斎藤環のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
母と娘の間には
母と娘の間にある問題がクローズアップされてきている。
母は娘を支配しようとし、娘はそれに応えるために必死になる....
その問題を5人の女性と対談形式で齋藤環が論じる。
一番興味深かったのが水無田気流氏との対談。
現代の育児の負担というものが女性に過剰に負担を強いているという論調であるがこの点は非常によくわかる。
保育園が見つからない、見つかっても子供が病気になれば休まなければならない、夫は帰って来ない、孤独感を募らせていく......
これは現代の母親には感じるものがあるのではないだろうか。
ある程度の社会基盤がある人ならば公的サービスを受けられる(それがあることを知ること -
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Posted by ブクログ
うーむ。
なるほど……。と言おうかなんと言おうか。
女性が生む性だからなのか、産む性で有ることを社会的に期待されているからなのか、母、祖母、とさかのぼり、もしかしたらミトコンドリア・イブにまでたどり着く呪詛を感じる。すげーわ。
社会や人情、世間の常識に照らし合わせて間違っているとしても、本人が辛いならば「辛い」って言うのは当たり前なんですよ、と言うことを切々と語っているなぁと。
そして何より、逆もありき、と言うのが新しかった。端から見てどんなに辛そうでも、本人が大丈夫ならばそれでいいい。
本人にとっては、本人が感じていることが真実なのだし、それを大切にしてほしいと思いました。 -
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Posted by ブクログ
ネタバレタイトルがすごく良い。
「母と娘」という関係性だからこそ生まれる諸々の呪縛を考えるにあたって、
「同性であること」「密着性」「自己投影」「女性性」
は、腑に落ちるポイントだった。
身体感覚からくる同一視、というのは少しピンとこなかったけれど、
隠微なコミュニケーション地獄という表現は好き。
女性のほうがマゾヒスティック・コントロールに敏感である、という考えは『おおかみこどもの雨と雪』といった作品でも象徴的に描かれているのを思い出す(個人的には立場や性別によらない普遍的なものだとは思う)。
結局この手の問題は、娘の側がまず呪縛の幻想から抜け出す必要があるのだろうな。 -
Posted by ブクログ
ちょっと小難しくて理解し切れず、わかったようなわからないような気持ちになるところもある。けれども数ページに一行でも、「あぁ…!わかるっ…!!」と線をグリグリ引きたくなるようなフレーズに、女性なら巡り合うんじゃないでしょうか。そしてそのポイントは人によって少しずつ違うかもしれない。このレビューは私の実の母も義理の母もきっと読んでいるので、私の場合具体的にどんなフレーズが、っていうのは敢えて書かないことにしますが(笑)
著者が男性なわけですが、私が読んで納得できない箇所は、精神分析用語が難しいせいなのか、そこで示される母娘の例が自分にマッチしないせいなのか(臨床心理の現場から書かれているので病理的 -
Posted by ブクログ
普段は特に何とも感じていなかったが、本書を読み異常な人間関係を知った。
「従順だった娘たちは、叶えられなかった母親の野心を果たすべく、独身のキャリアウーマンとして仕事を続けようとします。彼女たちは、一見自立しているようにみえますが、その一方で母親の願望をかなえるというカプセルから自由になれていません。つまり彼女たちは、自分自身のために生きられないのだ、と斉藤氏は喝破します。」(p.72)
母親のの願いを叶えようと、母親と違うことをして自立しようとするも、かえってその行動が母親に縛られてしまっているという落し穴に陥ってしまっているというところに憐れな女性の像を見たと思う。
母親と娘という特殊 -
Posted by ブクログ
お年寄りが病院に行くのは病名を与えられるためのように思う
痛み苦しんでいいという権利を病名は与えてくれる気がする
ココロも同じく、この苦しみに理由を、物語を!というニーズが
昨今の心理学ブーム、心のマーケットを生み出しているとのこと
心は胸ではなく、脳にある
感情の原因物質である脳内神経伝達物質を出す・受け取る部分に
先天的な器質の違いがあるかもしれないのに、
全て心理学的物語に乗っ取りますか?と問われていると感じた
物語も正しい部分はあると思うけれど、安心材料の役目が大きい
“親はまさに子供を管理する存在に他ならない。それが自然な姿だ”
自然体のひどい親より管理マニュアルに沿った親の方が -
Posted by ブクログ
なぜ原発がダメなのか、なぜ倫理に反していると思うか、を精神科医の立場から述べた本。
この本で言っているのは原子力、原発は「象徴化」しないことが大事ということ。
「希望」と「恐怖」という決定不能な「両価性(アンヴィヴァレンス)」が、原子力に「享楽性」を与える。しかも、個人の享楽ではなく、集団的な享楽。。。そして集団的な享楽は個人の欲望の譲歩を強いる。
象徴として現実世界から引き離したりせず、集団的享楽に惑わされず、個人レベルで原発が引き起こしている問題を見つめて、そして、その問題に私もどうやって携わるのか?というところまで読者の意識を持っていく力がある本。
ちなみに、著者は、文筆家として、 -
Posted by ブクログ
ネタバレ女性は身体を「持っている」
女性は自分が女性の身体を持っていることだけを理由として連帯することができる。
荻尾望都「イグアナの娘」
内田春菊「AC刑事 日笠媛乃」
母親の価値規範の影響は父親のそれに比べるとずっと直接的。母親は娘にさまざまな形で「こうあってほしい」というイメージを押し付ける。娘は驚くほど素直にそのイメージを引き受ける。価値観なら反発したり論理的に否定もできるが、イメージは否定できない。
「母というのは要するに一人の不完全な女のことなんだ」これは娘が母親の呪縛から解放されるためのきわめて重要なことば。
母は娘に個人的感情しか与えることができないのではないか。価値観に重みをもたらす