川上弘美のレビュー一覧
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ユーミンの名曲と作家が紡ぐ6編のストーリー。
○あの日にかえりたい〜小池真理子
ちょっとした嘘で気まずくなった友、苦い思い出。
○DESTINY〜桐野夏生
規則正しい生活の中に運命の人だと感じた出会い。
○夕涼み〜江國香織
老女たちの沈黙の中に見えてくる感情。
○青春のリグレット〜綿矢りさ
身勝手な主人公はどうするのだろう。
○冬の終わり〜柚木麻子
女たちの感情のやりとりがあるある。
○春よ、来い〜川上弘美
願いを叶える能力があれば、どう使うのか。
きっと春は来る…という結末。
ユーミンの歌は、どことなく哀愁があって心にじんわり沁みてくる。
それに合わせて物語もありふれた日常の中でおこる出来事に、きっと春は来るよ、という明るい先を予感できる。
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普段、ほとんど読むことのない現代の日本人作家のアンソロジー。
興味深く読んだ。
もとは、深堀骨 の作品を読んでみたかったから手に取ったが、どれもなかなか良かった。ありそうでない話というファンタジーというか、不気味な話が多い。恋愛要素はどれも少なく見えるが、一応恋愛ものという括りらしい。
一作だけ、多和田葉子の漢字の話はすでに読んでいた。
特に印象的だったのは、
本谷由希子、迫力とリアリティと奇想天外で面白かった。
村田沙耶香、細かく書き連ねて積み上げるのがうまい。
吉田知子、多分この中で一番好きなタイプの作家。
小池昌代、切れ味がよい。
星野智幸、描写がうまい。
というかんじ。
編者は岸本佐知子。掃除婦の訳者だ。納得。 -
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作家であり、俳人である川上さんの「季語」の紹介を含めたエッセイ。
まことさんご紹介ありがとうございました。
春夏秋冬に分けて、川上さんがお好きな季語が多彩に紹介されています。それぞれに対する想い出と共に綴られています。
驚いた事は、川上さんが元々理系の方であった事。私は虫が苦手なので、生き物についてもいきいきと語られていて羨ましい限りです。
季語の多彩さを再確認すると共に、自分が日常生活において四季を大切にしていない事に絶望感さえ持ちました。もしかして、俳句には向いていないかもしれない。
業平忌が取り上げられていましたが、私も文学忌が季語になると知った時、これを読み込めたらカッコ良いんじゃないか?と、文学忌には、できるだけ、その方の小説を読む様に心がけているのですが、皆さん大御所ですので作品も大御所的。なかなか、読みきれなかったりしております。
今年は、もう少し読めたら良いなと思っています。 -
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次回の読書会課題図書。
川上弘美さんの作品は、センセイの鞄に次ぐ2作目。
センセイの鞄も少し不思議な要素があったけど、たぶんこの作品の方がより川上節が強いのだろう。
表題、「蛇を踏む」を読んだ後はなんとも妙ちくりんな気分になったし、
「消える」の途中からは、こういう小説はあまり好きではないと思った。
最後の「惜夜記」19篇はわりと最初から読むのが苦痛だと感じてしまっていたけど、作者のあとがきを読んだら少し感想が変わった。
そうか、うそばなしか。
他人の妄想が文字になった作品、
誰かが見た脈絡もない夢の話が活字になっている感じなのか。
そこに作者の意図する正しい意味や比喩を感じ取ろうとして、だけど物語は一向に収斂せず拡散して終わるので、読んでいてしんどく感じたんだな。
つづく解説を読んだら、さらに理解は深まった。
どちらかと言えば合理的で、分類がしっかりしていて、収まるところに収まるような物語が好きだ。
でもたまにはこんなふうに、物語がふわふわと心許く拡散していってどこにも収束しない、その不安定な読後感というのもおもしろいのかもしれない。
と、いうかそういうのを楽しめる感覚も養いたい。
いずれにせよ、どれも抽象度が高い作品なので、作者の意図する正しい意味や比喩をキャッチすることが大事なのではなくて、今の自分に引っかかるフレーズやエピソードを自分の中で反映して味わえばいいんだなと思った。
なるほど、これは癖になる。
再読しよう。 -
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赤坂憲雄『ナウシカ考』を読んだのが2019年。
まさかの、宮崎駿と鈴木敏夫がこの本を読んでいて、「こんなこと考えて描いていない」「けれども、この本はおもしろい」と感想を述べている。
漫画版ナウシカが取り上げられるのは、扱っているテーマと今の状況に重なりがあるから。
でもって、ナウシカが行った最後の選択が、サラッと読むだけでは「よく分からない」からかもしれない。
「人類全体にとって重要な決断を、ナウシカ一人の直感で決めてしまってよいのか。」と長沼毅は語っている。
「シュワの墓所の科学力をうまく活用して、人間にとって劣悪な環境を改善し、人間性を向上させていくという物語の展開だったらよかったのに」と。
でも、私は、ナウシカは「直観」的に、それを選択してはいけないと分かったのではないかと、思っている。
川上弘美の「『人類が人類として精いっぱい生きる』ということと、『人類がいつかは滅びる』ということ」の両立を述べているように。
カタストロフィ後の世界を扱った物語として、パッと頭に浮かんだのは、ニアサー後のエヴァの世界、つまり第三村だった。
文明が後退し、限られた資源を共有しながら、脆弱な人間たちは生きている。
第三村が「シュワの墓所の超科学力」によって救われる結末は、やっぱり相応しくないと思う。
インタビュアーは敢えて、現実世界には「生命を操る技術」(たとえばワクチン)が必要とされていることを、何度も問いかける。
今の我々にはまだナウシカ的解答が出来なくとも、逆説的に?ナウシカが出した答えは、一つの古典に昇華したのだと思う。 -
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ネタバレ再会を果たした先生と生徒のお話でしたが、中々にツキコさんの心情の描写が少ないのでセンセイに告白した時、「え、好きやったんや!」となりました笑
歳を考えて、とか世間体を気にして、とかじゃない恋愛、穏やかに流れる川のような果てしない愛に包まれて幸せそうな2人がよかったです。最後センセイは死ぬんだろうなと思っていたので特段驚きはしませんでしたがセンセイの鞄の空っぽの空間だけが広がっていてツキコさんをこれからも包んでくれるのでは無いかなと思いました。
感情を出すのが苦手、というかなかなか出さないツキコさんが終盤ずっと好きだと言えていてツキコさんにとってセンセイは受け止めてくれる、公平な存在だったんだろうと思いました。 -
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人と人にあらざる者の情交を描いた短編集。
情交を描いた~と裏表紙の説明にはありますが、どちらかというと大人向け童話や幻想文学のような不思議な世界観。
描いている内容もエロティック、もしくはグロテスク、あるいはインモラルでありつつも、あまり「生」の香りがせず、語り手の激しい情動もない。極めて静かで淡々とした作風です。
そんな作風と内容の落差が、「人ならざる者」は人間に近いけど決して同じものではない、理解しあえるものではないという部分を強調しているように感じます。
私は泉鏡花や小川未明の作品に似た雰囲気を感じました。
夢の中にいるような、茫洋とした美しい小説です。
私は「荒神」と最後の「海馬」が好きでした。
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感想中に出した作家さんのこちらの小説も、この本が好きなら好きではないかと思います。どちらも青空文庫で読めますので是非。
『高野聖』泉鏡花
『赤いろうそくと人魚』小川未明 -
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ネタバレ蛇を踏む
著者:川上弘美
初出:1996年文学界三月号
1996年度上半期(第115回)芥川賞受賞作
本棚からあるものを探していると古い文藝春秋が出て来た。最近、あちこちで目にする、というよりすっかり大御所、重鎮になった川上弘美の芥川賞受賞作発表号だった。タイトルを見ても記憶にない。他にめぼしい記事もないので、きっと受賞作が読みたくて買ったに違いないのだろうが・・・読んでみても、全く記憶が甦らなかった。買ったはいいが、読み忘れて四半世紀以上たっていたのかも。
あの川上弘美先生は〝新人時代〟にこういう小説を書いていたのだ。といって、最近の小説もほとんど読んだことないけど。
主人公の若い女性は、女学校で理科の教師を4年し、辞めてしばらくして数珠店に入って働いていた。60歳過ぎの女性ニシ子が数珠を作り、8歳若い夫のコスガが配達などをし、主人公は店番をする。関東では一番と言われるニシ子の数珠づくり。彼女は元々京都の老舗数珠屋の奥さんで、そこで働いていたコスガと駆け落ちして今に至っている。
主人公がある朝、出勤途中の公園で蛇を踏んだ。「踏まれたらおしまいですね」と言った蛇は溶けて形を失い、やがて50歳ぐらいの女性になって歩き去った。その日、主人公が帰宅すると一人暮らしの部屋にその女性がいた。食事とビールが用意されている。誰だと聞くと、あなたの母親だと言う。母親は実家で健在。しかし、母親だとしか言わないし、主人公の幼少期のことも知っている。食事が済み、話が済むと天井に上がっていって蛇になって寝る。
そんな繰り返しの中、その蛇女性から「あなたも蛇の世界に来ない」と誘われる。意味不明だし、断り続けるが、彼女との生活は思ったほど苦痛ではないことも実感する。ある日、ニシ子も蛇と暮らしていることが分かる。その蛇はまもなく死ぬらしく、ニシ子は落胆。そして、調子が悪くなって店に姿を見せなくなる。コスガにきくと病気だという。
コスガとたまに納品に行くお寺で、住職から実は蛇と結婚をしていると聞かされる。いつも蕎麦を持って来てくれる女性だった。そして、その日、彼女は蛇っぽくなり、近づいてくる。主人公も、そして今は伏せっているニシ子も蛇と暮らしていることを知っている。
主人公は男とセックスをする時、目がつぶれないという。そして、事が進んで及びそうになると、相手の男が蛇になるという。
死ぬかもしれないと覚悟していたニシ子が戻ってきた。主人公は、同居する蛇女性から蛇の世界へと激しく勧誘される。耳の穴から体の中に入り込まれたり、液状になって体を侵されたり。思わずこのまま蛇の世界へ行こうかとも。少し心が揺らぐ。
選評を読むと、宮本輝と石原慎太郎の二人がこの作品の受賞に最後まで反対し、他の選考委員は評価している。石原慎太郎は、蛇が一体なんのメタファなのかさっぱり分からないと酷評し、こんな作品が選ばれる今日の文学界を嘆いている。しかし、この作品を読む限り、蛇がなんのメタファかなんて全く重要でない。それがテーマではなく、蛇を何に置き換えても人の生き様、そこでの薄弱さ、あるいは強さの表現に、感じ入ることができるそんな作品に思える。選考委員の一人、黒井千次は逆に「この種の小説にあっては、描かれる世界の意味や隠喩の形を探ることよりも、まず作品の中にするりとはいりこめるか否かが勝負」としている。まったく同感。