斎藤環のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
おおかたの女性は「関係原理」、おおかたの男性は「所有原理」で動いている、ジェンダーの問題はこの2つの原理について考えるとわかりやすい、という話。で、それぞれの原理は生物学的(脳とか)に出てくるものではなく、まさにジェンダーとして社会的に作られていくという考え方をとっている。、、んだが、やっぱふらりふらりと生物学的本質主義に傾きそうになる場合がないわけじゃないとか、なにより、斉藤さんの考え方がフロイトやらラカンやらの精神分析やそれを色濃く反映した哲学の系譜を引くので、二元論からは抜け出ていない、というか抜ける気はないだろう(^^;)。で、そういう意味で二元的だ、というのは、日本や西洋など、性別(
-
Posted by ブクログ
ジェンダー 社会的に文化的な性のありようについて 述べてゆく。
バックラッシュの主張 フェニズムとの対比
女はおんならしく 男はオトコらしく
y遺伝子の継承 論者
男女格差本にあるような男狩猟 女は家事
と太古からわかれていたかわからない。証拠はない。
非婚の進行
結婚は今でも 一人前の人間として完全な人生のありよう
それでも非婚化がすすむのは
義務感と世間のプレッシャーがへったため
結婚は女は新しい関係の出発 男性は性愛の帰着
結婚に
男は女を所有すると考える 女は関係と考える
結婚を安定化する制度を取り払うとジェンダーの差異にたいする不安だけが残った。
精神疾患での男女差
ひきこ -
Posted by ブクログ
女性、そして同性同士の親子関係の特異さ・恐ろしいほどの難しさ、娘が母親の存在にいかにその後の一生を支配されるかということを極めて冷静に記述した本。
これという解決策がないのもまた恐ろしい。母との関係性のカラクリを知っただけでもよしか。
印象に残ったのは、女は自分の身体を“空虚な容れもの”と感じ、身体性に関する葛藤が男性に比べてとても強いというくだり。
確かに自分という存在が、メンテナンスのややこしい身体という容れものにすっぽり収まって出られないでいるというようなことはよく感じてきたなあ。
心理学上の専門用語がさらさら登場するので、予備知識がないと中盤は少し読みづらいかも。
女性性男性性のちがい -
Posted by ブクログ
この本は、若者論、のようで実は違うんです。
「社会の成熟度と個人の成熟度は反比例する」
今の社会は成熟していると思います。ということは、個人の成熟度は下がる。というより、成熟しなくても生きていける。そんな社会です。それが、生きにくさを作り出している。
なんかおかしいですが、そうだと思いました。今の日本で、「生き延びること」に重点を置く必要がほぼ無い。これって、凄いことですよね。というこは、「大人」になることを強要されないし、「大人」にならなくても生きていけるってことです。RPGでの、主人公の成長物語は、ゲームの中で、物語の中で、のものでしかなくなった。
現代社会で生活するのに求め -
Posted by ブクログ
すぐ側に微妙に引きこもりな人間が居るので、いろいろと興味を持って読んでみました。その結果、ひきこもりじゃないとは思いましたがwただの出不精だ(−−;
まぁ、ひきこもりだとしても俺には何の手助けも出来ないわけだが。この本曰く、兄弟の手助けはむしろ邪魔とのことでした。
ひきこもりになっていく様子や、ひきこもりの病理(ただの鬱ではない)などがわかって面白かったです。ひきこもりに対する見方がちょっと変わりました。
この著者の斎藤環さんの他の著作に「戦闘美少女の精神分析」が並んでて、あー、この人かと。たしかゲームラボでオタクに一番詳しい精神科医って言ってた人だよなァ。ひきこもりとかは得意分野だろうなと -
Posted by ブクログ
私はいわゆる母娘関係に悩んでいる一人だ。母娘関係あるある?な、姉弟の姉であり、弟が優秀で私はいらない子だという思い込みを抱えて生きてきた。
子どもの頃は散々母と喧嘩をしてきた。親元を離れたこともあり、子どもの頃のように激しい喧嘩はしなくなったが、母の干渉への嫌悪感と同時に罪悪感があって、悩んできた。この手の本を読むこと自体罪悪感に耐えられなくなり、読めずにメルカリに出品したこともある。
でも、カウンセリングで「家族と仲良くしたいけど、理想と異なる部分があるから家族について悩む。当然のこと。」と言われ、罪悪感が和らぎ、初めて読破することができた。
私は、「下の兄弟ができて自分はいらない子だと誤 -
Posted by ブクログ
読んでいておもしろい本ではないと思う。その理由は、本書の大半がいじめに対する実践的な対応法が書かれており、その内容も、いじめは発生する前提で(根絶は不可能という前提で)被害者中心の対応をすべき、という、「それはそうだろうな」とうなずける、いわば普通の内容である。
しかし、現状のいじめへの対応として、そのような現実的かつ常識的に思える対応さえなされていないのだろう。それは本書内で紙幅を割かれる旭川市いじめ自殺の経緯を読んでもよくわかる。
ちなみにラストは著者お得意のオープンダイアローグで終わる。内容的にはほかの著書とおなじくオープンダイアローグの説明なので、読んだことある人は飛ばしていい。 -
Posted by ブクログ
私も今般猫飼いの仲間入りをしたわけだが、この世には熱狂的猫好きが多いのだなと改めて思わされた。
猫の魅力などは、別に社会学的分析をしないでも分かりきったものであるため特に知的興奮は感じられなかったし、猫カフェや猫島の分析にも特に新しい発見はない。
面白かったのは、最後の「猫とどのようにしてコミュニケーションが取れているといえるのか」という論考だった。
「文明と自然の関係を問う理論社会学」と言われてもピンとこないしあまり関心も持てそうにないが、自然=猫として読み解けば分かりやすくなる、という筆者の指摘はその通りだ。
「コミュニケーションとは何か(何をもってコミュニケーションが成立しているとみなす -
Posted by ブクログ
精神科医が書いているので、投影とか転移とか、妄想分裂ポジションとかたくさん出てくる。説明自体はわかりやすい。
母娘問題の根深さはまさに恐怖だ。この問題の構造を理解した上で、子育てするのとしないのでは、母娘にとって全然違う未来になりそう。母娘問題、避けては通れないにしても、自分自身を戒めながらも、自分を責めすぎずに子育てできたらなと思う。
マゾスティックコントロールについての概念が面白かった。
鶴女房の姿は、日本人が理想とする「お袋」の原型。献身的に我々を支えてくれる母親への「申し訳なさ」ゆえに、母親からの呪縛から逃れられないという概念。母娘関係の特異性を浮き彫にするうえでは、有用と考えら