逢坂冬馬の作品一覧
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ユーザーレビュー
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・差別、偏見、分断が渦巻く社会の中で。何が正しくて何が間違っているのかという価値観なんて、簡単にねじ曲げられてしまう社会の中で。彼らは表面上自分たちの正体(同性愛者であることや、ロマ人の血筋であること)を隠せていたから(本人が望まない形ではあったが)、ナチスの迫害を受けずに済んでいただけで、彼らの心
...続きを読むのあり方は常にナチスの規範の外にいた。逆にいつ弾かれてもおかしくない側だったから、彼らはナチスの狂気に気づけた。それは同時に、体制側、マジョリティ側に属していたら、自分たちが刃を向けられない限り「気づかないふり」をすることも容易になってしまうということでもある。
・海賊団のメンツはそれぞれ別の目的、理由でナチスを恨んでいて、味方だったとしても、必ずしも相互理解があるわけじゃなかったりする。ナチスを恨んでいるからと言って、彼らがみんな全ての差別に反対ってわけじゃない。実際、仲間だけど同性愛に関しては、理解できないって発言する人たちもいる。でもそれがポイントというか、結局相互理解とかいう絆を礎にすると、理解の内と外が必ず生まれる。理解できるものは受け入れるけど、できないものは弾くっていう仕組みが生まれれば、実質ナチスと同じになってしまう。だから、「私を理解しないで」というフリーデの叫びは、誰もが誰に許されなくても、誰に理解されなくても、自由に生きられる世界への祈りのように聞こえた。
・レオ、ヴェルナー、フリーデは、強制収容所でのナチスの残虐な行いを見てしまったから、人を人とも思わないような扱いを、見てみぬふりできなかったからと彼らの行動の動機を説明してるけど、連合国がすぐそこに迫っているあの状況で自分の命を顧みずにごく少人数の収容者を救おうとするなんて命の無駄使いでしかないのに、それでも彼らが行動しなければと思ったのは、収容者たちの姿に未来の自分の可能性を見たからだと思う。レオは同性愛者で、ヴェルナーはナチスに叛逆した父親の息子で、フリーデの両親はツィゴイナーで。
ふと、ニーメラーの詩を思い出した。
ナチスが共産主義者を連れさったとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。
彼らが社会民主主義者を牢獄に入れたとき、私は声をあげなかった。社会民主主義者ではなかったから。
彼らが労働組合員らを連れさったとき、私は声をあげなかった。労働組合員ではなかったから。
彼らが私を連れさったとき、私のために声をあげる者は誰一人残っていなかった。
自分がマジョリティだろうが、マイノリティだろうが、どの属性にカテゴライズされていようが、人間が人間を勝手に規範の外と内に分けて区別すること自体に声を上げなければ、次は自分たちの番になるかもしれない。彼らは虐げられる収容者たちの姿に、自分たちの未来を重ねて立ち上がったんだと思った。何かしなきゃ、何ができる。ドイツの片田舎で。そう思った時に最大限出来うることとしてあがったのが、鉄道の爆破だった。でも、まだ10代の子供がそんな未来を想像して自分が自分であるために命を賭けなければならないことのグロテスクさたるや...大人は一体何をしてるんだ...
・一番辛かったのはレオの最後。作中の登場人物たちの反応からも分かるように、ナチスの体制が終われば、じゃあレオが何も考えず愛してる人に愛してると伝えられる社会が来たのか?今はそういう社会になっているか?と思うと、答えはノーであるわけで。小説の中のレオはたった一人だけど、今も世界のどこかでは何百、何千というレオが苦しんでいる。無関心、日和見を是として迎合する誰かのせいで。その事実に、自戒という意味で改めて頭を殴られたような気持ちだった。
Posted by ブクログ
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エーデルヴァイス海賊団、ヒトラー・ユーゲント、初めて知ることばかり。
学校で何を学んできたのか。
この時代の歴史について、『数々の残虐行為と殺されたその責任は、ヒトラーとナチ一党のみにあったのではなく、市民の間にも存在した。』しっかり学ばなければならない。
最後に、
『どうしてみんな、自分の都合
...続きを読むで分かろうとするんだろうね。』いろんな場面でもそう。
Posted by ブクログ
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★4.6
「戦いたいか、死にたいか」
独ソ戦前線で、銃を構えた女性狙撃兵たち。ありきたりの夢を抱いていた彼女たちは、戦地で何を思う。
敵は誰だ。お前の敵はどこにいる。
『敵』というのは個人単位で変わる。それはもちろん国単位でも変わるし、なんなら敵側からはこちらは敵、それぞれの「正義」を掲げ今でも
...続きを読む世界はあちこちで戦っている。
「あなたは平和な時代を生きるの」
兵士になりたいという少年に、諭す場面があった。それは願いでもあったのだと思う。信じていた、信じ込もうとしていた。
憎しみは憎しみを生む。「やられたからやりかえす、すこし余分に」それを繰り返すから、収拾がつかなくなっているのか。いや、そもそも人というのは元来、残酷な生物で、なまじ知性があるから理性で押し留められているだけだ。理知的であることを放棄できる場であれば、通常では目を背けたくなる行いも容易い。
物語は史実をベースに進み、ソ連の女性スナイパー、リュドミラ・パヴリチェンコなど、実在の人物名も出てくる。が、あくまでフィクションだ。冒険譚の装いすらある。
しかし現実にも似たような話はきっとある。もはやありふれてすらいるのだろう。
「同志少女よ、敵を撃て」
タイトルの出し方は悔しいほどカッコ良い。
聡明で、愚かで、哀しくも勇ましい物語だった。
Posted by ブクログ
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第二次世界大戦末期のドイツ、ナチスに疑問を持つ少年少女の話。
自らの抱えるマイナーな部分への葛藤を爆発させることで、強制収容所で虐待を受ける(受けるであろう)一部の人々を救うことにつながった。
人々を救うという部分に不純なものが一切ないかと言えばそうではないかもしれないが、マイナーであるが故に得た
...続きを読む勇気を行動に移せる人々が実際にいたことに心を動かされた。
戦時下で保守的であった大人たちを批判するような表現もあるが、大人は大人で守るべきものを守るために戦っていたのだと思う。
LGBTQや人種の違い等わかりやすいレッテルもあるが、考え方などの表面から見えにくいレッテルで人を評価していないか、一度振り返ってみようと思えた。
Posted by ブクログ
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きょうだいがいるっていいな、と思いました。
幼い頃、共通のあたたかな経験と記憶があって。成長とともに違う道を歩み、今、重なり合うところにきている。けれど、少し違っている。
文学、生き方、政治との付き合い方など、深く、骨太で、興味深い対談でした。
本とともにある生き方。本によるつながり。
時代や地
...続きを読む域を越えて感じる、普遍的なものの存在。
本好きの私にとってはたまらない内容でした。
Posted by ブクログ
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