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「「悲しむべき事に日本には静脈バイパス術以外の術式を実施できる施設がない。日本トップクラスの帝華大も維新大も、静脈置換バイパス術しかできない。だが諸君が医師になる頃には桜宮は心臓外科手術では世界最先端の地域になっているだろう。バイパス手術の完成形、ダイレクト・アナストモーシス(直接吻合術)という術式を実施できる施設、スリジエ・ハートセンターが創設されるからだ。ではここで、世界でも、ここ桜宮でしか実施されないこの術式について講義しよう」」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「「悲しむべき事に日本には静脈バイパス術以外の...続きを読む 術式を実施できる施設がない。日本トップクラスの帝華大も維新大も、静脈置換バイパス術しかできない。だが諸君が医師になる頃には桜宮は心臓外科手術では世界最先端の地域になっているだろう。バイパス手術の完成形、ダイレクト・アナストモーシス(直接吻合術)という術式を実施できる施設、スリジエ・ハートセンターが創設されるからだ。ではここで、世界でも、ここ桜宮でしか実施されないこの術式について講義しよう」」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「「世の中は、思うようにいかないものだな。技術が優れる者には忠義のこころなく、忠誠心の塊のような男の手には技術の神は宿らないのだから」」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「「不確定な世の中を渡っていくために大切な能力は三つある。誰よりも遠くを見通せる目、微かな危険も嗅ぎ当てる鋭い嗅覚。そして三番目はツキだ。だがその三つよりもはるかに大切なこと、それがカネを持っている、ということだ」」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「「このコメント、食堂の職員に伝えてや。ええか、塩は勇気や。ぎりぎり攻め込んで初めて桃源郷が見えてくるものなのや。それはつまり薄味好きの関西人は臆病者ちうことやがな。それにしても、中途半端に味がいいというのは致命的やな」「自分の出身地をけなしたら、ろくな死に方をしないぞ」」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「改めて写真を見ると、天城は日本人離れした華があるとつくづく思う。だがそんなことより世良は、自分が留守番役になったことに小さな引っ掛かりを感じていた。 天城の手術に何が何でも参加したいと熱望していたわけでもないのに、いざメンバーから外されると、急に自分が不必要な人間に思え、意気消沈してしまった。 世良は机の上のチェスの盤面を眺める。 今回の公開手術には他に不安要素があった。手術を成功させたメンバーががらりと入れ替えられたのだ。器械出しの看護婦、猫田と花房も参加しない。八月に佐伯外科が救急部を創設した余波で、手術室の看護婦と総合外科病棟の看護婦が人事交流を余儀なくされたところに頭の固い手術室の福井婦長の意向が重なり、猫田・花房のゴールデンコンビが外されてしまったのだ。麻酔医も代わった。公開手術が名声になると知った先輩麻酔医が、実力ナンバーワンの田中助手を押しのけ参加してきたのだ。」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「「絶対君主の寵愛なんて風向きと同じ。今日、西を向いているからといって、明日も同じだとは限りません。そもそも佐伯教授は、この六年で多くの専門科の独立を許してきましたから」と高階講師は苦笑する。」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「そこまで口にして天城は絶句する。心臓外科医にとって、腹部とは別世界の異国だ。 高階講師が言う。「米国でバイパス術と胃癌切除術を同時にやった時に思いついたんです。当時のボスに言ったら、一笑に付されましたが。でも今、他に手はありません」 高階講師の声が響く。その後しばらく、沈黙が術野を支配した。 やがて患者の枕元から声がした。「オイラも賛成だ。徳永さんが生き延びるにはそれしかない」 天城は「しかし……」と言ったまま、呆然と鏡部長を凝視する。 観客席がざわめき始めた。鑑識眼を持ち合わせない観客も、術中に突然術野を拡大するという行為を見て、アクシデントが起こっているらしいと理解しつつあった。」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「天城の技術は天与のものだが、そうした光景を心臓外科医が共有できたのは、日本の心臓外科界の最大の幸運だった、という心臓外科医は、後に新世紀を迎えた今でも、未だに大勢いる。 天城は一度はこなごなに砕かれた気力を振り絞り、指先に意識と気力を集中させ、一針一針、丁寧に確実に、そして素早く縫合を進めた。 会場の観客たちは呼吸も忘れ、その手技に見とれた。 やがて天城の指先が、すべてのエネルギーを使い切ったかのように止まると、金属のトレーにペアンがからんと滑り落ちた。 「〈オペラシオン・エ・フィニ〉(手術終了)」」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「「何を言ってるんですか?」 天城は世良を見つめた。そして笑う。「言っただろ、ジュノ。私の夢は桜宮にさくら並木を植えることだった。だからこうして、ここに植えに来たのさ」「そのさくらの木というのは、スリジエセンターのことでしょう?」「ああ、そうだ。だがそれがダメになってしまったから、せめてさくらの苗木くらい植えて、日本を去ろうと思ってね」 天城が日本を去る? 突然の通告に世良は足下が崩れ落ちるような感覚に囚われた。 さくらの苗木を植え終わった天城と世良は、岬の突端に立ち、大海原を眺めている。 世良が言う。「突然そんなこと言われても困ります。スリジエセンターの創設を待ち望んでいる人は大勢いるんですから」「そんな変わり者が本当にいるなら、ここに連れてきて会わせてくれ」 佐伯教授の名を挙げようとして世良は思いとどまる。天城が聞きたいのは、そんな名前でないことは明らかだ。そう言われてしまえば具体的な名前は誰一人浮かんでこない。手術を実施した梶谷さんと上杉会長のふたりは自分が治った今、センターができようができまいがどうでもいいと思っているに違いない。あるいは市民病院の鏡部長なら、ひょっとしたら賛同してくれるかもしれない。しかし具体的にはそれくらいしか思い浮かばない。 世良は黙り込む。天城のスリジエセンター創設を待ち望む人は、この世界のどこかにいる。それは間違いない。」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「「私は日本では愛されなかった。ささいなことに反発され、刃を向けられ、足を引っ張られる。患者を治すために、力を発揮できる環境を整えようとしただけなのに関係ない連中が罵り、謗り、私を引きずり下ろそうとする。私はそんな母国に愛想が尽きてしまったんだ」 世良は唇を嚙む。 天城は愛されていない。それは本当だった。 でも、どうしてなのか。 周りのみんなと違うから、だからか。 だが天城が提供しようとしたのは、善意の塊のような手術術式だけだ。 それなのにどうしてこんなことになってしまったのだろう。 次の瞬間、世良の口から出たのは、自分でも思ってもいなかった言葉だった。「逃げるんですか、天城先生」 その言葉を聞いて、天城の顔色が変わる。それは世良の命がけの挑発だった。 だが、天城は世良の真意を見抜いたように笑顔で応じる。「私は、へこたれて帰国を決めたわけではない。二回の手術の失敗は天の啓示なんだ」 世良は息を吞む。そして言い返す。「天城先生は失敗なんかしていません。日本に来て天城先生の患者は誰も亡くなっていない。病気の患者を手術し、元気にして家に帰してあげる。これは手術の成功と呼ぶんです」 世良の懸命な言葉は、しかし、天城のこころにはもはや届かなかった。 別離の時が、刻一刻と近づいてきている。 そのことを、世良は痛いほど感じていた。 そんな時、言葉には何の力もなく、また、何の意味もなかった。」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「スリジエ・ハートセンター。〈スリジエ〉とはフランス語で〝さくら〟を意味する。 刻印された言葉がひかりの中で甦る。その響きは新鮮だ。」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「「おやおや本日のジュノはご機嫌斜めか」 天城の人なつっこい笑顔を苛立たしげに見遣る。天才は無邪気だ。人の気持ちを逆撫でし、うんざりさせる裏側で、いきなり懐に飛び込んできて凡人を虜にしてしまう。」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著
「「おやおや本日のジュノはご機嫌斜めか」 天城の人なつっこい笑顔を苛立たしげに見遣る。天才は無邪気だ。人の気持ちを逆撫でし、うんざりさせる裏側で、いきなり懐に飛び込んできて凡人を虜にしてしまう。 彫りの深い貴族のような顔立ちを見つめ、世良は首を振る。「気分はいつもと同じで、変わりません」「エクセロン」と天城がフランス語で答える。そんなキザなセリフが似合う。 ここに来る以前、天城はモンテカルロ・ハートセンターの上席部長の職にあった。手術の腕は神懸かり的で、モナコの王族から勲章と共にモンテカルロのエトワール(星)という称号を贈られている。ブレザー型の白衣の胸には銀の糸でエトワールのエンブレムが刺繡されている。 現在はスリジエ・ハートセンターの総帥だ。ただしまだ施設はオープンしていない。」
—『スリジエセンター1991【電子特典付き】 ブラックペアンシリーズ (講談社文庫)』海堂尊著