小説・文芸の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
特になにか悩んでることがあるわけじゃないけど、
過去の悩んでいたことを思い出して、そういえばわたし乗り越えてきたんだな、、って自分を労れる文章が並んでる。
余白がたくさんあるので、
目にやさしくとても読みやすい
やさしいくすみカラーの配色も、
おしゃれ可愛くて癒される。
イラストもゆるくかわいい。
イラストがいちいちかわいい。
いちいち甘いものと絡ませてくるのも
女の子っぽくてかわいい꒰* ॢꈍ◡ꈍ ॢ꒱.*˚‧
挫折、失敗、人間関係、
これらは思春期でもぶつかり、
大人女性になってもぶつかるもの。
だから幅広い世代の人に刺さる本だと思う
自分を責めず、
あ、そうか!ってふんわりと、
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Posted by ブクログ
これっ、これの続き!
これで完結と言われたら、そうかもしれないと思うかもしれない。
でもここで終わっちゃまだダメでしょ!
だってだって、この先藍千堂と百瀬屋がどうなるのかとかさぁ、幸次郎がどうするのかとかさぁ、伊勢屋さんのこととかさぁ、まだまだ気になることあるじゃん!!!
それにだよ?この巻ではまだ茂市っつぁんとさちの可愛い一コマ見てないよ〜。
茂市っつぁんの笑い上戸も泣き上戸も見てないよ〜。
それで完結なんて言われても納得できまへんっ!
それにどこにも“完結”なんて書いてないっ!
2年前から作者さんなにしてるんだよ〜。
待ってる人きっといっぱいいるよ〜。
続き、続きをプリーズ… -
Posted by ブクログ
ネタバレ登場人物たちの人間関係が限界まで煮詰まっていく第5巻。巧と豪はつかず離れずの距離感を掴みつつもあるが、いまだお互いの本音を測りきれずにいる。
1巻では周囲を拒絶しているように見えた巧だが、5巻ともなると意外な一面を見せる。野球へのこだわりはそのままに、他人に対して彼なりの思いやりを発揮するのだ。豪と野球の話をしづらい時には、あえて自ら世間話や恋愛の話題を振る。
しかし、日頃のストイックさとかけ離れすぎているせいで、豪は「なぜ今その話を?」と困惑するばかり。母親の入院中に弟と買い物をして料理を作るという巧に、豪は驚きを隠せない。巧なりに周囲と馴染もうとしているのだが、その試みは唐突で不器用なせ -
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Posted by ブクログ
ネタバレこの本を読んで、学びがありました。
✅人や物事の本質を捉えること
✅自分にとって都合の良い想像(解釈)をしないこと
✅大切な人に本心を伝えること
ジョーンは、あまりにも主観的な思い込みに囚われ、大切な家族の人生に歪みを与えました。
「相手が何を思い、どう考えているか」は二の次で、常に自分の都合を優先して物事を考える。
その結果、大切な人達から距離を置かれてしまいます。
しかし1番の悲劇は、ジョーンが長い年月その事実に全く気付けなかったこと。そして旅先でようやく真実に気付き、ロドニーに打ち明けようとしたにもかかわらず、結局は何も言えず、元の「何も知らない幸福な妻」に戻ってしまったことだと私 -
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『歴史が判断を下してから時が経った出来事を、こうしてあとから振り返ってみると、当時のことにはすべて意味があり、鳥の飛翔さえ確かな予言になっていたと思えてくる。しかしながら、刻々と過ぎゆく現在の真実〟というのは、もちろんあとから想像するよりずっと熱く、騒々しく、生々しいものではあるけれど、多くの場合"過去の真実"よりも、時には"未来の真実"よりも不確かな様相を呈するものだ』―『第三部 アタワルパ年代記/1 コンドルの落下』
ローラン・ビネの小説を読むのは、これで三冊目。訳者あとがきにも紹介のある通り、この作家の最大の特徴は歴史的事実と虚構の巧みな綯い交ぜ -
Posted by ブクログ
家出していた父と和解するシーンは感動致しました。営業の仕事に翻弄され、自分のことで頭が一杯だった依織が、とまり木の人たちと触れたことで大人になり、父の大変さや苦しさを感じ取ることができるようになる流れが素敵でしたね。相手の弱さを許して、自分の弱さを許されて、少しずつ人は大人になっていく。
現代の社会問題化しているパワハラや介護なども取り入れていたのも今作のポイントだと思います。読者さんの悲しみや苦しみに寄り添い、そして癒すような書籍になっていると思います。
パンを推す依織が、自分のために食事を作るようになる流れや、言葉遣いの荒いお客さんにも負けずに対応する流れなども良く、成長がよく描けていたと -
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小惑星なんて降ってこなくても私たちは平等に死ぬし、それは何年後かも明日かもわからない。それなのに、人類絶滅という形で余命が与えられたらどう生きていいのかわからなくなる。普段は明日とか近いうちに死ぬかもなんて思わずに、毎日を積み重ねているわけなのに
死に限らず、成人、卒業、引退、大切な人との別れなど、人生には様々な節目、「終わり」があり、その度に私たちはある意味死んでいるのかもしれない。それ以前の日々には戻れない
一ヶ月後死ぬかもしれない、明日死ぬかもしれない、そうなった時に、それを受け入れてもいいと思えるような人生を送ることができているか
物語終盤、登場人物たちは『納得の仕方』を見つける -
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ダグラス・アダムスの法則
①生まれた時からあるもの
自分が生まれた時にすでに存在していたテクノロジーは「自然な世界の一部」として受け取る。
②15歳から35歳の間に登場したもの
新しくエキサイティングで、自分たちの世代の革命的なものとして歓迎する。
③35歳以降に登場したもの
自然の秩序に反するものや、不気味で理解しがたいものとして
拒絶反応(テクノロジー恐怖症)を示しやすくなる。
新書の文章とは違う引用だけど、これ、すごいな。
年齢によるテクノロジー受け入れ度合。
凄く頷ける。
でも何とかこれに抗って、インターネットやらSNSやらAIやらにチャレンジしているけど。
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