一言で言うと
岡本太郎という人のすごさは、激しい情熱を持っていたことではなく、その情熱を知性で磨きながら、生涯ずっと燃やし続けたことなのだと思う。
『自分の中に毒を持て』を読んで、一番強く感じたのはそこだった。
「芸術は爆発だ」という言葉のイメージから、岡本太郎という人には、どこか破天荒で、常識から飛び出した「尖った芸術家」という印象を持っていた。
でも、この本を読むと、その印象がかなり変わる。
むしろ岡本太郎が語っていることは、驚くほど本質的だ。
自分をごまかさないこと。
安全な場所に逃げないこと。
才能があるかどうかを言い訳にしないこと。
一瞬一瞬を、自分の生命を使い切る...続きを読む ように生きること。
派手な言葉の奥にあるのは、意外なほど真っすぐな生き方だった。
あらすじ・内容
『自分の中に毒を持て〈新装版〉』は、岡本太郎の人生観や人間観を通して、「常識に合わせるのではなく、自分自身の生命をどう生きるのか」を問いかけてくる一冊だ。
青春出版社から刊行された新装版で、出版社によれば2017年12月20日刊行。長く読み継がれてきた作品を、文字を大きくし、カラー口絵を加えて新装したものになっている。 (青春社)
いわゆる成功法則の本とは少し違う。
「こうすれば人生がうまくいく」という方法論よりも、もっと根っこの部分にある、
「そもそも、自分は本当に生きているのか」
という問いを突きつけてくる本だと思う。
岡本太郎は「尖っている人」ではなかった
読んでいて特に面白かったのが、岡本太郎に対する印象が変わっていったことだった。
一見すると、とんでもなく尖ったことを言っている。
普通の感覚からすれば、そこまでやるのかと思うような生き方でもある。
でも読み進めるほど、
この人は尖りたいから尖っているわけではないんだな
と思った。
むしろ逆だった。
他人にどう見られるかよりも、自分にとって何が本当なのかを徹底的に考え続けた結果、世間から見ると尖って見える場所に立っていた。
だから奇抜さが目的ではない。
反抗すること自体が目的でもない。
ただ自分をごまかさない。
その姿勢を最後まで突き詰めている。
そこがものすごく格好よかった。
僕自身の読後メモにも、「尖ったことを言っているように見えて、実は本質的なところに重きを置いている」という感覚がかなり強く残っていた。
情熱以上に惹かれたのは「知性」だった
岡本太郎というと、どうしても「情熱」の人というイメージが先に来る。
でも今回、僕がそれ以上に惹かれたのは知性だった。
岡本太郎は単純に、
「俺は芸術家だから芸術だけやる」
という人ではなかった。
若い頃にフランスへ渡り、パリ大学で民族学者マルセル・モースに学び、ジョルジュ・バタイユらとも交流している。帰国後は前衛芸術だけでなく縄文土器にも目を向け、1952年には「縄文土器論」を発表した。 (青春社)
つまり、ずっと知的好奇心を失っていない。
自分の専門分野だけに閉じこもるのではなく、世界そのものを知ろうとしている。
そして、そこから得たものを表現する方法の一つとして「芸術」がある。
そう考えると、岡本太郎の作品が強烈なのも少し分かる気がする。
ただ感情を爆発させているわけではない。
膨大に考え、学び、世界を見たうえで、それでも最後には生命そのものをぶつけるように表現する。
知性と情熱が両方ある。
ここが僕にはものすごく魅力的だった。
一番すごいのは、生涯「燃え続けた」こと
瞬間的に情熱を持つことなら、たぶん誰にでもできる。
何かに感動した夜。
新しいことを始めようと思った日。
人生を変えたいと思った瞬間。
そのときだけなら、人はかなり熱くなれる。
難しいのは、それを続けることだ。
岡本太郎がすごいと思うのは、人生の一時期だけではなく、自分のエネルギーを生涯出し続けたように見えることだった。
岡本太郎は1970年の大阪万博で「太陽の塔」を制作した。太陽の塔は万博のテーマ館として建設され、現在まで残る代表作になっている。 (「太陽の塔」オフィシャルサイト(大阪府日本万国博覧会記念公園事務所))
でも、僕がこの本を読んで感じた魅力は「太陽の塔を作った偉大な芸術家」という実績だけではない。
その作品を生み出せるところまで、自分の生命を燃やし続けていた人間そのものに惹かれた。
情熱を持っている。
頭がいい。
学び続ける。
そして、人間に対する優しさもある。
この組み合わせの人って、なかなかいない。
「この人と友達になりたかった」と思った
読み終えて僕の中に残った、かなり個人的な感想がある。
岡本太郎が身近にいたら、大親友になりたかった。
もちろん実際に会ったわけではないので、本当のところは分からない。
でも、本を通して見える岡本太郎には、
「もっと知りたい」
「この人から学びたい」
「一緒にいたら面白そうだ」
と思わせるエネルギーがある。
頭が良くて、知性的で、情熱的で、どこか優しくて、そして何より面白い。
人がこの人についていきたくなった理由が、少し分かった気がした。
大阪万博という巨大な国家的イベントで、岡本太郎に象徴的な仕事が託されたことについても、この本を読んだあとでは不思議に感じなかった。
「この人なら何かをやってくれる」
そう思わせるだけの強さが、確かにある。
僕自身も読後に「ついていきたい」「学びたい」「一緒にいたいと思わせる人だ」と感じていた。
この本を読んで一番考えたこと
この本を「もっと自分らしく生きよう」という自己啓発本として読むこともできると思う。
でも、僕にはもう少し重い本だった。
「お前は、自分のエネルギーをちゃんと使っているのか」
と聞かれているような感じがする。
失敗しないように。
恥をかかないように。
嫌われないように。
損をしないように。
そうやって安全な選択を積み重ねているうちに、人間は自分の中にあるエネルギーそのものを弱くしてしまうのかもしれない。
岡本太郎は、そこを猛烈に嫌った人なのだと思う。
だから「毒を持て」という言葉も、単に他人に反抗しろという意味ではないように感じる。
自分の中にある違和感や衝動や好奇心を、社会に合わせるためだけに殺してしまうな。
もっと自分自身の生命に賭けろ。
そんなメッセージとして僕には届いた。
総評
むちゃくちゃ面白かった。
そして岡本太郎という人物が、以前よりずっと好きになった。
僕がこの本から受け取ったものは、単純な「情熱を持とう」という話ではない。
知性を磨き続けること。
好奇心を失わないこと。
自分をごまかさないこと。
そして、そのすべてを抱えたまま、最後まで自分の生命を燃やすこと。
岡本太郎は、ただ派手なことを言った芸術家ではなかった。
学び続け、考え続け、それでも最後には自分の全エネルギーを世界にぶつけ続けた人だった。
そんな人だからこそ、今も作品だけでなく「生き方」そのものが人を惹きつけるのだと思う。
読み終わったあとに残ったのは、
「岡本太郎みたいになりたい」
というより、
「自分は、自分の持っているエネルギーをちゃんと使い切れているだろうか」
という問いだった。
たぶん、この問いが残ること自体が、この本の一番すごいところなのだと思う。
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