小説・文芸の高評価レビュー
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北野武、広中平祐の本に感銘受けたんだ。私も広中平祐の生きること学ぶことは人生のバイブルなんだよね。
たけしのあの話し方、事故での顔面麻痺が原因だったの知らなかった。ただの癖だと思ってた。
近藤正高
(こんどう・まさたか)1976年、愛知県生まれ。ライター。高校卒業後の1995年から2年間、創刊間もない『QJ』で編集アシスタントを務める。1997年よりフリー。現在は雑誌のほか『cakes』『エキレビ!』『文春オンライン』などWEB媒体で多数執筆している。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(以上、講談社現代新書)、『一故人』(スモール出版)など。
著者:ビートたけし 本名・北野武。1947年東京都足立区生まれ。浅草フランス座で芸人としてデビュー後、1972年に漫才コンビ「ツービート」を結成、人間の「建前と本音」「理想と現実」との落差を舌鋒鋭く突きまくる芸風で漫才ブームの牽引役となる。テレビに進出後、『オレたちひょうきん族』『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』などの人気番組を次々と手掛ける。映画監督としても『その男、凶暴につき』『ソナチネ』『HANA‐BI』などの話題作を多数世に送り出す。2016年にレジオン・ドヌール勲章、2018年には旭日小綬章を受章。近年は小説執筆にも力を入れている。著書に『弔辞』(講談社)、『不良』(集英社)、『浅草迄』(河出書房新社)など。
「たけしの母・北野さきは子供たちの教育に熱心だった。さき自身は幼いころより貧乏で苦労してきただけに、貧乏の連鎖を断ち切るため、子供たちにはちゃんとした教育を受けさせ、自由に仕事を選べる資格を身につけさせてやりたかったという。さきいわく《御飯が食べられてこその学問だ。それも工学部ってのが私の持論》(北野さき『ここに母あり 北野さき一代記』角川文庫、一九九三年)であり、ここから、幼くして死んだ次男をのぞき、長男の重一、三男の大、そして四男の武と、息子たちはみな工学部に進学した。 さきの理工系へのこだわりは徹底しており、たけしに言わせると、《ものごとを文科系に考えると、必ず反政府的なやつになってしまうって病的に思い込んでいた。漫画を読んだり小説読んだりしていたら、すぐに拳が飛んできた》ほどだった(前掲、『愛でもくらえ』)。たけしより五歳上の次兄・大は英語教師になりたいと思い、内緒で千葉大学の文系学部を受験し合格したものの、それを知ったさきから《アメリカ行きゃあ、だれでも英語しゃべっている。そんなの勉強しても、つぶしはきかないよ》と猛反対され、けっきょく受験し直して明治大学工学部(現・理工学部)に進んでいる(北野大『なぜか、たけしの兄です』主婦と生活社、一九八八年)。 このころ千葉大を含む国立大学の年間授業料は七、八千円だったのに対し、明大のような私立大学理系の場合、実験費などが加わり五万円くらいとはるかに高かったという。大が前掲書で書いているように、経済的な負担ばかりか世間的なイメージを考えても私大より国立大のほうがいいはずだが、それでもさきは信念を曲げなかったのだ。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「たけしが大学に行かなくなったのには、通学途中に新宿があったことも大きい。ちょうどこのころ、六〇年代後半には、新宿がアングラ演劇やモダンジャズ、学生運動、フォークゲリラ、フーテンと呼ばれた和製ヒッピーなど若者を中心としたさまざまなムーブメントの発信地となっていた。東京出身とはいえ、生まれ育った足立区から高校卒業までほとんど出たことのなかった二〇歳前の青年にしてみれば、新宿で見るもの接するものがことごとく刺激的だったに違いない。そのうちに彼は新宿のジャズ喫茶や雀荘などに入り浸るようになり、実家も出てしまう。 ちなみに現在では北千住から東京メトロ千代田線に乗れば、代々木上原で小田急線に乗り入れているので、都心で乗り換えることなく生田まで行ける。ただし千代田線と小田急線のあいだで列車の相互乗り入れが開始されたのは一九七八年と、たけしの大学時代から一〇年もあとだ。 大学が生田に移転したこと、通学に新宿を経由したこと、そして当時の新宿の街が若者に対し強い引力を帯びていたことと、まさに時代がたけしを新宿に呼んだというしかない。おそらくこれら条件が一つでも欠けていたのなら、たけしは大学をちゃんと卒業してどこか企業に就職し、芸人にはなっていなかったのではないか。現に彼はこんなことを語っている。校舎が生田だっていうのが夢のようだったね。あれが神田にあったらもうちょっと大学行ってるもん。そうしたら俺、今ごろホンダとかトヨタの地方工場の部品を検査してたかも。(北野武『生きる』ロッキング・オン、二〇〇七年)」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「ともあれ、大学に入るまで母親の敷いた道を歩み続けてきたたけしは、やがてそこから逃れるがごとく新宿に入り浸るようになり、ついには大学もやめ、職を転々とした末に浅草のストリップ劇場・フランス座で芸人修業を始めるにいたる。それは大久保清が事件を起こした翌年の一九七二年、たけしが二五歳のときだった。うちの家で勉学をやめるってのは、逃亡するのと同じことでさ、おふくろの夢を壊すことでもあったんだよね。はっきり言えば、へその緒を切るみたいなことだけど、つまりは独り立ちしたかったの。勉学をやめて、どっか別のところで生きるために、家族と離れたの。おふくろが俺に対して抱いていた夢を断ち切る必要があったんだ。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「たけしにとって何よりのコンプレックスは、父親の菊次郎が塗装業、たけし言うところのペンキ屋だったことだ。生まれ育った足立区の島根町界隈には職人が多く住んでいたが、大工などとくらべるとペンキ屋は下に見られていた。たけし自身も少年時代には「ペンキ屋のせがれ」とよくからかわれ、中学に入って女の子を意識し始めるころにはすっかりコンプレックスになっていたという。 だが、たけしはコンプレックスを克服したとか、それをばねにして成功したといった話には懐疑的であった。 金持ちが貧乏人を踏みつけて生きてるのが、この社会ってもんでしょ。そいつを貧乏人が貧乏を踏み台にしてノシ上がろうとしたらさ、みんなが金持ちになって、世の中大逆転しちゃうぜ。 現実には、そんなことは有り得ないわけよ。コンプレックスはいつまでたってもコンプレックスでさ。相変わらず貧乏人は貧乏で、金持ちは金持ちなんだよ。(前掲、『午前 3時 25分』)」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「もちろん、貧乏人のなかにも貧乏から抜け出して金持ちになった人はけっして少なくない。当のたけしからしてそうだろう。現に、二〇〇五年(二〇〇四年度分)を最後に公示が廃止された「高額納税者番付」で、たけしは常連だった。そんな彼が「相変わらず貧乏人は貧乏で、金持ちは金持ちなんだよ」と言うのは、ようするに「分をわきまえろ」という彼なりの信条のように思われる。 ことさらにコンプレックスを意識して、それを乗り越えようと必死になって自分の身の丈に合わないことをやるのは見苦しい。むしろたけしはコンプレックスをコンプレックスのまま笑いに昇華させた。これに対しておのれのコンプレックスを真正面から突破しようとして、分不相応な行動をとってしまったのが大久保だったのではないか。彼の悲劇はそこに端を発していた。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「たけしはまだ大学生だったが、第一章で書いたとおり学校をサボっては新宿のジャズ喫茶などに入り浸り、新宿騒乱も野次馬として見物に行ったという。一方で、仲間の紹介もありアルバイトに精を出した。この年一二月一〇日に東京都府中市で三億円強奪事件が起こったときも、池袋の三越百貨店でお歳暮の伝票整理をしていたという。そうしたら、そこの主任が「府中で三億円が盗まれた」って血相変えて事務所に飛び込んで来てさ。みんな驚いて、仕事そっちのけの大騒ぎになったんだけど、額が大きすぎて「三億円って一体どのくらいなんだ?」って全然ピンとこなかった。なんたって、そのアルバイトの日給が八百円で、夜やってたジャズ喫茶の仕事が一回五百円、一万円札なんて拝んだこともないような生活だもの。三億って言われたって、イメージもクソもあったもんじゃないよ。(ビートたけし「解説」、一橋文哉『三億円事件』新潮文庫、二〇〇二年)」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「活動自粛中、一時伊豆に逗留したたけしは、数学者・広中平祐の著書を読み、考える持続力をつけなければならないと思い立つ。そして休業しているあいだは毎日、中学の全科目の教科書の内容を学び直したという(前掲、『たけし事件』)。このことは後年のテレビ番組『たけし・逸見の平成教育委員会』(のちに『平成教育委員会』。フジテレビ、一九九一 ~九七年)の企画へとつながっていく。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「たけしの弟子は、一九八二年に弟子入りしたそのまんま東を筆頭に、ガダルカナル・タカはすでにカージナルスというコンビで一緒に活動していたつまみ枝豆とともに所属事務所の解散を機に入門、また立川談志一門(落語立川流)からダンカンが移籍してくるなど、どんどん増えていく。『オールナイトニッポン』やテレビ番組の収録先で出待ちして弟子入り志願する者もあとを絶たなかった。たけしはそんな彼らを何の選考基準もないまま、早い者順に入れていったという。もともと野球チームをつくりたかったたけしは、やがて彼らを「たけし軍団」と名づけ、一緒に野球をするばかりでなく、自分の番組にそろって出演させて芸能界に売り出した。 軍団には少年院の出身者、右翼団体の元構成員、やくざの息子などアウトロー的な出自を持つメンバーも少なくなかったという。こうして見ると、たけし軍団は駆け込み寺的な役割を担っていたふしがある。 父親とまともに口を利いたことがなかったというたけしは、父との関係のあり方がわからない分、《軍団に対して親代わりみたいなことをやってるのかもしれない》と、後年語っている(前掲、『異形』)。彼にとってはそれが心地よかった。でも、師匠と弟子の関係はそこで終わりじゃなきゃいけないともたけしは言う。たとえ弟子が成功しても、恩返しを求めたりしてはいけないというのだ。ようするに軍団とは肉親を思わせる疑似家族ともいうべき関係だった。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「日本の新興宗教の多くが「貧・病・争」の解決を謳うことで発展してきたとは、しばしば言われるところである。第二章でふれたとおり決して裕福とはいえない家が集まっていたたけしの足立区の実家周辺にも、立正佼成会や創価学会の信者が多かったという。余談ながら、たけしの母・さきも近所の人に誘われて各教団の集会に参加したり機関紙を購読したりしていたというが、それはあくまで「つきあい」で、本音では「あすこ入っても効かないわ」などと言っていたと、たけしは冗談めかして語っている(北野武『孤独』 S B文庫、二〇〇八年)。いかにも息子たち全員を工学部に進ませた母親らしいリアリストぶりではないか。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「八月二日未明、新宿区内の都道でバイクを運転していたたけしは、右カーブを曲がり切れず、道路左脇のガードレールに接触転倒し、同区の東京医科大学病院に運びこまれる。右側頭部頭蓋骨陥没骨折、脳挫傷、右頰骨複雑骨折の重傷であったが、懸命の治療により九死に一生を得た。入院は二ヵ月近くにおよび、九月二七日に退院する。なお事故は酒気帯び運転で起こったことからたけしは道路交通法違反で書類送検され、起訴猶予となっている。 一命をとりとめたたけしは、治療を続ける過程で主治医から、複雑骨折した頰骨などを治すため顔面の整形手術の必要性を説明される。当初は手術を拒もうとしたものの、状況としては拒否のしようがなかった。 整形手術を受けたのち、今度は顔面麻痺などの治療として、その原因と思われる神経の断裂を確認するための手術の承諾を求められる。だが、一通り説明を聞いたたけしは、きっぱりとこれを断っている。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「 オイラはオウム真理教とはなんのかかわりもないんだからね。そりゃオウム真理教の麻原彰晃とはテレビや雑誌の対談で何度か話したことはあるけど、その程度の関係なんでね。正直いってこんどのオウム真理教のことにはただただ驚かされてるだけなんだから。 まァ、麻原と話したときにわかったのは、オウム真理教ってのが原始宗教を基本理念にしてて、初期の仏教としてとてもわかりやすかったのと、新しい宗教集団のなかではいちばん真面目に宗教と取り組んでいるように見えたから、オイラもちょっとは彼らのことを認めてたんだけどさ。 そしたら警察が入って捜査してみたらあんなにたくさんの化学物質は出てくるし、喧喧囂囂こんな騒動になるとは思ってもみなかったものな。(北野武『ビートたけしの世紀末毒談 3』小学館、一九九六年) 宗教について多少なりとも学び、ましてメディアの仕掛けについて熟知していたはずのたけしからして、麻原のもくろみを見抜けなかったということに、あらためてオウム真理教の恐ろしさを思い知らされる。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「バイク事故から生還したたけしはもともと好きだった科学にますますのめりこんでいった。本来ならこうした体験のあとは宗教に傾倒しそうなものだが、先述のとおり手塚治虫の『ブッダ』などを病床で読むうち、あらゆる宗教はけっきょく人間の生き死にについて本質的なことは何も言っていないことに気づいた。科学に行ったのはそういう理由もあるのだろう。しかし《科学的なものをやればやるほど、やたらと神ってのが出てく》ることに気づいたとも語っている(前掲、『異形』)。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「両者には一九六〇年代末に二つの場所ですれ違っていたという伝説がある。一つは新宿のジャズ喫茶だ。「ビレッジ・バンガード」というその店でたけしはボーイのバイトをしていて、中上は常連客だったというのだ。さらにいえばたけしは早番で、遅番で店に出勤していたのは連続射殺魔として全国に指名手配されていた永山則夫だったと伝えられる。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「たけし おれの仕事関係者に、金さんとか韓国の人いっぱいいるけれども、外国の人とはケンカできないとだめなの。お互いに考え方が違うときには、殴り合ったっていいわけだから。差別しないということは、気にいらなきゃぶっ飛ばすとか、ばかやろう、このやろうとか、そういうことを言えることだからね。それができないと、薄い膜が張っているみたいで、気持ち悪いもんだよ。 中上 まさにそう。だから人間には、攻撃距離というのがある。それは愛情距離でもあって、動物にはみんなあるんだよね。(中略) 風呂だとか、狭いところの飲み屋とかいうのは楽しいよね。これは、セックスでもない、ケンカでもない。ただ、攻撃距離の中に入っているんだけれども、攻撃本能を止められている段階。これ以上接近すると、これはセックスだよね。接近というのは愛し合うというのと、あとはケンカだよね。だから、たけしさんが言うように、殴り合う距離じゃなくちゃ、何も始まらない。人間の攻撃距離の中に入り込んでこないとね。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
「 七〇歳をすぎてますます盛んという感じだが、今後も彼は鋭い切れ味を見せるのか、それとも円熟味を増していくのか。あるいはピカソなど多くの大芸術家がそうであったように、幼児回帰ともいうべき方向に向かっていくのか。いや、「振り子の理論」を信条とする彼のこと、老成と幼稚が同居し、ときには衝突したり両極へ引っ張り合ったりしながら新たなものをつくり出していくというのが理想だろうか。」
—『ビートたけしと北野武 (講談社現代新書)』近藤正高著
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※予め断わりを。毎回「ネタバレ」はしないようにと心掛けてはいる。ただシリーズも重なると中々難しいものだとも感じながら書いている。
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シリーズ4作目。
無論、3作目を受けての続編であることは言うまでもないが……
例えばシリーズ全体で見るなら①②が「起」、それに継ぐ③④は「承」という雰囲気を醸す。ただ同じ「承」であっても“緩急”で分けるなら③に対し④は“緩”に相当するだろうか。だからと言って“中だるみ”を意味するものでは当然ない。物語の構成として“あるべき”―より効果的かつ意義深い―道筋という役割(重要性)は充分なほど感じられる。そしてこれを境に物語は大きく動くだろうことも予感させる。まさに「転」への架け橋だ。
緊張と緩和。それが程よい配分で描かれているという感覚の中、とりわけ今回は「寿雪」のよりパーソナルな部分―心情であったり性格であったり―に重きが置かれ、寿雪の人柄という点で特に楽しませてもらったという印象が強い。
勿論、寿雪に関わる重要な出来事―事件―も起こる。そのことを通して “「烏妃」とは” という大きな命題にも一歩踏み込むことにもなる。ただ事の重大さを測るように、寿雪の揺蕩う想いにも大きな変化が生まれ、その絶妙な描写に深い共感/共鳴を覚えていく。
個人的な話にはなるが、恐らくここまで―シリーズ中、一番笑った回かもしれない。それは偏に寿雪が本来持つ「烏妃」ではなく一人の少女としての人間性―“本質”に魅せられたということに他ならないとも言えるのかもしれない。
寿雪が経験していく、「烏妃」としてこれまで有り様もなかった他者との関わり。その機会が質量共に増すたびに、緩やかに綻ぶ“宿命の殻”。
ただ一方で寿雪が「烏妃」として抱き、抱かれる“恐れ”“不安”“悲哀”或いは“憤怒”そして“憂い”もまた、望まれる“願い”と共にまろび動き出す。
第4巻。キレ味を増す筆致―心の内にみせるその微細な動きすらも逃さず丁寧に、そしてよりきめ細やかな表現で捉えていく―が、寿雪のそして係る人々の運命の導きを彩り豊かに描き綴っていく。
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本屋さんで手にとってひきこまれて
その場でほとんど読んでしまい、
その後も心に残っていた本。
形をくりかえせば心が入る。それは、先生もそうとしか教えようがないのだと思う。
私は学生時代、能楽をやっていたけれど、その頃茶道も習っていて、能の舞の姿勢や足運びと、お茶のお運びの姿勢がよく似てることに感動した。
舞や謡などは理屈抜きに繰り返して覚えるしかない。自然に動けるようになってはじめて自分なりの解釈などをすこしづつ入れられるようになる。
そしてあるとき、ふっ、と
腑に落ちる瞬間がある。自然に体が動いてそれまで習ったことがわかる感じ。
もちろん、全てではないけど、
典子が掛軸をみて滝をかんじたように、
水や雨の音をききわけたように。
それは不思議な快感だ。
そしてそれは、無心な繰り返しの中で
初めて得られる。
「こんなことしてなんの意味があるんだろう」とか、「何の役に立つんだろう」という前に素直に繰り返す姿勢は美しい。「稽古」とは古いことをなぞることだ。ひたすら体に覚えこませる。そうしてはじめて見えてくることがある。
まず形を作って、そこに心を入れる
自分が、自分が、という個性の主張、自由という言葉にかえって縛られてやしないか。
我、というのは尖った形だ。尖ったところをすこしづつ丸くしていけば動きやすくなり、色々なものが見えてくるのかもしれない。
茶室は狭いけれど、精神を解き放つことができれば、大いなる宇宙である。
人智を超えた大きな営みの流れに、自分を合わせることができるのかもしれない。
心静か、ということはなんと幸せなことか。
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無骨で上司にも部下にも煙たがれている群馬県警捜査第一課の葛警部が、見つからない凶器、深夜にも関わらず目撃者の多い交通事故、バラバラ死体、連続放火事件、ファミレスでの立てこもり事件に挑む短編集。
文庫本が出たら購入しようと思っていた作品。
犯人っぽい人が大概犯人じゃないんだよな、とは思うんだけど全編、「なるほどー」の連続だった。
葛警部、口数少なく、真面目すぎて、菓子パンとカフェオレばかりの食事で、人間的には大丈夫か…って感じの人だけど、なぜか嫌いになれない。
彼をイメージして、いろんな俳優さんが思い浮かんだ。
葛警部のシリーズはもっと続くのかな?長編だともっと面白いと思うんだけど。 -
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「死」の訪れない人生などない。それは私の身近な人にだって訪れるもので、見送る側にならないなんてことはない。ただ唐突にわたしの目の前に現れるもの。後悔のないように生きようなんて簡単に言うけれど、日常であるいは人生で後悔なんてはたまた悩んだり苦しんだりすることなんてない。いつ何時も小さな選択を突きつけられる、生きるとはそういうことかもしれない。そんな人達の目の前に現れる身近な人の死。選択をしない、悩むことから開放された故人が生きる人達に教えてくれるものはなにか。残された方は自分で探してまた選択をしないといけないけれど、それでも前の自分よりは空を見上げて堂々と生きれたらいいなと思える。
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アラフィフの小説家、アーサー・レス。元彼の結婚式にどうしても参加したくないレスは、断る口実のためにたまたま招待を受けたイベントや仕事をすべて引き受け、世界中を旅する…というお話。
レス(LESS:〜がないという意味)は名前の通り、49歳のぱっとしない小説家。新作は編集者に却下され、行く先々でも名前を間違われたり、イベントに行ってみたら有名な作家の代わりに呼ばれただけとか、雑に扱われているような様子が多く描かれる。
ただ物語が進む中で、おや?と思う場面が増えていく。レスがヒゲを生やすと結構ハンサムだとか、魔性のキスを持っていることを窺わせる描写があるだけでなく、レスの作品を高く評価している人や、レス自身を大切な存在として愛している人がいることが明らかになっていく。でもそのことにレスはずっと無自覚で、そのギャップやズレが面白い。
そして、そんな自分自身の生き方や人生が悲劇的だと思っていたが、実は喜劇的であることに気づき(「アメリカの白人男性を可哀想に思うのは難しい」)、書きかけの小説を大胆に書き換えるインスピレーションとなっていく。英語の小説は一人称の作品も多いが、本作は二人称で、最後に語り手が誰なのかがわかり…。という物語の構造もミソ。
本作はクィア小説ということで、主に中高年ゲイの人生を描いている。
年上のゲイはみんなAIDSで死んだというかなりパンチの効いた一文もあったが、ロールモデル不在の中で、かつ肉体的な若さやモテ・セックスの色が強いカルチャーの中で年を取っていくことは難しいことだと感じる。
でも、そんなに不安がったり怖がらなくていい、とか、昔の出会いが思わぬ形で再び巡ってくることもあるよという温かな人生のメッセージを感じた。
続編があるそうなのでこちらも読みたい。 -
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「日本人は健康を大切にするあまり、健康の奴隷になっているのではありませんか」
「日本人は守銭奴ならぬ"守健奴"だというのか」
皮肉にもその通りだと思う
確かに早期発見 早期治療は病を克服する手段なのだが 病だと言われて治療するも加齢のせいとも思えてきて なんだかなぁ…とやるせなくなる
医者の地位向上のためには病気が必要
治すと収入が減る
その場しのぎの励ましと検査と投薬が金になる
病気のバラマキが必要だと?
外科医ならではの 患部は根こそぎ切り落とす大胆さにゾッとする
「無痛」の後の話なので間を空けずに読んだのだが
病が視診でわかる医者の対決も 刑務所上がりのイバラの悪用も 恋愛も 読み応えがあった(文庫版は608頁ある)
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ネタバレ今回は雁国の延王と延麒のお話。
王を王たらしめんとするものは何なのか、それが問われるような内容だったな。おもしろかったです。
尚隆の延王即位から間もない頃の話のようで、その中で
延王:尚隆と延麒:六太のルーツも語られた。
前王の悪政によって荒廃した延国再興の過程で起こった内乱に対処するというのが話の軸。延麒が攫われるなど結構危機的な状況に追い込まれるのだけど、前作、前々作で延王を知ってるせいで不安を感じなかったからなのかそんなにハラハラ感はなかったな。逆にどうやって乗り切るんだろうというミステリーの謎解きみたいにワクワクした。
にしても尚隆との対比として出てきたであろう本作の敵である首長がホントに小物だったね。今にして思えばだけど。
なんか途中のうろたえ方とか部下への態度とかでそれが透けて見えるっていうか……。
それがもっと早くわかっていたらあの犠牲は不必要だったのに。それだけが悔やまれる。
わりと順風満帆というかすべて尚隆の掌の上で転がされたような展開なので、逆に後の作品でなにかしら大きなやらかしを犯してほしいなと悪い期待を持って続編を読み進めたいと思います。 -
Posted by ブクログ
万城目学さんらしい、京都が舞台の2作品。
駅伝の甲子園と言われている全国高校駅伝。
実際、毎年都大路を走る姿は、思わず見惚れてしまう。大好きなスポーツのひとつでもある。
高校生だからというのもあるのだろうか?とにかく惹かれる。雪の中走る姿は感動そのもの。
物語はその駅伝。突然メンバーとなった一年生の葛藤と活躍を描く。その中に何故か新撰組が登場するのだけれど‥‥
それこそ万城目さんらしい。
その奇抜な設定がまったく違和感なく組み込まれている。また来年もきっとこの子たちは、都大路にやってくる!そう思わせてくれる。
もうひとつの表題の物語は、また違った感動を与えてくれる。
京都は学生がやたら多い。大学が多いから。
だから8月、お盆の頃は学生は少ないのだろう。
そんな時期に何故か催される野球大会。
大学の教授に卒業という人参をぶら下げられた学生が、教授の願いを請け負うことに。
朝から集うなんだかわからない集団の野球大会。
毎回、メンバーが足りないのに、何故かどうにかなってしまう。
御所グランドでの拙い野球大会はそれでも、大盛況!そんな中ある事実が浮かび上がってくる!
京都だし、お盆だしの心温まる物語。
素敵でした!
解説がなんと!陸上界で大活躍の田中希実さんでした!
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