【感想・ネタバレ】世界99 下のレビュー

あらすじ

小説というものの輪郭が、いわば地球を覗く窓の形が、本書によりまた大きく更新されました。
それはつまり、この本の中で初めて寛げる人がいるということです。
救済と爆弾は同じ姿で在れるのだと気付かされました。
朝井リョウさん(作家)

本当は貴方もわかっていたんだろう? と迫る声が脳内に鳴り響く。
熱に浮かされるようにページを捲る手が止まらない。
これは本型ワクチン。
世界99に誘われ、もう元いた場所へは戻れない。
宇垣美里さん(フリーアナウンサー・俳優)

足元の地面がふいになくなり、
正常と異常の境目が消え失せ、目眩がする。
人間という生き物の滑稽さ、グロテスクさ、美しさ、不思議さが、
この本の中にすべて詰まっている。
岸本佐知子さん(翻訳家)

空子がこの世界で体に蓄積する小さな暴力の音とか、風とか、どれも僕の心に刻まれていきました。
物語で一緒に過ごせた時間は、僕の宝です。
ロバート キャンベルさん(日本文学研究者)


私たち、ピョコルンに、全部捨てられるようになりましたよね。
性欲を。出産を。育児を。介護を。人生の時間を食いつぶす、あらゆる雑務を。

14年前、「リセット」を経験した人類は混乱の最中にあった。
しかしラロロリン人の考えた「人間リサイクルシステム」がうまく機能し、やがて社会は再生を迎える。
そして49歳になった空子は「クリーンな人」として、美しく優しい世界を生きている。生まれ育った街「クリーン・タウン」の実家に戻り、同級生の白藤遥とその娘・波とともに。
ようやく訪れた穏やかな社会の中心には、さらなる変貌を遂げたピョコルンがいた。

村田沙耶香渾身の大長編、ここに完結。
都合の良い「道具」・ピョコルンを生み出した果てに、人類が到った極地とは――。

【著者略歴】
村田沙耶香 (むらた・さやか)
1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術文化学科卒。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞受賞。著書に『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『変半身』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『信仰』などがある。

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Posted by ブクログ

世界99下巻、中断しつつ2ヶ月くらいかけて読み終えました笑

バケモンだなやっぱ村田沙耶香って。

物語自体も独特で面白いけど、終始作者はなぜこの発想に至るのか。
に思考が引っ張られていた。

この世界にいたとしたら…
ピョコルンにはまだ自分はなりたくないなあ笑

にしても世界99と自分が重なると思う部分は少しある。
空子みたいに世界を分けるのに似たようなことを自分もやっていて、それが趣味や分野ごとにSNSのアカウントを分けていること。
このアカウントではこういう言葉遣いでつぶやこうとか。
ここではここからここまでを曝け出そうとか。

このアカウントは①のアカウントより落ち着いている人が多いから自分もリラックスした丸い性格で呟けるなぁとか。

どこか架空なんだけどちょっとリアルさも時に感じられた。

それから自分は犬を飼っているから、もしこの子の中身が死んだ人間だとしたら…なんで考えたらゾッとする。
その反面、その中身の人間が〇〇だったら…
家での行動をもしその人に全部見られてたら。
みたいな変な妄想をしたりして楽しんだ。

村田沙耶香の作品は、いい意味で頭の使ってない部分を使ってるような考え方をするからなんか、狂う。いい意味で。

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2026年05月25日

Posted by ブクログ

統率されてく社会怖い。今も遺伝子とか知能とか、最適解が徐々に分かり始めてる世界になってきてるから、いつかこの世界も一つの良いものに向かって収束してく気がする。
後半、役たたずのピョコルンにイライラしてしまった。気持ち悪い世界観で面白かった。
世界99に住んでる人は、多分沢山いる。

○49歳
白藤さんは、10%の「かわいそうな人」そのものの行動をするので、たまに一緒に買い物に行ったりするととても恥ずかしい。どうして、「怒り」だとか「憎しみ」だとか、誰かを「叱る」だとか、そういう「汚い感情」を持ち続けているのだろう?

私たちは矛盾している。でも、矛盾してなかった私たちなんて存在しただろうか?なのになぜ、薄気味悪い「汚い感情」をわざわざ表に出して「お前たちは嘘つきだ」と言わんばかりの顔をするのだろうか。嘘つきじゃない私たちなんて存在するのだろうか?

「ピョコルンができたことで、性犯罪は減りましたよね。私たちは、私たちは、ピョコルンに・・・・・・」
捨てることができるようになりましたよね。
自分の性欲を。人生の時間のほとんどを食い潰されてしまう日常の中の名前のない雑務を。「汚い感情」を。他者の「汚い欲望」を自分の肉体で処理される苦しみを。出産することによる肉体の損傷を。ピョコルンの能力でできる範囲の、最大限の育児を。さまざまな老いた家族の介護を。
私たち、ピョコルンに、全部捨てられるようになりましたよね。そのことは、私たちを昔よりずっと、幸福にしましたよね?

めんどくさいな、興奮させやがって、と、かつての明人や底くんが口にしそうな言葉が、自分の内側から這い上がってくる。勃起したからといって、自分が本当に能動的なわけではなく、「勃起させられている」と感じている。もっといえば、「世界中の至る所にピョコルンポルノが仕掛けられていて、それによって強制的に興奮させられている」という説明のほうが、自分の実感に近かった。

人間の配偶者。美しいピョコルン。ピョコルンが産んだ子供。
「幸せの典型例」の家族構成は、今ではすっかりこういうイメージになっていた。

なんか、人間って大体、『感情のお手本」を見ながら自分の感情作ってませんか?クラスの友達とかじゃなくて、なんか、もっと大きなお手本みたいな人がいません?前は世界①と②と③に、今は「恵まれた人』『クリーンな人』『かわいそうな人』それぞれに、きっちり準備されてる感じがするんですけど。ニュースを見ても、それが怒るべきなのか同情するべきなのかどうでもいいニュースなのか、お手本の人を見て大体自分のスタンス決めていればよかったですし。
でも、自分がそれになるときついっすね。なんか、『感情のお手本』の人って集団幻覚の実体化だから。そこからズレると死ぬほど叩かれて犯罪者みたいに扱われて生きてくことになりますしねー。そうなる前に、前もって死んでおきたいなーって思います。

○40歳
光は麻酔なんだな、と父を見て私は思った。人生や日常、肉体の苦しみや痛みを麻凍させる。よく皆が「光」と呼ぶものは、そうした痛みを和らげるための麻薬のようなものなのではないかと思うと、父以外のさまざまな人間が見せる「光」に対する反応にも腑に落ちるものがあった。

私の記憶と白藤さんの記憶、どちらが正しいのかはわからない。おそらく、どちらも実際の事実関係とは異なっているのだろう。世界は違う脳で録画され続け、その録画データである記憶は改竄され続けているのだから。生きていくために脳はなんでもするのだと、白藤さんを見てしみじみ思った。

○49歳・2
死ぬ準備というものは、作業としてはかなり面倒でどこまでやればいいのか際限がなく億劫である一方、奇妙に気持ちを安定させるものであると、実際に始めてみてわかった。
不透明だった自分の未来を計画的に処分できるということは、将来の不安が一気に削除されるということでもある。これからどんどん身体が老いていって、働くのが難しくなり、ピョールのローンと維持費が続く未来は、私を陰鬱にしていた。それが急になくなったことで、私はかな解放感に包まれていた。

○50歳
新宿御苑が真っ白なビニールで塗りつぶされていくことに、「恵まれた人」も「クリーンな人」も特に反対しなかった。白藤さんを含む「かわいそうな人」の中ではそれなりに反対の声があがっていたが、もはや大多数を占めている「クリーンな人」はそんなふうに「汚い感情」や「強い言
薬」を発したり受け止めたりするほど元気ではなく、興味も持たなかった。

「友愛と出産の結びつきのほうが強くなって、ピョコルンが性愛を引き受けるようになって、でも実際には性行為をしなくてもピョコルンに子供を産ませることができますよね。人間の性欲ってどういう意味を持ってると思いますか?」
「中毒性のある摂楽だと、音はよく言っているけど。どうなんだろうね。低俗だと思うときもあるし、高尚だと思うときもあるの、昔から。でも、本能だと思ったことはないから、やっぱり娯楽なのかも。人生って、生命維持と労働だけしかないと精神が崩壊するんじゃないかな。音といると、友愛ですら麻薬に思える。最初は陶酔して、それからもっと強いのがほしくなる」

「ああ、それはそうですよね。どんどん、完璧に調合された、善良な行動のみを生産する人間になるのに最適な記憶のワクチンが創られるようになっていく。そう思うと、今は、個人的な記憶を抱えて生きている最後の時代ですからね」
「そうなんです。これから私たちの記憶は統一されていく。記憶は個人的なものではなく、総合的な、善良な私たちになるための材料として、調合されることになる。そういう時代に、生まれたほうがラクですよね。見学席にいる私の友人は、典型的に苦しい人生だったんじゃないかと思うので。
だったら、均一に記憶が調合されて、脳に配置されて、その記憶にきちんと操作されて清潔な行動と感情しかない世界で生きていく、これからの未来のほうが、本当はあの人には向いていたんです」

このまま世界が素晴らしくなっていったら、きっと、かわいそうな人っていなくなりますよね。
みんな公平に幸福になる」
「はあ、そうですね」
「かわいそうな人って、僕、ずっと好きで、やっぱり、そういう人を見て泣くと、心が浄化されるじゃないですか。だから実際にはかわいそうな人がいなくなってからも、娯楽としての『かわいそう』は残ってくれるといいなって思います。かわいそうな人を見て泣くと、心が綺麗になるし」

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2026年05月12日

Posted by ブクログ

「可哀想」という言葉は、なんて身勝手で都合がよく厚かましい言葉だろう。その言葉を聞かされた他人は肯定しなければ、冷たい人間という烙印を押される。見る目を変えられる。
それゆえ思っていなくても同意せざるをえない。なんて暴力的で脅迫じみているのだろうか。本作を読んで非常に嫌いな言葉になりつつある。そう思わされるのは、著者の筆力というほかない。「可哀想」は「娯楽」になる、と作中に出てくる。これは当事者というよりは、俯瞰した第三者から見た景色ではあるが、そんな見方もあるのだなと素直に感心した。普段何を考えていたらこんな物語を描けるのか、尊敬なのか畏怖なのか、自分でもよくわからない感情を抱かされる。

「価値観」とは何なのか。他にもこの本を語るにあたって様々なことを焦点にして展開できるが、上下巻を通して、一貫して感じたことがそれである。
ピョコルンの存在は現実世界でいうところの将来のAIに近しいと妄想した。今はまだ無形の存在として人間に知恵や労働の手助けをしているだけだが、今後50年、100年後の世界では、有形の存在として育児、家事、介護、娯楽、性交、出産などを担っているかもしれない。そうなった世界では今の価値観では考えられないことが常識となっているのだろう。AIと結婚していないなんて今どき遅れている、と非難されるような社会となっているかもしれない。価値観なんて結局、その時代に生きやすくなるための社会からの洗脳なのだろう。
普段考えていないことに焦点当てられて、物語を通して考えさせてくれるのが小説の醍醐味だ。

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2026年05月10日

Posted by ブクログ

壮大な愛の話だった。ひたすら認めたくない加害の「共感」を敷き詰めて、行き着く先がまさかの場所でびっくりする。語られる事と、行動と、どちらがその人の本当なのだろう。
コロナ後、社会のホワイト化は拍車がかかっているように感じる。SNSという記憶(価値観)のワクチンを接種して、僕らは均一化されている。(作品の中でも「海外はそうでもない」というのが面白かった。)これは良い方向に向かっているんだろうか。

無い頭で色々考えてパンクしそうなんだけど、単純に、友愛や性愛に分類されない。いや「愛」という言葉で合っているのかもわからない、2人の関係性について、とてつもない感動を覚えた。村田沙耶香版「ちびまる子ちゃん」だと思う。

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2026年05月03日

Posted by ブクログ

一日で読み切った。いやぁ、疲れた(笑)
人間社会や人間自身のもつ醜さ、卑しさとにかく蓋をしたいことにピントを合わせてこれでもかと鮮明に、驚異的な表現力で色んな角度から突き抜けられる。SFでありながら現実世界と地続きな部分もあり私の考える常識もある世界や世代からはきっと異常性があるのだろう。今この瞬間も私は社会や国、環境に媚びて洗脳されて生きている、そう自覚させてくれる作品。

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2026年05月31日

Posted by ブクログ

村田さんワールド全開!といった感じ。現実離れした不思議な世界を前にして、はじめは首を傾げてページをめくるが、気づけばその世界の構造を理解してしまっている。それはきっと、村田さんが作り出すその不思議な世界は、現実世界の人々がもつ一面(しかもなるべく認識したくない、口にしたくない一面)を内包しているからなのかなと思う。

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2026年05月30日

Posted by ブクログ

ネタバレ

おもしろかったのは間違いない。だけどこの作品に惹き込まれた理由はおもしろかったからじゃないんだよ。うまく言えないけど、社会に順応する人間の内部に蠢いているもの、その深淵に触れるような感覚というか……。結局は怖いってことなのかもしれないけど、そんな簡単な表現で収まるものじゃない気もするんだよなぁ。私はうまく言語化できないので、誰か代わりにうまいこと説明しといてください。

従来の価値観が崩壊し、新しい常識の中で生きていく人々。その中には当然、過去を捨てきれずに、自分の中の正しさを追い求め続ける者もいる。しかし、周囲に白い目で見られ、自身の幸福を投げ売ってまで、その信念を貫く意味はあるのかなと私自身も思ってしまう。そもそも正常、常識的であることというのは、結局は多数派の考えに合わせるということだと思うので、この考え方からすれば前述する人は異常者ということになる。社会という大きなコミュニティの中のマジョリティをそう簡単には崩せない。まぁそれが起こってしまったのが前巻の最後なわけだけども。簡単に崩すことはできないけど、崩れてしまえば変わるのは一瞬、ということだ。そういう人間の薄情さみたいなものを感じるのもこの本を読むのがしんどい部分の一つかもしれない。

また、この世界ではピョコルンなる生物が家事や育児、性欲処理、なんと出産までも担当する便利な存在として君臨している。実際はそこまで完璧にすべてをこなせるわけでもなく、所有者はその尻拭いをさせられ疲弊しているのだけど、そんな便利なものを持っているあなたたちは楽をしている!ズルい!と陰で言われてたり。
不憫だなと思いつつも、物が違うだけで今の状況とさほど違いはないなとも感じる。世の中どんどん楽になってはいるけど、人間の介在まったくなしでできることはそんなにない。結局は誰かその作業を担う人がいるわけで、そういう人たちの存在を軽視してますよね?と言われているようでグサグサ刺さりました。
普段目に見えないところを勝手に想像して自分たちに都合のいいように解釈する人間の悪いとこ出てるわー。私もその人間の一人だわー。もう人間でいるの嫌だわー。

ということで、あんな結末になるのもわからないでもないんだよ。そう考えるとこの物語はハッピーエンドと言えなくもないのかもしれない。悍ましいけど。

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2026年05月27日

Posted by ブクログ

差別・利用の矛先の循環、感情の循環、色々考えさせられる話だった。上巻よりずっと問題提起感が強いように感じた。恐らくこの物語のことを理解しきれていないので、曖昧な感想しか出てこない。もう一度読み返したい。

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2026年05月27日

Posted by ブクログ

既存の世界が崩壊してリセットされた後の話
人間のいい加減さが表されてる内容が続く
生きるためには都合の良いように物事を捉える力が必要だよねって再認識した
最後らへんの展開がそこらへんのSF小説も真っ青なディストピア展開で面白い
ちょっと変わるけど、インザメガチャーチが資本主義の系譜としたら、こちらは社会主義的な話で終わる

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2026年05月20日

Posted by ブクログ

読後、真っ先に伊藤計劃の『ハーモニー』を思い出した。
病も不条理も調停されたあの世界と同じように、本作のピョコルンの世界は、一見クリーンでありながら「人間が死んでいくような感覚」を抱かせる。

生殖も介護も、人生の「面倒くさいこと」や「泥臭いこと」をすべて外部化して手に入れた平穏。そこに人間らしさはあるのだろうか。読んでいると、どんなに不条理が多くても、泥臭く生きていきたい、あの生々しい「人間的な感覚」を取り戻したい、ピョコルンのような世界は創りたくない、という強い拒絶感が湧き上がってくる。

しかし、本を閉じて現実を見渡したとき、もう一つの冷徹な思考が頭をもたげる。
そもそも、現実の私たちがそこまで完璧な管理社会(ユートピア)を創り出せるかといえば、おそらく無理だろう。

だとするならば、私たちはむしろ、あの「ピョコルンの世界(=徹底的な効率化や苦痛の排除)」をひとまずの目標として目指し、科学を進歩させ、社会的な評価を追い求めておいても損はないのではないか。なぜなら、私たちが生きる「目の前の現実の人生」においては、科学の恩恵や社会的な達成もまた、等しく重要で不可欠なものだからだ。

「人間らしさのために泥臭くありたい」という倫理的な願いと、「現実をサバイブするために進歩を求める」という実利的な割り切り。
自分の中で、この二律背反する結論に着地して良いのかはまだわからない。しかし、綺麗事だけでは片付けられない現代の生きづらさに対して、ひとまずの、そして切実な私の感想だ。

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2026年05月18日

Posted by ブクログ

ネタバレ

なんというか、異世界?それとも未来?世界が少しずつ変化していき主人公だけが感情がない世界から最終的に全ての人の感情が統一されるのが幸福なのか不幸なのか、とにかくいい意味でムズムズさせられた。感動は娯楽。それは世界99の話だけでなく、私達の世界にも通ずるものであることはもう下手に感動できないな笑と思わされた。

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2026年05月17日

Posted by ブクログ

 上巻は10歳の記憶から始まる。相手により自らのキャラを変えて人格を重ねていく女性の物語で、キャラを変える自分と対比する対象である白藤さんとの出会いの記憶からだ。キャラを相手によって変えていくことは、程度の差こそあれ誰もが経験していることなので “キャラ変ネタで下巻までどうやって物語を維持するんだ?と思っていただけに、上巻終盤に受けたショックは大きかった。差別的な世の中に生きる主人公のエピソードだけではなく、とんでもない要素を加えられ、より加速度を増して下巻を読み進めていった

 性別、人種等目に見えるモノから、DNAの特性といった見えないものまでを差別、格付けの具にする苦しい世界を著者は描いている。ページを繰るごとに語られる物語は、差別的で暴力を内包している現実世界を描写しているが、グロテスクな感じがなく、ただ淡々と語られていく。まるで、フィリップ芸のあるあるネタを見ているようだ。

 物語は、清潔で美しく皆幸せに暮らすユートピア世界に至り落着くが、それはとんでもないディストピアの様相を呈していた。

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2026年05月12日

Posted by ブクログ

ネタバレ

これだけの量を積み上げてきた物語の最終章があのボリューム、かつあっさりした描写。個人的には最後にもうひと山を期待してしまったが、均一化された世界の表現としては妥当か。

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2026年05月09日

Posted by ブクログ

ネタバレ

上巻では、高級愛玩動物であるピョコルンが、実は差別対象であったラロロリン人をリサイクルした存在だったことが明かされる。これにより、それまでの常識が覆り、差別されていた側が一転して価値のある存在になる。“正しさ”や“常識”は時代や状況によって変化する脆いものだと感じた。

また、『感動は娯楽であり、かわいそうな人はみんなの娯楽』という描写が心に残った。私は女性であることで嫌な思いをした経験があり、自分を被害者側だと思っていた。しかし同時に、自分より弱い立場の人を無意識に探し、同情することで安心感を得ていた部分もあったのではないかと気づかされ、自分の中にある差別意識や醜さにゾッとした。感動することと見下すことは、本質的には表裏一体の様に描かれていたことも印象的だった。

作中で“クリーンな人”という分類が生まれて以降、人々の思考停止が加速していく。確かに、何も考えずに正しさへ従うことは楽である。炎上や他者からの批判を恐れ自分の本当の意見を伝えず包み隠して相手や世間に合わせることで自分を守っているのかもしれないがどんどん自我が薄れていく…この感覚は自分も経験があったので共感しながら読み進めた。

クリーンな人、かわいそうな人、恵まれた人――誰が正しいのか最後までわからなかった。そして、登場人物たちが誰一人として楽しそうに生きているように見えなかったことも印象的だった。その閉塞感が、登場人物達の“死にたい”という感情につながっているように感じた。

ラストではワクチン接種が進み、人々が同じ価値観を共有する“クリーンな世界”が完成していく。その世界では皆が穏やかに微笑んでいるが、私には非常に不気味に映った。自我が薄れ、同じ思考を持つことが善とされる世界は、まるでクローン社会のようだった。また、現代社会もAIが普及することで、人間も“効率的で正しい答え”を求めるようになり、多様な価値観よりも均一性が重視されやすくなってきているのではないかと感じる。本作はAIと人間が共存する未来への皮肉にも見え、強い薄気味悪さを感じた。

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2026年05月07日

Posted by ブクログ

長編でここまで飽きさせずに壮大な世界に引き摺り込むのはさすがの一言。内容が衝撃的なので、ちゃんと毎日少しずつ読んでも設定を覚えておけるのは良さか。
ただ、美しさを見るために読んではいけない。どこかの書評にあった「ディストピア」という言葉がとても似合う作品。

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2026年05月06日

Posted by ブクログ

上巻はまだ眺めていられる感じだったけど、下巻はもうよくわからないところでなんか凄いことしてるなぁと遠くを見るような気持ちで読みました。

「世界99」を読んでいて感じる気味悪さや異質さは、今の自分の世界で感じるモヤっとした気持ちが強調されて形になって動き出してることなんだろうなと思うのだけれど、明確にこういうことか!と把握することは私には一読では難しいと思いました。

今後、生活の中で「あ、世界99の中でもあったやつだなー」と気がついて理解していけるのかもしれない…?

心で「ギョエェェェ!!!!」となりながらも、普通では得られない読書体験ができました。

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2026年05月01日

Posted by ブクログ

本作は、支配する側と支配される側という明確なヒエラルキーの中で生きる人々の姿を通して、現代社会の歪みを鋭く浮かび上がらせている。主人公・空子の家庭環境においても、母親は父親に絶対服従し、その構図は無意識のうちに空子へと継承されている。空子自身もまた、母親を道具のように扱う存在となっており、支配と従属の連鎖が個人の内面に深く組み込まれていることが印象的だった。

物語の舞台である「クリーンタウン」は、過去に縛られない理想的な社会として設計されている。しかし実際には、差別意識やいじめといった問題が根強く残っており、「新しい世界」であっても人間の本質は容易には変わらないことが示唆されている。この点に、現実社会との強い連続性を感じた。

空子という人物は、感情の発達が鈍い一方で、他者の言動や空気を鋭敏に読み取る能力に長けている。彼女は他人をトレースしながら自己を形成していく存在であり、その姿は「人は他者との関係性の中で自己を構築する」というテーマを象徴しているように思える。ただし、彼女の高い認知能力は必ずしも主体性の獲得にはつながらず、特に異性との関係においては、両親の関係性をなぞる形で従属的な態度を取ってしまう。この点に、人間がいかに無自覚に環境を内面化してしまうかという怖さを感じた。

また、ピョコルンという存在は非常に示唆的である。彼らは女性の雑務を代替することで生活を効率化するが、その一方で新たな問題も生み出している。利便性の向上が必ずしも人間の幸福につながるわけではないという点は、現代のテクノロジー社会にも通じる重要な論点である。

作中では、「知能の高い者が責任を負うべき」という価値観や、常に他者からの評価を意識する“他人軸”の生き方が描かれている。しかしその世界は、決して自由でも幸福でもなく、むしろ空虚さが際立っている。自分自身の意思や責任に基づく“自分軸”が欠如しているために、人々は生きる意味を見失い、ただ社会の中で機能する「道具」として存在しているように見える。

こうした状況からの脱却として提示されるのが、「ピョコルンになる」という選択である。それは単なる死ではなく、人間という枠組みを離れ、別の形で社会に貢献する存在へと移行することを意味しているように読める。家族の形や常識が変容していく中で、人間とは何か、生きる意味とは何かという根源的な問いが突きつけられている。

『世界99』は、極端な設定を用いながらも、現実社会の構造や人間の在り方を象徴的に描き出した作品である。読み進めるほどに、自分自身がどのような価値観に支配され、どのように他者をトレースして生きているのかを問い直さずにはいられない。読後には、不穏さとともに強い内省を促される一作であった。

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2026年04月29日

Posted by ブクログ

ネタバレ

誰かをトレースして、キャラクターになる
この場面では、この感情、このセリフを言えばいいんだ
いつもその世界の正解を探して、振る舞う
その感覚を知っている

世界に媚びている感覚を私も持ったことがある
媚びている人だと思ったこともある
誰かに役割を押し付けたことも、押し付けられたこともある
これは、突拍子もない話ではなく、
この世界の成れの果てだと思った

平均的な記憶をみんなが持つのだから
平和なはずなのに、息苦しい

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2026年04月27日

Posted by ブクログ

上巻はどんどん読み進めて、しんどい・苦しいところもありつつ話の内容は掴めた。
ピョコルンとか、ラロロリン人とかSF要素はありつつ現代社会への問題提起にもなっていた?かと思えた。

そのまま下巻でどうなるかと思いながら読んだ。
読み終わりました。
正直分からない!天才すぎて分からない!

空子がピョコルンになったけど…
村田沙耶香さんは何を1番に伝えたかったんやろ…

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2026年05月31日

Posted by ブクログ

ネタバレ

「世界99上」に比べて話がだいぶ難しくなったように感じます。
リセット後の世界が統一されてきて、それが汚い感情のないクリーンな世界。そこには感情も表情も感動もない、かわいそうな人もいない。そんな素敵な世の中で記憶を操作してロボットのように生活する⋯なるほど、面白い結末になったなと思いました。
ピョコルンが最初から最後まで大活躍で、ここまで重要な鍵を握っているとは上の時点では予想していなかったです。
また、村田さんの女性の性に対する考えや出産や育児に対する想いが所々の言葉(搾取など)で溢れていて、やっぱり女性ならではの思考だなと共感しました。特に「母ルン」という言葉は私の中で大ヒットです!思わず笑ってしまいました。私も母ルンですし、世の中のがんばっているママたちを見る度に「がんばれ、母ルン!!」と応援したくなります。
泣いて笑って怒って、一生懸命空気読んで、場面場面でキャラ変えて、1人の時にホッと一息ついて、各々の寿命まで人生の楽しみを見つけていきましょう!

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2026年05月30日

Posted by ブクログ

苦手な要素を次々突きつけられ、頭がパンクしそうだった。

人は“都合のいい物語”を作って生きている。忘却も改竄も、他人事じゃない。

もう二度と読みたくないような、
でももう一度読みたいような作品。

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2026年05月29日

Posted by ブクログ

上まではめっちゃおもしろかったのですが、
下でちょっと飽き始め、
下の後半からはもう、もう村田沙耶香いいかも!!!!って気持ちになってしまった

村田沙耶香さんは本当に人間の不気味さを描くのがうますぎる。そして、言葉にならないモヤモヤっとした気持ちや感覚を言語化するのがめちゃくちゃ上手すぎる!!!これ以上の表現はないだろってくらいそれがうまい。ただ、不気味が続きすぎて何が何だかわからなくなってきて、えっえっえって感じで終わって、結局得られたものは人間って何者も不気味だよねってことだった笑

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2026年05月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

上巻ラストで世界中に衝撃を与えた『リセット』から14年、空子は人畜無害な『クリーンな人』として実家で旧友の白藤遥とその娘の波と暮らしていた。

リセット以降人々の価値観が変わり、ピョコルンは家事や出産ができるまでに改良され、よりSF感が増した世界。
他者を嫌ったり怒ったりすることは『汚い感情』とされ、クリーンであることを求められる世界に空子は上手に馴染んでいるが、同居人の遥はリセット前の価値観を捨てることができずに疲弊しており、娘の波もそのことに不満を抱いている。

14年経っているということもあり、上巻とはガラッと雰囲気が変わった様にも見えるが、クリーンな世界でも差別意識や性的搾取はなくならないどころか、リセット前を知らない波の世代の無防備さがハラハラする。
そして差別や搾取が当たり前だった時代を適切に『媚びて』危険を回避してきた空子は無防備な波や変われずに疲弊する遥を世界99から傍観する。

だいぶSF的なラストに行きついたけど、空子結局それは使われる側になってしまってない?それとも世界99ですらないところに行きついているからそれはそれでいいのかな?

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2026年05月21日

Posted by ブクログ

気持ち悪さを我慢しながら読み、共感もする。女子が性的なものとしていつの時代も見られている苦しさは、しつこく最後まで描かれる。

ピョコルンになったら感覚はどうなるんだろう?
この世界で得をしているのは誰なんだろう?
ラロロリン人は結局幸せなのか不幸なのか?

性癖、女子蔑視、見下し、いじめ
汚いものを取り去ったら表向き綺麗な人がそろうけど、その世界の人は幸せを感じているのだろうか。面白くないのだろうか。

最後まで不思議だったのは、ピョコルンのサイズ。
人間のいろんなものが詰まっていたら、背丈のちっちゃいサイズに収まらないような気がするのだけど。

。。。。
【読書メモ】
クリーンタウン
ピョコルン キュウキュウ
ラロロリン人、ラロロリン遺伝子
かわいそうな人、クリーンな人、恵まれた人
上外国
下外国

世界1 地元(象徴的な場所は居酒屋)(あみちゃん)
世界2 職場、自分磨き、キラキラ、新しい物好き(象徴的な場所は誰かの家で開かれるサロン)
世界3 理想主義者、世の中と戦う(象徴的な話題は、事件があった場所に追悼し、話を聞きに行く)(白藤さん)
世界4 傷つかない世界、綺麗な言葉しか使わない
世界8 男性性かきつい人、小児性愛者(匠お兄ちゃん)



世界99 空子のような、相手によってキャラを変えることができ、いろんな世界を楽しむことができる人が素になるとき意識する世界(小早川さん)


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2026年05月20日

Posted by ブクログ

初・村田沙耶香さん。
リアルな世界とディストピアが、絶妙なバランスで表現されていて、ときに涙が出そうになったり、ときに吐き気を催したり、情緒不安定な読書となった。
小説ってだいたい主人公にすごく共感できるか、まったく共感できないかのどちらかが多いような気がするが、そのどちらもを同時に体験した不思議な感覚。多重人格とペルソナの境目に、根底に流れる差別とミソジニー、呼応と支配について、そのほか諸々、ずっと答えの出ない問題を考え続けながら読んだ。
やはり答えは出ず、まだ混乱したままである。

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2026年05月13日

Posted by ブクログ

上よりも生々しい表現はなくて、その分民族的というか哲学的な描写が多かった。

改めて……今の現代社会を痛烈に風刺してるなーと思う。
文章で読むと絶対的に違和感があるのに、でも確かに今の社会ってそうだよなーって。

とりあえず上下合わせて約800p、脳みそぐらぐら。

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2026年05月09日

Posted by ブクログ

『世界99 下』を読み終えて感じたのは、この物語は「結論を出す話」ではなく、「構造を見せ切る話」だということだった。

上巻で提示されていた違和感は、下巻でさらに具体的な形になる。とくに大きいのは、「世界が整理されていく過程」だ。

下巻では、人間が“クリーンな人”“恵まれた人”“かわいそうな人”のように分類されていく。この分類は一見すると合理的だし、優しさにも見える。誰かを責めるわけでもなく、対立も減る。だから社会としては安定する。

ただ、読み進めるうちに違和感が強くなる。なぜかというと、この仕組みは「排除しない代わりに固定する」からだ。

かわいそうな人は、ずっとかわいそうな人のまま。
クリーンな人は、ずっとクリーンな人として振る舞い続ける。

表面的には優しいが、実際には人間の変化やズレを許さない構造になっている。

ここで見えてくるのは、「正しさ」の怖さだ。誰も傷つけないように整えられた価値観ほど、強く人を縛る。暴力で抑えつけるわけではないのに、人は自分からその枠に合わせていく。

下巻は、この“静かな支配”をかなりはっきり描いている。

もう一つ印象に残るのは、主人公・空子の変化だ。

上巻では、環境に合わせて人格を切り替えることで生きていたが、下巻ではその状態がさらに進む。
周囲にとって都合のいい存在として、違和感を持たずに振る舞えるようになる。

ここで重要なのは、「無理している感じ」がなくなることだ。苦しみながら適応するのではなく、自然にそれができてしまう。

これは成長にも見えるが、同時にかなり怖い変化でもある。なぜなら、自分で考えているつもりでも、実際には環境に合わせているだけ、という状態に近づいているからだ。

終盤の空子の選択も、この延長線上にある。何かに抗うわけでもなく、かといって流されるだけでもない。
ただ、これまでの積み重ねとして「そうなるしかなかった」という形に見える。

このあたりは、読んでいて一番引っかかるポイントだった。

全体として下巻は、「人はどこまで環境に合わせてしまうのか」という話になっている。

自由に見えても、実際には選択肢はかなり限定されている。その中で合理的に動けば動くほど、同じような場所に行き着く。

それは極端な未来の話ではなく、今の社会にもそのまま重なる感覚がある。評価されやすい行動を選び、無駄を避け、空気を読む。その積み重ねがどこに行き着くのかを、少し先まで見せたのがこの作品だと思う。

下巻は、上巻よりも派手さは少ない。その代わり、「どういう仕組みでこの世界が成立しているのか」をしっかり見せてくる。

そして最後まで、明確な答えは出さない。ただ、「こういう形になる」という結果だけを提示する。

読み終えたあとに残るのは納得ではなく、引っかかりだ。でもその引っかかりこそが、この作品の価値だと思う。

『世界99 下』は、物語としての面白さよりも、「自分たちの生き方がこのまま進むとどうなるのか」を見せることに意味がある。

だから読み終わったあと、すぐに消化できない。むしろ、時間が経ってからじわじわ効いてくるタイプの一冊だと思う。

#2026年15冊目

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2026年05月05日

Posted by ブクログ

上巻では変な人と思っていた空子が下巻では普通の人、に見えてきたから不思議だ。
人の価値観が一変する“リセット”的なことって現実でも定期的に起きている気がする。何が正常か、異常か。
人間がひとつの感情に統一されていっている、それが良しとされている、というのは現実世界でも起きていることなのかな。

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2026年05月03日

Posted by ブクログ

終始気色が悪い作品だった。
ここまで薄気味悪いこの味を出せるのはきっと村田沙耶香さんの持ち味だろうな。

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2026年05月19日

Posted by ブクログ

下巻は上巻より、重みも気味の悪さが増して読み進めるのがしんどかった。(特にピョコルンがトラウマになりそう。。)

「私たちはみんな人間ロボットで、自動的にできたペルソナに支配されているだけの空洞」と表現される通り、一部の人を除いては、前半と後半で社会における立ち位置も人間関係も発する言葉もすべてが変わる。

絶対おかしい世界なのに、大衆は考えることを放棄する(放棄させられる)ことでなんだかんだでうまく適応し、自分の意思を強く持つ一部の人たちは狂っていく。世界の基準は定期的にリセットされ、リセット前と後では180℃変わるが、表面的には何事もなかったかのように人々の生活は続いていく。

著書はこの世界をこんな感じで捉えてるのだろうかと思うと、とてつもなく大きいダメージを負う。村田作品はもう当分読みたくないけど、でも次作が出たら多分読むのだろうなと思う。

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2026年05月24日

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