斎藤環のレビュー一覧

  • いじめ後遺症

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    いじめがその後の人生に如何に大きな影響を与えるかは自分のような仕事についていると嫌というほど分かる。そういうことを分かり易く体系だってまとめてくれた書籍

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    2026年09月23日
  • いじめ後遺症

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    私自身もいじめの被害者であり、その影響から、人間不信や物事の捉え方の歪みなど、今でもいじめの後遺症を感じることが多い。そんな中で本書が刊行され、気になって手に取った。

    本書では、アメリカで2012年に、53年越しにいじめへの復讐を果たした老人男性の事件も紹介されている。もちろん銃撃という手段は許されるものではないが、そこまで長い年月を経てもなお、いじめによる傷が残り続け、ついには事件にまで至ってしまったことには、被害者として共感してしまう部分もあった。

    日本のいじめ対策は、加害者への指導に重点が置かれる一方で、被害者へのケアは十分とはいえない。しかも、加害者側はよほど大きな事件になってニュースで名前が知られるようなケースでもない限り、その後の人生に大きな影響を受けることは少ない。一方で、被害者は傷を抱えたまま、声を上げても否定されたり、泣き寝入りしたりすることもある。この状況はおかしいのではないか。

    そうした、いじめが終わった後も被害者に残り続ける影響を「いじめ後遺症」と名付け、もっと社会に認知してほしいという思いが、本書には込められている。

    さらに、こうした状況を生み出してしまう行政のクローズドな体質や、実際の事例を通した被害者ケアについても触れられている。

    学校という檻は、集団教育である以上、いじめはなくならない。だからこそ、いじめが起きた後に「被害者を中心に考える」ことが重要なのだと感じた。

    自分自身がいじめの影響を今でも感じているからこそ、他人事とは思えず、考えさせられる一冊だった。

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    2026年09月03日
  • 別冊NHK100分de名著 「平和」について考えよう

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    #ツナグ100分de名著

    \\ 寛容な心。そこにある強さ。 //

    『平和』について、
    4冊の本から共に考える。

    ◇◇◇◇◇◇

    【タイトル】別冊 NHK 100分 de 名著「平和」について考えよう私たちに何ができるのか?
    【 著者 】斎藤環/水野和夫/田中優子/高橋源一郎
    【 出版社 】NHK 出版

    ◇◇◇◇◇◇

    本書は2016年オリンピックイヤーに当たる年に企画された。
    オリンピックは元々『平和の祭典』として戦争を休戦して大会に参加しようという理念がある。

    そこから企画された本書は、4章4冊から成り立っている。

    ◇◇◇◇◇◇

    第1章
    フロイト『人はなぜ戦争をするのか』斎藤環

    ☆心理学から考える。平和のためにできることはダイアローグ対話である

    第2章
    ブローデル『地中海』水野和夫

    ☆経済学から考える。平和のためにできることはよりゆっくりより近くより寛容に

    第3章
    井原西鶴『日本永代蔵』田中優子

    ☆江戸文学から考える平和のためにできることは信頼を作り出し、それを持続すること

    第4章
    ボルテール『寛容論』高橋源一郎

    ☆哲学から考える。平和のためにできることはPray,and think

    ◇◇◇◇◇◇

    このポストでは、第一章『フロイト//人はなぜ戦争をするのか』について、触れてみたいと思います。

    ◇◇◇

    『人はなぜ戦争するのか』は精神分析の創始者であるジークムント・フロイトが物理学者アルバート・アインシュタインの呼びかけに応じて交わした公開の往復書簡である。

    ●アインシュタインは、人間の心自体、平和に抵抗する人間の悪しき権力欲と権力にすり寄って利益を得ようとする心がある。人間には本能的な欲求が潜んでいてその本能的な破壊欲動、死の欲動があると言った。

    ●戦争防止する2つの方法
    ①感情的な絆
    ②同一化

    ●反戦活動をする問いのこたえ
    ①個人の生を尊重するという個人主義に基づく
    ②生理的に戦争が嫌だと感じるから

    ●文化は欲動を制限する
    文明は科学技術的なもの、文化はどちらかというと人文的な知識全般を指すもの。良い悪いの価値判断はどこでするのか。その判断をしていくのが文化の力。

    「文化の発展がもたらすものは全てが戦争を防ぐように機能する」とフロイトはこの書簡の最後に記している。

    ◇◇◇◇◇◇

    フロイトは反戦の理由を『生理的に戦争が嫌だと感じるから』と、人間の本能を取り上げていることに、驚きと納得を覚えたのでした。

    あれこれ考えた理由、理性の問題じゃないんだなぁ、って思ったんです。

    ◇◇◇◇◇◇

    他にも、4章にパリ同時多発テロの時に、奥様を亡くされた人が、『あなたたちは私に憎しみを抱かせることはできません。』Facebook に書き込みをした話が載っている。

    『彼は生後十七カ月。普段通り食事をし、私と遊び、そして幸せで自由な人生を過ごすことで、あなた達に勝利するでしょう。彼もあなたたちに憎しみを抱くことはありませんから』

    パートナー、幼い子どもの母を亡くした直後にこの思いを抱き、口にできることの凄さには考えさせられるものがあります。

    ◇◇◇

    ページの横には各々の平和に対する一言格言が載っていて、

    『戦いは戦いを生み、復讐は復讐を生み、好意は好意を生み、善行は善行を招く。』エラスムス

    の言葉との繋がりも感じ、
    『寛容』な心を自分の中に大きく育てることが『平和をつくる』ことなんだと、真摯に受け止め、難しくても励んでいこうと思いました。

    ◇◇◇◇◇◇

    他にも、

    『すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。』世界人権宣言第一条

    『すべて人は、生命、自由及び身体の安全に対する権利を有する。』世界人権宣言第三条

    など大切な考え方が本書の隅々まで載っている学びの多い、示唆に富む1冊です。

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    2026年07月30日
  • 「自傷的自己愛」の精神分析

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    自分をやたらと卑下する人は、自己愛に乏しいのではなく、むしろ自分への強い関心を持っていることから、ひとつの自己愛のありかたとして捉えられる。そこに自分が無価値であることは自分が一番よく知っていて、それを否定されたくないという信念がある。
    自傷的自己愛は、現代の承認の時代の中で、自己承認が困難になっていった結果、あるべき自分のイメージから見たダメな自分への批判と捉えることができる。それらはどちらも自身が正確に認識できているとは限らないものである。
    自傷的自己愛は愛着障害ほどの病理性はなく、むしろ健全に育ってきた自己愛が、思春期以降の傷つきによってねじれを生じさせるのではないかと考えられる。
    自傷的自己愛は誰にでも生じ得るものであり、世間的な価値観や同調圧力が深く関わっている。
    それに気がつき、尊厳を傷つけられない環境に身をおき、他者との対話のなかでアサーション(他者に配慮しつつ、自己主張ができる)を育むこと、つまり自己愛を捨てるのではなく成熟させるという認識が健全な自己愛に必要なことである。

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    2026年04月09日
  • 「自傷的自己愛」の精神分析

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    以前、Twitterで引きこもりで悩んでいる方と仲良くなったことがあった。
    自分はその当時、双極性障害と診断されたばかりだったのでその方の「自傷的自己愛」を精神的な疾患に由来するものだと安易に結論づけて「医師の診断を仰ぐべき」だと助言した。結果、それを本人から相談されたその方の父親はショックを受けてしまったという事例があった。その方が「2次的ナルシシズム」に固執していただけとわかっていればそんな助言はしなかったのにと内省しながら読んだ、

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    2026年02月26日
  • ひとはなぜ戦争をするのか

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    文化の発展とは、人間が理性的な存在であるという証の成果でもあります。二つの欲動に流され、権威に溺れ、人間としての理性を放棄することは、オルテガ・イ・ガセットの説く「野蛮」(barbarie)に他なりません。人間は、他者を尊重することができ、他者と意見を交わすことができます。文化の発展とは、人間が「より人間らしく」生きる姿勢の表れだと思います。現在でも続いている戦争という「文化の衰退」が、少しでも早く無くなることを祈るばかりです。

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    2026年02月21日
  • 別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫

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    MWムウという漫画
    リボンの騎士
    火の鳥


    頭良ければとりあえず医学部目指させるみたいなのに偏見持ってたけど、手塚治虫の事を知ったら、医学って素晴らしい教養なんだなと思ったから、それも悪くないと思うようになった。手塚治虫みたいに医者にならなくても半端ない教養人になれるから。

    同性愛を過剰に差別発言する人はだいたいそいつも本当はホモかレズだよ。これは私の経験上確実にそう。だからレズを差別発言する人は羨ましいんだなと思って見てる。

    「 手塚こそは日本漫画の「母」でした。手塚以降の世代の代表的な漫画家は、ほぼ全員が手塚からの影響を認めています。そこには模倣から反発まで、ありとあらゆるタイプの「影響」が見て取れます。ビートルズがロックに与えた以上の影響力を、手塚は漫画にもたらしたのです。こうした存在が空前絶後であることは論を俟たないでしょう。  そもそも手塚は、現代漫画の基本フォーマットを一人で構築したと言っても過言ではありません。それこそ表現の形式から、「擬音」や「漫符」(冷や汗や怒りの静脈など、主として感情を表す記号表現)の文法、あるいは漫画表現のポイントであるコマ割りや吹き出しといった形式的な部分まで、漫画の基本文法を完成させたのが手塚でした。  以下は私の持論ですが、あらゆる表現ジャンルの中で、漫画ほどすみずみまで「感情」の充満した表現は他に類を見ません。最大最強の「感情のメディア」が漫画なのです。もちろん、小説や映画でも感情は描かれます。しかし、それはあくまで「全体の一部」でしかない。一方の漫画は、そのほとんどのコマに感情が描き込まれています。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「こういった傾向は、アメコミ(*)やバンドデシネ(*)など海外のコミックにも見られない日本の漫画だけの特質です。そして、私見では、この基本フォーマットも主に手塚が発明・開発したものであり、以降の日本の漫画全般に、この非常に優れた感情表現の形式は受け継がれています。  感情の記号的表現を「漫符」(竹熊健太郎)とか「形喩」(夏目房之介)と呼びます。そのすべての起源が手塚というわけではありませんが、そうした手法で漫画表現に自由に感情を導入するきっかけを作ったのは手塚と考えて間違いないでしょう。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「重要な特性はまだあります。例えば、視認性が高いということ。漫画は感情のメディアであると同時に、「顔のメディア」でもあります。だから、ほとんどのコマに顔が描かれていますよね。これは、もちろん手塚以前からの傾向なのですが、後述するように彼は漫画の「顔のメディア」としての特性を、かつてないほど拡張し、自在に使いこなしました。  私たち人間は、目の前に顔があったら、それを見ずにはいられないという認知特性を持っています。ゆえにコマに顔が描かれていれば、ついつい凝視してしまう。そして、顔を認識すれば、そこから先はほぼ自動的に、その顔が誰の顔であり、どんな感情を宿しているかを読み取る、というか読み込まされてしまうのです。  感情というのは、そのまま「意味」と言い換えてもいいでしょう。漫画というメディアは、読者に意味を半強制的に読み込ませる仕組みとして、非常に優れた機能を持っています。この特性を生かしたのが、学習漫画などの類です。漫画は非常にリーダビリティが高いため、情報を詰め込む時に、文章はおろか動画などに比べてもたいへん効率がいいメディアなのです。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「最近になって手塚の遺族が、手塚の机の引き出しに秘匿されていたエロティックな落書きを公表して話題になりましたが、手塚の〝丸っこい〟描線は、それ自体がエロスをはらんでいることはよく指摘されます。この描線は初期のディズニー的な絵柄に由来するものですが、要するに手塚はディズニーアニメが本質的にはらんでいたエロチシズムを半ば無自覚に作中に取り込んで、その描線で女性を描いてしまったのです。  漫画に描かれる女性が萌えキャラとして可愛く描かれるのは、今でこそ当たり前ですが、これも実質的には手塚が創始者と言っていいでしょう。美少女と言っても竹久夢二から松本かつぢ(*)に至る抒情系の少女画とは完全に別系統です。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「しかし、そういった意味ではちょっと可哀想なところもあるんですよね。リスペクトする人が多いわりには、意外と若い世代に読まれていなかったりする。これはもったいないことだと思います。ですので今回、手塚をあらためて語り、その魅力を伝える機会を頂いたことは、非常に喜ばしいことです。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「ただ手塚には、「医学的正確さ」など平気で無視できる強さがあった。医大出で、じっさいに医学博士であるという強みもあったと思うのですが、作品においてはむしろ「医学的正確さなんぞクソくらえ!」と言わんばかりに、一話完結スタイルでぐいぐい描いてしまうところがあり、それが作品のダイナミックな魅力に繋がっていました。今考えても、ひとつひとつが極上の短編として読める本作が、毎週少年誌に掲載され、同時進行で他の連載も描いていた事実には驚かされます。  本作を厳密な医学的視点から読めば、いろいろとアラはあります。しかし同じ医師として言えることは、根幹部分にあるアイディアや発想のありようは、まぎれもなく医師のものだ、ということです。合理性とヒューマニズムのバランス感覚などに、医師ならではのリアリズムを感じます。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「また、別の大きな特性も指摘できます。それは、ものすごくサービス精神が旺盛なことです。だからこそ、彼は徹底的に時代に寄り添うことができた。そういう意味では、例えばつげ義春(*)のように、己の価値観や資質を前面に出し、時代を超えてそれを貫き通すタイプの天才ではありませんでした。  時代の要請に沿えるということは、すなわち読者にサービスのできる人だった、ということです。作風がどんどん変わっていくのも、世の中のニーズを汲み取って、その都度チューニングしていたからに他なりません。  また、自分より売れている作家への嫉妬の強い人だったそうですが、それは、「人々が何を求めているか」ということに対する自分のセンサーが鈍ることが許せなかった、ということだと思います。読者に自分を合わせていきたい、という気持ちが強烈にあったのでしょう。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「もう一つ、手塚の漫画が若い人にあまり読まれていない理由として、漫画カルチャー自体が変わってしまったことも挙げられます。彼の漫画は、今の視点から見ると描き込みが薄く見えたり、絵にしても、もちろん上手いのですが、今の時代における「絵の上手さ」とはちょっと違った上手さだったりする。あるいは、今の漫画と比べると、コマの数や、一コマ中に描かれる人物の数が多すぎるように見えたりする。つまり、現代の漫画ファンには、スタイルとして少しとっつきにくい印象があるかもしれない。  慣れてしまうとハマると思うのですが、現代の読者が諸手をあげて歓迎するようなタッチかというと、ちょっと違う気がします。しかし、単なる古典や教養ではなくて、今読んでも十分に楽しめる娯楽であり、読まれるべき作家であるということは、声を大にして言っておきたいと思います。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著


    「 もっとも、当時、戦争や空襲を経験している漫画家は他にもいます。精神医学的に言えば、そうした過酷な体験をしたからこそ、そのトラウマゆえに描けない人も当然いるわけです。ところが手塚は、体験したからこそ描くんだ、と言い切っている。これは、捉え方によっては自己治療と言えるのかもしれません。トラウマ体験を忘れようとするのではなく、繰り返しくわしく語り直す手法を「暴露療法」といいますが、作品制作にもそうした効果があるのかもしれません。  一方で、戦後はその反動からものすごい解放感もありました。いろいろな表現が自由にできるようになり、大好きな映画も見放題。そうした悲喜こもごもがせめぎ合うような形で、彼にとっての戦争というものが位置付けられていると考えられます。  さて、そんな優れた長編漫画家としての手塚を考える時に、私が特に推したいのは『きりひと讃歌』『奇子』の二作です。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「こうした、表情の唐突な変化等で内面を表現する手法は、同性愛や猟奇殺人をテーマにした後年の『 M W』(小学館「ビッグコミック」に、一九七六 ~七八年にかけて連載)などにも見られます。  もっとも同作では、同性愛者で、主人公の犯罪に協力させられている神父の心の葛藤といった内面的要素は入ってくるものの、ことさらそれが物語の推進力となるわけではありません。ただ、カトリックの神父という立場の主人公が、今で言えば「魔性のゲイ」的な殺人鬼にどうしようもなく惹かれていくという、苦悩と背中合わせの享楽を描く上ではきわめて効果的な設定です。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著


    「お金があれば欲しいと思うし、女がいれば抱きたいと思う。誰もがそれぞれの立場から、胸に秘めた打算的な欲望を追求していきます。思惑は皆それぞれで、誰もが自己中心的に動くわけですが、それらが巧妙に絡み合い、複雑で魅力的なストーリーを生み出していくのです。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「これは私が臨床の現場で実感していることでもあるのですが、現代の若者世代では、物欲も性欲も、あらゆる欲望が希薄になりつつあります。お酒も飲まず車にも乗らない。地位や名誉への渇望も薄い。かつてのような「人間には性欲があって当たり前」みたいな発想は通用しにくい。彼らが、ギラギラと欲にまみれた『奇子』の登場人物たちを見て、心からの共感を覚えるのは難しいでしょう。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「 手塚は天才でありながら常識人だった、ということはすでに述べましたが、私はそれと同様に、メンタル的にもすごく健康な人だったと考えています。そのため、欲望に狂った人間を描いても、あるいは狂気そのものを描いても、精神科医として見ると、どこかステレオタイプなきらいがあったことは否めません。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「それではなぜ、手塚が漫画にポリフォニーを導入できたのか。私は、彼が真の意味で「教養人」だったからだと考えています。  私の考える教養人の定義というのは、知能の高さや、博識かどうかとはあまり関係なく、「知識を身体化できる人」、これに尽きます。知識を情報としてインプットするだけで終わらず、自身の身体性の中にそれを位置づけ、文字通り血肉化した上で、それをアウトプットできるかどうか、その能力を「教養」と呼んでいます。グーグル型の知性の対極に位置づけられるような知性のあり方、とも言えますね。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「教養人としての姿勢が早い段階で確立されたということが、手塚にとっての大きな強みだったのだと思います。彼にしか描けないキャラクターを作り上げながら、同時に自分の分身ではなく、外的な要素をあわせ持った、自律した人格として「存在」させ、その声、その存在、その関係から物語を紡いでいく──。そんな離れ業が可能だったのも、手塚が真の意味での教養人だったためではないか。「教養」が死語になりつつある今、そんなことを痛感しています。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「私は「文学的な意味で長編漫画を描けた人間は手塚しかいなかった」「キャラが引っ張っていく作品は、たとえ長くても長編とは呼べない」と言いました。これは、手塚が物語を創る上で、例外的にキャラに依存しない漫画家だったからです。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「個の死を肯定しなければ、種の存続は維持できないという、大きな視点に立った上での生命賛歌──こうした思想を持つに至った理由の一つには、彼が医学を学んだ人間であったことが大きく関係しているはずです。  医学や、医学教育というものは、それこそ膨大な人の死の上に成り立っています。例えば、解剖実習などはその典型ですが、遺体の献体なしには成り立ちません。薬品の開発にせよ手術の手技の開発にせよ、おびただしい「失敗」、すなわち人の死があってこそ発展してきました。  医学は、まさにそうしたたくさんの死の上に、個人の生命を存続させる技術として発達してきた歴史があります。ただ「命が大事」と言っているだけでは、医学というものは成り立たない。人が死ぬからこそ医学が発展していくという逆説は、まさに「個の死を肯定しなければ、種の存続は維持できない」という真理に通ずるのではないでしょうか。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「そんな僕が、手塚治虫に開眼したのは、『火の鳥』と出会ったのがきっかけでした。  あるとき中耳炎になって、自宅からは少し遠い耳鼻科の病院に通っていた僕は、病院のすぐそばの古本屋にたまたま入り、虫プロから刊行されていた大判・雑誌サイズの『火の鳥』が並んでいるのを見つけます。そのなかからふと「未来編」を手に取って、買って帰りました。  さっそく読んでみて、あまりにも強い衝撃を受けます。こんな漫画が世の中にあったのかという驚きと、強烈な感動のなかで読み終えました。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「小学校低学年の頃から、僕はすでに映画を物凄くたくさん観ていました。『カサブランカ(*)』のような名画から、当時のアメリカン・ニューシネマ(*)、『太陽がいっぱい(*)』やフランソワ・トリュフォー(*)監督作品のようなフランス映画、さらにはイングマール・ベルイマン(*)監督の神をテーマにした映画などまで、テレビや映画館で、ありとあらゆる洋画をひたすら見まくっていた。  そんなマセた映画少年からすると、漫画は面白いことは面白いけれども、映画ほどの感銘を受けるということはなく、やはりどうしても物足りません。ところが、手塚治虫の『火の鳥』を読んだときに、生まれてはじめて漫画で感動した。むしろ映画以上の感動を覚えて、とても驚いたのです。そして、「よし、とにかく手塚治虫を読みまくろう!」と、僕の心にいきなり火がついたのです。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「それからは、取り憑かれたようにその古本屋に通い詰め、まず虫プロの『火の鳥』を全巻買い揃えて、読破しました。そして、そこにある他の色々な手塚作品も、片っ端から買っては読んでいくことになります。なにせ古本屋ですから、一冊百五十円くらいと安かったので、小学生のお小遣いでも、どんどんゲットできました。   SF短篇シリーズの『ライオンブックス』などから、のちには『奇子』のような、大人の世界を描いた作品まで、そこで買って読みました。さすがに子供心にも「いま俺はエロティックなものを読んでいるな……」と思ったものです。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「女性たちは、サファイアが女だから王位を継承できないことに反対し、家事や育児をボイコットして、女性の権利を賭けて一丸となって戦い出したのです。まさにフェミニズム運動(*)そのもので、手塚先生がフェミニストの一面を持っていたことをうかがわせる描写と言えるでしょう。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著


    「サファイアが王家の娘であるのに対して、ヘケートが魔女の娘であることも対照的です。  王家は社会的秩序やモラルの象徴であり、王家出身のサファイアは、当然モラルに従わなければいけません。しかし、ヘケートは悪魔の娘だから、モラルや規範を気にしない。自分がしたいことをしていい立場だから、自由奔放なキャラが成り立つのでしょう。  さらに言えば、ヘケートが母親のヘル夫人に逆らうのは、ずっと昔からある、親から娘への「女の子なんだから、おとなしくしなさい」「おしとやかにしなさい」という抑圧へのアンチテーゼです。  おそらく、当時『リボンの騎士』を読んでいた男の子っぽい女の子、今で言うトランスジェンダーの要素を持っていた女の子にとって、ヘケートの存在は救いだったのではないでしょうか。あの時代にこんな自由な女の子が描かれたのは、奇跡のようにすてきなことだったに違いありません。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「実は、結城と賀来は、男同士でありながら肉体関係を持っているのです。  結城は女装してもバレないほどの美貌の持ち主で、しばしば女性に扮して悪事を働きます。賀来神父は、それとは対照的な、いかつい顔の体格のいい男で、同性愛を神にそむく行為として嫌悪しつつも結城の誘惑に抗えません。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「あれほど同性愛を嫌悪し、結城を非難していた賀来神父が、実は先に手を出していた。こうなると、どちらが善か悪かなんて、一概には言えません。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「世間の常識に対する手塚先生のアンチテーゼは、『 M W』の重要なテーマである「同性愛」にも見てとれます。『 M W』が発表された七〇年代は、今よりも同性愛に対する世間の風当たりははるかに強かったはずです。そんななか、主人公の二人が同性愛の関係にあるという設定は、青年漫画とはいえ、少なからず衝撃的だったのではないでしょうか。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「結城は男の賀来だけでなく、異性とも肉体関係を持つバイセクシャル(*)です。自分の犯罪計画に必要な女性たちと関係を持ち、利用するだけ利用して、用済みになったら躊躇なく殺します。若い女性だけでなく、太った中年の外国人女性とも、その夫である中年の外国人男性とも、策略のためには平気で関係します。  もっと言えば、彼の相棒である凶暴なメス犬・巴と濃厚にたわむれるシーンもあります。ありとあらゆるタイプの男女、さらには人間以外とすらまぐわうことのできる、常識はずれのキャラクターなのです。「常識的」に考えると、性別も年代も問わず誰でも(獣でも)相手にするなんて、とんでもないことのように思えます。しかし、よく考えてみてください。相手を陥れるのはもちろんダメですし、獣は現実的ではないにしても、「誰でも性愛の対象にできる」ことの、いったい何が悪いのでしょう?  「中年の太った男性(女性)となんて、あり得ない」とか「若くてきれいな女性(男性)がいいに決まっている」などという「常識」は、誰が決めたのでしょう?」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「 こうした事情を理解して欲しいと思う一方で、性の問題は非常に複雑で、当事者ですらよくわかっていないことも多いのです。性的少数者を明確にジャンル分けするのは難しいし、彼ら彼女ら全ての性別をはっきりさせることにも無理があります。だから、「性はグラデーションなのだ」「曖昧なままでもいいじゃないか」と、分けられないものを受け入れる気持ちも大切なのではないでしょうか。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「それにしても、手塚はどのようなものを手がかりにして、このような『華厳経』的イメージへと至ったのでしょうか。 SF映画や小説などの影響もあるでしょうね。もしかすると、手塚が医学を学んでいたことにも関係しているかもしれません。手塚は一九六一年に医学博士号を取得していますが、研究テーマはタニシの生殖細胞に関するもので、博士論文のタイトルは「異型精子細胞における膜構造の電子顕微鏡的研究」でした(*)。もしかしたら手塚は、超ミクロな生殖細胞を電子顕微鏡で観察しながら、そこに全宇宙の存在、全ての生命の根源を見ていたのかもしれません。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著



    「手塚漫画には、ミクロな視点で個人の内面を描いた作品もあれば、『火の鳥』のようなマクロな視点で世界全体を俯瞰して描いた作品もありますが、こうしたミクロとマクロの両方に同時に視点を置くという姿勢も『華厳経』のものの見方と同じです。手塚のなかには、いくら個人の内面に注目しても、それだけでは多様な生命のすべてを照らし出したことにならないし、逆に全体ばかりに目を向けても、個を軽視するような方向に向かってしまう──という想いがあったのでしょう。手塚は類まれなバランス感覚で、「大きな生命の流れ」と「個別の人間の営み」の両方に軸足をおいて漫画を描き続けたと思われます。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「たとえば、『火の鳥』のなかに描かれている生命観や人間観や宗教観は、それほどユニークで独特なものだというわけではありません。これまでにもしばしば哲学や宗教思想や文学などでも語られてきたテーマなのです。しかし、実際に作品を読むと、もっと大きな気づきを感じる。あまりの壮大さに、めまいを起こすほどの力があります。異界へと連れて行かれてしまうような感覚になるほどの魅力があります。  では、なぜ言葉や文章にしてしまうと、それが伝わらないのでしょうか。なぜ、漫画にすると、ダイレクトに宗教性が伝わるなどということが起こるのでしょうか。それは、漫画は「記号」が多用される表現方法だからです。記号を使うとひとつのコマのなかに多くの情報を詰め込むことが可能となるため、奥行きのあるメッセージを一気に伝えることができるのです。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「多様な記号を駆使する漫画表現が宗教性を伝えるのに向いている──というと意外な感じがするかもしれませんが、じつはそれもある意味で当然なのです。なぜかというと、もともと宗教は象徴(記号)を使って宗教の体系を表現し、伝えるものだからです。たとえばキリスト教における十字架は、イエスの死と贖罪、復活と昇天などが凝縮して込められた象徴です。キリスト教の本質を端的に表す象徴なのです。キリスト教の信仰をもっている人は、十字架を見ただけでキリスト教そのものをダイレクトにキャッチします。密教における曼荼羅も同じです。曼荼羅は密教がもつ宇宙観を象徴表現で表したもので、これによって密教が説く世界を一気に伝えることができます。すなわち、成熟した記号の組み合わせを使う表現方法は、時に宗教性を発揮することが起こるということです。そうなると、非常に記号を発達させてきた日本漫画が、宗教性を発露することはむしろ当然のように思えます。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「私のまわりのお坊さんのなかにも「手塚治虫の『ブッダ(*)』を読んで仏教がわかった」という人が何人かいました。直截的に宗教を取り扱っていなくても、宗教性を発揮している漫画もあります。つげ義春の『無能の人(*)』などは、仏教的な価値観がただよっています。ジブリのアニメにも宗教的な感性が描かれていますね。この世俗社会の価値観を揺さぶる力をもっています。あるいは、私などは、さくらももこ(*)の『ちびまる子ちゃん』で描かれている、「登場人物にツッコミを入れる影の声」にも、仏教感覚を連想するときがあります。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「手塚は、このあまりにも悲しい物語のラストに、「私とあなた、敵と味方、損と得などといった枠組みが全部はずれた眼で観れば、この世界は光り輝いており、すべての生命は等しく美しいのだ」と言い放っているのです。本来、すべての生命はキラキラと輝いている。しかし、その輝きに蓋をしているのは私たち人間自身です。人間の「自分の都合にもとづくはからいや執着」が蓋をしているのです。我々は自分の都合というフィルターを通して認識しているので、生命本来がもっている輝きが見えないというわけです(すごく仏教的な解釈になってしまいましたが……)。」

    —『別冊NHK100分de名著 わたしたちの手塚治虫』斎藤 環, 園 子温, 等著

    「偉ぶらない、出しゃばらない、いばらない。  偉大な人ほど、いつも謙虚でいるものです。」

    —『手塚治虫 壁を超える言葉』手塚治虫, 松谷孝征著

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    2026年02月16日
  • いじめ加害者にどう対応するか 処罰と被害者優先のケア

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    ブックレットで60ページ余りなのでアッという間に読めるが、内容は濃い。エビデンスに基づいた発言を行う教育学者と「ひきこもり」専門の精神科医。最後に対談があるが、いじめに対しては被害者の救済と尊厳の回復をまず行い、加害者のルールに基づいた処罰が必要。政治的中立製を理由に閉じてしまっている学校を、外に開くことがいじめや暴力を防ぐことにつながる。真っ当な意見である。

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    2025年10月19日
  • ひとはなぜ戦争をするのか

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    頭のいい人達だから、私には想像もできないような素晴らしい解決策が提示されてたら素敵だなぁと思って読んだけど、ますます考えさせられる、悩まされる?感慨深く興味深い内容だった。これが第二次世界大戦前のもの、というのがまた…ね。
    解説も本編並みのボリューム(笑)
    私とは考えが異なる内容もあって、勉強になった!
    また一つ賢くなった!(多分)

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    2025年08月31日
  • 母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか

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    『妖琦庵夜話 魔女の鳥籠』にて参考文献に挙げられていた本。父母、息子娘の関係の中でなぜ母娘関係のみが特殊なのかを実際の事件、漫画、小説などを紐解きながら考察している。

    引用されていたよしながふみ氏と三浦しをん氏の対談が印象に残った。
    「男の人の抑圧ポイントは「一人前になって女の人を養って家族を養っていけるちゃんとした立派な人になりなさい」という1つのみ。だから男の人たちってみんなで固まって共闘できるんです。男は一つになれるんだけど、女の人が一つになれないっていうのは、一人ひとりがつらい部分っていうのがバラバラで違うんでお互い共感できないところがあると思います。生物学的な差では絶対にない。これは差別されてる側はみな一緒ですよね。アメリカにおいて、全部合わせれば白人より多いはずのマイノリティが文化が違うから一緒になれないのと同じです。」

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    2025年08月02日
  • 改訂版 社会的ひきこもり

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    まだ幼い2人の子供を育てていて、急に「子どもがいつかひきこもりになったらどうしよう」という不安が湧いてきて衝動的に読んだ。
    ひきこもり事例に多く対処してきた精神科医である著者が、ひきこもりが発生する構造的な問題について「ひきこもりシステム」というモデルを使って説明している本書。現実のひきこもりに対してどのような期間をかけて何をすべきかについても極めて具体的に書いてあり、とても良かった。

    面白かったポイント
    - ひきこもりの原因は本人だけにあるのではなく本人、家族、社会からなるシステムにある
    - いきなり本人と社会を接続しにいくのではなく、家族と社会、本人と家族、本人と社会、の順番で接点を増やすべき
    - ひきこもり状態のまま無理やり単身生活をさせても、自立が促されることはあまりない
    - 本人と家族の安定した関係性が確立されるまでには、2-3年かかることも多い
    - 「両親と本人が冗談をいい合える状態」を目指すのが、関係性についての一つの基準
    - 本人の主張のすべてを受容すべきではなく、受容の枠組みを示して毅然とした態度で向き合わないといけない。受容するための器の底が抜けていては、本当の受容はできない
    - 親が「この子は私無しでは生きていけない」という関係性に依存している共依存のケースも多く、その場合は親のふるまいが変化しないと状況の改善はみられない
    - 思春期の子どものお小遣いは、本人と決めた金額を定期的に与えるのが良い。消費活動は社会参加の形の一つであり、本人に「お金を使えば無くなり使わなければ貯まる」という感覚を身につけさせることも重要
    - 本人を対等な家族の一員とみなして、家庭の経済状況や治療方針についてなるべく具体的に話すべき
    - 男性の方が女性よりもひきこもりに占める割合が高いのは、一般に男性に対する方が日本社会における就学や就業への期待度が高いから

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    2025年07月27日
  • なぜ人に会うのはつらいのか メンタルをすり減らさない38のヒント

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    「欲望や意欲というものは自分の中から自然に発生しているように見えて実は他者が起源で他者から供給し続けてもらわないと維持できない」
    引きこもりの人が1割くらいいても今の資本主義ならやっていける。引きこもりに寛容になることは、引きこもっていない人にも生きやすい社会になる。
    弱者男性と優生論。生まれつきとか努力しても無駄という思想に繋がり、入り口で諦めることにつながる。脳科学という、科学的に仮説レベルの話が横行。優生論と親和性が高い。
    酸っぱい葡萄の新解釈。本当に葡萄は酸っぱいのか。自分には必要じゃないものだったと諦めても良いのでは(葡萄を手に入れた人同士、今度はまた出世競争)。
    ソフトヤンキー優勢説(笑)

    以上が、心に書き留めた、色々気になるキーワードである。つくづく、このお二人の対談を読んでいて、弱い人への視線の優しさにホッとして読み続けられる。それは引きこもりや不登校に向き合ってきた斎藤先生だからであり、物理的に弱い立場=壁の中に押し込められた佐藤さんだからこそだろう。

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    2025年05月24日
  • ひとはなぜ戦争をするのか

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    1932年、国際連盟はアインシュタインに依頼した。「今の文明において最も大切と思う問いについて、誰でも好きな方を選び、公開で意見交換して下さい」彼が選んだ相手は精神分析の創始者・フロイト。「人類を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?人間と人間の争いが最も露骨な形であらわれる国家間の戦争を避けるにはどうすればよいのかを見出すため、フロイトの最新の知見を知りたい」アインシュタインからの問いに、フロイトが答えた。人間の破壊欲動を「他者との争い」という形で表に出さないようにするには?フロイトの提案に希望が少し見える。

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    2025年04月13日
  • 「自傷的自己愛」の精神分析

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    (2025/01/24 2h)

    『スマホ時代の哲学』にて紹介されていたので読んでみた。
    同著者の『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』も面白く読んだ。

    わたしは引きこもり当事者として、「自傷的自己愛」をもつ傾向があると自覚している。

    ただ、より傾向が強かったのは不登校だったときで、いまは気分の浮き沈みに関しても徐々に乗りこなせるようになってきた。
    そのため、本書の助言も抵抗感なく受け入れられた。

    著者は引きこもり介入のパイオニアみたいなひとなので、不登校や引きこもり当事者がいちばん共感して読めると思う。
    ただ、SNSで「自分なんて…」と自己卑下するような投稿をした覚えのあるひとたちなんかも、読むべき。

    弱者男性を自称するひと、ちょっとした優生思想を持ってますよってひとも対象になってる。

    自己嫌悪と自分が嫌いは違う。
    自己愛と自己肯定感も違う。
    少しの言葉や生き方の解釈を変えてみると、楽になれるかもしれない。そういう希望がある本。

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    2025年01月24日
  • ひとはなぜ戦争をするのか

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    最初に想い出したのは「ガリア戦記」というタイトルだった。大和の歴史では「壬申の乱」という史実の名が記憶にある。人間の歴史で「争い事」はその初めからあるようだ。軍事の歴史で武装集団をそれまでと違った形にした人物として織田信長があげらろよう。彼は女性につきまとってる兵を自ら処分した話が残っている。
     それにしても人々が忌み嫌っている戦争がないという時代はほとんどないのは何故だろう?
     物理のパイオニアであるアインシュタイン博士が人間を学としたフロイト博士に問題提起をし、その解決を試みたのが本書であろう。
     そして新たな創造の為に破壊が必要とは言え戦争という攻撃性はやり過ぎだとこの本から私は思う。
     様々な分野で国際化が進む中で文化活動も国際化している今日、世界的規模で広がる戦争を避ける方法もこの本は示している。古典になるほど読み継がれることで、世界史が少しはましになれば4人の著者は望外の喜びであろう。

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    2025年01月04日
  • 猫社会学、はじめます ――どうして猫は私たちにとって特別な存在となったのか?

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    猫を飼っていますが、猫の存在や猫と人間との関係について、普段の実感をよくも的確に表現してくれたものだ、と感心しました。また、新しく気付かされることもありました。学問としてのさらなる発展•深化を楽しみにしたいです。

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    2024年10月11日
  • ケアする対話 この世界を自由にするポリフォニック・ダイアローグ

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    「ケアの倫理」「オープンダイアローグ」「当事者研究」
    最近のわたしのキーワードが満載された本ですごく面白かったけれども、自分のなかではまだ体系化できてないなと思ったら「体系を構築すると権力志向が生まれてくる」という中井久夫の思想が紹介されていて(p.125)、じゃあもうしばらくこのままあれこれ読んでいくか……となった。

    興味を広げてくれるハブのような本で、これのおかげで2年前に録画したままになっていた「100分de名著」の中井久夫特集を一気見したし(「S親和者」がわからなかったので見たけど、中井自身のものと思われるエピソードがめちゃくちゃおもしろかった。本の背表紙を見ていると読んだ内容がすべてしみ出してきて脳内に洪水が起こるので、ぜんぶ小口が見えるようにひっくりかえしてならべていたとか)、『治療文化論』も買った。横道氏の『みんな水の中』もだいぶ前に買ってあって、これも読みたいなと思った。

    なんでここまで関心があるのか自分でもわかったようなわからないようななのだけど、30年ぐらい前に河合隼雄を読みまくっていたころは、たぶん自己セラピーで、今は、家族の悩み事に少しでも突破口が開ければなという気持ちなのだと思う。

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    2024年09月28日
  • ひとはなぜ戦争をするのか

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    アインシュタインは国際連盟からの「今の文明(1932年時点)でもっとも大切な問い」について、好きな相手を選び手紙を書く、という依頼に対して、ヒトはなぜ戦争をするのか。を主題にフロイトに手紙を出し、フロイトからの返事を書いた本書。

    アインシュタインは、「すべての国家が一致協力して、一つの機関をつくりあげ、この機関に解決を委ねる」そのためには「各国が主権の一部を完全に放棄し、自らの活動に一定の枠をはめる」という解決策を提案している。ほかの方法では、国際的な平和は望めないのでは?と添えて。
    そして、人を戦争に駆り立てる要因として、「人間には本能的な欲求が潜んでいる。憎悪に駆られ、相手を絶滅させようとする欲求が!」と述べている。

    フロイトは、権利(法)もまた暴力によって行使される、としている。人を戦争に駆り立てる要因としては、「性の欲動(エロス)」と「破壊の欲動(タナトス)」をあげ、二つの欲動は分かち難く、何かを手に入れようとすれば奪いとろうとする欲動が必要になる。と述べている。
    戦争は自然界の掟に即しており、生物学的なレベルでは健全で避けがたいものであるにも関わらず、なぜ、私たちは戦争に強い憤りを覚えるのか?
    それは、文化の発展により、人間の心のあり方に変化が起きたからだと述べている。
    そして、これは夢想的な希望ではない、として、
    文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩みだすことができる!
    と、強い言葉で、手紙を締め括っている。

    このあと、ナチス政権が台頭して、ユダヤ人であるアインシュタインとフロイトは米英に亡命せざるをえなかった。

    結局、戦争はいまでもある。

    けれど、フロイトがいう文化の発展を促せば戦争は終焉を迎える、という言葉を私も信じたい。
    インターネットが発展して、異文化を理解し、多様性を理解することができるようになった。
    大きな集団の中にも、一人ひとり、涙を流し、血を流し、精一杯生きている同じヒトがいることを理解できるようになった。
    無教養な、無知ゆえの無意識下の差別をしないように努力して、欲しいから奪うという原始的な欲動を制御し与えるものへと転換して、私は前に進んでいきたい。
    そのためには、やっぱりたくさん本を読もう。

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    2024年09月23日
  • 母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか

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    読み応えが…!

    タイトルよりももっと深く、女性性と男性性の違いなどのジェンダー論や、なぜ父娘でも母と息子でもなく母娘の関係が特殊なのかといった内容が、かなり惹きつける論調で書かれている

    特筆すべきは、論を組み立てるに当たって、少女漫画を多数引き合いに出していること。漫画だけでなく他にも小説や映画も引用されており、普段文学作品ばかり読んでいる人にもとっつきやすいと思う

    表紙のイラストはなんと、よしながふみで、本文中にもよしながふみ作品について幾度となく触れられている

    これは期待以上の良書でした!!!

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    2024年09月13日
  • ひとはなぜ戦争をするのか

    Posted by ブクログ

    アインシュタインとフロイトという、二人の天才の、人類は戦争をやめられるのか?に対する答えを読んでみたかった。
    結果、同意できるところが多く、読んでよかった。
    この問題は、解決が難しいが、現代の天才も参加して解決していってほしい。
    私のような一般庶民もよくよく考え、まずは自分の周りから揉め事を起こさないようにしなければならない。

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    2024年09月10日