あらすじ
一九七〇年前後まで、教養主義はキャンパスの規範文化であった。それは、そのまま社会人になったあとまで、常識としてゆきわたっていた。人格形成や社会改良のための読書による教養主義は、なぜ学生たちを魅了したのだろうか。本書は、大正時代の旧制高校を発祥地として、その後の半世紀間、日本の大学に君臨した教養主義と教養主義者の輝ける実態と、その後の没落過程に光を当てる試みである。
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本書は、戦後日本社会の知識人や大学生を支えた「教養主義」という独特の文化と精神構造が、いかに形成され、そして崩壊していったのかを、社会学・教育史の視点から丹念に描き出した著作である。
竹内は、日本の教養主義を単なる「偉い本の読書」ではなく、「立身出世を志向するエリートが、人格陶冶を通じて、特権的な知的・精神的地位を獲得しようとする規範システム」として捉える。この教養主義は、旧制高校や帝国大学といったエリート教育の場で、「リベラルアーツ」の読破と、それに伴う「精神的な高潔さ」の涵養を求め、若者に強烈な価値観を提供した。
しかし、このシステムは、戦後の民主化と高等教育の大衆化、そして何よりも「経済的な成功」を至上とする価値観の台頭によって、その力を失っていく。教養が「実利」に結びつかないと見なされ、専門知識や資格が優先されるようになると、教養主義は権威主義的で非実用的なものとして批判され、「没落」へと至る。
竹内は、この没落を単に嘆くのではなく、教養主義の持つ功罪を冷静に分析する。それは、近代日本における知識人の理想主義的な倫理観を形成した一方で、権威主義やエリート意識を生み出す温床でもあったという両面性を示している。
現代社会における知のあり方、教育の目的、そして我々が何を「教養」と見なすべきかという根源的な問いを突きつけ、戦後日本の精神史を理解する上で大変勉強になった。
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旧制高校の学生達は難しい本を読んで自らの人格を高めようとした。旧制高校生はエリートだから末は国の中枢を担う存在でもあった。この時代は本を読んで教養をつけることがエリート学生に必須だった。
しかし戦争で日本は大敗して、旧制高校が廃止になったあたりから少しずつ変わっていく。別に本を読むだけが人格を高めることではないよねと考えるようになる。それが新制高校卒業した人達。
私個人の意見としては本は読みたい人だけ読めばいいと思う。私は好きだから本を読んでいるだけ。教養つけたいとかビジネスに役立てようとか全く考えていない。
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本書は三宅香帆が、推している本なので、読んでみた。とにかく、米津玄師が、「べらぼうに面白い」と2020年に雑誌『SWITCH』に掲載された小特集で言ったことで、話題になった本なのだ。
竹内洋は京都大学の先生だった。私より上の世代である。教養がなぜ必要なのか?ということと、教養主義は、教養と密接に関連しながら、異なる概念だ。そして、教養主義が没落しているという指摘は、時代によって教養主義も変遷する。
本書は、「教養」という言葉に対する一般的な説教じみたイメージを超えた、社会史としての興味深い分析を展開している。従って、単なる主観的な意見や感情に訴えるものではなく、歴史的および社会学的な視点から、「教養」という概念がどのように成立し、誰によって担われてきたのか、またなぜその価値や存在意義が衰退していったのかを詳細に解明している。具体的には、旧制高校時代のエリート学生文化、マルクス主義の台頭、さらには大学の大衆化に伴う教養主義の消退に至るまでを、時系列に沿って描くのではなく、多角的な視点から体系的に解説しいる。
本書は、石原慎太郎、岩波茂雄、ビートたけしを教養主義の視点から分析していることで、彼らの時代における役割が明らかになる。また、教養主義が、「役にたつこと」の重視する風潮から没落し、結局、公務員試験などに残存する遺物にもなりかけているという、絶滅する寸前なのだ。
教養とは、個人が社会と関わる過程で経験を積み、体系的な知識や知恵を獲得することによって身につける、ものの見方や考え方、価値観の総体を指す。単に知識を蓄積するだけでなく、それらを統合し、批判的に思考する力や倫理観、感性、主体的に行動する力など、人格的側面も含むものである。
教養主義とは、近代日本において、特定の読書や経験を通じて教養を身につけることを規範とし、それを人格形成や社会的エリートとしての地位確立のための通過儀礼とみなす文化や思想を指す。ドイツの「ビルドゥング(教養)」の理念に強く影響を受けており、内面的な修養を重視した。多くの場合、旧制高校や帝国大学といった限定されたエリート層の学生文化の中から生まれ、特定の読書リストや外国語の学習などを通じて、知性や人格を序列化する側面を持っていた。
本書によれば、日本における教養主義は、時代とともに変化を続けてきた。
明治・大正期には、西洋の近代思想や文学を取り入れ、自律した個人としての「人格」形成が重視された。夏目漱石や阿部次郎などがその代表である。
昭和初期には、マルクス主義の台頭に伴い、教養主義とマルクス主義が対立しつつも、相互影響を及ぼす「マルクス主義的教養主義」が形成された。そして、1936(昭和11)年に、『思想犯保護観察法』が制定され、『治安維持法』によってマルクス主義が思想的に排除された時代があった。
戦後においては、旧制高校の廃止とともに一時衰退したが、新制大学においてマルクス主義を引き継ぎながら再び復活した。しかし、大学進学率の上昇と大学の大衆化が進むにつれ、エリートとしての特権的な地位は失われ、教養主義は次第にその規範としての力を弱めていった。そして、1970年代頃まで続いた大学の規範文化としての教養主義も、社会の複雑化や価値観の多様化にさらされた。
専門分化と実利主義の台頭が始まる。大学が専門知識を身につけて職業に役立てる場へと変化した。これにより、人格形成という漠然とした目的よりも、専門分野での成果や社会的成功が重視されるようになった。大衆が豊かになり、多様なエンターテインメントが普及する中で、「俗」を軽蔑する教養主義の価値観は時代の流れに合わなった。
本書で、教養主義に登場する人物の評価がおもしろい。石原慎太郎は戦後の教養主義に対する強烈なアンチテーゼ(対立概念)を体現した人物として高く評価されている。
まず、石原慎太郎の若者文化における寵児として登場する。戦後、旧制高等学校出身者が象徴していた「古めかしい」教養主義が次第に権威を失う中で、石原は『太陽の季節』(1955年)を通じて、従来の価値観を打ち砕き、新しい若者像を提示した。これは、既存の教養主義が軽蔑した「俗な欲望」や「肉体の欲望」「生々しい現実」肯定し、古い価値観を相対化して、その支配力から解放する力を持ったと評価される。そのエネルギーを文学のテーマとした。これにより、没落しつつあった教養主義の権威を決定的に揺るがした人物として位置づけられる。
竹内洋は、石原慎太郎が古い教養主義を超えることができなかったという。「俗」からの脱却に関して、彼は既存の教養主義を破壊したように見えたものの、作品には依然として教養主義的な価値観、特に「エリート意識」や「権力への志向」が色濃く残っていた。彼は、真に俗人になりきることができず、むしろ教養主義的なエリート意識の裏返しとして行動していたと考えられる。そして反知性主義との親和性である。石原の活動は、古い教養主義への批判から、次第に知的権威全般を否定する「反知性主義」的側面を強めていったが、これはあくまで教養主義の超克ではなく、その反作用として生まれたものであり、新たな知的創造や文化の創出には至らなかった。
石原慎太郎の父親の潔は、旧制中学校中退で、山下汽船には、店童という丁稚身分で入社。母親は神戸市第2高等女学校を卒業。ただ、石原慎太郎が物心がついた時点で、父親は小樽出張所主任管理職であり、戦後は山下汽船の子会社の常務まで登り詰めていた。成り上がりホワイトカラーとなっていた。上昇ブルジョア層だった。著者の表現も、昭和的価値観で述べられているのが面白い。
教養主義の旗振り役になった岩波茂雄は、1881(明治14)年、長野県諏訪郡中洲村の農家の長男に生まれた。岩波茂雄は、東京府立第1中学校を中退し、国粋主義を掲げた独特の校風を持つ日本中学校に編入する。そして一高に入る。そこで付き合った人が豊富で、阿部次郎や夏目漱石となる。
古本屋岩波書店を1909年に開業し、そして夏目漱石の『こころ』を1914年、自費出版することで、出版業をスタートさせ、『硝子戸の中』『道草』『明暗』を出版して地位を固めた。1915年に『認識論』を皮切りに全12冊の哲学業書を刊行し、「哲学書の岩波書店」というブランドを確立。『善の研究』『出家とその弟子』『古都巡礼』が発刊された。そして1938年に岩波新書が刊行された。そのことで、岩波書店は教養主義の文化エージェントとして確立した。それが文化史観を確立し、文化財としての価値を生み出した。
竹内洋は、永井荷風の教養は、西洋の文学や哲学に深く傾倒しつつも、日本の伝統的な遊里文化や江戸の風俗に対しても愛着を持っていた。荷風の教養は、「俗世間から距離を置き、自らの美意識や趣味を徹底的に磨き上げる、個人的で耽美主義的な態度」である。荷風は明治以降の近代化や欧米化を批判し、江戸の伝統や風俗、遊里文化に美を見出した。荷風は、世間一般の価値観や社会規範に縛られることを嫌い、自らの「好き」を追求する「好事家」としての生き方を貫いた。社会の規範やエリートとしての地位を確立するためのものではなく、むしろ社会から距離を置き、自らの美意識を追求するためのものであった。これは、当時の教養主義が目指した「人格の完成」とは異なり、個人的かつ耽美的な教養観といえる。
竹内洋は、ビートたけしを、従来の教養主義的な知識人とは異なる、新たなタイプの知的存在として評価している。たけしは、エリートとは対極に位置する「不良」や「庶民」の視点から、既存の権威や教養主義的な価値観を徹底的に笑いものとした。たけしの笑いは、教養主義が前提としていた「高尚な文化」や「人格形成」といった価値を相対化し、大衆に対して「本を読んで社会のことを考えても意味がない」といったムードをもたらした。著者は、たけしこそが、戦後日本のキャンパスから教養主義を駆逐した動きを最終的に完成させた人物であると論じている。
竹内洋の面白い分析は、団塊の世代が大学生になることで、本を読まなくなったということだ。竹内は戦後の大学進学率の急激な上昇が、旧制高校時代に存在した教養主義的な学生文化を崩壊させたと指摘している。大学生が、漫画を読むことが日常となり、『世界』『中央公論』を読まなくなり、『少年マガジン』『少年ジャンプ』が愛読書になり、教養主義らしきかけらとしての『朝日ジャーナル』があった。大学生の増加に伴い、従来「読書」が担っていたエリート文化の役割が失われつつあり、多様な価値観の中で読書はもはや「必須の行為」ではなくなったことが、学生の読書離れの主要な要因の一つであると指摘している。
この本の世代と近い存在である私は、この本の難解さに驚きつつ、話題の取り上げ方のうまさと先進性に驚くのだ。そして、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』という時代となるのだ。
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この本は教養というものを、歴史や小説などを媒体としながら捉えようとしたものだった。たとえば、石原慎太郎や小説「三四郎」では、教養がどのような文化的な立ち位置だったのか。また、教養を身につけている、身につけようとしている人たちの場面背景などを、データをもとに解説している。加えて、岩波書店という出版社がどのように文化装置として、教養主義に対して機能し、アプローチしてきたかを述べていた。そして、後半には教養主義がいかに没落したか、大衆的な文化や教養(キョウヨウ)が今どのように存在し、これからの教養をどのように捉えるかを考察している。
以下は個人的考察である。出版されたのが、2003年であり、高度情報化した社会において教養に対する価値観はさらに変化したと考えられる。気軽に情報が手に入るようになった一方で、情報発信も手軽にできるようになり、顔の見せない誰かの軽薄な考えや憶測が飛び交っている。教養の価値も下がっているのではないだろうか?今一度この本をもとに、現在の「教養」とは何か。大学という機関で学生が得る教養は何か。問い直しを行いたい。
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面白かった。
説教臭い本だと思ってたけど全く違う
前半部分は昔の人物が多かったり、自分が生まれる前の話で中々入り込めない部分もあったが、そこで前提をインプットしてると中盤以降、一気に伏線回収的に面白くなる。
教養主義没落の必然性は説得力があって腑に落ちたし、適宜引用される文献も自説を補強するだけでなく、毎度新たな視点が提示されるようで非常に興味深く読むことができた。
Posted by ブクログ
2003年刊行。職場(大学)で日常的にAIとつながっている時代の教育について語り合い、再読しようと。
教養主義とは、「歴史、哲学、文学などの人文系の書籍の読書を中心とした人格主義」であり、「西欧文化志向を精髄」とし、「本堂を旧制高校とすれば、帝大文学部は、その奥の院ともいうべき場」だった。
「読書を中心に人間形成を考えた昔の学生は、いってみれば漢字の「教養」に生きたが、一般常識や一般経験を人間形成の道筋としているいまの学生は、ライトな教養であるがゆえに、片仮名の「キョウヨウ」に生きていることになる(p239)」
いまの学生はライトな教養さえも必要としない「kyouyou」の時代に生きているのではないか?
「あらためていまの学生の「教養」コンセプトを考えなければならない(p238)」
まさにこのことが再読しようと思った動機だった。
#ひぐの本棚
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米津玄師がこの本について、べらぼうに面白いと言っていたというのを知り読んでみた。
読むのに時間がかかったが、大正時代から続いた教養主義がどのように変わってきて、没落したかが大体分かった。学生運動をしていた時代とその思想などがよく分かっていなかったが、少しその流れが理解できたかなと思う。
現代は昔と違ってインターネット・youtube・漫画その他、人格形成のために情報を得るための種類が多くなったが、それでも書籍を読むことが知識や教養を得るためには一番大切なんだろうなと私は思う。
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教養主義は没落すべくして没落している。古典的な教養主義の場として、一番そぐわないのは今の大学だろう。これは悲観すべきことではなく、大学も文化装置としての役割を変えているということではないだろうか。社会課題の解決、学生の自己成長と自己実現の場という新しい役割を獲得しつつあるように思う。
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大学や教養主義がエリィトのものだった頃についての本
今そういうの学びたかったら岩波と中央新書でよくねえかと突っ込みながら読んでたらそれもちゃんと書かれていた
明治大正の頃から昭和まではエリィトのものだったのだなぁとなんか新鮮な気持ち
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主に東京大学教養部の前身である一高を中心としたエリートがどのような本から考えていたかということだとまとめられる。いわゆる日本のエリート論であるし、日本のエリートの読書史である。岩波はマルクスを率先して扱うことはなく、翻訳を多く出版しているということは新しい知見であると思われる。高度経済成長からの記載はあまりないのは、教養主義の没落というタイトルなので、没落してからのことは扱わないというスタンスになっている。
売れている本ということであるが、2003年に出版されてから20年以上も経過して売れているというのはその理由があるのであろう。
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旧制高校時代の学生文化から始まる教養主義の君臨と、80年代頃の没落まで。
教養主義とは読書で人格を磨くという考え方だが、昨今の消費社会では、タイパコスパのように実用性の高いものの方が重視されている。
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米津玄師さんお勧め本。2003年発行。2025年現在、もう没落して20年経過している…と思いつつ手に取りました。
1回読んだだけでは数々の出来事は把握しきれなかったけど面白かったです。「教養主義とは、読書を通じて得た知識で、人格を磨いたり社会を改善していこうとする人生観のこと。」だそうです。私は読書で人格を磨こうとは考えたことがなかったので…現代に置き換えると自己啓発本を読むこと??
教養を得ても大学を卒業すると結局は就職してサラリーマン、という図式は60年代の学生運動が盛んだったころから同じだったんですね。
P202、203の文藝春秋から引用された図が多少大げさに描かれているところもあるんでしょうけど面白かったです。階級別による衣食住の違いが描かれてました。
ロウ・ブロウ→下級ミドル・ブロウ→上級ミドル・ブロウ→ハイ・ブロウという階級に分けられていて、例えば家具は
放出家具→デパート家具→民芸品→コットウ品
の順番でデパート家具より民芸品が上だったり、本は
大衆小説→世界文学全集→推理小説・実存文学→原書
の順で推理小説からの原書というジャンプアップ、今だとなかなかハードルが高そう…。
なぜこの本を読んだのか、というと著者の竹内氏が私の父母と同年代なのでその年代のエリートの方々ってどういう感じなのかなーと興味が沸いたという軽い理由です。なので読み方も軽い(汗
父→父以外の家族は戦争(?)で全員死亡、父は親戚に引き取られる
母→美容院(母の母(私の祖母)が経営)の長女。母の父(私の祖父)は今で言うほぼヒモでした(病弱かつ我儘かつ浮気した)。祖父、何一ついいところがない…手先が器用だったことぐらいか。
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米津玄師が、最近読んで面白かった本として本書を取り上げていたので、読んでみた。
文芸書や人文書が好きなので、「教養主義」という言葉には、くすぐられる感覚がある。
「P40
ここで教養主義というのは哲学・歴史・文学など人文学の読書を中心にした人格の完成を目指す態度である。東京帝大講師ラファエル・ケーベル(Raphael Koeber 一八四八一一九二三)の影響を受けた漱石門下の阿部次郎(一八八三―一九五九) や和辻哲郎 (一八八九一一九六○)などが教養主義文化の伝達者となった。『三太郎の日記』や『善の研究』が刊行されることによって、旧制高等学校を主な舞台に、教養主義は大正教養主義として定着する」。
旧制高校のエリート主義が前提で、階級格差が明確で格差があるのが当たり前であった時代の人格形成の唯一の手段であった読書。もちろん、師弟関係はとても重要で、文字だけの教養ではなかった。
このエリート主義の時代的背景を細かく記載していて、「没落」の様子はあまり語られず、章は進んでいくが、「終章 アンティ・クライマックス」で、教養主義の没落が急展開していく。作者の懐古感情ややや強引さも感じられるが、時代相としては納得させられる。
教師としての学生を見る目が登場するが、これは1990年代の話であって、それをそのまま受け取れる訳ではない。2020年代、「サラリーマン」と呼ばれていた人々が相対的に少なくなり、非正規雇用が増えていく中にあっては、起業を目指すため真面目に実践的教養を身につけるよう格闘している姿も思い浮かぶ。
旧制高校の学生が上流階級上昇のため、「教養主義」を身につけたのだとしたら、現代の人は哲学・歴史・文学とは違う項目で自己実現を目指しているのではないか。成功するために人と違った教養を身につけて差異化していくのは、大正時代の教養主義と変わらないのではないか。「サラリーマン化」して、教養主義が没落していったのなら、脱サラリーマン化している現代社会は再び「教養主義」の洗練を受けているのではないだろうか。
読む価値は、大いにある本だと思う。
米津玄師がどう面白いと感じたのか興味をひかれる。
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昔は読まなければならない本というものがあった。難しそうな本がぎっしりつまった本棚。雑誌『世界』を定期購入して、本棚に並べていることがインテリの証だった。p.6
寮や下宿で夜を徹して人生論や哲学論議。p.8
岩波書店という文化装置。p.131
教養主義とは、たくさんの書物を読んで、教養を詰め込む預金的な志向・態度。p.54
大半の人は散漫な知識を寄せ集めた教養俗物だった。実存哲学のフレーズを振り回して、哲学青年・文学青年を気取った。教養は友人に差をつけるファッションだった。学歴エリートという成り上がりが教養というメッキによって「知識人」という身分文化を獲得しようとした。p.24
頭でっかちの、裸にすれば痩せっぽっちのインテリ野郎。p.82
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エコール・ノルマル・シュペリウール。都市部の金持ち階層出身が多い。この学校に入学したブルデューは地方の下層中流の出だったので、負い目を感じていた。p.117
1934年東大生の1日の勉強時間。4時間弱(授業除く?)。p.100
大学進学率15% (1963年)。ここから大学の大衆化が進んでいく。p.206
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かつて大学における基盤文化であった教養主義が、没落する過程に光を当てた作品。
教養主義とは、人文科学(歴史・哲学・文学)の読書体験を通じて人格形成を目指すことを重んじる風潮。
かつては中央公論などの総合雑誌やあかでみっくな文庫・新書・専門書の出版社のシンボル的存在であった岩波書店が、教養主義を支える文化装置として機能した。
しかし、高度経済成長とともに内省的な教養知よりも機能的で功利的な専門知が重視されるようになった。
また大学進学率が上昇し、大卒者がサラリーマン化して地位が相対的に低下する中で、教養主義的な知的文化はは大衆文化に取って代わられるようになった。
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頷けるところもあり、あまり新書を読まない自分としては、中々面白く読んだ。ただし、自分の研究テーマの結びつけることのできるような、アクチュアルな問題関心を掘り起こすという当初の目的に適ったかというと、少し微妙なところ。そもそも初版が2003年なので、約20年も前の本をして、現代の問題関心と接続できるかというと…まあ、これはこちらの問題で、本書の絶対的な価値を揺るがすものではないだろう。
18世紀末の大正教養主義から、現代の「キョウヨウ」、そして教養主義の没落に至るまでを、時系列ではなく様々な角度に沿って概観していく。主題となっている教養主義の没落に関しては、終章でのみ語られるため、全体的な印象としては、没落というより興亡について記述されているように思えた。
以下はメモとなる。西洋文化の導入として始まる大正教養主義、そしてその上位互換として位置づけられながら、知識の貯蓄なく振るえる棍棒、教養主義の鬼子としてマルクス主義が隆盛するが、戦時体制でその勢いが衰えると、再び教養主義が復活する。旧制高校において育まれたそれらは、戦後も新制大学において、岩波文庫などを文化装置に支えられながら隆盛し、60年代に最盛期を迎えたのだと筆者は主張する。しかし、60年代後半以後は大学卒業者の数が増え、「学卒」であっても(ただのサラリーマン予備軍として)明るい未来が保障されなくなると、全共闘運動などに象徴的なように、全世代の教養主義に対する反発的な傾向がたち現れるようになった。そして70年代以降の「中間大衆社会」という構造は、最早社会階級と内実の不一致(金があるのに学歴がない、学歴があるのに金がない)など、階級が希薄化することによって「階層的に構造が意識されない膨大な大衆」を生み出し、今や正統文化となった「サラリーマン文化」へ迎合するため、凡俗へ居直り、そこから逸脱しないようにすることが重視されるようになった。かくて、現代のキョウヨウは、一般的な枠組みから逸脱せず、そこへ適応するためだけの道具へと成り下がった。
時代を追って内容を咀嚼するために、上記のように自分の理解をまとめたが、他にも日本における文学部の、都市部富裕層というよりは相対的に農村部貧困層との親和性の高さ(そしてフランスとの対比)や、経済成長によりそうした差異が解消していったことが、農民的な勤勉さ、克己心の減退と結び付けられ、教養主義の衰退の一因を担っているという指摘など、面白く読んだ部分は少なくなかった。
Posted by ブクログ
本書には、戦後から現代にかけて学生に対する評価基準が「肩書き重視」へと移行し、雇用の仕組みが安定するにつれて学生の学びの意識が変化してきたという趣旨の内容が記されていました。
学生運動が盛んだった時代のメディアや学習意識、学生生活の様子などが描かれており、現代とはかけ離れた情景が新鮮に映りました。
ただ、自分の学生時代を思い返すと、学びが「効率よく生きるための手段」へと傾倒しているように感じますが、本書からは「教養の正しさ」の定義や、それが何を指すのかが読み取れなかったため、何がどのように「衰退した」のかという具体的なイメージが掴めませんでした。
この点については是非を問いたい。
Posted by ブクログ
著者である竹内洋と同じ1942年生まれというと角川春樹、小泉純一郎、ジョー・バイデン、加納典明、ハリソン・フォード、ポール・マッカートニー、上岡龍太郎がいる。
これらと同い年の著者自身の教養をめぐる風景とその変遷、変化を描く。
ちなみに
司馬遼太郎は1923年生まれ19年上
三島由紀夫は1925年生まれ17年上
石原慎太郎は1932年生まれ10年上
田原総一朗は1934年生まれ8年上
大江健三郎は1835年生まれ7年上
後半の戦後のマルクス主義と教養のあり方の変遷が知らない事が多く面白かった。
Posted by ブクログ
最初は米津玄師さんがオススメしてたからくらいの軽い気持ちで読み始めましたが、最初こそ難しいと思ったけど、しっかりとした証跡、時代背景などを丁寧に記載されていて、途中から読むスピードがあがりました。
母が勧めてきた本(戦後教養主義真っ只中)、よく教師が共産主義と言われる所以( 田舎だからかもだけど)など、いろいろ合点がいきました。
Posted by ブクログ
米津玄師が言っていたように「べらぼうに面白かった」というほどではないけれど(教養の差…?笑)、教養主義がどう隆盛を誇ってどう没落していったかの歴史、なかなか興味深かった。世代か家か、岩波文庫の権威とかはまだ少し残っていて、大学生の頃は意識して読むようにはしていたけど、その雰囲気がどのように形作られてきたか、とか知らなかったし。
で、これからはどうなるのか。教養が骨太で必須なものである、というのは幻想な気がしたけど(特に一般市民にとっては)、社会を特によくしたかもわからないし。ただ、自分を豊かにするものではあると思うんだよなー
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米津玄師さんが「べらぼうに面白かった」と言っていた、と知って手にしました。
結論、私にとっては、ほとんど響くところがなかった(苦笑)。
でも、子供の頃、父が言っていたことの背景というか、その時代の認識が、少しは見えたような気がしました。
(2003年出版)
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ここ何年かはもっぱら教養ブームだが、この本でいうところの教養主義とは、意味合いが様変わりしたと言ってよい。かつての教養主義を担っていた雑誌や書籍の隆盛、旧帝大のなかでも学部のカラーの違いなど、興味深く読んだ。
限られた一部のエリートのものではなく、大衆化した教養は、担う役割はまったく異なるけれど、いつの時代も無視はできない存在である。
Posted by ブクログ
教養主義の没落と変様、展望と期待が込められた良書である。
従来の日本の大学で支配的だった教養主義は戦前前後1960年代半ばまで、社会の規範となるべく次世代のリーダーになるべく教育を受けてきた。そして、教養主義とは、哲学・歴史・文学などの人文学の読書を通じて人格の完成を目指す態度であり、単なる知識の詰め込みではなく、人格形成や社会改良をも志向するものであった。
だが、時代は高度経済成長期に突入し、日本という国の社会構造が大きく変化を迎えた。教養は広く大衆化し、多くの人が大学へ通えるようになり、従来の詰め込みの知識やエリート意識を高める教養から、コミュニケーションの能力や実践的な教養への応用が期待され推進している。
現代において、従来の教養主義とはズレた意味(文化的規範ではなく、特権意識へ変貌)で、選良主義(エリート主義)が名立たる大学の学生らで横行している。能力主義(メリトクラシー)に現代の日本では完全に移行し、「チャンスが平等であれば、勝者はその対価を得られる」という平等性を謳っているが、実際には「親の所得や家庭環境」による影響や環境に大きく起因していることを私たちは知らねばならない。
私の好きな意識と言葉がある。「ノブレス・オブリージュ」の精神だ。これは「身分の高い者はそれに相応して果たさなければならない社会的責任と義務がある」という概念である。学歴だろうが、肩書きだろうが、生まれだろうが、金持ちだろうが、なんらかで成功を得た人間は国内外問わず歴史から見ても選民的な思想に陥るものだ。本著では、教養主義をテーマにした良書であると同時に、現代の私たちに本当の教養とは何かを問い続けるために必要な良書であると言えるだろう。
Posted by ブクログ
米津玄師が爆売れさせた本。
内容は私には難しすぎた。特に大正・昭和初期のあたり。
それよりも米津がいったことで重版がかかるって、どれだけ影響力あるの米津玄師!!
Posted by ブクログ
あるインタビューの中で米津玄師さんが「べらぼうに面白かったですね」と紹介していたことで手に取った一冊。
正直なところ、新書をなかなか読まない私には難しかったし、米津さんはどこに面白みを感じ、膝を打ったのだろう…?
ただ、教養主義の変遷を農村と都市、大学進学率の変化を多面的に、武士や町人、石原慎太郎やビートたけしなど、多角的に分析している点は職業柄興味をそそられる部分ではあった。そして、時代の流れとともに没落していく必然性も感じた。
現代の教養とは一体…
Posted by ブクログ
興味深い考察も多々あるものの、いかんせん、これまでの学生文化の遍歴をよくわかっていないので、言わんとするところがドンピシャとハマってこないのが切ないところ。戦前戦後の教育の枠組みですらよく理解していないから、そこんところでまず引っかかって「?」という箇所も多々ある。
残念、自分。
まあ大学というところは、現代ではすでに、高等教育を享受するためにみんなが行ってる場所であるかどうかもあやしい。いやもちろん、専門知の結集であるのは間違いないんだけれども、衆愚と呼ばれてもやむを得ない面もあるかもね。
こうやって文化は生まれ変遷していくのだなー。
Posted by ブクログ
教養そのものではなく、大正末期から昭和末期頃までの教養主義・教養主義者の変遷について論じる。
過去の教養に関する状況への分析が多く,現在や将来への分析や提言は少ない。
資料的価値に重きを置いた本といえる。データの分析に関する部分は読み飛ばしてもよさそう。
とはいえ,「教養の培われる場としての対面的人格関係は、これからの教養を考えるうえで大事にしたい視点である。」(246頁)として,教師や友人などの人的媒体を介した教養の発展を示唆している。