あらすじ
小説というものの輪郭が、いわば地球を覗く窓の形が、本書によりまた大きく更新されました。
それはつまり、この本の中で初めて寛げる人がいるということです。
救済と爆弾は同じ姿で在れるのだと気付かされました。
朝井リョウさん(作家)
本当は貴方もわかっていたんだろう? と迫る声が脳内に鳴り響く。
熱に浮かされるようにページを捲る手が止まらない。
これは本型ワクチン。
世界99に誘われ、もう元いた場所へは戻れない。
宇垣美里さん(フリーアナウンサー・俳優)
足元の地面がふいになくなり、
正常と異常の境目が消え失せ、目眩がする。
人間という生き物の滑稽さ、グロテスクさ、美しさ、不思議さが、
この本の中にすべて詰まっている。
岸本佐知子さん(翻訳家)
空子がこの世界で体に蓄積する小さな暴力の音とか、風とか、どれも僕の心に刻まれていきました。
物語で一緒に過ごせた時間は、僕の宝です。
ロバート キャンベルさん(日本文学研究者)
私たち、ピョコルンに、全部捨てられるようになりましたよね。
性欲を。出産を。育児を。介護を。人生の時間を食いつぶす、あらゆる雑務を。
14年前、「リセット」を経験した人類は混乱の最中にあった。
しかしラロロリン人の考えた「人間リサイクルシステム」がうまく機能し、やがて社会は再生を迎える。
そして49歳になった空子は「クリーンな人」として、美しく優しい世界を生きている。生まれ育った街「クリーン・タウン」の実家に戻り、同級生の白藤遥とその娘・波とともに。
ようやく訪れた穏やかな社会の中心には、さらなる変貌を遂げたピョコルンがいた。
村田沙耶香渾身の大長編、ここに完結。
都合の良い「道具」・ピョコルンを生み出した果てに、人類が到った極地とは――。
【著者略歴】
村田沙耶香 (むらた・さやか)
1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術文化学科卒。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞受賞。著書に『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『変半身』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『信仰』などがある。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
めっちゃくちゃ面白かった!
でも絶対に自分から友達にはおすすめできない!
もっと柔らかい雰囲気で、ドラマ化してくれたら
とっても嬉しいです。
珍しい感性かもしれませんが、
わたしは、ピョコルンのいる世界に行きたいです。
家族の形が男女の夫婦だけではなくて、
同性でも可能で+ピョコルンの世界。
家事も出産もピョコルンがしてくれる。
子どもは欲しいけど自分の体に変化を与えたくない、
キャリアを変えたくない女性の私にとっては
お金を払ってでも欲しい存在です。
クリーンな世界、綺麗な言葉も
私にとって魅力的な世界観でした!
これをこのボリュームで本にかけること、
本当にすごいですね、、、
Posted by ブクログ
現実とファンタジーのバランスが絶妙
あと、自分の嫌なとことか人間関係のタブーとかをガンガンみせつけられてる感じがして、嫌なのに読み進めちゃう麻薬のような危険な小説
Posted by ブクログ
人種差別あり性暴力ありと女性作家だから許容されるのか、極めてグロい表現が多く、人にお勧めしにくい作品(ホラー小説と思う方もあるかと)。
同著者「コンビニ人間」を尖った内容にしたイメージ(そっちが断然読みやすい)。主人公は自分のことを、他人を「トレース」して期待される反応をするだけの「空洞」と認識しているが(誰しも思い当たる節はあるはず)、よく読むと、実は主張が強い、ということに途中から気付く。
書いてはいけないところまで人の内面を書き出しながら、最後は人の優しさを表した作品だったなという感想は得られるものの、それに至るまでがいろいろと怖すぎる。
Posted by ブクログ
読み終わった直後に残ったのは、スッキリでも感動でもなく、静かなモヤモヤだった。けれどその感覚こそが、この作品の本質なのだと思う。
印象に強く残ったのは、異様な世界観とそこに生きる人々の思考だ。最初は「どこかおかしい世界」の物語として読んでいたはずなのに、物語が進むにつれて自分の感覚のほうが少しずつ揺さぶられていく。気づけば「普通」とは何かを考えさせられている自分がいた。
読んでいる間に感じた怖さは、派手な恐怖ではない。
それは、世界の前提が静かに書き換えられていくような不安や、人間の感覚そのものがずれていくような気味の悪さに近いものだった。極端な世界を描いているはずなのに、どこか現実と地続きに感じられてしまう。その距離の近さがじわじわと効いてくる。
登場人物に強く共感することはなかったが、理解はできてしまう。そのこと自体がまた不安を深める要素になっている。読者は物語を外から眺める立場のはずなのに、気づくと自分自身の価値観のほうが試されている。
正直に言えば、誰にでも勧められる作品ではないと思う。読後感は決して爽快ではないし、人によってはただ不気味に感じるかもしれない。それでも、読めば確実に何かが引っかかる。そしてその引っかかりは、「当たり前」に対する見方を少しだけ変えてしまう力を持っている。
『世界99』は楽しむための小説というよりも、読むことで自分の思考の輪郭が少し変わってしまうような一冊だった。読後、現実の見え方がわずかにずれて感じられる――そんな体験を残す作品だ。
Posted by ブクログ
男と女、それとピョコルン。性の役割分担を超越しその他の生き物であるピョコルンが担うこととなっても完全に女に求められること、男に求められること、母に求められること、父に求められることの根本は変わって行かないこと。
そして、クリーンな人というマイナス感情、疲れる感情を表に出さないことがごく一般的となったとしても、結局はまた別の形で現れてくる。
呼応とトレース。多かれ少なかれそれが必要とされる社会はまだあると思う。現世もそこらじゅうに空子がいるのだと思っている。
Posted by ブクログ
この物語の主要人物は空子、白藤、音の3人。
空っぽな空子と、信念に頑なな白藤の対比が印象的で、面白い。
音は空子をさらに上回る「世界99」の人物で、空子にとっては唯一の理解者なのだろう。物語が進むにつれて、空子や白藤を上から見下ろす「神」のような存在に感じられた。
随所に「わかる!」と思えることが多々あった。感動は娯楽、悲劇も娯楽。差別者じゃない人間はいない。事実は歪曲され、記憶は変わる。感動は視野を狭くし、中毒性もある――そのような「真実」が言語化され、突きつけられる。
後半、空子は自分の「記憶」を差し出し、ピョコルンになる「儀式」に向かう。自殺に近い行為なのに、描かれ方は晴れやかだ。空子の苦悩からの解放でもあるのだろう。
最後の第4章では、人間の肉体的・精神的苦悩から解放される未来が描かれて、物語は終わる。
しかし、果たしてこれは理想なのだろうか?人間らしさからの解放なのだろうか?汚い感情を捨て去り、均一化した人間になる未来には、薄気味悪さを感じた。
Posted by ブクログ
強烈な近代dystopia小説でした。
主人公の空子が現代の分人主義的な立ち回りをしており、ちょっと分かるなーという場面もあり、強制的に世界観に移入させられる場面が個人的にすごく心地よかったです。
上巻では人間の穢れが強く前に出されているように感じたが、下巻では人間らしさを排除していくことを前に出されていき、それに抗う人間白ちゃんに少し感情移入もいたが、もはや登場人物も設定も全て狂っているのでもはや感情移入ではなく、自分の世界(価値観や思考)が一つ拡張される読後感でした。
これを機に村田さんの作品を色々読んでみようと思います。
Posted by ブクログ
『村上春樹の読みかた』で石原千秋氏が提示した「二人の村上春樹」という切り口を携え、上巻で感じたあの奇妙な違和感の正体を突き止めるべく下巻へ飛び込んだ。読み終えた今、私の脳内には「もやっとした霧」ではなく、作品の構造を多角的に解剖したあとのような、冷静でいてリアルな手触りが残っている。
上巻で抱いた最大の違和感は、カオスであるはずの子供の心理が、あまりに理路整然と、かつ冷徹に分析・言語化されている点だった。賢くないはずの設定なのに、瞬時の判断で困難を乗り切る子供たち。その姿は伊坂幸太郎作品の寓話的なキャラクターのようでもあった。しかし、下巻を読み進めるうちに、この「違和感」こそが村田氏の仕掛けた計算ずくの罠であり、読者を「人間というシステムの外部」へ連れ出すための装置であったことに気づかされる。
物語のクライマックス、主人公・空子が「ピョコルン」になることを選んだ結末について、私の中にいる「二人の読者」が激しく対立した。
一人の私は、これを「究極のハッピーエンド」として祝福した。空子はついに、自分を「やり過ごす術」だけで摩耗させてきた残酷な現実から脱獄し、魂が安らげる場所へ天に召されたのだ。物語がピタリと着地したようなスッキリとした充足感。そこには確かに救いがあった。
しかし、もう一人の私は、これを「救いのない不全感」として拒絶した。どれほど過酷であっても、人間を辞めることでしか辿り着けない結末はあまりに悲しく、読後感として受け入れがたい。この相反する二つの感情が同時に成立すること自体が、村田マジックの真骨頂なのだろう。
村上春樹が深い葛藤の末に「あちら側」と「こちら側」を往来するのだとしたら、村田氏の描く空子たちは、多角的な検討の末に「人間性の放棄」を驚くほどスッキリと選び取ってしまう。その冷静な切り口は、読者である私に「へー、そんな風に感じるのか」と、ある種、知的な頭の体操を強いるような客観性を与えてくれた。この冷徹さがあるからこそ、読者は没入するだけでなく、物語を「設計図」として俯瞰することができる。
星をいくつにするべきか、非常に迷った。星1をつける自分(人間性の喪失に不満を抱く自分)と、星5をつける自分(システムからの脱出を肯定する自分)が同居しているからだ。だが、最終的に星5を選びたい。それは、一つの結末に対してこれほどまでに多層的な評価を可能にし、自分の中の批評眼を呼び覚ましてくれた、この読書体験全体への敬意である。
正しい読み方などない。ただ、補助線を一本引くだけで、物語の解像度は劇的に上がる。本作は、私に「読み手としての自由」と、多角的に物事を捉えることの快感を教えてくれた。このリアルな充足感を抱えたまま、次の一冊へ向かいたい。
Posted by ブクログ
⭐︎4.5
面白かったーーー。上下巻でかなりのボリュームなのに、読むのがまっったく苦じゃなく、村田沙耶香ワールドにどっぷり浸かれて幸せだった。
下巻ではピョコルンが性欲を引き受け、妊娠や出産も人に代わってできるという衝撃の進化を遂げている。このとんでも設定のなかでじわじわと自分や世界の常識が"ぶっ壊されていく"感じが凄まじかった。ディストピアだけど、ディストピアとは言えないような、何なら現実より現実感があって、それが恐ろしかった。なんて世界に生きているんだろうとも思うし、この世界で平然と生活する自分たちにもゾッとしてしまうような怖さがあったし、それがこの本の面白さでもあった。
Posted by ブクログ
まずこの作品は、これまであらゆる小説が描いてきた人間の内側という邪悪で弱い核を思い切り剥き出しに切り刻む異常な包括力を持つ爆弾です。
〇「リトル空子」への羨望と不気味さ
相手によってキャラクターを使い分ける。誰もが無意識にやっている「人間あるある」を極端に純化させた空子の姿に、私はどこか共感を抱きながらも、拭いきれない不気味さを感じていた。
私自身は、彼女のように器用に自分を切り替えることが得意ではない。だからこそ、その「器用さ」への羨ましさも少しだけある。素の自分(=世界99)から、1や2の世界へ滑らかに越境できないもどかしさを抱えているからだ。
〇階級が年齢を飲み込む世界
本作で最も唸らされたのは、登場人物たちの「喋り方」だ。「恵まれた人」「クリーンな人」「可哀想な人」。彼らの言葉は、年齢や個性を反映するのではなく、所属する階級によって徹底的に色分けされている。読み進める中で、年齢が示される度に「あ、そうか、この人はそのくらいの年齢だったのか」と驚かされた。老若男女ではなく、属性としての「クリーンさ」が個人の年齢すらも透明化させてしまう。この描き分けは、階級を強調するための意図的な演出だろう。
また、作中に登場する**「ウエガイコク」「シタガイコク」**という言葉の響きには、冷や汗が出るような既視感がある。
私たちは無意識のうちに、欧米諸国を「ウエ」として仰ぎ、アジアやアフリカの途上国を「シタ」として見下してはいないか。その傲慢な選別意識は、すでに私たちの現実の中に深く根を張っている。
〇「ありきたりな悪」とリアルなディストピア
一方で、ラロロリン・ブレーン・グループが掲げる「人間は地球にとって有害だ」という主張には、少し既視感を覚えた。ムスカや檜山蓮といった、さまざまな作品の悪役が語ってきた「ありきたり」な論理に聞こえてしまったからだ。
しかし、その主張の裏側にある「空気感」は、驚くほど現代と呼応している。
感動や「可哀想」が安全な場所にいる人の娯楽になり、汚い感情が徹底的に排除されていく。この「小説通りになりそうな予感」こそが、本作の真の恐怖かもしれない。
〇記憶のワクチンは「マトリョーシカ」の夢を見る
最後に、どうしても拭えない疑問がある。
記憶のワクチンを摂取し、「典型的な人生の記憶」を共有することで、世界は本当に幸せになるのだろうか。
「こういう記憶を摂取したから、私は今こういう状態だよ」とあっけらかんに明かせる状態は、一見すれば、隠し事のない「世界99(素の自分)」の実現に見えるかもしれない。しかし、おそらくそれは救いではない。「説明している自分」をさらに俯瞰で見ている「別の自分」が、どこまでも入れ子構造(マトリョーシカ)のように存在し続けるのではないか。
空子が要所で目にした、他人には見えない「雨」。もし記憶が自分を守るために改竄されるものだとしたら、あの雨は、終わりのないマトリョーシカの地獄から彼女を守っていた最後の境界線だったのかもしれない。本来の感情を鎮静させ、均質な記憶を打ち込み続けたその先で、私たちの精神は爆発せずにいられるのだろうか。それとも、爆発することすら忘れて、透明なまま増殖し続けるのだろうか…
皆様の感想やコメントもお待ちしております!
Posted by ブクログ
第一印象は、とにかく壮絶…。
でも、自分が目を向けていないだけで、どこかでは起きていても不思議じゃない世界だよなと思って、それこそ“自分の中の世界99”なんかもしれないって感じた。
最後に主人公がピョコルンとしてリサイクルされた視点から、その後の生活や物語が少し語られていたけど、“記憶の調合”って言葉もあって、もしかして自我を持ったピョコルンになっているのでは…?と考えずにいられなかった。
綺麗な人、クリーンな人が増えていく流れの中で、思想や時代は結局また別の形で堂々巡りするのかも…なんてこともよぎって。
読後もしばらく考えさせられる作品やった。
Posted by ブクログ
グロいというか哲学的というかありそう過ぎて怖かった
なんでこんな話をナチュラルに進めていけるのか
ピョコルンがこんなことになって空子がそんなことになるなんて
頭がぐるぐるゾワゾワし続けるお話でした。
Posted by ブクログ
上巻から引き続き、苦しかった・・・・(レビューにあるまじき第一声)
人間って人の間と書きますが、それって本当にそうだなと思ったというのが第一の感想です。音がプロデュースしたちょっとシュールな儀式によって記憶が均一化された後の世界において、均一化されていないものは恐ろしかったりかわいそうなものとして娯楽になっていく。それを享受するためには、人間の中の相対評価として多数派にいる必要があって。それは結局いつまでも変わらないのだろうなと思いました。
最後の方で音の疲弊が描かれていたのも本当に救いがなくてよかった。やはり人間である以上はどこかに拠り所や世界がなくてはならず、その世界のシンボルになることは人間には荷が重い。音でさえもそれを飼い慣らすのには軋みが生まれる。(それでもなお全うしている音は本当にすごいと思うけれど)
私たちの世界にピョコルンはいないけど、この物語の中で起こっていることはクリーンに抽象化された私たちの世界のことそのもので。それが苦しい。読みやすいのに苦しい。なにこの本・・・・
好き勝手に書いてしまったのですが、読めて本当によかったなと思いました。
その上で、帯のコメントを振り返って。この本が救済たり得るのってどういう境遇において出会えた場合なのだろうというのも深く考えてしまいました。少なくとも今の私にとっては、「皆どこかでそう思っているよね」の連続がこうして詳らかにされてしまうことは苦しく、この世界をおままごとではないと心から充実したものとして生きるための儀式や信仰対象が無いから。皆そうであるということが救済になる場合もあれば、みんなそうなんだという諦念に近い絶望になる場合もあって。私にとっては後者寄りだなと・・・
そこまで考えて、だから人間は娯楽を求めるのだと思って、そして人間のかわいそうな様子は娯楽になるのだとはっとして、ウワー!人間っておもしろい!!!!!
Posted by ブクログ
加害と搾取と差別構造マシマシ
主人公は倫理観が終わってる世界で空っぽ人間として育ったわりにはちゃんと「あの時自分の傍に居てくれたら嬉しかった」大人になってることが凄い。Audibleだから結末まで聞けたけど紙で読んでたら途中でやめてたかもしれない。
Posted by ブクログ
気持ち悪いけど、止まらなくて読み続けてしまった。自分が持っている悪の気持ち、善の気持ちが環境によっては逆転したり、そもそもこの世界に正しさなどないのかもしれないと思えた。正解などないのかとかんじた。だからこそ、自分が楽しいと思える場所に居続けることが幸せなのかもしれないとも思った。
Posted by ブクログ
感情や考え方を均一化していく世界
途中、長すぎて少しだれたと感じた部分もあったけれど、すごいもん描いたなーという感想。
読んで良かったけれど誰にでも薦められる本ではない
Posted by ブクログ
最後まで不気味。ありえない状況の連続で、非現実なのに、あれ、なんか似たような事起こってないかしら、と気づき、自分の世界と重ね合わせて、ゾッとする。
少し前まではおかしかった事が、いつの間にか正当化されてることはしばしば、あれっ?おかしく無い?と言おうものなら群衆心理に押し付けられて爪弾きに。白藤さんの様に。
はたまた、おかしな人と思われたく無い、クリーンな人達は、考えるのをやめて、世の流れに乗っかった結果、ワクチンを打つハメに。
何千年後かしらないが、人類の行き着く先として、この世界は十分にあり得ると感じました。
楽しみだなぁ。ワクチン打つの。
Posted by ブクログ
audible
面白すぎてどんどん聴き進めたくなった
世界99の感覚、すっごい共感した
と同時に、痛いところつかれた感じ。
物語として見ると色々と気持ち悪い世界なんだけど
現実と照らし合わせてみると
こういう世界になることもあり得るよなと思わされる内容。
ぴょこるん、見てみたいけど見たくない。
鼻の穴を白くするやつ、将来的にありそうで笑った
Posted by ブクログ
え…やばい…
今までの人生で群を抜いた読書体験。
暗すぎる世界観に一瞬後悔したけど、この読後感を味わえるならみんな挑戦すべき。
村田沙耶香さんの「皆が世界へ抱いてるもやもやとした感情」の言語化能力がすごすぎるよ…
もう私は元の世界に戻れない。
Posted by ブクログ
読み終わって悍ましいとも美しいとも言えないなんとも言えない気持ちになった。ピョコルンや世界の価値観が変容していくにつれて、人間とはなんなのか?を間接的に問いかけられているような感覚だった。
性愛→友愛へ、出産の代行、記憶の統一化等、一見狂ったような世界観の中でも、どこか理解できてしまえる部分もあったりしてかなり疲れたけど楽しく読むことができた。
最後の白藤さんの心境はどうだったのだろう?
Posted by ブクログ
早く読まなきゃと急かされるように読んだ下巻。なかなかの読み応えがあった。
スッキリエンディング好きなわたしにはスッキリしないどころかなかなかの恐怖エンディングで、そこがまた面白かった。苦手な人もいると思う!
読書中も読後も脳内には映像が浮かんできて、それだけ想像力が掻き立てられる本で、読んだことを誰かに伝えたくてしょうがなくなる。
ピョコルン、途中まではあってもいいかも欲しいかも?と思ってたけど、だけど、どんどん人間の便利さだけ追求した世界の道具になっていくさまが恐ろしかった。
少しだけ自分を演じて、周りに合わせて、ほんとの自分ってなに?って思ったこと誰でもあると思うけど、その感覚をどんどん深く追求してく主人公の気持ちはわたしの中にもあると思った。
Posted by ブクログ
最後までテンポよく読み切ることができた。最後は、ピョコルンになった後も自我があるってこと?それに1番ぞっとした。じゃあ、初代ピョールを襲っていたピョコルンはやっぱり明人の自我が残っていたのか、とか、性的消費とか出産とか請け負うの地獄...
Posted by ブクログ
面白い世界創るなぁ。
村田沙耶香の描く世界観、
好きなんだよなあ。
面白いとは言っても、
異様で暗くて重い世界の姿。
異様なのはこちらから眺めているからで、
その中にいるとわからないものだろうな。
今僕らが生きてる世界と、
なにが違うのか?
たいして違わないのかもな。
Posted by ブクログ
結構読むのは大変でした。上巻最後の展開があって期待した割には、尻すぼみ感が否めない印象でしたし、やや冗長であまり楽しめなかったかな。
初村田さん作品ですがあまりハマらなさそうでこれっきりかと思います。本書は結構評価もされてましたが、残念です。
Posted by ブクログ
下巻では、世界の仕組みや価値観がより具体的に描かれ、
人が「人」としてではなく、役割や機能として扱われていく構造が一層際立った。
主人公の視点を通して、その仕組みに適応することの容易さと不気味さが淡々と積み重ねられていく。
物語は説明的になりすぎることなく進み、
読者に判断や感情を委ねる余白が多いと感じた。
読み心地は決して軽くないが、違和感を抱えたまま読み進めてしまう力がある。
だが、上巻に比べると、やや話が冗長に感じられた。
共感やカタルシスを与える作品というより、
現代社会の価値観や人間関係の前提を静かに揺さぶる一冊だった。
Posted by ブクログ
読み進めるごとに陰鬱な気分が深まり、読み終わるまでが非常に辛かった。この居心地の悪い感覚こそが、村田沙耶香ワールドと言えるのだろうけれど、やはり読んでて辛すぎた。あまりにも「被害」「加害」、「搾取」などの視点で、性も含めた人間同士のコミュニケーションが描かれていることに、どんどん息苦しさを感じた。現実で起きている問題を極端にディストピアとして描くという作品なのは理解できるのだが、それだけに回収されない人間の強さも見たかった。
Posted by ブクログ
物語を補完する上でとても重要である。そして、新たなる世界をより構築し、読者に対して上巻とは違った思想を植え付ける素晴らしい下巻であったのは間違いない。しかし、上巻の後に読むと退屈ではあった。上巻では刺激的な描写がそこら中に散りばめられてあったのもあり、下巻ではひたすらクリーンに平穏に荒立てず隠れて逃げて生きている。主人公の行動自体は一貫しているが、周りの環境が大きく変わり、刺激のないものになった。
ラロロリン人、ピョコルンと主人公が生きた20年程度で、世論は二転三転している。この2つが生まれているせいで起こる、他の出来事(性欲処理、出産、育児、家事)以外のものを少しでいいので所々に散りばめて欲しかった。下巻の20数年では、大した進化が起きてないのが違和感を感じる。あるとすればピョコルンの体外受精、料理、ハンドサイン、形態変化(上巻だったかも)ぐらいしかない。だが、物語の本質は、そこには無いことも分かっている。主人公の心情変化や上巻との対比構造を描くためにはノイズとなるから。なので、最後の方に、ピョコルンの知能が大きく向上して会話や意見をしだす、ピョコルン初の政治家?とか、ラロロリン人2人とピョコルンの子供は更なる知能の向上or汚い感情の持ち主だった「???人」とか、大きく詳細に書かなくてはいいけれど、その後の想像が少しは膨らむことを書いてほしかった。だって、後半だけ著しく進化や世論が落ち着くなんておかしい。思ってもないところの業界や企業、製品に影響を及ぼすのが当然の理屈。
「何度も言うけど、それは本質じゃないので作者は書かなかった。あまりにもSFチックになってしまうしね。けど、私はこういうことを書いた方が好きだしリアルじゃない?」っていう素人の意見です。
Posted by ブクログ
人の健康には多少のストレスが必要って耳にしたことがあるけど、今ならその意味がもっと分かる気がした。
空気を読むを、凄まじい解像度で形容していた。
人間の膿みが詰めたみたいなやりとりと世界なのに、想像ができて、何なら共感してしまう。
女性が出産で命を落とさないようになるといい
子育てを機にキャリアから離れない方がいい
怒る人がいないといいし
全ての人が平等で
平和な世の中になればいい
よく聞かれるそんな願いが全て叶っているのに、薄気味悪い世界
1回読んでもイメージできない部分も多くて、所々ウトウトしつつ読んだ笑