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Posted by ブクログ
「"ふつう"って何?」みたいな翠くんの中にうずまいている居心地の悪さに我々が向き合うにはとうに歳をとりすぎていて、だからそのことを語ろうとしても口から出るのは自分というものを世界から切り離して俯瞰のつもりで語る空想にすぎなくなるのだから、それを自覚できているだけいくぶんかましだとおしだまるのが吉。
川上弘美という作家は私を含めた川上弘美ファン全員にとって自分の生活/思考様式の中で大きな位置を占めてしまう、いうなれば病のようなところがある、だろう。あるだろう。私の周りには何人か、好きな作家を尋ねたときに「川上弘美」と答える人たちがおり、そしてその人たちの書く文章というのは川上弘美のレプリカントであることが、本当に多い。川上弘美の書く文章というのは、かくも読者の中に侵入し、居座り、お茶なんか飲みつつ寝転がり、釜の飯を食い、そうやって、気づけば帰らなくなってしまう。影響下の文章というのはむしろ川上弘美の類稀なる独自性を強めるだけの効果しかなく、平易な言葉を(気づかずに)自分たちにも書けるぞと嬉しくなるそのヤバさ。私だって多分そう。
一人だけ川上弘美風の文章を書きながらにしてムカつかないというか、同時にその人自身の個性もあるから天才やんけと思う人がいるが、それは稀有な例であって、だから、川上弘美を熱中して読むのは、あやうい。←この「、」打つ感じが罹患のあらわれである。
以上のように、川上弘美の作品を最高!と思いながら読むのは、最高!と思えば思うほど感想書くに危険な予感が孕むけれども、最高!と思ってしまっている自分を止められない。抵抗の余地をさがすとすれば、小説が描き出している「青春」だとか「ティーンネイジャーの不安定さ」を避けた、あんまり内容に関係ない、読書時間の中での私の心の躍動を書きつけることにしかないか。翠くんと花田くんのモヤモヤというのは対比されていて〜〜みたいなことを書きたくないのだ。書いてあるのも読みたくない。
とにかく平山水絵!平山水絵!平山水絵!なのである。平山水絵が出てくるたびに、キターーーと思うのである。
私はここ最近、「デート」っていう営みそのものについてかなり真剣に考えていて、たとえば友人と酒を呑みながら「デートっていいよね」「してみたいよね」「どこへいけばたのしいかな?」「なにをするのかな?」というようなことをダベっているのが楽しい。なんの予定もなくても、相手がいようといまいと、やはり何かについて真剣に考えてみることは楽しい。それがウキウキしたニュアンスのことであるなら尚更。そんな最近の私、いや俺、俺だから、平山水絵が出てくるたびに心のずっと奥の方が躍動をはじめ、ひらたくいえばキュンキュンし、頭の中のデートに唯一ぽっかり空いた空白である"相手"の欄に、その名を代入して愉快な気分なのだ。
とはいえ、平山水絵は高校一年であるわけで、私が平山水絵とデートしたらそれは限りなく犯罪で、ていうか私は女子高生とデートしたいとは思わなくて、そういう嗜好にも嫌悪感があって、ていうか平山水絵は架空のキャラクターであるので、むしろだからこそこうやって楽しい気分に後ろめたさもなく、夢想のデートに男としての責任感も伴わずにいられるのだ。
いいな、いいな、私、いや俺、俺も放課後にコンビニで「アイス買ってきたよ、君の苦手なやつ」って言われたい。だけどちゃんと俺の好きなやつ手渡されて「そんな意地悪しないよ」って言われたいよ。
ずっと忘れないだろうな。相手が忘れちゃっても、俺は絶対忘れないよ。ステンドグラスの部屋で泣くとき、隣にいるよ。一人になりたかったら隣の部屋にいるし。たくさん手紙書くよ。たくさん手紙書いてよ。全部捨てないでとっておくに決まってるだろ。喫茶店で、俺はコーヒーでいい、俺に構わずホットサンドを食べてくれよ。好きな短編小説教えてよ。返す時に「すっごくよかったでしょ」なんて言われたら、屋上で、おれ、泣くよ。
好きな詩を朗読してくれたら、周りに誰がいても、一緒に暮らそうってその場で言っちゃうかもしれないよ。どうしたらいいんだ。俺たちも朝に見つけた透明な蜘蛛の巣なんだぜ。
Posted by ブクログ
心の隙間にするりと忍び込んで来て、決して泣かせる場面でも泣ける場面でもない箇所で涙腺が刺激されてしまいました。何故だろう。
「ふつう」を自認する江戸翠16歳の夏。少し変わった母親と祖母との三人暮らし。遺伝子上の父親はたまにふらりと家にやって来る。小学生の頃からの友人は何故か急に思い立って女装するし、恋人は何故か急に冷却期間をおいてみようと言い出す。ふつうなんだけど、ふつうでない。のらりくらりとしているようで、何もかも受け止めて考えている。自由でありながら不自由。そんな青春の日々。
各章ごとに詩の一節が挿入されるのも面白いです。詩の持つ凝縮性と開放性が作品世界に合うのでしょうかね。
Posted by ブクログ
読み終わった!
読み終わって今、、、なんだか色々考えるのが心地よくもあり、少し落ち着かなくて、心にさざ波がたってる感じ。
川上弘美さんの本を読むのは『センセイの鞄』『蛇を踏む』に続いて3冊目ですが、やっぱりこの人の文章好きだな、と思います。
現実に起きること、それに引き起こされる主人公の感情、そこから広がる思考の世界。
その境界が曖昧でともすると、いつも夢のなかにいるような不思議な文章なのに、スッと心に落ちてきます。
きっと多くの人が持ってる世界とのズレ、疎外感みたいな感情をすごく上手く喚起させられる気がします。
翠君と周囲の魅力的な登場人物たち。
もう少し読後感を味わったら誰かとあれこれ話したい本です。
人を選ぶかもですが…
オススメです!!
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小説・文芸
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