大澤真幸のレビュー一覧
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資本主義の来歴と、それが現在陥っている問題、そして資本主義の後にやってくる時代の展望について、エコノミストの水野和夫と社会学者の大澤真幸が語っています。
おおむね大澤がみずからの立場を示しながら水野の考えをたずねるというかたちで議論が進められており、とくに後半ではそうした傾向を強く感じました。ただし資本主義の形成について語りあっているところでは、「蒐集」というキーワードを用いて資本主義の形成から現代の状況までをつらぬく本質を見ようとする水野に対して、大澤が資本主義の形成が世界史において逆説的な性格をもっていることを強調するなど、意見の対立が見られます。ただし、両者ともみずからの立場を提示するにとどまっており、対決にいたることは回避されています。本書の目的が、サブタイトルの示すように「「成長なき時代」をどう生きるか」ということであり、あまりこうした対立点にこだわってもしかたがないという判断なのかもしれませんが、個人的には大澤の世界史のとらえかたを実証的な観点から検証するような試みがあってもよいのではないかという気がします。
大澤独自の世界史の見方は興味深いものですが、こうして水野の議論と対照させてみると、やはりアクロバティックなもののように見えてしまいます。理論社会学の観点に立つ大澤と、文明論的な視座から資本主義を理解しようとする水野の観点のちがいが闡明に現われているように感じました。 -
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この頃読んだ本の中では比較的面白かった。特に文学編における読解の仕方やアプローチは刺激的だったし、読みたい本も増えた。が、副題の「知的創造の方法」そのものは取り立てて一般的で、目新しさはない。ただこれに関しては本質とは得てしてそういったものだと言えるかもしれない。
あとは一冊の本としての構成がややアンバランスに感じた。骨太な1章から3章と比べて序章と終章があまりに軽すぎるのだが、「知的創造の方法」自体は主にそのふたつの章で語られている(1章から3章は、方法を実践するとこのように考えられる、という著者自らの実例だ)。方法論の章も思考実例同じくらい骨太にしろというのは無茶な要求とは思うが、何かやりようはあったのではないかと思う。正直読んでいて温度差に面食らってしまった。具体的な改善策がなくて申し訳ないが、感じたことを記録しておく。 -
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そもそもアメリカは、プロテスタントであるピューリタンがメイフラワー号に乗って、理想の国の建設を目的として米国はマサチューセッツ州プリマスに到着し、メイフラワー契約に基づき建国された、という前提から出発し、その歴史の中でキリスト教がどのように変遷、分派し、人々の心性に影響を与えていったかが、社会学者である二人の対話の中で語られていきます。
アメリカ独自の宗派、教会として、長老派(プレスビテリアン)、会衆派(コングリゲーショナル)、メソジスト、クウェーカー、バプテスト、ユニタリアン、ユニバーサリスト、アドベンチスト、モルモン教、クリスチャン・サイエンス、エホバの証人、などが紹介されていますが、日本ではあまりこうした宗派の違いになじみがないように思います。理神論(神を信ずるも、自然科学を肯定する)を提唱するフリーメーソンの果たした役割にも触れられていました。
聖書の言葉を神の言葉として重視する福音派が、トランプの支持地域である中西部に多い、という点は初めて知りました。
アメリカ、という主題から遡って、近代的啓蒙主義にも触れられていますが、デカルト(演繹法)とベーコン(帰納法)の対比は、アメリカという主題とは別に、演繹のフランス哲学と帰納の英国哲学、という観点から興味深かったです。
また、アメリカで発展を遂げたプラグマティズム哲学の提唱するアブダクションというアプローチが、アメリカの発明、起業といった個人の達成に対する考え方を裏打ちしているのではないかと言います。そこに予定説(神の救済はあらかじめ決定されている)の側面から、神が「見えざる手」を通して資本主義市場を支配している、という考え方も加わり、アメリカの資本主義を称揚するメンタリティーが醸成されているのでは、ないかと。
アメリカでソーシャリズムが嫌われるのは、自分の主体性を他人に預けることを良しとしない個人主義的考え方が根底にあり、それはカルヴァン派の考え方に近いと語られています。学者の研究では、再配分率が高いのはルター派、逆に低いのはカルヴァン派の地域で、カトリックがその中間という結果であったようです。
アメリカ人の精神の底流にこうしたキリスト教やプラグマティズム哲学があることは、なかなか読む機会がなく、大変興味深い一冊でした。 -
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この話は鮮度が大事で、仮に3.11から数年を経てこの本が出されたのだとしたら大澤氏にしてはあまりに思考が浅いのでは?と思ったけど3.11から1年も経たずに出版されてたことをあとがきで知り、そのスピード感はさすがだなと思った。
震災・津波や1F事故を宗教的、哲学的観点から捉えて社会構造、意識構造を問うていくのはやはりこの人の持ち味だろうなと思う。けど『虚構の時代〜』から続けて読んできてある種「大澤ワールド」が深化してどんどん氏のフィールドの中だけで話が膨らんでいってるような印象も受ける。読み物としては面白いけど、わたしにはどこかフィクションを読んでるみたいで、実践的かと言われるとうーんと思う。と言いつつやっぱり面白いので、これからも読むと思うのだけど。
ところどころ、さすがに暴論では?と思う箇所もいくつかあったけど、わたしと氏との思想の違いなのかな。100%賛同はできないけど、読んでよかったと思う。 -
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この書名の「元気な」は「日本」ではなく「論」にかかる言葉。日本史の18の質問を社会学的観点から語り合う。まずはなぜ日本は土器が発展したのか?から。なぜ日本で大きな古墳が発達したのか。なぜ日本は貴族階級、そして武士階級が生まれたのか、天皇を超える存在になろうとした信長を象徴する安土城など、興味深い根源から考えさせてくれるテーマが多い。貴族の代表格でもある藤原氏は爵位を継承していたわけではない、その権力の根源がどこにあったのか。武士の存在は日本にしかない!などは全く考えたこともなかったが、実にスッキリとした感じ!幕府と天皇の関係を巡る微妙な力関係が、北条義時の承久の乱の戦後処理、後醍醐天皇の失敗などから解き明かされる。天皇制が残る謎の解明でもある。平安時代の女流文学から発展した平仮名・片仮名論議も面白い。片仮名は最もプリミティブな感覚の層を表現する文字だとの説明は全くその通り!「常備軍がなく、国税も徴収しない徳川幕府がなぜあれほど強力だったのか。それは誰もが、幕府は強いと思っていたその意識にあった」とは皮肉ではなく、それでこそ幕末に急に幕府が弱まっていく謎が解けるように思った。
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『考えるということ』を、社会科学、文学、自然科学から見ていく。
言い方が難しいけれど、各分野の権威がそれぞれ何をきっかけにして、どう考えたかということを詳しく述べていく。
なので、それぞれの章にはテーマがあるのだけど、そこから大きく考えることそのもののとっかかりにもなる構成。
とは言え、哲学的要素の多い部分は私には理解出来なかった。
特に社会科学の章。時間という概念の話。
過去、現在、未来に対する意識。
面白い問題提起は、なぜ、夜中0時に日付けが変わるのか、というところ。
文学の章が、一番分かりやすかった。
「罪」と赦しと神。
『こころ』『罪と罰』『東京プリズン』の前半は読んだ作品であるから余計、入り込めた。
ここにも社会科学で語られた視点が存在する。
自然科学の章では、0の発見とポアンカレ予想という数学的視点から、重力と粒子という物理学的視点を重ねてスライドしていく。
これも、面白かった。
観念的であることと、唯物的であること。
科学的な見方とは一見唯物的であるように思うが、見えないものの世界では、ともすると観念的な視点が必要であるということか。
これを書き上げた筆者はすごいなぁと思わされるが、全て細かく理解することを求められる中身ではないようにも思う。
ここで挙げられたことの幾つかを残しておくことで、いつか自分の問題意識と重なってアンテナに引っかかるように思う。 -
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憲法について騒がれることが多くなったので学びのために手に取った本。
集団的自衛権、憲法9条といった世の中で騒がれているようなポイントだけではなく、憲法そのものについての基本的な考え方を学ぶことができる。
ただ、法に対しての人の解釈が無数あるように、法そのものに対しての基本的な考え方も他にも多くあるのだろうという予感はしている。
これはあくまで一つの意見ということで解釈している。特に初心者の私にとっては最初の一歩の本なので、これがすべてだと真に受けてしまうのは危ないなと。
ただ個人的に大いに共感できる意見が多かったのも確かだ。
憲法9条はどこの国にもない誇れるものだと思う。
例えば1000年たって人類が戦争で滅びかけていたとして、人は思うだろう。
なぜあの時人類は平和を求めようとしなかったのだろうか?なぜ自国の、自民族の利益を追い求め、争い、傷つけあったのだろうか?と思うだろう。
その時に日本国憲法第9条が発見されば、やはり人類の中には良識がある者もいた。と思うだろう。
未来のために残したい、そんな憲法なのだと思う。
もちろん各国が自国中心の利益を求める中、この憲法で自国を守れるのか?本当に大丈夫なのか?疑問はある。
が、日本だからこそ持てたこの独自の憲法。安易な道を選ぶ前に、しっかりとした議論を行うことは強く感じる。