個人的には、とても興味深く刺激的な内容でした。超平たく言いますと「面白かった!」という表現になってしまうのですが、、、「面白かった」という表現だと、ちょっと語弊があるくらいに、内容は凄惨です。凄まじい、と言っても良い気がします。スティーブンキング、凄いなあ!と。
個人的には、スーパーナチュラルや超常現象ありきのキングの小説より、そういった要素が一切ない、単純に「やっぱ一番怖いのは人間だよなあ、、、」な、キングの作品の方が、僕は好きだなあ、ということをね、思いましたね。
元々の原本は、2010年に刊行されているそうです。「FULL DARK, NO STARS」という、4本の中編が収められた...続きを読む 一冊の書物として刊行され、そのうちの「ビッグ・ドライバー」「素晴らしき結婚生活」の二編が、日本では「ビック・ドライバー」という作品として発表された、と。残り二編「1922」「公正な取引」は、「1922」のタイトルで、日本では作品化されている、と。かなりのボリュームの中編4作を一冊にまとめると、日本では、ちょっと売れ行き心配なんで、、、ということで分冊化したんでしょうかね?文春文庫さんの判断なのかなあ?とか思ったり。
個人的には、原題の「フルダーク、ノースターズ」が、すっごく好きなタイトルですね。「漆黒の闇、星影も無し」ってな感じでしょうか。人間存在の暗黒面を、見事に表題化している感じ?って思いましたねえ。プログレッシブロックの超有名バンド、キング・クリムゾンのアルバム名でいうなら、「Starless And Bible Black(邦題:暗黒の世界)」って感じですよねえ。
「ビッグ・ドライバー」
うわあ、、、見事に凄惨な。どギツい作品ですねえ、、、そこそこの売れっ子で、そこそこの美貌もあると思われる中堅女性作家が、講演会の帰り道に極悪人の仕掛けた卑怯な罠にはまり、その途轍もない残酷な大男にレイプされ、そして無残に殺されて「暗渠」に捨てられる、、、はずが、なんとかギリ、その女性(テス)はマジでギリ、生きながらえていた。そして死の淵から生還した、テスが決意したことは、、、という物語。
超凄惨ですね、レイプの描写とか、その後に容赦なく物のように「暗渠」に捨てられる感じとか。巣穴の蛇のように、暗渠はじっと、テスを待っていた、みたいな表現があるんですが、、、マジ怖い。
物語としては、結構、どんでん返しもありました。ビッグ・ドライバーが実はビッグ・ドライバーとビッグ・ビッグ・ドライバーの二人いた!とか、まさか母ちゃんまで抜群のサイコ女性で、息子の性欲の為に獲物の女性を物色する女だったとは。ビッグ・ビッグ・ドライバーは、ビッグ・ドライバーの異常性欲を野放しにしていて、戦利品のおこぼれにあずかっていたとは。おっとろしい、、、まるでトビー・フーパー監督の最強スプラッター映画「悪魔のいけにえ」のソーヤー一家みたいなもんやないか。
あと、超賑やかな音楽かけまくりのバーの女性スタッフのベッツィ・ニール女史。彼女も、実は、、、あれほどに凄惨な、過去を抱えていたとは、、、それが分かる物語の最終盤。そして彼女の、不思議な色をたたえた、あの瞳の秘密。心を完膚なきまでに傷つけられた女性たちへの哀歌であり、、、こんな表現は適切ではないのですが、、、応援歌、、、としか、、、言いようがないか。そんな物語、ですよねえ。
レイプされ殺されかけて九死に一生を得た、テス。レイプの後に、全ての人目をさけるように、必死に物陰に隠れながら、家までの道のりを、逃げるやないですか。あの時の描写の冷徹さよ。残酷さよ。でもあれはあの時のテスは、真実、「(完璧にプライバシーを守るリムジンタクシーのスタッフ以外には)誰にも、今のこの私の、この姿をみられたくない!」と、本当に強く強く思ったんだろうなあ、、、
彼女が、民家や店に駆け込んで、助けを求めなかったこと。警察に駆け込んで、ビッグ・ドライバーを訴えなかったこと。公共の善意に頼らず、公の正義に頼ることもなく、善悪の裁きを司法の判断に委ねるわけではなく、「わたしが全て自分でケリをつける」と決断したこと。
もちろん、そこそこの有名人である自分が浴びるであろう、世間の好奇の目に耐えられない、という思いは勿論あったでしょうが、、、それよりも「自分の人間としての自尊心」が、それを許さなかったのかなあ、と。思いました。「これほどの仕打ちを受けたのだ。なんとしても自分の手でケリをつけない事には気が収まらない」という気持ち。
レイプ事件の後、テスが、車のナビゲーターや自宅の猫ちゃんとしきりと会話をする、という描写があるやないですか。アレは「とんでもない酷い経験を受けた人の、自分を癒やすための、セルフ治療の一環と考えられる」という分析を、どなかたの読書感想で拝見したんですよ。「なるほど!」と、凄く合点がいきました。
レイプ、という犯罪は、レイプされた人が生き延びたとしても、その被害者を「ある意味では殺してしまう」ということなんだろうなあ、、、酷い。本当に、酷い、犯罪なのでしょう、、、うむ。
この話、感じとしては、宮部みゆきさんが編集したアンソロジー集「贈る物語 Terror みんな怖い話が大好き」に収録されていた、ジョイス・キャロル・オーツの短編「パラダイス・モーテルにて」と近い雰囲気を、感じました。個人的には。ジョイス・キャロル・オーツ、全然詳しくはないんですが、、、ちょっと、スティーブン・キングと、共通点、、、あるのかしら?どうなのかしら?
あと、テスが決断した「私が自分の手でケリをつける」という決断なのですが、、、いわゆる私刑。私的制裁。私人逮捕。2026年の日本では、私人逮捕系ユーチューバー、という言葉は、もう下火になってきているんでしょうかね、、、でも、個人で復讐を果たす、という行為は、、、物語としては、美しい。必殺仕事人、ですよねえ。胸がスカッとする面は、間違いなく、あります。勧善懲悪、が、分かっているならば。
だが、現実には、、、本当に危うく、難しいところですよねえ、、、我々は、このキングの小説では、テスが完全な被害者で、善人で、そしてビッグ・ドライバーとその家族が、完全な悪でありサイコな人々である、という事実を、読者の視点から、いわば物語世界の外側の神の視点から、知っている訳です。ですので、テスの復讐譚に、深く納得し、感じ入る事が、できるのだろうなあ、と。
だが。これがもし、現実世界の出来事、本当にリアルな実際の出来事であったとしたら。そしてこの一連の流れを、ニュース番組で知る側の立場だったならば。完全な第三者である我々は、物事の真相が完全に明確に超正しく判明するまでは、はたして、テスが正しいのか?それともビッグ・ドライバーが正しいのか?実際のところは、分かりません、、、よね?ましてや、ビッグ・ドライバーとその家族は、一見外面の良い善人一般市民的生活を普段は装っているわけで。「あのいつもニコニコ親切なビッグ・ドライバー一家が!途轍もない凄惨な殺人事件に巻き込まれて!あまりにも可哀そうすぎる!」って見方も、フツーに発生する案件だと思います。
このリアルな現実世界では、個人による復讐譚は、極めて全くもって難しい、、、ということを、なんというかまわりまわって、僕は、感じました。なんか、変な感想に、なっちゃったな。
「素晴らしき結婚生活」
これも本当に見事な中編だと思います。過不足なさすぎ。本当にまあ、見事にまとめたなあ、と。物語の造形がもう、、、完璧だなあ、と。キング、すっげえなあ!と。痛感する作品でした。まず「素晴らしき結婚生活」という邦題も素晴らしいし、原題は「A Good Marriage」ですがコレもグッド。なんという皮肉の効いたタイトルであることか。うむ、、、素晴らしいです。
「長年幸せに連れ添ってきた、自分の良き伴侶が、まさか。最悪の性的猟奇的イカレ殺人鬼だったとは」という作品なんですが、、、現実問題だとして、超ウルトラ、怖いですよね。主人公の女性、ダーセレン・マドセン(愛称は「ダーシー」)の、恐怖。それを思うと、、、本当に胸がすくむのです。「これが現実のことだったら」という恐怖感は、人として、本当に凄まじいものが、あるでしょうねえ、、、「自分の身内にシリアルキラーがいる」ということが判明した時の、、、本当に「本当に」どうしようもない恐怖。
そのシリアルキラー、夫のボブ・アンダースン。コイツが本当に、、、本当にまあ、、、怖い。怖すぎる。ああまで狂った心をしっかりと持ちつつ。でも、ほぼそれを完璧に、基本的には、隠し通して、一般生活を。良き伴侶であり良き市井の一個人として、過ごしていられるものだ!そしてやはり、これが本当に恐怖なんですが、、、このような人間は、間違いなくこの現実の世の中に、存在しているのでしょう、、、いるのでしょう、、、だからこそ、我々の住むリアルな世界は、今「こうなって」いるわけですもの。この小説はフィクションですが、このフィクションの世界で描かれている物語は、間違いなく。完全に「リアル」なのでしょう。怖い。
でも、、、どうしようもないですよね。それが「人間」ですものね。そういう意味では、もう一つの作品「ビッグ・ドライバー」の世界も、ある意味、完全に「リアル」なんですけどね。
ボブが、自らを殺人鬼だと認め告白しつつ、ダーシーに「君が全てを白日の下にさらしたとしても。俺はどうなってもいい。君もまあ、いいのだろうともいえるのだろう。でも、、、俺たちの子供は、、、どうなると思う?」と囁いた、あの言葉。悪魔の言葉ですよね。本当に酷い言葉です。だが。どうしようもない剥き出しの現実、ですよね。
そして、この凄惨すぎる物語に、キングは見事に、見事すぎる結末を、ありていに言えば、本当に見事な「救い」を用意した、と思うんですが、、、物語の最終盤の、ダーシーと、州検事総務局のホルト・ラムジーの会話。なんと見事な。お互いに、おそらく「全てを」知っていながらも、それでも互いに手持ちのカードを、ちょっとずつ見せながらの、真剣をたずさえながらの、会話。もの凄い見事です。そして、救いでもある、というね。
物語の最後、ホルトがダーシーを抱擁して囁いた「あなたは正しいことをしましたよ」の言葉。あの言葉は、ダーシーを救い、そしておそらくホルト自身の今までのキャリアもポリシーも救い、読者をも救った、と言えるのではないでしょうか。ダーシーは、全てを自分一人で抱え込む必要は、なくなった。「わかってもらえた」ということの心強さ、ですよね。キヨシローさん的にRCサクセション的に言うならば「わかってもらえるさ」ってこと、ですよね。
物語が終わった後に語られる、著者あとがき。ま、キングのあとがき、ということなんでしょうが、ここでキング自らが語る、物語の語り手としての矜持。物語を生み出すものとしての心構え。これも、凄いなんといいますか、、、素敵でした。
僕は日本の作家では、宮部みゆきさんが一番好きなのですが、その宮部さんが、超熱烈なスティーブン・キングのファンだという事は、けっこうよく知られた事実だと思います。で、「死者は嘘をつかない」と、この「ビッグ・ドライバー」を読んで、なるほど、宮部みゆきが強烈なスティーブン・キングのファンであること合点がいった!と、心の底から理解しました。宮部さんの作品には、間違いなく、キング的なフィーリングが、あります。作家のベクトルであり、人間としてのベクトルが、相当に、近しいな、と思った次第です。そのことが理解できた点でも、キング作品を読んで、良かったなあ、と。シミジミ、思いましたね。