あらすじ
ニシノくん、幸彦、西野君、ユキヒコ……。姿よしセックスよし。女には一も二もなく優しく、懲りることを知らない。だけど最後には必ず去られてしまう。とめどないこの世に真実の愛を探してさまよった、男一匹ニシノユキヒコの恋とかなしみの道行きを、交情あった十人の女が思い語る。はてしなくしょうもないニシノの生きようが、切なく胸にせまる、傑作連作集。
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特に目立つわけでもないけれど、なぜかモテる男性っていますよね。ニシノユキヒコはまさにそんな男。モテすぎるがゆえに、交際~浮気~別れをエンドレスで繰り返す。そんなニシノユキヒコの人生を、彼に恋したりされたりした女たちの目線から語り継ぐ物語。しかし、ニシノユキヒコは読み終わってもどこかふわふわした存在のままだ。ただ、確実にわかるのは「本気で誰かを愛すること」を理解していないという部分だけ。モテまくってはいるけれど、彼の人生に本気の愛があったのか。そもそも恋とか愛ってなんだろう。考え出すと不毛なテーマだからこそ、考えずに身を委ねて読んでみてほしい。
モテすぎる男の一生なんて、さぞスキャンダラスな物語になるんじゃないかと思いきや、川上弘美にかかればまるで深夜のお茶漬けのようにさらさらと心地よく、そしてどこか寂しく描かれる。さすが、くまと散歩にいったり、女になった蛇と暮らす話を描いてきた小説家。非日常をあっさり自然に日常へ流し込む技術にうっとりしてしまう。
竹野内豊さん主演の映画もかなり気になるところです。(書店員・えい子)
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
魔性の男とその周りの女性たちとの話。
高校生の頃から死に際までニシノという1人の男について書かれているけれどずっと掴みどころがなくて、掴むものがないようなそれこそ空っぽともとれた。それでも一つ一つの話で女性たちと関係をつくろうとしていくのは素敵なのに似たようなことが無限に起きてる。
現実にいたらクズ男なのだけれどどこか憎めないのがニシノという男。
面白いかどうかは分からないけれど、私はニシノのような男が出てくる少女漫画とか好きですし、悲恋も好きなので満足感がありました。
Posted by ブクログ
面白かった!
ニシノユキヒコと関係のあった女性たちの視点で書かれた連作
恋愛でイカれてる女の人の小説が好きなのだけど、どの人も彼の女ったらしっぷりにやられて良い感じに狂わされていて、とても私好みだった。
単に"悪い男"の本かなとも思ったけど、ニシノくんもニシノくんでなんか可哀想…と思ってしまうところもあり、ともすればやっぱりそこがいかにも"悪い男"でもあり…
こんな男に一度はかどわかされてみたいわね〜
Posted by ブクログ
川上弘美の小説は久しぶりに読んだけれど、これも大好きだった。ニシノユキヒコ、女たらしのような男なのに、どうしてか憎めないのはなんなんだろう。ニシノユキヒコという名が作品タイトルに入っているけれど、語りは彼ではなく、彼と関わった女の子たちだというところがよかったな。短編集みたいで読みやすかった。
紙媒体も持っているケド
いつ位前か忘れたケド当時、竹野内豊主演の映画が作成されるのが切っ掛けで、本を購入し勿論読破。
で、映画も後に鑑賞。映画は抑えるトコは抑えていると云った内容で、私が好きなキャストが多く出ていたので映画も満足でした。
原作と映画とどちらが面白かった?と云う話なら、原作の方が面白かったと云う事になるかな。
ただ、私見だけど映画から入って原作を読むのも全然アリだと、この作品関しては思います。
それ位、面白い設定と世界観だと私は思います。
紙媒体も持っているケド今回久々に読みたくなったので家中を探そうかと思ったが、何処に閉まったか、はたまた友に貸したかイマイチ覚えていなかったので、電子版を購入。電子の良いトコは、スマホでもタブレットでもPCでも読めるトコにあります。
仕事の合間に、軽く読んだりもしています。私の中では、結構大切な作品なんだなと電子版を読んで改めて感じました。
内容に関しては、ユキヒコのコトを好きになれるか、なれないかで全く印象が違うと思います。
レビューを書いていて思ったのは、先述したケド映画から入るのを薦めます。竹野内豊が嫌いでなけばですが・・・
Posted by ブクログ
ニシノユキヒコの恋と冒険、「恋と冒険」なんて楽しいことが起きそうなタイトルなのに、この本はずーっと物悲しい。明るいし、愛や愛になりそうなもので溢れているけど、物悲しい。
そして悲しくて寂しいのだけど、カラッと乾いて心地よくて、不思議な小説だなと思う。
まずニシノユキヒコの最期から始まり、その次に中学生の頃の彼を知ることになるので、とにかくニシノユキヒコは寂しい人だなと思うことになる。そこから彼がどんな恋愛をしていくか見ていくと、彼の冷たいところにより恋愛が成就していかないのがものすごく悲しい。彼が冷たいのが理由だとしても、彼が可哀想で、「わーん」と泣きたくなる。
女の子たちが、何をニシノユキヒコに言おうとして、でも言わなかったのか、ひとつひとつが胸の奥にぎゅーーーっと食い込むように寂しい。
はあーーー。
初めて読んだのは大学4年のときで、ケアンズに卒業旅行に行くことになっていて、機内で暇だろうな〜とBOOKOFFで買い求めたのだった。
日本へ帰る飛行機で読んで、ニシノユキヒコの人生が悲しくて、隣の席で眠る恋人の横でオイオイ泣いたのだった。
それからニシノユキヒコの恋と冒険は寂しい小説だったなあと半年に一回は思い返していた。
先日川上弘美さんの短編集を読んだのを機に、実家から持ち帰って読んだけどやっぱり寂しかったなあ。
でも大好きな作品だなあ。
ササキサユリさんの、冷静な視点で全てを受け止めている様が潔くて好きだな。
あと、カノコちゃんが好きなものを列挙するとき、おとうさんやおかあさんに続いて、「隣家の生まれたばかりの赤ちゃんが好き。」と来るのにキュンときた。
Posted by ブクログ
仕事もなんでもそつなくこなす西野くん。これだけたくさんの人と交わっても誰も愛せなかった流れを読むと、なんだか泣きたくなりました。今で言うメンヘラ製造器とはまた違う、女性の懐にするすると入っていく西野くんの魅力に参りました。
Posted by ブクログ
どの話も面白い
声も仕草も態度も見た目も全部きっとしっくりくる、つるつるした完璧さを持った男の子なんだろうね、会ってみたいけど、ほんとにいたらやっぱちょっと困るのかなー、とめどない世界で頑張っていきよーね
Posted by ブクログ
ある意味で純愛小説。
あらすじを読んだ時にコメディかなと思ったけど、読み終わったら胸が締め付けられていた。
男側の勝手な意見だけど、ユキヒコは自分の感情に対して頗るピュアなんだろう。
逆に愛なんてものは、実に曖昧なものなんだろう。
Posted by ブクログ
全てにそつがなく、ストレートに愛情表現したかと思えば、子供のように心にスルスルと入り込む。情を交わした10人の女性の視点によって描かれる、モテる男ニシノユキヒコの生き様。ニシノさんを背景に、各章の女性の個性が浮かび上がっていると感じた。
きまって去られてしまう。女は生涯寄り添えない相手と本能的に察知しているから。それはそうでしょうね…思い出はせめて綺麗にしたいから。
読み終えるまでに、ニシノさんの魅力に触れればと思ったけど、なかなか難しかった。関わった女性側の気持ちもあまりわからない(人の気持ちなど、他所のものが容易に理解出来るものではないという事だろう)。しかし、不適切な関係であるのに、生臭さを感じさせない川上弘美さんの品のあるさらりとした心情描写すごくて、特に「しんしん」から面白く読み入った。
愛に満たされることなく飢えて怯える心情が、女性との関りから読み取ることが出来た(なんとなくだけれど)気がする。
強いようで弱い。人の呼び方が様々なように、人は多面的で色々な面を持ち、相手側からの見方で浮き彫りにされるということが伝わりました。
必死に自分を模索しているのに、ふわふわ不思議な空気に包まれ宙を浮いているような余韻が残った。自分の居場所をみつけることは難しそう。
Posted by ブクログ
ハードカバーの本を20年近く前に買って、度々読み返している。
この小説のすごいところ(というか作者のすごいところ?)は、ストーリーのその場に自分もいるような感覚で読めるところだと思っている。
気まずい空気とか、じわじわと寂しさが込み上げる場面とか、その場の暑さとか湿度だとか、
登場人物が感じているものをリアルに自分も感じられる文体が魅力。
20年前はニシノさんみたいな男性は嫌だなって思いながら読んでいたけど、年を重ねふと自分がニシノさんみたいな生き方をしているかも、と気付くから人間って不思議だなと思う。
Posted by ブクログ
『恋とは、いったい何だろう。わたしが恋をしていたのは、ニシノさんという、ひとまわりも年うえのひとだった』。
『恋』とは何かという質問はなかなかに難しいものだと思います。それを”特定の相手のことを好きだと感じ、大切に思ったり、一緒にいたいと思う感情”のことです、と説明されても、はあ、としか言いようがありません。私は中学生の時にクラスのある女の子に『恋』をしました。いわゆる初恋というものです。好きで好きでたまらない、でも相手がどう思っているかなんて全くわからない、そして他のクラスメイトには決して知られてはならないこの想い。なんとも悶々とした日々を過ごしたことを覚えています。結局、その想いは叶うことなく、今頃彼女はどこで何をしているのだろう?という想い出に変わってしまいました。しかし、私にとって『恋』とは、もちろんそれだけではありません。高校時代にも、大学時代にも、そして社会人となってからも、それぞれの時代にさまざまな形で『恋』を経験してきました。そして、今となってはそんな過去の『恋』を懐かしく振り返ることもあります。
人によって『恋』というものの経験、歴史とは多種多様であって、それが同じである人はこの世に一人としていません。したがって、私の中学時代の初恋のように、何もせずに終わるというような『恋』を良しとはせずに、積極果敢に打って出る!ことを当たり前のこととしている人だっているかもしれません。そう、この世には、次から次へと女性遍歴を繰り返す人だっているのだと思いますし、『恋』のあり方として決してそれが間違ってもいないのだと思います。
この作品は『西野くん、いっぱいガールフレンドとか恋人とか、いるでしょ』と訊かれて、『そりゃあ僕は一種のなんていうか女たらしに近いものなのかもしれない』と答える一人の男の物語。そんな男が十人の女性とさまざまな『恋』の関係を見せていく物語。そしてそれは、十人の女性たちが、そんな男と出会ったことを思い出の一コマとして振り返る様を見る物語です。
『あのころ、みなみは七歳だった』と『わたしはまだ二十代』だった頃のことを思い出すのは、この章の主人公・夏美。そんな夏美は『あのころ、わたしは恋をしていた』と、『ひとまわりも年うえの』『ニシノさんに何回も抱かれた』時のことを思います。『わたしがニシノさんを好きであるほどはニシノさんはわたしを好きでないことがつらかった』と『ますますニシノさんを恋しくおもった』夏美。そんな夏美は『一度、夫が家にいるときにニシノさんから電話がかかっ』てきた時のことを思い出します。『保険会社の人』と夫から手渡された受話器に『はい』『ええ』『いいえ』と『言葉少なに』話す夏美の電話の向こう側で『きみをいますぐ抱きたい』などと話すニシノ。そんなニシノが『女の子がいいな、子供は』とみなみを連れてきて欲しいと願うのに従って、『みなみと一緒にニシノさんに会いに行く』夏美。しかし、そんな『みなみはニシノさんのことを何も訊ね』ませんでした。そして、レストランでは、『「パフェ」を「パフェー」とのばすように発音』しながら勝手に注文するニシノ。一方で『みなみは必ずパフェを残し』ました。そんなみなみが『おかあさん、ニシノさんて、不思議なひとだったわね』と言ったのは『十五歳になった春のころ』。その時、すでにニシノと会うことはなくなっていた夏美は『みなみがまだ十歳だった冬に』ニシノと別れたのでした。『ニシノさんと、おかあさんは、恋人どうしだったんだね?』と『わたしの目をまっすぐに見ながら』聞かれて戸惑う夏美は、『恋をしていたのか』、『好きだったのか』、そして『ニシノさんという人がほんとうにいたのかどうかすら』わからなくなります。『ニシノさん、元気かな』と訊くみなみに『元気でしょ、きっと』と返す夏美は、『あのころのみなみの目に、ニシノさんはどのようにうつっていたのだろうか』とも考えます。そして、『久しぶりに、わたしはニシノさんの声を聞きたくなった』という夏美。時は流れ、『みなみは、二十五歳になった』というある日、『おかあさん、庭に誰かが』と、みなみが呼ぶのを聞いて『ニシノさんだ』と直観した夏美。そこに『一陣の風が起こり、草がそよいだ。それから、全部の音が止んだ』という瞬間が訪れます。『おかあさん、来て』と庭から呼ぶみなみに、『ニシノさんらしき影が、繁った雑草の中に座ってい』るのに気付く夏美。『そのひとは、端然と座っている』という姿を見て『生きていたころのニシノさんはもう少し落ち着きがなかった』と思う夏美。『あれは、なに?』と訊くみなみに『みなみは、知っているでしょう』と返す夏美。『ニシノ、さん?』とつぶやくみなみ。そんな衝撃的なニシノとの再会が描かれるこの短編。この先に繰り返し登場するニシノの存在を強く印象づける好編でした。
「ニシノユキヒコの恋と冒険」というなんだか子供と一緒に読みたくなるようなほっこりした書名のこの作品。しかし、その書名とは裏腹にこの作品は決して子供と一緒に読むわけにはいかない男と女の『恋』の物語です。十の短編が連作短編の形式をとるこの作品は全編を通して登場する『西野幸彦』という男性の恋愛遍歴を、それぞれの短編に一人づつ登場する女性主人公たちと彼との関わりを通じて明らかにしていくという非常に面白い構成をとっています。似たような発想の作品としては、”四人(実際には五人)それぞれの視点で一人の男を描くのって斬新だし面白そうじゃないですか?“とおっしゃる柚木麻子さんが描く「伊藤くん A to E」という作品が思い起こされます。同作では主人公の伊藤誠二郎に視点が移動することはなく、それでいて最初から最後まで影の主人公の如く登場するという不思議な構成をとっています。そして、この作品で川上さんが描く西野幸彦も存在感は圧倒的で、最初から最後まで主人公たちを、そして読者をイライラさせたりモジモジさせたりするにも関わらず、決して彼に視点が移動することはなく、彼が取る行動の真意を読者が知ることなく物語は幕を下ろすというとても面白い立て付けです。
そんな川上さんのこの作品は柚木さんの作品よりさらに大胆、かつ面白い工夫がなされています。では、そんな全体の構成をそれぞれの主人公が西野幸彦をどう呼ぶかと各主人公との年齢差という視点も含めて各短編ごとの一覧にしてみたいと思います。
・〈パフェー〉主人公: 夏美(みなみの母親)(20代)、呼び方: ニシノさん(40歳)、関係: 浮気相手
・〈草の中で〉主人公: 山片しおり(14歳)、呼び方: 西野君(14歳)、関係: 中学の同級生
・〈おやすみ〉主人公: 榎本真奈美(33歳)、呼び方: ユキヒコ(30歳)、関係: 西野の上司
・〈ドキドキしちゃう〉主人公: カノコ(20代)、呼び方: 幸彦(20代)、関係: 大学の同期
・〈夏の終わりの王国〉主人公: 須永例子(30代)、呼び方: 西野くん(20代)、関係: セックスフレンド
・〈通天閣〉主人公: タマ(昴と同居)(21歳)、呼び方: ニシノ(31歳)、関係: ニシノと付き合う昴の同居人
・〈しんしん〉主人公: エリ子(飼猫:ナウ)(40歳)、呼び方: ニシノくん(35歳)、関係: いいお友達
・〈まりも〉主人公: 佐々木早百合(50代)、呼び方: ニシノくん(37歳)、関係: 省エネ料理の会に共に通う
・〈ぶどう〉主人公: 加瀬愛(19歳)、呼び方: 西野さん(50代なかば)、関係: 年の差カップル
・〈水銀体温計〉主人公: 御園のぞみ(20歳)、呼び方: 西野くん(18歳)、関係: 西野の学部の先輩
以上のような感じです。この一覧を見ながら西野の年齢と呼び方の二つの側面から見てみたいと思います。まず、年齢です。西野の年齢には若干の推測も入っていますがいずれにしても西野との関係もバラバラ、そして主人公の年齢も10代から50代と多彩です。連作短編としてさまざまな人物に視点が移動するのは当然ですが、そんな移動先の人物と関係を持つ西野の年齢が見事にバラバラであるのみならず、14歳から50代半ばと、西野からみると実に約40年という時代に渡って彼の女性遍歴を、彼から見ると順番バラバラに描いていくのがこの作品、ということになります。これは読んでいて非常に摩訶不思議な印象を受けます。ある話で西野は38歳なんだ、次の話で50代なかばになった、それが次の話では18歳の西野が描かれるというまるでジェットコースターに乗っているかのようにアップダウンする彼の年齢。この作品は元々「小説新潮」に連載されていた作品のようで、それを『本にするときに並べかえています』とおっしゃる川上弘美さん。そう、この不思議感は川上さんの意図的な短編の並べ替えから生じているものでした。しかし、40年にも渡る時間を描いているにも関わらず物語に時代感があまりないために違和感を全く感じさせません。そして、そもそも一体いつの時代の話なのだろうかというヒントが本文中に存在します。『生まれた年によど号がハイジャックされて、四歳のときにスプーン曲げの関口くんが登場した』と31歳の西野が語るこの場面。”よど号ハイジャック事件”は1970年3月31日に発生しています。この作品で西野は50代なかばの姿で登場もします。ということは、なんと西野が50代半ばで登場する短編では、舞台が202X年という、まさかのSF!の未来世界が描かれていることになります。これにはビックリです。
つぎに、それぞれの主人公が西野をどう呼ぶかです。一覧の通り、『ユキヒコ』、『ニシノくん』、そして『西野さん』と、主人公が西野を呼ぶ呼び方はそれぞれの主人公との年齢差、立場によってさまざまに変化します。呼び方が変わっても西野が西野であることに何ら変わりはありません。しかし、『ユキヒコ』と呼ばれる西野と、『西野さん』と呼ばれる西野から思い浮かぶ人物像はどこか揺らぐのを感じもします。『その人がニシノくんをどう呼ぶか、その人のニシノくんへの気持ちや距離をあらわしていると思います』と続ける川上さんは、『女の人たちの良さを書きたいなと思ったんです』ともおっしゃいます。そう、この作品はそれぞれの短編に登場する女性たちそれぞれの人生の物語であって、決して『西野幸彦』という人物を描いたものではない、だからこそ西野基準での年齢時系列になっているわけではなく、また、彼の呼び方もあくまでそれぞれの女性基準で変化していく、そういうことなのだと思いました。もちろん、『西野幸彦』という人物も、年を経る中で成長もすれば変化もあるのだと思います。『西野くんは食欲と同じく、旺盛な性欲の持ち主だった』というのは、全編に渡って感じられる彼の特徴だとは思います。また、『次の女を好きになったら、西野さんて、すぐに前の女と別れるの』と、半年くらいで次々と女性遍歴を繰り返す西野という男の軽いイメージは年が変わっても驚くほどに一貫性を感じます。『なんでニシノくんはこんなに浮気性でどんどん女の子を渡り歩くんだろうと、多少反発みたいな気持ちもあった』という川上さんの気持ちは恐らくそんな西野の40年にもわたる行動を目にする読者も同様だと思います。『失礼な質問だとは思うんですが、御園さんが誰とでもセックスをする、というのは、ほんとうですか』などと本人に平気で訊く無神経極まりない西野の存在には呆れを通り越して諦めの境地が湧く人もいるかもしれません。しかし、この作品を読み終えて感じるのは、そんな西野という男に対する軽蔑の感情以前に、それぞれの短編に登場した女性たちのどこか人生を諦観した生き方でした。年齢も境遇も、生き方も全く異なる十人の女性たち。そんな彼女たちの人生の、長い目で見ればほんの一瞬、ほんのひとときをある種彩った西野幸彦という男の存在。
『恋とは何だろうか。人は人を恋する権利を持つが、人は人に恋される権利は持たない』。
西野幸彦という影の主人公が接してきた女性たち、西野幸彦の女性遍歴をまとめたこの作品。『ユキヒコは、恋というものによって手負いにされたわたしを、飛び道具も使わずに、爪も牙も使わずに、いともかんたんに手に入れた』と恋に堕ちていく女性たち。しかし、それは『身のうちからわきでる、ふるえ。ユキヒコにとらえられたよろこびによって溢れでたふるえ』と感じる女性たちそれぞれにとって、そんな恋をする権利が満たされる喜びをそこに見るものだったのかもしれません。
男と女の『恋』の物語にあって、『そのまま蝉は、空へとのぼっていった。かすかな蝉の羽音が、いつまでも、わたしの耳に残っていた』といった美しい情景描写がそこかしこに登場するこの作品。川上さんらしい文章表現の魅力と構成力、それでいてぐいぐい読ませる推進力にすっかり酔わせていただいた素晴らしい作品でした。
Posted by ブクログ
ニシノユキヒコが主人公(?)ながら、ニシノユキヒコの心情は一切記されておらず、ニシノと交流したさまざまな女性たちの視点で、ニシノが語られます。
1番最後に配された「水銀体温計」で、ニシノの少し屈折した女性への態度の背景が明かされ、その一つ前の章「ぶどう」で、唐突に訪れた彼の冒険の終わりが綴られます。姉への気持ちを明確にするのが怖かった、ということなのでしょうか?ただ、思えば、1番最初の「パフェー」で成仏しきれず他の女の元へ行くあたり、もうその浮ついた性分はもう自制の効く類のものではなく、生まれついた性質なのでしょうか。
ニシノと女の儚い関係の中の穏やかな熱情に、なんだかやつされるような想いがしました。愛って少しドロドロとしていて暑苦しいけれど、恋はサラサラ、キラキラしていて、ひだまりのようです。愛するって、きっと一定程度は能動的なものなんですよね。ニシノは、そのドロドロが怖くて、心の全部を相手に委ねないように、愛さなかったのかなと思います。
愛したいのに、愛せない、その絶望と孤独がわかるが故に、ニシノが可哀想で可哀想で、ドキドキしてしまいました。その可哀想が、多くの女を虜にするのでしょうか。
Posted by ブクログ
ニシノユキヒコ、西野幸彦。
彼とひと時を過ごした10人の女性たちからの述懐。
ニシノはどう見てもだらしがないろくでなしなんだけど、どこか理由がありそうに見えて、でも実のところ分からない。心の内に空虚が巣食っているようでいて十分に満たされているようにも思える。「真実の愛」を欲しているのに欲していない。わかりそうなのに掴みどころがなくて、よくわからない人だった。
本人も持て余しているらしいけれども、こんなに途方に暮れる才能があろうか……。
ニシノユキヒコは、川上弘美のなめらかで体温の低い文章がよく似合う男でした。
Posted by ブクログ
ニシノユキヒコ は、ひとりぼっちで、スマートで、セックスが良くて、そのうえ顔も良くって、仕事もできて(最後は社長さん)、こなれた雰囲気のくせに、ときどき寂しそうにするのです。
女の子キラーですよ。悪いおとこですよ。
彼とある時間を過ごした女の子10人が、彼のことを振り返る という形式のショート。
彼は深層がクールなくせに、そんな自分によく頭を抱えています。
「どうして僕は人をきちんと愛せないんだろう」
現実に身近にいたら ぶっ飛ばすか、のめり込んじゃうか の どちらか。
ダメ男好きの方は、後者でしょう。わたしもそうかも。
けれど、ニシノユキヒコ は、たぶん、わたしの手には負えないなあ。みんなそうなのだろうな。
だから彼はさみしくて、かわいそうで、かわいそうはつまり、愛しい なのです。
そうか、ヴィンセント・ギャロに、似ているのだなあ。(たぶんギャロよりも器用で、穏やかだけれど)
Posted by ブクログ
恋多きニシノユキヒコ、しかし愛した女性とは必ず別れてしまうニシノユキヒコ。彼の恋愛遍歴……いやいや、恋と人生を巡る冒険、を描く10の短編。
すごく優しいんだけど悲しくて、不可解で切なくて、恋愛というものに対して疑問ばかり抱いてしまうような内容だったけれど。ひとを愛するってこういう(不可解で曖昧な)ものなのかも、と思いました。文庫版に付いている藤野千夜さんの解説は素晴らしいです。
Posted by ブクログ
モテ男ニシノユキヒコの女性遍歴を、女性たちの側から語る本作。
男の側からすると、くっそぅー、あんなに沢山いい思いをしやがって、と一瞬思う。ただ、読中からその思いは消え、おかしみ、あるいは哀しみの情へと変化してゆく。
・・・
この主人公ニシノ氏は人を愛せない。
いや、もちろん、愛していると口にはする。でもそう感じられない。優しいし、偉そうでなく、夜の営みもお上手、ガツガツしていない。
ウォーターベッドやビーズクッションのように優しく気持ちよく包んでくるけど、どこか相手に対しての真摯さが感じられない。
それを本人も、そして相手の女性側も理解してゆき、最後に別れを切り出される。
・・・
終盤でニシノ氏が心中をほのめかすのも、分からないでもない。
だってほら、人を求めず求められもせずっていうのは、寂しいし。自分が本気でないことを自分も気づいちゃうんだろうな。
・・・
全くモテなかったけど、求める相手がいて、求められてもいてっていう奇跡が起こってよかったかなと思いました。
・・・
ということで川上弘美氏の作品は初めて読みました。
作中はひらがなも多く、フォントもたおやかな感じ。そこはかとなくユーモアが漂い、ほのぼのとしています。とてもやさしく柔らかい、それでいて輪郭のある文章だったと思います。
こういう書き味、好みかもしれません。
今後も川上氏の作品、渉猟してゆきたく思います。
Posted by ブクログ
魔性の男、西野幸彦の
思春期から事故で死ぬまでの女と恋の遍歴
10人の女達が語るニシノ君の連作短編
映画では竹野内豊さんがユキヒコ役だったみたい
ぴったりなんていうか、ちょっと照れちゃうってような事をさらりと言ったりやったりしちゃう感じのイケメン
そしておそらく本気の恋ができなかった男子
紹介文のように果てしなくしょうもない男子
なんだけど憎めない男子
川上さんの若い時の作品ですね
Posted by ブクログ
ニシノユキヒコの恋愛遍歴を描いたお話です
モテ男子の生活を疑似体験してみたら、意外と楽しそうじゃなかった
あまり努力しなくても手に入れられると、決め手に欠けてしまうのですね
まさに器用貧乏という感じです
Posted by ブクログ
久々に川上さんの作品。
ニシノユキヒコと関わりのあった女性の目線での短編集。
淡々とした描かれ方で、さまざまな人の目線で描かれるのに、つかみどころのない西野くん。でもこういうつかみどころのなさが魅力の人はいるんだよなあ。
Posted by ブクログ
【2023年80冊目】
愛ってなんだろう、恋ってなんだろう、人を大切に思うってなんだろうーー?青臭いセリフが常に傍にあるようで、そんな陳腐な言葉では表現できない質量で満ちていました。声に出して読みたくなる、ニシノユキヒコと十人の女たちの物語。彼女たちから見た西野くんと、西野くんから見た彼女たち。パズルのピースは、はまることがなく、最後まで「どうしてきちんと愛せないんだろう」という疑問とともにあります。おそらくは年齢によって捉え方が異なる小説。数十年後、生きていたらまた読んでみたいと思います。
Posted by ブクログ
不思議な小説でした。これまで読んだことのない空気感。自分と全然違う男であるニシノユキヒコをでも嫌悪感とかなしに読めてしまったのは、どこかその空気感に理由があるからのように思ってしまいました。ニシノユキヒコは何かの象徴なのではないか。でもそれが正確にはわからない。本当には愛してもらえないし、だから愛せないってわかっているのに惹かれてしまうというのはなんなのだろうなと思いながらでもそういうのって時に魅力的だよなとそこはかとなく思ったのでした。
なんかでも自分は女性のことちっともわかっていないのかもしれないとちょっと感じてしまったのでした。。
Posted by ブクログ
オダギリジョーをイメージして読んでたけど、ドラマ化されたニシノユキヒコは竹野内豊だったそうな。えー、そうかなー、オダギリジョーのほうが当てはまる気がするけどなあ。
Posted by ブクログ
この手の本は好き嫌いがハッキリ別れるのでしょうね。私は~~~とりあえず☆3個にしといて、少し経ったら読み返してみようかと言うのが率直な感想です。
Posted by ブクログ
割とクズだけど愛おしい男と、儚い時間をそれぞれの愛し方で過ごした女性たちの話。
ドラマチックな展開はないものの、読みながらじわじわと愛おしさが込み上げてくる感じがした。
Posted by ブクログ
どーしようもしょうがないニシノユキヒコ君と、彼を巡る女性達のお話。
と、読む前にあらすじを眺めて、もしかしたら「悪女について」ばりにどろんどろんしたお話かと戦々恐々しつつ開いたのは内緒。
そしてどうしようもなさ加減に脱力。
もし目の前にニシノ君がいたら、もーほんとダメな人だなぁ!って背中ひっぱたいてるかも。
Posted by ブクログ
ニシノユキヒコ。
この一人の男。
魅力的なのかどうか「?」マークが浮かんでしまう
頼りない、でも優しい、なのにドライ、結局何故だか放っておけない、
そんな男の恋愛連作集。
彼が人生で出逢って通り過ぎてきた女性10人の視点から
様々な年代の西野くん、様々な顔の幸彦君が描かれています。
ニシノユキヒコに出会ったことによって10人の女性は
傷ついたり悩んだりしながらも最終的には前へと進んでいくための
小さな光を見い出しているように感じられます。
そしてそれとは対極に、こんなに多くの魅力的な女性に愛され、
本当なら幸せなはずのニシノユキヒコなのに、
寂しさにいつも囲まれて、そこからどうやったら逃げ出せるかと
彼は死ぬまでもがき続けたのかな、と心がちくっと痛みました。
本当に西野さんっていたのかな?ユキヒコって実は幻?
すべて読み終わった後、残りのなくなったページとともに
ニシノユキヒコも遠くへ消えてしまうような、
身体の向こう側が透けてみえるような、
そんな儚い彼の残像だけが残りました。