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Posted by ブクログ
再読でも、とても寂しくて好きです。
記憶をなくし続ける物語の次に、忘れないでいようというこの物語を読んだのでなんだかそれが印象的でした。
なんと表現していいかわからないくらい、ふわふわととりとめない空気ですが、それでもこれは恋愛なのかもしれません。レンアイ、と片仮名にしてしまう方がぴったりかも。
どのお話も寂しくて好きなのですが、ラストの「おめでとう」が一番好きです。再読して初めて、「西暦三千年一月一日のわたしたちへ」と書いてあることに気付きました。滅びを感じさせる世界観が素敵です。
昔、好きだった人に差し入れとして渡したことがあります。読んでくださったかはわかりませんが。
わかりやすいのは「センセイの鞄」だと思いますが、川上さんの恋愛小説はこんな空気のものが好きです。
Posted by ブクログ
カワカミ的登場人物がたくさん登場して、カワカミ的言葉でカワカミ的表現がされていて、あ〜〜川上弘美好きだ〜という気持ちになった。
この短編集を読んで、川上弘美の描く女同士の距離感とか関係性がすごく好きかもしれないと気づいた。『ざらざら』に収録されている「桃サンド」とか、たまらなく好きだったかも。本作収録の「いまだ覚めず」は女同士の関係が不思議な世界観の中に描かれていて、「こういうのだよ、こういうの…!」と電車のなかでにやにやしながら読んだ。この話の世界は色褪せていて、懐かしい感じがして、でもすこし怖くて、ほんとうに好きだ。表題作「おめでとう」は、純粋に語られる愛とさみしさに不覚にも涙が誘われてしまった。あんなに短いお話でも、泣けるものなのだなあ、しみじみ。
登場人物の誰もがどことなくさみしさを抱えていて、それは誰にも救えるものではなくて、それがなんとも切なく愛おしい。
Posted by ブクログ
裏表紙を見ると『よるべない恋の十二景』らしく、それらに、たよりとするところが無いのかどうか、私には分からないが、川上さんの数々のこと細かい描写に、胸を突かれるような愛おしさが湧いてくる事は確かである。
それは、最初の「いまだ覚めず」だけでも枚挙に暇がなく、タマヨさんが、十二年前の写真を捨てずに取ってある事や(しかも、壁一面に貼ってある中のどこにあるか、瞬時に分かった)、「仕事ばっかりしてる」「わたしも」の『わたしも』や、『あなたと手つなぐの、すきだった』や、「なにしてあそぶ」と、少しお化粧をして少しよそいきになったりと、言葉だけだと何ということも無いように思われるが、物語に於ける、これらの言葉の端々には、人を好きだという特別感のある思いが密かに、しかし、確かに息づいているのが、私には感じられるような気がして、読んでいて切なくなる。
また、「冬一日(ふゆひとひ)」に於いて、『百五十年生きることにした』は、それほど心には響かず、寧ろ、『私の声が、少しだけ、真剣にすぎた』から、『「そんなこと、ない」。こんどはできるだけ真剣にならないように気をつけながら、私は答えた』への私の想いや、『玄関の狭い土間に並んで靴をはき』にグッとくるものがあり、台詞もそうなのだが、それに続く、なんてことのない描写に感情移入させられるのは、きっと、そこでも言葉にならない台詞が読み手それぞれに感じられるからだと思い、こうした、その人の見えない大切なものを思い起こさせてくれる、川上さんの文章には、一言では説明できないような感情が、じんわりと込み上げてくる。
そして、「春の虫」と「冷たいのがすき」、それぞれに共通していたのは、好意的な部分だけではないところも受け入れているところで、前者は、『羨ましさのなかには、羨ましさだけではない余分ないくつかの気分も混じっていて、それは少々居心地の悪いものだった』に、後者は、『いじらしく、また、うとましく、感じるかぎり、僕は章子から離れられないのだと思う。いじらしい、だけならば、こんなに続かなかっただろう』にある、その複雑な気持ちは、自分だけに開いてくれている様々な一面に人間らしさがあることに、自分自身と似通った安心感を感じられたからではないかと思う。
それと、本書に度々登場する言葉として、『十年』があり、それは、十年ぶりに会いに行くであったり、十歳年上の男と別れたであったり、十年来の付き合いであったりと様々なシチュエーションではあるが、そこに見えるのは、人は単純ではないけれども、それとは別にある素直な単純さも魅力なのではないかということなのかもしれず、それは恋愛を経て、変わったところと変わらないところ、人間として成長できたなと感じたり、相変わらずだなと感じたり、新たな考え方を身に付けたと思ったら、それでも譲れないところはあると思ったり、十年経ってもどうしたらいいのか分からないと感じたり、おそらく、それらの思いのひとつひとつは、何年経とうが、その人の芯の部分として、もしかしたらブレずにあり続けるものなのかもしれないし、実は、そう見えるだけで、本当は物凄く大きな変化を遂げているのかもしれない、そんな変わるものと変わらないものを持ち続けて生きていく人間への愛しさと、それらを一人で抱えきれず共感を求めたいがばかりに、恋があるのではなんて思ってしまったが、あまりロマンチックではありませんね。
それでも、人を想うことの素晴らしさと、そのかけがえのなさを私に教えてくれた、「ばか」の言葉には、ロマンチックだけではない、個人的にそっと大切に包み込んでおきたいような真摯な想いに、私は心打たれたのである。
『男とのことがらは、藍生にとってあまりにうつくしいことがらなので、誰にも話すことはできない』
『女ともだちと愉しんだのと同じだけ、男のことを深く感じたのである』
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