【感想・ネタバレ】黒い雨のレビュー

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感情タグBEST3

Posted by ブクログ 2023年08月06日

生まれ育った街が燃えても、家族や友人や恋人が死んでも、淡々と生活を続けねばならない市井の人たちの描写がこの出来事の悲惨さを強調しているようで辛く、休み休み読んだ
夏に繰り返し読むだろう

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Posted by ブクログ 2023年08月02日

梅雨が明けて夏が来ると読みたくなる、いや、どこか「読まなければ」という義務感に駆られて繰り返し読んでいる一冊。

声高に「反戦」や「No moreヒロシマ・ナガサキ」を訴えるのではなく、淡々と、市井からの目線で1945年8月の広島を描いているところに、静かな凄みのようなものを感じる。

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Posted by ブクログ 2023年07月16日

原爆が広島に落とされた日から月日が経っても苦しめられている人々の事を改めて思い知らされる。
目を背けたくなる描写はあるが、多くの戦争を知らない人々に是非読んでもらいたい。

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Posted by ブクログ 2023年06月22日

後世に、絶対に残さないと行けない作品。
戦争は絶対に起こってはいけないことを、特に若い人たちにこの本を読んで、感じてほしい。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2023年04月04日

面白い話ではない。しかし、何十年経っていてもこの小説の文章を読めば、重松が見たような光景や生活を思い描けるような話になっているところがすごい。

原爆症と診断されていないのに原爆症だと噂されて結婚が遠のいてしまう姪っ子のために、証拠の日記を相手方に示そうと当時の記録を追っていく話。戦後と昭和20年8...続きを読む月5日〜15日までをいったりきたりする。

重松は姪っ子の縁談がどうにかうまくいかないものかとすごく気を揉んでいる。どうしてあんな噂なんか信じるのか、最近は特に可愛くなってるし良い子なのに・・と、心の中でヤキモキしてイライラして、奥さんすぐ隣の部屋にいるのに「おいシゲ子、わしの日記を出してくれ」と急に大声で呼びかける。
おっさんが突然デカい声を出す現象はこれだったのか。気持ちは分かるけどびっくりするのでやめてほしい。

痛々しい場面になる度に一回小説から離れたくなるので数ページ読んで、置いて、数ページ読んで、置いてを繰り返した。なかなか読み終わらなかった。
しかし、重松をはじめ、なんとか奮闘し続ける人たちの話が盛り込まれているので、少しずつでも読み進めたい話になっているようにも思う。

ただ、普通では考えられない死に方、怪我、内部から生き物が破壊されていく得体の知れない怖さはずっと付きまとってくる。

後半、臭かろうが姿形が変わろうが、身内としては生きてほしい、奇跡が起こってほしい、と願って捜しまわってその後も看病し続けるエピソードが、怖ろしさに怯む以上にどうにかなってくれないかと願うものなんだと逞しかった。爪の先程も悲惨さは及ばないけど、根本的な気持ちは変わらないのだと、自分の経験と重なるように思えて涙が出た。

過去に何度も読もうとして挫折していた本。多分、火傷とか虫とかグロテスクなところばっかに目がいってて何も分からず最初の方までしか読めてなかったんだと思う。やっと読み終える事ができた。確か原爆関係の本で、「いいご身分ですなぁ」と嫌味を言われるシーンがあったなと薄っすら記憶していたものもこの本だった。

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Posted by ブクログ 2022年11月10日

「八月六日の午前八時十五分、事実において、
天は裂け、地は燃え、人は死んだ」

日本人として、読みたかった。
叔父は姪の幸せを望み、姪は結婚に胸膨らませ、
皆ただ、生きようとした。普通に普通に普通に。
無作為に汚された雨が、街が、それを許さない。

「きみたち日本人は、アメリカにこれほど残虐な目にあ...続きを読むわされて、腹が立たないのか」
Ernesto “Che” Guevara
—25th july 1959, Hiroshima

2022年8月6日原爆死没者名簿に4,978名が追加。
累計333,907名。
戦後77年。
〝戦後〟ってなんだろう。

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Posted by ブクログ 2022年08月07日

終戦から20年過ぎた1965年、雑誌『新潮』に連載された広島市への原爆投下を題材にした小説。
被爆者である重松静馬の日記と、軍医の岩竹博の手記が元になっています。

「閑間重松」という被爆者が中心となります。
原爆後遺症によって労働をすることができない彼は、被爆者の仲間と共に川釣り等へでかけますが、...続きを読む村人からは心無い言葉を投げかけられ、除け者扱いされます。
また、同居する姪の「矢須子」は、実際は爆心地から離れた場所におり、原爆の影響がある兆候は見られないにも関わらず、被爆者という噂が立っているがために縁談が決まらずにいます。
そんな姪を不憫に思った重松は、矢須子が影響を受けなかったことの証明と、彼が経験した原爆の悲惨さを残すために、当時の日記を持ち出して清書します。
本作は、日記に書かれた原爆投下当時の様子と、落とされてずいぶん立つにも関わらず現在も原爆の影響を受ける重松たち家族の日々が書かれた内容となっています。

激しい光と巨大な轟音、立ち上るきのこ雲は、普段どおりの変わらない日常を過ごしていた大勢の人々の生活を一瞬で破壊しました。
人は溶け、弔いもされないままやがて蠅まみれになって、無惨にも人骨を晒す。
生き残っても、正体の分からない新型の兵器とやらによって苦しみ、内蔵が不調を来し、生きたまま蛆が湧いて呻きながら死んでいく。
"原爆の恐ろしさ"といえばそうなのですが、"原爆"というものがわからない当時の人々に取っては、"原爆"という兵器ではなく"戦争は嫌だ 平和が良い"という祈りを感じる内容だと思いました。
戦争小説というと、軍機の厳しさ、兵隊の勇ましさがクローズアップされますが、本作に登場する人々は、兵隊、勤め人、含めて、そこに住んでいた人です。
原爆によって焦土と化した広島にいた人々がどうなってしまったのかが描かれていて、戦争の悲惨さを訴えかける戦争小説でした。

2021年、「黒い雨」訴訟で、住民側が勝訴したというのが話題になりました。
落下現場から遠く離れた場所にいた人々も、原爆による健康被害を受けたと思われる人がおり、その人々を被爆者と認めるための訴訟でした。
作中でも、健康体に見えた矢須子ですが、実は原爆投下後に降った黒い雨を全身に浴びており、後に原爆症に苦しむことになります。
その後、重松は、原爆症で死地の淵から回復したという『軍医予備員・岩竹博の手記』を手に入れ、本作中で紹介しますが、その内容も壮絶なものでした。
本作は矢須子の回復を祈るシーンで終幕していますが、その文面には、諦念が込められているように感じます。
本作で書かれた矢須子が被爆者であるということが、57年越しにようやく認められたというのは、なにかすごいことのように思いました。
原爆の影響は落とされた場所だけではなく広範囲であることが認められ、改めて原爆の恐ろしさ、戦争の恐ろしさを再認識させられる名著だと思いました。

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Posted by ブクログ 2024年01月23日

何人という命を一瞬にして奪った原子爆弾。教科書の1ページや毎年その日のテレビで追悼の様子を見るくらいしかなくて、よっぽど私にとっては9.11のテロのほうが刻まれている。
この本を読んで初めて惨さや切なさを感じた。
今の私になにができるわけではないけど、日本人としてちゃんと受け止めるべきだと思った

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Posted by ブクログ 2023年11月28日


意外と掴みどころが無い井伏鱒二の作品の中で、本作は克明な描写と確かなリサーチが合わさったかなり骨太な作品。
第二次世界大戦につき記した作品が林立する中、原爆と被爆者に触れた本作は戦争文学の金字塔と称されている。
内容的なヘビーさを排して、言葉選びが平易でとにかく読みやすさが目に付いた。
当時の惨状...続きを読む・敗戦の歴史を後世に伝えなければならない昨今、間口が広いこの作品が文学的に重要である事は間違いない。

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Posted by ブクログ 2023年09月05日

日記形式で、主人公の体験が描かれている。
広島の原爆投下から終戦までが詳細に描かれている。
悲惨な状況が伝わってきて読んでいて痛々しかった。
原爆症についても、被爆直後ではなく時間が経ってから症状が現れるということも改めて身に染みた。
「夕飯は美味しかった。主食は麦飯七割にフスマ三割の混合だが、副食...続きを読むは石炭統制会社へ土産にしそこねた罐詰の牛肉である。こんな甘美な味のものを僕は絶えて久しく食べたことがない。重厚な感じの鼈甲色の肉、とろりとした琥珀色の汁、唾液を誘出させるその匂がたまらない。手拭で頬被りをしなければ頬が飛んで逃げそうだ」(p226)
という描写が当時の食糧事情をよく表している。
頬被りをしなければ頬が飛んで逃げそうだという表現に主人公の喜びが手に取るようだ。
多くの人々が同じような苦労をした戦争、そして原爆。
二度と同じ過ちを犯してはならない。
そのためには、当時あった出来事を忘れないことである。
読んでいて決して楽しいものではないけれど、時々戦争に関する本を読もうと思う。

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Posted by ブクログ 2023年08月29日

2度目の広島訪問を前にして、それをより意義あるものとしたくて手に取った。
戦時下の淡々と進んでいく日常生活を破壊した原爆。しかしその中にあっても日常を生きる他ない、生き残ったものたちの現実が描かれていた。
戦争を直接は知らない私は、東日本大震災の惨事やコロナ禍の窮屈な生活と絡めて読んだが、戦争は人為...続きを読む的に引き起こされるもの。なぜそれを止めることができないのか。歴史から学べない人間の愚かさを思った。

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Posted by ブクログ 2022年09月29日

「井伏鱒二」が広島への原爆投下から数年後の被爆者の苦悩を描いた作品『黒い雨』を読みました。
「原民喜」の『夏の花』に続き、原爆関係の作品です。

-----story-------------
あの20世紀最大の悲劇を、坦々と、静かな語り口で後世に伝える――小説の力だ。

一瞬の閃光に街は焼けくずれ...続きを読む、放射能の雨のなかを人々はさまよい歩く。
原爆の広島――罪なき市民が負わねばならなかった未曾有の惨事を直視し、“黒い雨”にうたれただけで原爆病に蝕まれてゆく姪との忍苦と不安の日常を、無言のいたわりで包みながら、悲劇の実相を人間性の問題として鮮やかに描く。
被爆という世紀の体験を、日常の暮らしの中に文学として定着させた記念碑的名作。
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雑誌『新潮』で1965年(昭和40年)1月号より同年9月号まで連載され、連載当初は『姪の結婚』という題名であったが、連載途中で『黒い雨』に改題されたそうです… 被爆者「重松静馬」の『重松日記』と、被爆軍医「岩竹博」の『岩竹手記』を基にした作品なので、「井伏鱒二」の創作ではなく、実際の体験に基づく日記・記録によって書かれたルポルタージュに近い作品です、、、

主人公の名前は『重松日記』の著者「重松静馬」の氏名を逆転させた「閑間重松(しずま しげまつ)」という名を使ってあるし、『岩竹手記』の著者「岩竹博」の名は、そのまま使ってありましたね。


広島市への原子爆弾投下より数年後の広島県東部の神石郡小畠村… 「閑間重松」と「シゲ子」の夫妻は戦時中広島市内で被爆し、その後遺症で重労働をこなすことができない、、、

養生のために散歩や魚釣りをすれば、口さがない村人から怠け者扱いされるような状況… そんな中、「重松」は、同居する姪「矢須子」のことで頭を痛めていた。

「矢須子」は、婚期を迎えているが、縁談が持ち上がるたびに被爆者であるという噂が立ち、縁遠いままなのである… 1945年(昭和20年)8月6日朝、「重松」は広島市内横川駅、「シゲ子」は市内千田町の自宅でそれぞれ被爆したものの、「矢須子」は社用で爆心地より遠く離れた場所におり、直接被爆はしていない、、、

しかし、縁談が持ち上がるたびに「市内で勤労奉仕中、被爆した被爆者」とのデマが流れ、破談が繰り返されていたが、そんな折、「矢須子」にまたとない良い縁談が持ち上がる… この話をまとめたい「重松」は、彼女に厳重な健康診断を受けさせたうえで、「矢須子」が原爆投下時、広島市内とは別の場所にいたこと(=被爆者ではないこと)を証明するため1945年(昭和20年)8月当時の「矢須子」や自身の日記を取り出して清書しようとする、、、

しかし実際には、「矢須子」は「重松夫婦」の安否を確かめるため船で広島市に向かう途中、瀬戸内海上で黒い雨を浴びていた… しかも再会した「重松」らと燃え上がる広島市内を逃げ回ったため、結果として残留放射能も浴びていたのだ。

この事実を「重松」が書くべきか悩んでいる折、「矢須子」は原爆症を発病… 医師の必死の治療もむなしく病状は悪化し、縁談も結局破談になってしまう、、、

1945年(昭和20年)8月15日までの日記を清書し終えた「重松」は、空にかかる虹に「矢須子」の回復を祈るのだった。


私は、芸備線沿線の山村で育ったので、芸備線沿いの矢賀や戸坂、矢口、下深川、三次(当時の駅名は備後十日市)、塩町、庄原等の駅名や地名は懐かしかったし、とても身近に感じられましたね、、、

出てくる町や村がリアルに想像できるので、他人事には感じられず… それだけ、身につまされるとともに、辛さや哀しさが生々しく感じられた作品でした。

71年前に故郷で起こった悲惨な出来事… 被爆地出身者のひとりとして、この事実を忘れてはいけないんだと強く感じた作品でしたね。

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Posted by ブクログ 2022年08月13日

今ウクライナで戦争が起きている。この小説の中でも広島に原爆が落とされ未曽有の惨事が戦争という形で描かれているところは共通だ。だから戦争は止めていかないといけないと思う。正義の戦争より不正義の平和、地獄絵図が現実で起きている、新型兵器、悲惨な街、人々の様子は痛いほど分かった。読み進めていくのが辛いシー...続きを読むンもあった。

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Posted by ブクログ 2022年05月20日

日常を普通に生きる非凡で平凡な善良市民に原爆という未曾有の事態が降りかかった。こんなに悲惨だよこんなに辛いよ苦しいよと訴えかける戦争小説とは少し違った。登場人物たちは淡々と生きていた。これは本当に私が住む日本で起こったことなんだと震える思いだった。すぐ横で人があらぬ姿で死んでいた。平和を願う心から、

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Posted by ブクログ 2022年04月06日

4年の時を経て再チャレンジしました。教科書やドキュメンタリーでは、原爆投下時に広島にいた人が取り上げられることが多いですが、この本では、投下時に離れたところにいた人の話も扱われています。記録映像ではないので100%正確とは言えないのかもしれませんが、原爆の記録の一つとなると思います。

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Posted by ブクログ 2022年03月06日

教科書に載っていて一部は読んだことがあったが、全体を読み、改めて戦争の恐ろしさを実感した。あまりに生々しい表現に目を背けたくなったが、同時に読むのをやめてはいけないと思った。「戦争はいやだ。勝敗はどちらでもいい。早く済みさえすればいい。いわゆる正義の戦争よりも不正義の平和の方がいい。」物語の中盤で出...続きを読むてくる重松のこのせりふが、この物語を通して一番感情的なせりふに私には聞こえた。

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Posted by ブクログ 2021年08月21日

井伏鱒二が実際に広島で被爆した重松静馬氏と岩竹博氏の日記を元に、広島で二次被爆した姪の縁談を破談にさせたく無い思いから、当時の状況を記した日記を清書して、提示する事で、姪が被爆者ではない事を示そうとする顛末を物語として描いたもの。
重松が日記清書する現在と、清書される日記の語る原爆投下の8月6日から...続きを読む終戦の15日までが、入れ替わり立ち替わり描かれる。
原爆投下直後の、焦土と化した広島の街並みとあちこちに溢れる遺体、そしてそこに黒い覆いのようにたかる大量の蝿、遺体の目や口、鼻から溢れ出てくる蛆、、、日記の中で淡々と語られる悲惨な状況は自分達の想像力を超えてしまう。
一方で、数年が経った今、そのような悲惨な姿は無くなったものの、健康であった姪の体調に異変が出始め、原爆症という恐怖が再び静かに重松とその家族に迫ってくる様子が描かれ、これはまた被爆直後の悲惨さとはまた異なる恐怖として迫ってくる。

「黒い雨」を他人の日記の引き写しだとして否定する評価をする人もいるようだが、この作品は単に日記を書き写しただけではない。
そこに数年経っても原爆症に脅かされる人々の今を織り込む事で、原爆の悲劇が形を変えて続いている事を示している。これは当時の日記からだけでは決して語る事はできない。

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Posted by ブクログ 2021年08月08日

タイムリーになってしまった。
大切な姪の結婚の為の覚書として書いたという所が良かった。死ぬも地獄生きるも地獄。ピカドンの一瞬で全てが変わってしまい、何が起きたか分からない死体だらけの中大混乱の日常。不安で、それでも何とか生きていく人々の姿に応援したい気持ちになる。
横の繋がりで幾らか救われ、大事だと...続きを読む思った。
終わり方もよかった。

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Posted by ブクログ 2023年11月12日

原爆投下後の個人の日記という設定だが、被害の描写が克明で頻繁で、なかなかストーリーがすすんでいかない。肉体への被害は多種多様に描かれているが、決して十分な生活とは言えないだろうが、食事したり出勤したりする人がいたことは意外だった。
こんな兵器があと何発、日本に落とされるのだろう。

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Posted by ブクログ 2023年08月15日

戦時中という非日常の中で日常を営んでいる所に落ちる原爆。
姪のお見合い成就の為、当時の有り様を日記に落とし込む形で再現している。

正直、現実味がわかないくらいの出来事が現実に起こっていた。
そして現代でも起きないとは限らないという潜在的な危険が世界にはあるってことを改めて思い出した。
仮に今この様...続きを読むなことこ起きたとき、生き残るのは難しいなと思えるくらいには平和ボケしてる自分を認識した。

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Posted by ブクログ 2023年06月30日

日常の底にいつも沈められている、人間の狂気は正義ですらある。
僕らが立っているこの大地のすぐ下には、いつ起き出すかわからない猛獣を飼っているようなものだ。

手懐けていた家畜はいつのまにか手に負えぬ代物になっていて、飼っていた人たちだけさっさと逃げる用意をしていて、なにも知らないひとたちが逃げ遅れる...続きを読む

エネルギーや核兵器の問題は誰も解決できなくなっている。文明は繁栄と平和で作り笑い。

正義の戦争より不正義の平和の方がましじゃ

とはよくゆうたもので。
それもそれでがんじがらめになってます。

以下、ネダバレですが、核兵器をつかえる立場の人には必ず読んでほしい。
そしてこの本を核兵器のボタンの横において置くこと。

↓↓↓↓
(子供は)柘榴の実の一つ一つに口を近づけて、ひそひそ声で「今度,わしが戻って来るまで落ちるな」と言い聞かせていた。その時、光の玉が煌めいて大きな音が轟いた。同時に爆風が起こった。塀が倒れ、脚立がひっくり返り、子供は塀の瓦か土かに打たれて即死した。

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Posted by ブクログ 2023年02月26日

サンマの肝みたいな一冊。極上の脂をまとった白くふっくらとした身を陽とするなら、血生臭くどろりと黒い肝が陰。そして両者は隣同士で接する位置にある。ただ思い切って味合えば、肝特有の苦味の中にサンマの本質とも言うべき滋味も感じることができる。

ひたすら戦争と原爆のエグさ、そしてその後遺症についての生々し...続きを読むい描写が続く。原爆の恐ろしさについて触れた文学作品って数多あるんだろうけれど、井伏鱒二がこれを出したことに大きな意味があると感じる。彼ぐらいのネームバリューがあれば「井伏鱒二読んだことないからいっちょいってみっか」という私のような素人に、あらためて戦争について考えさせることができるので。特にこんな時代だからこそ、戦争体験の後世への伝達ツールとしてきちんと機能する読みやすさだし、あらためて教科書とか課題図書とかにしたらいいと思うよ。ほんとマジにマジで。

印象的だったのは、原爆投下直後の広島で必要になったあらゆる物資の中に「お経」があったこと。身近な人間がバタバタ死んでいくような悲惨な状況下で、その尊い死を軽視せず尊厳を与えたこの行為はどれだけの人に安堵を与えたのだろうね。飢えを凌ぐための食糧品以上にもしかしたら価値があったんじゃなかろうか。戦後を生きなければならなくなった残された人たちにとっては何よりの精神安定剤だったんじゃないかなぁ。

下記は印象に残った本文の抜粋です。

広島は焼けこげの街、灰の街、死の街、滅亡の街。累々たる死骸は、無言の非戦論(15頁)

戦争はいやだ。勝敗はどちらでもいい。早く済みさえすればいい。いわゆる正義の戦争よりも不正義の平和の方がいい。(205頁)

矢須子は次第に視力が弱ってきて、絶えず耳鳴りがするようになったと云っている。はじめ僕は茶の間でそれを打ちあけられたとき、瞬間、茶の間そのものが消えて青空に大きなクラゲ雲が出たのを見た。はっきりそれを見た(279頁)

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Posted by ブクログ 2023年01月31日

正義の戦争よりも不正義の平和の方がいい。

辛い描写も多く、読むのがなかなか進まなかったが、日本人として後世へ伝えなければという使命感のみで頑張って読み進めました。

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Posted by ブクログ 2023年01月08日

面白かったし読みやすかったが、何かページが進まなかった。重いテーマのせいか、過去の振り返りの手記が多くそれに閉口したのか?原爆と戦争の恐怖を伝え続ける小説としての価値は高いと思う。

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Posted by ブクログ 2022年11月21日

戦争はやはりやってはいけないと教えてくれる本

耳にうじ虫がわく兵隊さんの話などがすごく印象に残った。

戦争は恐ろしい。
核爆弾の怖さが淡々と書かれていた。

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Posted by ブクログ 2022年10月10日

淡々とした描写が悲惨さを増長するようで怖い。こう言う描き方もあるんだ、と作品としての素晴らしさもあるので読んでおきたい本。

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Posted by ブクログ 2022年08月07日

新潮文庫の100冊にて選んだ。司馬遼太郎が影響を受けたと言われる作家、井伏鱒二の代表作。昭和20年8月6日午前8時。日本人なら学校で誰もが教わる、広島へ原子爆弾が投下された日。
本編から言葉を借りると「光の玉が煌めいた瞬間」、市井の人々はどのような朝を過ごしていたのか。戦後も数年になる頃、主人公...続きを読む重松は姪の矢須子の縁談のために「被曝日記」と称し、落ちた直後の2キロ地点での状況、10キロ先での状況、当時の食生活などを6日朝の被曝から15日正午のあの放送までを振り返る。
戦後、原爆症を抱えながら生きる重松を通して前半は広島での惨憺たる状況を目の当たりにし、後半は被爆者の、原爆症による体の痛みや苦しみ、確実な治療法もない中看病し続ける人々を描いている。

前半部の、灼熱の焼け野原でその辺に死体が転がっている状況が「地獄とはこんな所だろうか…」と思ったりして最初はかなりしんどかった。が、焼跡を歩いて回りながら市中を観察する重松と一緒に、読んでいるこっちもだんだん麻痺してきて人の死に慣れてきてしまう。読後、冷静に反芻していると実際に起きた人の死に「慣れる」という普段絶対に感じることのない感覚にちょっと異常なことが起きていたな、とゾッとする。

そして後半の原爆症の描写は本当に痛々しくて、何より悲しい。病気によって起こる負の感情に対して、どの国が悪いと政治的に考察したり真正面から「戦争は良くない!!」と憤るのではなくて、ただ淡々と、そこに悲しみがあることが辛い。こんな風に人が死んではいけない、と強く思わされる。

過去を振り返っているのでもちろん現在(戦後5年くらい)の描写も挟まれるのだが、被爆者への差別や原爆症のために働いていないことへの僻みがあったり、現在でもよくネットなんかで見かけそうな理不尽な言動を受けるシーンが多々あって昔の話、と簡単に片づけることができない。東日本大震災の時の東北産野菜への風評被害を思い出す。

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Posted by ブクログ 2022年07月24日

8月6日の、原爆投下の正にその当日からの日記を主人公が清書する、という形でその悲惨な状況がリアルに綴られています。
また、場所や立場が違った何人かの手紙なども差し込まれており、別の視点での状況や気持ちも伝えられています。
戦争反対や原爆廃止の必要性、今平和に生活していることが当たり前と思わない為に、...続きを読む様々な文献や情報を得ること、得続ける事が必要と痛感する。

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Posted by ブクログ 2022年06月08日

姪の矢須子が、広島で被爆したために原爆症になったといううわさがひろまり、彼女の結婚話が進まないことに悩む閑間重松を中心に、八月六日前後の広島のようすをつづった作品です。

見合いの相手方から、原爆が落とされたころの矢須子の足どりを知りたいという要望があり、これにこたえるために重松と妻のシゲ子は、彼女...続きを読むの日記を清書し、また重松はみずからの被爆体験をつたえるために自身の行動をしたためていきます。

この世のものとは思えないような凄惨な光景をつくり出した戦争と、その後に原爆のもたらした苦しみに苛まれつつ日々を送ることになった重松たちのすがたが、同時並行的に進行する構成になっています。やがて矢須子の身に、被爆の後遺症が見られるようになり、彼らの日常のなかに入り込む原爆の恐ろしさが露わとなっていきます。

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Posted by ブクログ 2022年03月31日

広島への原子爆弾投下後の街や人々の凄惨な状況を日記を清書していくという形式で綴られます。
その昔、読み終えた時は、ただ痛ましい印象が残ったが、さて、冷静な状況描写に、驚きと何か意思を感じました。

小説と思っていたものが、実在の被爆者の日記と、作者自身が多くの被爆者からの聞き取りを基にしたものでした...続きを読む
「千万語を費やした反核・反戦・平和の言葉より事実に勝るものはない。」とし、地名・人名ともそのまま使用して、虚構としない作品にしたかったそうです。

不正義の平和の方が良い
広島の末路
来るところに来てしまった
状況が判明していくにつれ、表現は暗く重くなる。
そして、敗戦を迎え日記は終わります。

歴史と文学の館『志麻利』の館長さん?の「黒い雨」本当に伝えたかった事の動画良かったです。重松さん(日記の方)や井伏鱒二の想いとか、手紙とか。読む前に見つけてたら尚良かったですが、何年かしたらまた読みますね。

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