あらすじ
我々は、なぜ小説を読むのか。
五歳で読んだ『走れメロス』をきっかけに、内海集司の人生は小説にささげられることになった。
複雑な人間の昇華体であり、人の心を掴んで離さない、人の心が作り出した物語の結晶。
そこには望むもののすべてがあった。
十二歳になると、内海集司は小説の魅力を共有できる生涯の友・外崎真と出会う。二人は小説家が住んでいるというモジャ屋敷に潜り込む。
そこでは好きなだけ本を読んでいても怒られることはなく、小説家・髭先生は二人の小説世界をさらに豊かにしていく。
しかし、その屋敷にはある秘密があった。
小説を書くことで失われる世界の均衡、読むことで広がる無限の心。
宇宙最高の愉悦のすべてが、今明らかになる。
感情タグBEST3
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野崎まどの『小説』を読んで、私は「小説」という虚構そのものへの理解をより深めることができた。
虚構という概念については以前、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の『サピエンス全史』や『NEXUS』を通じて学んでいた。認知革命によって人類は「虚構を生み出し、それを信じる力」を得た。物語は人を結びつけ、ホモ・サピエンスをして大きな集団行動を可能にした。その力に私はすでに驚嘆していた。
だが『小説』を読んで、私はさらに一歩深いところに気づかされた。物質の世界にはエントロピーという限界があり、私たちは素材以上のものを増やすことはできない。けれど虚構の世界、すなわち物語の中では、すべてが無限に広がっていく。
虚構は現実に存在しないがゆえに、無限の可能性を秘めている。人の心の中にある「意味」は、外から見えぬ内的な性質のものであり、私たちはその意味を際限なく生み出し、他者へ伝えることができる。
人の心は言葉でできている。言葉を増やすことは、心の中に新しい意味を生み、心をより豊かにしていく行為だ。小説とは、まさにその「意味」を増やしてくれる装置であり、読書とは心の可能性を広げる営みである。
『小説』という作品は、私の心の中に新たな意味を芽生えさせ、世界を見る解像度をひとつ高めてくれた。そんな一冊だった。
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休日の朝、少しだけ読もうと表紙を開けたら止まらなくなった。最後は全く予想外の、とんでもないところへ連れて行かれてしまった。
思いを文章にできる小説家はすごい。
私は読むだけ。楽しいから読む。
読書だけでなく、登山も、スポーツ観戦も、その他の事も好きだから楽しむ、それでOK。
ところどころくすりと笑える文章もよかった。
私の中の『意味』が増えたはず。
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なんだかとても美しかった。
ジャンルもあらすじも知らないで読み始めたので、どんな方向に話が進むのか分からず少しそわそわした気持ちで読み進めた。
秀才として成功していくかに思えた内海が「ただ小説に没頭するのみで何も成さない人」と自分を評価するようになっていくのが辛く、それでも外崎を支え続ける姿が切なかった。
それが後半で思いもよらない展開を見せ、小説に魅了された2人が見つけた結論に涙した。どういう感情なのか自分でも分からないけど、ただ泣いた。
奇しくも、書評を集めた本を読んだ直後だったので、「ただ読むだけでいい」という言葉が一層に響いたのかもしれない。
小説を読んで、ただ面白かったと思うのも、内容を分析したり抱いた感情を言語化したり評論するのも、どっちも「あり」なのだ。そこに正誤も優劣もない。
これからもずっと、構えずに、小説を読んでいきたい。
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二人の少年が髭先生のもとで小説を読んで×5参ります、のお話(?)。
小説とは何であるか?、何故小説を読むのか?、謎めいたモジャ屋敷の主人・髭先生の正体とは?、少年たちの友情物語、後半ちょい複雑で過幻想的に感じたけど、いい終わり方でステキなお話だった。
『ばけばけ』の話なども出てきたり。
場面転換があっても行間をあけていないのには意味があったのだろうか。
連続性とかそういうこととかなのかな。
Posted by ブクログ
「人生で読めてよかったBEST10」に入れざるを得ない。タイトル負けしない、恐ろしい名作だった。
まず、テーマに喰らった。次に、未体験の文体と展開にエグられた。クライマックスをめくる頃には、ヘトヘトだったけど、不思議と、爽快さもはらんだ読後感。
読書好きはもちろん、何かをする際、その「意味」を(他人から以上に、厄介なことに、自分自身が一層に)問いがちな現代において、凡人として苦悩している感覚がちょっとでもある人間であれば全員、体感しておくべき物語だ。
思い出したのは、宮崎駿の映画たち。特に『君たちはどう生きるか』。問われていることを逆から辿って、青年期を織り交ぜちゃうと、この『小説』に辿り着いたのかもしれないとすら思った。
いつの日か、アニメ映画になってほしい。
Posted by ブクログ
この小説の内容を完全に理解することは幾度か読んだとしてもかなり難しいと思うけれど、この小説の"意味"、小説というもの自体の"意味"は妙に理解した気でいる。
読む前と読んだ後でこの本の"外"見は何ら変わりないのに、読み終えた後この表紙がとても輝いて見えるようになった。"内"側が変わっただけで。
はじめ主人公・内海は現実で想像するとなかなか堅いイメージで、そんな人物の目線で物語が進んでいくため堅苦しい雰囲気を醸し出していたけれど、かつての友人・外崎の登場によって一気に和やかになったように感じた。
読み進めていくうちに、外崎が登場したり発言したりすることでなんとなく楽しい気持ちになっていた。文字でしか人物像が分からない、"虚構"でしかない彼の存在に、いつの間にか惹かれていた。
小説を読む、この世の全人類に一度読んで欲しい。
Posted by ブクログ
小説を読むことが好きだ。新書、実用書、伝記、専門書、情報を得るための読書にはあまり興味は持てなくて、子どもの頃からひたすら虚構の物語、小説を読んできた。
本作の主人公・内海集司も小説を読む。ひたすら読む。私ごときの及ばぬ激しさひたむきさで小説を読む。読書家の少年から読書しかしない青年となり、大人になってもなお、読書の時間を奪わない最低限の労働だけをし、読むために生きている。
そして、読む側から書く側へと移行した友人が賞を取ったその日、「君は書かないの?」と軽く問われて彼は問い返す、「読むだけでは駄目なのか」と。
「読むこと」の不毛さと豊かさの板挟みに苦しむ主人公・内海が陥る境地は、極端ではあるけれど同じく小説ばかり読んでいる読み手の一人として共感できる。
インプットも大事だけどアウトプットも大事、アウトプットしてこそ意味があるというようなことが昨今よく言われている。私も、読んで読んで読んできて、書きたいような、書かねばならぬような、何かをなさねばという気持ちには定期的になる。小説は実用書ではないから、読んだとて、必ずしもそこから何かを学ぶとかはないし、意識が変わるとか生活態度が変わるとかいうこともほぼない。
子供の頃から本を読んでいるというだけで何となく評価されがちな空気の中で育ってきたけれど、結局のところ、小説は娯楽である。楽しいから読んでいる。現実に何かを持ち帰るつもりなど最初からない。ただ楽しい。楽しいだけだからこそ、不安にもなる。
そんな、ただの読み手の、心の奥底に沈殿している「読むだけでいいのか?」「読んで得た感動や知識を何かしら形あるものにして現実にフィードバックすべきでは?」「これだけ読んでいるのだから、自分も何か生み出すべきなのでは?」という後ろめたさや焦りに、本作は、壮大に展開する論理で「読むだけでいい」との答えをくれる。人間がその内側で生み出した意味であるところの虚構を読んで、自分の内側の意味を増やし、存在の豊かさを増すことが散逸する運命の宇宙のエントロピー増大を食い止めているという。
別に宇宙の散逸を防ぐために読んでいるわけではないけれど、読む行為、ひたすら内側に意味を取り込んでいく行為が、自然の進歩の一環であり、宇宙を守っているならそれもまたよし。安心してただ読んでいよう。読み続けていよう。
Posted by ブクログ
これは確かに、『小説』だなぁと思った。主人公内海と友人外崎が髭先生との出会いで紡がれていく物語。それは大それて大袈裟で壮大でフィクションではあるけれど、ちゃんと私の中で意味になっているんだなと思った。この本を読んだ後はもっと小説が読みたいなぁ、と思った。
野崎まどの小説は初めてよんだが、文体が面白いなと思った。他にも読みたい。
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物語のように進む話が後半から変わっていった。ファンタジーかと1度ため息をつきはしたが、それは“1人の読者”として知って損は無い、そんな教えのようなものでした。
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最近、アウトプット!言語化!と世の中にやたらと煽られている気がしていたので、とてもタイムリーだった。前情報なしで読みはじめたこともあって、少し運命的なものを感じた。
以前、
旅行に行くのに理由は必要なのか。
何かを掴んで成長して帰ってきて、その先で役に立たせなければいけないのか。
そんなことを、ぐるぐる考えていた時期があった。
紀行文やエッセイを読み漁るなかで、
「旅行に行くのは好奇心を満たすため。行きたいと思ったから行く」
という言葉に出会い、肩の力が抜けた。
そして旅が大好きになった。
「小説」を読んでいて、その時の感覚がよみがえってきた。ただ、気の向くままに読み散らかしていくのも、いい。
言語化に苦手意識のあるわたしも、臆することなく内側を増やして行きたい。
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小説とは何か、を綴った作品。
純文学に近いものを感じました。
後半から幻想的な話になりますが、半分まで読むと読み進める手が止まらない!
芥川龍之介、イェイツなど改めて読んでみたいと思いました。
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小説を読むことが人生の一部になっている主人公が小説の意味に導かれるとても野心的な小説で、その結論に対する評価は難しいけど、そこに至る過程や最後に明かされる秘密は小説としてとてもおもしろかったです。
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1月3日再読。
正直この作品の言葉を全て理解するのは難しく1回目は読み終えたが???だった。
今回再読して、確かに難しい。
けれどこの作品に出てくる言葉の美しさや、丁寧さに魅力された。
そして何より、読むことを肯定する、小説好きへの本だと感じた。
手元に持っておいて節目節目に読んで自分が何を感じるか知りたい本だと思った。
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前々からすごく気になっていた野﨑さんの作品。
『小説』というタイトルのとおりの内容でしたけど、僕にはかなり難しかったです。
『進んでは戻って』を繰り返しながらだったのですごく読むのに時間がかかってしまいました。
理解力のない僕にはたぶん野﨑さんの想いの1%も受け取ることができてないと思うんですけど、これからも自分なりに小説を、読書を楽しんでいこうって感じました。
ありがとうございました!
Posted by ブクログ
「読むだけじゃダメなのか」という疑問に対する、著者のアンサーが印象的で、小説好きを肯定してくれる結末に感じた。
万人受けする作風ではないが、本書の構成とメッセージ性は見事だと思った。
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最初から最後まで不思議な雰囲気の小説だった。
途中からファンタジー要素が強くなったので驚いたし、理解が及ばない点もあった。
ただ、何となく腑に落ちたというか、納得はできた。
あまり類を見ないタイプだと思う。
Posted by ブクログ
まず言わせてもらうなら、こんなん分かるわけない(笑)
でもちゃんと言ってる、名前のどこかに「ま」だと。
まさかタイムリープものだとは⋯
というかファンタジーですね、これは賛否分かれるかもです。
外崎くんのとった行動に気づいた時、あぁ⋯と言葉にならなかった。
外崎くんは本当に内海くんが大好きで、一生懸命考えた末に結論を出した。
小説を読む意味とは?
今まで考えたこともなかったのですが、この本を最後まで読み腑に落ちました。
前半はなかなか入ってこなくて、これ面白くなるのかな?と思いましたが、130ページを過ぎたあたり、内海くんの感情が爆発して発したセリフがとても心に刺さり、そこからはのめり込んで読みました。
最後のほうでお父さんから連絡がきて、小説の2巻がないから⋯って嘘をつくのがよかった。
内海くんの見える世界が変わってよかった。
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途中、頭の良くない私は話についていけなくて、斜め読みをしてしまったが、終盤はグッと心を掴まれ、最後は泣いてしまった。
なるほど、本屋大賞にノミネートされるわけだ。
現実は何一つ変わってなくても、自分の内側の意味は増やせる。だから小説という嘘を読むのだ。読むだけでいいのだ。
これからも沢山本を読みたい。
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本屋大賞ノミネート作品なので読みやすいかと思っていたら、なかなか読むスピードが上がらなかった。だけど後半にいくにつれ、だんだん霧が晴れていくような感覚で目の前が急に明るくなって、最後まで一気に読み切っていた。
アニメ「正解するカド」の構成と脚本をしていたと知って、改めてアニメも見ようと思う。
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終盤まで夢中になって読んだ。終盤は突然どうした?と思うような展開になったけど、正直自分も小説は「読むだけ」。
感想は苦手だし、上手くプレゼン出来る自信はない。
それでもいいのかな、いいのかもな、と思えた。
余談だけど子供の頃に「ホビットの冒険」が読めるのは幸せだし、私も似たような経験があったから今でも本を読むのが好きだ。むろん、「小説」に限る。
Posted by ブクログ
2026/03
物語の語り口調が好みだった。少しクスッとできる箇所もあったし、読後「文学だあ…」と呟いた。
何度か読み返さないと噛み砕けない部分がたくさんあった。
ただ最後ファンタジーが入ってくるのは、ファンタジー苦手人間としてはよく分からなかった。
ジャンル分けすると途端に書けなくなる外崎を思い出す。
書くことが苦しいのも分かるけれど、書くことで救われることもあるんだと思う。
Posted by ブクログ
本屋大賞3位、の割に読む人を選びそうな作品。
タイトルから、小説家を目指す中で苦悶する人の話?と勝手に想像していたが全然違う。エンタメ本ではない。どっちかというと純文学。
終盤は特に精神世界を、概念を、表そうとしてる感じで、ずいぶん人を選びそう。昔好きだったな、こんなタイプの小説。
小説とは何か、を、哲学的?に、突き詰めていく精神世界が描かれる。
実世界にある小説や場所や出版社が出てきて、かつ、場所が私に身近なところが多くて(東大カブリとか行ったわ!)メタ的な要素と精神的な世界が入り混じって大変不思議な感じ。
なんか、純文学ってこんな感じじゃなかったっけ。と思いながら読んだ(純文学とはなんぞやがわかっちゃいないんだが)
Posted by ブクログ
壮大な世界に飛び込んだ感覚になった作品。
スケールが大きくて、私の理解が及ばないところもあったけど、すごく現実的な場面もあって読み進められた。
誰しもが親の望む通りに生きないし、本人の好きなことを好きなだけ突き進むことの苦労(現実)がリアルで考えさせられました。
Posted by ブクログ
うーん小説を読むだけじゃダメなのか、というテーマの熱量をすごく感じた
小説は現実逃避とか虚構の世界、とあまり人生で実務的に役に立つかと言われると微妙だからずーーっと小説読み続けることに罪悪感というか勉強から目を背けているような感じがあったけど、読むだけでいいんだよ、内側を広げる、自分の心が豊かになり人生が豊かになればいいんだよって励まされる本
ストーリーは突然妖精とか出てきてよくわからないし、芥川が〜とか宇宙が〜とか小難しくて読みにくくはあった
Posted by ブクログ
難しい…
ただ小説は読むだけでいいと言ってもらえるのは良かった。
何回か読み直しがいるかもしれないが、それもまた楽しめる本だと思う。
いろんな本をたくさん読みたくなった。
Posted by ブクログ
「小説を読むこと」の意味を問う物語で、主人公・内海集司が幼少期から小説に没頭し、親友の外崎真と共に謎の「モジャ屋敷」で読書に耽る青春時代から、大人になり「読むこと」の意味に葛藤するまでを描きます。単なる読書体験に留まらず、後半はSF・ファンタジー的な要素が加わり、小説が宇宙や存在そのものと結びつく壮大なテーマへと展開し、読者自身に「あなたはなぜ小説を読むのか」と問いかける作品です。
Posted by ブクログ
ずっと気になっていた作品。
まずタイトルに惹かれました。
ストレートな「小説讃歌」と書評にありましたが、まさにその通りで「小説を読むとは何か」がテーマになった内容でした。
小説を読むことが人生の一部となっている主人公。そんな主人公に触発されて本を読み始め、次第に小説家としての才能を開花させることになる友人。この2人を主軸にして進んでいくストーリー。それぞれの生き方が交差して、徐々に離れていく展開は結末が非常に気になり、読み応えがありました。
後半はファンタジーの毛色が強くなり、より壮大な読み口となるので、なかなか理解の及ばない展開にも感じました。ただ、小説を好きで読む者のひとりとして啓示を貰えたのは確かだと思います。
Posted by ブクログ
随分と推している本紹介垢があったのでやや期待して手に取った。文体が好みというか今風で読みやすく、どんどんページが進んだ。ただ、途中から急にハンドルを切り始めて困惑したし、正直一度では咀嚼できない類の本だったかも。折を見てまた読みたい。
Posted by ブクログ
小説読みのための小説
前半のモジャ屋敷と髭先生をめぐる軽いミステリーは面白かったのだが、
筆の熱量が上がって来る後半は、残念ながら少し筆者に置いて行かれた気がした。
それなりに読書に時間を割いてはいるのだけれど、「読むだけでは駄目なのか」
とか考えたこともないからでしょうか?
「小説なんてコスパが悪い」とハウツー本ばかり読んでる人は、これを読んだらどう思うのかな?(そもそも読まないか)
面白かったけど
面白くよめたけど、自己憐憫というか自己満足というか、メンヘラが他人を巻き込んでウジウジしてる話。「本当は書きたい気持ちもあるけど天才を目の前に知ってしまい、負けを認めたくないから書きたい気持ちを抑えて書かないように徹してる。でもそれを認めてほしい」本を読む生活だけしたい、発信はしたくない、なら本屋で働くなよ。しかもなぜかわざわざ町田から横浜まで通って。