ビジネス・実用の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
大きな物を得ることができた。
①まずは自分という人間がどういう人間なのか本を通し、発見する事だできた。私は答えを自分で見つけたい人なんだと。ここは散々馬鹿にされてきた印象がある。決して、意見が無いわけではない。言葉に出来ないし、会話のやり取りが苦手、頭が追いつかない。デメリットも理解できたが、それは特定の相手に成り立つ事。文面で見る事の強みが発見できた事。
②①を知る事で自分の足元を見れた事と、今まで消費に使った時間、本が浪費に変わりつつある現在。それが見えてきたからこその新たな道、新たな取り組みなども見えてきた。
③暇と退屈の倫理学すら、難しいと感じていた内容を、自分の日常に置き換え、尚且つ自分なりの解釈に至り、そして、読破できた事。
④人生の中で新たな哲学書の読書という素晴らしい瞬間に立ち会える事。そして、次々と面白い本が出てきた事。今も2時間は没頭して読書してました。
⑤自分の中の違和感を無視し続け、社会生活を通し、奴隷になるような時間を過ごしてきた事を知る事ができた。
⑥明確に自分がこれが好きだと言える哲学書と音楽、ファッション、メガネなど、自分の考え方を表した物を知っている事。
という単純に面白かったとかいう話ではないくらい素晴らしき本だったと思います。
兎に角、読んで頂きたい。
次は 人生にコンセプト 澤田智洋 を読みます。 -
Posted by ブクログ
600ページという読み応えの凄さもそうだが 内容がいちいち濃くて流し読みすらできない。下手すると その1 項目からこの本とは別の資料に当たっていたりもして本当にきりがなかった。 いや これはいい意味で。ブックガイド映画ガイドとしても優秀で この本をきっかけに 6冊ほど本を購入した。中でも島尾敏男作品集全5巻を2000円で手に入れることができたことはこの作家を紹介してくれたおかげだ。ずっと積読の状態だったJ Gバラードのコカインナイトも読み始めることができた。博覧強記はもちろんなのだが文章の書き方がえらく上手でクラクラしながら読んでしまうのだった。
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「むなしさ」の味わい方
- カート
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試し読み
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Posted by ブクログ
依存することは、生き延びる術である。
生き延びるために、依存する。
依存するということは「自前のケア」なのである。
しかし、生き延びるための手段だった「依存」が、いつしか目的になってしまうと、生を危うくしてしまう。
男性のセックス依存性と、女性の自傷的セックス。
母親のために生きてきたアダルトチルドレン。
摂食障害、ギャンブル、戦争トラウマについて、最近あったニュースを取り上げながら解説されている。
また、オンラインカジノやホスト、推し活は短期間で依存させるための仕組みが巧みに練られているその構造。
そして、依存の背景にある時代や社会の状況であり、依存の内容も時代とともに変化してきている。
依存することは誰かに強いられたことではなく、能動的であることは興味深い。
それがないと生きられないから、能動的に依存する。
だから、他責にできなくて「私が選択した結果だから」と自分を責めてしまう。
アディクションを考える時は、本人の責任ではなく、その社会背景を考えてみる必要がある。
大切なことがたくさん書かれていて、すべては書ききれないけれど、自分と同じ苦しみを持っている他者の苦しみを聞けるグループカウンセリングは、一対一の対話よりやはり大きな効果を生むであろうこと。
だから、私はこれからも対話で集まる場を継続していこうと、そんなことを思った。 -
Posted by ブクログ
703円
346P
RHYMESTER宇多丸の映画批評必ず聴いてるけど、これも面白かった。映画って本当に個人的な悩みとか苦しみが癒されるカウンセリング要素があると思う。映画ってものによっては精神科医よりメンタル的に人を救う要素があると思う。私は精神科に世話になった事があるけど、死を思いとどまったのは病院ではなく映画だったな。
「ファッションとの兼ね合いを考えてみても、ベリーショート ~坊主 ~スキンヘッドは、 30代以降の(特に〝色男タイプ〟ではない)男性のヘアスタイルとしてベストである!……という持論は、いまだにまったく揺らいでおりません。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「さて、「女性には家庭があって、男性側はフリー。で、恋に落ちたはいいが、結果として女性側は家庭のほうを取る」という今回のような構図で言えば、ズバリ、世界的ベストセラー小説の映画化、『マディソン郡の橋』( 1995年)があります。 監督クリント・イーストウッド自らが演じたロバート・キンケイドというカメラマン、当然の如くやたらとカッコ良く、ほとんど理想化された男性像のようにも見えますが……彼側の視点でこの悲恋の顚末を振り返ってみれば、散々気を持たされたあげく結局フラれてしまったこの男、メリル・ストリープ演じる主婦フランチェスカがその後とにもかくにも幸せな家庭生活を続けていったのとは対照的に、生涯独り身を通しただけでなく、どうやら死ぬまでこの数日の情事の思い出を引っ張りまくっていた、ことが判明するわけで(これ、女のほうの気持ちも結果釣り合っていたから美談になったけど、そうじゃなかったら、若干引かれかねない話ですよね)、はっきり言って、わりとミジメな部類なんじゃないかとすら思えてくる(笑)。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「全てを捨てて、旅に出てしまいたい出張で新幹線などに乗ると、ふと全てを捨てて、このまま旅に出てしまいたい、そんな衝動に駆られます。子供っぽいとは思いますが、最近特に強くなってきて……。こんな私におすすめの映画はありますか? (42歳東京都会社員) それまで積み重ねてきた人生をいったん全部リセットして、言わば「生き直して」みたい、というような願望は、他人から見て恵まれた環境にいるいないにかかわらず、実は多くの人が一度は抱いたことがあるのではないでしょうか。これ、相談者の方がご謙遜なさるように「子供っぽい」と言うよりはむしろ、対社会的なしがらみが多い(実年齢に関係なく)「オトナ」ならではの衝動なんじゃないですかね。 そこでオススメしたい作品は、ショーン・ペンが脚本・監督・プロデュースを手掛けた『イントゥ・ザ・ワイルド』( 2007年)です。将来を嘱望されていた裕福な若者が、ある日突然、周囲に何も告げぬまま、文字通り「全てを捨てて、旅に出て」しまう。そして 2年間の放浪の果て、独りアラスカの荒野にたどり着いた彼が、最後に悟ったものとは……という、実話を基にした物語。結末が結末なので、そのまんま「参考」にするわけにはゆかないと思いますが、今の相談者の心情には限りなく優しく寄り添ってくれる映画なのではないかと思います。これを観た上で、願望を実行に移すかどうか考えてみても遅くはないはず。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「なぜ「男らしく」しなきゃダメなの?最近まわりから「男らしくしろ」と言われることが多くて、正直とてもイヤです。好きな服を着て、好きなように振る舞っているのに、なぜ「男らしく」なんて押しつけられなきゃいけないんでしょうか? (36歳石川県営業) 出た、「男らしくしろ」! 僕も昔からその「男らしさ」の押しつけが本当に大っ嫌いでして。あーやだやだ。 で、まずは相談者の気持ちに最も素直に寄り添った作品をオススメしておくなら、『リトル・ダンサー』( 2000年)ですよね、やっぱ。 舞台は 1980年代、イギリスの貧しい田舎町。主人公の少年は炭坑夫の父から夢を託されるようにボクシングを習わされたりしているんだけど、そもそもマッチョな殴り合いが性に合わないので、試合にも勝てたためしがない。そんなある日、彼はふとしたことから、自分が本当に情熱を燃やせる、新たな世界に出会ってしまう──よりによって、「バレエ」に! その選択は、保守的な土地柄からすれば当然のように「男らしさ」どころか忌むべき「女々しさ」の最たるものであって、大きな軋轢を生み出すのですが……その爽やかな結末は、相談者の溜飲をとりあえずは大いに下げてくれることでしょう。 ちなみに、前にワケあってチアリーディングの大会を観に行ったとき、あるチームにやっぱりたった一人だけ、男の子の選手がいたんですよ。間違いなく彼も、これまでにさんざん、偏見や冷たい視線にさらされてきたはずですよね。それでもなお、ただただ「チアが好きだから」やり続けてきたんだろうなぁ……などと想像すると、それだけでもう、目頭が熱くなってくる。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「後ほど「ゲイの認知度が低いのが不満」の項の追記でも触れますが、バリー・ジェンキンス脚本・監督『ムーンライト』( 2016年)について、書き加えておきたいと思います。 マイアミの貧困地区でクラック中毒の母親に育てられた主人公シャロンの、少年期 ~思春期 ~成人期を三段階で見せてゆくこの作品。特に思春期パート、自身の同性愛傾向を自覚し、そんな自分をありのまま受けとめてくれる相手を見つけた彼は、ついに、かねてから抱いていた世界との違和を解消した、かのように見えたのですが……直後に「男らしさ」の同調圧力の犠牲者となった彼は、自らもまたマッチョな鎧をまとい、ハードにクールに、ストリートライフを生き抜いてゆくことを選び取ってゆく。その後の成人期パート、トレヴァンテ・ローズがギャングスタ・ラッパーばりの強面感で演じてみせる(しかし瞳にはやはりどこか人の良さ愛らしさが宿っているあたりも絶妙です)、やり手のドラッグディーラーとなったシャロンの変わり果てた姿は、その事情を知っている観客には、それゆえただただ痛々しく、哀しいものに映ります。 しかし、そんな彼がついに、その鎧を脱ぎ捨てられるかもしれない唯一の相手と、久方ぶりの再会を果たすことになる……照れながら、そして恐れながら、お互い徐々に距離を詰め合ってゆくそのプロセスの、なんとロマンティックなことか! と同時にそれは、長年自分を偽り、周囲と同調することでむざむざ人生を遠回りしてしまった男たちの、後悔に満ちたほろ苦い時間、でもあるのです。 ともあれこの『ムーンライト』、「男らしさ」の呪縛とそこからの解放をテーマにした世にも美しい一作として、相談者の方がもし未見なら、今からでもぜひ!」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「片付けが苦手で床が抜けそうです本や DVD、雑誌で家の中があふれかえっています。自分なりに整理しているため、ごみ屋敷状態ではありませんが、そろそろ本気で整理しなければ、床が抜けそうです。自分はどうやったらモノが整理できるのでしょう? (32歳東京都雑誌編集者) この方、「ごみ屋敷状態ではありませんが」なんておっしゃってますけど……客観的に見たらたぶんそれ、やっぱり全然ごみ屋敷なんだと思うよ! なんでこう言いきれるかというと、僕が数年前まで一人暮らししてた頃の言い草に、ホントそっくりなんですよ。だいたい想像がつきますけど、「本や DVD、雑誌」が、どうせ棚とかにちゃんと収納しきれなくなって、床の上に積み上げてあるんでしょ?」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「どうすれば部下をうまく指導できますか?編集企画の会社に勤めて 7年目。今年の春から新入社員の教育係をまかされましたが、どうもうまく指導できません。人にあれこれ偉そうに教えるのが、なんだか苦手で……。こんな私になにかいい映画はありませんか? (32歳東京都編集) 先輩、上司、先生、師匠、なんでもいいですけど、すでに経験を積んでなんらかの方法論や哲学を身につけた者が、(恐らくは自分自身もかつて誰かからそうされたように)後から来る者にそれを教え伝えていく、というのって、別に「偉そうに」してるわけじゃないと思うんですけどね(笑)。要は、単純にその場所ではそれが必要だし有効だからそうしてる、というだけのことで。『愛と青春の旅だち』( 1982年)や『フルメタル・ジャケット』( 1987年)に出てくる鬼教官がひたすら高圧的なのも、当然のごとく、単にあるメソッドに従っているに過ぎない。 もちろんそこで、本来謙虚に先達から学ぶべき側が、教えの内容や立場の差に対して、無闇に反発してきたりすることも考えられるわけですが……それもこれもすべて、そもそもヤツが「まだ何もわかってない」からこその言動なのだとしたら、そんなのはむしろ「教育」という営み全般に付きものの、織り込み済みの軋轢だ、とさえ言えるんじゃないですかね。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「 ということで、相談者の方も、これまでさぞかし悔しい思いをされてきたのだと思います。はっきり言ってこれは社会全体の問題でもあるので、職場のセクシストたちが心から「改悛」するのは、正直まだだいぶ先になるかもしれない。しかし、その戦いは決して孤独なものではないはず……ということで今回は、相談者の方がそれを実感し、しばし溜飲を下げられるような、「(広義の)フェミニズム的メッセージが込められた映画」をいくつか選んでみました。「男性社会の抑圧と暴力から逃走を試みる女たち」というフェミニズム的テーマを明白に打ち出したメジャー作品として、万が一未見であればまずオススメしておきたいのが、『テルマ&ルイーズ』( 1991年)です。行く先々で男どもに痛めつけられ、騙された結果(無名時代のブラッド・ピットがひときわオイシい役回りを演じています)、ハーヴェイ・カイテル扮する刑事( =男性側の理解者)の説得も空しく、アメリカン・ニューシネマを彷彿とさせる破滅的な逃避行に身を投じてゆく女二人組( =スーザン・サランドンとジーナ・デイヴィスの力関係が、旅を通じて次第に変化してゆくのも楽しい)……しかし、悲劇的なはずのラストは同時に、非情さと無理解に満ちたこの(男性社会的)現世から完全に解放された彼女たちの喜びをも、不思議と感じさせるのです。 同じく 1991年のアメリカ映画、言わずと知れた『羊たちの沈黙』もまた、実はさりげなくフェミニズム視点が利いている作品です。特に注目していただきたいのが、ジョディ・フォスター演じるクラリスから見た、男性たちからの言わば「視線プレッシャー」描写。例えば序盤、狭いエレベーターのなかで男の警察官たちに囲まれ、見下ろされ、眺め回されるシーンの、なんとも言えない圧迫感、不安感、そして不快感……このねっとりした視線(を模したカメラワーク)は、意地悪なことに、終盤、尊敬し信頼している上司の眼差しにも重ね合わされます。またクライマックスで、連続殺人鬼バッファロー・ビルがクラリスを「一方的に見る」ために装着する暗視装置の、筒状に突き出たカメラが帯びている象徴性も言うに及ばず。そしてそんななか、ご存じレクター博士だけが、他の男どもとはまったく違う角度から、彼女をまっすぐに見つめてみせるのです……!」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「文系の存在意義を分かってほしい!国立大学の文系学部を廃止するという報道を目にしました。文学部卒の私としては、すごく悔しいしもったいないと思うのです。文系の存在意義を分かってもらえるような映画って、ありますか? (42歳埼玉県建設) 相談者の方がおっしゃっているのは、 2015年6月に文部科学省から全国の国立大学へ向けて出された、人文科学系学部の改組や廃止を求める通達のことですよね。 その後、各界から湧き上がった強い批判を受けて当時の文科相が一部釈明などもしましたが、通知そのものが撤回されたわけではなく、文系学部を持つ国立大 60校のうち 26校がこの要請を受けた見直しを実際に行う計画があるとのこと( 2015年8月 24日付読売新聞)なので、実質上、相談者が危惧されている極端な「実学重視」の流れというのが、この国の政策としてすでに動き始めてしまっているのは、やはり確かなことだと言わざるを得ないようです。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「見栄っぱりな人を変えるには?会社の隣の席の女性が見栄っぱりで、とても見ていられません。職場ではミスも多いしトラブルだらけなのに、 SNSでは別人のように〝ステキな生活〟を発信しているんです。そんな彼女を変える方法ってないものでしょうか? (30歳神奈川県派遣社員) ウディ・アレン脚本・監督、ケイト・ブランシェットが第 86回アカデミー賞主演女優賞を受賞したことでも知られる『ブルージャスミン』( 2013年)の主人公ジャスミンは、まさに相談者の方が隣席の同僚を評する通り、表向きは〝ステキなワタシの生活〟を発信しまくっていても、実生活はトラブルだらけな「見栄っぱり」人間です。 彼女は、その虚栄心と現実とのギャップから、次第に精神のバランスを崩してゆき、ついには破滅的な結末を迎えることになるのですが……恐らく相談者の方も、最初のほうはまだ「隣の女そっくりだよ」などと笑って観ていられるかもしれませんが、背筋も凍るタイミングで幕を下ろすエンディングまで来る頃には、あまりにも救いのない彼女の行く末に、むしろ同情的な気持ちのほうが大きくなっているのではないでしょうか。 そして翌日からは、前よりちょっとだけ優しい気持ちで、隣の女性の振る舞いをも見守れるはず……元ネタと言われる『欲望という名の電車』( 1951年)と合わせて、ぜひ! もちろん、本人に見せてもいいんですけど、たぶんそういう人はあんまり、「まるで自分のことだ」と考えて反省したりはしないんじゃないかな……。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「「かつて自分をいじめていたようなメンツを含む地元の同窓会に、あえて出席する」話と言えば、まえがきでも述べた作品ですが、『ロミー&ミッシェル』( 1997年)がまさにそれでしたよね。 もちろん、基本はお気楽なナンセンス・コメディなので、イケてなかった学生時代のリベンジとばかりにしょ ーもない浅知恵に走ってしまう主人公たちにも、クライマックスでは荒唐無稽そのものな大逆転劇があったりして、結局はかつてのいじめっ子たちをしっかりと「見返す」着地が待っています。 しかし、本作の真の味わい深さは、そういう勧善懲悪的なカタルシス以上に、例えば主人公たちの「イケてなかった学生時代」も、また別の人物からすれば実はとても眩しく見えていたんだ、とか、その人物もまた、他の誰かから本人的には思いもよらなかったような視線で見つめられていたんだ、ということが判明する、クライマックス手前のシーンにあると個人的には思っています(そこでうっすら流れている曲が、ティアーズ・フォー・フィアーズの『 Everybody Wants to Rule the World』だというのがまた、泣かせる!)。つまり、己の青春期というものを、リアルタイムの当事者としては気づきようもなかった複眼的かつ俯瞰的な視点から、客観視し「再解釈」できる、絶好の機会……同窓会も、そう考えるとあながちやっぱり悪くない場なのかな、という気がしてこなくもない名場面です。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「例えば 1980年代(なかでもやはり『 E T 』〔 1982年〕ブーム絶頂期)のスピルバーグは、あまりにも「メジャー」な存在すぎて、特に映画ファンを自認しているような人たちの間では、なんとなく「バカにしていい対象」として扱われがちなムードが、はっきりとありました(もちろんよくわかっている方は当時もそれなりの評価をしていましたが)。ひるがえって昨今、スピルバーグだけでなくハリウッド大作一般を「メジャーだから」とバカにするような物言いは、〝逆に〟シネフィル的な人ほど絶対にしないんじゃないか(それこそバカっぽいから!)。マイケル・ジャクソンに対する世評の変遷とも通じる気がしますが、どこかで潮目が変わったわけです。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「誰かのために、仕事がしたい!いまの仕事を辞め、誰かのため、人のためになるような仕事をしたいです。福祉の仕事を選ぶか、海外ボランティアに行くべきかで迷ってます。もうそろそろ決断して、行動に移すべき時期。私に勇気をくれる映画を、ぜひ教えてください! (30歳長野県公務員) 頭が下がります、ホントに。 結局、僕なんかが日頃どれだけ偉そうなことを言ってようが、この社会が今のところなんとか成り立っているのって、今回相談していただいた方のように、「困っている他者のために行動したい」という精神を持った人が、常に一定の割合いてくれているからこそじゃないか、とつくづく思うんですよね。法律などのシステムがカバーしきれない、もしくはしようとしていない不備を、一部の人の善意でかろうじて補っている状態、というか。いやそもそも、そういうシステム的な「決めごと」に 100%は還元し得ないのが福祉というものなのか……。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「花見シーンが見事な映画ありますか?そろそろまた桜が見られますね。 40を超えてから、毎年、桜を観られるのが有難く、そして感謝の気持ちでいっぱいになります。花見のシーンが見事な映画があったら教えてください。 (46歳東京都雑貨店勤務) 花見のシーンが見事な映画……については、後ほどそのものズバリのイチ押し作品をご紹介させていただきますが、とにかくもちろん言うまでもなく、日本人は、桜が大好き! 国花的な指定は実はされていないのですが、日本という国を象徴する花は何かと聞かれれば、恐らくほぼ全員が、まずは桜、と即答するであろうことは想像に難くない。 開花時の美しさは言うに及ばず、瞬間咲き誇ったあげくすぐに散ってしまう、その儚さ潔さ込みでいかにも日本人好み……なんて話も、今さらここで繰り返すまでもないほど、我々のなかに深々と刷り込まれて久しい「常識」ですよね。加えて現代では、開花時期が会社や学校などの年度変わりとちょうど重なるため、別れや新たな出会いといった実人生の変転と情緒的にシンクロさせて桜というものを捉える傾向は、より強まったとさえ言えるのではないでしょうか。 当然のごとく日本の映画にも、桜は本当によく出てきます。 一番多いのはやはり、「春」を最もわかりやすく表象する、言わば映像的季語としての使われ方。特に、卒業や入学など、まさに「年度替わり」のポイントがドラマ的な山となりやすい学園ものでは、ここでいちいち例を挙げる必要もなかろうというくらい、定番的な「記号」と化している。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「ファッションの意味って何ですか?趣味は映画鑑賞と読書。ファッションなんかにお金をかけてる余裕が、僕にはありません。みんなはそうじゃないらしいですけど、ファッションってどんな意味があるんでしょうか? (22歳東京都大学生) ん ー、「ファッション」というだけで身構えてしまったり、そのコンプレックスの裏返しなのか、ことさらに見下したくなってしまったりする気持ちもわからないではないですが……少なくとも映画がお好きと言うのなら、服装に興味がないなんて言い張るのはちょっともったいないかもしれない、というのが今回のお話。 というのは、映画において、あるキャラクターが「何を着ているか」は、その人物像や状況を「視覚的に」示す、いつだってとても重要な要素だからです。 最もわかりやすい例で言うと、ヒッチコック自身が名著『映画術』(晶文社)のなかで明かしているように、『ダイヤル Mを廻せ!』( 1954年)でグレース・ケリーが演じるヒロインが着ている服は、彼女の置かれている状況が困難になってゆくにしたがって、色鮮やかなドレスからグレーの地味なスーツへと、徐々に変化してゆきます。言うまでもなく、彼女の心理状態が「視覚的に」表されているわけです。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「とまぁ、ここまででお気づきでしょうが、僕自身はぶっちゃけ、ファッション大好き!な部類に入る人間だと思います。ただ、それを自分で素直に認めることができたのは結構最近の話で、その前はもう少し斜に構えた態度をとってもいたんですよ。「いちいち服のこと考えるのめんどくさい」みたいな。そのくせ、着たくない服やしたくないカッコ、というのはそれはそれでハッキリしてたりもする。 そういう以前の僕のように、ファッションに対してつい斜に構えてしまう人にオススメなのが、『ザ・フライ』( 1986年)の主人公セス・ブランドルのスタンスです。研究に没頭する科学者である彼は、いつも同じ服を着ていることをヒロインに突っ込まれて、こう答える。「でも、いつでも清潔にしてるんだよ?」。なぜならクローゼットのなかには……ジャケット、シャツ、ネクタイから靴に至るまで、まったく同じものが何セットも並べられていた! 「これで毎朝、今日は何を着るか考えないで済むから……」、少し照れながら言う彼を見て、ヒロインは、本格的に恋に落ちてしまう。 これ、最低限自分が似合う、というか人から見て見苦しくないと思われるスタイルを一つ見極めて、それを徹底してるっていう時点で、もう十分に「おしゃれ」の範疇だと僕は思うんですよね。実際僕自身、さっき言った「服とかめんどくさい期」には、吟味したカタチ/サイズのジーンズに無地の黒いTシャツ、足下はスタンスミスに霜降りの靴下、夏は頭にタオル巻いて、冬は黒のニットキャップにダウンジャケット、という組み合わせで、それぞれ必要分まとめ買いして済ませてましたもん!」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「ゲイの認知度が低いのが不満です!ゲイです。日本ではまだまだ同性愛の認知度が低いですよね。特に地方はそうで、周囲の目を気にするあまり、東京や大阪に出てくる人も多いんです。普通にゲイがいていいんだ、と思えるような、そんな映画を教えてください! (37歳東京都インストラクター) アメリカでは 2015年6月 26日に連邦最高裁で「同性婚禁止は違憲」という判決が出て、全州で同性婚が認められる運びとなりました。もちろん、一枚岩とはほど遠いかの国のこと、地域や社会階層などによっては今後も間違いなく旧態依然とした差別意識は根強く残っていくでしょうが、少なくとも国家の建前として、平等主義という理想を貫徹してみせたのは、やはりさすがと言うほかないと思います。 確かに、近年アメリカでは、例えばハリウッド俳優など超一流セレブたちも文字通り「普通に」同性愛者であること、同性婚をしていることを次々と公表するようになっていたり、個人の性の在り方に対するリベラルな意識の浸透が、加速度的に進んでいるように感じます。 個人的に最も時代の変化を感じたのは、 2012年、人気ヒップホップ ~ R& Bシンガーのフランク・オーシャンがかつて同性に恋愛感情を抱いたことがあるとカミングアウトしたり、やはり同年、ラッパーのマックルモア(彼自身は異性愛者)が同性愛差別に対して真正面から異議を唱える楽曲『 Same Love』を発表、グラミー賞ノミネートを始めとして高い評価を得たことです。何しろアメリカのヒップホップと言えば、多くの方がイメージする通り、マチズモ(男性優位主義)の裏返しとしてのホモフォビア(同性愛嫌悪)がこれまで非常に根深いシーンだったのですから……(それをさらに極端にしたのが、ジャマイカのダンスホールレゲエと言えるでしょう)。ちなみにそう考えると、 1993年の時点で映画『私に近い 6人の他人』で堂々とゲイの青年を演じ俳優としての評価を上げたフレッシュ・プリンスことウィル・スミスって、やっぱりすっごく偉いのかも!」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「ということで今回は、「日常にゲイがいていいんだ、という映画」、つまり、ゲイであるということ、もしくはゲイの人が身近にいるということは、それ自体とりたてて騒ぐようなことではない、ごく当たり前の話なのだと、観ているうちに自然に得心できるような映画を……というリクエストと解釈いたしました。 なので、『ブロークバック・マウンテン』( 2005年)や『ミルク』( 2008年)など、同性愛者が社会から激しい差別・迫害を受けるタイプの作品は、あえて除外。あくまでさら ーっと「ゲイであること」が描かれているような映画はなかったか、と改めて考えてみると……。 まず思いついたのが、青春映画の快作『横道世之介』( 2013年)の一場面。高良健吾演じる主人公の世之介が、ふとしたことから親しくなった大学の同級生、加藤(綾野剛の絶妙な〝受け〟芝居!)。あるとき彼は世之介に、「俺さ、男の方がいいんだよ」とカミングアウトした上で、「それで、今後、付き合いづらいようだったら、もう家来なくていいし」と告げるのですが……それに対する世之介の答えは、「えー、行っちゃまずいの?」。「いや、まずくねえけど……お前、ちょっとは動揺とかしねえの?」」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「最後に、世のゲイ差別に対するささやかな反論として、テレビドキュメンタリー・シリーズ『モーガン・スパーロックの 30デイズ』( 2005 ~ 2008年)のなかのエピソード、「ガッチガチのクリスチャンゆえ同性愛を罪と信じて疑わない青年を、 30日間ゲイ・コミュニティで生活させる」編も、相談者の方の溜飲を下げる意味で、ぜひオススメしておきたいところです。 当初は「殺人が罪であるように同性愛も罪だ」とまで言い切っていたこの青年が、 30日後にどう変わっているのか……ひとことで言えば、人間、まだまだ捨てたもんじゃないよ!」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「単行本版発売以降、ここ日本で最も多くの観客の目に触れた同性愛描写と言えば、おそらく、大ヒットしたクイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』( 2018年)内の、フレディ・マーキュリーと彼の恋人たちを巡るエピソード、ということになるのではないかと思います。 一部から「ゲイやそのコミュニティをネガティブに描いている」という批判も出た作品ですが、個人的には、同性同士が性的に惹かれ合うこと自体はごくごく自然な成り行きとして提示しているあたり、やはり、時代が確実に進歩しているということを実感させられた一作でもあります。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「まず、「いじめをしている人間が観て反省するような映画」って一体どんなの?ってことから考えてみないと。 例えば、「いじめらっれ子の映画」と言われて多くの人が真っ先に思い浮かべるであろう『キャリー』( 1976年)はどうなのか。その男性版『デビルスピーク』( 1981年)なんてのもありますが……いずれにせよ、苛烈ないじめを受け続け、ついに堪忍袋の緒が切れた主人公は、超常的な力を発揮して、いじめっ子たちを血祭りに上げてゆく、と。 いじめた側が最終的にその悪行のツケを払わされる、因果応報的にヒドい目に遭う。これって要するに、比較的単純な勧善懲悪、エンターテインメントとしてほとんど古典的な部類ではありますよね。その意味では確かにいっとき、観客たる我々の溜飲は下がる。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「それらとは別に、いじめという行為自体の陰惨さをクローズアップ、という系譜もありますよね。『リリイ・シュシュのすべて』( 2001年)とか、『フルメタル・ジャケット』( 1987年)前半とか……ただしこういうのも、そういう描写がキツければキツいほど(要は作品として上手くいっていればいっているほど)、外側から「問題」を客観視できる僕らオトナはいいけど、やはり、今まさにいじめの現場を生きている当事者にとっては、「だから、いじめられる側には絶対に回りたくない!」 =「何がなんでも周囲に同調しなきゃ!」というように、結果としてその構造を強化するような確信を深めてしまう部分もあるんじゃないか。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「 恐らく、我々現実のオトナの責任は、「いじめをしている人間」を対症療法的に「反省」させるよりも、「いじめが生じにくい」社会空間を設計することにあるのではないでしょうか。 ということで、今後そうした議論の前提となるべき正確な現状分析(「閉鎖空間でべたべたすることを強制する」制度が生み出す、「自分たちなり」の秩序やノリがそれこそ人命よりも優先される小社会!)から、短期 ~長期にわたる具体的な教育改革の提案(学級制度の廃止、教育バウチャー制の導入 etc……)まで、ことの本質を見事にひもといてくれる決定版的な一冊として、内藤朝雄著『いじめの構造 なぜ人が怪物になるのか』(講談社現代新書)を、最後に強力推薦させていただきます!」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「宇多丸 ありますね。この本でも触れてますけど、例えば木下惠介は、現役時代はまさに国民的映画監督と言っていいような人気と地位があったのに、今は逆に、鈴木清順などカルト的な存在のほうがまだ、観返されていたりしますよね。これって本当は、ある種のねじれだと思うんです。岡村 確かにそうかも。宇多丸 事程左様に、その映画がリアルタイムでどう受け止められてきたのか、ということが、実は一番忘れられがちなことだったりするんですよね。だから僕は、ラジオでの映画時評でも、劇場にどのくらいお客が入っていたか、どのように受け取られていたのかなどなど、要はその時点での空気感みたいなものにも、毎回できるだけ言及するようにしているんです。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「宇多丸 岡村さんの作品を聴いていると、もちろんアウトプットとしてはポップなんですけど、バックボーンにヨーロッパ映画をたくさん観てきたというような経験がある、というのはすごく納得できる気がします。岡村 宇多丸さん自身は? やはり勉強してきたでしょ。宇多丸 まぁ映画に関しては、ある程度意識的にいろいろ観るようにはしてきましたが。岡村 ヒッチコックもがっつり見たでしょう。宇多丸 最初に「この人の映画は観られる限り全部観よう」と思った監督ですね。特に、中学の時に『裏窓』『知りすぎていた男』『めまい』『ロープ』『ハリーの災難』の 5本が、リバイバル公開で一気に観られたのが大きかったですね。「『裏窓』、最高!『知りすぎていた男』、面白い!」と来て、「『めまい』……何これ!?」って。それ以降ずっと『めまい』のことが頭から離れなくなって、『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』とか、評論本を読み込んだりして。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「岡村 いまじゃみんな、宇多丸さんがその映画をどう評するのか、ということを、物によっては映画以上に楽しみにしていますね。僕、宇多丸さんがラッパーでありながら、超一流の映画評論家になったことについて、分析してみたんです。宇多丸 「超一流」はやめて ー(笑)。岡村 まず一つの要因としては、いまはネットのおかげで誰も彼もが評論家になってしまって、映画評論家として決定的なスターが生まれにくくなった。宇多丸 蓮實重彥さんとか、町山智浩さんのようなスターが。岡村 そこに登場したのが宇多丸さん。結局、映画って「好み」だと思うんです。それをロジックをもった形で発表するわけですから、評論って本当は素人には難しいこと。でも宇多丸さんは評論家である前に一流のエンターテイナーだから、その言葉の力にみんなが惹き込まれていく。評論する前に二、三度映画を見直してる、という真摯な姿勢もすばらしいし。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
「岡村 あと宇多丸さんがすごいのは、普通の映画評論家なら避ける酷評をちゃんとすること。聴いてるほうは痛快でしょうが、作っている方は戦々恐々でしょうね。宇多丸 こないだも『スター・ウォーズ』の新作をケチョンケチョンにやってしまいましたね。でも冗談抜きで、貶してるときはわりと本気で、断腸の思いです。人が一生懸命作ったものを……それが好きだって人たちの気持ちも、間違いなく害するわけですし。岡村 同じエンターテインメント業界にいるから、どこで繫がるか分からないのに。そうしたしがらみを乗り越えて正直に批評する覚悟がすごいですね。」
—『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング(新潮文庫)』宇多丸著
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Posted by ブクログ
『脳のなかの免疫、免疫のなかの心』は、神経科学、免疫学、精神医学、マイクロバイオーム研究という広い領域をつなぎながら、人間を一つの統合されたシステムとして捉え直そうとする本です。
幅広い研究を一般読者にも理解できるように紹介する手際は見事で、専門知識がなくても十分についていけます。
本書は、大きく三部に分かれています。
第Ⅰ部では、神経系と免疫系が医学の歴史のなかで別々の領域として発展してきた経緯をたどりながら、実際には両者が解剖学的にも生理学的にも深くつながっていることを説明します。
さらに、そこへ腸内に生息する膨大な微生物、マイクロバイオームが加わります。
脳、免疫系、マイクロバイオーム。この三者を著者は互いに独立した存在としてではなく、身体と外界との境界を守る巨大なネットワークとして描いていきます。
第Ⅱ部では、その防御システムがうまく働かなくなったときに何が起こるのかを見ていきます。自己免疫疾患、抑うつ状態、慢性炎症、ストレス、Long COVID、さらには認知症など、さまざまな病態が取り上げられます。
第Ⅲ部では、食事、運動、睡眠、人とのつながりなどを通して、この防御システムをどう健全に保つのかが論じられます。 -
Posted by ブクログ
SNSで知って気になっていたので、読んでみました。
「自分はなぜここにいるのか?」
「存在理由はなんなのか?」
一緒に考えながら読み進めていきました。
はっきりとしたものはわからない……
期待はしつつも今の自分にはまだみつからないだろうなと半信半疑……
しかしながら、本作の半分くらいのところに
「この質問を自分を問いかけたことがない人、存在理由を満たすための行動を起こしたことがない人……そういう人が死を恐れる」
という文章が出てきました。
これを読んで「ちょっと待てよ……」と。
死について、少し前の自分は確かに恐さがあった。
でも、今の自分は以前のような恐さはそれほど感じていない。
ということは、自分の意識にのぼっていないだけで、実はもうあるのだ!と思い、答えを見つけるのを諦めずに、本腰を入れて続きを読み進めました。
すると……
僕なりの答えが見つかったのです!
恥ずかしいので、ここでは割愛しますが、とてもスッキリ。
今までの行動を振り返ると、確かに、僕は「それ」を満たすために行動していたのか!と腑に落ちました。
なんて素晴らしい発見!
今回は、読んでいて、どんな心情だったのか。
その経過を書いてみました(笑)
とても大きな気づき!
最近、本を読んでいて、すごい発見続きでうれしいです。
本作を読んで本当に良かったです。
「きみは、自分のやりたいことに多くの時間を費やしているかな?」
シェフのマイクの言葉を
胸に刻んでおきたいと思います。