斎藤環のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
お年寄りが病院に行くのは病名を与えられるためのように思う
痛み苦しんでいいという権利を病名は与えてくれる気がする
ココロも同じく、この苦しみに理由を、物語を!というニーズが
昨今の心理学ブーム、心のマーケットを生み出しているとのこと
心は胸ではなく、脳にある
感情の原因物質である脳内神経伝達物質を出す・受け取る部分に
先天的な器質の違いがあるかもしれないのに、
全て心理学的物語に乗っ取りますか?と問われていると感じた
物語も正しい部分はあると思うけれど、安心材料の役目が大きい
“親はまさに子供を管理する存在に他ならない。それが自然な姿だ”
自然体のひどい親より管理マニュアルに沿った親の方がいいじゃん
と言っていますが、なるほどと思いました 親は管理者という発想
先天的な器質異常(性悪説的)でも親はコントロールしなければいけない
という発想は物語崇拝から離れた発想、私には新しく魅力的でした -
Posted by ブクログ
なぜ原発がダメなのか、なぜ倫理に反していると思うか、を精神科医の立場から述べた本。
この本で言っているのは原子力、原発は「象徴化」しないことが大事ということ。
「希望」と「恐怖」という決定不能な「両価性(アンヴィヴァレンス)」が、原子力に「享楽性」を与える。しかも、個人の享楽ではなく、集団的な享楽。。。そして集団的な享楽は個人の欲望の譲歩を強いる。
象徴として現実世界から引き離したりせず、集団的享楽に惑わされず、個人レベルで原発が引き起こしている問題を見つめて、そして、その問題に私もどうやって携わるのか?というところまで読者の意識を持っていく力がある本。
ちなみに、著者は、文筆家として、アーティストとして、揶揄化し続けるという闘い方をするそうです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ女性は身体を「持っている」
女性は自分が女性の身体を持っていることだけを理由として連帯することができる。
荻尾望都「イグアナの娘」
内田春菊「AC刑事 日笠媛乃」
母親の価値規範の影響は父親のそれに比べるとずっと直接的。母親は娘にさまざまな形で「こうあってほしい」というイメージを押し付ける。娘は驚くほど素直にそのイメージを引き受ける。価値観なら反発したり論理的に否定もできるが、イメージは否定できない。
「母というのは要するに一人の不完全な女のことなんだ」これは娘が母親の呪縛から解放されるためのきわめて重要なことば。
母は娘に個人的感情しか与えることができないのではないか。価値観に重みをもたらす最大の要素はその価値観を裏付ける理屈ではなく、価値観を獲得する際に感じた感情である可能性が高い。
ペドロ・アルモドバル監督「ボルベール」
エディプスコンプレックス・・男の子が経験するという「父を殺し、母と寝る」という幻想にまつわる愛と憎悪の葛藤。フロイトによると3歳から5歳の子供がこうした葛藤を経験するとされる。「去勢不安」→せっかく生えているペニスを禁断の母親への愛ゆえに、父親に切り取られてしまうかもしれないという不安。この不安の解消のため自らの欲望を制限し、母親の独占を諦め父親に同一化しようとする。
女の子の場合は、離乳の段階で、この分離の恨みが男の子より長く残る。自分にも母親にもペニスがないことに気づく。「ペニス羨望」がもたらされる。ここでペニスを持たない母親を娘はいったん見捨て、離乳の恨みもぶり返し、初めて娘から母親への憎しみが芽生える。そして欲望は父親へと向かう。このエディプスコンプレックスは一生続くとされる。これは父親から贈物として子供をもらいたい、父親の子供を産みたいという願望において極点に達する。このペニスを子供をもちたいという二つの願望は無意識の中にしっかり根をおろして、女性がその後その性的役割を演ずるための準備をするのに役立つ。
男性は身体をもたない→男性には象徴的な意味での本質しかない。男らしさと考えられるものは文化の違いはあれど「論理性」「潔さ」「筋を通す」「我慢強さ」など観念的・抽象的。一方女性らしさは外見や所作などの身体性において表現される傾向がある。
多くの母親は「まったく無力だと感じているのに、それでも全能のように思われる」という矛盾の中で宙づりになる。
ほとんどすべての娘はある時点で母親に対して失望を感じます。それは子育てにつきものの、不可能で消耗させられる期待に応えられる人など誰もいないから。母親が娘に与えられる一つの素晴らしい贈物は、できる限り自分自身の人生を生きること。
母親が娘に要求するものは「自分の人生の生き直し」。自分と同じ性をもつ子供のうちに、人生のやり直しの可能性を見る。その親は自分自身の過去との関連でこの子供の将来をすでに思い描いている。そして子供を「同一化計画」の中に包み込み、さらには閉じ込める。 -
Posted by ブクログ
心理学という言葉は多義的だが、ここでは特に「臨床心理学」をターゲットにしている。
ちょっと古いデータだと女子大生の希望職種の第二位に「カウンセラー」が来ることなどからも読み取れるように、良かれ悪かれ私達は臨床心理学的なもの(たとえば「トラウマ」という概念とか)を意識せざるを得ない時代を生きている。
なぜこのような時代になったのか。そして現代に起きている心理学化とは何なのか。筆者は以下のように述べる。
「昔は思想の時代だった。わかりあうために、みな議論をした。しかし論争だけでは人は救えないことがわかってきた。その結果、思想から感情へ、共有から不干渉へというシフトが起こった。議論の場面が失われて、かわりにガス抜きのようなカウンセリングだけが流行した。心の安定だけが、最大のテーマとなった。状況を切り離して感情へと焦点を当てることで、カウンセリングは問題の所在を見えにくくした。それが心理主義だ」
別に思想の時代に戻れというわけにはいかない。しかし現代をある程度相対化してみる必要性は絶対ある。私達は多分、あまりにも心理学化しすぎている。そういう意味で、一読の価値がある本。
ちなみに通俗心理学批判とかそちらの方向ではおとなしめなので、そういう本を求めている時は違う本を読んだほうが良いとおもわれる。また、存外カジュアルな書き方なので、もっと学術的なものが読みたければ別の書籍のほうが適しているだろう。 -
Posted by ブクログ
面白かったので理解を深めるため二度読み。
男女の違いを「脳の仕様がどーたらこーたら」と論じた本に
トンデモ系が多いのはなんでかっ??
という問題をバッサリ。
擬似脳科学(って言っていいのか?)ではなく、
精神分析的に男女の物の見方・考え方の違いを探る試み。
で、男の欲望は所有原理に基づき、
女のそれは関係原理に支配される、ということ。
男は思い出(過去の異性との記憶)を徹頭徹尾、
我が物としてコレクトしたい(=所有の欲求)ので、
対象者ごとにフォルダを作って各データを残しておくが、
女にとって重要なのは現在進行中の「関係」なので、
新しい恋人ができたらデータを上書きして、
古い話はどうでもいいことにしてしまう……
っていう例えが物凄くわかりやすい(゚∀゚)!
♪別れたら~次の人~~(次の人~~♪←コーラス)だよね(笑)。 -
Posted by ブクログ
最初の章でジェンダーセンシティブの考えに触れていて、
その後で続きを読んでいくと、
男特有・女特有、という視点での記述にふっと立ち止まってしまうが、
読み進むうちに、どちらも程度問題なのだなと分かってくる。
自分の中でも、男性的な考え方、女性的な視点、と物事によって立ち位置は違うし。
「見るは所有の第一歩」な言葉に目からウロコ(笑)
私はサッカーを男性的な視点で見てるかもなあと。
「関係」を見つけてそこに萌える、という女性的な視点はメインにはならない。
「女固有なんて決めつけないで!」と怒って読むと、
せっかく転がっているヒントまで読み落としてしまうと思う。