川上弘美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
私って心のどこかで女の人しかいない世界になれば良いと思ってるのかもしれない、と思った。「大きな鳥にさらわれないよう」で描かれたみたいな川上弘美ユートピア観と私のユートピア観?が、ぼんやり重なっているのかも。
川上弘美の描く女の人たちって、文章って、俯瞰的で落ち着いてる。恋をしても傾倒しても。
修三ちゃんとあんこに会えて嬉しかった。順番的には、こちらが先だったけど。
胸が痛んだ。果物絞り器でぎゅっとしぼられているように、あたしの胸は、痛んだ。
よしもとばななの、「ソフトクリームをぐりぐりなすりつけてやりたいくらいに好きなんだ」って節と並べるくらいに好き -
Posted by ブクログ
夫婦、嫁姑、嫁小姑、などなど、結婚してしまったからには、簡単には切っても切れない人間関係。
簡単に切れないからこそ、日々の些細なすれ違いや思い違いを、まいっか。って言葉に出せなくて飲み込んでしまって、消化不良をおこしてしまうんですよね。
消化不良のままで終わればいいのに、いつかどこかでたまらなくなって吐き出してしまって、その吐き出したものは、最初のどーでもいい出来事から、巨大な巨大な問題の塊に化けてしまってて、最終的には取り返しのつかないようなことになっちゃったりして。
こわいこわい。
だから『これでよろしくて?同好会』みたいな場所って、誰にでも必要なんじゃないのかなー。なんて思ったりしました。
平和な国の女の悩みは、たしかに大概せせこましいですよね。 -
Posted by ブクログ
都心から地下鉄で20分程のある街。魚屋の魚春には、かたつむりの殻のように増築された3階がある。魚春には、母屋に暮らす平蔵と、増築された部屋に住む源二が不思議な同居生活を送っていた。
基本的にそれぞれの短編でなされつつ、年も世代も少しずつずれながら、少しずつ重なっている11作。それぞれの人や家族の生活を覗き見するような、掌編である。
魚春、学習塾、居酒屋など、わかりやすい重なりで前半は進むものの、中盤から重なってるんだか重なっていないんだか、しかもいるんか?という言うのも少しあり、中だるみが生じている。後半の作ではまた重なる部分を意識できるような作風となるため、終盤ではそういえばそういう人たちいたよな、と思い出す。
川上弘美の作風では有るが、投げっぱなし、会話を置きっぱなしという書き方は気になるものの、『蛇を踏む』よりは柔らかい文章ではまる人も多いかと思う。
恋愛に注目する部分も多いものの、その裏という意味なのか、全体に漂う死の雰囲気は、全体の退廃感を醸し出している。
ああ、これが言いたかったんだろうなという部分は、暗喩でもなんでもなく直球で表現されているので、特に考え込むような部分はないし、文章も柔らかめで読みやすい一冊であるものの、決め手に欠ける。
好きな人は好きだが、はまれなかった人は全然だめという一冊でも有る。 -
Posted by ブクログ
阿部工房やカフカを彷彿とさせる、異世界に迷い込んだような幻想的な物語。
「語り手である主人公マリエとその姉のユリエ、母カナ子、母の恋人だったイラストレーターのチダさん、マリエが教える大鳩女子高等学校の生徒ミドリ子、ミドリ子の兄でマリエの恋人になる紅郎、ミドリ子を追いかける鈴木鈴郎、姉ユリエの恋人オトヒコ。全員が揺らめくごとく、あやふやで、液体みたいな人物たちだ(解説p.252)」
ミドリ子はチダと性行為をすると耳が上下逆に「捻れる」(チダが一回につき二万円を支払うと元に戻る)。ある日突然「休眠」に入ったオトヒコの全身を膜のようなものが覆い、そのうち身体の一部が分裂して新しい小さなオトヒコが出現する。そういうことがあたかも当たり前であるかのようにとめどなく物語は進んでいく。前半は、なんだか妙に女性性の強い家族だなぁくらいの違和感だったのだけれど、中盤以降なんかもういろいろ奇想天外すぎて、川上弘美さんはいったいどこからそういう発想が生まれるんだろうという驚きしかなかった。ゆらゆら揺れる船の上でSF映画を観たこととかないけど、でもたぶんそういうときのような感覚。激しい揺れじゃないけど、いつの間にかじゃっかん酔うみたいな。