あらすじ
小説というものの輪郭が、いわば地球を覗く窓の形が、本書によりまた大きく更新されました。
それはつまり、この本の中で初めて寛げる人がいるということです。
救済と爆弾は同じ姿で在れるのだと気付かされました。
朝井リョウさん(作家)
本当は貴方もわかっていたんだろう? と迫る声が脳内に鳴り響く。
熱に浮かされるようにページを捲る手が止まらない。
これは本型ワクチン。
世界99に誘われ、もう元いた場所へは戻れない。
宇垣美里さん(フリーアナウンサー・俳優)
足元の地面がふいになくなり、
正常と異常の境目が消え失せ、目眩がする。
人間という生き物の滑稽さ、グロテスクさ、美しさ、不思議さが、
この本の中にすべて詰まっている。
岸本佐知子さん(翻訳家)
空子がこの世界で体に蓄積する小さな暴力の音とか、風とか、どれも僕の心に刻まれていきました。
物語で一緒に過ごせた時間は、僕の宝です。
ロバート キャンベルさん(日本文学研究者)
私たち、ピョコルンに、全部捨てられるようになりましたよね。
性欲を。出産を。育児を。介護を。人生の時間を食いつぶす、あらゆる雑務を。
14年前、「リセット」を経験した人類は混乱の最中にあった。
しかしラロロリン人の考えた「人間リサイクルシステム」がうまく機能し、やがて社会は再生を迎える。
そして49歳になった空子は「クリーンな人」として、美しく優しい世界を生きている。生まれ育った街「クリーン・タウン」の実家に戻り、同級生の白藤遥とその娘・波とともに。
ようやく訪れた穏やかな社会の中心には、さらなる変貌を遂げたピョコルンがいた。
村田沙耶香渾身の大長編、ここに完結。
都合の良い「道具」・ピョコルンを生み出した果てに、人類が到った極地とは――。
【著者略歴】
村田沙耶香 (むらた・さやか)
1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術文化学科卒。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞受賞。著書に『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『変半身』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『信仰』などがある。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
清潔でクリーンな社会に/言葉によって削られるもの。スポットライトが当たるその場所の周縁にあるもの。それはノイズであり不細工な感情であり無意味な思考であり、何より個人的なものなのだと思った。
物語化することで人は都合よく事実を捻じ曲げ記憶を改竄する。安心して気持ち良くなってしまうそのあり様はポルノ的で、そういうコミュニケーションをサービスかのように提供するのは果たして誰か。権力は相対的で流動的。わたしたちは誰も無関係ではいられない。男性と女性、人間とペット、人種、資産、思想。
入れ子構造。マトリョーシカ。搾取と感動と暴力の連鎖の中で私たちは生きているということ。
Posted by ブクログ
男女差別論に一石を投じる。
男性に搾取されてる女性も搾取する存在がいたらそれをするだろ?
男性は暴力的に描かれてるけど、単なるフェミニズム小説ではない。むしろ女性を批判しているといってもいい内容なのではないか。
被害者だからといって、本当に加害者になってないのかを問いかけている
きれいな感情がいいとされているけどそれが本当に良いことなのか?嫌なことから目を背けているだけではないのか?
きれいな感情しか持たない人たちしかいない世界になったら?
怒りのない世界は恐ろしい
正しさを貫き続けることは本当に正しいことなのか。
その人を作っているのは環境、人間関係であって、変わりうる
世界の嫌な部分を凝縮させた作品
Posted by ブクログ
人間社会での生き方、女性視点での世界の気持ち悪さ、「正しくいよう」という思考、日常生活では無意識に、少しモヤッとして終わることが全て暴露されてました。
私のモヤッとした部分に光を当てまくって曝け出された気分になりました。
Posted by ブクログ
久々の強烈な読書体験。
凄まじいディストピア小説なのか、人類救済の物語なのか。
特に男性性の描き方がグロテスクとも言えるほどだけど、一方で男性ってそういうものだよねと諦観している女性性の自分もいる。
現実世界でも性愛行動は緩やかに減少しているのかもしれないけど、性愛欲求はなくなるわけではない。
呼応とトレースを繰り返しているのは自分もそうだとも感じるし、空子ほど意識などしていない。
ピョコルンになりたいとは思わない。でも何かすぐ近くで同じようなことが起きていそうで、ぞわりとする。
Posted by ブクログ
村田沙耶香の最高傑作であり、これまでの作家人生の集大成とも言える作品だと感じた。
過去作で繰り返し描かれてきた「普通」への違和感、社会とのズレ、個人と集団の関係、そして身体や性の問題。それらのテーマが本作では極めて濃密に結晶化しており、「決定版」とも言いたくなる完成度だった。正直、この先どんな新作が生まれるのか少し心配になるほどの圧倒的な出来。
本作はディストピアSFという形式を取ることで、現実社会の構造や同調圧力、そして適応という行為の不気味さをより鮮明に浮き彫りにしている。
特に印象的だったのは主人公の存在。彼女はあらゆる局面で適材適所に振る舞い、驚くほど巧みに社会へ適応していく。しかしその姿はどこか「無味無臭」にも見える。だからこそ空気を読む能力や同化の力が際立ち、その異様な順応性が強く印象に残った。
人は誰しも場面ごとにキャラクターを変え、相手や空間に合わせて言葉を選ぶ。だが本作を読んで自分が抱いた感情は「安心」ではなく「怖さ」だった。
「みんなも同じように生きているのではないか」
そう思ってしまった瞬間、この物語は一気にホラーへと変わった。もし私たちの会話の多くが建前だけで成立し、本心で語る場がほとんど存在しないのだとしたら。それはかなり恐ろしい世界なのではないかと感じた。
「本音はChatGPTにしか話していない」
そんな現代的な言葉とも自然に重なり、表層的なコミュニケーションと内面の分離というテーマが非常にリアルに迫ってきた。
また、本作は村田沙耶香作品の核心である「性」「身体」「本来の目的と社会的意味のズレ」に対する究極形の問いでもあると感じた。生物としての機能と、人間社会が与える意味との間にある矛盾や違和感。その緊張が物語全体を強く支配している。
とにかく圧倒的な読書体験だった。面白いだけでなく、自分自身の感覚や価値観を深く揺さぶられる一冊。
Posted by ブクログ
上巻に引き続き、ページを捲る手が止まらない。
あっという間に読み終わった。
気分が良いものではないので読み返すことはないと思うが。村田沙耶香さん天晴れ。
○女性の人権とは
「女性」として生まれてきた人なら絶対に感じたことのある表現の数々。
自分でもハッキリそれとは知覚できないまま勝手に搾取され値踏みされ「心が擦り減っていく感覚」
「私の子宮が見張られてる」
「性処理の道具、出産家事育児の道具として家族に一生使われる存在」
誇張表現だとしても、目を背けていた物事がこんなに明確に言語化されてしまうとドキッとする。
男性は所詮これは物語、ディストピアだと見るのだろうか?感想を聞いてみたい。
○「かわいそう」は娯楽
"ちょうどよく"感動できる物語はメディアを通して語られ、人々に消費される。
○結末
漫画「風の谷のナウシカ」を彷彿とさせた。
「汚い感情」をもたない、穏やかで争いのない世界に、、、
世界に絶望した人類が行き着く結論は同じなのだろうか。
Posted by ブクログ
上巻のレビュー欄では、作品自体の感想文を書きました。
ここでは、主に村田沙耶香さんに対する感想文を書こうと思います。
インタビュー動画でも、よく村田沙耶香さんは「クレイジー沙耶香」と称されており、自分も初めて村田さんの作品(コンビニ人間)を読んだ時は「この人は狂っている」と思ったのですが、世界99を読み終えた時には考えが改まって、
「この人は究極な俯瞰者」
という言葉が出てきました。とある箱(世界)に人物や要因となる物(例:空子、ピョコルン、ラロロリン人など)を加えていき、一体どのような反応になるのかを上から眺めて、結果を本に書き記す。この過程を極めに極めた方だなと思いました。インタビューでも「村田さんは誰の味方にもなっていない」、本人も「主人公の味方もしていないです、距離を取っています」と仰ったように、常に傍観を徹している様子が窺えます。だからこそ、内包されている人間の真理が読み手に伝わってきたんだと思います。
「結局、人ってこういうものだよね。良し悪しをつけるわけじゃないんだけど、こんな事が周りに起きれば人ってこんな風に変化していくよね」と、村田さんは常に第三視点で、嫌でも自分に教えてくれました。
最後に「世界99」のレビューとして、下記に記します。
初めて読む方々へ。この世界の無機質さと気味悪さに、どうか耐え抜いてください。どうか脱出してください。どうか生き抜いてください。
Posted by ブクログ
上巻に続いて醜悪で胸糞悪くてまったく好きになれない世界観だし、読み返したいとも思わない。ただ、その理由はあまりにも今の現実で起こっていることをデフォルメして物語に閉じ込めているからだと思う。小説として、人の心理や醜さを嫌というほど描く著者の現実世界への解像度に驚くし、それをこんなにも荒唐無稽な話としてリアルに感じさせるのは本当にすごい。久々に小説を読んで戦慄した。作品としては好きではないが、心底圧倒されたので評価は5かな。
Posted by ブクログ
女性が生きてたら起こりうる嫌ななことがずっと描かれている。
空子視点では白藤さんはずっとかわいそうな人だけど、個人的には、彼女は最後まで自分の好きな自分を選択していてそこまで不幸でないように感じた。
Posted by ブクログ
めっちゃくちゃ面白かった!
でも絶対に自分から友達にはおすすめできない!
もっと柔らかい雰囲気で、ドラマ化してくれたら
とっても嬉しいです。
珍しい感性かもしれませんが、
わたしは、ピョコルンのいる世界に行きたいです。
家族の形が男女の夫婦だけではなくて、
同性でも可能で+ピョコルンの世界。
家事も出産もピョコルンがしてくれる。
子どもは欲しいけど自分の体に変化を与えたくない、
キャリアを変えたくない女性の私にとっては
お金を払ってでも欲しい存在です。
クリーンな世界、綺麗な言葉も
私にとって魅力的な世界観でした!
これをこのボリュームで本にかけること、
本当にすごいですね、、、
Posted by ブクログ
⭐︎4.5
面白かったーーー。上下巻でかなりのボリュームなのに、読むのがまっったく苦じゃなく、村田沙耶香ワールドにどっぷり浸かれて幸せだった。
下巻ではピョコルンが性欲を引き受け、妊娠や出産も人に代わってできるという衝撃の進化を遂げている。このとんでも設定のなかでじわじわと自分や世界の常識が"ぶっ壊されていく"感じが凄まじかった。ディストピアだけど、ディストピアとは言えないような、何なら現実より現実感があって、それが恐ろしかった。なんて世界に生きているんだろうとも思うし、この世界で平然と生活する自分たちにもゾッとしてしまうような怖さがあったし、それがこの本の面白さでもあった。
Posted by ブクログ
この物語がディストピア作品とよばれているが、ピョコルンかAIだったらと考えると100年後200年後そうならないとは言えないのではないかと思った。
その時代になってしまったら今の私からすると人間なんて居なくなってもいいのではないか?
いる意味がわからないなーと思ってしまった。
差別だったり、嫌なことを何かに任せてしまったり、自分自身の醜さとも向き合わされ、考えさせられる重い1冊だった。
読後は何とも言えない気分だけど読んで良かったと思う。
次はライトな本を読むぞ。
Posted by ブクログ
まさかの展開に村田ワールドに楽しませて頂きました。ピョコルンの地位が確立したことで変化した世界。現世で恵まれていたのだから奉仕し続ける事が当たり前と捉える人々。その後、ピョコルンを使い続ける。クリーンな人が増えたと言いながらクリーンってなに?みんなで同じ思想に向かうことって怖い。とにかく村田作品は色々な面で考えさられて私は好きです。
Posted by ブクログ
「人間社会」の姿を少しだけ大袈裟にいや、本当の意味ではかなりリアルに表現をしている小説だと思った。
「母」という存在に対して、父や子供の便利な道具として表現したりと残酷的ではあるもののみんながあえて口にしない、けども根底では感じていることを言語化されたような感覚になった。
主人公の如月空子は、自分の感情がなくコミュニティごとに自分の言動や行動を変えている。
あるところでは「姫」と呼ばれていたり「おっさん」と呼ばれていたりと、これも少し大袈裟に書かれていると思いきや、自分たちも同じくらいの規模感でコミュニティごとに性格を変えているなと思う。
例えば親の前と友達の前では、性格が全然違うように人間というのは意識していないところで、近くの人に呼応して生きているというのを自認させられた。普通に生きてきて身についていた、無意識下でやっていたことを言語化させられた本だった。
上下に分かれている小説を初めて読んだが中々面白かった。
ただ正直途中などは読み進めるのが大変だったし、盛り上がりは少ないなと感じた
常にじわじわとイヤな感じが続いてくるような小説だった
Posted by ブクログ
上巻は世界が壊れていくようなほのかな絶望感があったが、下巻は、むしろ朗らかな印象さえ受けるトーンで書かれていて、読みやすかった。綺麗な地獄で過ごす、それなりに幸福である(?)人々の様子を読むと、自分が今いる世界は果たして天国なのか地獄なのか、それは自分の認知だけだろうか?他人はどう思っているんだろうか?と、考えしまった。でも、地獄に居るとしても、その地獄を諦め、目を逸らし続けることも、許される行為なのかもしれない、と、肯定された気になり、なんとも言えないスッキリした気持ちになった。
Posted by ブクログ
上巻では、人格の分裂、世界①世界②世界③の誕生、ピョコルンの登場から始まる。
空子の思春期のシーンで印象的なのは消費に対する絶望である。
男性から性を消費されることへの絶望。
母が家族から人生を消費されることへの絶望。
周囲から理想的な体型、キャラとして消費されることへの絶望。
最初二つの絶望に関しては私も共感する部分があった。
特に母の消費は私も近くでよく見ていた。
私は自分の母を「道具としてこき使っている」とは思っていないが、
母はこの本を読んで共感するのだろうか。
空子から見た世界は常に目上、恋人、はたまた正義にさえ媚びていて、
自分が恵まれてもかわいそうでも無いことに安堵しつつ、「クリーンな人」として生きることに依存している。
ラロロリン人は差別され、そのおかげでそれ以外の差別は目立たない。彼らを差別しいじめることが自分たちの精神安定を担っている。
いじめの対象と本人が仲良くなるとか、自分たちがいじめ殺した同級生が美談になると感動するとか、ここまで不気味な現象なのに現実ではよく起きていることなのだろうと思った。
「誰かを救いたくてしょうがない人は、私のような「救出イメクラ」に引っかかるんだよなあ」
「ほら、白藤さんの大好きなウエガイコクだよ、とつい続けようと思ったが」
といった空子の残酷な言葉は作品の各所に散りばめられていて、定期的に読者を抉ってくる。
その中で特に印象的なのは下巻でもよく登場する「私はばかなので」という言葉だ。
空子は自分を卑下している訳でも、自虐している訳でもないのがよく伝わってくる。
おそらく本当に自分はばかであると思っているし、だからどうかしようというわけでもない。ばかであることを悪いと思っていないのである。
この言葉はたびたび空子が依然世界に絶望していることを呼び起こさせる。絶望すらしていないのかもしれないが。
大人になり、世界①世界②世界③を往復するようになった空子の時代が個人的には一番読んでいて楽しい。
その世界の中にいるときはそれに染まり陶酔しているが、その世界を出た途端にその洗脳は解ける。
とくに世界③はリアルだと感じた。
この世を綺麗にしたい、正しくしたい人たちはそのために生きることを生きがいとしている。しかし、その世界にいない人は彼らを疎ましく面倒くさく思っている。彼らは彼らの正義に媚びていて、その媚びに周りを巻き込んでいるようにしか見えないからである。その証拠に彼らはウエガイコクの研究が大好きであるし、一過性の世界③流行に一時期だけ乗っかることもあるのである。それはその世界外の人間からしたら誠に滑稽なのだ。
ピョコルンは犬や猫に近いようなペットの種類の一つだったのに、いつのまにか性処理を担うようになる。それにより女性は性処理の役目が無くなり「私たちの代わりに犠牲になってくれてありがとう」と思うようになる。そしてピョコルンは愛くるしく鳴くことしかできないので、性処理することを喜んでいるように、人間に媚びているようにしか映らない。この構図も現実でたびたび見られると感じる。
そしてリセットが起こる。
みんなの愛玩動物の真実が明かされる。
下巻は49歳から始まる。
リセット後の世界が描かれているが、世界の様相と価値観の変化がとてもリアルに感じた。
これが現実だとしてもこのように変化するのだろうと感じる。
恋愛は友愛となり人間に対して性欲を抱くのは禁忌とされた。空子自身ピョコルンに性欲を感じるようになるのが集団心理の恐ろしいところである。
また、いつしか女児にとって痴漢は憧れとなり、性的魅力を社会から認められた証拠とされる。そんな世の中になったにも関わらず、空子と白藤さんは京介さんに警戒しなくてはならない。
ピョコルンは家事や育児を担うようになり、それが理想の家族のモデルとして機能するようになる。ピョコルンによる家事への淡い期待と波ちゃんの希望により見た目で選んだピョールは家事ができず、高いお金を払って家事をする空子たちには同情してしまう。さらにおいしくない料理を食べさせられるなど、無邪気で何も知らない波ちゃんだけがピョールを肯定している家の中で空子たちはなぜかピョールに媚びなければならなくなる。
そしてピョコルン同士の性行動。それを無かったことにしようとする白藤さんはピョコルンの人権を守ろうとする正義の人というよりむしろ、汚いことにはふたをする未熟な人間のようにも見える。
正義のために生きる、世界③では輝いていた白藤さんは疎ましい人間の典型となり、世界の変化に適応できず過去にばかりすがって生きている。
賢く世界に適応して生きることを選んだ奏さんは、社会的に地位を得ている。
同じ世界③の住人であった、友愛で結ばれていた二人にどんどん差が生まれていく様子には悲しく感じつつも、どこか「白藤さんの頭が固いだけでは?」という冷めた自分にも気付かされる。
琴花ちゃんと波ちゃんの差もこれまたリアルである。
二人はラロロリンキャリアの違いがあるゆえに会話のレベルにも違和感レベルの差がある。それは事件の後に顕著になる。
母は奴隷から解放され、空子は儀式への参加を決め、事件が起こる。
白藤さんはきっと波ちゃんと琴花ちゃんとピョールに利用されながら正義と過去に媚び続けるのだろう。母は他人に利用される娘を誇りに思うだろう。
奏さん、匠くん、母...そして世界は循環するのだ。
Posted by ブクログ
グロテスクなディストピアはさらに進化し、ついに主人公はピョコルンになることを決意する。本当に気持ち悪いが、ついつい読み進めてしまう。
Posted by ブクログ
上巻ほどではなかったけれど、終わり方も衝撃で余韻が残ります。
人間の反応が多様に描かれていて、読み終わったあとも価値観や正しさについて考えさせられる。
何が大事なのか答えは出ないけれど、価値観の問いが残る物語。
Posted by ブクログ
まずこの作品は、これまであらゆる小説が描いてきた人間の内側という邪悪で弱い核を思い切り剥き出しに切り刻む異常な包括力を持つ爆弾です。
〇「リトル空子」への羨望と不気味さ
相手によってキャラクターを使い分ける。誰もが無意識にやっている「人間あるある」を極端に純化させた空子の姿に、私はどこか共感を抱きながらも、拭いきれない不気味さを感じていた。
私自身は、彼女のように器用に自分を切り替えることが得意ではない。だからこそ、その「器用さ」への羨ましさも少しだけある。素の自分(=世界99)から、1や2の世界へ滑らかに越境できないもどかしさを抱えているからだ。
〇階級が年齢を飲み込む世界
本作で最も唸らされたのは、登場人物たちの「喋り方」だ。「恵まれた人」「クリーンな人」「可哀想な人」。彼らの言葉は、年齢や個性を反映するのではなく、所属する階級によって徹底的に色分けされている。読み進める中で、年齢が示される度に「あ、そうか、この人はそのくらいの年齢だったのか」と驚かされた。老若男女ではなく、属性としての「クリーンさ」が個人の年齢すらも透明化させてしまう。この描き分けは、階級を強調するための意図的な演出だろう。
また、作中に登場する**「ウエガイコク」「シタガイコク」**という言葉の響きには、冷や汗が出るような既視感がある。
私たちは無意識のうちに、欧米諸国を「ウエ」として仰ぎ、アジアやアフリカの途上国を「シタ」として見下してはいないか。その傲慢な選別意識は、すでに私たちの現実の中に深く根を張っている。
〇「ありきたりな悪」とリアルなディストピア
一方で、ラロロリン・ブレーン・グループが掲げる「人間は地球にとって有害だ」という主張には、少し既視感を覚えた。ムスカや檜山蓮といった、さまざまな作品の悪役が語ってきた「ありきたり」な論理に聞こえてしまったからだ。
しかし、その主張の裏側にある「空気感」は、驚くほど現代と呼応している。
感動や「可哀想」が安全な場所にいる人の娯楽になり、汚い感情が徹底的に排除されていく。この「小説通りになりそうな予感」こそが、本作の真の恐怖かもしれない。
〇記憶のワクチンは「マトリョーシカ」の夢を見る
最後に、どうしても拭えない疑問がある。
記憶のワクチンを摂取し、「典型的な人生の記憶」を共有することで、世界は本当に幸せになるのだろうか。
「こういう記憶を摂取したから、私は今こういう状態だよ」とあっけらかんに明かせる状態は、一見すれば、隠し事のない「世界99(素の自分)」の実現に見えるかもしれない。しかし、おそらくそれは救いではない。「説明している自分」をさらに俯瞰で見ている「別の自分」が、どこまでも入れ子構造(マトリョーシカ)のように存在し続けるのではないか。
空子が要所で目にした、他人には見えない「雨」。もし記憶が自分を守るために改竄されるものだとしたら、あの雨は、終わりのないマトリョーシカの地獄から彼女を守っていた最後の境界線だったのかもしれない。本来の感情を鎮静させ、均質な記憶を打ち込み続けたその先で、私たちの精神は爆発せずにいられるのだろうか。それとも、爆発することすら忘れて、透明なまま増殖し続けるのだろうか…
皆様の感想やコメントもお待ちしております!
Posted by ブクログ
第一印象は、とにかく壮絶…。
でも、自分が目を向けていないだけで、どこかでは起きていても不思議じゃない世界だよなと思って、それこそ“自分の中の世界99”なんかもしれないって感じた。
最後に主人公がピョコルンとしてリサイクルされた視点から、その後の生活や物語が少し語られていたけど、“記憶の調合”って言葉もあって、もしかして自我を持ったピョコルンになっているのでは…?と考えずにいられなかった。
綺麗な人、クリーンな人が増えていく流れの中で、思想や時代は結局また別の形で堂々巡りするのかも…なんてこともよぎって。
読後もしばらく考えさせられる作品やった。
Posted by ブクログ
電子書籍でちまちま読み進めていった。
上巻は割とスルスル読めた気がするけれど
下巻は中弛みしてしまい、この物語をどう締めくくるのかだけ気になって、少し10%ほど読み飛ばし気味になった。
中身の無い空子のことを全く理解できない人物だとは思えなかった。むしろ相手や環境やコンディションによって自分持っている面を変えている感覚は私にもあるし、
しんめいP著作『自分とか、ないから』にもあるように
自己の確立っていっても、そもそもはこれまで出会った人や環境から刷り込まれたものでできているのだと考えている。
MBTIなどの自己分析系の診断テストも「時と場合によらん?」と思ってしまって出来なくて、そんな自分はブレブレで良くないのでは…と思ったこともあったけど、朝井リョウさんが全く同じことを何かで喋っていて何故か泣きそうになるくらい共感しすぎたりして。
話が逸れた…
この作品は非現実的なディストピア小説とはいえ今の現実世界を誇張したような世界観だったように思う。
男尊女卑の世界観とか、女性に求められている世間の厳しい目とか、多様性云々とか、村田沙耶香さんの怒りにも似た主張が伝わってくる気がした。
Posted by ブクログ
ピョコルン、母ルン、ウエガイコク、シタガイコク、恵まれた人、クリーンな人、かわいそうな人、存在しない人
見事なディストピアの描写。そして、それは現実の世界の持つ側面。
Posted by ブクログ
この本を読み進めるなかで嫌というほど味わった、悍ましさ、気持ち悪さ、嫌悪感、恐怖、哀れみ、怒り――そうした「マイナスの感情」は、この先も忘れ得ぬほど強烈な教訓として残った。
それは「勉強になった」とか、「ディストピア感がすごい」といった、処理しやすい言葉で片づけられる類のものではなく。
彫刻刀で彫り込まれたかのような、無数の傷が脳に刻まれたまま、鈍く疼くような重さとして残り続けている。深く抉られた彫跡は、元通りに修復できない。だからもう、どんなに直視に耐えない醜悪なものであろうと、見なかったことにはできない。
その上で、このどうしようもない私たち人間が生きる世界を、村田沙耶香はどのように終わらせてくれるのか。小説としての面白さについては、正直に言えば、もう一捻り欲しかったというのが率直な感想である。
Posted by ブクログ
村田沙耶香さん初めて読みました。
独特な世界観
周りに合わせた自分、世界ごとの自分が
多少の共感もありつつ、極端な自分観があると
生きづらいよなとか…わりと考えさせられる本でした。
ただ長い…
Posted by ブクログ
なかなかハードな描写も多く刺激強めで強烈な作品でした。読み終わったらどっと疲れてしまい開放感が凄まじかったです。あの世界観や価値観に共感できない、理解しきれない私はもしかしたらすごく幸せなのかもしれないと思いました。
Posted by ブクログ
面白い世界創るなぁ。
村田沙耶香の描く世界観、
好きなんだよなあ。
面白いとは言っても、
異様で暗くて重い世界の姿。
異様なのはこちらから眺めているからで、
その中にいるとわからないものだろうな。
今僕らが生きてる世界と、
なにが違うのか?
たいして違わないのかもな。