大澤真幸のレビュー一覧
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「フィクションによってこそ、経験の本質的な構造、現象の有意味性が際立って表現されることがある」
ゴジラやウルトラマンの象徴性。
力道山と戦った木村政彦は、なぜ負けたか。
あさま山荘事件とDEATH NOTEを善悪の反転から考えてみると。
おそ松さんとバートルビーとベルーフ。
君の名は。とこの世界の片隅にと、辺境。
どれも読んでいて面白く、もっと講義聞きたいなぁと思わされた。
サブカルチャーを扱ったからというだけではなく、どうして人気が出るのか、そこには私たちのその時の生き方や思想が関係しているのだと思った。
「普通に考えると、殺人は悪いことであると、みんな理解している。しかし悪いことであ -
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自分がいまだに通読したことのない『存在と時間』についての読みをこの一冊で包括的に提供してくれた、(単行本ではあるが)新書的アプローチの本。注釈を中心に国内外の最新のハイデガー研究の成果が書かれており、読者としては信用がおける。
要約の仕方については論争的な部分もあることも含めて著者自身が丁寧に紹介しているが、素人目にはあまりその点はわからない。とはいえ木田元の「未完問題」アプローチがあることは知っており、それゆえ「未完のものをどう論ずるのか」という先入見が自分にも多少残存していたので、その懸念をかなり早い段階で棄却してくれた点は読み進める上でありがたかった。
ハイデガー哲学に必ずしも「(健 -
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ネタバレタイトルは「おどろきのウクライナ」であるが、話はウクライナにとどまらない。「不思議なキリスト教」以来、数々の対談で謎を解き明かしてきた橋爪、大澤両氏がこの本で語り始めるのは、ロシアによるウクライナ侵攻前からであり、話はウクライナの戦争の背景からポスト・ウクライナ戦争まで及んでいる。今の混迷する世界について考えるために少しでも見通しを持ちたいのなら、ぜひお勧めする書である。アメリカ、ロシア、中国が今何を考え、どこへ進もうとしているのか、分かりやすく語っている。
今は大きく分けて二つの資本主義が生き残っている。アメリカに代表されるリベラルな資本主義と中国の権威主義的な資本主義である。中国が成功する -
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わたしたちは、普段、コレコレについて考えよう、といって考え始めるのでしょうか?例えば、地球環境、戦争、マイノリティの問題、人種の問題。そういうこともあるかもしれませんが、突然想定していなかった状況に追い込まれることによって、取り憑かれたように考えるようになるとき、人は深く思考しはじめるものです。このことをドゥルーズは「不法侵入」という言葉で表現しています。例えば自分がトランスの当事者であり、社会的不利益を受けたとき、性とは何かについて考えざるを得なくなる。自分とは何かについて問わずにはいられなくなる。例えば被災することで、技術の進歩と弊害について頭を悩ませなければならなくなる。生きるとは何かに
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2回目。前回はざっと読んだだけであまり覚えていなかった。
『ゆかいな仏教』を読んで再度読んだ。
間違っている箇所もあるとの指摘もあるそうだが、全体に読みやすく切り口も面白いので、自身含めキリスト教のことが全然わからないという人が最初に読む本としてはとても良いと思う。
●概要
今当然にある世俗的な概念や制度(資本主義、自然・社会科学、民主主義、芸術)が出てきた背景や受け入れられた素地が実はキリスト教にある。日本人は一神教でもなく特にキリスト教への理解が薄い。キリスト教を知ればもっとその概念や制度、一神教の人々の通底する考え方が理解できるのではないか。
キリスト教がベース・前提としているユダヤ教 -
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近代は変化が常態化してる社会。
リベラリズムと環境志向主義は真っ向から対立する。
労働する体はその故人に所属することが自明である。
求心化と遠心化
意識的に選択していない行為こそがまさに自由に選択しているように見える
選択は既に好意がなされているときには終わっている。先験的な過去。
そもそも人間は生まれてくることに対して無責任であり、後続の生きるということは無責任である。
自己の同一性と責任はセット。
根源で奇遇優性。
固有名が偶有的であり、それは他者の承認が必要。
3章
公共性とは、自由と平等な開放性が満たされる社会的な状態。
生命維持のゾーイと、徳を持って生きるビオスが -
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ネタバレ最新版の社会学史。
社会学は近代のもの。たかだか200年の歴史。
近代の自己意識として社会学が誕生したことを古代の社会理論から始め、社会契約論という社会学前夜の話を経て、社会科学の誕生の中に、コントの名付けた「社会学」があるという位置づけ。
マルクスを間にいれたあと、社会の発見というテーマで、フロイト、デュルケーム、ジンメル、ヴェーバーを説明。
その後は、システムと意味というテーマで、パーソンズの機能主義の定式化、意味の社会学、さらにルーマンとフーコーの意味構成論的なシステムの理論が解説される。
社会学の主題は「社会秩序はいかにして可能か」というもの。前提として偶有性という概念がある。