小説・文芸の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
ネタバレタイトルのない26の掌編集。
講演会やインタビュー、プライベートな旅などで世界各地を転々と訪れる私。
具体的に「作家」という職業が言及されていたかどうかあやふやだが、なんとなく本人を想起させるようなメタフィクションめいた様相が漂う作品。
その土地土地で出会ったエピソードがシーラッハならではの研ぎ澄まされた文体で紡がれる。
読む度に毎回凄いなぁと思う。
こんなにも端的に、ある意味ぶっきらぼうとも思えるほどに余計な装飾がなく直接的な言葉の集まりなのに、その連なり、間、行間が作り出す文章に心が吸い寄せられる。
何を意味したいのかはかりかねる物語もあれば、奇妙な味風ミステリめいたオチのあるものもあ -
Posted by ブクログ
全般的に家族の話。適切な距離というのは難しい。手を離すのも愛情だよ、という台詞が胸に残る。ちなみに私の中のシロウさんは内野聖陽だ。
第1話 理津子の夫は子育てに非協力ばかりか、育児から目を背けている。保育園には全滅して非認可保育園。達樹はとても手がかかる。ベビーシッターがついているという星母島のチラシを見て、行きたいと強く願う。民宿えとうにやってくる。
第2話 千尋は一才の時に政子さんに引き取られた。親戚だったらしい。大阪でベビーシッターをして働いていたが、政子さんが民宿を閉めるかどうか迷っているというので、戻ってきた。麦生もついてきた。母の愛が重すぎるタイプの母子が島に泊まりにくる。
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Posted by ブクログ
すごく表現力があり、言葉に説得力があるというか、文章が沁み込んでくる。
何度でも読み返したくなるようなエッセイ。
私はこの本を古本屋で購入した。
ワスレナグサの話にある星野さんが記した一説に線が引かれていた。
「私たちが生きることができるのは、過去でも未来でもなく、ただ今しかないのだ」
「結果が、最初の思惑通りにならなくても、そとで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。」
まさにこれらの言葉が旅をして今手元にあるのだと、少し感慨深くなった。
今私が過ごしている時間と並行して同じように過ぎていく別の視点の時間 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「ぼっち飯」と聞いてイメージするのは、寂しい、侘しい、簡素、質素、チープ……と、負のオーラ全開だった。でも、そうじゃなかった。ぼっち飯には、もっと多くの形がある。
『ふたご食堂のフォーチュンクッキー』『ぼうべらのおべんげ』からは、食を提供する人と食べる人、そしてそれを見る人との間に、食を通して生まれる連帯感が感じられた。ぼっち飯=孤食ではないのだ。そういう意味では、『最高の孤食の作り方』にも同じことを感じた。食にこだわるようになり、ご飯を炊く土鍋や味噌などを探し求めるうちに、そこで出会う人たちとの間に深い絆が生まれてゆく。
そして、ぼっち飯のシチュエーションとして盲点だったのが、ひとり旅
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