小説・文芸の高評価レビュー
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ネタバレアフリカの植民地の奥地へ、雇われ船長として向かったイギリス人男性の回顧録、という形式。19世紀末のイギリスの有名古典小説。全編がロンドンの河口に浮かぶ船の上で、男が友人に語る形で振り返る。船乗りだったコンラッドの実体験が投影され、植民地支配の闇を告発する。
・病気になって死を待つばかりの黒人奴隷が集められた木陰。
・ジャングルの出張所で完璧に整えられたシャツを着る白人経理。
・白人が求める(アフリカで調達する)ものは、大量の象牙。
・象牙や、黒人を使役する対価として渡すものは「真鍮の針金」と「ガラス玉」
・美しく着飾った(はずである)アフリカ女性は、真鍮の針金を加工した装飾具と、ガラス玉の首飾りを身につけている
作中で明示されていないが、以下の関係が暗示されていると考えられる。
・真鍮の針金=金のように綺麗な色だが、西洋文明では取るに足らない量産できる品(真鍮は銅と亜鉛の合金)
・ガラス玉=宝石のように綺麗だが、こちらも西洋文明では量産できる品
一見貴重品に見える取るに足らないものを対価に、奴隷を働かせ、象牙をかき集める。
飢える黒人船員に対して、食料ではなく真鍮の針金を渡し続ける様子におぞましさを感じた。この作品を19世紀末に描いたコンラッドの、実体験に基づく鋭い視線は現代にも響いた。 -
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マカン・マランシリーズが大好きで、シリーズ4の「おしまい」を読み終えた時には、この世界には浸れないのかととても寂しかった。それだけに今回の「女王さまの休日」を発見した時には心から嬉しくなった。そして、話が台湾への旅、それゆえ休日なのかとわかった。
小説のあちこちに心に残る言葉があり、味わって読んだ。私も学生時代に長く旅行に行ったことのある台湾。たしかに親日であることを実感したが、それ以上にいろいろな思いが台湾の方の思いにあることをシャールさんと同じく知った。台湾でのシャールさんの呼び名は夏露(シャールー)。なんと素晴らしい名前なのだろう。本を読んでいた夏の終わりにしっくりきた。マカン・マランをドラマ化したら、沢村一樹さんだろうなと想像する。
シリーズを通して一番好きなシーンは証券会社時代の後輩の燿子さんの離婚式に彼女を救うがごとく一緒に踊った場面だ。彼女のシャールさんへの想い、そしてそれはもう望めない遠いところへ行ってしまった思ったであろう彼女の思い、その後結婚はしたが幸せには慣れず見栄張りの配偶者が離婚式までするという状況。胸がふさがれる思いで読んだ。そこに現れたシャールさんは本当に凄かった。また読んでみたい。あれからもずっと燿子さんが気がかりで、今回マカン・マランに女性が訪ねてきた時に期待したが、全く違う人でガッカリした。しかし、最後の最後にシャールさんの思いが聞けて、本当に極上の番外編だったと思う。
「帰る場所の愛しさを再確認するために、人は旅に出るのかもしれない。非日常を知って、日常のありがたさを知る。旅にはそんな一面もあるのかも分からない」に同感。私も旅に出たい。
古内一絵様、心を温かくする小説をありがとうございます。次のシーリーズを心から念願します!
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ネタバレ中学二年生の女生徒三人が入れ替わるお話。
人の目が気になって本音が言えない、ひとみ。主人公。
クラス一の美少女で人気者のしずか。
クラスの嫌われ者で変わり者の押川さん。
事故をきっかけに、ひとみはしずかに、しずかは押川さんに、押川さんはひとみに、心が入れ替わってしまった。生死の狭間に現れた天使としずか、押川さんと話していて、実はそれぞれがそれぞれになりたかったということが分かった。ひとみは確かに人気者のしずかちゃんになりたかったけど、押川さんが自分になりたかったってどういうこと?と疑問に思いながらも、入れ替わり生活がスタートした。
三人の入れ替わりってまたややこしいなと思いながらも、読んでいて全くストレスがないことに驚きました。設定はややこしいけれど、その分それぞれのキャラの立ち位置が分かりやすかったので困難さを感じなかったのだろうと思いました。
人気者のしずかちゃん、でもそれゆえにいつでもどこでも誰かと一緒にいて、気遣いが欠かせないという裏面がある。
嫌われ者の押川さん、話しかけても反応がなくボーッとしているゴーイングマイウェイな人。人に気を遣うようなことはない孤高の人、だけれど外からは見えない、押川さんの世界はもっと広くて深かった。
ひとみは中間値という印象。
この三人の立ち位置が分かりやすかったです。だからこそ、それぞれがそれぞれの苦労を知って自分に戻るありきたりな話なのかなあと頭の片隅で先を見越しながら読んでいましたが、途中で入れ替わりを変える展開におおっ?!と思いました。
最後まで読み切った後の感想は、少女漫画を文章で読んでいるような気分になったということです。私は少女漫画が大好きなので、とてもとても、楽しめました。主要登場人物の性格は分かりやすいほどステレオタイプだけれど、それを丁寧に紐解いて関係性を構築していってくれたこと、周りにいる人たちも分かりやすいタイプばかりでしたが、入れ替わることでその裏面を見ることができる、単純に優しい人ばかりというわけでもない。人間関係を優しく丁寧に描いていて、分かりやすくて一見ありきたりに思えるお話という入り口ながら、中身は読んでいて優しい気持ちになれる、皆頑張って!と応援したくなるお話でした。
いいお話だったなあとほっこりできました。
一点、気になったことといえば、押川さんの病気が唐突過ぎたなあという点です。入れ替わった時にほんの少しでも、身体の異変や不調を感じる場面があってもいいんじゃないか、というかそうなるもんじゃないか?と思いました。 -
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「人間の土地へ」を読んで感銘を受けたので、その後のシリアの情勢も気になり、アサド政権が崩壊した時も小松さんのことを思い出していた。
少し読むのが遅れたが、今回もこの本を読まなければ知らなかった、わからなかったことがいっぱいあって、よくぞ書いてくださったと思う。ただの?ノンフィクションでなく、自分のことも書いておられるので、遠い世界がグッと近く感じられる。
全く無知の私がいうのもなんだが、いつまで続くんだと思われた独裁政権があっという間に崩壊したのは驚きだった。2度と足を踏み入れられないと思われていた故郷に戻れたシリアのご家族を通して、そのほかのシリアの人々の喜びも伝わってくる。インフラも街全体も自宅も崩壊した状態から始めなければいけないし、政権も安定しないし、まだまだ苦労が続くだろうが、秘密警察や密告に怯えなければいけない日々から解放されて、本当に良かった。
2年後には解放されていると想像もできなかった2022年単独でシリアに入国され、パルミラに向かわれた第五章は、こんな言い方は失礼かもしれないがスリリングで、読み物としてすごく惹きつけられた。
小さな船で密入国を試み、失敗しても何度も試み、言葉も知らない国で生活を再建しようとする難民の逞しさ、力強さに、人間って強いものだと力づけられる。家族間、親族間の濃厚なつながりは今の一般的な日本人には想像がつかない。
そうするしかすべないから仕方なくとはいえ、平和に暮らしている国の人は、精神的にも肉体的にももっともっと弱いのではないか。
日本に生まれたから平和で幸せといった日々が、この先も続くのか。自分は難民になんかなるはずがないなんてことが言えるのか。そんなことも考えた。
政権批判しただけで、連行され、拘束され、拷問され、殺害されるなんてことは絶対に絶対にイヤなので、できるうちにダメなものはダメとしっかり抵抗しなければいけないと改めて思った。 -
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サクサク読めて面白かった。作家による小説論を読んでも小説を書けるようになるわけはないが、好きな作家のこの手の本を読んで、「あの小説はこういう手法で書かれていたのかな?」と想像したりするのは楽しい。
小説国の法律、あるあるで笑った。世評が高い小説を楽しめなくてもやもやすることがよくあるので、「必要以上に深く考えず、小説法の違いだと割り切」った方ががいい、自分と小説法の一致する著者を見つけることが重要、というアドバイスは有益だった。
私はミステリ小説の伏線らしき文章にいつも気を取られて、全てを疑った挙句騙されてしまうことが多いが、「今のところ何の暗示にもなっていない文章」に注目するのが、犯人を見破るコツらしい。今度やってみます。
小川さんはプロットを作らずに小説を書いているという。すごい。普通の人には真似しようと思って出来るものじゃない。
巻末の「エデンの東」の小笠原先生、面白すぎる。阿部くんと甲斐くんがどうなったのか気になりすぎるので改稿版を読ませてください。
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読み終えた。
小説の言葉を借りるなら、それは「嫉妬」。
正直、舐めていた。“カンザキイオリ”を。
この軽やかな筆致。心に沁み入る選りすぐりの言葉。そして何より物語の組み立て。
それ故に……。
僕(敢えて一人称を“僕”にする)は、「カンザキイオリ」という作家を知らない。勿論、名前ぐらい――“『命に……』の人” 程度には知っている。ただそれ以上、例えばどんな作品を書き、どのような人物なのか、その殆どを知らない。
そして今回、この作品『親愛なるあなたへ』に巡り合った。それは何の気なしに、全くもって“ノーガード”で。
「小説」と一言に言っても、そのカテゴリーは様々だ。その中で「青春」/「学園」ものというものもそのひとつ。この小説はまさにその王道をいっている、と……。
しかしながら何だろう。割と慣れ親しんできたはずの“この手”のモノではあるが、得体の知れない“新鮮な?異質な?風”を感じだす――その正体は……そう、何処となく途中から。
青春の甘酸っぱさ――
程よくすれ違い、程よく融合する。
程よく緊張を伴い心が行き交う。
その移ろいを滑らかに、それでいて適度な湿度を保ちながら書き連ねていく。
軽やかに、しかし深く――深い洞察で心が移ろう風景――機微が描かれていく。
――とある街のとある学校で起こるよくある物語。
人は皆、物語を描く生き物だ。
どんな形であれ、頭の中で、心のままに、それがどれほど荒唐無稽であろうと、呆れるほどにハッピーエンドであろうと、至極悲観的であろうと、想像し、描く生き物だ。
ただそれが作品になった時――そしてここにその作品はあるのだが、思い描かれる理想の結末というものがその読者の数だけ存在し始める。しかしながらその結末を決めるのはいつだって“その”作者だ。全ての結末はその物語の作家の手中にのみ委ねられる。希望に満ちていようが、絶望の果てを迎えようが、それは作家の意のままである。そしてそれを我々は受け入れるのみだ。
ただどう受け止めるかは自由だ。その受け止め方は読者それぞれに委ねられる。そしてその“正しさ”もまた千差万別であろう。
小説を読むということは、そういうことのはずだ。
果たして僕はどう受け止める、この物語を。
結果として僕は泣いている。「ずるい」――こんな物語はあまりにも“ずるい”と思いながら泣いている。そして“嫉妬”しながら涙が転び落ちていく。
こんな物語を書くなんて……。
三分の二より七分の四がより心地よい感覚を思い出す。この物語がそうさせる。
つまり感情――喜怒哀楽――を“割り切る”とするなら、分母が多ければ多いほどしっくりとくる。寧ろそうでなければここでの“正しさ”はどうにも捉え切れないという思いだ。
「人間万事塞翁が馬」という成語がある。
「禍福は糾える縄の如し」という諺もある。
『爆弾』そして『偶像』を改めて聴く。
爆風をノーガードで浴びた僕の心は、果たして……。
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遅ればせながら、今手に取っている。
これから読まんとするところだ。
(ということで評価はまだできない)
ではなぜ、そんな状況で拙速にこれを書いているのか、という話になるのだが―。
その理由は、購入特典の音源取得期限が今月末(2026/8/31)までだから。
もし音楽には興味がない(小説だけに惹かれて)としても、折角ならこの特典音源を聴いてみたいと少しでも思っているなら(なんならそんなふうに思っていなかったとしても)、この“音”は聴いておくべきだろうと、今実際に“これ”を聴きながら、そして鳥肌を立てながら、僕はそう思い、これを書いている。
そう、この“歌”は聴いておくべきだと思いながら。
日にちもないので取り急ぎ殴り書き。 -
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年を取って人生がこんなものだと知れて来ると、この本の導入部のような話には、こんなことがあるわけないだろうと、ややひねた思いを持ってしまうのだな。
読み進んでも先生やその周囲の人々の霜介への接し方や霜介の観察眼などにも同じ思いを持つのだが、だけども、霜介が湖山先生の指導を自然に受け入れていくように、徐々にこちらもこの本の世界に惹き込まれてしまったので、ここは素直に作者に脱帽だ。
湖山先生の『成功を目指しながら、数々の失敗を大胆に繰り返すこと。そして学ぶこと。学ぶことを楽しむこと』とか『拙さが巧みさに劣るわけではないんだよ』という言葉にも奥深いものを感じるのだが、それよりも何よりも湖山先生や翠山先生がただ蘭を描いている所作を読むだけでもグッとくる、その不思議な感動。
解説を読み作者自身が水墨画家と知るが、であっても、この深遠な世界を文字にして伝えるのは並大抵とは思えず。
『自分がいまその場所に生きている瞬間の輝き、生命に対する深い共感、生きているその瞬間に感謝し賛美し。その喜びがある瞬間に筆致から伝わる。そのとき水墨画は完成する』という水墨画の持つ精神的な世界、表現の魅力を堪能することが出来た。
ネットで四君子を描く動画を見てみたが、筆一本から絵が出来上がっていく様を見て、まるで魔法のように感じた。
作中、湖山先生の揮毫会の様子が圧倒的だったが、そのようなものを一度見てみたいよね。
朝刊にこの本の広告とともに映画化とのことが載っていたけれど、この精神的世界をどのように表現するのだろうかと気になった。 -
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これやばい!めっちゃ面白い!
ミステリーの連作短編集なんだけど、終始コメディチックで笑える。なんと言っても会話が面白い!
主人公は、まさかの「パシリ」。
番長の丸木に、毎日焼きそばパンなどの買い出しに行かされ、理不尽に殴られたりしながら、パシリ生活を送っている。
そんな日常の中、「ん?」という小さな綻びから謎に気がつき、解き明かしていく。「パシらされている」からこそ見えてくる謎と、謎解きが面白い。情けなくて愛おしい。
軽いコメディかと思いきや、ミステリーとしてガッツリ面白いのも、芸人で読書家のかもしださんの真骨頂だと思う。実写化してほしい。
特に後半の『パシリとゲノム』『取り立ててするなら番長に』『校長公認番長』は秀逸だった。 -
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衝撃的。ぞわっとした。
火を消す「消防士」ではなく、火をつける「昇火士」。
本の所有者を見つけ、家ごと燃やす昇火士のモンターグは、近所に住む少女との会話から、本に興味を持ってしまう。
ディストピア感はジョージオーウェルの「1984」を彷彿とさせる。家にはラウンジと呼ばれる、四方の壁に映像や音楽が映る部屋があり、妻はひたすらそれを見て聞いて楽しむ。
そうやって思考力を奪われた人々。
世の中が加速し、映画、雑誌、本などは短く、すぐに結論が出るものになっていく。それにより思考も浅くなり、せっかち族が増えていく。
まるで予言のようだ。本や映画→テレビ→インターネット→YouTube→TikTok。もはや1分も我慢できない現代人。当時からその傾向は始まっていたのか。
メタファーが多用されていて、いま何のことを語っているのか、現実なのか白昼夢なのか、熟読しないとわからないシーンが多い。読み込むと確かに美しい。でも難しい。
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