【感想・ネタバレ】推し、燃ゆのレビュー

あらすじ

推しが燃えた。ファンを殴ったらしい――。第164回芥川賞受賞、世代も国境も超えた大ベストセラー、待望の文庫化! 解説=金原ひとみ

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めちゃ良い作品!
最後の、暗闇の中で這いつくばって綿棒を拾う描写が本当に印象的!まさきはあかりの背骨。まさきありきの生活であったあかりにとって、まさきの引退は「自分の中に存在したまさきの死」であり「まさきと共に生きた自分の死」でもあるという二つの意味を含ませているように感じた!まさきを背骨と例え、綿棒をお骨と例えていたことで、まさきという存在があかりにとっては全てで、生命の要であるような印象を受けた!

推し活するというありふれた流行りの作品かと思ってたけど、推し活を通して発達障害を抱えるあかりやその家族の生きづらさが浮き彫りになっているのがこの作品の面白い所!
家でもバイトでもなんにもできない子として扱われているあかりをみていてとても心が苦しくなった( ; ; )
自分の苦しみを誰にも理解してもらえない、そんなあかりだからこそ誤解されやすいまさきのこと「全部わかってあげたい!」と背骨のように愛していたのかな!?

あかりにとってまさきを推すということは「推し活」という俗っぽいワードでは片付けられない凄みを感じる作品でした!!!!

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2026年03月04日

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ネタバレ

 文章表現が秀逸だった。推しが居ることは生活の背骨であるという伏線から、推しが居なくなることでラストの四つ這いに繋がるという文章構造が天晴れだった。推しへの依存が自己構造なのだと。

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2026年02月16日

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主人公は勉強が苦手で学校にも馴染めない、バイトでも失敗ばかりな女子高生。何かしらの診断がおりているらしいことが明言されている。
そんな彼女の推しが炎上するところから物語は始まる。
主人公は推しの炎上をどのように捉えたのか。「推しを解釈したい」と熱をあげているが、結局は自分に都合の良い部分を拾って、推しを神格化しているように思う。推しも人間であり、メディアでみる記号化された姿の裏には、複雑に入り組んだ思いや生活がある。それをまざまざと見せつけられ支えを失った主人公は、どのように生きて行くのだろう。

主人公の散らかった頭の中が文章表現からも読み取れて、共感というか、同情というか。
そんな彼女も色々なものに目を瞑りながら、這いつくばって生きるしかないんだよなぁ。

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2026年02月14日

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ネタバレ

人と同じように生活することができないあかりを、推しはピーターパンの姿で「ネバーランドに行こうよ」と外へ連れ出そうとしてくれた。あかりは推しの全てを解釈し、推しの目で、推しの体で世界を感じたいと思うようになる。そうすれば自分のままならない生活や環境から、意識をネバーランドに向けることができる。
体力も時間もお金も気力も全てを推しに極限まで捧げることで、あかりは現実から解放された。
けれど、推しが引退したことで、あかりもある意味で死んでしまった。「推しが結婚したから会社休みます」とか言っているレベルのファンとは違うレベルで推しに全てを注ぎ込むことでギリギリ生活できていたあかりが、自分の生活のできなさに直面するのはしんどい。それでも最後は、どんなに無様でも、二足歩行が苦手でも生きていくのだ、とお骨(綿棒)を拾ったあかりを応援したくなったし、懸命に生きていってほしいと思った。

程度の差こそあれ、現実から解放してくれる何か(アイドルでも、何かのコンテンツでも)にのめり込むことは、生きていく上での大きな支えになってくれると思う。多くの人にはあかりのように、目を背けたくなるような現実が多少なりともあるのではないか。そんな現実に直面して蒸発したり爆発したりする人もいる中で、何であろうと自分の中での「推し」を見つけ、それを支えに生きている人は偉いと思う。逃げたくなるような現実から一時離れて生命を維持する手段として、何か他の主体に執着することは、とても健全で賢明なことである。他の人がそれをなんと言おうと。

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2026年02月07日

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 推しのアイドルが傷害事件を犯した結果、芸能界引退に追い込まれ、それを悲観する話。

以下、ネタバレあり。

 女子高生のあかりは男女混合アイドルグループ、まざま座のメンバー上野真幸を推している。かつて演劇の舞台で見た子役の彼に惹かれ、アイドルになった後も、楽曲のCDやライブDVDにグッズ等の収集に励み、さらには出演作品はもちろん発言のほとんどをファイリングし、推し活に血を注いでいる。ある日、その真幸が一般女性を殴ったことが世間に知れ渡り、SNSで炎上する。ネット上では色々な噂が飛び交う中、グループの人気投票では遂に最下位に転落してしまう。そのせいもあってか、真幸は芸能界の引退を突然発表する。あかりは、推しが無くなる喪失感にさいなまれ、推しがいない世界を、現実を悲観する。
 2021年の芥川賞受賞した本作(著者の宇佐美りんは当時21歳の現役女子大生)。まず、さわりを読んだ印象として持ったのは、"今までに読んだことのない文章"ということ。若者らしい独特な言い回し、行間、言葉の選び方、そして比喩等の表現、シンプルではあるが、質感を感じ、そして鋭利な文章が注ぎ込まれる気持ちよさがあった。おしゃれな情景描写で誤魔化すようなこともなく、また、読者が咀嚼しやすいぎりぎりのラインを守っており、作者の技量がすさまじく感じた。
○推し、とは
 あかりにとって、推しはただの好きな人、憧れの人ではない。初めて見たその日から、自己を彼自身に投影し、彼の見た景色を、彼の発した言葉を自分のものにしたかった(推しを解釈していたかった)。ただ、一定の距離感はあるというか、溺れることはない。それは、彼の存在がもはや神格化し、畏れていたからではないか(殴った時も、婚約が匂わせられた時も、詮索せずただ静観している)また、生きづらさを感じる彼女にとって、ネバーランドのピーターパンは救世主だったのだろう。
○日常の生活
 あかりは発達障害の診断を受けていると思われる。日常生活や学校、アルバイトに支障をきたし、家族には厄介者に扱われ、またそれに悩んでいる。しかし、推しを推すことで日常に繋ぎ止められていられる、いわば立っていられる。
「逃避でも依存でもない、推しは私の背骨だ」
推しを背骨と表現するセンスには心底震える。
○提起
 人は誰しも推しを持っていて、背骨になるものがあるのかもしれない。それは、アイドルだったり、趣味だったり、プライドみたいなものだったり、生きる糧のようなもの。辛い時、うまくいかないとき、孤独を感じる時に縋っていたい、繋がれていたいものがあるのかもしれない。ただ、それが無くなった時、人はどのように立ち直ればいいのだろうか。あかりは、推しを他者として理解し、今まで投影してきたことを止めることで、這いつくばりながら一歩を踏み出す。
○ラストシーン
 あかりは荒れた部屋を見て、自暴自棄になり、真幸が人を殴ったように衝動的に、綿棒が入ったケースを床に投げつける。しかし、咄嗟に後片付けが楽であること(後戻りができるということ)を考えていることを悟り、結局は推しの解釈とのズレを感じずにはいられなかった。身体は重く、地面に這いつくばりながら、綿棒を細かな背骨と見立てて拾うシーン(亡くなった祖母の骨上げともかけて)は僅かに、でも確かに推しからの脱却ができたのではなかろうか。終始陰鬱で荒廃的な雰囲気の物語の中で、唯一見えた光だったと思う。

 筆者の洗練された文章力に圧倒されっぱなしの怪作だと思う。やっぱり誰もが経験するであろう普遍的なテーマを敢えてチョイスすることが、多くの人の共感を産むのかな。薄い本は良作率が高い気がする。間延びせず作り込まれているから?

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2026年01月10日

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一気読み。
私の背骨はなんなんだろう、自分で自分を支えられる人間になりたいと思った
文庫版あとがきで泣きそうになってしまった。
同世代の作家さんと知り、驚き

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2026年01月10日

購入済み

正直、主人公が僅かに羨ましい

 アルコールやギャンブルと同じように推し活も、病気として治療が必要な依存症の域に達することがある。主人公は推し依存症であるが、何かに沼ることで憂き世を忘れて生きる活力を得て、そこで歯止めが効かなくなることは誰しもあり得る。
 さて、五十路の自分はつまらない人生を歩み、今はマッサージ屋で肩をほぐしてもらうこと、TRPGのニコニコ動画を観ること、ラジオで問わず語りの神田伯山を聴くことを、ささやかな楽しみに生をつないでいる。推し活に燃えたひとときに一片の悔いも残していない若い主人公が、僅かに羨ましい。

#切ない

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2023年09月22日

ネタバレ

アイドルも、おたくも必読な本

推しが存在したことも燃えたこともある身からすると、主人公の思いも行動もリアルで心抉れました。 推し活とは推しに自分を重ね託すことで、どうしようもない自分の生活が救われ、承認欲求が満たされる行為です。誰かのために生きるという観点からすると、子供や親や恋人のために仕事・生活を頑張ることと同義です。主人公の行き過ぎた推しへの想いや熱度を私は愛しいと感じました。
そして、自分の全てをかけ生きる糧としたファンがいたことが上野真幸にも伝わっていればいいとも思ってしまいました。
誰かを推したこと、推されたことがある全ての人に読んでほしい作品です。
生きていく意味を失ったあかりが次の生きる糧を見つけられることを願わずにはいられないです。

#切ない

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2023年09月03日

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史上3番目の若さでの芥川賞受賞ということで話題になったやつ。
主人公にとって「推し」は趣味や娯楽
じゃなく、 身体を支える骨格みたいなもの。
だから推しが炎上した瞬間に世界観、自分の立ち位置、生き方、全部が揺れる。

「推し」という主人公の「背骨」=人生の軸、体の軸が揺らいでいく物語。

若い才能に感嘆

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2026年03月21日

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宇佐美りんの中では好みではない方だけど、宇佐美りんの書く小説がとても好きなので、面白かった。

ラストの冴え方が、すごい。身体感覚がすごいというか、身体に作用させる言葉の使い方がすごいというか。
全ての写真は遺影に似ている。仏壇に備えた蜜柑を食べた記憶から、推しの誕生日に買ったケーキを食べた記憶へと繋がる。夜明けは光で視認するのではなく、夜に浸していたはずの体が奇妙に浮くような感覚で認識する。死体が水中から浮かんでくるように。
あらゆる記憶やイメージが死に結び付けられて行く。バスに乗り、川の流れに乗るようにマンションへ着く。そこで女が洗濯物というあまりにも現在の生活、生そのものを示すような光景を見て傷つく。

ネットで炎上することは、火葬と重ねられる。そして、背骨に例えられた推しが炎上したことは、主人公が投げた綿棒が散らばるイメージに結実する。

主人公は普通の生活そのものに傷つく。自分が普通に生活をすることができないから。誰かを推すことは、一つの非日常状態でもあるのだろう。ラストシーンは葬式のようでもある。生活を見て傷つき、綿棒を拾う。あとがきにも書かれていたが、推すことは生きがいとしては描かれていない。苦しい生を、やり過ごすためにある。

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2026年03月09日

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タイトルからはミーハーな印象を受けるが、感情表現の秀逸さが際立っている。万人におすすめ出来るわけではないが、一風変わった小説が読みたいという人におすすめ。

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2026年03月09日

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普通じゃないし、推しも追うことができなくなって、とても辛いはずなのに死のうとしないのかと思いました。

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2026年02月23日

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共通点が多くて、自分と重ねて読んでしまった。
終始古傷をえぐられているようで文章を読みながら痛みを感じていました。
何も出来ないけど、推しがいたら全ては意味のあるものになる、という人生はとても危ういように思える。
その一方で、それはすごく強い力を与えてくれる。
この少し矛盾した、ツギハギな感触がそのまま文章に流し込まれて、悩みだったり諦めが描写されている。
だから、これを読んで恐怖と痛みを感じるんだと思った。

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2026年02月14日

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この小説のはじまり、
「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。」

とても好き。

推しってひとだけでなく、漫画や某テーマパークのキャラクター。スポーツ選手やアーティスト。
様々あると思うので、自分の推しがもしも不祥事を起こしたらなんて考えながら読んでいた。

アルバイトや仕事を週5日休みなく頑張れるのは、支えるものがあるからなんだなと思ったな。


あと、この小説が書かれたときコロナ禍だったんだね。
不安な時も支えがあると少しは違うよね。

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2026年02月12日

Posted by ブクログ

全身全霊で推すことは楽しい。気持ち良い。嬉しい。高揚する。その空間だけになる。浸る。
アイドルに、だけではない。
スポーツ、趣味、習い事、好きなこと、仕事…。
没頭することは何にも変え難い。

なぜか。

楽だから。

色んなことが身の回りで起こるけど、一つに、シンプルに、それだけに、のめり込めるのが楽だから。

でも、
推ししか勝たん…。

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2026年02月08日

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推しが燃えたー!!!
私は今まで何人かの推しがいた。恋愛においては一途なんだけど、推し活については一途ではない。歴代の推しがいる、人間だったり、キャラクターだったり。
脱退など悲しい別れ方をした経験もある。でも、この本のように全てを推しに差し出した経験は未だない。もちろん、今でも推しはいるがPCのデスクトップにしたりスマホの待ち受けにするくらいでそこまで熱を上げていない。
この本では推しに生かされたのか殺されたのかわからない女の子が自分視点で推しと推しの炎上、そして自分のことを語っていく。最初こそつまらないと思ったが、どんどん惹かれていく。何となく、主人公の女の子と感覚が似ていたからかもしれない。

「推しは人になった。」

という一文が非常に印象的だった。
人間を推す限り、間違いなく推しは食べて寝る人間のはずなのだが、その認識が推している時は消えてしまう。もっと神聖な何かになったように感じしてしまう。
その認識が、フィルターが外れると急に冷静になり、私は何をしていたんだろうと冷めることが多い。フィルターが外れるきっかけは様々で一概には言えない。
だけど、その瞬間自分の中の推しは亡くなり、そして日常に溶けていく。

久しぶりにいい本を読んだ(聴いた)。

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2026年01月31日

Posted by ブクログ

推しとは一体なんなのだろう?

彼女は推しなくして生きられたのだろうか。推しが彼女を生かしていた。推しは彼女の背骨だったのだ。

しかし、推しとの出会いは幸せだったのか…?

生きる理由も多様化しているということなのか?生きる目的となり得るという意味では宗教に近い気もする。偶像崇拝だ。

でもやっぱりここまでのめり込むのは現代人の価値観の何かが変わってきているのだろうか。自己責任や個人主義といった考えが進んでいった結果、生きる意味をも自助努力で発見してるのか、そしてそれを加速させる形でその心の隙間に十分に成熟したコンテンツが入り込んでいるのかなあ。

それにしても芥川賞受賞作は一筋縄じゃいかない。連続して読むのに疲れてきた。なんで『ハンチバック』も『推し、燃ゆ』も別のベクトルで背骨が歪んでるんだよ。

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2026年01月27日

Posted by ブクログ

がんばっているのに、認めてもらえない。
発達障害だからと言って世間は自分に甘くはならない。

みんなと同じ、普通の生活ができないだけでこんなにも孤独を感じるのか、と思った。

私は推しのアイドルはいないので、あまり推しという感覚は理解できなかったけど、主人公にとって生活の中心(行動のモチベーション)になっているのは明白だった。

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「別々に頑張ってるでいいじゃん」

上記は、本人は努力しているつもりなのに「努力していないのに頑張っているって言うな」と姉に責められたときに主人公が言ったセリフ。

努力のベクトルが違うだけで、相手に頑張っていないと押し付けるのは違うな、と思えた。

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2026年01月15日

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良作だけど、これがオタク心理を描いた作品みたいに言われてるのは腑に落ちきらないなとも思う。ガッツとして描くには細部が茶の間だし。舞台全通が前提でないところとか。
ただ、それは世間の評価がそもそもおかしいのであって、実際のあかりはたぶん、本人が自覚しているように人間社会で息をするのが本当に下手で、下手だから溺れるみたいに推しを追いかけていたんだろうなあと思う。私はキラキラアイドルが大好きだからそういう意味でもあかりが好きな男のいいところに共感ができなかったけど、あかりは藁をも掴むつもりで、でも本質的には同じように溺れていそうな推しと一緒に溺れたかったんだろうな、と。
あと単純にあかりの推しグルの他担オタクは本当に可哀想で気が散った。私が他担だったら暴れ散らかしている。
星四つをつけたが世間の評価と噛み合わないだけな気はする。あとは、真幸のことを最後まで好きになれない、キラキラアイドルに焦がれる自我が評価を下げた。作品は面白かった。

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2026年01月13日

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ネタバレ

自分もアイドルの追っかけをしていた事があり、まさに今はその生活を引退し自分だけの人生を生きる訓練をしているところです。

主人公の推し活の様子や推しへの感情の昂り、特に最後のライブのシーン……共感できる部分も沢山ありましたし読んでいて楽しかったです。

主人公のそれが推しだっただけで、自分じゃない何かを(背骨)にして生きている人ってすごく多い気がします。自分自身を背骨にして、それをまっすぐ正しながら生きるって苦しくて面倒だからです。悪いことではないと思います。
だけどそれと自分という存在が別物であること、その背骨が取り上げられたとしても、自分の足で立って生きていかねばならないこと。
最後のシーンでそれに気付けた主人公、私はそれだけでもまずは立派だと思う!光が差したような気持ちになりました。

少しずつでいいから今の自分を受け入れ、また体の底から興奮や感動が湧き上がってくるような素敵ななにかに出会える日まで、主人公と一緒に私も頑張って生きようと思えました。一気読みしてしまった。面白かったです。

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2026年01月11日

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推しの炎上から表舞台から姿を消す過程とともに、主人公は徐々に厳しい現実と対峙していかなくてはならなくなる。
推し活というものは、現実逃避の手段なのかもしれないが、それをしなくてはならないような当人にとっては大きな理由もある。
そして、その推し活に陶酔している描写の華やかさと現実に向き合う厳しさの対比が良かった。
真逆のようだが結局いずれも日常の延長線上で繋がっているのだと思った。

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2026年03月16日

Posted by ブクログ

推しという推しがいないため、推しという存在自体に共感できることは少なかったが、現実の生きにくさに対抗するための存在として、推しのようなものを扱っていることには、自分の中でも思い当たる事があり共感できた。

21歳でここまでの感情の言語化ができるのは素晴らしいと思う。

#2026 #13

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2026年03月14日

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――推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。
『イン・ザ・メガチャーチ』とは異なる視点の推し活小説。欠落を抱えた主人公が、よすがや楔、あるいは呪縛として機能していた対象(『背骨』と表現されてる。粋)を、『炎上』によって喪失する様を描く。『推す』という、酷く一方的な関係性の中で、他者を通じて自己を発現していく過程が凄まじい。今となってはライトな言葉として使われる『推し』って言葉だけど、これ読むとそんな軽々しく使えなくなるやも。芥川賞受賞作なんで、キャッチーさを求めて読むのは危険(165頁★3.3)

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2026年03月09日

Posted by ブクログ

推しの人生が自分の全てになってしまう。自分はどうしようもないから、代わりに報われてほしい。
一歩間違えると依存症なんだな。

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2026年03月03日

Posted by ブクログ

大きな展開はない。
ただ、今まで明確に推しというものができたこと無かった自分にとって、推しがいる人の見えている世界、感じ方を知れるくらい心理描写が細かく繊細であった。

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2026年03月03日

Posted by ブクログ

ネタバレ

芥川賞受賞作品という事で話題にもなりましたね。
女子高生が推しているアイドルがある日炎上してしまう話。

推し活という現代的なテーマを取り扱っていて表紙も明るめなのですが、結構悲惨なストーリーだった。

主人公は推しの存在を”背骨”と形容していて、それはもう対外的に自分を支えてくれる存在ではなく、自分自身を物理的に形成する一部のような感覚で、ここまで依存してしまうと危険だよね、とそこが一番伝えたかったのかもしれない。

最終的にはその”背骨”も抜かれてしまって、這いつくばってしか生きていけなくなる主人公の姿は悲惨だ・・・

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2026年02月19日

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描写を表現する文章の気持ち悪さは、主人公のあかりが感じているうまく言語化できない体の重さと通ずるものがあるのかなと思った。

「何もしないでいることが何かをするよりつらいということが、あるのだと思う。」というフレーズは共感できた。

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2026年02月01日

Posted by ブクログ

凄まじかった。推しという今となってはポップな言葉から、ライトな作品かと勝手に勘違いして読み始めたが、読んで驚愕した。あかりの推し以外に寄りかかるもののない不安定さ、そして推しのことを描く時の言葉の広がりと現実を描く時の窮屈さとのコントラストに振り回される。背骨や、お骨拾い、お盆に供えるキュウリとナスなど、メタファーが圧巻で、小説という媒体の恐るべき表現力を改めて叩きつけられた。

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2026年01月31日

Posted by ブクログ

推しがいなきゃ生きていけない気持ちも、そのせいで生活がままならなくなることがあるのに凄く共感した一冊だった。その生活の部分で家族との会話は生々しくて重く、読んでて辛いものがあった。個人的にはこの本を通して、推すもの、推す人、そういうものに対して依存せず程よく付き合いたいなと感じた。

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2026年01月23日

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旅行にちょうどいいページ数だったので購入。少ないページとは裏腹に軽く読める訳ではなくて、読んでいる間苦しかったです。
主人公は、推しを推すこと自体が生き甲斐であり、自分の『背骨』であると表現しています。
他人を自分の生き方の主軸にするような生き方をしたことがないので、あまり共感はできませんでした。でも、そのような生き方をしている人もいると知れて、また視野が広がった気がします。

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2026年01月18日

Posted by ブクログ

ネタバレ

2025.5月分読書
生き難い心地というのは一過性なのか、人生を覆うものなのか。学生時代はそれなりに生き難さを自分自身も感じていたが、過ぎれば青かったと思える。その一方で、あの頃に戻っても、また苦しいだろうなとも思う。苦しい時間をどうにかやり過ごす方法は縋る藁は人にとって多種多様だろう。あかりにとっては推しだった。昨今のエンタメ業界をみると推しを本書で言うところの背骨にしている人は多いと思われる。
あかりのような推しを背骨にしてギリギリに生きている人が、本書に触れることはあまりないだろう。しかし、あかりたちは本書に触れないのに、本書はギリギリを生きるオタクを深い解像度で描いている。そのアンバランスさが趣深かった。一方からは交わらないのに、他方からは交わる。
また、あかりの「推し」の描き方も感服した。こういう話を描くときに現実のエンタメをオマージュしたくなるように思うが、まざま座の真幸くんは絶妙にいそつでいないように感じられた。また、真幸くんについての描写も多かったのが、あかりの背骨をしっかりと見えるようでよかった。
本書を読んだとき、正直あかりには感情移入できなかった。青春時代の1番どん底の自分を3倍に濃縮したような状態がずっと続いて後戻りできないようなところまで行ききっているような姿だったからだ。でも、あかりが見えている世界、吐き出す苦しさは普遍的なものに思えた。そして、私はその苦しさから逃れるために小説に縋っていたことを思い出した。今はほとんど読むことがない物語の世界で、息ができると思ていた当時の自分を思い出した。
最近、自分の特別に思える苦しみも普遍的なものなのだという安心と失望を感じている。本書もまたそれを与える作品だった。

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2026年02月01日

Posted by ブクログ

この表題、確かに、推しが炎上した話だが、そして、時代的には、現在、よくある推しを推している話だが、とにかく内容が重い。主人公のあかりは推しを推すしかできない生きることに不器用な存在、いや、できないことだらけでどうにか推すことで生きている存在。その推しが炎上して引退した。このあと彼女は生きていけるのだろうか。芥川賞受賞の本作品。読むのがつらかった。

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2026年01月12日

匿名

購入済み

あまり共感できない

タイトルで想像した内容ではなかったです。
表現方法も回りくどい気がして、自分の好みではなかった。
良さがわからなくて申し訳ないです。

#じれったい

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2023年12月03日

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