大澤真幸のレビュー一覧
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ネタバレおもしろかった。一神教の特徴や、キリスト教の疑問あれこれ、近代とキリスト教の関係などを、社会学的な視点から、橋爪先生と大澤先生が対談して分かりやすく説明してくれている。
世界三大一神教のユダヤ教・キリスト教・イスラム教。どれも同じ神を信仰しているが、やっぱりキリスト教だけ特異だ。イエス・キリストという「神の子」の存在がやはり異色で、神の子が存在しながらそれでも一神教であるために三位一体というアクロバティックな学説を出して乗り切ろうとしている。ユダヤ教もイスラム教も預言者を通して神の言葉を聞き、その唯一の神の言葉を律法なりイスラム法なりとして守っていくことになるが、キリスト教は神の子が自らこの世界に介入して一人の人格を持って自ら語り、周囲の人がそれを証言する形で福音書が書かれているため聖書の中でも言っていることが人によってバラバラになる。そして律法主義のユダヤ教を否定する形で成立したキリスト教は、法律を持たない。よって、宗教としての法を持つユダヤ教やイスラム教と違い、人々が自由に法律を作ることができる。それが、キリスト教圏が近代化を進めていける鍵になった、という点が目から鱗だった。合理的でスマートなイスラム教は、イスラム法が厳格で利子を禁じていたり、精神的なものに重きを置き過ぎてもの作りが下に見られ製造業が発展しなかったり、意外と近代化で遅れをとってしまっている。一方キリスト教はイスラム教経由でギリシャ哲学とも出会い、神学と結びついてそこも発展するし、自然科学も発展するし、結局近代世界のヘゲモニーを握る。
キリスト教のこととしては、贖罪思想のもとには「眼には目を歯には歯を」の同害報復の発想があるというのも目から鱗。A集団のaさんがB集団のbさんを殺した時、B集団は報復としてaさんを殺せるが、間違ってaさんの弟を殺してしまった、という場合、同害報復の考えに則れば、もうB集団の報復としては一人に対して一人殺したのだからそれで済ませなければならない。このとき罪を犯したaさんは、罰を受けずに助かったことになる。キリストの贖罪思想はまさにこれで、キリストが身代わりになったことで人類の罪が許されたことになるのは、この古代法に則っているらしい。なるほど。
あと、パリサイ派とサドカイ派ってよく分かっていなかったけれど、ユダヤ教には神と繋がり神の意に沿うために3つあって
①捧げ物をする
②神の言葉を聴く
③神の与えた律法に従う
このうち①を専門的に行う祭司をサドカイ派、③をパリサイ派と言い、②は預言者なんだけど、これらはそれぞれ対立しがちなので、イエスの時代には偽預言者と言われて殺されることがしばしばあり、洗礼者ヨハネもイエスも実際殺されている。当時山の中にこもって独身主義で祈りの生活を送るエッセネ派というのがいて、イエスはそれに近かった、というのは初めて聞いたけれど、遠藤周作の『死海のほとり』に似たような話が出てたな。
信仰の立場からの話ではないからなかなか教会では聞けない切り口で、十二使徒が出来が悪かったから、ローマ市民権もあってギリシャ語もできた国際人パウロが、イエスと直接の面識はなくてもキリスト教を大成する第一人者になっていったのだ、というのも、まあ言われてみればそうだよなぁと思う。というかパウロが偉大すぎる。パウロの手紙は「論文」というのも納得。
もともとは教義のすり合わせを、主教たちを集めた公会議で行っていたのに、東西のローマ帝国に分かれてからそれが開けなくなり、東の正教会と西のカトリックに分かれてそれぞれで変化していった、というところに世界史の流れを感じた。西ローマ帝国が早々に滅んだためにカトリックでは政治権力と宗教の権力が独立した。というか、早々にスポンサーを失って弱体化したカトリックは、西ローマよりも小規模なゲルマンの王権を頼るのではなく、聖書やミサにラテン語を使うことで超越性を醸し出し、終末論など人間には力の及ばない次元の話を武器にし、結婚を秘蹟として介入し、なんというかカトリックを守るために権威づけをしていったということか。
冤罪のような罪で惨めに死んだイエスを発端に、弱小な弟子たち、無理やり感のある三位一体説、すぐに倒れたスポンサーの西ローマ帝国、などなど、危なっかしい弱小感に溢れるカトリック・キリスト教が、西洋の文化文明ひいてはグローバリゼーションの中で世界の文化文明の基礎になっていることそれ自体が、神の業って感じがする。不思議。 -
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「人新世の資本論」以来の超大作の予感がする新書。
地球温暖化に対して関心の低い日本人を「未来の他者」への思いがないと読み、
その原因を、「過去の我々」=「我々の死者」に向き合えなくなった日本人に見る。
話は「鬼滅の刃」の舞台がなぜ大正時代なのか、から始まる。
続いて太宰治が敗戦をテーマにした小説を書いていないこと、
朝ドラ「おしん」の夫が敗戦直後に死ななくてはいけなかった理由、
戦国時代から明治維新までの人物を描き続けた司馬遼太郎が、
なぜか昭和を書いていないこと。ノモンハンを描いていないこと。
そしてそのノモンハンを描いた唯一の小説家が村上春樹のねじまき鳥クロニクル
だったこと。
あの残酷な捕虜殺しのシーンがなぜ描かれなくてはいけなかったか、、、
アジア太平洋戦争、大東亜戦争の敗戦によって、昭和の価値観が崩れ去ったことが、
今の日本に大きな影響を与えていると著者はいう。誰も決着できていないのだ。
それがゆえに、我々の死者が不在になり、未来の他者を意識できなくなった。
価値観の崩壊、ということか。
天皇を頂上に抱いていた国体はその頂上をアメリカに置き換え、
それがいまだに日本の政治のベースになっている。
空襲と原爆で一般市民を焼き殺したアメリカにしっぽを振る似非右翼。
いまも沖縄を、少女を犠牲にし、各地の基地からピーファスが垂れ流され、
国民の健康を損ねてもお構いなし。属国日本であることを喜ぶ日本政府。
まさに戦前の価値観が壊された弊害だ。
壊れた価値観を如何作り直すか。
この新書にその責は負うべきではない。
壊れた事実を日本人が再度認識させることが、この新書の役割なのだろう
凄い新書だ。 -
Posted by ブクログ
めちゃめちゃ面白い。最初から最後までびんびんだった。キリスト教で疑問だったことが悉く語られている。キリスト教や聖書のおおまかな知識をつけてから読んでよかった。
著者2人の見識がすごいなあ。どれだけ深い知識があるのだろう。
でも、橋爪さんという人は学者でありながらクリスチャンであるようだが、教義が政治的な駆け引きに近いものによって決まるとか、イエスは歴史上ただの大工の息子であるとか信仰の立場から外れた発言がある一方、大澤さんという完全に信仰の立場にない人からの素朴な疑問に対する答えが???なこともあって。やっぱり信仰していると客観的になりきれないのか、、、?宗教を信仰する気持ちはさっぱり分からない。
一神教の考え方やイエスの言わんとしたこともまだまだ疑問だらけ。もっとキリスト教の本読もう。 -
Posted by ブクログ
非常に面白い。社会学の歴史を、それぞれの理論の生まれた背景を含めて、的確に提示してくれている。そして、各学問には、固有の問があることを教えてもらう。
社会学においての基本命題は、社会秩序は、如何にして成り立つのか?である。
社会学初学習者である私にとって、社会学の外観と、それぞれの位置付けを知ることができ、自分の興味のある事柄や、今現在生きている理論がなんなのかも合わせて知ることができた。これから勉強を進める上での地図が得られた。
ルーマンの社会システム論を掘り下げつつ、社会学のアプローチと、地理学、システム論、法律、マーケティング、数理最適化などを合わせてみていく中で、土地利用の最適化や、認証系の有効性を検証して、自然環境保全に資する論理を立てられないだろうかと、夢想する。社会実装に向けたことわりを、探究したい。
大澤先生の研究室を訪ねてみようか?
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Posted by ブクログ
社会学がどのような学問であり、どのような思想を辿って発展してきたのかを主要な人物と学説を用いて紹介していく内容である。600ページ以上と長いが、微妙な解釈の違いや世界の動向を簡潔にまとめられていると思う。大きなテーマとして、社会学の誕生、社会の発見、システムと意味に分けている。根底にあるのは、「社会秩序はいかにして可能か」という問いであり、これを基に読み解いていくと分かりやすいと思う。
社会学者は、一見何を考えるのか分かりにくい学問分野だと思う方にはぜひ読んでほしい。どの人物も社会が出来上がる方法、移り変わる法則、平和への方法を中心にあらゆる角度から物事を見ようとしていることが理解できるだろう。
本書を読んで、社会学に大きな貢献をもたらしたのは、マルクス、ヴェーバー、パーソンズだと思う。マルクスは価値形態論、ヴェーバーは予定説やプロテスタントについて、パーソンズは構造-機能主義を用いて功利主義で解決できないホッブズ問題を説明しようとした人物である。
本書以外にも様々な考えや現象について考察されていると考えると、人間同士の関わり方は数多の種類があり、それもフレームワークごとに異なるので、その複雑性に驚かされる。 -
Posted by ブクログ
知性、思想、お人柄において信頼という意味では間違いない大澤真幸さんと平野啓一郎さんの、2019年1月平城天皇退位宣言の直後、コロナ禍となった2020年8月そしてロシアによるウクライナ侵攻後の2022年4月に行われた対談をまとめたもの、
コロナ禍、ウクライナ侵攻という大きなパラダイムシフトととなるような危機、事態を目の当たりにし、大変冷静に語られている。帯には、鍛え上げられた施策と言葉で日本をバージョンアップする、と書かれているが、悪夢の安倍一強政権(アベスガ時代)の後岸田政権以降もマシになりどころか酷くなるばかりの中、なかなか現実にはバージョンアップは起こりそうにない。
大澤真幸さんは前書きで、今は、絡み合ういくつもの問題があり一つの問題の解決に集中できなくなっており、行動の前に考え抜くことが必要と書いているが(前述の日本における政権、政治勢力の、考え抜かなさ視野の狭さ状況を悪化させる早計浅薄な行動が止まらぬ中、、)なかなか日本バージョンアップの道は険しそうだ。
平野啓一郎さんが言う、相変わらずな日本人。日本列島に長く住んで文化的に均質な人たちというイメージからいまだ抜けられない人が多い、多様な人たちが存在して日本が成り立ってきたことを認められない人たち、だから多様な人、社会における共通認識の形成がないと。そのような想像力や世界観の欠如から、例えばいかに少子化を克服するかを浅薄に考える限り、労働力を集めるとかなにか条件付けて子どもを産ませるとかそんなことで労働力(外国人に共に暮らす社会を形成する仲間隣人として移住共生してもらうのではなく使い捨て労働力のイメージのまま。うわべだけの外国人研修制度の改変とか国際目線では全くありえない人権侵害レベルの難民法ならぬ入管法改悪とか。LGBT 差別禁止も夫婦別姓も行動として至極当たり前なのに法制化もしたくなければ現実に実施することもできない、マカ不思議な日本)どの問題を取ってもバージョンアップはなさそう。
歪んだ歴史認識、あいまいな日本人という 同一性が幻想や一部の人の妄想ではなく支配的であること、多様性に移行できない政治それにより教育や自由な考えが歪められ相対的にも絶対的にも世界から取り残されてきているだろうと思っているので、その感覚をしっかりとしたお二人の思想で裏打ち、増強していただけた。そしてさらに悲観を強めてしまうのだが。
平野さんの文人主義、個人の中に複数性を抱えながらいきることは不可欠ということが通底している。
日本を日本たらしめる天皇制直結の元号という区分による時代感覚、集団的記憶もさまざまに語られていて新しく知ることも多かった。
お二人が多岐にわたり本を引き合いに出して語られるので、ブックガイドとしても有用であり刺激的。
三島由紀夫、ベンヤミン、ブルシットジョブのグレーバー、斉藤幸平、ベルクソン、谷崎潤一郎、ジャレッドダイアモンド、ベネディクトアンダーソン
(想像な共同体)など。膨大なおふたりの知をお裾分けいただきたくさんのヒントと、なんとも言えない心地悪さ(悲観)をいただいた。あとがきで、平野啓一郎さんは、
未来予測はどうしても時間的になりがちだが私が大沢さんとエッチしているのは半シニシズムであり自己批判なきナルシシズムおよび「現実主義」を偽装した「現場追認主義」への批判であること、とし、それぞれにあるべき未来の理想について語りその選択の仕方を考えたと、書いている。
未来の理想など提示されないこの国で、未来の理想を考えること諦めないこと知恵を求め使うこと。理想は思索の糧となり理想は現実を追求する。
良書。落ち着いて考えていく。