ブックライブの高評価レビュー

ビジネス・実用の高評価レビュー

  • インフレの時代 賃金・物価・金利のゆくえ

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    「今はインフレ」と言われても、ちょっと納得できてなかった。

    日銀は、なんで景気が良くなりそうになると早めに利上げして、好景気の芽を摘むのだろう?と思っていた。

    そういう疑問に一定の答えが得られた。勉強になりました。

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    2026年09月27日
  • Chatter(チャッター)―「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法

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    誰もが持っている「内なる心の声」。
    これが悪い方へ傾いた時にチャッターとなる。

    この本では、内なる心の声・チャッター・チャッターの悪い影響・チャッターに囚われない様々な方法が紹介されている。

    個人的に面白かったのは「闘争・逃走」反応。
    様々な本でも書かれているこのストレスに対する反応は、自分の捉え方次第でこうも変わるものなのかと勉強になった。

    最後の方では「チャッターを制御するための26のツール」としてまとめられている。
    本書にも書かれているが、人それぞれ合うツール合わないツールがある。自分で実際に試してみて確かめる必要がある。

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    2026年09月27日
  • 生き延びるために芸術は必要か

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    1210円

    森村泰昌さんは写真作品のイメージが強かったけど、画家の話はもちろん、レイブラッドベリ、中島敦、司馬遼太郎等の文学の話とかも多くて面白かった。

    坂本繁二郎、

    「ふたりの子どもはとくにかがやかしくあらわされていますね。元来、子どもにたいするゴヤのまなざしは、いつもやさしい愛情にみちています。おとなへの容赦のないまなざしとはまるでちがい、子どもには無垢な夢を託すようなところがある。ですからイサベールが「美しく気品高く描かれており」、王子パウラも「あどけなく怜利に描かれていた」というのも、ふたりの子どもへの、ゴヤのすなおな共感のあらわれだったのでしょう。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「結果はさきに紹介した井上靖さんのエッセーのとおりです。ゴヤは「いい絵とはなにか」という、画家としては妥協できない一念を持ちつづけ、たくみな布石を打ちつつ、最後はその持論をたっぷり絵の具にまぜこんで大作を実現させたわけですね。  このように解説してしまうと、いかにもゴヤはマリア・ルイーサに打ち勝ったかのような印象をあたえてしまいますが、はたしてそういうことなんでしょうか。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「ゴヤは自分がたやすくはなびかない、したたかな画家であることをそれとなく匂わせたかったのかもしれません。子どもにはやさしく、大人には辛辣な態度をくずさない画家。それがゴヤでした。ゴヤはあまりにも頑強な精神の持ち主なので、私自身はじつはちょっと苦手なのですが、でもこの画家の生き延びるための手練手管にはまなぶべき点はおおいと思います。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「ゴヤ作『カルロス四世の家族』のつぎに話題にしたいのは、『ラス・メニーナス(侍女たち)』です。ディエゴ・ベラスケスが描いた西洋美術史における最大の謎ともいえる大作です。ここでもまた、ゴヤとは異なりますが、やはり「画家が生き延びるということ」についての興味深い態度表明がみられます。  ディエゴ・ベラスケス( 1599 ~ 1660)は、スペインのバロック時代を代表する宮廷画家でした。仕えていた国王はフェリペ四世です。  フェリペもまたカルロス四世と同様、政治的な手腕に欠けた国王だった。しかし無類の芸術愛好家で、ベラスケスは画家としての活動とともに国王の命をうけ美術作品の収集も担当しています。その収蔵品はのちにプラド美術館の美術コレクションの骨格をなしていく。ベラスケスとフェリペ四世がプラド美術館の礎をきずいたわけですね。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「『ラス・メニーナス』は、フェリペ四世の宮廷内(正確には「宮殿の地下一階・皇太子の間」)に集う宮廷の人びとが描かれた集団肖像画です。  登場人物でひときわ目をひくのは、集団の中心で発光しているかとさえ感じられるマルガリータ王女。おん歳 5歳の幼女です。  マルガリータ王女の両脇にはマリア・アグスティナ・サルミエント・デ・ソトマイヨールとイサベル・デ・ヴェラスコ。このふたりが画題にもなっている〝侍女たち〟。おそらくまだ十代の女官です。  侍女イサベルの右前にいるのはマリバルボラ。そのよこでおおきなマスチフ犬にいたずらをしているのはニコラシーリョ。マリバルボラはおとなですが短身で、ニコラシーリョも身体の成長が子どものときのままの若者で、イタリアからつれてこられた。こうした身体的特徴をもった人びとや道化(喜劇役者)たちがあつめられ、宮廷人たちをよろこばせる役割をになっていた。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「『ラス・メニーナス』は、最初はずいぶんおとなしい絵画世界に感じられます。さしたるドラマティックな出来事もみあたらず、豪華絢爛なはなやかさもありません。ちょっと地味だな、当初私はそんなふうにさえ感じておりました。ところがじっくりみなおすと、じつに異例というか異常というか、鑑賞者がとまどいをおぼえてしまうほどの過激性を秘めている。「子どもたち」「見せ物的な役割をになう人びと」「政に口をさしはさむ立場にはない画家」、そして「人間ではなく犬」。こうした権力や支配の座からとおざけられた存在、世界の周縁を居場所として強いられた人びとや動物が、ここでは主要な登場人物としてあかるい光のなかに描かれている。そして最高位であるはずのフェリペ四世が、もっともちいさく、もっともおぼろげな存在として鏡の奥に幽閉されている。ちからのあるものはおおきく、よわいものはちいさく描くという宮廷絵画の定石、力学がひっくりかえっている。これが過激でなくてなんでしょうか。  ベラスケスはかくも無礼千万な宮廷絵画をなぜ描くことができたのか。国王にたいし、こんな失礼な絵を描いてしまっては、宮廷画家として絵を描きつづけることすらあやぶまれるのではないか。やはり『ラス・メニーナス』は、みればみるほど謎めいた絵画に思えてならないのです。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「『ラス・メニーナス』はベラスケスの晩年に描かれた宮廷絵画ですが、この絵もまた、若いころのベラスケスとかわりなく、「リュパログラフォス」の精神につらぬかれているのではないでしょうか。『ラス・メニーナス』には宮廷内が描かれています。しかし王侯貴族の姿はありません。宮廷の周縁的な場所にいる人びとが、暗い室内のとりわけ光が射す場所に登場し、まさに脚光をあびている。  群像の中心に位置するマルガリータ王女はたしかにスペイン・ハプスブルグ家の血をひく王女です。しかし当時はまだ 5歳のおさな子でした。マルガリータは後年とつぎさきで 22歳で他界。 1665年にはフェリペ四世が亡くなり、あとを継いだカルロス二世もその 5年後の 1700年に 38歳で世を去っている。  こうしてスペイン・ハプスブルグ家の直系の血はとだえてしまう。ベラスケスはこの終わりゆく王家の最後のかがやきをマルガリータに感じとっていたのではないだろうか。そしてマルガリータというほろびゆく王家の残光をみとどけて、ベラスケスも 1660年に世をさりました。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「レイ・ブラッドベリの『華氏 451度』にはそうした本が燃やされる近未来社会、ディストピアが描かれています。およそ 70年前の小説でありながら、そのメッセージはいまだに色あせてはいません。  今回あらためて読みなおしてみて、びっくりさせられた箇所があったので紹介します。「ああ、まったく。一時間ごとに、空にあんなものがいくつもいくつも!  毎日毎日、朝から晩まで、ああも爆撃機が飛ぶなんて、どういうことだ!  どうしてみんなその話をしたがらないんだ!  僕らは 2022年以降、二度、核戦争を起こして、二度とも勝利した!(以下略)」(『華氏 451度』レイ・ブラッドベリ、伊藤典夫訳より)  二度目の核戦争が 2022年におこったというのですから、現在の国際状況(の予兆)にぴたりと符合しています。『華氏 451度』に書かれた近未来社会が、私たちが生きている〝いま、ここ〟の状況になってしまっている。  この小説を書いたとき、レイ・ブラッドベリが警鐘をならしていたのは 1950年代のアメリカの大量消費社会にむけてでしたが、今日的な観点からも読める物語になっています。  で、この小説はおそろしい結末になっておりまして、それはついに三度目の核戦争となり世界が滅亡するというものでした。 2022年の現在これを読むと、 SF小説『華氏 451度』は不幸なことにどこまでもみごとな予言書になってしまっているといわざるをえないのです。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「F APでは壁画プロジェクトもありました。壁画は公共性のたかい、いわゆるパブリックアートです。大勢の不特定多数の人びとが美術にしたしめる環境をつくるために、壁画運動は効果的なのですが、これはまさに社会主義国家のプロパガンダ芸術のアメリカ版だった。実際、当時社会主義国だったメキシコの壁画運動の中心人物のひとり、ディエゴ・リベラが 1930年代に渡米したときはほとんどスターあつかいで、ニューヨーク近代美術館で個展を開催するほどの人気でした。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「こうした状況下で、 FS Aは FSAP( FS Aプロジェクト)をたちあげました。いまでしたら TVニュースや SNSを通じて、世界の情報がすばやく私たちにとどけられます。 1930年代はそういうわけにはいかなかった。どこでどんな事件がおこっているのか、速報を伝えるのはむずかしかった。  そんななか現場の状況を即座に伝えられるメディアがありました。〝写真〟です。写真は新聞や雑誌に掲載されるといっきにその情報が拡散されていく。 1936年創刊の写真グラビア雑誌『ライフ( LIFE)』は、こうした写真の報道力の代名詞的存在となりました。 20世紀とは写真の時代だったわけですね。   FSAPは、写真メディアがもつ社会への訴求力を活用するプロジェクトでした。多数の写真家を雇用し、農村部に派遣して、現状をドキュメントしてもらい、議会や世論に呼びかけるツールとして役立てた。 FSAPで雇用された写真家によるドキュメント写真は、約 10万点にもおよんだといわれます。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「私はちいさいころから絵を描くのが好きでした。格別上手だったわけではありませんし、描いてだれかにみせたい、ほめられたいというような気持ちもありませんでした。将来は芸術家になろうなどと思ったこともなく、なぜかわかりませんがただ描きたいという衝動だけがありました。  ところが小学校に入学すると、美術(図画工作)の授業があり、先生や級友たちに絵をみせなくてはならない。このとき先生から「モリムラくんの今度の絵はあまりおもしろくないね。まえのはよかったのに」などと指摘されてしまうと、子どもというものもしたたかなものです。先生がどういう絵を期待しているかを察知して、ほめてくれそうな「だれかにみせる用の絵」を提出するというわざにでて、それとはべつにだれにもみせず好きなように描く「自分用の絵」も、かくれて描きつづけるようになりました。  長じて、私は美術家になったわけですが、美術家としての私自身の根っこのところまでさかのぼっていくとき、そこにみいだせるのは学校で描いていた「だれかにみせる用」のほうではなく、まちがいなく、かくれてコソコソ描いていた「自分用」のほうなのです。美術教育はむずかしい。そもそも美術や芸術をおしえることなんてできるのだろうか。自分自身の子ども時代を思いおこしながら考えさせられてしまいます。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「それにしても、だれにもみせずかくれて好きな絵を描いていただけの、あの子ども時代と、古代人が古墳やピラミッドの内部になにかをあらわそうとしていた太古、両者はもちろんぜんぜんちがうのですが、しかしどこかで水脈が通じているようにも感じられてなりません。その実感から、この節の冒頭で紹介した私の短文の最後を、つぎのような一文で終えました。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「 作品ともうしましたが、ごらんのように単なる男性用便器です。デュシャンがつくったわけではありません。工場で製造された工業製品です(くわしくいうなら、いま私たちが目にする『泉』作品は、工業製品のそのまたレプリカなのですが)。  工業製品なら、それはどう考えても「商品」です。ところがこの「商品」が美術館の台座におかれ、これはマルセル・デュシャンの『泉』だとキャプションがついたとたん、「作品」となる。  こういう現象は、だれにとっても「わかっていることの再確認」でもなければ、「あったらいいな」の世界でもありません。「なんでこんなヘンテコなものがここにあるのか、わからない」、つまり「ありえへん」世界の典型だといってもいいでしょう。  このような「ありえへん」事態に遭遇したとき、「わからない」から自分には無関係だとして、その場からすぐにはなれていくケースがほとんどかもしれません。しかし「なんだこれは、よくわからんな」と感じたあと、「それにしてもどうして、こんなありえへんものが、ここにあるんだろうか」とたちどまり、わからないから余計に気になって、もっとながめてみたくなる、そういうケースもないではない。そしてここまできたらそれはもう、あなたと芸術とのあいだに信頼関係ができつつある証拠です。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「「商品」「エンタメ」「芸能」などとの比較をつうじて、「芸術とはなにか」という問いにちかづこうとあれこれ考察してきましたが、最後にこんな話をしてみます。それは、表現における「究極のビジョン」とはなにかというテーマについてです。なんだか現実ばなれした仙人の領域みたいな話ですね。  紹介したいのは、中島敦の『名人伝』です。ここには〝仙人〟がじっさいに登場します。中島は 33歳で早逝した小説家( 1909/明治 42年 ~ 1942/昭和 17年)で、『名人伝』は中国を舞台にした弓矢の名人の物語です。 1942年、中島が逝く年に発表されました。以下『名人伝』のストーリーを私なりに追っていくことにいたします。  ……主人公は、弓矢の名人になりたいとねがう紀昌という若者です。紀昌は弓矢の達人、飛衛に弟子いりします。しかしなかなか弓矢をもたせてもらえない。師匠から「ただまばたきせず目をみひらいていろ」とだけ命じられる。訓練のすえ、紀昌はどんなことがあってもまばたきせずにいられるようになります。それでもまだ弓矢をもたせてもらえず、今度はそのまばたきしない目で、じっと一点をみつめろといわれます。そこでちいさなしらみをずっとみつづける。するとしらみがだんだん馬のごとくおおきくみえてくるようになってくる。こうして弓矢をつかうことがやっとゆるされる。もはや紀昌にはちいさなしらみが馬のごとくおおきくみえるわけですから、弓矢でしらみを射ることなどなんなくやってのけられるようになりました。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「本日のもともとのテーマは……そうでした。「芸術は必要か否か」でした。芸術は人間にとって必要なのか不要不急のものなのか。この問いを追いかけるにあたり、〝そもそも論〟として、「芸術とはなにか」というテーマを私なりの視点からお話ししてきたのでした。そして最後は中島敦の『名人伝』にいきつきました。『名人伝』を知ってしまいますと、「芸術は必要か否か」とか、「芸術とはなにか」というような問いに頭を悩ませているようでは、どうも芸術の名人にはほどとおいのではと感ぜずにはおれません。私は名人になりたいわけでもないし、仙人とやらに特別な興味をおぼえているわけでもありませんが、しかし頭を悩ませて追求していけば難問はかならずとけるというような思いこみは捨ててもいいのかなと、そのようにだんだん感じてきたのはたしかです。  あえていうなら、難問は〝解く〟べきものでも、〝説く〟べきものでもない。おのずと〝溶けていく〟ものである。溶けてしまえば、答えをもとめて悩むこともなくなる。そうなれば作品をつくったり、本書を書いたりする必要もなくなるのだろう。しかしなかなかそのようにはなりませんから、しばらくはつくったり、書いたりしつづけることになりそうです。ここはあわてず気長に〝溶けていく〟のを待つほかないようですね。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「そこで、青木繁を考察するのであれば、そのまえにまずはこの明治時代について私なりのとらえかたをみいだして、そののちに青木にたちもどるべきではないか、そう考えたのでした。  結論をもうせば、明治はけっして現代と断絶してはいなかった。ふるい過去ではなく、むしろいまをみつめなおすためにも目をむけるべき起点となる時代であった。  明治を考察するにあたり、ひとつテキストをつかいます。司馬 太郎著『坂の上の雲』。文庫本(文春文庫版)で全 8巻という長大作、明治を舞台にした歴史小説です。私は司馬 太郎さんの本をこれまでほとんど読んだことがなかったのですが、今回『坂の上の雲』に接し、いろいろ考えさせられました。『坂の上の雲』には三人の主要な人物が登場します。秋山好古と秋山真之、このふたりは兄弟(好古が兄、真之が弟)です。そして三人目が正岡子規。子規はよく知られているように、日本の詩歌に革命をおこした文学者ですね。  秋山好古は 1859年(安政 6年)、弟の真之は 1868年(慶応 4年/明治元年)生まれ。 10歳ばかり歳の差があります。正岡子規は 1867年(慶応 3年)生まれですから、秋山兄弟の弟のほうの真之とほとんどおない年で、このふたりはおさなともだちでもありました。  三人は同郷人です。伊予国松山藩、現在の愛媛県の生まれ。正岡子規は長じて文学者になり、秋山兄弟は軍人になりました。兄の好古は陸軍です。西洋式の騎馬隊を日本で組織したことで知られ、日露戦争においてロシア最強の騎馬隊といわれるコサック隊を撃破する。弟の真之のほうは海軍です。日本の連合艦隊の総司令官、東郷平八郎の参謀として、こちらもやはり日露戦争でロシアのバルチック艦隊に勝利する。司馬 太郎さんによれば、日本の連合艦隊がバルチック艦隊を撃破できたのは東郷平八郎のというよりも、むしろ秋山真之の功績がおおきかったらしい。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「この激動の時代を生き延びるために、士族の若者たちはいかなる選択をしたのか。このあたりのいきさつを、『坂の上の雲』はわかりやすく一行で語ってくれています。こんな感じです。「貧乏がいやなら、勉強をおし」。これがこの時代の流行の精神であった。(『坂の上の雲』司馬 太郎より)  廃藩置県によって失業した若者たちが貧乏からぬけだすためには、ともかく「勉強しなさい」という。  いまではもうだれも口にしなくなりましたが、かつては「末は博士か大臣か」というフレーズが流布しておりました。『坂の上の雲』によりますと、もはや藩に忠義立てしていても無益だし、剣術にたけていても、そういう武士的なスキルは必要とされなくなりました。ですから勉強して新時代がもとめる学問を習得し、学士(つまり博士)にならねばならない。工学博士になると鉄橋建設のリーダーというような立派なポストが約束される。医学博士ならあたらしい病院の病院長になることも夢ではない。勉強して博士になることがエリートコースへの第一歩であり、路頭に迷う一族郎党を貧困からすくいだすことのできる最良の選択肢だった。「末は博士か大臣か」の「大臣」も同様です。「大臣」は政治家や軍人と広義にとらえてもいい。ともかく明治の若者たちには、生き延びることと「勉強をおし」は同義であるという共通認識があったのだと思います。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「「なにをするのも東京だ」、なんです。「藩」の一国一国がそれなりに独立した自治権を保持していた時代は終わり、東京の中央政府の意向ですべてが決定される。そういう一極集中の時代なのであれば、新時代の情報をいちはやくキャッチするためにはやっぱり東京にいかなければならない。高い志をもった若者のこうした東京への憧憬を、司馬 太郎さんは、「若い者の胸をあわだたせていた」と書いています。「あわだたせていた」とは、なんともうまい表現だと感心させられます。  こうして「勉強」と「東京」が、新時代を生き延びるための明治の若者たちのキーワードになったわけですが、ここにさらにつけくわえておくべき明治の特徴があります。ふたたび『坂の上の雲』から引用いたします。  立身出世主義ということが、この時代のすべての青年をうごかしている。個人の栄達が国家の利益に合致するという点でたれひとり疑わぬ時代であり、この点では、日本の歴史のなかでもめずらしい時期だったといえる。(同書より)」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「坂本繁二郎は青木繁と同郷の久留米出身です。しかもおない年。親友でありライバルでもありました。青木の絵のメランコリアにひかれた漱石は、坂本の〝牛の絵〟にもひかれています。〝牛〟で思いだすのは、漱石がふたりの弟子、芥川龍之介と久米正雄に宛てた手紙文です。漱石は〝牛〟についてこんなふうに書いている。  牛になる事はどうしても必要です。われわれはとかく馬になりたがるが、牛にはなかなかなり切れないです。僕のような老猾なものでも、ただいま牛と馬とつがって孕める事ある相の子位な程度のものです。  あせっては不可せん。頭を悪くしては不可せん。根気ずくでお出でなさい。世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。それだけです。(中略)何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。(芥川龍之介と久米正雄に宛てた手紙文からの抜粋  夏目漱石  大正 5年8月 24日* 1)」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「 神戸港に船がつき、それから東京にむかったかというとそうではなかった。洋行帰りの画家といういわゆる〝箔〟がついていたにもかかわらず、坂本は神戸港からそのまま郷里の久留米にもどってしまい、のちには八女のアトリエで生涯絵を描きつづけることになる。  東京をはなれ大島へ写生旅行、そしてフランスへわたり、パリではなくブルターニュ地方などへと旅してまわり、帰国後は一目散に郷里へという坂本の人生の旅路は、くりかえすようですがゴーギャンにおけるパリぎらいとタヒチへの移住という人生の旅路と、どこかかさなって感じられてくるのです。坂本繁二郎の過激な寡黙  蛇足ながら、『大島の一部』には、坂本繁二郎という画家にたいする私自身の見方をおおきくかえることになった、私なりの発見がありました。  この絵の右半分の中央あたりに、なにか動物がおりますね。絵のほかの要素にまぎれてわかりにくいのですが、黒猫がいます(図 15)。この黒猫、エドゥアール・マネ作の『オランピア』(図 16)のベッドの右はしに描かれた黒猫とそっくりではないでしょうか(図 17)。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著


    「坂本繁二郎の絵には、寡黙であるからこその饒舌がある。ここをみおとすと坂本繁二郎のおもしろさをじゅうぶんにはあじわえないのではないでしょうか。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「本作でドキッとさせられるのは奥にある能面です。裏がえしになっていますね。てまえの能面は白くて美しい顔ですが、裏をむけるとたちどころに暗くて荒々しくグロテスクな相貌をあらわにします。  坂本繁二郎は人間の姿を描くことが極端にすくない画家ですが、人間がもつおもての顔と裏の顔を、能面をとおして目をそむけずに凝視することはわすれられていません。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「ある美術系の大学で特別講義をしたときのことを思いだす。受講生は日本でまなぶ世界各国からの留学生たちだった。話したテーマは、「私が私であること」。いわゆるアイデンティティとはなにかについて、私なりの見解を披瀝することだった。  通常アイデンティティといえば、それを失ってしまえば、もはや私が私でなくなってしまうような、そういう各人のよりどころのことをさしている。自分がどんな人種に属しているかを自覚すること。どういうセクシュアリティの持ち主なのかを意識すること。宗教、イデオロギー、家族への愛や血筋へのこだわり。仕事や趣味。各人各様であろうが、いずれも私を私としてつなぎとめてくれる〝よすが〟のことをアイデンティティと呼んでいるのだと思う。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「ビートルズを聴くことや、宮崎作品をみることによってはぐくまれる、すばらしい感受性というものが確実にある。そのことに異論をさしはさむつもりがあろうはずもない。しかしなにかをあえて聴かないこと、あえてみないこと、あえて知らないでおくことによってはぐくまれるまた別種の感受性や文化、これもまた確実にあるにちがいない。  そのように信じて、へそまがりな「見ざる、聴かざる、知らざる」の性分を、むしろポジティブにとらえなおし、これを「アマノジャク・スピリット」と名づけてみてはどうかと自分勝手な人生哲学を思い描いてみた。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「極論をあえていわせていただくなら、美術であれ、音楽であれ、文学であれ、なんであれ芸術というものには、山積する人類の難題を解決する力も、世界を牽引するつよいリーダーシップも、残念ながらやっぱりそなわっていないと痛感する。芸術が人類を救えるなどと過信してはいけないと思うのだ。芸術にできるのは、生き延びたくても生き延びることができなかった人びとや出来事に、「わすれないでいるからね」と、懸命に孤独なまなざしをさしむけることだけであろう。  ただときおり奇跡的にその真剣なまなざしが、深くて重い悲しみのかなたにほのかな光明をみつけだすことがある。そのかがやきがきっと〝美〟なのだと思う。作品のどこかにそのかがやきの照りかえしがあるかどうか。これはもう一種の賭けとなる。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

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    2026年09月27日
  • 眠れなくなるほど面白い 図解 クマの話

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    意外と知らないことだらけだなと思いました。
    ニッチな(?)知識もわかりやすい解説と図で書かれているのでスッと頭に入りました。

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    2026年09月27日
  • 「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策

    Posted by ブクログ

    細谷さんの具体と抽象、ミノ駆動さんのユビキタス言語やスキーマの話がここに繋がってきて言ってること一緒やんって気づけた。

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    2026年09月27日
  • ガウス過程と機械学習

    Posted by ブクログ

    わかりやすい、これにつきました。

    高校数学と線形代数に触れたことがある方なら無理なく読み進められると思います。解説も超丁寧でよくある入門書(入門書とは言っていない)ではなく、わかりやすかったです。

    ガウス過程の導出やその美しさを知ることができ、早く次のステップとして実務利用をしたいなと思える一冊でした。

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    2026年09月27日
  • チューリングの哲学 人工知能と人間機械論

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    映画イミテーション・ゲームを見終えてから読みました。(当然ですが)書籍の方が詳しく、チューリングの生涯についてわかりやすくまとめられていました。

    もしチューリングが〜でなかったらといういくつもの反実仮想があり、それらがあり得た時に今の世界が大きく変わるくらいの大天才を改めて知ることができました。

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    2026年09月27日
  • 「複雑系」入門 カオス、フラクタルから生命の謎まで

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    ネタバレ

    「複雑系」入門
    カオス、フラクタルから生命の謎まで

    前々から興味があった複雑系に関しての歴史や主要なトピックスをまとめた入門書です。
    著者が作家であるところが面白いです。
    各トピックスを具体的に説明しつつ、主な研究者やそれらの理論が見いだされてきた経緯が記載されていて、初心者でも理解できると思います。
    著者のあとがきで、「複雑系」に関して他の人と話すと否定されるか無視されると書かれていて、新しいパラダイムがポピュラーになるにはまだまだ時間がかかりそうと感じました。
    「生命はカオスと秩序の縁の現象である。」
    複雑系の研究が進み、生命現象が解明される日を夢見て読みました。

    竹蔵

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    2026年09月27日
  • さみしい夜にはペンを持て

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    学びがたくさんあった。日記とは未来の自分に向けて書くものなんだ、書き貯めることって意味があるんだ、辛いときこそ書くことに意味がある。
    小学生のときの自分に、高校生のときの自分に、読ませたい本でした。

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    2026年09月27日
  • 日本文法体系

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     古文の助動詞(本書では敢えて「助動辞」という名称を使う)を覚えるのに悩まされた自分としては、高校の時このような本に出会えていたらと思った。
     助動詞の成り立ちについて、言葉の深層に迫り、解説してくれる。動詞「あり」が助動辞の成り立ちの根源であることがわかる。
     例えば、「き(過去)+あり」から「けり」へ、「つ(完了)+あり」から「たり」へつながるなど、助動辞の成り立ちを考えることで、言葉が立体的に見えてくる。著者は「krsm立体」として、「き(過去)」、「り(現存)」、「し(形容)」、「む(推量)」という助動辞の核となる要素の組み合わせから、文法体系を考える。
     現在の橋本文法を規範とした学校文法だけは言葉の芯に迫ることはできない。先人が「あり」を元にして、助動辞を作り上げていった思考を辿ることは無駄ではないはずだ。
     無機質に「助動詞」を通り一辺倒に対応する意味だけで捉えることだけではもったいない。藤井文法の視点で血が通った言葉として捉えることで、あらためて先人が日本語を作り上げてきた英知の深さに恐れ入るばかりである。

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    2026年09月27日
  • 心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学

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    心はこうして創られる
    「即興する脳」の心理学

    序章 文学の深さ、心の浅さ
    第一部 心の深みという錯覚
    でっち上げる力/現実という実感/インチキの解剖学/移り気な想像力/感情の創作/選んだ理由の捏造
    第二部 即興が「心」を作る
    思考のサイクル/意識の経路の狭さ/無意識的思考という神話/意識の境界/原理ではなく前例/知性の秘密
    終章 自分を創り直す

    心理学や認知科学の実験結果をもとに著者が導いた結論は、人の心は外部環境や過去の記憶から瞬間ごとに解釈しているインタープリターであって深遠な深層心理や無意識はないということ。
    この結論を視力、聴力、感情などの実験結果をもとに脳の思考のサイクルは一つのことしか認知できず、絶えずそれを脳は実行しているだけであることを説明していきます。
    マービンミンスキーの「心の社会」で、人の心は様々なエージェントにその場でスポットライトがあたるようなものと言っていますが、ニックチェイサーは、エージェントはバックグラウンド処理はせず、スポットライトがあたったときに即興で様々な認知と判断を行っているというもの。
    結論では、人は過去の経験をもとに想像力を働かせてリアルタイムに処理を行っているだけなので、深遠な真実や思想・信条などないため、その想像力をフルに働かせて常にアップデートしていくことが大切と述べています。
    過去の因習、過去の経験にたよることなく、新しい情報や考え方を元に最善を尽くすということが大切だということを肝に銘じました。

    竹蔵

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    2026年09月27日
  • 世界の一流は「平日」の夜に何をしているのか

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    一流の人たちの習慣や暮らし方を手本にすると、自分のスタイルアップにつながる気がする。
    まずは一つ、夜寝る前の7分ストレッチを実践してみようと思った。
    何でも、いいなと思う人やコトの真似をしてみると、自分に合う合わないはあるが、勉強になる。
    いい本を読んだと思う。

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    2026年09月27日
  • 最高の体調

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    MEGUMIさんのおすすめから飛んできたけど、
    面白くて何回も読み返したい本

    ◎自然に触れることはいい事しかない
    ◎食事・睡眠・運動は大切
    ◎マインドフルネス(今の作業に集中)で不安軽減
    ◎生活・人生自体を遊ぶ(ユーモア大事)
    現代の生活に人間の進化が追いついていないことから、文明病になる。炎症と不安が生じる。

    実践編のタスクも面白がりながらやってみたい!

    ◎この本読んで即実践できそうなもの
    ・ミニ観葉植物(多肉植物)を職場デスクに置く
    ・通勤時間に自然の音をイヤホンで聞く
    ・23:00就寝の継続
    ・ジム通い継続(筋トレ・傾斜ウォーク)
    ・家事中にマインドフルネス
    ・日常を面白がる楽しむ
    ・食物繊維摂る(バナナ・ブロッコリー・キウイ・きのこ)

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    2026年09月27日
  • 45歳 仕事をやめてコロンビア大で見つけた 英語の新しい勉強法

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    今までの英語勉強の考えを塗り替えるような本だった。
    最初に教師をしていたと書いてあり、あっ、私とはレベル違うな、、と思って読み進めると、初心者が陥りがちな?目的をはっきりさせること、参考書や問題集のレベルが合ってないなど、具体的な勉強方法がどれも試したい内容だった。
    この本の通り、勉強に活かしたいと思う。

    やりたいこと
    ●発音練習
    ●文法見直し
    ●単語の本
    どれも7〜9割理解出来るものに
    ●1週間に4日出来れば、習慣として定着する
    ●英語は楽しんで勉強する
    ●手帳に1日ひとつ単語を書く

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    2026年09月27日
  • 樺太一九四五年夏 ――樺太終戦記録

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    第二次世界大戦終戦直前の樺太が鮮明に記録されている。
    戦争といえば対アメリカ沖縄戦が取り沙汰されると感じるけれど、樺太はソ連からの攻撃と終戦後の離島などこの本からしか知り得ないものがたくさんある。
    多くの人に知ってもらい、変換されない島々のことに興味を持ってもらえたら良いと思う。
    樺太に眠る多くの日本人に思いを馳せて…!

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    2026年09月27日
  • 人新世の「黙示録」(集英社シリーズ・コモン)

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    資本主義の分析という点では、やっぱり面白い。
    テック企業は、存在感という意味では国を超えている。その手綱をどうするかが求められている。故に、計画経済であり、エコロジー独裁が必要ではという結論。
    筆者の未来図があまり魅力的ではないと感じてしまうあたり、私もまだまだ帝国的生活様式の人間ですな。

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    2026年09月27日
  • 【改訂版】本当の自由を手に入れる お金の大学

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    お金についての知識を身につける本。
    お金で不安を煽られる話に対する防衛術。
    他の分野への足がかりになります。

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    2026年09月27日
  • 日本史 格下げ偉人と格上げ偉人

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    人物ごとに分けられていてすごく読みやすかったです。自分の知っていることが実は間違っていること、解釈が変わってきていることが分かりました。歴史は時代を経るにつれて、その人についての見方や考え方が変わっていくということが分かりました。また何十年も経てば、新しい発見や解釈が出てくるのかなと思って、歴史の面白さを再認識しました。

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    2026年09月27日
  • 給与明細から学ぶお金のキホン

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    働き始めた若い人に特におすすめ。

    いきなり「投資」みたいなテーマの本に手を出すより、自分の給料のことを良く知って、世の中の仕組みを正しく知ることが大事だと思う

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    2026年09月27日
  • 令和8年度版 プロが教える!失敗しない相続・贈与のすべて

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    超実践的

    ここ最近出ている類書でもっともリアリティが高く、実用的、実践的と感じた。将来に備えるニーズにおいても、自分の未来をイメージしやすい。

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    2026年09月27日