【感想・ネタバレ】自分の中に孤独を抱けのレビュー

あらすじ

孤独である自分、未熟である自分に胸を張れ──岡本太郎の言葉〈メッセージ〉は、時代を超えて私たちの魂を射ぬく。本書は、いまも読み継がれているベストセラー『自分の中に毒を持て』、そしてその姉妹本『自分の運命に楯を突け』に続くシリーズ第三弾である。太郎が生前、さまざまな媒体で発表してきた原稿や講演を中心に構成した。その多くは、はじめて書籍化されたものだ。そんな貴重な原稿の中から、現代に通じる熱いメッセージを厳選している。第1章 人生のドラマは、いつだって自分が中心だ 第2章 「挑み」をやめた瞬間から老人になる 第3章 人生は不純なものとの闘いだ 第4章 人間は樹に登りそこなった 第5章 創造すること、それは人間の本能的な衝動だ 第6章 ぼくは抵抗する。その決意はますます固い

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762円

★再読

岡本太郎
(おかもと  たろう)芸術家。一九一一年生まれ。二九年に渡仏し、三〇年代のパリで抽象芸術やシュルレアリスム運動に参加。パリ大学でマルセル・モースに民族学を学び、ジョルジュ・バタイユらと活動をともにした。四〇年帰国。戦後日本で前衛芸術運動を展開し、問題作を次々と社会に送り出す。五一年に縄文土器と遭遇し、翌年「縄文土器論」を発表。七〇年大阪万博で『太陽の塔』を制作し、国民的存在になる。九六年没。いまも若い世代に大きな影響を与え続けている。『今日の芸術』(光文社)、『強く生きる言葉』(イースト・プレス)、『自分の中に毒を持て』(青春出版社)ほか著書多数

解説
平野 暁臣
(ひらの あきおみ、1959年2月18日 - )は、東京都出身の空間メディアプロデューサー。株式会社現代芸術研究所 代表取締役、岡本太郎記念館館長、ジャズレーベルファウンダー、音楽プロデューサー、日本イベント業務管理士協会名誉会長、サイバー大学元客員教授(イベントプロデュース論)。岡本太郎のパートナーだった岡本敏子の甥。敏子の後任で「岡本太郎記念館」2代目館長。多くの関連著作を刊行している。


「 大学とは本来、学問を人生目的にするひと、あるいはサイエンスなどの特殊技能を身につけるために行くところだ。そうじゃないなら、自分が必要と思う期間だけ、必要な大学に行けばいい。  一般教養だけのためなら、高校を充実させればいいんだ。「大学卒業」なんて資格は認定しない方がいい。  フリーで勉強したいひとはだれでも行ける大学──たとえばパリ大学などは、医科や理工系など特殊な部門をのぞいて、文系はだれでも聴講できる。資格をとるのは大変だけど、だれでも学問を身につけられる。  日本にも聴講生の制度はあるだろうが、卒業して就職するだけの大学では行ってみたいという気持ちにはなれない。これからは、むしろ聴講生のほうを拡大し、勉強したい者はだれでも籍を置くことができるような形式を政府は考えるべきだ。」

—『自分の中に孤独を抱け』岡本 太郎著

「アルタミラ、ラスコーなどの洞窟の壁には、いまなお彼らの残した芸術を見ることができる。その鮮やかさに現代人は驚嘆する。たしかにすばらしい。  だがぼくは、その巧みさには驚かない。それよりも、線や形のうしろにある、それを描きつくったひとたちの生き方を感じとり、その戦慄にみちた冒険、たくましさ、激しさに、より強烈な芸術的感動を覚えるんだ。  以来、何十万年のあいだ、ずいぶん無理を重ね、苦労のしどおし。しかも今日また、猛然とそれに耐え、「登らない」ことを決意する人間がいる。多数の猿どもに対して、ノーと叫ぶ。  なるほど孤独なその叫びは、最後の最後まで負い目に見えるだろう。しかしたった一枚のノーの切札が、すべての堕落した猿どもをひっくるめてポジティブに逆転させ、時代をおし進めていくんだ。  じつはどんな猿根性にも、心の奥深くかすかに人間の初源的「ノー!」が、ストイックな思い出としてひそんでいる。だからアヴァンギャルドは孤独であっても力なんだ。  猿どもの抵抗をこえて、一見不可解に見える切札を、ますます容赦なく、強烈にぶっつける。そうしなければダメなんだよ。」

—『自分の中に孤独を抱け』岡本 太郎著

「この陰気で、まことにサッパリしない人格形成、現代日本的道徳・習慣は、ながい鎖国と封建制の結果であるということはだれもが知っている。徳川初期のころまでは、日本の男はもっとはるかに男性的だった。俗に「槍一筋の功名」で、武士はもちろん、百姓の子までが一国一城の主、もしかしたら天下取りにもなれる時代。町人でも実力によって堂々と己れを主張できた。」

—『自分の中に孤独を抱け』岡本 太郎著


「だから、なんといっても彼らはヤクザであるに過ぎず、正常な社会から外れた日陰者、アウトローだ。ほんとうに堂々と社会を動かす男性的男性の、明朗な重みはない。権力と卑俗なモラルに対する反抗としての、その場かぎりの英雄主義だ。どんなに華やかに装っていても、実りのない花は、けっきょくは空虚だ。  今日なお映画や大衆小説などでヤクザものは人気がある。古い封建制度は崩れたが、それに代わってさらに強固な官僚主義がのさばっているからだ。スポイルされた状態に対する民衆の不満、息苦しさが、あいも変わらぬヤクザ憧憬になって現れる。  時代遅れのチョンマゲ男、アナクロニズムのモラルはやりきれないが、こうした官僚主義がつづくかぎり、残念ながら、その裏側にある歪んだ英雄主義もつづいていくだろう。」

—『自分の中に孤独を抱け』岡本 太郎著


「絵画だってそうだ。絵画は十九世紀のヨーロッパで芸術になったのであって、それまでは芸術なんていう意識はなかった。日本では明治末期から芸術の範疇に入ったけれど、それまでは絵を描く者は「絵師」であり「画工」だった。職人を意味する「工」の上に「大」を書けば大工になり、「石」を書けば石工になる。それとおなじだ。  ところが、ただの絵師であり画工だった者に、とつぜん「芸術家」っていう肩書きが与えられた。このタイトルを与えられた途端、「オレは芸術家なんだ」っていう意識をもつようになり、深刻な目つきでひとを見たり、深刻な格好で世の中を見たりするようになった。だがそんな奴にかぎって、中身は少しも深刻じゃない。いわゆる「芸術」と称されているものは、およそ芸術じゃないんだよ。  ぼくは十八歳でパリに行き、二十代をパリで過ごした。ダダイズムをやっていた連中ともずいぶんつきあった。ダダイズムとは、第一次世界大戦のころにスイスあたりを中心に起こった芸術運動で、それまでの価値観をひっくり返そうとしたんだが、その中心にいた詩人トリスタン・ツァラや美術家ハンス・アルプなんかとね。  芸術家の街といわれるモンパルナスへ行っても、ダダイストのアルプなんてのは、紺の服に黒っぽいネクタイを締めてじつに平凡、どこの勤め人かわからないような恰好をしていた。どう見たってお役人か会社員だった。  それに比べて、ボヘミアンネクタイを締め、つばの広い帽子をかぶってパイプを燻らせているような、いかにも芸術家ぶっている奴らもいた。でも、そういう連中の作品を見ると、三匹の子猫やバラの花みたいな、じつに幼稚なものを描いている。」

—『自分の中に孤独を抱け』岡本 太郎著


「 バカな芸術家が多いんだよ。そういうポジションを取りたがるのは、ヘンな芸術家意識をもっているからだ。  芸術家だ、絵描きだ、音楽家だ、なんて主張するような奴は、みんな商品をプロダクトしているだけだ。商品をつくった段階で、だれかに買ってもらおう、換金しようと努力する。いわゆる商人、経済人などより、もっと卑しい存在に落ち込んでいるのが、芸術家と称する怪しげな連中だ。そんな奴らのスタイルや恰好に引っ掛かっちゃダメだ。  そもそも芸術と言ったって、絵を描く必要もなければ、唄を歌う必要もない。  ただひたすら人間的に生きる。それがほんとうの芸術だよ。  だから「政治、経済、芸術」の三権分立が必要なんだ。ほんとうは「政治、経済、人間」と言いたいところだけど、そう言うと誤解が生じるから「芸術」と言っている。  人間即芸術。芸術即人間。  もっとも強烈に生きる人間が芸術だ。このモメントがいま見失われている。  絵も描かないし、唄も歌わないけれど、オレは芸術家だ。」

—『自分の中に孤独を抱け』岡本 太郎著

「ノーマルな社会がある。その日常性、社会的基準や常識に対して、まるっきり正反対な、渾沌的なもの、根源的な、生命の奥にある神秘みたいなものを突きつけて、ノーマルでない非常事態をつくりあげる。そして日常生活の惰性に埋没し、失われた人間の根本的感動を呼び覚まし、生命の充実感、生きがいを集団自体に与える。  それが芸術家の役割だと思う。この意味で、芸術家は今日の呪術師、シャーマンだ。  合理主義、科学主義の時代になって、人工衛星が飛び、ますます足もとが空虚になっていく時代にこそ、かえって呪術師たる芸術家の役割は深くて重大なものになってくる。それはすなわち、現存する社会に対して、激しく〝ノー!〟というカードを投げつけることだ。」

—『自分の中に孤独を抱け』岡本 太郎著

「 たとえば読書にしても、ただ本を読むだけでは読書とはいえない。それでは本の上に目を走らせているだけだ。ほんとうの読書とは、内容を批判し、自分の考えや対処のしかたをあきらかにするものでなければならない。  書物にふれることによって、人間的な変貌、あるいは世界観の確立という、自分にとっての新しい世界をつくりあげること。それを前提にしなければ意味がないし、読書したことにもならない。  絵画を観る場合でも、ただ「きれいね」とか「愉しいわね」という単なる受身の観賞では、やはり生活の全体は満たされない。自分もあんなふうに描きたいと思ったとしても、「描けたらいいわね」で止ってしまえば、充実した鑑賞にはならない。ほんとうは描きたいのに描かずに済ませてしまったら、あとになんとなく味気ない気分がのこる。  そういうことが積もり積もると、だんだん生活自体が消極的で空虚なものになっていく。しかもたいていの場合、その空虚さに自分自身で気づかない。  もし少しでも「あたしもあんなふうに描けたらいいわね」と思ったら、描いてみるべきだ。絵というものは、たとえ鑑賞するときでも、たんに味わうだけでなく自分が描いているという積極的な気構えでぶつかると、それによって創造的な、もっと生活的な幅と意味をもってくるものなんだ。  絵を観ていて、「よくわからないけど、好き」というひとがいる。  わからないけれど好きという言い方は、とりわけ絵画や音楽でよく聞く台詞だが、こんな無意味なことはない。  「いい」「好き」と言ったとき、その作品はまさにそう感じた〝そのひとのため〟に存在しているのであって、作品の意味は「いい」と思ったその分量だけ、たしかにそこにある。それ以外の「わからない」分を心配する必要なんかないんだよ。」

—『自分の中に孤独を抱け』岡本 太郎著


「 古い芸術形式は歯牙にかけず、そのころパリで台頭した抽象芸術運動に加わり、やがて理論的な抽象主義をのり越えて、新具象主義を唱えた。シュルレアリスムの克服もまた、とうぜんぼくのプログラムだった。  それでもなお、芸術に対する不信と虚無感をどうしても消し去ることはできなかった。それは逃れることのできない、ぽっかりあいた口のように、ますますぼくの前に立ちはだかった。  ついにぼくは芸術自体、美を追究するという営み自体を振り捨てることを決意した。  それまでのぼくは芸術だけを生きがいにしていたし、それひとすじに、馬車馬のように突き進んでいた。そうすることで世の中にお目見得するという、いわば芸術家二世のグロテスクな段取りだ。  それをふり捨てるのは、自分自身、そして世の中に対して、己れを根こそぎ否定することに等しかった。でも、もはやどうにもならなかったんだ。  こうして〝芸術否定〟〝非芸術〟がぼくの当面の課題になった。  じつはそれこそが近代芸術の宿命でありプログラムのひとつなのだが、当時はまったくわからなかった。あとで振り返って、はじめてそれに気づいたんだ。」

—『自分の中に孤独を抱け』岡本 太郎著

「 そのとき、はっきりわかった。どうしようもない虚無感の意味を読みとったんだ。  オレはここでは生活していない。  お互いに知的な友情や理解はもち得ても、ほんとうにドメスティックな日常生活において、ぼくはやはり外国人であり、つまりここでは実在者ではなかった。  どんなに心を燃やし、己れを他と対決させようとしても、それは抽象に過ぎない。  実践の社会的場、みなと同質に苦しみ、共通の運命に慄く、そういう素朴な生活人としての連帯感は、とどのつまり実感として互いにもち得ない。むしろ彼らは、ぼくよりも、知的生活とはまったく無縁な町の肉屋のオヤジやパン屋のカミサンたちとの方が、現実的に近くつながっている。」

—『自分の中に孤独を抱け』岡本 太郎著

「ぼくが象徴的に権威と対立しつづけ、あたかもぼく以前には芸術がなかったかのように言い放つのは、このような日本的地盤、風土からはなにものも生れないからだ。  象徴的な立場をとることによって、新しい世代の旗印となり、そのもりあがり、炸裂に点火する。  絵画制作、生活との闘いのあいまをぬって、日本の現実にメスを突きつけ、しかも過去にさかのぼって「日本の伝統」をとりあげたのもその意図からだった。  いままでの大人たちのように、日本という文化の後進性を限界として意識し、そこにくすぶってしまうんじゃなく、現実に正面から対決すると同時に、世界的、超近代的課題を展開する。  それを明朗な実感として、ぼくは若い世代にぶつけたいんだ。」

—『自分の中に孤独を抱け』岡本 太郎著


ぼくは十八の年から十余年間をパリに暮らした。その間、たまに手紙を書く以外は、いっさい日本語の読み書きをしなかった。そのころは自分が文章で闘うなんて考えたこともなかったし、そんなことができるとも思っていなかった。  ところが、言わなければならないことばかりなのに、周囲にはまったく発言がない。時代に対応する新しい芸術の問題を、一般はもちろんインテリもまったく知らないようだった。だからシャニムニ書いた。書かざるを得なかったんだ。  現代芸術の本質的な流れ、課題など、躍起になって論じても嘲笑された。「アヴァンギャルドなんて、そんなもの、戦前の話だよ」という調子でね。そういうなかで実作を突きつけ、論争し、説得しようとした。  芸術・文化運動の手榴弾としてギリギリの気持ちで文章を叩きつけた。  画文集『アヴァンギャルド』をはじめ、その時代の古い原稿には、そういう抵抗感と苛立たしさが満ちている。生硬だが、それだけにいっそうその時代のド真中で歯ぎしりしている自分の姿がよみがえってくる。  なぜあんなに性急に、戦闘的に食ってかかっているのか、いま考えるとひとり相撲だったような気もするが、あのときにはそれが必要だったんだ。じっくり説き伏せるとか内容の説明などはむしろ邪魔で、叫ぶこと、ショックを与えることだけを考えていた。  絵描きが文章を書くことは、職能上はあきらかにマイナスだ。欧米でもそうだよ。  画壇は世界的に古色を帯びている。黙ってこの道一筋、絵だけ描いているほうが大事にされる。随筆程度ならともかく、評論家の縄張りを犯すようなことをやりだしたらおしまいだ。時間をとられるうえに、すべてを敵にまわすことになる。  それを承知で、ぼくは書かずにいられなかった。  「ピカソへの挑戦」「ピカソをのり越えている」とか、「芸術はうまくあってはいけない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならない、それが芸術の三原則だ」などと人々の気にさわることを言い、価値転換を試みた。  「岡本太郎」を主張しすぎるという点でも嫌われた。論旨に賛成のひとの多くも、それゆえに敬遠した。  この国ではみなたいへん誠実に「だれかがやらなければいけない」とは言う。


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2026年08月11日

Posted by ブクログ

どんなに貧乏でも、いかに小さい場所であっても、片隅だってかまいやしない。充実して生きるってことが生きることの素晴らしさなのであって、それこそが文化の意味だ。

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2025年11月17日

Posted by ブクログ

毒を持て、楯を突け とまた違った感じ
太郎の憤っているものへの挑みを見せられている感じ
老いに対して憤ってるのは、へーと思ったけど50年前じゃサザエさんとかで波平が50代なのにおじいちゃんって感じで今とは色々違うんだろうなとか思ったり(昨今は自分は若いと思い込んだ老害と呼ばれる人が多々、、、)

集の感じなのか、結構入りやすい、受け取りやすいかんじ

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2025年11月13日

Posted by ブクログ

『自分の中に毒をもて』から岡本太郎さんの生き方に感銘をうけ、同シリーズものを購入。

人生をオリた大人にはなりたくない。
常に心には青春を抱き、自分の人生を最大限に謳歌し、突き進んでいく。
勇気づけられる文章であふれていて個人的にはとてもお気に入りの一冊。

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2025年06月29日

Posted by ブクログ

岡本太郎という人間に初めて触れた本です。

現代でこそ受け入れられやすいような考えにも思えますが、これが1960年代前後に綴られた言葉だと考えると、とんでもないパワーや信念のようなものを感じます。

構成者の後書きにある「いかにして岡本太郎を体内に取り込むか」という表現がもう、全てだと思います。

何回でも読み返したいなと思う本でした。

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2024年02月20日

Posted by ブクログ

自分の軸がぶれそうな時に帰ってこれる1冊になりました
人生の主役は自分
大きなエールがもらえる1冊です。

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2023年12月31日

Posted by ブクログ

無意識に埋め込まれた社会規範などを自覚させられた、いかに他者の考え方に毒されて自分の考え方を失ってるかが分かった。自分独自の価値観で、自分全体で生きるということに向かっていく、瞬間瞬間を全力で生きていく、そうすることで若者でいられるのじゃないかと思った。他人に対して媚びへつらった作品はつくらず、自分の中の信念に従って「芸術」を作っている岡本太郎を見て、自分も、自分という作品を他人に対して媚びへつらわずに自分の信念に従って表現してゆこうと思う。

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2023年10月08日

Posted by ブクログ

バイブル
3部作3冊目!!

自身の環境(芸術的素養のある家庭環境)からの対抗が全てのルーツ!そこから立ち位置を孤独に起き、人生通して闘っている姿勢に感服!

固定観念なんてない!自分をぶつけるだけ!
またつまづいた時に立ち返って読みたい本!!

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2022年08月11日

Posted by ブクログ

岡本太郎さんからはパワーをもらえるが、いかに自分が醜く生きてるかを突きつけられて落ち込む面もある。多くの気づきをもらえる本です。

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2022年04月17日

Posted by ブクログ

絵を描いているので、こういう創作論は大好きです。私は太郎さんほどのものではないし、単なるショボい凡人ですが、小学生の頃いじめられたときにすごく悔しくて「絶対学校なんて休まない!私をいじめるってことは私をきらいなんでしょ?だったら毎日学校に行って存在をアピールして、うんとイヤな気分にさせてやるんだ」と学校に行っているうちにいつの間にかいじめられなくなったことを思い出しました。私なりに運命と闘っていたんだなあ。太郎先生ならきっとほめてくださるかな…?

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2020年08月18日

Posted by ブクログ

岡本太郎シリーズ読書期間、という時間を過ごした。"自分の中に毒を持て" からはじまり、この本が二冊目。

もう、大体 "岡本太郎" ってこういう人なんだろうな、。くらいには一冊目でわかった気になってしまって。でも、もっと知りたい!と思ったから、この本を買うに至ったんだよね。


結局、スラスラと読み進めてしまって。でも深々と刺さる言葉に、胸がキュンってしたり。

これでお終いは、寂しい。と思ったから、この本を読み終える前に、次の本を買っておいた。


時々、独特すぎる!って思うエピソードもあるけど、彼は至って "シンプルを貫いた人" ということは、覚えておきたいことなのだよね。


岡本太郎の言葉を、小難しく考えてしまうのは、厄介にさせているのは、私のプライドなんだなーって事。

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2025年09月17日

Posted by ブクログ

力強い情熱あふれる言葉の数々に元気をもらいました!ほとばしるエネルギーをみなぎらせて毎日生きていきたいですね!

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2025年05月09日

Posted by ブクログ

強烈です。言葉選びが激しすぎて本能的に反発したりもしますが笑 伝えたいことの本質に関しては、やはり心がふるえる箇所が多い。
いのちの躍動こそが真の悦びであることを再認識できました。剥き出しのまま生きるぞう!
またしょぼくれたら、蹴飛ばしてもらいます。

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2025年01月14日

Posted by ブクログ

前半はやっぱりそうだなって思った。
後半が意味がわからんかった。5年後、もう一度読み直した時に、この意味がわかるよう、自分を使って表現していく。

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2024年06月28日

Posted by ブクログ

心に刺さる言葉がたくさんあって、初めて本に付箋をたくさん貼りました。
そう簡単に真似できることばかりではないです。でもそう考えるのではなくて、"構成者の言葉"にもありましたが、「"キミはキミのままでいい。"そう言っているだけ。いかにして岡本太郎を体内にとり込むか。」そういうことだと改めて思いました。この本に書かれた言葉をヒントに、自分と向き合って、「自分の責任において、己を徹底的につらぬく」。

それと、「人類は木に登りそこなった」「あえて登らない方を選んだ」という話は、新鮮で面白かったです。

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2024年05月19日

Posted by ブクログ

半世紀以上前に語られた岡本太郎の「怒り」の数々
その言葉一つ一つが色褪せることなく
現代を生きる我々の指針になり得ると感じました

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2024年04月26日

Posted by ブクログ

岡本太郎の本は、一つのことだけを様々な言葉で語ってるだけなんだが、経験談やアプローチが唯一無二で、読んでしまう。
元気も出る。葉隠とも共通してる所があり、面白い。別の自分が後ろから自分を操作するイメージ。心が軽くなるし、「あるべき」を追及できる。

・人は老いるべきではない。老いた以上は死ぬべきだ。
 生命の循環こそが高貴さ。老いは社会的、心理的な現象。

・絵は受け身で鑑賞しても満たされない。描けたらいいね、と思ったら、描いてみるべき。
芸術はうまくあってはいけない、きれいであってはいけない、ここちよくあってはならない。
創造することは人間の根源的な情熱だ。

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2023年08月21日

Posted by ブクログ

■■評価■■
★★★★☆

■■概要・感想■■
○岡本太郎先生が書いた文章をまとめたもの。大阪万博の太陽の塔の制作者ということぐらいしか知らなかったが、非常に純粋で飾り気なくてダイレクトなメッセージを発していた人だとは知らなかった。
○芸術は、専門の知識や技術を持つ人達が”いい”と決めた権威あるものが良いものだろう、という他人に頼った考えをしていたし、多くの人がそうしているのだと思う。岡本太郎はそんなものは不潔であるという。

○自分としての筋を通さず、迎合して上手に周りに合わせて、ポジションを取っていく、そんなものに対して強烈にNOといって、反抗する。
○純粋すぎて他人に理解されないものだろうけれど、孤独かもしれないけれど、それで良い。中途半端ではなく明朗に打ち出して、己をごまかさずに貫く。己に対して残酷なまでに批判的になる。積極的に主張する。それが本当の謙虚さだと。
○そういっていて、中途半端ではなくてやっていけば、魅力になって嫌味にならなくて、よくなる。

○成功した偉人として捉えるのではなく、壁にぶつかりながら確固たる自分をもって、自分を貫いた人として捉えるべきなのだと知った。

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2023年07月10日

Posted by ブクログ

太陽の塔を見に行った時、感化されて買ったこの本。私から見る岡本太郎の印象は"尖っている"。でも岡本太郎は尖っているとゆうよりかは"燃えている"という表現の方が近いかもしれない。読み終えてから、全部かかってこいとゆう強い気持ちと、勇気をもらえた。どんな自分も受けいれて朗らかに生きようと思う。自分と思い切りぶつかって向き合い、ど根性で馬鹿みたいに生きてやると思った。岡本太郎は言葉にできないようなうちに秘めた憤りを言葉にするのがすごく上手で、私はものすごく大好きです。

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2022年12月26日

Posted by ブクログ

芸術家(芸術)と絵描き(職人)の違いの示唆が面白かったし、それが本質なんだと理解した。

貴族のオーダーに応えていたのは職人であって、芸術家ではなかった。その後、貴族制がなくなり、オーダーがなくなり市場になった時に、絵描きはそもそも絵画とは何かと考え、そこに矛盾を抱えながらも表現するようになり、それで初めて絵画は芸術となった。

考え悩むこと、自分自身と対立すること、矛盾を見つけること、この活動自体が芸術なんだと。

人の価値観に迎合したり、ただただ心地よいものを作ろうとしたりすることは、芸術ではない。

「矛盾」「自己批判性」「情熱」この辺りがキーワードだなと。
太郎曰く芸術の原則は「うまくやらない、綺麗にやらない、ここちよくやらない」であると。
これが本質。

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2021年12月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

個性的な岡本かのこを母にもつ、「芸術は爆発だ!」の強烈なインパクトの岡本太郎は、理解出来ない遠い人だった。この本を読むまでは。

でも、今は違う。
正直なところ、芸術的な細部は難しいと感じたが、岡本太郎を貫くスジは、カッコいいし、その思いは強いが温かい。とても意外だった。元気と勇気ももらえた。

代社会の私たちが知らず抱えている空虚感、
『自分の生活と働くことの関係、つくるという初原的なやろこびと現実の労働とのくいちがいからくる一種の絶望感。それが今日の不幸だ。・・・社会生活のなかで自発性を失い、抑えられている創造欲がなんとかして噴出しようとする。だれもがそういう気持ちをもっているはずなのに、手段が見つからない。・・・』に、納得し、胸に熱いものが込み上げた。それは、今のわたしに必要な言葉だった。

『大切なのは絶対的な創造の意志であり、そこにある感動だ。自分の生活のなかで生きがいをどのように溢れてさせるか。自分の充実した生命、エネルギーをどうやって表現していくかーーー。
実際の形、色、音にならなくても、心のなかですでに創作が行われていると考えばいい。つくるよろこびに生命がいきいきと輝いてかれば、それでじゅうぶんだ。
芸術が作品になって商品価値をもたなければならないなんて考えはバカげている。』

『その人の運命に応じて己れの生き方、その生きがいを発見していけばいい。・・・自分がやりたいことをやる。ひとに迷惑を掛けない。それでいいんじゃないか。』

己れを信じ、貫き、孤独に闘い続けた岡本太郎は、凄い人だ。
だが、わたしは"岡本太郎"にはなれない。
"わたしはわたしになれ。覚悟を持って、わたしになれ!"と、教えられた気がする。

『自分の中に孤独を抱け』を読んで良かったと本当に想う。

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2021年11月22日

Posted by ブクログ

1950年代後半から70年代に書かれた本などから集められた文章だけれど、古い考えと思えない事が多い。

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2021年04月24日

Posted by ブクログ

「謙虚」という言葉は自分を低く見せる、という意味ではなく、自分自身を貫き通すことだ。という言葉が深く刺さった。人生の岐路において、何かの選択を迫られた時、自分自身を信じてあえて危険な道に挑んでいく。そういった姿勢を持つことが大切であると学んだ。

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2021年04月06日

Posted by ブクログ

正直、「自分の中に毒を持て」の二番煎じ、岡本太郎ファンを釣る作品くらいの気持ちだった。
だから、買わないつもりでいたが、なんとなく気持ちも、弱っていたし買ってみた。

上のように書いたが、とはいえ、やっぱり岡本太郎の文章である。
ただ読んでいるだけで、本当にパワーが湧いてくる。
最後の巻末の言葉
成社者の平野暁臣さん
「"キミはキミのままでいい。弱いなら弱いまま、誇らかに生きてみろよ"そう言っているだけです。
そうやって生きたのが岡本太郎なのです。」

最後にこの文章を読むと、岡本太郎が、「弱くても、弱い事を分かって我を貫く、そこにパワーがある」という事を言っていた事が思い起こされてより、味わいがじわっと出て、とてもいい。

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2020年09月17日

Posted by ブクログ

書店でタイトルに心惹かれて購入した一冊。
岡本太郎というとテレビで見た世代ではないし、「芸術は爆発だ」は漫画の中の言葉だと思っていた。前衛的で世の中に噛みつくタイプの芸術家くらいの印象はあって、今回は"孤独"というキーワードに引っかかって読んでみた。

前半は、自分が主であること・お前がお前の頭で動け、という痛烈なメッセージを感じた。でも、今の若者は、、的な周りを憂う雰囲気より、本来こうあるべきだろう!という活力を強く感じた。たまにこういう人に出会うことも必要だと思う。簡単な言葉かもしれないけど、なんかやってやるか、という気持ちになる。
自分は未熟であることを理解して(無知の知)、自分で考えること、これが基本で最も重要な芯のある人間の真理かもしれない。
先日みた映画「セッション」で、自分のダメだったところがわからないではなくて、怒られるのが怖くて何にも言えない生徒にブチぎれる教師を思い出した。考えを出さない、行動しない人が増えていくと結果的に陰湿な雰囲気になるし、いい考えになっていかない。なんとなく会社の雰囲気が悪くなっていくときを思い出した。

終盤は、芸術家としての在り方みたいな内容で、わかり切らない部分もあったが、全体通して丸くなり過ぎてはいけないな~と思い出すような内容だった。
著者の老いに対する考えとして、認識することに強い嫌悪感があることを感じた。協同体の重荷になったら自殺する部族のエピソードは強烈。倫理を無視するなら、なんでもかんでも長寿ではなくて本能的にそういう選択もありなのかもしれない。


ーーー
自分がやりたいことをやる。ひとに迷惑は掛けない。それでいいじゃないか。
ーーー


以下印象的な内容のメモ。
・孤独を悲壮感でとらえるな
・人生に目覚める(責任を持つ)のは12~13歳
・惰性的に生きると悩みが重くなる
・人間のノーブレスは闘うこと・災いを受け入れること(noblesse:フランス語で高貴さ)
・自分を客観的に動かすイメージ。自分=他人、他人=自分の使い分け
・私なんか...は他責の現れ。謙虚は自分を貫くこと。
・社会のルールを学ぶだけで何の意味がある?形而上学の意味が無くなってしまう。
・無目的、無意味な挑みに意味がある
・不純なものにノーと突き付けて、飛び込む。逃げない
・誤解された範囲がその人間の大きさ
・サルが木から降りれなかったのではなく、ヒトが木に登り損ねた。最も自然生活から遠ざかった動物。
・排他的心情の中に愛はない。
・遊びの手段が増えるほど、空虚なムードは増えている。病む人が増える。溢れ出る本然の喜びとは?
・鑑賞にいいと思ったことだけを感じる。わからない部分は心配しない。
・表現したいは原初の欲求のはず
・日本では「誰かがやらなければいけない」とみんなが言う。「オレがやる」は不遜で常識違反??

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2025年08月04日

Posted by ブクログ

生身の自分に賭ける。

印象に残った箇所・言葉でした。自分も多くの人達と同じく、やりたいと思った事を、挑戦せずに諦め、無難で安全な道を選んできたなと、しみじみ思い、空虚さの源が解明された気がしました。

個人的には、シリーズ1作目の自分の中に毒を持て、の方がインパクトがあり好きです。

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2024年06月07日

Posted by ブクログ

力強い岡本太郎の言葉たち。
説得力があるような、ないような。
ただ、彼のような心で生きられたなら、
人生は悪くないって思える言葉たち。
無目的、無意味な挑み。
いいじゃん。

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2023年10月04日

Posted by ブクログ

常に挑戦し続けるバイタリティは見習いたい。
岡本太郎の言葉は真っ直ぐに心に響く不思議なチカラがある。
弱いなら弱い自分を認めたまま前向きに生きよう。

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2023年05月04日

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再読
「自分を積極的に主張する。己れ自身に対して残酷なまでに批判的になる。それが本当の謙虚だ。」
自分自身を批判し、徹底的に自分を捨てることで自分を確立しようとしている。しかし確立した自分でさえも捨てようとしている。普通の人ならば自分を捨てようとはしない。捨ててしまったら今安定してる状態が不安定になるからだ。しかし岡本太郎は安定が嫌いなのだろう。だから自分を捨ててあえて不安定な状態で自分自身と格闘することで磨きがかかり、より魅力的な人間になる。
恐ろしいほどの情熱を持ちながら、謙虚さも兼ね備えている岡本太郎の生き方は本当に面白い。

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2022年04月06日

Posted by ブクログ

岡本太郎P.25
「謙虚とは、己れを徹底的につらぬくこと」
己れをを信じ、己れをつらぬき、己れを突き出せ。

正直に言うと、異端児な意見が強く私にはあまりすんなりと入ってこず、読み進めるペースも遅かったが、いくつかは心に刺さるフレーズもあった。

謙虚の本当の意味、己れを直球勝負。
岡本太郎の生き方はしたくないが、見習いたいと思う。

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2020年08月25日

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