大澤真幸のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
高校生の娘が、ある日「模試の国語の問題文が面白かった」と言って見せてくれたのが、大澤真幸の文章だった。人が未来のために、あるいは他人のために努力するのはなぜか、というテーマの文章だった。それではと、大澤真幸の本を買ってみたのであった。
しかし、読んでみて気付いたのだが、僕は経済にとんと興味がなく、内容にはなかなか夢中になれなかった(買う前に気付け)。
それでも、グッとくる部分はあった。
あるパラグラフのタイトルが、「桐島なき世界をいかに生きるか」だったのだ。
もちろん、桐島とは、映画「桐島、部活やめるってよ」の、桐島である。
運動神経抜群で、勝ち組の代表だった桐島が、突如僕たちの世界から姿を消す。あんなに頑張っていた部活も辞めるという。親しい友人の誰ひとり、桐島から直接事情を聞いたものはいない。そのことで、桐島の彼女や友達だけでなく、あまり親しくなかった者たちまで、それも、桐島とは正反対の負け組の者にまで、広く動揺が広がっていく。
つまるところ、全ての人たちが、多かれ少なかれ、桐島の存在に勇気づけられ、むしろ依存していたのだ。
桐島に近しい者たちは、桐島に近しいことで自分の優位性を確認したし、桐島から遠い者たちは、自分が桐島に近づけないにも関わらず、少なくとも「成功」というものがこの世に存在することを確認した。
その桐島が、姿を消したのである。
いや、別に映画の感想を書いているのではない。
つまり、アメリカが、桐島なのだという話だ。
資本主義の限界は、早晩やってくる。
資本主義社会における桐島は、姿を消す。
その時、桐島に憧れた友人(子分?)は、どうするのか。
映画ではその時、誰が、なにをしたのか。
僕は見てないので、知らないのである。(知らんのかい) -
Posted by ブクログ
コロナ後の世界というのはわたし自身にとっても明確にいろいろな意味でそれまでと変わりました。
わたし自身は50代半ばですがワクチン接種は拒否しています。
コロナウイルス自体に関しましては、日本人にとってはもともと大騒ぎをするほど大して問題ではなかったのですが、健康な人達までもがコロナワクチン注射を受けてしまうことによって、ワクチン注射を打った人たちの体内で悪いウイルス・菌が増殖をしてしまい、その悪いウイルス・菌を周り・周囲や日本中にばらまいてしまうことになるという説を信じています。
そしてコロナ以前にはわたし自身では、「何とかコツコツと学び続けてさえいけば、生きていく道はあるのではないのかな」「学び続けてさえいくことが出来たならば、道は開けるのではないのかな」とぼんやりと考えていて、毎日平均6〜8時間くらいはなにかしらの学習をし続けていたのですが、今は自分なんかがいくら何かやっていっても格差、階級とかがどんどんと開いていって固定化していき、何も希望ややる気がでないような心境です。
鎌田實
人と人との関係であれば、フィジカルディスタンシング、ソーシャルコネクティング(物理的に距離を取り、社会的につながること)が大切になってくる。どうすれば、「離れてつながる」ことが実現できるのかを考えていかなくてはなりません
まえがき
第1章 人間とは生命とは
養老孟司
福岡伸一
角幡唯介
五味太郎
第2章 歴史と国家
ユヴァル・ノア・ハラリ
情報を得て自発的に動くことのできる人間は、警察の取り締まりを受けて動く無知な人間にくらべて危機にうまく対処できます。
ジャレド・ダイアモンド
イアン・ブレマー
大澤真幸
藤原辰史
長期戦に備えよ―歴史が伝えること
中島岳志
藻谷浩介
山本太郎
伊藤隆敏
第3章 社会を問う
ブレイディみかこ
斎藤環
東畑開人
磯野真穂
荻上チキ
鎌田實
人と人との関係であれば、フィジカルディスタンシング、ソーシャルコネクティング(物理的に距離を取り、社会的につながること)が大切になってくる。どうすれば、「離れてつながる」ことが実現できるのかを考えていかなくてはなりません
第4章 暮らしと文化という希望
横尾忠則
坂本龍一
柚月麻子
あとがき -
Posted by ブクログ
社会学者の大澤真幸さんによる三島由紀夫論。
ふたつのなぞは、1970年11月25日の割腹自殺と同日に書かれた「豊穣の海」の最後のシーンのこと。
あれほど頭の良い人がどうしてあんな愚かな死に方をしたのだろう?そもそもどうして天皇陛下万歳になってしまったのだろうというのはわたしにとっても大きな謎なので、読んでみた。
大澤さんは、割腹自殺の愚かさという視点から三島作品を読むのではなく、高いレベルの三島作品の内在的な論理から割腹自殺を説明しようとする。
構造主義、記号論的な概念を使いながら、多くの三島作品を丁寧に読み解いていくことを通じて、三島がなぜボディビルディングをして体を鍛え始めて、天皇崇拝的に言動を行い、最後に自衛隊に押し入り、クーデターを呼びかけ、不発に終わると割腹自殺を行うにいたるかを説明してくれる。
この説明は、納得度が高いものだと思った。
一方、「豊穣の海」のエンディングについては、わたしは実は、それほど違和感を感じてなくて、この壮大な物語を終わらせるには、こうとしかならなかったんじゃないかと思ったので、そもそも謎とは思っていなかったので、面白さはまあまあのところかな?
著者は、「豊穣の海」のエンディングは、4作を通じて語られた輪廻転生の物語が最後に唐突に全否定されて、後味のわるいものになっているという。
たしかにそこまでの物語が否定されるのだけど、全ては心次第という唯識論がでてきて、「無」というか、一種の解脱に向かう道が生じているように思えたので、わたしはそんなに後味がわるい感じはしなかったわけです。
まあ、最後のエンディングが虚無なのか、唯識論的な解脱なのかは、わからないけど、小説としては、最後に輪廻転生を証明するイデアがでてきて大団円になるより、いいエンディングじゃないかと思ったわけです。
あと、「天人五衰」の最後のシーンは、「春の雪」の最後で主人公の恋人が出家して、会えなくなるシーンの反復でもあって、そこは、多分、源氏物語が「夢浮橋」のエンディングで薫が出家した浮舟にあえないことを踏まえているはず。
そして、「源氏物語」の最後も突如終わってしまうわけだから、「天人五衰」と「豊饒の海」全体がなんだかよくわからないまま終わってしまうのも、「源氏物語」へのオマージュではないかと思っている。
と著者の問題設定にはあまり乗れないわけだけど、著者の丁寧なテクスト分析は素晴らしい。とくに、「豊穣の海」と最初の作品「花ざかりの森」の類似性は面白かった。 -
Posted by ブクログ
「おどろきの中国」が面白かったので、こちらも読んでいた。
タイトルと内容は、ちょっと違う感じで、内容はウクライナ戦争を真ん中にはさみつつ、中国、ロシア、そしてそれに対する西側の対立の話しかな?
いろいろな話しがあって、もちろんウクライナの話もあるわけだけど、それはほとんどロシアとの関係ででてくるもの。ウクライナ戦争もそれ自体というより、ポスト・ウクライナ戦争について考えるための前提くらいな感じが出てくるところかな。
西側的な資本主義と中国的な資本主義の対立というところに話は進んでいく。それを中立的に、あるいは相対主義的にどっちもどっちとするのではなく、価値判断をしつつ、はっきりと西側?に立とうとする感じ。
と言っても、ある意味、そこまで新しい展開がある感じでもなくて、対談だから仕方ないのか、論旨の繰り返しが多い気もする。
対談自体は、ウクライナ戦争前から始まっているのだけど、ウクライナ戦争が入ってきて、それをとりこむことでちょっと論旨がごちゃごちゃしてしまった印象も。
頭の整理になったが、だからと言って、「次」は思いつかない。自分のなかの問題意識がより明確になったというところかな? -
Posted by ブクログ
赤坂憲雄『ナウシカ考』を読んだのが2019年。
まさかの、宮崎駿と鈴木敏夫がこの本を読んでいて、「こんなこと考えて描いていない」「けれども、この本はおもしろい」と感想を述べている。
漫画版ナウシカが取り上げられるのは、扱っているテーマと今の状況に重なりがあるから。
でもって、ナウシカが行った最後の選択が、サラッと読むだけでは「よく分からない」からかもしれない。
「人類全体にとって重要な決断を、ナウシカ一人の直感で決めてしまってよいのか。」と長沼毅は語っている。
「シュワの墓所の科学力をうまく活用して、人間にとって劣悪な環境を改善し、人間性を向上させていくという物語の展開だったらよかったのに」と。
でも、私は、ナウシカは「直観」的に、それを選択してはいけないと分かったのではないかと、思っている。
川上弘美の「『人類が人類として精いっぱい生きる』ということと、『人類がいつかは滅びる』ということ」の両立を述べているように。
カタストロフィ後の世界を扱った物語として、パッと頭に浮かんだのは、ニアサー後のエヴァの世界、つまり第三村だった。
文明が後退し、限られた資源を共有しながら、脆弱な人間たちは生きている。
第三村が「シュワの墓所の超科学力」によって救われる結末は、やっぱり相応しくないと思う。
インタビュアーは敢えて、現実世界には「生命を操る技術」(たとえばワクチン)が必要とされていることを、何度も問いかける。
今の我々にはまだナウシカ的解答が出来なくとも、逆説的に?ナウシカが出した答えは、一つの古典に昇華したのだと思う。 -
Posted by ブクログ
1
60年間隔
柄谷行人「昭和・明治平行説」
1920大逆事件 1972連合赤軍
加藤『敗戦後論』=敗戦による自己否定の構造による抑圧
太宰治は戦後、戦争についてほぼ書いてない
戦前と戦後のあいだの水門
太宰治だけ開けても水が微動だにしないようだ
=戦時中にかけた以上のことは戦後に書こうとしなかった
『薄明』『トカトントン』
江藤淳
戦後知識人の日本の現状を批判するための「作為の論理を可能にする他者の視点」=アメリカによってsymbolizeされていた何か
アンダーソンのナショナリズムの理論
ウルトラマンとしてのアメリカ
佐藤健志『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』
2
ウルトラナショナリスト
ヘーゲルの論理学
西田
共同体のなかの自己確立
3
内向の世代は過渡的なもの 柄谷
「マクベス論」 -
Posted by ブクログ
ネタバレ中国は西洋より早くに国として成立したので、西洋的国家概念には当てはまらない。
古代から一貫して支配層は文官。
毛沢東は史上もっともラディカルで、利己主義を徹底した(伝統的な儒教すら破壊しようとした)。
そんな毛沢東を中国人が否定しないのは、伝統的な皇帝システム(天と天子というシステム)の形式が無意識的に残っているから。
日本人は日中戦争が「何であるのか」を意味づけられていないので、いくら誤っても中国側は納得できない。
さらに、日本は戦争当事者世代と現在の世代のあいだの連続性を設定できていないので、過去について謝れない。
日本は米中関係の付属物にすぎず、情勢を正しく分析して最善の選択をし続けなければならない。
中国のリーダーは価値基準や人生の目標、仕事の責任、世界観などを自覚的、意識的に構成している。
日本人は大事なことは集団で決め、組織として行動するから、自分の考えや行動を相手に説明できないし、自分でも納得できない。これでは負けてしまう。
台湾の民主化の裏にはCIAが関与していた。
三人目の宮台真司は専門用語が多くて難解。