小説・文芸の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
現在、ちょうど半分まで読んだところでこの感想をしたためている。
一文一文が光を放つくらいに輝いているようで、読み進めるにつれ心が穏やかになっていくのがわかる。
きっと後半はさらに美しい文章が紡がれているのだろう。
山中すてらという架空の女流作家の人生。決して恵まれた生い立ちではなくとも心の清らかな人たちに育てられ、慎ましくも敬虔で、貧しくも心の中はとても豊かな女性の生きる道のなんと美しいことか。
幸せに生きるってなんだろう、と考えながら読んでいる。
大好きは原田マハさんの中でも一番好きな作品になりそうな予感。
土曜日の午後から後半を読むのが楽しみ。
後半を読み終えた。
前半とはまた違う展開で、すてらが飛翔していくストーリー。
人生、如才なく抜け目なく他人の成果さえ自分のものにしてやっていく人もいるが、私はすてらのように生きたいと思う。
すてらはきっとテイカーではなくギバーなんだろうな。他人に与えることが当たり前過ぎて、それをやめることさえ考えない。だから周りが突き動かされる。
人生って素晴らしい、そう思えるのはきっとすてらのように真っ直ぐに誠実に、無償の愛を持って生きているからなんだろう。
容易い生き方ではないが、人がよりよく生きるとはこういうことなんだろうなと思わされる作品でした。 -
Posted by ブクログ
この表紙は結婚式!!!
と思ったらそういう事なんですね⟡.*
バイレッタとアナルドはツンケンしつつも最近アナルドのバイレッタへの理解力(謎の翻訳機能)がかなり精度が上がってて糖度増し増しなの微笑ましくてきゅんです(*´`)♡
あの時結婚したことを後悔している旨の爆弾発言もきっと裏に色々意味があるんだろうなと思いましたが、バイレッタには全く伝わってなくてまあ言い方に大いに問題があるのも確かですが、そろそろ夫の言葉足らず問題と別の意味がある可能性に気づいてもいいのでは...?と思わなくもないですがジレモダも可愛いので良しです(•ᵕᴗᵕ•)笑
軍人としてのアナルドの凄さも垣間見える素晴らしい任務遂行っぷりで、バイレッタの友人のミュオンたちとのやり取りも楽しかったです!
アナルドの部下たちもそれぞれに得意不得意あって皆統率が取れてて味方だと頼もしいことこの上ないですね⟡.*
素直になれないバイレッタの精一杯の愛情にもほっこり(*´艸`)
また夫婦の絆が深まったみたいでなによりです。 -
Posted by ブクログ
眼鏡の秘書姿が恐ろしく良く似合うアナルド、顔がこんなに国宝級なのに性格があれで2つ名持ちの軍人なのか......と思うと色々感慨深いですね笑
心配していたエルメレッタが無事で本当に良かったです。それにしても本当に3歳......?あまりにも賢すぎる。。。
バイレッタの巻き込まれ体質も健在で、今回は見た目は似ているらしいけれど性格が恐ろしく似ていない兄のせいで大変なことに(・v・;;)
や、お兄様あまりにも危機管理意識無さすぎでは、、、
アナルドは言葉足らずですが、バイレッタが絡むといつもより強くて頼りになる気がします。振り回される部下たちはちょっと不憫ですが((( *艸))クスクス
無自覚バイレッタはそろそろ言葉足らずでも行動で何度となく示されて執着されまくってるんだからアナルドから愛されてることを自覚すべきと思いますね(ノ∀`*)笑
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Posted by ブクログ
はじめは少しずつ読み始めた。でも、いつしか読む手が止まらないほど夢中になっていて、三日間、嵐に巻き込まれるかの如く読み耽っていた。読み終えた今、綴れることは、音楽が、東ドイツに生きた人々のみじめさと、焔のゆらめきと、生活が、その人生が、わたしの心をさらって言ったということだけかもしれない。今や、他人事ではないドイツの歴史に、心揺さぶられ、シュウジと一緒になって、ひとりの日本人としてその時代を生で味わったような気持ちになった。覚悟と熱意を持って戦うキャラクターたちに、自らの脆弱さが恥ずかしくなるほど。それぞれのキャラクターたちは、須賀しのぶ作品らしい理知的で冷静なたくましさを持っていて、惹かれずにはいられなかった。特にヴェンツェルとイェンツは対照的な存在ながら、どちらの立場も、心象も、痛いほど伝わり、その人間味に惚れ込んでしまった。間に挟まる主人公にだけ、仲間たちとの絆が見え、安易な友情でも恋でもない、どこか多角的な人間関係にシュウジの立ち回りの巧さも感じた。執着の強い物語が多い現代で、キャラクターたちの心象はどこか大人びて見える。ピアノやヴァイオリンといった音楽の描写も歌い上げるような心地よさで、余韻が強く、物語の中から未だ抜け出せずにいる。すごい傑作だった。
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Posted by ブクログ
親友の死を追うノンフィクション。取材を通じて描かれるのは、亡くなった平賀さんの人生だけではなく、彼を「親友」と呼んだ著者自身の葛藤や揺らぎだ。読み進めるほどに、著者が自分自身をも描き出していることに気づく。
本書には「親友」という言葉が繰り返し登場する。日常でも耳にする言葉だが、実際にその関係を持つ人はどれほどいるのだろうか。少なくとも私には、胸を張って「親友」と呼べる友人はいない。年に数回会う友人や、毎年集まる仲間はいる。困っていれば助けたいし、大切な存在だ。しかし、それでも「親友」と呼べるかと問われれば、答えは曖昧になる。
だからこそ、本書を読んで最も強く感じた感情は羨望だった。著者と平賀さんの関係は、単なる友情ではない。自分のこと以上に相手を思い、行動し、影響を与え合う。平賀さんは死後もなお人を動かし続ける。その生き方が、どれほど豊かな関係性の中で育まれたものなのかを思い知らされる。
「人に与えた分だけ返ってくる」
この言葉が静かに胸に残った。果たして、私の周囲の友人たちは自分にとって親友なのか。著者と平賀さんの関係と、自分の友人関係は何が違うのか。読みながら何度も自問することになった。
親友の定義は人それぞれだろう。しかし本書を通して感じたのは、自分以上に相手のことを考えて行動できる関係こそが、親友と呼べるものなのではないかということだ。そして私は、まだそのような関係を持てていない。
人はいつか死ぬ。その当たり前の事実が、本書では重く響く。だからこそ、誰かと深くつながることの価値は、想像以上に大きい。『親友は山へ消えた』は、親友の死を描きながら、同時に「生き方」を描いている。自分の人間関係を照らし返す鏡のような一冊だった。 -
Posted by ブクログ
夫を殺傷した事件の弁護を、裏取引をしてまで担当した御子柴の真意はどこにあるのか。被疑者は犯行を認めていて、有罪になることも明らかなのに、弁護料を払えるわけでもない。しかも、夫殺しの真相も釈然としない。
検察側は因縁の岬検事。御子柴が弁護を代わったことで警戒しつつも、一審、二審と御子柴は有利に裁判を進めていく。最後の最後まで、夫殺しの真相も、そもそも御子柴がこの裁判に目をつけた本当の理由も分からないままラストを迎え、全てが明かされた時には、思わず「うわー」と言いたくなった。
先の先まで考えられる御子柴が、この結末を予想しなかったわけがない。それにもかかわらず、弁護を引き受けた真意を思うと、ダークヒーローというだけではなさそうだ。ますます、御子柴礼司が何者なのか分からなくなってきた。
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