素晴らしい小説だった。このような作品を名作というのではないか。
僕はすぐに話の核心に気付いてしまったし、勘の良い皆さん読者もきっとそうなるだろう。
だけど、それを差し引いてもやっぱり、本当に素晴らしい作品だった。
そして、この小説の著者・森絵都さんは、読者にすぐに気付かれることも計算に入れている。そこがまたニクい。
僕の中では、誰か、特に普段あまり小説を読まない方や、小説に苦手意識を持つ子どもたちに、胸を張って薦めたい作品になった。
ここでは、この『カラフル』の魅力を様々な角度から分析・検討していきたい。
革新的と言っていいほど読みやすく分かりやすい、しかも先の展開を思わず気にさせる魅力的な文体には、様々な寓話的教訓がこれでもかと詰め込まれている。
特に、他者に対する安易な決めつけの否定という、根底に流れるテーマの妥当性は、登場人物の数々の言動によって裏付けられていて、強い説得力を持って僕らに迫ってくる。
そう、人はただ一色で成り立っているわけじゃない。長所だけで、または短所だけで成り立っている人なんていない。
色々な美点と欠点が、カラフルに組み合わさって、虹みたいなグラデーションを成している。
だから、一通りの決めつけはよくないよ、と、この小説は繰り返し訴えかけてくるのだ。
決めつけや定説に従って動くAIがあたり一面を席巻し、それの言いなりになってしまっている人も多い(ように見える)今だからこそ、この作品はなお、読む価値が高まっていると言えそうだ。
ここからは二パターンの人間関係を軸に、軽いネタバレを含みながら、改めて作品の魅力に迫ってみよう。
未読の方は是非、読み終えてからまた来てほしい。
僕はこの作品を読むにあたり、主人公・真とその兄・満の関係にまず着目した。
本来の真は、中学生の男の子。極端に内気で人見知り、学業もパッとせずクラスでも孤立していたが、芸術的感性(美術)に関しては右に出る者がいないという、ある種の分かりやすい人間像で描かれている。
そしてその本質は彼の魂が入れ替わった後も、一切変わらなかった。
一方で兄の満は成績優秀な高校生の好青年という印象だ。
このような兄にはありがちなことであるが、彼はトロい弟に表面上では嫌悪感を示していたのだった。
ごく一般的な兄なら、そんな弟に嫌悪感以上の感情を持たなかったかもしれない。
トロい真は、生まれ変わる前も後も、長らく満を、ただのそんな兄だと勘違いしていたようである。
だが実は、満は誰よりも弟の真のことを考え気にかけていた。
実際、真が蘇生した時に、最も喜び感銘を受けていたのは、父親でも母親ではなく、この満でなかったか。
彼が志望学部を医学部に転向したのは、全力を賭して弟を救おうとしてくれた医師に魅せられたからと言うことになっている。
だがそのことは同時に、弟への彼の深い愛を、この上なく雄弁に物語っているようにしか、僕には読み取れない。
弟がドジを踏んでピンチに陥るとき、そこにはいつも兄の影があって、その影はいつも弟を土壇場から救い出してくれた。
「やれやれ、世話の焼ける弟だぜ」と思いながらも、兄は世話を焼かずにはいられない。
すっトロい真は、そんな兄の美しい愛に、終盤になってようやく気付くのだ。
それを読むと、僕らも、
「やれやれ、世話の焼ける主人公だぜ。兄がああまでしないと、分からないのか、成長しないのか」と、少し呆れるかもしれない。
だが同時に、
「憎めない、可愛いやつだ」とも、思わずにはいられないのではないだろうか。
それは読者が真をただ一方向から決めつけていない証にもなっている。
少し古い言葉で端的に言えば、満はたぶんツンデレだろう。
そして満のフィルターを通して真をそのように眺めてしまう僕ら読者も、きっとツンデレなのだ。
次に真と、彼のクラスメイト・唱子の関係に焦点を当ててみよう。唱子は、かなり勘の鋭い女の子として描かれている。だけどその勘の駆動源は、すべて真への恋愛感情から来ていたのだった。
唱子以上に勘の鋭い、皆さん読者は、彼女の初登場時から、すでにそんな彼女の本質を根本まで読み取らずにはいられない。
だが真は終盤までそんな唱子の真意に気付かず、彼女をただの『ウザいやつ』として扱う。その描写は、喜劇的でさえある。
だけどそんな喜劇の中で、彼女が一回、呆れるほど鈍感な真に裏切られた(ように見えた)時も、彼女は裏切られたなんて思っていなかっただろうし、僕ら読者もそうだっただろう。
上のほうで僕は
『本来の真は 〜(中略) 〜一切変わらなかった』と書いた。
クライマックスで唱子が、真に宿るかりそめの魂の存在と、その正体を完全に見破った時、彼女の頭の中にも、この真の核心部分が念頭にあったに違いない。
なんと愛されていることだろう!
真は、気がついていないだけで実はモテるのだ。やれやれ。
最後に、上のほうで僕が書いた(兄視点の)文章をもう一度示して、この感想文の締めくくりとしたい。
「やれやれ、世話の焼ける主人公だぜ。周りのみんながああまでしないと、分からないのか。だけど、憎めない可愛いやつだな、うん、本当に可愛いやつだよ。二度とドジなことすんじゃねえぞ。幸せにな!」