斎藤環のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2014年3月初版
斎藤環 著
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若者に限らず、日本は今“ヤンキー化”が全体的に進んでいる
日本人論=日本人特殊論であり、=ヤンキー論。ヤンキー文化とは“気合いとアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ。
本物の非行少年や不良が減る一方で、彼らに特有と思われていた文化的エートス(ヤンキー性)が、非行とは無関係な層にまで浸透している。知性よりも感情を、所有よりも関係を、理論よりも現場を、分析よりも行動を重んじるのが特徴。
などなど。
ヤンキーはそもそも、ある意味この島国の「原住民的」な気質を表出させている、という捉え方をしている本。面白かったです。 -
Posted by ブクログ
他の本と併読をおすすめ 「母と娘はなぜこじれるのか」
「母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか
(NHKブックス)」を読んでからこちらを読むことをおすすめします。
著者の斎藤さんが、母娘問題にゆかりのある方と対談していきます。
角田さんの小説は同じ日に読み終わったばかり、
萩尾望都さんの「イグアナの娘」はマンガもドラマも見、
信田さよ子さんの「母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き」も
読んでいたので対談の背景を知った上ですっと読んでいきましたが、
今、実際困っている人は、「母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか (NHKブックス)」、
「母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き」の併読をおすすめいたします。
田房永子さんとの対談が、一番付箋が多くなりました。
実際の母との経験をマンガにされているということで、
呪詛植えのメカニズムと、呪詛抜きについてなど、マンガで
わかりやすく描かれているので、田房さんのマンガ作品にも
興味がわきました。
「母親から植えつけられた呪い、呪詛を抜いていく
『呪詛抜き』が必要だと思っています」
「いびつな母娘関係のラスボスは、男性の怠惰」
というような発言にひとつひとつ、頷く経験がある方が
いらっしゃるのではないでしょうか。
また、逆に全くぴんと来ない方も同じくいらっしゃるのでしょう。
それは、とても幸せなことだと知ってほしいです。
「母親の呪縛から解放される一番のポイントは、
自分は母親の思う通りじゃない、
母親の望む言動をしなくてもいいんだ、
イヤなことはイヤだって思っていいんだ、
と気づくことでしょうか。」
とありますが、このような本に出あっているということは
なんらかの気づきがあって読んでいるのかなと思うと、
それは大きな一歩だなと思います。
自分がそのような問題を抱えていることすら気づかず、
そう振る舞うのを当たり前と思っている人も多いはず。
また、
「今は母親との関係は、距離を置けているので、
直接的な被害はないんですが、自分のなかにある
母の呪縛みたいなものから、夫や子どもへの対応に
問題を抱えています。
お母さんとの関係が安定していなかったから、
夫に対してこれでいいのか、子どもに対して
これでいいのかと不安を感じたり、不安によって
夫に対してキレちゃったりする」
という言葉があったのですが、そういった、距離を置いてから、
自分が母となったときのよすがになるような
本というものも読んでみたくなりました。 -
Posted by ブクログ
母と娘の間には
母と娘の間にある問題がクローズアップされてきている。
母は娘を支配しようとし、娘はそれに応えるために必死になる....
その問題を5人の女性と対談形式で齋藤環が論じる。
一番興味深かったのが水無田気流氏との対談。
現代の育児の負担というものが女性に過剰に負担を強いているという論調であるがこの点は非常によくわかる。
保育園が見つからない、見つかっても子供が病気になれば休まなければならない、夫は帰って来ない、孤独感を募らせていく......
これは現代の母親には感じるものがあるのではないだろうか。
ある程度の社会基盤がある人ならば公的サービスを受けられる(それがあることを知ることができるから)が、そうではない人に対するケアが少ないのは深刻な問題だと水無田氏は語る。
それは現在の制度の大いなる弱点であろうと思う。
個人主義的な自己責任や自己決定が声高に叫ばれているのに肝心の個人というものが尊重されていない、という指摘にも頷かせられる。
信田氏との対談も面白い。
マゾヒスティック・コントロールやロマンティック・ラブ・イデオロギーという概念が興味深い。
後者が近代家族の維持装置の一つだというのは面白い視点だ。
それは幻想だとはっきり言っているわけではないが、一種の大いなる物語という指摘がある。
それが悪いというものではないがそれによって母のパワーが極端に一カ所に集中しているというのは納得できる部分もある。
他にも田房永子氏、角田光代氏、萩尾望都氏の三人との対談がなされている。
それぞれとても興味深い。
自身が母との関係に苦しんでいる場合もあり、それをもとにいろいろなこうさつがおこなわれている。
母というものが娘の人生に大きな影響を与えるのは決しておかしなことではない。
それをもとに自分自身の世界を構築していくのだから。
しかし、母と娘蜂が繋がっていたとしても別個の人間であり、母自身の「やり直し」ではない。
娘であり母である自分に照らして怖くなりつつ、わが家はどうだろうかとしばし考え込んでしまった。 -
Posted by ブクログ
うーむ。
なるほど……。と言おうかなんと言おうか。
女性が生む性だからなのか、産む性で有ることを社会的に期待されているからなのか、母、祖母、とさかのぼり、もしかしたらミトコンドリア・イブにまでたどり着く呪詛を感じる。すげーわ。
社会や人情、世間の常識に照らし合わせて間違っているとしても、本人が辛いならば「辛い」って言うのは当たり前なんですよ、と言うことを切々と語っているなぁと。
そして何より、逆もありき、と言うのが新しかった。端から見てどんなに辛そうでも、本人が大丈夫ならばそれでいいい。
本人にとっては、本人が感じていることが真実なのだし、それを大切にしてほしいと思いました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレタイトルがすごく良い。
「母と娘」という関係性だからこそ生まれる諸々の呪縛を考えるにあたって、
「同性であること」「密着性」「自己投影」「女性性」
は、腑に落ちるポイントだった。
身体感覚からくる同一視、というのは少しピンとこなかったけれど、
隠微なコミュニケーション地獄という表現は好き。
女性のほうがマゾヒスティック・コントロールに敏感である、という考えは『おおかみこどもの雨と雪』といった作品でも象徴的に描かれているのを思い出す(個人的には立場や性別によらない普遍的なものだとは思う)。
結局この手の問題は、娘の側がまず呪縛の幻想から抜け出す必要があるのだろうな。 -
Posted by ブクログ
ちょっと小難しくて理解し切れず、わかったようなわからないような気持ちになるところもある。けれども数ページに一行でも、「あぁ…!わかるっ…!!」と線をグリグリ引きたくなるようなフレーズに、女性なら巡り合うんじゃないでしょうか。そしてそのポイントは人によって少しずつ違うかもしれない。このレビューは私の実の母も義理の母もきっと読んでいるので、私の場合具体的にどんなフレーズが、っていうのは敢えて書かないことにしますが(笑)
著者が男性なわけですが、私が読んで納得できない箇所は、精神分析用語が難しいせいなのか、そこで示される母娘の例が自分にマッチしないせいなのか(臨床心理の現場から書かれているので病理的な例も多い)、果たして著者が男性で「わかってない」からなのか、それはわからない。わかったように書くなよーという気持ちは拭えないが、でもこれが女性が書いたものである場合、それはそれで、どこまで客観的になれているのか疑わしくなってしまう気がするし。
終章にまとめがあるので、本編で理論についていけなくて消化不良になっていても最後の章だけまた読めば満足できそう。
ブックガイドとしても良い。 -
Posted by ブクログ
普段は特に何とも感じていなかったが、本書を読み異常な人間関係を知った。
「従順だった娘たちは、叶えられなかった母親の野心を果たすべく、独身のキャリアウーマンとして仕事を続けようとします。彼女たちは、一見自立しているようにみえますが、その一方で母親の願望をかなえるというカプセルから自由になれていません。つまり彼女たちは、自分自身のために生きられないのだ、と斉藤氏は喝破します。」(p.72)
母親のの願いを叶えようと、母親と違うことをして自立しようとするも、かえってその行動が母親に縛られてしまっているという落し穴に陥ってしまっているというところに憐れな女性の像を見たと思う。
母親と娘という特殊な人間関係上、起こりやすいことだと納得できた。
適切な距離が重要なのだろう。