【感想・ネタバレ】世界99 下のレビュー

あらすじ

小説というものの輪郭が、いわば地球を覗く窓の形が、本書によりまた大きく更新されました。
それはつまり、この本の中で初めて寛げる人がいるということです。
救済と爆弾は同じ姿で在れるのだと気付かされました。
朝井リョウさん(作家)

本当は貴方もわかっていたんだろう? と迫る声が脳内に鳴り響く。
熱に浮かされるようにページを捲る手が止まらない。
これは本型ワクチン。
世界99に誘われ、もう元いた場所へは戻れない。
宇垣美里さん(フリーアナウンサー・俳優)

足元の地面がふいになくなり、
正常と異常の境目が消え失せ、目眩がする。
人間という生き物の滑稽さ、グロテスクさ、美しさ、不思議さが、
この本の中にすべて詰まっている。
岸本佐知子さん(翻訳家)

空子がこの世界で体に蓄積する小さな暴力の音とか、風とか、どれも僕の心に刻まれていきました。
物語で一緒に過ごせた時間は、僕の宝です。
ロバート キャンベルさん(日本文学研究者)


私たち、ピョコルンに、全部捨てられるようになりましたよね。
性欲を。出産を。育児を。介護を。人生の時間を食いつぶす、あらゆる雑務を。

14年前、「リセット」を経験した人類は混乱の最中にあった。
しかしラロロリン人の考えた「人間リサイクルシステム」がうまく機能し、やがて社会は再生を迎える。
そして49歳になった空子は「クリーンな人」として、美しく優しい世界を生きている。生まれ育った街「クリーン・タウン」の実家に戻り、同級生の白藤遥とその娘・波とともに。
ようやく訪れた穏やかな社会の中心には、さらなる変貌を遂げたピョコルンがいた。

村田沙耶香渾身の大長編、ここに完結。
都合の良い「道具」・ピョコルンを生み出した果てに、人類が到った極地とは――。

【著者略歴】
村田沙耶香 (むらた・さやか)
1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術文化学科卒。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞受賞。著書に『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『変半身』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『信仰』などがある。

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

上巻はまだリアリティがあったのでなんとか読めたが、下巻は村田ワールド全開で、かなり体力と気力を使いました。最後の着地は完璧。

0
2026年09月05日

Posted by ブクログ

どんな本だったか簡単に説明できないほど複雑だった。やっぱりこの本に書かれてることはありえない話のように見えて、数十年後の地球をのぞいてる感覚になる。最後もただ人間から汚い感情は無くならないよねっていう簡単な結論でないことは分かる。だが、これを説明できない自分が悔しい。多くの人に読んで欲しいけど、この本について語り合う自信もない笑

0
2026年09月01日

Posted by ブクログ

- [ ] 男の暴力性
- [ ] 倫理観の底が抜ける。正しいことを言うことが迷惑に思う被害者もいる
- [ ] 汚い気持ちを抱くことがいけない世界でもどうしても生まれてしまう憎しみとか嫌悪のしぶとさ
- [x] かわいそうなことは娯楽になる

0
2026年08月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 下巻からの「リセット」以降の世界線は特に難しく、下巻の序盤で一度読むのをやめて《世界99 暗喩》でググってみたりした。検索結果の斜め読みでは結局わからなかった。ただ、作家本人が執筆中に「これは奇書だから大丈夫」という言葉を励みに書き続けてきたというWeb記事を見つけた。それを読んだときに私も「なるほど、これは奇書か」と思うことで、本書を読み進められた。
 読んでいくうちに、私自身もこの世界にも慣れてきた。間を空けて読むと拒否感や嫌悪感なくこの世界99の在り方を受け入れている。これも呼応の一種だったと思う。奇書という言葉で一度グッと離したはずの世界が、ぬるっと自分の手元に戻ってくるのが、我に返ると不気味で、帰宅途中のバスの中でひとり悪寒を覚えたりなどした。
 そして下巻の中盤で「母ルン」という概念が出てきて、急にこの本との距離が適切になったというか、焦点があった気がした。そっか、母ルンか。ここまでのページと読書量は、この《母って、確かに、母ルンだわ》という私の納得感に至るまでの過程がひとつのピークだったような気もする。母ルンはフィクションじゃなくて今すでにいる。過去にもいて、今もいるし、これからもしばらくいる。そして貴方も母ルンを利用したでしょう、というグロテスクな手触り。これを得るまでの読書体験が、下巻の途中まで続く。
 あんなに難関だったはずなのに、奇書なのに、途中で「あー、わかる」と口に出してつぶやいたりして、そのことに自分で驚いたりなどした。本って基本ひとりで読むけど、読んでるときに誰かと「え、今の文、読んだ?」みたいに顔を見合わせたくなった。
 下巻になると空子は、呼応やトレースをあまり意識しなくなったように見えた。常に世界99から幽体離脱していたのが、幽体のほうが本体になった感じなのだろうか。それが大人の役割を引き受けることによる適応なのか。
 下巻の終盤に差し掛かる頃、手術を受けると決めた時の空子に対してはすんなり「まぁ、そうだよね」と思っていたのに、その日が近づいて空子が準備を始めて、彼女が色んなものを見捨てていくたびに、「やめて、手術待って」という気持ちになっていった。本当は少しずつ、空子を「人間」に留めておく要素はあったのに、彼女はきちんと「見捨て」た。その空虚さがどうしても悲しくなり、それはもう立派に私(読者側)も「かわいそうな白藤さん」だった。空子は人間を終えるその日まで、人を見極めて、関係性を認識して、さっと捨てた。空子はそうするだろうな、と思っていたのに、やっぱり死んでほしくなかった、ピョコルンになってほしくなかった、と思ってしまう。

 通読してみて、まず実写化は無理だろうなと思う。時折現れるピョコルンの描写が信じられないほどキメラなのだ。新しいピョコルンの描写に出くわす度に、頭の中でディテールが追加される見知らぬ産物が、世界1ケタの私にはキャパオーバーで時々ぶっ倒れそうになった。特にピョコルンの一部にはダンボールが使われていて、がっつり広告の言葉が掲載されているのが妙に味がある。読んでいないときでも時々思い出しちゃうくらい印象に残った。普段から資源ゴミのダンボールを扱ってるから余計そうなんだと思う。人の肉体や水を含んでもなお型を残すダンボールの不気味な柔らかさと硬さ。なんでピョコルンの容器、ダンボールでいけたんだ。終盤に出てくる、出産して抜け毛がひどくなるピョコルンもまさに母ルンで、本当に容赦ない。
 村田さんが販促POPに描いたピョコルンはゆるやかな線でデフォルメされていて、だからまだ「かわい」かった。この絵を見てピョコルンを想像するときは気をつけて、と言いたい。そういう《かわいいコーティング》された生き物が内包する残酷さという点では、ちいかわの世界線のようだ。
 作品中、特に印象に残ったフレーズは、「時代性と環境が先にあって、人格ってそれによる化学変化でしかない」「経験と記憶によって行動と感情が生成されるロボット」だった。浅学だけど空子のこの感覚は、手を変え品を変え結構色んなひとが書き続けてきたことだろうと思う。村田沙耶香という作家の手によって、この感覚を含めた人間の空虚さや、世界に適応するためならなんだってやる残虐さなどが《かわいいコーティング》を施されて、大手出版社から発売されて、文芸賞を受賞して売れて今私の手元にある。この作品こそが、今を生きる私たちの「ピョコルン」かもなぁと思う。その中身はリサイクルされた村田沙耶香、とかね。

0
2026年08月23日

Posted by ブクログ

上巻に引きつづきエグい。が、もはやここまできたらなんか清々しい。怒涛の展開にくらいついてたらこんな所まで来てしまった!という、ものすごい読書体験でした。
上巻ラストの衝撃ニュースでリセットされ、さらに変化していく世界。
空子のドライな視線を通したさまざまな人々のアレコレと、世間の価値観の変化の速さ、そしてピョコルンの止まらない進化?にため息。
本能的で、ある意味人間らしいとも言える部分をどんどん手放していくところ。
「昔は当たり前だった事も今ではドン引き」という事は実際にもよくあって、最近はそれがSNS等で加速して広がる印象もあり、ものすごいリアルさ。
個性だ多様性だとは言いつつも、「自分」を出しすぎる事には敏感で、それら「汚い感情」が排除されたクリーンな世界を良しとする空気…
今だってある、正義感と優しさから正論をぶつけてくる人を「厄介者」にするムード。自分をなくして浅くスマートに生きる方が得というのはモヤモヤするけどね、でも楽に生きるなら、目指すべきは空子なんだろうなぁ。自分の中の白藤さんは封印して。

0
2026年08月22日

Posted by ブクログ

 下巻は、主人公の如月空子さん(きさらぎ・そらこ)、49歳からのスタートです。その年齢のせいなんでしょうか、物語の勢いが弱まっています。
 もしかして、作者の村田沙耶香さん、お疲れなのでしょうか?! なにしろ、集英社の月間文芸誌『すばる』での、3年におよぶ連載だったそうです。
 そうなら、気持ち悪がってる場合じゃないです!
 「村田沙耶香先生、がんばれ~!」の気持ちで読みました。(村田先生だと村田英雄さん思いだすもんで)
 コンビニのクリームパンを差し入れしたいです。(笑)


 読みすすめて、わかりました。パワーダウンじゃなかったです! 変わらなぬおもしろさです!

 下巻は、上巻終わり近くの「リセット」後の世界です。空子さんが49歳から89歳をすごす世界を、しめやかに、ていねいに描かれています。
 村田沙耶香さんの世界は、どんなに突拍子もないものであっても、どこか、現実世界に原型があるように思います。普段っぽさがあります。
 この「リセット」もそうなのでは?
 みなさんも、ご自身の「リセット」体験をお持ちでしょう。
 日本人が共通して体験した、あるいは、知っているものといえば、例えば「終戦」、「昭和から平成」、「平成から令和」、変化に大小あれどみんな「リセット」かなと思います。前とは違う意識で生きているのでは?

 「リセット」と同じく、上巻終わり近くの言葉「人間のリサイクル」もそんな言葉だと感じました。
 その言葉から現実世界でイメージできるもといえば、「献血」、「骨ずいバンク」、「臓器提供」なんかでしょうか。日常生活で目にするものです。


 本書『世界99』上・下巻で、主人公の如月空子さんのほぼ一生が描かれています。
 上巻では4歳から35歳までの、幼児期から成人期までです。成長していくパワーがあります。「祭り」な感じ。
 下巻は、一転、上巻では触れられなかった、誕生と終末です。
 だからこの2冊で「女の一生」、いえ、「人間の一生」になっています。
 つまり、『世界99』は、「村田沙耶香版『君たちはどう生きるか』」のように思います。(内容知らんけど『君たち・・・』って、ほんと便利です(笑))
 あるいは、人類進化プロセスのひとつの可能性を表現しているように思います。


 さすが3年の連載、『世界99』にはたくさんの情報が組み合わされていて、どこに注目するか、どこに焦点をあわせるかは、読み手それぞれだと思いました。
 わたしだと、自分の終末へと意識が向きますね。
 特に意図したわけではないのですが、ちょうどお盆のころに読めてよかったです。

0
2026年08月16日

Posted by ブクログ

圧倒的な世界観
ピョコルンの正体が判明した時の衝撃
自殺が正しい死に方とされる時代が来るんじゃないかと思わされた

0
2026年08月14日

Posted by ブクログ

​上下巻合わせて約800ページ、中だるみすることなく最初から最後まで「村田ワールド」全開の圧巻の大作だった。

呼応やトレースといった独特の世界観の中で、感情や記憶、恋愛や家族愛のあり方が問われ、
何が正しく何が当たり前なのか分からなくなっていく。
それほどカオスな展開でありながら途中で破綻することなく物語に引き込まれ続け、
人間の感情の正解とは何なのかを深く深く考えさせられた。
圧倒的な世界観に最後まで浸りきった、強烈な読書体験だった。

0
2026年08月13日

Posted by ブクログ

時代が変化する事に新しい価値観や倫理観をインストールして、薄っぺらいトレースや呼応をして、みんな自分の都合の良いように改竄する。
非現実な世界なのに、どこか現実をグロテスクに思わせる作品。
1児の父として、存在するだけで害を思わせる男として、今自分は誰かになっていないかなぁとつい考えてしまう作品でした。

0
2026年08月09日

ネタバレ 購入済み

久々に想像力が掻き立てられた

刺激的な設定、堪能できました。
生きるって、何?

ラロロリン人が後半、消えてしまった感じが少し残念。

#切ない #怖い

0
2026年08月07日

Posted by ブクログ

ネタバレ

「ピョコルン」という新しい性別を設定し、人間の性欲処理・妊娠・出産を代行する生物がいることで、女性の主人公の被害と加害を同時に描き出しているのが見事。下巻では「最初にダウンロードしたキャラでしか生きられない」白藤さんがより主人公・如月の人生に絡んできて、物語に奥行きを生んでいた。
母を奴隷のように使役しながら、自分は家庭の道具になることを拒否しようとしていた如月だが、ピョコルンが賄ってくれる性欲処理以外の家庭内労働に関しては、明人との結婚生活で既にこき使われていたし、最終的にはピョコルンになることすら選択する。結局自分が否定していた物になる彼女は空虚で、死守したい信念や嫌悪感なんてものもなく、周囲の人間に「呼応」し続けた結果なのだろう。そんな人生は圧倒的に不幸であると同時に、ある程度は幸せにも思えてしまうのは、その方が楽だからだろうか。

0
2026年08月04日

Posted by ブクログ

最初は人間の嫌な部分を、明確に包み隠さず表現され、かつ、それが自然なので引き込まれた。
・自分を救わせてあげる(自分を落とす)ことで相手を救う。
・相手の期待している意見、キャラを察知して合わせる。
・グループによってキャラを使い分ける。等々

次第に、ピョコルンの役割が増えていき、人間社会も劇的に変わってSFになってるが、視点は空子の一人称なので、世の中の変化に頑張って着いていくエッセイみたいで淡々と読める。
最後は決められた死に向かっていくが、この四面楚歌な世界に生き続けるよりは、死に逃げられることが救い、と、全く悲観的な要素はなく、ずっと斬新。

人の嫌なとこ、面倒なところを無くそうと、性格も人為的に調整され、それが当たり前になっている世界。
結果、何も無くなりました。ってか。

0
2026年08月01日

Posted by ブクログ

ネタバレ

所々鬱になったけど読破!
設定盛り盛りで理解が追いつかないとこもあったけどとても面白かった。人間の人格を作るのって環境に依存してるってのはたしかに。私も可哀想や感動で泣ける時自分の人生に余裕があるなって思って生きてきたからそれが書かれてて嬉しかった。最高の娯楽だよね。あとなんと言っても、最後主人公そうなるんだ。っていうズレ?がすごい良い。音ちゃんも結局吐き出す側だった。この吐き出すて、性欲はぴょこるんがやってくれるからその他の廃棄物がすごく目立つようになるんだよね。なんといても恵まれてる人はかわいそうな人を支配しているし、恵まれている人も恵まれている振る舞いを可哀想な人に強制されてるっていう視点が新鮮であった。

0
2026年08月01日

Posted by ブクログ

これが世界平和の成れの果てなのだなと思う。

今日も私たちは、“自我”という名の最強の娯楽を楽しむために、かわいそうな自分たちを騙し続けている。
もっと大きな感動を。もっと強烈な刺激を。

人類の一番の天敵は"退屈"だ。
"自我"のぶつかり合いは人類を退屈から解放してくれる。

"自我"さえなければ、この世界に戦争も犯罪もいじめも悪口も存在しないのに。
"自我"さえなければ、"本当の自分"を乱暴に消費し合って、苦しみ続ける必要も無いのに。

どんな時も個性は、自我は、外に出すほど乱暴に消費されて行く。
消費され、傷ついた私もまた、誰かを消費して、なんとか今日を生きられたりしている。
誰もが誰かの人生を燃料にしながら、今日を、今を、生きている。
この終わりのない循環こそが、人間を人間たらしめているのかもしれない。


私はどうしてもこの小説のラストを究極のユートピアに感じてしまう。

私もはやくピョコルンになりたい。

そんな叶わない夢を見て、私は今日も自分の自我にこき使われている。

0
2026年07月28日

Posted by ブクログ

賛否両論あるかもですが、私は素晴らしい作品だと思う!!


性格のない主人公・如月空子が、周囲に合わせて「呼応」しながら生きていく様子と、愛玩動物の「ピョコルン」を巡る物語。

このディストピア、マージで、気持ち悪かったです。人間らしさがなくなった、(逆に言えば全人類が人間らしくなったとも言える。)混沌とした世界。
絶対受け入れられないけど、主人公の周囲と呼応しながら話をしたり、その場その場でキャラを変えたり、誰しもがしてる事。共感できる。そのほかの感覚も全て理解できるから気持ち悪い。

読まないとわからない感覚だと思います。
お勧めはしませんが、読んだら教えてください笑

0
2026年08月09日

Posted by ブクログ

上巻については先日書きましたが、空子の一生の物語なので、あらすじをまとめようとすると長くなるのでやめておきます。

空子は状況や相手に合わせて「呼応」し「トレース」しながら色々なキャラを生きている。つまり自分自身がない。空っぽな人間である。名前もそれを暗示している。本人は人間ロボットだという。また話の中ではこれができず怒りを出す人は「かわいそうな人」として不幸になっていく。

また人間は性欲、出産、育児、家事、介護などの「面倒で厄介な重荷」を代わりに受けてくれるピョコルンを手に入れる。会社などでの労働そのものは肩代わりしてくれず、家のこと中心に受けてくれるのは謎なのだが。いずれにせよ面倒な事をなくしたものは人間性を失う。それは「人間」なのか?幸せなのか?

「誰もが、疲れていて、自分が綺麗でいられる言い訳さえあれば、いくらでも人に押し付けて楽に生きたいと思っていますから」

社会の仕組みを考えるような大きな仕事は恵まれた人=ララロリアン人が受け持つ。大半の人間=クリーンな人はどんどん空洞化していく。つまり面倒や厄介ごとから人間を解放していくと人間は空洞化していく。人は自分の楽な方に記憶も修正する。

人間性とは何か。これはヘーゲルの主人と奴隷の弁証法的な話だ。自由とは負荷を引き受ける主体にしか宿らない。負荷を手放した途端に人間は「呼応」と「トレース」しかできない空子のような存在になってしまう。自由は奴隷の思想であるし、奴隷状態こそ自由だという逆説的な話なのだ。

生きる喜び、人間性を感じたいなら面倒や束縛は必要悪なのだ。

0
2026年09月02日

Posted by ブクログ

村田沙耶香ワールド全開って感じで、題材はとても良かったけど結局何が言いたいの?というところは掴みきれなかったかもしれない。

私自身、転校を繰り返し色々な性格の自分がいるので、自分には何もない空っぽの空子というところが、上巻に続きとても共感できたけど、自分もピョコルンになりたいと思うかどうかはよく分からなかった。

0
2026年09月01日

Posted by ブクログ

性別、産まれた環境、産まれた時代で
関わる世界は大きく変わり
その範囲は偏ってると思う。

どの世界を選択するか
選択する余地が無いというか
選ぶ意識すら無いんじゃないかな。

選ぶ意識があるだけ幸せだと僕は思う。
この本を読んで、女性の大変さも
役割による搾取もとても悲しかった。

表紙の99のフォントは
イメージ通りでとても合っていると思います。

第3世界の人はきっとこの本は気持ち悪くて合わないだろう。

0
2026年08月31日

Posted by ブクログ

ネタバレ

この作品が行き着いた世界は、「幸福度」をはじめ、どのような指標で測ったとしても、元の社会や、我々の世界よりもきっと優位にあるのだと思う。本作上巻でインモラルな世界観を嫌というほど浴びせられてきたので尚更そう感じる。
一方で、登場人物の生き様を見てきた読者として、空子の人生が彼女にとって意味があるものであったと思いたいし、白藤さんが報われるように願わずにはいられない。本作はピョコルンをはじめ、さまざまな暗喩を読み取れる作品だが、私には、平成や令和の価値観から取り残されていく昭和の人間の悲哀をそこに重ねる読み方が、最もしっくりきた。
とはいえ、解釈の可能性に満ちた作品だと思うので
「あの本、読みました?大賞」に選ばれたのも納得で、いろいろな人と本作について話してみたい。
下巻は淡々とした世界の話が続くため冗長に感じてしまったが、分娩に立ち会いながら「飽きた」と感じてしまう空子の空虚にもっと同居していたいとも思った。

0
2026年08月19日

Posted by ブクログ

奇妙で面白い。村田さんの作品はちょっとサイコパスみが強くて苦手だが、本作は共感しつつも面白おかしく思える部分が多い。上下巻の長編で話が進むとだんだん世界も主人公の内面もあたかも最初からそうだったかのように新しい価値観に移ろってしまうのがリアル。ピョコルンを忌み嫌っていた少女は最後は自らピョコルンになるとはね。モラハラパワハラ男性陣に読んでもらって感想を聞きたい。

0
2026年08月16日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ー誰かを疑う、気持ち悪いと思うなどという汚い感情は持ってはいけない。と何度も弁明する。でもあの頃、汚い言葉で虚勢を張りながら、その裏側で静かに手を繋いで、損壊した自分たちを少しずつ回復していた。「汚い言葉」は大嫌いだけど、あのときの自分には必要だったことを思い出す。

ー世界は粒子だと思う。いつの間にか吸い込んで、体の1部になっている。どこまでが私なのか、どれが世界に言わされている言葉で、どれが自分を存在させるために、世界に媚びた服装で、本当に自分から発生している自分なのか、わからないまま、まるで自分の確信が自分の内側に存在しているかのように笑い、視線を交わし言葉を交換する。

ー私が人間ロボットでなく人間であるとしたら、自分の本質を証明するものが、自分の内側に結晶のように存在するのだろうとどこかで考えていた。けれど、空虚こそ本質なのだった。私の中の空洞にこそ、私が人間であることの証明が、核心が、はっきりと宿っているのだった。



この小説は読むのが疲れる。人間の差別的な感情、悪い感情、怒りなどを、本当はあなたも感じてるでしょ?持ってるでしょ?
母親みたいに家事労働家電にならないように仕事してるんでしょ?海外の国に上と下があるのを感じてるでしょ?異性からの艶かしい目に毎日少しずつ犯されながら、避ける方法を身につけたでしょ?なんなら女であることを利用した事もあったでしょ?
社会の善悪なんて一瞬の雰囲気でパッと変わって、同調して、それをあなたはただフォローしてるだけでしょ?
などなど、ずっと問いかけてくる
この小説は紛れもなく女性が書いたもので、女性が想像する男性側の理論(あくまで想像)しか出てこない。だからずっと、ちょっと弱い女性から見た矛盾だらけの社会を提示されている。

最後までぶっ飛んでてやばかった。なんだこの世界観、、壮大な思考実験です。という帯はexcuseに見える。穏やかな記憶のみで穏やかに暮らせるように、最後は記憶を調合されるところで終わる。そうしたら穏やかで平和に暮らせる。悪い感情も持たずに、怒らずに悲しまずに。
つまり、悪い感情こそが、人間らしさなのではないか?ずる賢くて、何かを排除してまでコミュニティを維持し、円滑にすることが人間なのでは?


はーー全然2回読みたく無い小説です。でもすごいです。こんなの初めて。


多分心の奥底で感じながら、穏便に荒立てたく無い感情をいちいち呼び起こされるからだと思う。

友達には全然勧めないけど、読んでしまった人とは朝まで語りたい。

0
2026年08月14日

Posted by ブクログ

圧倒的に異質な思想を持ちながら、己の善悪や価値判断を疑わない(社会のために調整する程度)主人公の視点から、大衆="普通"の人間の狂気を捉えるのが毎度のことながらうますぎて感嘆

0
2026年08月14日

Posted by ブクログ

上巻から一気に年数が進み、まさかの白藤さんと一緒に暮らしており、しかも子どもまでいるという。

ピョコルンもより進化し、家電、お手伝いさん的な役割も果たす様になり、果ては妊娠出産まで行なっている世界。

大幅にアップデートされた世界だが、悪い意味での人間関係が濃縮された主人公周り。それにおいて負の感情は表に出すことも制限されてしまった世界ルール。
地獄の様だが自分がないからこそ、やり過ごせてる部分も大きいのだろう。

どんどん世界がフラットになっていくのは痛々しく、個性を失うと人は人ではなくなるのだと感じる作品。

0
2026年08月05日

Posted by ブクログ

世界観は、とんでもなく気味の悪いもので、読み続けるのが終始苦しかったが、ただ、どのように結末を迎えるのかが気になり、惹きつけられる本ではある。

決して好きではないが、凄い本だった。

0
2026年08月02日

Posted by ブクログ

すごい
他の人の感想にあるようにわたしも上巻の方がリアルな共感要素が多くて好きだったけど、下巻はもっと文化人類・儀式・宗教みが強くて若干ホラーだった
ミッドサマーみたい。みたことないけど

0
2026年07月28日

Posted by ブクログ

ネタバレ

内容が暗くて読むのに非常に時間がかかった
空子という主人公の幼少期から始まり、大人になっていく、淡々とした感じ
ピョコルンという、家事ロボットのその先のような生物が出てくる
若干のファンタジーかと思ったけどディストピア小説とのこと
世界や主人公の価値観の代わり様、女性軽視とか性暴力とかその辺りがストレートに書かれてて、全体的に鬱々として後味が悪く気持ち悪いけど考えさせられた

世界99の、コミュニティによってキャラを使い分けることやその分裂は誰しもが少なからず共感できるところはありそうだけれど、それがとんでもなく突き抜けているような感じ

0
2026年08月30日

Posted by ブクログ

これは難しいな。結局何が描きたかったのだろう?女性からいわゆる「女」の役割(というと時代錯誤になるかもしれないが)を取り去った「平等な」世界を作りたかったたのか。その上で、元々は自分にあった機能を忘れて、女性がピョコルンをどう扱うか見せつけて非難したかったのか。はたまた、「性」というものは、自分の賞味期限が切れても次の世代、次の世代と繰り返され、常に穢らわしく付き纏うものという戒めだったか。確かに帯のとおり「現代の創世神話」だ。創世にあたっては、正義の信念を貫くよりも意思なきトレースが合理的かもしれない。

0
2026年08月30日

Posted by ブクログ

全面ピョコルンになっていた。

音ちゃんの「結局、感動って安全な場所にいる人間の娯楽なんだなーって思います」というのが印象的で、納得してしまった。読書がまさにそう。

今の人生は辛いから、面白くないからもういらないけど、できたら人の役に立ちたい。こういう人が増えていてピョコルンになっていく。優しい世の中だな。グロテスクだけど。

でもその優しい気持ちを踏み台にしてピョコルンを売って儲けている人がいるのではないかな。

0
2026年08月24日

Posted by ブクログ

やっぱりカオスだったの一言で終わらせたく無くて、ブックスタンドTV(YouTube)見て来ました♪村田先生は、人間の村田と小説家の村田と乖離しているそうです。水槽のような入れ物になる所に登場人物の似顔絵のようなものを入れて、そこから小説を生み出すのだそう‥この小説を作られる工程を聞くと、なんかとっても理解出来た気がします(笑)

0
2026年08月21日

Posted by ブクログ

ピョコルンという存在と役割が作中でどんどん変わっていくのに合わせて、作中の世界もアップデートされていき、最後どうなってしまうのか予想がつかない展開だった。汚いものに蓋をしてクリーンなものに囲まれた世界。その歪さから時々溢れてくる醜悪さが毒になって気持ちが重くなった。

0
2026年08月08日

Posted by ブクログ

下巻に入ると、物語は個人の話から世界そのものの変質へと跳ぶ。印象に残ったのは、「世界は粒子である」という価値観だ。輪郭のある「私」など幻で、実際には周囲の粒子と影響を及ぼし合いながら、その都度かたちを与えられているだけではないか。上巻の「呼応」が、ここで世界観のレベルにまで拡張される。

もう一つの軸が記憶の書き換えである。都合の悪い過去は汚れとして洗い流され、書き換えられる。記憶はどこに存在するのか、正しい記憶とは何か、そんなことを考えさせられる。

ジョージ・オーウェルの『一九八四年』が国家の暴力として描いたものを、本作は善意と快適さの顔をして差し出してくるぶん、はるかに逃げ場がない。これぞまさに令和のディストピア小説と言えるだろう。

0
2026年08月06日

作品レビュー一覧

「小説」ランキング