斎藤環のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ひきこもりからポストモダン、ラカンを語り、現在はオープンダイアログを実践されている斎藤環氏と歴史学者の與那覇潤氏の対談本。與那覇氏は双極性障害で入院し、その体験を書籍にもしている人。何かの雑誌で対談を続けた物を編集したものかと思ったが、いわゆる語りおろしを加筆修正したもの。両者とも指向性が似ているのか、話が尽きない。これまでの両者の指向性が最終章のオープンダイアログの話に集約するが、ここにコミュニズムを絡めて語るところが味噌であった。ポストモダンやラカンなど難解な思想を絡めて語り合うので、ついていくのに骨が折れた。用語の脚注は豊富であるが、おそらく基礎知識がないと、この脚注だけでは不十分だろう
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「語り起こし」というだけあって読みやすい文章でしたね。本人が書いているわけではなく、喋っている言葉をライターさんが編集して?本にしているわけだから…社畜死ね!!
ヽ(・ω・)/ズコー
まあ、川崎の事件でまた注目されつつある「ひきこもり」という現象ですが…中高年のひきこもりは大量に居るそうですよ! なんかテレビでもひきこもり特集とか言って、元ひきこもりの人にインタビューとかしているのを観たことがあるような…社畜死ね!!
ヽ(・ω・)/ズコー
あとがきでの著者の言葉が一番良かったですね! ひきこもりを予防する、まずはそういった考え方から脱却するべきだと…時と場合によっては引きこもっても -
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ネタバレまさに、発達障害のある長男が、高校2年冬から急に
不登校 → 引きこもり → 転校...何とか通信制高校を卒業(←いまここ)。
引きこもり関係の教育テレビや新聞記事で、何度もお名前を拝見していたので、大型書店で探して購入。
実際に接している肌感覚からすると、齊藤先生の言葉やアプローチは、わが家の場合、まさに本物です。
具体的には
実践編 p110~
「そこにある」ことを認める
努力と激励の限界
一方的な受容の弊害
外傷の体験と回復
ひきこもりにおける他者との出会いの欠如
なぜ治療が必要か....
に書かれている内容が、身震いするほど共感します。
ひきこもりを「成熟の問題」と言語化し、 -
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目次
序章 なぜ「母殺し」は難しいのか
第1章 母と娘は戦っている
第2章 母の呪縛の正体をさぐる
第3章 女性ゆえの困難について
第4章 身体の共有から意識の共有へ
終章 関係性の回復のために
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<なぜ「母殺し」は難しいのか>
母と娘の関係は、家庭内に置いて特殊である。
同性であるために、心理的に距離が近くなること、そして、母親の支配が、父親の様なわかりやすい形ではなく、相手の同情と共感を逆手に取った、分かりにくい形をとることにも関係ある。
具体的には、「あなたのためを思って」との大義名分で、自分の幻想に基づ -
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第1章 「ジェンダー・センシティブ」とは何か
第2章 男女格差本はなぜトンデモ化するのか
第3章 すべての結婚はなぜ不幸なのか
第4章 食べ過ぎる女、ひきこもる男
第5章 「おたく」のジェンダー格差
第6章 男と女の「愛のかたち」
終章 「ジェンダー」の精神分析
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まえがき
第1章 「ジェンダー・センシティブ」とは何か
第2章 男女格差本はなぜトンデモ化するのか
男と女の最大の違いは「所有」と「関係」の違いである。
著者が述べる「男女差」は脳器質的な違いではなく、あくまでも、「ジェンダー(社会文化的性差)」に基づく。つまり男女差というのは、あく -
- カート
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試し読み
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Posted by ブクログ
最近受験生の我が息子は、少し遠くの塾に
日曜日の夜間に通っています。(そんなに必死に
受験勉強しているわけではないのですが)
そこで、夫婦も揃って息子を送り届けて
塾が終わるまで二人でスタバに行って2時間
くらい待っています。私はじっくり本を読める時間
なので割と気に入っています。そこで読み終わった
今回のこの本。
川崎の桐光学園高校に様々な
論客(日本のトップクラス)が特別の授業をする
らしいのですがその授業の内容が本になっている内容。
こんな高校生はとても幸せだと思いますが
多分自分が高校生だったときはあまり興味を
覚えなかっただろうなあと思います。
でも、それでもそういうことを言っていた -
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著者が「対談を終えて」のコメントにも書いたように、萩尾望都さんのプライヴェートなお話が聞けてよかった。就活の学生さん、本当の「貴重なお話」っていうのは、こういう話のことなんですよーーだそうですw
まあ皆さん酷い母親をお持ちで。私も機能不全家庭で育ちましたが、大して珍しい事ではなかったんだなと。また母親と距離を置きたいと思う事に罪悪感を感じなくてもよかったんだと今更ながら納得しました。水無田さんのように理路整然と考えていれば、もっと早くに楽になれたのかなと思いました。
母性は存在しない、精神分析的には男性は身体を持っていない、にはビックリ。
p152
信田 だからあんなメタボな身体でも平気でさ -
Posted by ブクログ
精神科医で社会評論家の斎藤先生の「ヤンキー」論。
昔からヤンキーにカテゴライズされる人たちは沢山いたわけであるが、何故か最近「発見」されて、消費マーケティングの世界でも人気だったりする。
これはネットをはじめ「トンガッた」ところにいる「オタク」たちは、弁は立つし、知識も豊富で、ロゴスの世界では優位にいるように見えるのだが、じつはマイノリティだ。世界は「気合い」=ヤンキーの精神的な支柱で動いているのだw
<齋藤先生のヤンキーの定義=笑える>
・過剰装飾を好む「バッドセンス」な美的感性
・気合とかその場の勢いをなにより大事にし、「深く考えない」ことを美徳とする精神(反知性・教養主義)
・大局的・ -