとしたら「SNS規制」は限定的な効果しかない。しかし現実に炎上は起きている。その理由は? それはX(エックス)などの「拡散系サービス」をSNSに含めているためである。
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Posted by ブクログ
タイトルがやたら長くごちゃごちゃ行ってるし、 1章から4章まではSNSの実態をカタカナ言葉をふんだんに使いながら 詳細に説明していて、正直頭がこんがらがりそうだったけれど、 5章でいきなり腹に堕ちた。 SNSとくにXは、 「自分の力で社会を変えられた実感」 「社会に爪痕を残す」 事に於いて非常に...続きを読むコスパが高い。 人を批判するための刺激的な捏造をして、SNSに放り込めばいいからだ。 これは危険。 これでは結果多くの人々が苦しむことになる。 これを防ぐには、AIによるフィルターバブルで、 個々人を隔絶するしかない! という、極論、ディストピアしかない、と著者。 AIというコクーンの中で、社会の荒波を避け、幸せに過ごす 冗談のようだが、案外現実味を帯びている気がする。 そういう人は少しずつ増えているような、、 しかし、、、 なぜか我々は、時を同じくして一緒に観たり聞いたり動いたり歌ったり演奏したり することに心躍らされる。 工業化時代ではないから、機械の前でいっしょの作業をする必要はなくなったけど、 なぜか同じことを同時にするのは気持ちいい。 これは本能か?それとも「力を合わせるとピラミッドも作れる」的な、 コスパの良さが産んだ新たな能力なのか? そのあたりは何ともわからないが、実際、気分が高揚する。 これは間違いない。 著者のディストピアでは、それはなくなる。 しかし、捏造による個人攻撃を避けるには極論はそれしかない。 極論の手前の落としどころはないのか、、、 答えはない、が、我々はすでにその渦中にいる。 我々大人はともかく、子供も、いやおうなしにその世界に触れている。 危険がいっぱいなのは間違いない。 各国の年齢制限は当然と言える。 自動車免許のようにするしかないのかもしれない。 表現の自由、の問題ではない。 いやむずかしい 第1章 世界のSNS規制状況 第2章 拡散系サービスの歴史 第3章 X上での政治的対立はなぜ起こる? 第4章 正義棒は魔法の棒 第5章 子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由 第6章 どうすれば誹謗中傷合戦を解決できるか?
■SNSの規制の中身は一般的に次の三つに分類できる。 ①利用者への制限 「年令による制限」が典型例。他にも規約違反をした利用者のアカウント凍結・抹消、サービスへのアクセス遮断といった制限措置がある。 ②コンテンツのコントロール 規約や公序良俗に反する投稿を拒否・削除する措置。センシティブなコンテ...続きを読むンツについて表示を「年齢/属性/嗜好」などで制限したり選択したりする措置も含む。検閲もコンテンツコントロールの一種。 ③SNS事業者への賦課 アルゴリズムの妥当性検証や透明化、情報開示、開示請求への対応、モデレーションなどの義務をSNS事業者に課すこと。 ■エコーチェンバー現象 話の合う友だちが集まって、共通する話題について語り、それが似た意見ばかりになってくると、自分たちの言っていることがすごく正しかったり、世界のみんなに肯定されていると感じたり、最初に話し始めたときより意見が極端になったりすることがある。これをエコーチェンバー現象という。 ■サイバーカスケード 誰かが言いだしたに過ぎない、真偽不明な一意見が途方もない速度で大勢を染め上げることがある。その一意見が極端な意見だった場合、極端な世論が形成される事例も現れる。この現象をアメリカの法学者キャス・サンスティーンによってサイバーカスケードと名付けられた。 ■「嘘は嘘であると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい」ひろゆきの有名なコメント。 ■ダニング・クルーガー効果とは、能力が低い人ほど自分を過大評価しがちであり、逆に能力の高い人ほど自分を過小評価しがちであること。 ■反論すれば「効いてる効いてる、顔真っ赤」くらいに煽られ、コストが掛かり過ぎて付き合ってられないと判断して、返信を手抜きしたり削除したりすれば敵前逃亡と認定され、「ケストフエール(消すと増える)の法則」も発動する。 ■社会の可視化と複雑化に伴う不安を解消したい大衆にとって、最も合理的な振る舞いは、他人を叩いて自らの地盤を確保すること。それが現況を踏まえた最適行動であり、これは人間の根源的な欲求に結びついていて、適切に制御するのは難しく自然収束はしないものと考えられる。
タイトルと装丁は、やばい雰囲気がする気がするのですが、中身はそれから感じた印象よりだいぶまともな感じがしました。 今のXの地獄の状況をうまく言語化していて洞察力の高さに感心しました。 規制が必要なのは子どもではなく大人ではないかというのが、自分の頭に毛頭なかった考えで驚きましたが、著者の持論を読み...続きを読む進めるほど説得力が増していき、とても納得できました。 この本で初めて見る小難しい単語が体感ほかの本より多かったです。 サイバーカスケード、跳梁跋扈、典籍、指弾者、昔日、蟄居、汲々、後顧の憂い、ヘゲモニー、ページェント、ハクティビズム、警世、愚行権、指呼の間辺り知らなくて調べました。 著者はオタクなのでしょうか。 P186のスイカのくだりはエヴァンゲリオンの加持さんを思い出しました。 そしてP216のS字結腸はびっくりしました。医療用語ではS状結腸というらしいので、S字というと、創作を見てるのですかね…?
今年は宇野常寛さんの『庭の話』からインターネット、特にSNSについて色々な本を読んだり考えてきた。だが、この本の言うとおり、そもそもXはSNSではなく拡散性サービス。LINEやDiscordのような同好会のようなものがSNS。一方Xは世界に拡散され、自分とは違う世界が絶対に入ってくる。 受け入れら...続きを読むれないものを見た人から分断が起きて波及していく。サイレントマジョリティがいいねを押すだけでもその意見に価値がつく。 「みんな違ってみんないい」ははたして正しいのか?結局自分が変わるより、好き同士で集まった宗教・正義で他人を叩くほうが楽なのではないか?個人の自由の先ってどうなるんだろう。 もう1つ考えたのは最近SNS批判が顕著ですが、逆にいいことはなかったのかということです。私は精神を病んでからインターネットを通じていろんな人と会話をしたり、読書会やイベントを主催したりしました。身近ではいないような波長の合う人にも出会えました。その経験から、孤独感から救われた人もいるのではとも考えてしまいます。 そこで定義の「XはSNSではない」がしっくりきます。SNS批判で槍玉に上がるのは大抵Xだからです。クローズドないじめだとLINEも上がりますが、それは学校の教室や村社会の流れなので、最近の話題に限った話ではないと思います。上記のエピソードは、教室のような縛られた・閉じられた人間関係ではなく、Xのような開かれすぎたものでもない。これらの間に生きやすい人間関係のヒントがあると思います。結局『庭の話』に戻ってきますね。
どうすんだ、人類。どういう未来を求めるんだ、人類よ。独裁者の登場か、人がAIに従う未来か。 いずれにしろ、嫌だなぁ。 もう一つ、もう二つ、三つ、道徳性を進化、成熟させることはできないのか? できないか。できないよなー。 人とちゃんと合ってわかり合うめんどいことが、どんだけ大事かってこと。 これ...続きを読むだけはちゃんと伝えていこう。
この手の「◯◯な理由」のタイトルには珍しく(?)その◯◯の部分が「うん、そりゃそうよね」としか言いようのない一冊。最初はつぶやきが楽しかったTwitterが時を経てXになり、なぜこんなにも地獄絵図になってしまったのか?正直そこまで目から鱗のような斬新な分析・解説は見られなかったが、Xを使う上で誰もが...続きを読む(驚くほど容易に)陥りやすい罠が丁寧に解説されている。正義中毒者や陰謀論者になるリスクと常に隣り合わせであることを意識しながらXを使わなければいけないなと改めて痛感した。結局のところイーロン・マスクの儲けが最大化されるように設計されている場なのだから。
この本を読んでXのアカウントを消去した。 最近のXの息苦しさに辟易していると同時に何気なくタイムラインを見ているだけなのに自分が攻撃的になるような感じがしてSNSをやめようかと思っていたところでこの本に背中を押してもらった。 みんな違いすぎること、多様性を認めすぎることが寛容ではない社会やコミュ...続きを読むニティを作ってしまうことはその通りだし、Xで注目を集めるポストが限られた人のかなり偏った扇動的な意見であるのであれば別にそれを毎日追う必要もない。情報収集ができるとか、一般意志2.0への過程だとかたぶんそんなことは幻想だろうとこの本は教えてくれる。 たぶんXだけが悪いだけではなく、多様性の名のもとに個人の正義こそが尊いという価値観が行き渡り個人主義が行き過ぎた社会背景が余計に深刻にしている気もする。 ある都市では公園の裸婦像が子どもに悪影響を与えるとして撤去されるらしい。どこもかしこもポリコレであふれた社会を生きるなら著者が主張する個人個人にカスタマイズされたコクーンにくるまった世界も悪くない。XをはじめとするSNSについては触らぬ神に祟りなしなのだろうと思う。
まずはsnsとXは違うというもの。 フィルターバブルのかかる仲間うちの集まりと、誰でも参加できる拡散系のXは違うもの。ふむふむ。確かにその通りだ。Xをみてると嫌でもあらゆる投稿が飛び込んでくる。(7割はフェイク、誇大表現、何が問題?など) そんなXをはじめとする拡散系こそ問題であり、他人の足をひっぱ...続きを読むり愉悦に浸る大人こそが止める必要があると。しかし、筆者の結論は利権を追うプラットフォーム企業が是正する可能性はなく、分断は過激になっていくと。最後にショートカットを分断し、自分だけのコクーンに閉じこもるという解決策を提示するが、直近の解決策はないのかもしれない。自由には責任がついてまわるはずなのだが、それを破壊してしまった。 さらに便利さは代償を必要としている。
特段新奇なことは述べられてはいないと思うけど、長年ネットでそこそこ安全に生活してきた人だなっていう感じがある。
SNSで炎上を見かけるたびに、うんざりしながらも目を離せない。 本書は、そんな私たちの行動を「使い方が悪い」と断じるのではなく、そう反応してしまうように設計されている点に光を当てます。 『子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由』がユニークなのは、問題を「人」ではなく「設計」に置いていると...続きを読むころです。著者は、怒りや断定的な言葉ほど拡散されやすいXの仕組みが、炎上を“起こしている”のではなく、“起こり続けてしまう”環境を作っていると指摘します。つまり、炎上は一部の過激な人の暴走ではなく、設計と人間心理が噛み合った結果だという視点です。 炎上を「民意」と誤認してしまう危うさがありますが、目立つ声が大きく見えるだけで、多数派の冷静な意見は構造上、埋もれてしまうことがある。これは利用者の倫理の問題というより、可視化のルールそのものの問題だと腑に落ちました。 本書は規制強化を声高に訴える本ではありません。感情を即座に増幅させない設計、一呼吸置ける導線など、設計を変えれば行動も変わるという現実的な提案が軸にあります。SNSに疲れを感じている人ほど、「やめる・やめない」以前の視点を与えてくれる一冊です。
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子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由(わけ)
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岡嶋裕史
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