あらすじ
人生は自分次第だなんて、大嘘である。
私たちは何もコントロールしていないが、あらゆることに影響を与えている。
カオス理論や進化生物学、歴史、哲学など、多様な知見を縦横無尽に渉猟し、
世界の成り立ちや人生について考えさせる、壮大かつ感動的な書。
あなたの人生は偶然が支配し、この世界は成り行きの産物である。
成功や失敗も、進化も歴史も、小さな偶然の積み重ねに左右されている。
なのに、なぜ私たちはそこに理由や目的、秩序があると信じてしまうのか?
このような世界を生きることに、どんな意味があるのだろうか?
あなたのすべての行動は、たとえそれがどんなに些細なものであっても、
常に世界に影響を与え続けている。
世界はカオス的であり、人生は偶然によってつくられるからこそ、豊かで価値があるのだ。
『フィナンシャル・タイムズ』紙や『ニュー・サイエンティスト』誌、
ジョナサン・ゴットシャル(『ストーリーが世界を滅ぼす』著者)、
ショーン・キャロル(『量子力学の奥深くに隠されているもの』著者)など、
各紙誌や識者が絶賛する、人生の指針となる「偶然礼賛」の書。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
世界がいかに複雑で、偶然に富むものなのかを、歴史上の出来事や生物学・物理学などの科学的視点で、これでもかと掘り下げられている。「世界は偶然でできている」というのは分かっているつもりであるけれど、一人の将校が偶然京都に立ち寄ったことで原爆の空爆地が変わったり、ダーウィンの鼻があと少しでも特徴的だったら今の進化論の価値観は根本から異なっていたりする可能性がある。それどころか、生きとし生けるもの一つ一つの言動が変わるだけで、世界はすっかり変わるというのを実感できる。
人間は進化の過程で「パターンを見出す」ことで生存競争を勝ち抜いたこと、そのため、因果関係を見出したり物語をつくったりするバイアスがあることも面白かった。
変化に富む世界で、そのようなバイアスに惑わされずに、色々なことを試して、変化を楽しむことが大事。世の中をより俯瞰的に見る視座・視点を得られた。
Posted by ブクログ
実に読み応えあり、時間を掛けて熟読した
勝間和代さんの推奨本だったかな?(元勝間塾生)
才能の中間層はなにしろ数が多い『運』という雷はずば抜けた才能を持つほんのひと握りの天才ではなく、何十億人もいる中間層の誰かに落ちる可能性が圧倒に高い。
運は本質的に偶然の産物だ。
との箇所に勇気付けられた。
Posted by ブクログ
西洋の原子論、東洋の関係論、そして、複雑系。
生きることの全てが重要であり、あらゆることに影響を与える。
世界と人生の見方に影響を与えてくれる。
Posted by ブクログ
予約本がどっかんどっかん来てる時に限って難しい本を読んでたりするよね(あるいは大長編)
予約本がいつ回ってくるかを正確に予測するのは困難なので、もしこの状況を避けたいのであれば、予約本があるときは難しい本や大長編は読み始めないというのがよろしい
だけどこっちはこっちで読みたいの!
わいはこれを「予約本のジレンマ」と呼ぶことにした
うーん哲学者っぽい
さて本書は題名の通り『「偶然」はどのようにあなたをつくるのか』をありとあらゆるアプローチで解き明かしてくれる
もうあらゆる分野から引っ張ってくるので、ほとんどただの雑学本となっている
そしてもう全部が面白い
やんなっちゃうくらい面白い
そして導き出された結論がすんばらしいのよ
予約本を後回しにして読んで良かった一冊でした
Posted by ブクログ
素晴らしい。
「人生は自分次第だなんて、大嘘である。」
帯の文章。
宗教であれ、哲学であれ、文学であれ、脳科学であれ。
結論としては、自由意識、的なものは存在しないのではないか。というところに突き当たるようだ。
今起こっている、目の前の出来事に、丁寧に、誠実に向き合うことは、自らを大切にすることであって、重要ではあるが、少し俯瞰的にみれば、自由にその態度、アプローチを選んだ、ということでもないのではないかということに気がつく。どこか、割り切れない考え方だという気はするが。
「私たちが現代に不安を覚えるのは、制御不可能な世界を制御しようという思いが頭から離れないからかもしれない。そのような執着は、欠陥のある世界観に由来し、私たちはその世界観のせいで、確実性の追求という達成しえない試みから抜け出せなくなっている。そのような追求は必ず、失望という結果に終わる。」p313
「不安」「執着」
正に、仏道の諸説明で使われる言葉、内容。
様々な立場、角度から、この世を解明しようとしていることを、目にして、自分の頭の中も整理されていくという気持ちよさを味わえた。
「私たちは、偶然の巡り合わせを些細なこととして片づける。真実よりも生存を優先する認知プロセスを持つ私たちの心は、因果関係の理解の仕方を単純化して誤解を招きやすいものの有用なかたちでそれを行うように進化した。私たちは、1つの結果には1つの原因を求める傾向がある。原因と結果の間に、単純明快な一直線の関係(小さな原因は小さな結果を生む一方、大きな原因は大きな結果を生むという関係)を想像しがちだ。そして、ランダム性と偶然性の役割を一貫して割り引き、理由などないときに理由をでっち上げ、不確実なものや未知のものを嫌うことが多い。」p90
「確率の言い表し方は、大きく2つに分けられる。著名な科学哲学者のイアン・ハッキングの説明によると、多くの確率は「頻度型の確率」と「信念型の確率」とに分類できるという。
頻度型の確率は主に、ある結果がどれほどの頻度で生じるかに基づいている。(中略)
信念型の確率は(中略)手に入る証拠に基づき、特定の主張あるいは未来の結果についてどれほどの自信があるかを示している。」p149
「私たちは、適度の量の不確実性を喜んで受け容れる代わりに、偽りの確実性にしがみつく。私たちの世界の多くは、今やほとんど誰も理解できないような複雑なモデルに基づいて動いている。ただし問題は、そうしたモデルの影響力があまりにも大きくなったために、それらがモデルであることを私たちが忘れうる点にある。モデルは、物事を意図的に単純化したものであって、そもそも、元のものを正確には表してはいない。地図は、そこに記された土地を移動するときに役に立つものの、土地そのものではないのと同じだ。モデルの使用には利点があるが、それと引き換えに難点もある。フランスの詩人ポール・ヴァレリーは、それをじつに簡潔に言い表している。「単純なものはすべて偽りだ。複雑なものはすべて使い物にならない」。縮尺が1分の1の地図を欲しがる人などいない。」p160
「エッセイストのマリア・ボポーワが思い出させてくれるとおり、「現実に驚嘆し、心奪われて暮らすのが、この上なく幸せな生き方だ」。どれだけ多くの人が、現代生活という回し車に囚われてひたすら走り続け、驚嘆から覚めて心が空しくなってしまっているだろうか? そうした支配や制御という偽りの偶像など忘れ、不確実性の中に存在する美しさに接して驚嘆するべき時が来た。目を向ける先さえわかっていれば、だが。」p313
「何から何までコントロールする必要はない。それでかまわないのだ。」p318
「奇妙に思えるだろうけれど、良い種類の不確実性というものもある。そして、そのおかげで私たちは人間らしい人間になれる。考えてほしい。今後見舞われる心痛の一覧表から、自分自分がこの世を去る日時を正確に記したカレンダーまで手に入り、自分の人生で何が起こるのかを絶対確定に知ることができるならば、あなたはぜひ知りたいと思うだろうか。(中略)
私たちはヒトという種として、自らが完全にコントロールできる確実な世界を好むと考えたなら、それは自己欺瞞となる。実際には、私たちは秩序と無秩序の間の健全なバランスを渇望しており、偶発的収束性を持つこの世界に満足している。(中略)し、自分自身の中の自由奔放な面や勝手気ままな面や予測不可能な面も褒め称える」。もし何もかもが構造化されていて、秩序正しければ、人生は退屈で単調になるだろうが、その反面、純然たる無秩序は私たちを破滅させるだろう。」p320
「不確実性の素晴らしさを認めるというのは、現在のあなた個人の行動が最適化された未来をどのように生み出しうるかにはあまり重きを置かず、あなたのために生み出された現在を享受するのにもう少し重きを置くことを意味する。その現在とは、それぞれの音を奏でる無数の個体から成るオーケストラによって何十億年にもわたって演奏され、このまったく唯一無二の偶発的な瞬間に最高潮に達した、人生のシンフォニーなのだ。
自分がそのシンフォニーの指揮者ではなく、その中で鳴り響いている1本の弦にすぎないことを認めると、謙虚になれる。それが事実であるおかげで、私たちは何か広大で未知のものの中に置かれる。私たちは、自分がどこへ向かっているのか、そしてなぜここにいるのか(仮に理由があれば、だが)、知ることはできない。そこから、この世で最も重要な言葉へと導かれる。それは、「わかりません」という言葉だ。(中略)
良い社会というのは、私たちが不確実なことを受け容れ、未知のことを大切にする社会だ。そうするためには、日常生活の一日一日を探究や素朴な楽しさや愉快な驚き――偶然の巡り合わせーで必ず満たさなければならない。そして、やることリストに組み込まれた気掛かりな未来が、せめてほんのひとときでも、現在の喜びの感情によって心から拭い去られるようにしなければならない。」p322
Posted by ブクログ
正直11章までは「なんかまあそうだね」という感じで読んでいたけど12章の自由意志についての考察がそれまでの議論をドンデン返し的にひっくり返しつつ、わかりやすく入ってきてとても良かった。
「もし人生を最初まで巻き戻し、再生ボタンを押したら、全てが同じ展開になるだろうか?」
著者は、決定論は正しい、世界は非決定的だが、それは量子の奇妙さだけに起因する、という立場を取る。科学的に見るとこの考え方を覆すことはできない。
では人間の自由意志とは?そんなものはないと著者は思いつつそれでも世界を楽しむためのヒントを提示する。それでも良いと思えるくらいに世界は広くて興味深い。
Posted by ブクログ
世界や人間は脆く偶然に満ち、合理性を求める事は危うい
偶然性という私の人生のテーマにカオス理論が加わった
中島岳志「思いがけず利他」や宮崎真生子・磯野真穂「急に具合が悪くなる」などの名著とリンクする、名著だった!
ただ、自由意志の章はやや唐突な感じ。國分功一郎「中動態の世界」や妹尾武治「僕という思考実験」のほうが深みがあったかな
Posted by ブクログ
何を意図した本なのか分からないまま読み進め、終わってみれば、世界観(この世界の解釈)に関する本であったと気付く。
その意味では、哲学書や思想書に近いのではないか。
とはいえ、難解なものではなく、偶然が世界や人生を変えたことに関するおもしろいエピソードがたくさん書かれているので、それを読むだけでも価値はあると思う。
本書が語っているような世界観は、既に自分のものとなっている部分と重なっていた。
違いがあるとすれば、本書が自由意思論よりも決定論的な考えを採っている部分であろうか(カオス理論が決定論と矛盾しないという説明には納得したが)。
本書の立場によれば、同じ人が同じ経験をしてきたと仮定した場合、同じ状況になれば同じように意思決定をすることになるが、本当にそうだろうか。
「どっちでもいいけど、まあこっちにしておくか」という程度の意思決定は、それこそ「その時々」で変わってくるような気がする。
また、本書は「過度な物語化」批判の書でもある。
ストーリーとしての一貫性があることによって、物事を理解し易くなるという側面もあるが、それだけに人は物語化の罠にはまり易いともいえる。
その典型例が(本書では触れられていないが)冤罪であり、本書の問題意識は、「冤罪と人類:道徳感情はなぜ人を誤らせるのか」(著/管賀江留郎)とも恐らく部分的には通底している。
さて、次は「物語化批判の哲学」(著/難波優輝)を読む予定である。
Posted by ブクログ
私たちの人生や性格が偶然や予期せぬ出来事によってどれほど形作られるかを、科学的・哲学的視点から丁寧に解き明かしています。読むと、自分の選択や偶然の関係性を改めて考えさせられますね。でも、本当に「偶然」と「必然」の境界は存在するのか、それともすべて後から意味づけされているだけなのか、少し疑問が残ります。
Posted by ブクログ
過去約3年間の、ものの考え方を全て覆された気分。
第1章にて、あるアメリカのスティムソン夫婦の、京都旅行の物語。偶然の京都旅行がキッカケで、日本の原爆投下の場所を京都から変更した陸軍長官スティムソンにより、偶然、京都の40万人の命が救われたという衝撃的な内容からスタート。
第2章からは、偶然が世界を作る物語、その理論の根拠となる実験や出来事について解説し、第4章では私たちが、偶然という不確実性を無視し、この世界には目的や理由があると信じてしまう理由、その生き物であることの理由を私たちの脳の働きから解説。6章では、不確実性ではなくリスク、いわゆる確率論を信じることの危険性とその解決策。
私たちが、見えないものを無視し、見えるものを単純化しパターンに当てはめることで世の中をコントロールしようとしていること。また、その考え方を提供する科学者、専門家、それを鵜呑みにして発信するメディアが多数で、かつその研究の研究方法自体がデタラメであることがかなりあることを伝え、あたかも、そのものに秩序があると考えてしまう私たちの落とし穴について、詳細な根拠とともに解説されている。
AIによる効率化や最適化、また日々のルーティンややることリストにプレッシャーを与えられ、首を締め付けられる思いをたびたびする私にとって、まさに根本から、足元を掬われるような気付き、学びを与えてくれた。大げさにも、本書を読む前と途中、読み終えたあとの人生に対する考え方が180度変わる経験を味わった。
世の中はカオスで複雑系の、偶然によってコントロールされている。それが、何かそれらしい根拠となるきっかけがあろうとも。「何であれ、それだけを抜き取ろうとすると、それが宇宙の他のあらゆるものと繋がっていることがわかる。」
またこの本書は、あらゆる全てのものはすべて繋がっていて、どれも、どんなことも、どんな人も、その人がどんなこともしようと世界にとってとても大切なことであると教えてくれた。自分が世の中を、自分をうまくコントロールした上で決断したと思われる選択も、ただの偶然の結果に過ぎない。この、一見受け入れ難い現実に直面した時に、他の人がどんな反応をするのかも気になる。
最後に、著者ブライアン・クラースの言葉。「本書の執筆は、この世で起こった一切のお陰で
、その中の冷酷な祖先たち、人間に進化する何億年も前に押し潰されずに済んだ幸運な一連のミミズのような生き物たちでさえ含まれる。その全てが存在していなければ、不可能だっただろう。」
この言葉が私のこれからの人生の、不確実で多くの発見に満ちた美しい出来事に感動を与えてくれると確信している。
Posted by ブクログ
人間は予測できない複雑系についても過度に単純化して理解した気になることが往々にある。
複雑系になれば小さな原因が大きな結果を及ぼすことがあり、単純な因果関係で説明できないことは多い
Posted by ブクログ
さまざまな要素が複雑に絡み合う複雑系の中で今の世の中が作られているため、偶然と思っても実は何かしらそれぞれの人生に影響しているということのようですね。長編で読み通しも大変でしたが、原爆がなぜ京都ではなかったのかやプレゼントされたネクタイのおかげでwtc の事故を避けられた話などq説明で紹介される事例や引用が面白く、勉強になりました。最後のまとめ部分が自分には難解でしたので、ちょっと置いてから読み直します。
Posted by ブクログ
科学書……というより思想書かな。
最近読んだ「数理モデルはなぜ現実世界を語れないのか」あたりでも似たような内容が書かれており、最近の社会思想に対するカウンターなのかな、と。
究極的に言ってしまうと、ベルクソンが語るように必然と偶然は神の視点でしか分からなくなってしまう。この二つは「同じ条件、同じ時間で私たちは違う選択が出来る」か否かで別れてしまうからだ。(そしてそれは検証できることではない)
ただ、何かボタンを掛け違えることで、人の生死は変わってしまうことは十分ありうるし、それは(カオス的なため)私たちがコントロールできることではない。
出来ることがあるとすれば、この世界は不確実であり複雑であることを前提に生きるしかないのだけど、認知システム上それは負荷がかかるからなぁ……という難しさ。
思想的にはドンピシャで、僕も全く同じことを考えているけど、それを実社会システムに落とし込むとなると難しいよなぁ、というのを実感した一冊でした。
作者的には生命礼賛に近いんだろうね。奈須きのこに言わせれば「この星はあらゆる生き物を使って1つの夢を見ているのだから」ってことなんだろうけど。
Posted by ブクログ
この世の中は、収束的なのか偶発的なのか。
当たり前に人が信じていることに疑問を呈し、この世の何もかもに理由があると思い込んでしまう目的論的思考を壊してくれる一冊。
偶然も世の中には存在するが、人は何かと意味付けしたがる。私もそのくせがあると感じた。
Posted by ブクログ
読み終わったあと、世界の見え方や自分の考え、行動が少し変わるかも、そんな本でした!
後半までは、この世界や社会がいかに偶然の上に成り立っているか、アンコントローラブルか、というのが具体例を元に書かれていて、わかりやすく納得度と高い!
そして最終章では、すべてが影響し合うこの世で、だからこそ自分の行動一つ一つが重要になっている(なっていく)のだと、とても勇気づけられるような、そんなメッセージを受け取りました!
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評価
すんげー情報量。それだけで驚愕
感想
全てを緻密に読みきれないけど、
結局、意思はあって決定してても、
怒ること自体を必然性で語るには無理があるし、
真実の捉え方次第で歴史も科学も物理も気持ちも、
全ては捉えられる、変わる。
反対論者たちはこれを見て何を思うのだろう…?
Posted by ブクログ
意見が合うのでハイライトしたくなるところは多いんだけど、全体としてはフワフワとエッセー風におしゃべりしてるだけではある。偶然の力が大きいよという側。
Posted by ブクログ
私たちは複雑でランダムで多様な不確実性の中にいる。
「私」もまた不確実である。
不確実であるほど、多様性が必要であり、その多様性の不確実性を受け入れる必要がある。
Posted by ブクログ
人間の行動を決めるもの、存在を決めるもの、意思を決めるもの、状況を決めるもの、いろんなことは「偶然」に支配されている。
偶然とは、人が自分でコントロールできないもの、という意味で使っているようだ。
複雑系におけるほぼカオスの縁。人は実は常にそこにいる。
自分でコントロール出来ないものは、歴史でもあり空間でもあり、あらゆる関わりであり得る。
人が世の中を理解する様々な手段は所詮、モデル、経験であり、シンプルなものは常に誤っており、複雑なものは役に立たないのが現実だ。
本書ではさまざまな「偶然」の具体例を挙げている。
かなり面白く読める。
最後の方よく繋がりがわからなくなって来たが、「因果」という意味では決定論であって、ただそれは人の不自由さをいうものではないということか。
かつ、複雑系に対する対応としては、ランダム、という手段が必要でもあり、成果の見えなさそうな研究に金出せよという熱い気持ちは伝わった。
少し違うかもしれないが、蝶が羽ばたいたくらいで地球の裏でハリケーンが起きるのかもしれないというなら、ぼくら一人一人が生きてるだけで、なにか影響及ぼしてるはずだよな、と思ったらちょっとこそばゆい。
Posted by ブクログ
人生はなぜ思い通りにならないのか。すでに起こったことに対して説明することはできるが、それが決定的に原因と言うことはできるのか。
この世界は、運命は最初から決められたものであるという決定論的なのか、それとも非決定論的なのか。そして、そこに私たちの自由意志はあるのか。
本書では、個人の人生から世界的な出来事についてのいくつもの事例を見ながら、わたしたちがどのようにつくられて来たのかを考察していく。
今生きているわたしたちは、宇宙の誕生から延々と続いて来た宇宙全体の歴史の一部であるということを感じさせてくれる一冊だった。
Posted by ブクログ
難しい!小さな変化や不慮の出来事や偶然の巡り合わせが、ついにはブラック・スワンになる可能性についての記述が興味深かった。ほんのささいな動きや選択で絶えず変わる世界、私たちが今本を読んでいる間も、寝ている間も見知らぬ誰かの人生に気づかない所で関わっていることを考えると、もう果てしなさすぎてパンクしそう。
Posted by ブクログ
示唆に富む興味深い内容で、文章も読みやくてとても好きなジャンルの話だったのだか、私には冗長に感じられる部分が多くて、けっこう読み飛ばしてしまった。
謝辞を読むと2万語削ったとあって、びっくり。
Posted by ブクログ
決定論(宇宙のすべての出来事は物理的・化学的法則によりあらかじめ決定されている)vs自由意志(外部環境や運命に支配されず、行動主体が自らの考えで選択する)
この作者は世の中は偶然の積み重ねによる決定論である。
良い社会とは、不確実を受け入れ、未知なことを大切にする。日常生活の一日一日を探求や素朴な楽しさ、愉快な驚き、つまり偶然の巡り合わせで満たすこと。コントロールしようと思わず、社会を簡単な方程式で矮小化しないこと。
あまりにも現代は最適化され、予定を入れすぎ、計画を立てられすぎ。知らないことを探索しながら、知っていることを活用していくバランス。
避けようのない不確実性に対して、プロセスをランダム化する
Posted by ブクログ
人は、自分の選択した結果で今がある(自分でコントロールしている)と思い込んでいるが、実際は複雑な世界の偶然の結果によるものであることを述べている本。
確かにその通りだが、とは言え努力せず無秩序に生きれば良いわけでもない。自分がする事のすべてが何らかの影響を与え、大切であると言っている。
中々難しい本だった。まああのナシーム ニコラス タレブが出てくるぐらいだから難しいのもうなづける。
Posted by ブクログ
人生は自分次第だなんて大嘘である
自分にはどうにもならない偶然から生まれる大きな事象を偶然ではないと考え理由、目的があると信じてしまう。
偶然が支配している世界を理解できるようになる本
Posted by ブクログ
私の頭には難しかった。
いろんな事例が出てくるんだけどそれを整理しながら読もうと思うとすごく時間がかかりそうに思える本。
ただ、冒頭に出てくるアメリカのスティムソン夫婦の、京都旅行の物語はすごく興味深いのでそこだけは読むことをお勧めする。
Posted by ブクログ
この世界は決定論か非決定論か?
筆者曰く、この世界は因果的に決定される。これは目的論的な運命論とは異なり、個人の自由な選択含め全ての事象は"複雑に絡み合っていて予測もコントロールも出来ない(これを筆者は偶然性または不確実性と呼ぶ)原因の数々"の結果として必然的に引き起こされる、とする決定論。
…とすると自由意志なんてものはないのでは?と心配になるが、筆者は決定論と自由意志は両立しうる、いわゆる両立論の立場を取る。筆者の意図とやや異なる部分があるかもしれないが、ここに"偶然性"を絡めて考えると、自分の選択は因果的に決定されるものの、偶然という予測不可能性が加わることで私の選択は「完全に決定されていなかった」ように感じ、その結果、私の選択は「自分が決めた」感覚が強化される。実際には偶然も因果の一部であるが、この予測不可能性が心理的な自由を確保し、決定論と自由意志の共存に説得力を持たせる。
目新しい記載はなかったように思うが、「余白の重要性」はせかせかと生き急ぐうちに忘れかけていたのでタメになった。偶然性に溢れ予測やコントロールが出来ないこともあるのだから、「余白」に委ねようじゃないのと
もうひとつ、「私たちが信じている物語が私たちの行動を形作る」は改めて指摘されるとドキッとする。
Posted by ブクログ
自分という存在は、過去からの偶然の積み重なった結果である、という。そして、それは宇宙の始まりにつながる、結局そういうことでした。あとは、偶然がもたらした幸と不幸のエピソードを列挙しているだけで、得られるものはあまりありませんでした。人は、ある出来事に原因を求め、それは意味はないと断じていますが、この著作そのものが、それぞれのエピソードに意味を求めているところに矛盾を感じた。