あらすじ
小説というものの輪郭が、いわば地球を覗く窓の形が、本書によりまた大きく更新されました。
それはつまり、この本の中で初めて寛げる人がいるということです。
救済と爆弾は同じ姿で在れるのだと気付かされました。
朝井リョウさん(作家)
本当は貴方もわかっていたんだろう? と迫る声が脳内に鳴り響く。
熱に浮かされるようにページを捲る手が止まらない。
これは本型ワクチン。
世界99に誘われ、もう元いた場所へは戻れない。
宇垣美里さん(フリーアナウンサー・俳優)
足元の地面がふいになくなり、
正常と異常の境目が消え失せ、目眩がする。
人間という生き物の滑稽さ、グロテスクさ、美しさ、不思議さが、
この本の中にすべて詰まっている。
岸本佐知子さん(翻訳家)
空子がこの世界で体に蓄積する小さな暴力の音とか、風とか、どれも僕の心に刻まれていきました。
物語で一緒に過ごせた時間は、僕の宝です。
ロバート キャンベルさん(日本文学研究者)
私たち、ピョコルンに、全部捨てられるようになりましたよね。
性欲を。出産を。育児を。介護を。人生の時間を食いつぶす、あらゆる雑務を。
14年前、「リセット」を経験した人類は混乱の最中にあった。
しかしラロロリン人の考えた「人間リサイクルシステム」がうまく機能し、やがて社会は再生を迎える。
そして49歳になった空子は「クリーンな人」として、美しく優しい世界を生きている。生まれ育った街「クリーン・タウン」の実家に戻り、同級生の白藤遥とその娘・波とともに。
ようやく訪れた穏やかな社会の中心には、さらなる変貌を遂げたピョコルンがいた。
村田沙耶香渾身の大長編、ここに完結。
都合の良い「道具」・ピョコルンを生み出した果てに、人類が到った極地とは――。
【著者略歴】
村田沙耶香 (むらた・さやか)
1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術文化学科卒。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞受賞。著書に『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『変半身』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『信仰』などがある。
感情タグBEST3
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男と女、それとピョコルン。性の役割分担を超越しその他の生き物であるピョコルンが担うこととなっても完全に女に求められること、男に求められること、母に求められること、父に求められることの根本は変わって行かないこと。
そして、クリーンな人というマイナス感情、疲れる感情を表に出さないことがごく一般的となったとしても、結局はまた別の形で現れてくる。
呼応とトレース。多かれ少なかれそれが必要とされる社会はまだあると思う。現世もそこらじゅうに空子がいるのだと思っている。
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この物語の主要人物は空子、白藤、音の3人。
空っぽな空子と、信念に頑なな白藤の対比が印象的で、面白い。
音は空子をさらに上回る「世界99」の人物で、空子にとっては唯一の理解者なのだろう。物語が進むにつれて、空子や白藤を上から見下ろす「神」のような存在に感じられた。
随所に「わかる!」と思えることが多々あった。感動は娯楽、悲劇も娯楽。差別者じゃない人間はいない。事実は歪曲され、記憶は変わる。感動は視野を狭くし、中毒性もある――そのような「真実」が言語化され、突きつけられる。
後半、空子は自分の「記憶」を差し出し、ピョコルンになる「儀式」に向かう。自殺に近い行為なのに、描かれ方は晴れやかだ。空子の苦悩からの解放でもあるのだろう。
最後の第4章では、人間の肉体的・精神的苦悩から解放される未来が描かれて、物語は終わる。
しかし、果たしてこれは理想なのだろうか?人間らしさからの解放なのだろうか?汚い感情を捨て去り、均一化した人間になる未来には、薄気味悪さを感じた。
Posted by ブクログ
強烈な近代dystopia小説でした。
主人公の空子が現代の分人主義的な立ち回りをしており、ちょっと分かるなーという場面もあり、強制的に世界観に移入させられる場面が個人的にすごく心地よかったです。
上巻では人間の穢れが強く前に出されているように感じたが、下巻では人間らしさを排除していくことを前に出されていき、それに抗う人間白ちゃんに少し感情移入もいたが、もはや登場人物も設定も全て狂っているのでもはや感情移入ではなく、自分の世界(価値観や思考)が一つ拡張される読後感でした。
これを機に村田さんの作品を色々読んでみようと思います。
Posted by ブクログ
『村上春樹の読みかた』で石原千秋氏が提示した「二人の村上春樹」という切り口を携え、上巻で感じたあの奇妙な違和感の正体を突き止めるべく下巻へ飛び込んだ。読み終えた今、私の脳内には「もやっとした霧」ではなく、作品の構造を多角的に解剖したあとのような、冷静でいてリアルな手触りが残っている。
上巻で抱いた最大の違和感は、カオスであるはずの子供の心理が、あまりに理路整然と、かつ冷徹に分析・言語化されている点だった。賢くないはずの設定なのに、瞬時の判断で困難を乗り切る子供たち。その姿は伊坂幸太郎作品の寓話的なキャラクターのようでもあった。しかし、下巻を読み進めるうちに、この「違和感」こそが村田氏の仕掛けた計算ずくの罠であり、読者を「人間というシステムの外部」へ連れ出すための装置であったことに気づかされる。
物語のクライマックス、主人公・空子が「ピョコルン」になることを選んだ結末について、私の中にいる「二人の読者」が激しく対立した。
一人の私は、これを「究極のハッピーエンド」として祝福した。空子はついに、自分を「やり過ごす術」だけで摩耗させてきた残酷な現実から脱獄し、魂が安らげる場所へ天に召されたのだ。物語がピタリと着地したようなスッキリとした充足感。そこには確かに救いがあった。
しかし、もう一人の私は、これを「救いのない不全感」として拒絶した。どれほど過酷であっても、人間を辞めることでしか辿り着けない結末はあまりに悲しく、読後感として受け入れがたい。この相反する二つの感情が同時に成立すること自体が、村田マジックの真骨頂なのだろう。
村上春樹が深い葛藤の末に「あちら側」と「こちら側」を往来するのだとしたら、村田氏の描く空子たちは、多角的な検討の末に「人間性の放棄」を驚くほどスッキリと選び取ってしまう。その冷静な切り口は、読者である私に「へー、そんな風に感じるのか」と、ある種、知的な頭の体操を強いるような客観性を与えてくれた。この冷徹さがあるからこそ、読者は没入するだけでなく、物語を「設計図」として俯瞰することができる。
星をいくつにするべきか、非常に迷った。星1をつける自分(人間性の喪失に不満を抱く自分)と、星5をつける自分(システムからの脱出を肯定する自分)が同居しているからだ。だが、最終的に星5を選びたい。それは、一つの結末に対してこれほどまでに多層的な評価を可能にし、自分の中の批評眼を呼び覚ましてくれた、この読書体験全体への敬意である。
正しい読み方などない。ただ、補助線を一本引くだけで、物語の解像度は劇的に上がる。本作は、私に「読み手としての自由」と、多角的に物事を捉えることの快感を教えてくれた。このリアルな充足感を抱えたまま、次の一冊へ向かいたい。
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読み終わったあと、何だか体の力が抜けて心地よさもありました。
『生命式』に収録されていた短編の「孵化」が好きだったので、長編として『世界99』を生み出してくださり感謝の気持ちでいっぱいです!
それぞれの環境で『呼応』していく主人公の空子に共感するところは多くの人が当てはまるのではないでしょうか?
私も『トレース』+『呼応』してきたことが多々ありました。
現在仕事でも、一対一の接客業をしているので日々多少なり行なっている行為です。
ただ、こうしてると本当の私はどんな人間なんだと考えることもあり、また、『呼応』が下手な人は苦手というか、そういう面が過敏なんだろう、空子のような人が身近にいれば私は生きやすいのかなと思いました。
「普通とは何だ?」「こう思っているのは異常?」と思うことも沙耶香さんが代弁してくださっていて、救われることがとても多いです。
是非読まれる際は、上下巻合わせて読み始めてほしいです!
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認識の枠の描写が凄まじく、どこか近くて遠いところの本当の話だった、そして起きつつあるのかもしれないしもう起きているのかもしれない、記憶の混濁、過去の改竄、漂白された未来。
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上巻の勢いで、どんなふうに展開されるのかと思っていたが、表面上ゆったり穏やかな感じで下巻は始まった。(第三章の)ラストは視覚的に信じられない残酷さだが、なんとなくゆったりした雰囲気で描かれていて怖い。ずっと怖い。ディストピアなのにユートピア調。だから怖いのか。
すごい小説であることは確かなのだが、それを表現する術が私にはない。
読書会とか全く参加しようと思ったことはないが、この小説に関しては、少しずつ少しずつ、他の人の感想や解釈を聞きながら読み進めていきたくなるような、そんな感じがする。1人で背負いきれない小説だ。
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上下巻読んで、、
主人公の如月空子の思考や世界観に共感できる部分が多く楽しく読めた。
世界線は現実世界と似ていてLGBTQやSDGs的な考え方も多く勉強になる部分もあった。
一部偏った思想や少し誇張した差別的な部分もあったが自分は物語の設定の一部として面白く読めた。(この一部偏った思想や少し誇張した差別的な部分が好ましくない人もいると思った。)
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最後まで不気味。ありえない状況の連続で、非現実なのに、あれ、なんか似たような事起こってないかしら、と気づき、自分の世界と重ね合わせて、ゾッとする。
少し前まではおかしかった事が、いつの間にか正当化されてることはしばしば、あれっ?おかしく無い?と言おうものなら群衆心理に押し付けられて爪弾きに。白藤さんの様に。
はたまた、おかしな人と思われたく無い、クリーンな人達は、考えるのをやめて、世の流れに乗っかった結果、ワクチンを打つハメに。
何千年後かしらないが、人類の行き着く先として、この世界は十分にあり得ると感じました。
楽しみだなぁ。ワクチン打つの。
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audible
面白すぎてどんどん聴き進めたくなった
世界99の感覚、すっごい共感した
と同時に、痛いところつかれた感じ。
物語として見ると色々と気持ち悪い世界なんだけど
現実と照らし合わせてみると
こういう世界になることもあり得るよなと思わされる内容。
ぴょこるん、見てみたいけど見たくない。
鼻の穴を白くするやつ、将来的にありそうで笑った
Posted by ブクログ
え…やばい…
今までの人生で群を抜いた読書体験。
暗すぎる世界観に一瞬後悔したけど、この読後感を味わえるならみんな挑戦すべき。
村田沙耶香さんの「皆が世界へ抱いてるもやもやとした感情」の言語化能力がすごすぎるよ…
もう私は元の世界に戻れない。
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読み終わって悍ましいとも美しいとも言えないなんとも言えない気持ちになった。ピョコルンや世界の価値観が変容していくにつれて、人間とはなんなのか?を間接的に問いかけられているような感覚だった。
性愛→友愛へ、出産の代行、記憶の統一化等、一見狂ったような世界観の中でも、どこか理解できてしまえる部分もあったりしてかなり疲れたけど楽しく読むことができた。
最後の白藤さんの心境はどうだったのだろう?
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早く読まなきゃと急かされるように読んだ下巻。なかなかの読み応えがあった。
スッキリエンディング好きなわたしにはスッキリしないどころかなかなかの恐怖エンディングで、そこがまた面白かった。苦手な人もいると思う!
読書中も読後も脳内には映像が浮かんできて、それだけ想像力が掻き立てられる本で、読んだことを誰かに伝えたくてしょうがなくなる。
ピョコルン、途中まではあってもいいかも欲しいかも?と思ってたけど、だけど、どんどん人間の便利さだけ追求した世界の道具になっていくさまが恐ろしかった。
少しだけ自分を演じて、周りに合わせて、ほんとの自分ってなに?って思ったこと誰でもあると思うけど、その感覚をどんどん深く追求してく主人公の気持ちはわたしの中にもあると思った。
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最後までテンポよく読み切ることができた。最後は、ピョコルンになった後も自我があるってこと?それに1番ぞっとした。じゃあ、初代ピョールを襲っていたピョコルンはやっぱり明人の自我が残っていたのか、とか、性的消費とか出産とか請け負うの地獄...
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人間の世界を便利にするために生み出されたピョコルンのはすが、いつのまにかピョコルンに行動を支配されてる様子が生々しかった。
究極的にクリーンな方へ向かおうとすると、無機質・画一的になってしまうのかな。シンプルで統制されてて、整った美しさはあるけど、そこに豊かさはあるのかな。世界の未来の姿を想像しながら読んだ。
全体を通して、
コンビニ人間でも感じた、自分が違和感を覚えてるけどその場のために取り繕ってることが、この物語では鮮明に描かれてて、共感したり居心地の悪さを感じたり、どこか自分ごととしても捉えながら読んでいた。
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最後はなぜか清々しい終わり方だった。
ピョコルンが世界を変えた。キャラを自在に操り、どんな世界にもその世界に応じた生き方をした空子。明人と結婚し、道具として使われて続ける人生。それは、今の社会を象徴していて、誰かに使われ、酷使されて、つぶれていく。でも、その生活もピョコルンによって終わり、空子とは、逆に自分の正義を貫き、世の中に抗い続けた白藤さんの生活もどんどん破綻していく。
その2人が歪な家族のようになり、その子どもたちもまた歪んだような人生をおくる。
最後は、空子は集団でピョコルンになる儀式に参加し、今までの人生を自分の手で終わりにする。
自分もまだ、常に世界に所属し誰かしらに媚びながら生きている。媚びないこともあるが、基本媚びてばかりで嫌になる。そんな見せかけだけの幸せの中で生きている。
物語の大きなテーマとしての性欲。自分もどう扱ったらいいか混乱している。ピョコルンのような吐口があればなとも思うし、それはないだろとも思う。
ピョコルンは世界を幸せにしたのだろうか。
記憶を好きなように調合して、ストレスなくクリーンに生きることが幸せなのだろうか。
空子の生きた50年。それは過酷な人生。賞味期限とか、妻を家電とかいって、過剰に書き連ねるが、現代社会の風刺であって、こんな話ありえないけど、どこかありえてしまうような話。
自分の人生を自分の手で生きていく。それはとても難しいことで無理に近い。それでも、自分なりに考えて時には媚びることもあるけど、自分で自分の人生切り開いて行きたいと思った。そんなことが本当にできるのかはわからないけど。
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オーディブルで読み聴く。行き着く世界が、自ら記憶調整をし、不快な言動をしない、均質な世界とは…そこから外れるのはピョコリンか、化石化した存在か。読み聞きながら、波長が合わないかもと思いつつ、最後まで聴き続かせられる内容だった
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読後感、しんどい。だから星4。
みんなが認める筆力、設定、すごかった。
考えることが多くて、消耗しながら読み進めた。呼応、トレース、粒子。納得の表現がたくさんあり、私の普段を見透かされている居心地の悪さがつきまとった。
白藤さんと空子の母のことは、繰り返し思い出して、考えると思う。
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正直に言うと、上巻〜下巻中盤までは陰鬱かつ退屈な内容で、ああ、こういう視点で世界を見ているんだなという気持ちであった。しかしそこまでは壮大な前振りであり、下巻中盤から畳み掛けるように世界が動き、何重にもメタ視点を重ねたような見え方からの圧巻の幕引きであった。
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以前飲み会で、子供は卵で生まれるべきだと冗談めいて言っている女性がいた。彼女はこれを読んだら、なんて言うだろう。
全編を通して、テーマは性と格差だと思う。
主人公の空子は、周囲の空気に合わせる呼応を繰り返しながら、生きていく。富裕層とマイルドヤンキーなど様々な階層を生き来しながら、コミュ力MAXの社会不適合者として生きていく。
女性が一方的に不利益を被っている出産と育児がピョコルンという生き物で代替された社会。いびつな現実に向き合うことなく、例え過去が改変されようとも、ただただやり過ごす。思考停止状態をコンフォートゾーンとして描くシーンは、異様な設定ながら、どこか現代に訴えかけるものがある。
どんどん異常性を増していく世の中に、全くブレーキがかからないまま終わっていく。唯一自分を見失わないようにしている主人公の幼馴染?だけが浮いた存在になる。
読んだ後、心に違和感しか残らない、でも共感もできる怪作。
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周りの人たちの雰囲気や空気を読んでキャラをちょっと変えてみたり、浮かずに言いたいことを伝えるために声の強さやトーンを変えてみたり、こんなことはみんな普通にやっているはず。
そんなことをしながら、本当の自分はちゃんと確かにいるってなにも考えずに信じていたけど、本当にそうなんだろうか?
周囲を気にして合わせたり、自分のモヤモヤを発散するために周りに同調しているうちに、本当の自分の気持ちが分からなくなっていることって、結構あったりするんじゃないか。
自分の本当の気持ちが分からない人が集まる中で生まれる分断って、いったい何?
読めば読むほど、今自分の周りで起こっていることがどんどん分からなくなって、分からないから怖くなって、でも読むのをやめられない作品だった。
「わからないけどわかりたい」とみんなが思うことで共生できるとか、そんなことでは済まないところまで分断はこじれてしまってるんだろうか。
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上巻はイライラしながら読んだけどこっちは面白かった。変な表情が流行ったり、怒り方をインストールしてない子供がカラスの鳴き真似で威嚇したり、世界が明確におかしく・平坦になっていくのが怖くもあり楽しくもあった。
早く電脳化して楽になりたいな〜みたいなスピジョークは現実にあるし私も言ったことあるけど、記憶のワクチンには妙な嫌悪感があって、私って自我が無くなることが怖いんだと気づいた。脳が、記憶が、意志が私自身なんだ。全員が均一な世界に生まれてくる意味ってなんだろう。戦争も差別もハラスメントも鬱病もなくなるなら現実世界よりマシなのかな。マシな部分も多いだろうな。でも均一になるってことは、みんなが人類を諦めるということでもあると思う。白藤さんのことそんなに好きじゃないけど、無性にあったかい飲み物を淹れてあげたくなった。
Posted by ブクログ
この作品は自分の視野を広げてくれるような作品。ではなく、今自分が生きるこの世界を再認識させてくれる。嫌な意味で解像度を上げてくれるような作品でした。面白かったで括り上げるにはあまりにも壮大な話で、自分の感想としてはおもしろいよりも、解像度が高すぎる少しだけズレた現実世界を、この作品の言葉を使うとするなら世界99から観ているような感覚でした。空子の中身が何もない性格の視点から書かれているため、残酷で痛烈なほどに客観的に描かれた世界はとても痛々しくて目を背けたくなるようなものでした。ですがこの世界は今生きている現実世界で起きている事象を分かりやすく読者に伝える為だけの別世界なのだと感じました。
この作品での表現全てに共感できる自分に嫌気がさしながらも実際はこんなもんだよなとひしひしと感じました。
この本を読んでつくづく世界は大量の人間で形作られているものだと感じました。社会も世界も全て人間で形作られ、人は人に縛られ続け、みんなが右を向けば右を向くのが最適解となる。流れに身を任せるのが1番傷を負わない手段なのかなーと思いました。
登場人物全てが愚かな人間でそれが人間本来の味でとても興味深い体験でした
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まず読み終わって考えたのは作者のこと
どんな人がこの本を書き上げたのだろうかということでした、ちゃんと調べました!
個人的には上と比べると心理描写が多く感じたので少し手が止まるところが多かった、それこそが思惑かな?!学生時代との年齢的な違いが下に現れてるのかな?!と今は思ってます!
普段社会に出てる人が感じているであろうこととSF?みたいなのが織り混ざってできてる話で見透かされているようで怖い、ある意味人間らしい
主人公気持ちを見てきた私たちこそが世界99の住人かな
Posted by ブクログ
上巻が衝撃的すぎただけに、下巻はそれを超えては来なかったかなというのが正直なところ。
入り込めなかった理由を探そうと思えば、色々見つけられる。上巻ほど場面の転換がなく各シーンが長かったことや、本格的にディストピアになったことで設定が入ってきづらくなったこと、あとは単純に一気読みしすぎてこの本の世界に慣れ切ってしまったこと等々。
だがおそらく最大の原因は、下巻の途中から出産・育児にテーマが収束していったことだと思っている。
上巻で僕が好きだったのは、学校でのいじめや男尊女卑、性的搾取、人種差別、収入格差や「世界」間の断絶など、この世のありとあらゆる醜い面にスポットが当たり、その中で時として加害者にも被害者にもなる人間のどうしようもなさだった。
そしてそういう在り方にある程度自覚的でありつつ、極端なまでにキャラを使い分ける空子へのそこはかとない共感。
言葉にするのが難しく、かつ怖くもあるが(僕自身の歪みを露呈するかもしれず、その上、読書中の記憶を「改竄」することにもなりかねないので)、おおむねそんなところじゃないかと思う。
そこへ行くと、下巻の育児・出産というテーマは男性かつ未婚の僕にとっては、どうしても没入しがたいものだった。かと言って、空子「一家」の行く末という物語的な筋だけを追うには、今までが刺激的すぎた。
あとこれは難癖にも近いことと承知の上で言うが、現実世界(だと、僕が思っている世界)よりも遥かに楽しくない世界を、ほら、これが世界だよとばかりに見せつけられるとうんざりしてしまう。しかもこのページ数で。
僕は今の世の中、そんなに辛いことばかりじゃないと思ってるけど。もちろんそう思わない人も大勢いるのは分かってるけど、僕がどう思うかは自由じゃない?1ページめくるごとにだんだんと、そう言いたい気持ちが募ってくる。
僕がたまたま恵まれた環境にいること(例えば、男性として生まれて、男性からの性的搾取を恐れず暮らせていること)に無責任な、傲慢な態度と言われるかもしれない。
反対に、別にお前を批判してるわけじゃない、そんなのは被害妄想だと言われるかもしれない。
それでも、こういう世界観のものにずっと触れているのは率直に言って気分のいいものじゃない。この数日間で上下巻と一気に読んでかなり消耗した。「うさぎの国」の住人じゃないが、次はもっと穏やかな気持ちになれる本を読もうかな。
Posted by ブクログ
上の最後の怒涛の展開からスピードにのってくるかと思いきや、ずっと不穏な空気感をまといながら静かな感じで進んでいった。上に続き、性欲の話や描写が多すぎて、ちょっと疲れた。(終着点に向かうためにはうんざりする必要があるからだとは思うが)
琴花や波が痴漢に襲われそうな時、空子がシスターフッド的な感じで守ったのがなんだか嬉しかった。あそこは周りの目を気にした顔ではない、誰かの真似ではなく空子自身の感情からの動きだったと思う。
すっきり終わることはないだろうと思っていたけど、終わりは正直なところ可もなく不可もなく…
今後読み返すことはないと思うので、勢いで全部読み切れてよかった。
Posted by ブクログ
前半は平成っぽかったので後半は令和っぽくなるかなと思いましたが違いました。それっぽい感じもあるけどもうちょっと極端な感じでした。
現実世界と比べて、一部が削ぎ落とされている感じだけど、実際、現実世界がこんなふうに見えている人もいるかもなと思ったりしました。主人公が一番普通、ってのもわからなくはないです。
朝ドラっぽいけど本当に朝ドラでやったら朝からドキドキしちゃうよなと思いました。
Posted by ブクログ
メタ的にみた人間の傲慢さ・気色悪さの揶揄はやはりうまく、期待していた『コンビニ人間』的栄養素はたっぷり摂取できた。ただ、この手の「先進的な人たちをシニカルに見るとこうです」って視点は近頃すこし食傷気味なのも事実。ネットに入り浸ってない人たちには新鮮なんでしょう、の感想。ネット上の論争(というか殴り合い)が小説に導入される流れってもう止まらないのかね。
下巻はジェンダー的な問題意識が強めで、正直冗長に感じた。結婚も出産も、結局は愛っていう感情がベースで双方利害的に帳尻は合わないわけだから、当事者性がないと理解できないのは当然で、最後までどちらも経験しない空子が母を「母ルン」と断罪せざるを得ない(苦労しながらも感じたであろう幸せを想像できない)あたり、非当事者はいつまで経っても”娘”としての視点しか持ち得ないという皮肉な証明になっている。自分の生きづらさを強調するために、自分の性に期待される役割をすべて”被害”として援用する昨今のジェンダー論と同じ苦しさがある。ピョコルンという斬新な装置による新視点を期待していたけど、このテーマについては上巻の鋭さがないどころか存外陳腐な被害者意識だけがあり、長さの割に得るものがなかったなというのが正直な感想。
ニワカSFファンとして言えば、第3の性別としてピョコルンを導入する本作の思考実験的試みはたしかにSF的だけれど、社会的インパクトの空想はほどほどに、男→女の(女性視点の)抑圧が転写されたときの心理作用を主眼においたストーリーはSFと呼ぶには規模感が小さすぎるし、偏った要素だけで演繹したディストピアはSF的観察に耐えるだけの強度がない。本作をSFと呼ぶのは作者にとっても手に取る人間にとっても不幸でしかないと思う。
思うに、こういうメタ視点の揶揄系ストーリーはどれかひとつの属性に肩入れしすぎると途端に陳腐になるということなんだろう。排外主義とか海外羨望とかスピ界隈とかモラハラ男とか、自分の嫌悪対象が揶揄されている瞬間は痛快な一方、終始誰かの陰口で盛り上がっているような居心地の悪さがある。面白い瞬間はあったけど、自分は最後まで好きになりきれなかったな。
Posted by ブクログ
上巻よりも更にグロテスク。更に皮肉だらけ。
時代が変わっても世界には階層があり、皆其々の階層の世界で生きている。差別も蔑みもなくすことはできなくて、誰もが苦しく、正義を全うしようとするほど生きづらくなる。
深く考えず、自分の意見を持たず、何かに怒ることもなく達観したように生きる。女性は子宮や出産から解放されて、性的な視線を浴びせられることも、それを武器にすることもない世界……あれ?これって「おばさん」じゃん。
私が最近感じている気楽で楽しい世界の事だ。
ピョコルンはいなくても誰もが行き着く場所だ。
どうしてもピョコルンの姿形がイメージできなくて、AIに聞いてみたりしたけれど、どう見てもかけ離れた画像を返してきた。まだまだ世界99は遠い。
『そうですね。馬鹿でいるのは楽ですから。誰もが、疲れていて、自分が綺麗でいられる言い訳さえあれば、いくらでも人に押し付けて楽に生きたいと思っていますから』
『そうか、「恵まれた人」、「クリーンな人」、「かわいそうな人」、のもっと下に、「見えない人」がいたんだな。
びっと脳に引っ掻かれたような傷がつき、今そのことが刻まれたような気がしたし、そんなことはとっくに知っていたようにも思う。』