大澤真幸のレビュー一覧

  • 逆説の古典 着想を転換する思想哲学50選

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    それぞれの古典の解説をしているわけではないので、ヒントが書いてあるといったイメージに近い。
    なので、気になった内容があったらそれぞれの古典を読むという段取りになるかと思う。
    幅広い分野の古典が取り上げられているかは正直判断はつかないが、気になるトピックは見つかる程度には幅広であるのではないかと思う。

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    2025年04月27日
  • ふしぎなキリスト教

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    キリスト教を通じて西洋社会の成り立ちを理解することが、現代を知る上で重要になる、という前提のもと、
    •多神教と一神教の神様の違い
    •イエスとは何者なのか
    •科学技術や哲学との関連
    •権力とキリスト教の距離について

    などなど、様々な切り口からキリスト教について議論が進められていく。
    対話形式なので読み易く、智の巨人たちのあそびみたいな空気を感じられて面白かったです。


    同じ一神教でも、聖書を読み解く視点や見解に多様性があるキリスト教と、ムハンマドがほぼ直接神の言葉を受け取ることから聖典に多様性や多義性は入りようがないイスラム教という違いがある。

    ただ、キリスト教社会が寛容かと言われればそうではなく、その時々で最も力を持つ者の解釈が正統となりそれ以外は異端とされるなど、権力との関係も独自性があるという面も興味深い。

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    2025年04月15日
  • ふしぎなキリスト教

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    キリスト教について学ぶために読んだ。
    キリスト教を学ぶことで感じる疑問を丁寧に解説してくれるため非常に面白く学びになる。また、キリスト教だけで無く、ユダヤ教やイスラム教についても学ぶことができる。また、キリスト教が現代に与えている影響も知ることができ、よりキリスト教を学んでいきたいと思えた。

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    2025年05月13日
  • 理想の国へ 歴史の転換期をめぐって

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    ネタバレ

    なんだかずっと歴史の転換点にいるという話を聞くような気もするけれどー歴史的には、その「期間」が転換「点」とされるのか…

    大澤真幸さんと平野啓一郎さんのお二方は、これまでも対談を重ねてこられていたそうで、

    この本に収録されているのは、2020年~2022年に4度行われた対談。

    1. 平成の天皇が退位を宣言した後の2019年1月
    2. コロナ禍の2020年8月
    3. コロナ禍の2021年3月
    4. ロシアのウクライナ侵攻後の2022年4月

    あとがきでは、

    _諸々の大問題を直視するならば、未来予測はどうしても悲観的になりがちだが、私が大澤さんと一致しているのは、反シニシズムであり、また、自己批判なきナルシズム及び「現実主義」を偽装した「現状追認主義」への批判であって、本書でも、各々にあるべき未来の理想について語り、その選択の仕方を考えた。(平野)

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    2025年03月24日
  • ふしぎなキリスト教

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    キリスト教を日本人目線で理解するには非常にわかりやすい本。厳密性や深い部分は難しくとも、何も知らないより本書によりキリスト教の概要を理解するには大切だと考える。

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    2025年02月22日
  • 極限の思想 バタイユ エコノミーと贈与

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    読書会で取り扱い。他者への従属的関係であるエコノミーの外部で、「〈誰でもない者〉が〈何でもないもの〉を〈誰でもない他者〉に与える」という贈与の形式を満たす至高者のコミュニケーション。そこでは「振る舞い」や「精神状態」といった「主観性」が伝達される。しかし一方で、そうした贈与は「幸福の涙」という現象で説明される奇跡的なものであり、決して企図された行為によっては実現されえない。一方でそうした幸運の到来には、我々は世界や他者を必要とし、聖/俗・可能なもの/不可能なものといった区別は必ずしもなされない。聖なるものは、世界との親密性を取り戻した状態だが、そこでは明晰さが徹底的に突き詰められてもいるのだ。こうした矛盾を孕みながら、絶えず表現へと向かっていくバタイユの魅力が存分に伝わる良書だったと思う。バタイユとレヴィナスの対比が個人的には分かりやすかった。

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    2025年01月09日
  • 私たちの想像力は資本主義を超えるか

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    それ単体では取り扱いにくい概念を、フィクションを通してみるとすごい分かりやすくなる
    フィクションは現実の一部を誇大して表現してるから、本質が見えやすい
    個人的には夜神月のような純粋悪と、「偶有性」についての議論が面白かった

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    2025年01月03日
  • 危機の時代に読み解く『風の谷のナウシカ』

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    序章
    鈴木敏夫 スタジオジプリプロデューサー
     鈴木敏夫は「風の谷のナウシカ」の制作背景やそのテーマについて語っている。彼は、作品が発表された当時の社会的・環境的状況がどのように影響を与えたのかを考察し、ナウシカというキャラクターが持つ強い意志や優しさが、現代においても重要なメッセージを持っていることを強調している。
     風の谷のナウシカの題材は『新諸国物語』(NHK ドラマ1952年)。

     ナウシカが旅をして、見聞きしたものによって、読者が世界の秘密を知っていく。宮崎駿は「勧善懲悪」が好きで、それが「自然を守る人がいいひとで、自然を破壊するのは悪人」と言う物語にした。
     赤坂憲雄の『ナウシカ考 風の谷の黙示録』を読み、宮崎駿は「おもしろいね。俺ってこんなもの書いていたんだ」と言った。他者からの深い考察が、作者に新たな気づきを与える。
     映画では「腐海は自然の象徴で、腐海こそが人類を救う」と謳ったのに、第7巻で「腐海や王蟲が、実は人間の文明が作り上げた人工的な生態系だった」ことが明らかになった。物語全体の構図がまるで変わってしまった。
     ナウシカは、本来、風の谷の500人のために闘った。そして、もののけ姫のアシタカは「個人的な理由で戦う主人公」となった。宮崎駿は、どんどんと変わっていく。

    杏 俳優
     時間の経過とともに死生観や価値観が大きく変わる。そういう時代に生きている。ナウシカは「母は決して癒されない悲しみがあることを教えてくれましたが、私を愛さなかった」という。母は絶対的な存在でなくていい。巨神兵は、ナウシカを母親と思い込んだ。そして王蟲はナウシカを守って死んだ後、「母は私を愛さなかったけれど、オーマは私を愛してくれた」とナウシカはいう。母と娘の関係が全く違うものがある。

    叶精二 映像研究家
     アニメーションが前提でない『風の谷のナウシカ』、コミック版。なるほど。
     連載中に、東西冷戦の終結、ユーゴースラビアの内戦など衝撃的な事件があり、影響を受けている。

    小泉悠 軍事アナリスト
     現実のウクライナとナウシカの世界、戦争の「ネイチャー」は変わらない。核戦争による世界の破滅は、ウクライナでは現実のものになるかもしれない。戦争を経験した世代、戦争を経験した世代を親に持った世代、戦争を知らない世代。世代によって、大きく戦争の捉え方が違ってくる。

     『宇宙戦艦ヤマト』『ウルトラマン』は、作り手の戦争体験が塗り込められている。
     庵野秀明は、『宇宙戦艦ヤマト』『連合艦隊』に影響を受け、『エヴァンゲリオン』を作っている。
    戦後の日本では、戦争の悲惨さや反戦が訴えられたが、戦争そのものを真正面から描きにくかった。それがサブカルチャーの一部がになった。日本人には「敗戦で自分たちの国は、一度滅びてしまった」という感覚がある。

     ナウシカによって、「滅びはやってくる可能性がある」「文明が滅びた後はこうなる」を知らされる。小泉は、戦争が、悲惨であるにもかかわらずかっこよさがある。「人間は本来、こんなひどいことをするはずはない」と小泉は言いたくもないという。宮崎駿は、兵器や飛行機の時として持つエロティックな美しさに魅了されているところがある。戦争の実相は、巨大な悲惨が人々を襲い、世界が破滅の淵に追いやられていくこともある。

    川上弘美 作家
     ナウシカは不思議な人。自分を傷つけるクシャナ、敵国の人々、深井の動植物など自分の周囲に来たものを全部守ろうとする。ナウシカは、物語の中でみんなを繋ぐ絆になっている。ちょっとした破綻、なんでこんな文章がという驚きや作者自体が制御できないものが雑音としてあっても、ノイズがあることは避けられない。それも受け入れることだ。

     精一杯生きること、自らの死を認めることは、両立する。原発の使用済み核燃料は10万年も危険な放射能を出し続ける。その間、人類が確実に存続し、責任もって保管し続けられると考えること自体がおかしい。「滅びはあり得ない」と信じ込もうとしているのではないか。
     ボーヴォワールは「人おのおのは死にますが、人類は死ぬべきものではないことを我々は知っています」というが。川上弘美は「人類の未来を自然に委ねる」という選択をする。確かに、『風の谷のナウシカ』は、単純な物差しで測れるようなシロモノではないのだね。

    福岡伸一 生物学者
     老いるからこそ、死ぬからこそ人は美しい。環境の全体のバランスを考え、人間に害を及ぼしかねない存在とも共存していく。ナウシカは人類のことを「大地を傷つけ、奪い取り、汚し、焼き尽くすだけの、もっとも醜いいきもの」としている。

    竹宮恵子 漫画家
     物語が始まった時「これから何かが違う世界が始まるんだ」ナウシカはあまり言葉で説明しない。ナウシカの世界でも、たとえ人工的に作られたものでも、生命は常に変化し、創造主の意図を超えていくとして描かれた。素晴らしきディストピアの拒絶があり、それでも自分の意思で生きようとする。

    鈴木涼美 文筆家
     『娼婦の本棚』を書いた著者は、夜の街=腐海に生きている。腐海に生きる蟲たちは美しい。闇があって光がある。悪の方に魅力を感じる。ナウシカは生に執着せず、死の恐怖がない。

    河野真太郎 英文学者
     ナウシカは戦う力と、腐海の真実に気づく科学的知識を持ち、包み込むような母性とカリスマ性のない混ぜになった女性。族長の父は「男であったら何もいうことはない」という。
     クシャナは、母親が、王家の陰謀の犠牲、家父長制の犠牲になって心を病んだことへの怒りを動機に、父王や兄王子たちと戦ってきた人。女性性を捨て、男性性を獲得しなければならなかった。
     ナウシカの物語は、「自然を守ればそれでいい」という考え方とは、異なる思想。

    大木毅 現代史家
     戦争では多くの住民が飢えや病気で死んでいく。ナウシカは「なんという戦争、いかがわしい正義すらかけらもないなんて」という。戦争はそのような残虐性を持っている。

    赤坂憲雄 民俗学者
     ゴジラは1954年に発表された。ゴジラの映画には、科学やテクノロジーへの信頼がある。ゴジラを最終的に葬るのは、一人の科学者の自己犠牲。それは宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』の主人公の姿と重なる。ナウシカは、最先端テクノロジーが暴走し、地球環境を破壊してから1000年後の世界。科学や文明への信頼が裏切られていく時代を予感しながら作られている。「何が起こるか分からない」という不気味さ、不安の中に置かれている。ナウシカの世界が、とてもリアルに感じられる時代へ運ばれつつある。
     ナウシカの物語は、宮崎さんの巨大な無意識が充満している。それが最大の魅力。宮崎駿はいう「こういうふうにしたい、じゃなくて、こうなっちゃう、ものを作る主体というより、ただ後ろ方くっついていっただけ」

     権力に善意は期待できず、権力そのものを無化する仕掛けを作り出すしかないという作品。
     王という存在は必然ではない。首長というのは、部族の人々に隷属を求める権力ではなく、むしろ、言葉によって自分の権力を絶えず無化していくことを求められ、それを理念や義務として積極的に引き受ける。ナウシカは、人々に命令を下すことはなく、権力を持たず、深い思索に裏打ちされた言葉だけで人々を励まし、なだめ、導き、ひたすら調停者としての役割を果たそうとする。宮崎駿は「虫愛づる君」に、自らの知性と探究心で腐海の謎を解き明かす役割を与えた。
     民主主義は、権力の毒や腐敗を知る人が作り出した暫定的なシステムである。愚かにして美しい人間を完全にコントロールはできない。ナウシカの物語は、それぞれがれっきとした価値を持つ声たちによる真のポリフォニー(多声音楽)が本質なのだ。いやはや。ナウシカを読み解く力の深いことよ。

    もう、ナウシカの物語は、実に多面的な見方ができる。いろんな問いかけがあり、考えるきっかけになるいい本である。なぜか、頭の中の芯を熱くする。

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    2024年12月22日
  • 危機の時代に読み解く『風の谷のナウシカ』

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    マンガのナウシカは、最後の方の記憶がなく、途中までしか読んでいないかもしれない。
    改めて読み直そうと思う。
    読んでいても読んでいなくても面白かったが、自分はここまで考えながら読めなかったから、途中までしか読んでないのだろうと思った。

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    2024年12月01日
  • 山崎豊子と〈男〉たち(新潮選書)

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    山崎豊子のみが同時代の国民的大衆作家と比較して「男らしい」男(著者はあえてここのような表現を使っている)を唯一描けたという主張をしており、敗戦をどのように引き受けたか?またはそれに準じるものを引き受ける者を日本人は「男らしい」・「ほんものの」男として捉えてきたのではないかという。
    山崎豊子の小説が描くテーマの変遷(大阪の舟場を舞台にした初期作品からアフリカに左遷される男の生き様等)に基づくキャラクター造形が変化していくこと、同時代の国民的大衆作家である松本清張作品(砂の器など)との比較、それらに付随する様々な同時代の国民意識を捉えようとする分析が面白い。
    改めて感じる国民的大衆作家と呼ばれるにふさわしい、膨大な取材に基づく数々の長編作品群とそれらがほとんど映像化され、さらにヒットしているという事実。
    にもかかわらず、しっかりとした評論がなされてこなかったことを村上春樹と対比して語っている。
    全体的に次の論に興味を持続させていく話の展開も良い。

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    2024年11月23日
  • ふしぎなキリスト教

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    西欧だけでなく、世界中で現代社会に大きな影響を与えているキリスト教。本書はキリスト教を社会学的な切り口から解説した画期的かつわかりやすい1冊。
    ユダヤ教、イスラム教と比較しながら、なぜキリスト教が広まったのか、やや強引ともいえるような考え方が成り立った背景はなにかなどを解き明かす。橋爪大三郎さん、大澤真幸さんという大先生の対談形式で、とてもわかりやすく楽しみながら読めました。

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    2024年10月24日
  • 危機の時代に読み解く『風の谷のナウシカ』

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    いろんな解釈があってほんとうに面白い。
    ナウシカの原作再読したくなった。
    闇の中にも光があって、完全な世界よりも、いつかは滅びるかもしれない世界、それがまたいい。

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    2024年10月05日
  • むずかしい天皇制

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    「天皇はなんのために存在するの?」「天皇はどうして偉いの?」って子どもの頃からなんとなく思っていたけど、それは聞いちゃだめなこと、と思っていた。その疑問や、「なぜ天皇に関する疑問を言ってはいけないと思うのか」という問い自身について考えられる本だった。
    歴史の話が苦手で2章、3章は読むのが少し大変だったけど、1章と4章はイメージもしやすく読みやすかった。対談形式だったのもあり、政治や憲法の本を読むのが初めてでも読み通すことができた。

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    2024年09月16日
  • 我々の死者と未来の他者 戦後日本人が失ったもの(インターナショナル新書)

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    氏の著作は、出たら気にはなる訳で、本書も然り。でも、タイトルを見てもピンとこないし、難解そうだし、今回はちょっとパスかな、と思っていたもの。その後、いくつかの書評での推薦を見て、やはり読んどこう、と。問題提起は、なぜ日本において、将来の温暖化などに対する配慮がなされにくいのか、ということ。そこで、我々の死者として最たるもの、かの戦争に視点が向けられる。必然的に、そこには確たる歴史の分断がありそうだけど、そういった過去と、未来への目線は、両立しうるものだと。論旨はそういうことで良いのかな?考え続けないといけない視点。

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    2024年07月16日
  • おどろきのウクライナ

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    2023/01/16 読み終わった

    タイトルは「おどろきのウクライナ」だが、中身は「おどろきの中国」の話だった。中国は民主主義でないのになぜ経済が発展しているの?という。

    歴史の回答を待ちたい。

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    2024年06月07日
  • 〈世界史〉の哲学 現代篇1 フロイトからファシズムへ

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    綿密な調査のうえで著されているのは承知だが、いかんせん全体的に論述がとっ散らかってる感。
    フロイトのモーゼへの妄念と個人史の分析は確かに頷く点が多いものの、少々飛躍している印象は否めない。
    ニーチェの永劫回帰やカールシュミットの親ナチスの心理分析、イギリスの海洋進出、第三帝国やファシズム、ルーズベルト等を既存文献を参照に入念に記述しているが、さすがに手を伸ばしすぎ。
    普遍性と特殊性という着地点もどこか観念的で抽象度が高くちょい残念。

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    2024年05月07日
  • 社会学史

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    ネタバレ

    (編集中)

    社会学とは一体どのような学問で、どのように発展して来たか?と問われた時に、明確な答えを示せる者は決して多くないように思う。というのも、社会学という学問自体が学際的な学問であり、抽象的かつ広義の意味を含んでいるからである。そして本書では、そうした社会学の性質を認めた上で個別具体的な領域に留まらず、それを学際的なままとして評価している。
    本書における重要な点は、社会学が誕生してからの歴史を問いとしているのではなく、そもそも社会学はどこから来たのか?といったことから問いを始めている点である。
    社会学という語がコントによって用いられるようになったのは、19世紀のことである。人間を構成する最も重要な要素のひとつであるはずの社会というモチーフが学術的に取り扱われるようになるまでにそれほどまでの時間がかかったのは一体なぜか?
    このような問いに対し、大澤は古代ギリシャから中世における神の存在をめぐる問題と啓蒙の時代、そしてフランス革命へと繋げることで返答している。私見を述べれば、社会学を評価する上でこの啓蒙の時代とフランス革命の存在への言及は避けられるものではない。しかし、一般に知られる社会学の入門書においてそれらが包括されているかと言われたら疑問が残るのが現状である。そのような点で、本書のような態度は貴重であるとともに賞賛できるものである。

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    2024年04月22日
  • おどろきの中国

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    中国社会の構造と毛沢東のカリスマ性の秘密が面白い。
    「三国志演義」の思想から毛沢東のリーダーシップを読み解いていく。
    「三国志演義」では、皇帝は武力の強い者ではない。
    漢の皇祖劉邦は、武の天才項羽を、破るほどの武の達人だが、皇帝になると文民に徹し、文民皇帝として漢帝国400年の礎を作る。
    それは武の皇帝となった秦の始皇帝の帝国が15年で滅びたことを反面教師としているのだ。
    武で中華を征服したにも関わらず、武の痕跡を消し去って文を表に出すこと。
    それこそが「三国志演義」思想の指し示す皇帝の奥義なのだ。

    毛沢東が大躍進政策で失敗し、4000万人の餓死者を出した時、人民解放軍のトップで軍のエリートの彭徳懐は、毛沢東排除のクーデタを画策するが、誰も支援しなかった。
    人民解放軍は毛沢東を支持したのだ。
    何故なのか?
    彭徳懐は武を代表する始皇帝であり、魏の曹操に比肩されるからだ。
    一方の毛沢東は、文を代表する漢の劉邦であり、蜀の劉備に比肩されるからだ。
    中国の皇帝は、優秀な官僚を擁し、皇帝+官僚の政策が過たない限り、正当化される。
    その政策が失敗した時、農民は皇帝と時の政権を転覆させることが出来る。
    それが易姓革命だ。

    中国社会は儒教に裏打ちされた「幇」と言うインフォーマルな組織によって規定されている。
    幇はダブルスタンダードを持ち、内には徹底的な利他、外には無法を旨とする。
    モデルは蜀の劉備、関羽、張飛の「桃園の義盟」だ。
    後にそこに諸葛孔明が加わる。
    毛沢東幇に所属していた林彪は、出世するが、毛沢東に忌避され幇を放逐されると身の危険を感じて逃亡を企てる。
    しかし、逃亡計画がバレて、燃料不足のままトライデント機で慌てて飛び立ち、途中で墜落して死亡する。
    その逃亡計画を毛沢東に告げたのが、林彪の娘だった。
    この娘の行動は、毛沢東のカリスマ性を示すとともに、法家の思想(親に対する情よりも、法令を遵守する)の名残を示している。

    秦は法家の思想を採用して、法令違反を厳しく罰した。
    これは体外的な戦争を、内部に抱え込むことでもある。
    つまり、国家の内部が常に戦争状態であったのが秦だったのだ。
    その秦が15年の短命で滅びるに至り、漢を樹立した高祖劉邦は、主たる思想として儒教を採用した。
    しかし、一方では法家の思想を底流に残した 
    儒教を主として全面に出し、法家を従として、伏流させたのだ。
    儒教+法家のハイブリッド思想によって漢は400年の政治的安定を維持することに成功した。

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    2024年04月20日
  • 極限の思想 ニーチェ 道徳批判の哲学

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    ニーチェの『道徳の系譜』を読み解くとともに、彼の道徳批判がもつ超越論的な意義を解き明かそうとする試みがおこなわれています。

    ニーチェの道徳批判といえば、われわれの道徳的な心性の背後にルサンチマンが控えていることを指摘したものとして広く知られています。しかし著者は、ニーチェの道徳批判を、いわゆるモラリストたちのそれから区別しなければならないと主張します。モラリストたちは、表面上は道徳的にふるまっている人びとの心の奥底に、非道徳的な動機が存在していることを鋭く見抜きました。しかしそうした批判は、いまだ道徳そのものに対する問いなおしではありません。

    著者は、「ニーチェがカントの批判哲学の超越論的な問題設定を継承したこと」を承認するという立場から、彼の道徳批判を理解しようとします。ニーチェの思想における超越論的な立場からの考察は、「系譜学」という歴史的な方法として具体化されましたが、それは「発生論の誤謬」を犯すものであってはなりません。このアポリアを切り抜けるために著者は、『道徳の系譜』の議論を読み解き、ルサンチマンにもとづく自己欺瞞に対するたえまない自己検閲をおこなうことで、道徳的な意識が成立したことを明らかにしています。

    一方で、こうしたニーチェの超越論的な系譜学の立場にもとづく議論は、道徳批判をおこなうための価値基準をみずからのうちにもつことになります。このような問題に対して、ニーチェは、あたらしい価値をみずから創造する「超人」の思想を提出することでこたえようとしたのだと著者は論じています。

    「あとがき」で著者は、「ニーチェの方法論的核心にはカント的な超越論哲学の伝統があるはずだ」という確信のもとで本書を執筆したと述べています。ニーチェの思想の解釈としてたいへん意欲的な試みだといってよいと思います。

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    2023年12月08日
  • ふしぎなキリスト教

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    キリスト教の成り立ち、ユダヤ教、イスラム教との関係性の大枠を理解するのにうってつけの良書だと思う。聖書という書物の不完全さ、様々な解釈の余地があることが、著者2人のやりとりから感じられ、その理解、解釈しようとする努力こそが、現代の西洋文明の礎になっていることが分かった。宗教なんて、キリスト教なんて、と思っていたが、自分が恩恵を受けている近代文明が、実はキリスト教があったからこそのものだったとは。面白かった。

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    2023年11月30日