小説・文芸の高評価レビュー
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購入済み
解決してない…
自分のことしか考えられないグウィンもジェイニーも自業自得。でも、この国王の言動を見ると、父子だなぁと思う。
そしてラブジアの魔術師たちの不穏な行動に、ルエラとユリシーズの身が心配… -
Posted by ブクログ
15年にも及ぶ櫂と暁海の物語。
2人はあまりにも身勝手な親たちの恋愛や生き方に翻弄され続けます。
読み終えた今、「もし親が"普通の親"で、子供にとって重りにならない存在であったなら、2人はもっと長く一緒にいられたのだろうか」と考えずにはいられませんでした。
お金のために、夫が不倫相手の家に入り浸っているのに離婚へ踏み切れない暁海の母。
恋人ができると子供なんてそっちのけになってしまう櫂の母。
そんな親たちのもとで育ったからこそ、
2人は若い頃からどこか冷めていて、どこか親に対して「諦観」を抱いているように見えました。
「捨てればいいのに、捨てられないのが親」
大人になっても金銭面や精神面で依存され続け、諦めを抱えながらもどこかでその期待に応えようとしてしまう。
2人のその姿には、凄みすら感じます。
私自身、噂話がエンタメになってしまうような田舎で育ち、大学進学を機に地元を出た経験があるため、櫂の「外に出て、自立して夢を叶えたい」という強い切望には痛いほど共感できた。
一方で、暁海は自分の未来や恋人との明るい将来を諦め、親のために島に残って耐え続けた。その忍耐強さと深い優しさには、胸が締め付けられる想いになった。
特に心に残っているのは、10代の櫂が暁海に語ったセリフで、
「俺らは手持ちのカードに恵まれてないから、利用できるものは利用してやってかないかん」といった趣旨の言葉。
まだ親に甘えたいはずの10代の若者が、
これほど冷静に自分の置かれた立場を見極め、どうにか未来を切り開こうともがくなかで発したその言葉に、強く胸を揺さぶられました。
親という重りを背負いながらも、自分たちの足で生きようとした2人の姿は、本当に多くのことを考えさせてくれます。切なくも、心に深く刻まれる一冊でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ一言で言えば面白え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
なんだけど、あれこれそれこれのらりくらりと躱されてきたあのロンバート大佐が、
「アンセル・ロンバートはただの人間に戻った」
この一文だけで終わらせられたことの衝撃よ。作中人物はもとより、読者もかなり煮え湯を飲まされてきてたんですが! たったこの一文で終わり!!! いやあ痛快ったらない。
大地を割るカーリー(伊歩)に踏みつけられて終わるというのがなんともいいッスね。
そして当然、対ジャム戦が終わるわけではなく。情報を食うってなに??? どうやって勝つのよ??? うおおおお神林先生なにとぞご健勝のうちに完結までお導きください……! -
Posted by ブクログ
大の大人になって、小学生の頃に伝記で読んで以来久しぶりに『ヘレン・ケラー物語』を読んだ。手に取ったきっかけはちいあお文庫、ちいかわのカバーだったからである。
結果、ボロ泣き。諦めない心と、そこに注がれる情熱が、あまりにも計り知れず、美しくて尊くて。
もし自分が目も耳も不自由だったら。そして、かつては短い期間だけれど、見えて、聞こえていたのだとしたら。考えるだけでくるしい。
ヘレン自身は自分の気持ちを表す手段すら分からず、両親の自由にやらせてあげる教育方針のもと、ただ暴れることしかできなかったのたが、その矢先サリバン先生と出会う。先生は辛抱強く文字を教え、指文字を通してものには名前があるということをヘレンに伝える。そこから読唇を身につけ、やがて話すことまでできるようになっていく。もちろん、それはヘレン一人の力だけではない。彼女の強い意志を信じ、支え、背中を押してくれた人たちがいたからこそ、ヘレンは前へ進み続けることができたのだと思う。
そしてヘレンは世界中のたくさんの人に夢や希望、そして人間の可能性を伝え続けた。諦めなければ、道は開ける。自分の可能性を自分で閉ざしてはいけない。そのことを、自らの人生をもって伝え続けた彼女の生き方は、なんて高尚で、美しいのだろう。
そして何より胸を打たれたのが、サリバン先生がこの世を去るときのこと。「自分の頭にある冠を私に授けてくれました」この一文で涙腺が崩壊した。
小学生の頃にはただ有名な努力がすごい人として単純に読んでいた物語を、大人になって読み返すと、そこにある愛情や忍耐、そして人と人とのつながりの重さがまるで違って見え、心に刺さった。
いいお家柄なのも幸運だとは思うが、好奇心旺盛で、常人なら心が折れそうな失敗や試練も跳ね除け乗り越える強さがなにより彼女の思いを成就させた要因なのだろうな。 -
Posted by ブクログ
本屋を舞台にしたアンソロジーだが、読み終えてみると、「人はどうやって人とつながるのか」「自分の居場所をどうつくるのか」を描いた一冊だったように思う。
印象に残ったのは、本が人と人との間に、ちょうどいい距離をつくっていることだ。
瀬尾まいこの「続きは書店で」にあった「本の中に友達って結構いますよね」という言葉が好きだった。登場人物が友達になり、本そのものが友達にも先生にもなる。本を読むことは一人ですることだけれど、実はたくさんの人と出会うことでもある。
「悩み事は口にした時点でほぼ解決に近い」という言葉も心に残った。すぐに答えを出したり、アドバイスしたりするだけが人を助けることではない。ただ話を聞いてもらうことにも意味がある。
一穂ミチの「勉強はずっとするものです」という言葉もいい。学校を卒業しても、仕事や読書、人との関わりの中で学びは続いていく。年齢を重ねるほど、この言葉の意味を感じる。
また、坂木司の、地域で商売するなら「先に自分が客になる」という考え方も印象的だった。相手や地域に何かをしてあげるのではなく、まず自分もその関係の中に入っていく。仕事にも通じる考え方だと思う。
凪良ゆうの「小鳥たち」では、「誰にも手出しできない私だけの居場所が欲しい」という思いと、「浮き輪を投げてくれる人が私にもいる」という言葉が心に残った。自分だけの居場所を持つことと、誰かに支えてもらうこと。その両方があっていいのだと思う。
そして最後の三浦しをんの「人の心の見晴らしを良くするのが本屋の務めだ」という言葉は、この本全体を表しているように感じた。
本屋は、一人になれるのに孤独ではない。知らない誰かの人生や考えに触れ、自分の世界を少し広げることができる場所だ。
だから私は本屋が好きなのだと思う。
この本を読み終えて、また本屋に行きたくなる。そして本を買う。
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Posted by ブクログ
何だろう?世界観が好きなのだろうか。。主人公で大学生の哲之が亡き父の抱えた借金返済を迫るヤクザに追われ、安全のために母子別れて暮らすことになる。物語はそんな哲之の引っ越し中のシーンから始まる。
電力会社へ通電届けを怠った大家のせいで入居初日に部屋は真っ暗闇。帽子掛けを作ろうと柱に釘を打ち付けたところ蜥蜴(トカゲ)を一緒に貼り付けてしまう。貼り付けられたまま死を待つも何故か死なない蜥蜴を最初は気持ち悪く思い、打ち殺してしまおうと金槌を手にするも実行できず。
放っておけばそのうち死ぬだろうとそのままお皿を被せてしまうものの、時が経っても死なない蜥蜴に『キン』と名付けて飼育することにする。柱に打ち付けたまま、水を口元へもっていき飲ませたり、買ってきたクリムシを食べさせたり。
釘を打ち抜いたボロアパートで同じ大学に通う彼女の陽子と初めてのまぐわい。この陽子を想う気持ちの揺れ動きと関係性も本書の重要な位置をしめる。
初めての体験をした幸せな空間に突然の悲劇。借金取りに居場所をつきとめられ暴行を受けたあと、哲之が見た夢の内容は、蜥蜴になって何百年も生死を繰り返すものだった。哲之は輪廻の世界を夢で体験した。
キンの背中に刺さった釘の意味。刺さってもなお生き続ける姿を見て、哲之は心の底から湧き起こる生きることへの意味を感じとる。死と隣り合った時の生に対する態度とでもいうのだろうか。
アパートでのやりとり。蜥蜴の放つ生きる力は哲之のバイト先の磯貝にも影響を与え、又、哲之はその磯貝の人生観からも影響を受ける。これ、仏教の因果から輪廻に想いを巡らせる。
死があるから人間は幸福を感じる。蜥蜴のキンが勇気、希望、忍耐へと導く神のように見えると思えば、次の瞬間には地獄へ誘う悪の化身にも見える。
生と死、嘘と真、静と動、夢と現実、観念と実存、原因と結果、そして生きる意味。
歎異抄を虚無からの逃避だ!と切り捨てる大学生の哲之の常に揺れ動く心模様。
欲望を断ち切ることができない。迷いを捨てることができない。嘘をついたり、見栄をはったり、死後の不安におびえたり。
今じゃないと読みきれない部分も多々あったろうし、まだまだ感じ取れなかったこともあると思う。
思春期の青年で物語るからか、まったく状況が違うにも関わらずその世界観に引き込まれたし、取り巻く登場人物もおのおの魅力的だった。
『春の夢』は宗慶二の国語チャンネルで知った。素晴らしい一冊との出会いに感謝。
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