あらすじ
人生は自分次第だなんて、大嘘である。
私たちは何もコントロールしていないが、あらゆることに影響を与えている。
カオス理論や進化生物学、歴史、哲学など、多様な知見を縦横無尽に渉猟し、
世界の成り立ちや人生について考えさせる、壮大かつ感動的な書。
あなたの人生は偶然が支配し、この世界は成り行きの産物である。
成功や失敗も、進化も歴史も、小さな偶然の積み重ねに左右されている。
なのに、なぜ私たちはそこに理由や目的、秩序があると信じてしまうのか?
このような世界を生きることに、どんな意味があるのだろうか?
あなたのすべての行動は、たとえそれがどんなに些細なものであっても、
常に世界に影響を与え続けている。
世界はカオス的であり、人生は偶然によってつくられるからこそ、豊かで価値があるのだ。
『フィナンシャル・タイムズ』紙や『ニュー・サイエンティスト』誌、
ジョナサン・ゴットシャル(『ストーリーが世界を滅ぼす』著者)、
ショーン・キャロル(『量子力学の奥深くに隠されているもの』著者)など、
各紙誌や識者が絶賛する、人生の指針となる「偶然礼賛」の書。
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Posted by ブクログ
偶然の積み重ねて、自分の人生が成り立っているなと改めて実感させられた本。
私たちの意思とは何なのか私たちが自分が決定しているって思ったことがどんな些細なことでも周りに影響与えているそのつながりが人生を作るそんなことがわかったような本でした。
エピソードやそこに書いてある表現がとても面白くてもう一度読んでみたいなと思ったんです。
そして最後に、私たちはいかに効率性とかそういうのを大事にしがち。だけど、その無機質な感じでいいのか、その偶然を考えるとか、偶然がわかる余裕がないみたいなそんな気がしました。
Posted by ブクログ
読み終わったあと、世界の見え方や自分の考え、行動が少し変わるかも、そんな本でした!
後半までは、この世界や社会がいかに偶然の上に成り立っているか、アンコントローラブルか、というのが具体例を元に書かれていて、わかりやすく納得度と高い!
そして最終章では、すべてが影響し合うこの世で、だからこそ自分の行動一つ一つが重要になっている(なっていく)のだと、とても勇気づけられるような、そんなメッセージを受け取りました!
Posted by ブクログ
【「偶然」はどのようにあなたをつくるのか】 ブライアン・クラース 著
「万事は理由があって起こる」という収束性と、「物事は単に起こる」という偶発性との大きく二分類を比較し、後者に力点を置いた本です。
冒頭、具体例として原爆投下の事例を紹介します。かつて京都を訪れた米国人夫婦がその美しさに魅了され、その後、夫が原爆投下チームに配属。チームでは一番打撃の大きいと思われる京都への投下計画がなされるなか、京都に魅了された彼が強硬に反対して広島・小倉などへと変更。広島投下後、小倉への投下は当日雲が多くて「標的」が確認できず、長崎への投下に急遽変更。「もし」この夫妻が京都を訪問していなければ、「もし」小倉上空が晴れ渡っていたら、ことは大きく変わってきますが、これには「理由がある」のか「単なる偶然」なのかと切り出していきます。
このほかにも、リンカーン暗殺前の予言、911で生死を分けた「偶然」など、偶発性の議論は別にしても、こんなことがあったのかという「トレビアの泉」満載です。因みに、米メジャー・リーグが「マネー・ボール」化(データを精緻に分析して選手獲得や試合運びをすること)でどの試合も均一となり、2023年から偶然のアクションを重んじる「脱マネー・ボール」化に切り替えたというのは初めて知りました。
“世界が絡み合った偶発的なものとして受け容れると、何もコントロールできないようでいながら、実はあらゆることに影響を与えることとなり、一人ひとりの一切の行動が大切になる”と結語で言います。また、このことから(偶然性に身を任せ)「あてどなく探索すること」で真新しい未来が訪れるという著者のメッセージでも元気になれた一冊です。
Posted by ブクログ
この世界は決定論か非決定論か?
筆者曰く、この世界は因果的に決定される。これは目的論的な運命論とは異なり、個人の自由な選択含め全ての事象は"複雑に絡み合っていて予測もコントロールも出来ない(これを筆者は偶然性または不確実性と呼ぶ)原因の数々"の結果として必然的に引き起こされる、とする決定論。
…とすると自由意志なんてものはないのでは?と心配になるが、筆者は決定論と自由意志は両立しうる、いわゆる両立論の立場を取る。筆者の意図とやや異なる部分があるかもしれないが、ここに"偶然性"を絡めて考えると、自分の選択は因果的に決定されるものの、偶然という予測不可能性が加わることで私の選択は「完全に決定されていなかった」ように感じ、その結果、私の選択は「自分が決めた」感覚が強化される。実際には偶然も因果の一部であるが、この予測不可能性が心理的な自由を確保し、決定論と自由意志の共存に説得力を持たせる。
目新しい記載はなかったように思うが、「余白の重要性」はせかせかと生き急ぐうちに忘れかけていたのでタメになった。偶然性に溢れ予測やコントロールが出来ないこともあるのだから、「余白」に委ねようじゃないのと
もうひとつ、「私たちが信じている物語が私たちの行動を形作る」は改めて指摘されるとドキッとする。