大澤真幸のレビュー一覧
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読書会で取り扱い。他者への従属的関係であるエコノミーの外部で、「〈誰でもない者〉が〈何でもないもの〉を〈誰でもない他者〉に与える」という贈与の形式を満たす至高者のコミュニケーション。そこでは「振る舞い」や「精神状態」といった「主観性」が伝達される。しかし一方で、そうした贈与は「幸福の涙」という現象で説明される奇跡的なものであり、決して企図された行為によっては実現されえない。一方でそうした幸運の到来には、我々は世界や他者を必要とし、聖/俗・可能なもの/不可能なものといった区別は必ずしもなされない。聖なるものは、世界との親密性を取り戻した状態だが、そこでは明晰さが徹底的に突き詰められてもいるのだ。
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序章
鈴木敏夫 スタジオジプリプロデューサー
鈴木敏夫は「風の谷のナウシカ」の制作背景やそのテーマについて語っている。彼は、作品が発表された当時の社会的・環境的状況がどのように影響を与えたのかを考察し、ナウシカというキャラクターが持つ強い意志や優しさが、現代においても重要なメッセージを持っていることを強調している。
風の谷のナウシカの題材は『新諸国物語』(NHK ドラマ1952年)。
ナウシカが旅をして、見聞きしたものによって、読者が世界の秘密を知っていく。宮崎駿は「勧善懲悪」が好きで、それが「自然を守る人がいいひとで、自然を破壊するのは悪人」と言う物語にした。
赤坂憲雄の『ナウシカ -
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山崎豊子のみが同時代の国民的大衆作家と比較して「男らしい」男(著者はあえてここのような表現を使っている)を唯一描けたという主張をしており、敗戦をどのように引き受けたか?またはそれに準じるものを引き受ける者を日本人は「男らしい」・「ほんものの」男として捉えてきたのではないかという。
山崎豊子の小説が描くテーマの変遷(大阪の舟場を舞台にした初期作品からアフリカに左遷される男の生き様等)に基づくキャラクター造形が変化していくこと、同時代の国民的大衆作家である松本清張作品(砂の器など)との比較、それらに付随する様々な同時代の国民意識を捉えようとする分析が面白い。
改めて感じる国民的大衆作家と呼ばれるに -
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ネタバレ(編集中)
社会学とは一体どのような学問で、どのように発展して来たか?と問われた時に、明確な答えを示せる者は決して多くないように思う。というのも、社会学という学問自体が学際的な学問であり、抽象的かつ広義の意味を含んでいるからである。そして本書では、そうした社会学の性質を認めた上で個別具体的な領域に留まらず、それを学際的なままとして評価している。
本書における重要な点は、社会学が誕生してからの歴史を問いとしているのではなく、そもそも社会学はどこから来たのか?といったことから問いを始めている点である。
社会学という語がコントによって用いられるようになったのは、19世紀のことである。人間を構成する -
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中国社会の構造と毛沢東のカリスマ性の秘密が面白い。
「三国志演義」の思想から毛沢東のリーダーシップを読み解いていく。
「三国志演義」では、皇帝は武力の強い者ではない。
漢の皇祖劉邦は、武の天才項羽を、破るほどの武の達人だが、皇帝になると文民に徹し、文民皇帝として漢帝国400年の礎を作る。
それは武の皇帝となった秦の始皇帝の帝国が15年で滅びたことを反面教師としているのだ。
武で中華を征服したにも関わらず、武の痕跡を消し去って文を表に出すこと。
それこそが「三国志演義」思想の指し示す皇帝の奥義なのだ。
毛沢東が大躍進政策で失敗し、4000万人の餓死者を出した時、人民解放軍のトップで軍のエリート -
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ニーチェの『道徳の系譜』を読み解くとともに、彼の道徳批判がもつ超越論的な意義を解き明かそうとする試みがおこなわれています。
ニーチェの道徳批判といえば、われわれの道徳的な心性の背後にルサンチマンが控えていることを指摘したものとして広く知られています。しかし著者は、ニーチェの道徳批判を、いわゆるモラリストたちのそれから区別しなければならないと主張します。モラリストたちは、表面上は道徳的にふるまっている人びとの心の奥底に、非道徳的な動機が存在していることを鋭く見抜きました。しかしそうした批判は、いまだ道徳そのものに対する問いなおしではありません。
著者は、「ニーチェがカントの批判哲学の超越論的 -
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4人がそれぞれ一冊ずつ紹介するスタイル。
アンダーソンという人の想像の共同体が面白かった。
過去と正しく決別できていないからこそ、未来の日本人に対する無関心がある。
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第二に、歴史家の客観的な目には国民(ネーション)は近代的現象に見えるのに、ナショナリストの主観的な目にはそれは古い存在と見える。要するに、新しいのに当事者には古く見える。これこそ、ナショナリズムの最もふしぎなところです。
逆に、ヨーロッパのいずれかの国に植民地化され、まとまった行政単位として扱われたという事実が、結果的に、植民地の人々に「我々 ○ ○人」という意識を植え付ける結果となった、と考えるほかありません。 -
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天皇という存在の不思議さ、ユニークさ、将来性に対する不透明さを社会学者と憲法学者が語る内容が実に斬新に感じた。女性・女系天皇を認めたとしても、今の少子化時代にあっては天皇家の絶滅はかなり有り得ること、天皇や皇室には基本的人権がなく、むしろ内閣の奴隷的な存在であり、その犠牲の上に日本国が成り立っていること、将来、天皇になることを悠仁親王や他の皇族が拒否することも何ら不思議でない、将来は悠仁親王妃になる女性がいるのだろうか?など、なるほどと思う問題提起ばかり。将来途絶えたときには誰を天皇にして制度維持するのだろう!?憲法改正が必要になる!過去の「万世一系」が危うい内容であることや、国民が天皇に敬意
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死者が生者を元気づけるように、「未来人」が生者を励ますことが出来れば、我々の将来は明るいものになるだろうなと小説のような感想を持ってしまいました。
本書は著者も言うように「幽霊本」です。それは、後世の人々に影響を与えられればという呪いの書のような側面があるからです。
キューブラー=ロスの精神的成長の五段階図式からすると、現段階の世界は、脱成長コミュニズムが実現するのはほど遠いと思われます。ただし、現状が一気に変化するパンデミックなどが一気に何度も引き起こされた場合は、実現が早くなると思われます。
現実的に適用可能な新しい税制理論(COST)の紹介や精神分析学的に資本主義社会に切