イタリア、ルネサンス期の政治思想家で、
29歳で外交官に就任し、様々な国王と交渉を重ねる中で、
43歳の時に国家の在り方や、強い君主について説いた本が君主論。
強い君主の条件
1.恐れられること
2.憎まれないこと
3.軽蔑されないこと
4.尊敬されること
5.ケチであること
ケチであることがなぜ必要か。
これは、何でもかんでも気前よく散財するな、と言う意味。
評判や信頼のために気前よく与え続けると、必ず資産や富を使い果たし、いずれ国家存続のために重税など、結果的に民にも負担を強いることとなる。
すると、尊厳を失う。
「君主は、たとえ愛されなくてもいいが、人から恨みを受けることがなく、しかも恐れられる存在でなければならない」(17章)
「加害行為は、一気にやってしまわなくてはならない。恩恵は、よりよく人に味わってもらうように,小出しにやらなくてはいけない」(第8章)
「君主は恩恵を与える役はすすんで引き受け,憎まれ役は他人に請け負わせればいいということだ。」(19章)
→人のもの(金、恋人・家族、地位など)に手を出すと憎まれる。憎まれ役(会社なら、減給やリストラなど)は誰かに請け負わせた方が得策。
「君主は,戦いに勝ち,ひたすら国を維持してほしい。そうすれば,彼のとった手段は,必ずやりっぱと評価され、誰からもほめそやされる.大衆はつねに,外見だけを見て,また出来事の結果で判断してしまうものだ。」(18章)
→表面的に良いことや、結果の伴わない愛情、道徳的なことだけでは長く続かない。
勝つこと、結果を出すことが最重要で、厳しいこと、残忍なことなしに結果を出すことが難しい場合は、悪評を気にしてはいけない。
「人間とは利己的で偽善的なものであり従順であっても利益がなくなれば反逆してしまう一方で、君主を恐れる人々にはそのようなことはない。君主にとって信義は、間違いなく重大。しかし、実際には信義を気にせず、謀略によって大事業をなしとげた君主のほうが信義ある君主よりも優勢である場合が見受けられる。戦いには謀略によるものと武力によるものがあるがこの二つを君主は使い分けなければならない。もしも信義を守った結果、損害が出るならば、信義を守る必要は一切ない。重要なのは君主が立派な気質を備えているという事実ではなく、立派な気質を備えているという評価を持たせること。」