小説・文芸の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
誰からおすすめをされ、いつ購入したのかもわからず積読していた一冊。
つい先日、上野の国立西洋美術館にて、写実主義の西洋画や印象派のモネ等の作品に触れ、東京都美術館開館100周年記念の大英博物館日本美術コレクションでは、葛飾北斎や歌川広重らの浮世絵にも触れていたところだったので、ジャポニズムが語られる本作はタイムリーに楽しめた。
ちょうどその頃、上野の森美術館で夜のカフェテラスの大ゴッホ展が開催されていたが、あまりにも人気で行列ができていたので、入館しなかったことが悔やまれる。
とにかく日本人はゴッホのことが大好きなのだ。
日本で独自の発展を遂げた浮世絵が海を渡り、西洋の画家たちに衝撃を与え、やがてゴッホの作品のような、それまでになかった芸術へと姿を変えていく。その過程には、どこか感慨深いものがある。
自分とは異なるものを取り込み、混ざり合い、そこから以前には存在しなかったものを生み出していく。それは芸術に限った話ではなく、人が生きていくうえでも大切な営みなのかもしれない。
人の感情、心の機微を言葉によって捉えようする試みの一つが純文学だとすれば、ゴッホはそれを絵によっ試みた人なのではないかと思った。
人間は精神的に追い詰められた時に、普段気づかないようなどうでもいいことに気づいたり、固執したり、見えない景色が見えたりするものなのかもしれない。
苦しみながら生きる過程に人間の本質が見出されるのかもしれない。
そういう苦しみを芸術に昇華させていたのがゴッホで、苦悩によって精神的に追い詰められた者にしか描けない芸術というものがあるのだと思う。
有名な明治の文豪たちもみんな苦しみながら、人間の本質を描くような芸術を生み出していたことを思い出した。 -
Posted by ブクログ
「大審問官」はさすがに圧倒的。テーマが多岐に渡り、内容の深さも難解さも段違い。
本編の感想ではないが、「大審問官」の理解のために、木下和郎氏のブログ「連絡船」が非常に参考になった。
同ブログは基本的に、この光文社の亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』について亀山氏の理解の間違いを指摘する内容のものだ。その部分は、読んでも別に面白くはない。
ただ、「些細なことながら、このようなニュアンスの違いの積み重ねによって読者は、少しずつ、しかし確実に原典から遠ざけられて行く。」その六、と題されたページ(彼の亀山訳批判のエントリの通し番号らしい)の「大審問官」評は秀逸。
途中に亀山氏の解釈への批判が挟まりはするものの、「プロとコントラ」全体の中での「大審問官」の位置付けや、大審問官へのキスの意味、大審問官の論点に関連するキルケゴールの引用などなど、このブログを読むこと自体が素晴らしい読書体験となるほどの充実ぶりだった。
ついでに木下氏の他のブログも拝見したが、文学に対する確固たる信念と深い知見を持っておられる方のようだ。個人的な怨恨だとかで粘着して個人攻撃している人では決してない。これから『カラマーゾフの兄弟』を読む人はぜひご一読を。 -
Posted by ブクログ
面白かった!こういう小説ばかり読んでいたい
情景 じゃなくて 比喩 に傾いているからごまかしがなくてうれしい 喩えって本当に大好き 暗いけど 豊か
ものすごく体力のある主人公だと思った
お金の話が都合上ほとんど消えてて それに脅かされることがない物語になってて だからこそ読みやすかったけど無視していいのかなと思った
農薬に触れた芋虫みたいにじっと横たわったまま青臭い体液を滲み出させ続けている
とか!最高
223ページ何回も読むべきだぜ
汗粒
恥ずかしさに支配されて心が世界を受け付けなくなっている覚えがあったので、ものすごくわかった わかってしまった -
Posted by ブクログ
しかし、途中で挟まる喩えや論考の深み重みよ!作者の声で語られているところが多い小説、大好き
一人一人の憎しみや罪が交錯していくと思ったら、いつのまにかそれら全てを時間が過去にしてしまう
時代の狂気に従うのが上手い人間は降りるのも上手くて、時代の罪は被ろうとしない いじめていた側はしたことを覚えてないという話と同じ
誰も他人のすべてを知ることも理解することも出来ない みんなルツィエの断片しか知らないで、そこに自分の人生を映そうとする それしかできないよな!ほんとに 真実を知るなんてできないから 自分にとってその人が何を意味するか/したか を考えないとしょうがないんだよ たとえ自分が加害者で その人が被害者だとしても
色んな人が語り手になるけど、ルツィエは語らない 読み手もルドヴィークらと同じように、ルツィエの断片を見て、自分がそれをどう思うかを見出すしかないわけだ
最終章のスピード感が素晴らしい
野原に横たわるヤロスラフにルドヴィークが話しかけたところで終わりそうだったけど、そうはならなくて、ルドヴィークの故郷との和解と、歴史に見捨てられつつも続いていくしかない命の寂しさが描かれきったのがよかった
最後の、ヤロスラフの心筋梗塞によって民謡演奏が1人ずつ欠けていく場面の物悲しさったらない -
Posted by ブクログ
「もしも明日世界が終わるなら、何をする?」
ありふれた問いかけ。あくまで”もしも“の話。
きっと何を答えてもそれは私の本当の答えではないんだろう。いや、意外と本当にそうなのかも…?
なんてことをぐるぐる考えながら、最後の瞬間に最高かもしれないところにたどり着いた人の姿を見ていた。あるいは、揺れながらも自分と向き合い続けた人を。
生きていれば苦しい瞬間は山ほどあって、世界に絶望してすべてを終わらせたくなることはある。
でもきっと、そういうことを考えられるくらいにはまだ自分の中にエネルギーと余白が残っているんだろうな。よくわからない微かな希望がちらりと光るような作品だった。
あと、誰かを心の底から愛してみたいと思った。 -
Posted by ブクログ
アンネ・フランクに関する本を初めて読んだ。
彼女については、世界史で習った程度で、
未だに読めてないなと思い、小川洋子経由で読むことにした。
隠れ家についてや、協力者がいたことはし知っていたものの、
隠れ家の間取り図、構成人数やどういう人がいたかについて詳細を知らなかったので、よりアンネ・フランクがどういう環境で生きてきたのかがをしれてよかった。
また、この本の内容は基本アンネ・フランクの文を引用し、小川洋子が彼女の思いを解説していく、といったものであったが、
いかに彼女が立派な作家であったかを小川洋子は力説していた。
まず、とんでもなくストレスのつよい環境下で2年間、空をまともに見ず過ごしてい多のにも関わらず、
彼女は客観的な視点で、苦悩を出さず、冷静に、淡々と、かつ楽しんで日記を綴っていた。
日常でどんなことをしたか、また同居人についての深い分析がなされていて、それが面白く軽い口調で書かれているのが非常に印象的だった。読んでて全く、暗くはならないし飽きず分自体に魅力が詰まっていた。
小川洋子自身も彼女のその日記に対する姿勢に感嘆していたし、私もその冷静さに驚いたが、
彼女視点で考えてみると、
日記として、客観的に落とし込まなければ正気を保つことができないような環境だった、だからそうしたんではないか、と思う。
自分も悲しいことがあると、客観的に、ユーモアに語らないと、どこかに向けて発散しないと、ストレスで気が狂ってしまう。私なんて愚かアンネは命の危機が常にある環境だし、ストレス発散環境がないなかで、唯一の発散先が日記で、それが彼女にとって一番楽しめるものであったことが、本当に良かった、 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前科持ちのミリーは、裕福な家庭に住み込みのハウスメイドに採用される。不可解な言動を繰り返してミリーを翻弄する妻、温厚で見た目も完璧、ミリーを影で支えてくれる金持ちの夫。第一部では妻から不条理な扱いを受けるミリーを中心に描かれるが、第二部の回想で真相が明かされ、第三部で物語は収束する。
正が邪に、邪が正に反転するどんでん返し。500ページのボリュームが全く気にならない極上のサスペンス小説。
主要登場人物が主人公含めて5人しかいないので、翻訳物にありがちな「こいつ誰だったっけ?」と登場人物一覧や前のページを確認するストレスも皆無。良くできた作品は登場人物の数は関係ない、という事を久しぶりに実感した。 -
Posted by ブクログ
長年本棚で眠らせ、何度も挑戦しては途中で挫折していた町田康氏の『告白』。もう読める気がしていませんでした。
この度、Audibleでの配信を機に「耳で聴きながら目で字を追う」という方法で、ついに最後まで到達することができました。
結果、本当に読んでよかった。ナレーターの方の河内弁が見事(特に間合いとユーモア!)で、過剰な思弁の渦に飲み込まれそうな読書体験を、笑いとテンポで最後まで力強く引っ張ってくれました。
実在の「河内十人斬り」をモチーフにした本作の主人公・城戸熊太郎は、プライドが高く、働くのも、人付き合いもダメ。社会生活から「はみご」にされています。「あかんではないか」。
しかし彼は決して何も考えていない愚か者ではありません。脳内では恐ろしいほどの密度で思考を巡らせるのです。それなのに過剰な思弁が邪魔をして言いたいことの千分の一も口に出せず、馬鹿にされることを恐れて虚勢を張り続けてしまいます。
「田が耕った」と、能動的な営みを自動詞のように捉えてしまう独特のロジック。本人は至極真剣に思考を重ねているのに、その過剰な思弁こそが現実とのズレを生み、自分自身を追い詰めていく。その哀れで痛々しい姿に胸が苦しくなる一方で、彼が抱える「自分の脆さを見抜かれたくないプライド」は、私たちが誰しも心の中に飼っている「人間の弱さ」そのものだと感じます。
谷弥五郎という弟分を得て、将来の展望を失った二人が破滅へとまっしぐらに転がり落ちていく過程は、どこまでも悲しく、圧倒的です。
血の海を潜り抜け、極限の殺戮を果たした熊太郎が最後に行き着いた、「なんの意味もなく、ただぐるっと一周回って元の世界に戻ってきた」という静かな一言。
大層な意味など最初からどこにもなかったという圧倒的な虚無感と、ようやく重い呪縛から解き放たれたような脱力感。読後に残るその哀しくも深い余韻は、一生忘れられそうにありません。
文中のキレッキレな「ひとりノリツッコミ」に爆笑しつつ、人間の業の深さに打ちのめされる最高の長編小説。
挫折したことがある人に、ぜひ「音と文字」で再挑戦してほしい一冊です。
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