斎藤環のレビュー一覧
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ネタバレ・心の病気でクリニックに通い出すと後悔するタイミングがくる。全然治らない、もっとひどくなってるんじゃないか。そんなときに乗り越える手段が対話である。この人ともっと話してみたいと思える人に出会えることが、病気の有無に限らず、今生きることに悩む人の助けになる。
・過去の悪い点のみを何度も反芻して悔やんだり、未来を先取りして不安になる思考より、意識を今ここに集中させて常に現在しかないとするメンタリティが有効になる可能性がある。(ヤンキー的寛容が鬱を癒す)
・愛情と承認の区別 愛は負けても親切は勝つ
愛情は最終的に相手との一体化を望む感情であるため、治療上はイネイブラーの側面があるため歓迎できない -
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薄い。全111ページ。本文(p.9~55)と解説(解説Ⅰ・Ⅱ合わせてp.61~111)で、文量がほぼ同じ(解説のほうが若干長いか)。解説は養老孟司と斎藤環。この本の著者名としては名がないが、これは養老・斎藤も著者と言っていいくらいだと思う(ので、本投稿のタグには二人の名前を追加した。私の中では著者扱い)。
ともにドイツに住んでいたユダヤ人である(後に二人とも亡命することになる)物理学者・アインシュタインと心理学者・フロイトとの間の“戦争”を巡る往復書簡。アインシュタインからの問いに対するフロイトの答えは、最後のほうにある一文「文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる!」(p. -
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一度目と二度目の世界大戦の間に、国際連盟の依頼によりアインシュタインとフロイトが交わした戦争に関する手紙。
言うまでもなく、当時最高の知性が話し合っているわけだが、たった一往復の手紙のやり取りという性質上、議論が大きく深まることもなく終わった印象だった。印象に残ったのは、アインシュタインによる以下の記述である。
「『知識人』こそ、大衆操作による暗示にかかり、致命的な行動に走りやすいのです。なぜでしょうか?彼らは現実を、生の現実を、自分の目と耳で捉えないからです。紙の上の文字、それを頼りに複雑に練り上げられた現実を安直に捉えようとするのです」
認知戦という言葉を最近よく聞く気がするが、一次 -
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母親は役割に過剰に同化することによって、娘は役割用に担い切れないことによって母娘関係が問題化することが多い。
だとすれば、母親変化を、痛みは自律執行すれば良い。ある関係において、問題が生じた場合、やるべきことはつまるところ「対話」と「距離の調整」に尽きる。
子どもを持ってみるまで、我が子が自分の中にどんなことを引き起こすのか知ることはできない。
母親が感じる痛みや悲しみの大半は自分の子どもをコントロールするべきだという信念から生まれる。
ほとんど全ての娘はある時点で母親に対して失望を感じる。それは子育てにつきものの、不可能で消耗させられる期待に応えられる人など誰もいないから。
母親が娘に -
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「会ったほうが、話が早い」のはなぜか。それは、会うことが「暴力」だからだ。
人に会うとしんどいのは、予想外の展開があって自分の思い通りにならないからだ。それでも、人は人に会わなければ始まらない。自分ひとりで自分の内面をほじくり返しても「欲望」が維持できず、生きる力がわかないからだ。コロナ禍が明らかにした驚きの人間関係から、しんどい毎日を楽にする38のヒントをメンタルの達人二人が導き出す。
☆3つけてるけど 3.5にしたい
考えていた内容とちょっと違っていたけど 私も人に会うとしんどいというか 人と話をするのがしんどいので共感出来る部分があるなぁと思いました
この本が刊行されてから2年 -
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私も宗教2世、いや、正確には3世です。
皆さんの体験談は、自分と重なるところも多く、改めて、自分もいろんなことを我慢してきたんだろうな、本当の自分を出すことができずに大人になったんだろうなと感じました。
せっかくなので、私の記録も(長くなりますが)ここに残します。
私は、父方の祖母、母方の祖父母が創価学会に入会し、父と母は子どもの頃から学会員で、学会活動の中で出会って結婚し、私が生まれました。
父母は地元でちょっと有名な活動家だったので、その長女である私も期待されていると(勝手に)感じていました。
小学生になる頃、母から勤行唱題を教わり、土日には未来部として会合や合唱団の活動に参加しました。