あらすじ
「真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う」。わたしは、人と言葉を交わしたりすることにさえ自信がもてない。誰もいない部屋で校正の仕事をする、そんな日々のなかで三束さんにであった――。芥川賞作家が描く究極の恋愛は、心迷うすべての人にかけがえのない光を教えてくれる。渾身の長編小説。
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Posted by ブクログ
三束さんが冬子に恋愛感情を持っていたかはわからないけど、二人の空間が心地良かったのは確かだと思う。嘘をついていたのは仕事のことだけなのか、それとももっと大きな何かだったのか。その”見えない部分”も含めて、この作品は最後まで答えを明かさない。そういう意味でも『すべて真夜中の恋人たち』というタイトルなのかなと思った。
三束さんに出会ったおかげで光や色の見え方を知って、冬子は人を見る目も少し変わったんじゃないかな。
私も、その人が一番輝ける光の当て方で接することができる人になりたいと思った。
Posted by ブクログ
なんとなく、自分は触れることのない作家だと思っていた。のだけど、なぜか手に取ってしまった。タイトルのせいかな。
何か特別なことが起こるわけでもなく、流れていく物語。なのに、読み進めるのが怖い、心がざらつく。でも、読み進めてしまう。
他人にとっては消えてしまってもわからないような、弱い光。自分である以上、消えてくれない光。主人公の弱い光には、徐々に色がついていく。最後まで読んで、最後まで読んでよかったと。
自分の光は弱いまま、それはそれでよいかな、と思えた。
好きな芸能人のお勧めの本だったか、何かのきっかけで購入して積んでた本を長期休暇に読んだ。
純文学を普段読まないこともあり、ずっとモヤモヤしたようなもどかしい気持ちだった。
同じ年齢のまったく反対の友人への憧れと嫉妬とか、自分の気持ちを伝えず行動に移さない他人への苛立ちとか、共感できる感覚はいくつもあった。
Posted by ブクログ
自分の好きな流れるようにスラスラ読めるタイプの小説でした。リズム感のようなものが心地よさを与えてくれる文章が好きなのでとてもよかったです。
他の方の考察も読んだのですが、冬子と三束さんと恋愛がベースでありながらも、最終的には冬子が人間として自立していくまでの成長を描いた物語であることがわかります。自分で選択することを避けてきた冬子が三束さんとの恋愛、そして聖との関係性を経て最後には「すべて真夜中の恋人たち」という言葉を自分で生み出すという流れら素晴らしかったと思います。
また三束さんと結ばれずに終わるというのもよかったです。冬子が酒を飲んで酔った状態でしか三束さんと相対することができなかったように三束さんも自身が物理教師であると偽っていた、という互いに自信を隠していた状態では関係は成立しませんでした。しかし本音でぶつかることを選択した冬子と聖の関係は長く続くという対比がメッセージ性を含んでいてよかったです。
それに水野くんや典子など、主要でない人物の生々しい心理描写もよかったです。
個人的に一番面白かったのは恭子さんと再開するくだりです。昔お世話になった恭子さんが聖に対する評判や苛立ちを冬子に話し、だんだんとヒートアップしてゆき聖の悪口大会(恭子さんが一方的に話しているだけ)のようになってしまいますが、最後に冬子に渡した香水が、聖が冬子に渡したものと同じだったところが素晴らしかったです。考えは人それぞれであり、他人をエゴで評価するという点で恭子さんも聖も変わらないというアイロニー表現でした。
「真夜中」や「光」というテーマから感じられる静かな雰囲気や様々な人間の心情描写も素敵でした。とても面白かったです。
内気な人の恋
他のサイトのレビューを読んでいると、
主人公に感情移入出来なくてイライラした、
というのが結構あったが、
それは読者が外向的な性格だからだろう。
内向的で人付き合いが苦手な人なら
必ず共感出来る作品。
Posted by ブクログ
冬子も聖子も典子も三束さんもみな孤独を抱えていて(典子さんも)、それを受け入れられなかったり、受け入れたり正当化したりして生きていて、でもやっぱり人と繋がりたい気持ちはあって、どこかで光を求めていたりして。
自分は冬子のような閉じた人間でないと思いながらも、共感して揺さぶられたり。ヘブンに続いてこの方独特の繊細な文章に惹かれてしまった
Posted by ブクログ
川上未映子さんのきれいな水みたいな文章を浴びまくれる1冊。
物語よりもむしろ文章の魅力に虜になる。とくに冬子と三束さんの会話文が本当に良くて、別にそんな幻想的な世界を描いているわけでもないのにうっとり。
夜に外をあてもなく歩きたくなる。
Posted by ブクログ
30代後半の主人公の女性が、年上の「先生」と出会って惹かれていく。
主題が『センセイの鞄』に似ていて、ついつい比べながら読んでしまった。『~鞄』では二人の逢瀬は居酒屋だったが、本作では喫茶店である。というと、本作の方が健全なように聞こえるが、そうでもない。なにしろ本作の「わたし」こと冬子さんは喫茶店には必ずお飲を飲んでから行くのだから。
また、本作は恋愛以外にも、校正の仕事や、女友達とのやりとりについても描かれていて、冬子さんの少し危うくなっていく生活の様子がよりリアルに感じられた。
Posted by ブクログ
こんなにも繊細であなたのことが好きなのにもう会えない。ただあなたのCDなどの欠片を集めて生活していく。切ないなあと思いました。あなたのすべてが好きすべてを捧げられると思っても住所すらも知らなかった。でも職業も肩書きも関係なくて好きだった。もう会えないけれどあなたの影響を受けて一緒にいたという過去は残して、タイトルを書いて希望を残していくのが良かった。
Posted by ブクログ
本書を読んで強く感じたのは、人の感情は決して一つではなく、いつも「ごちゃまぜ」なのだということだった。
聖は主人公に苛立ちをぶつける一方で、「友達になりたい」と涙ながらに伝える。三束さんの「人には、色んな事情があると思うので」という言葉も、主人公への優しさであると同時に、自分自身への弁明でもあったのかもしれない。誰かを思う気持ちと、自分を守りたい気持ちは、きれいに分けられるものではないのだと思った。
また、「自分の頭で考えたものじゃないと厭なのよ」「好かれるために生きてるわけじゃない」という言葉には、自立した生き方への憧れを感じた。自分を大切にしながら、周囲とは適度な距離を保ち、本当に大切な人とは深くつながりたい。そんな人との関わり方について考えさせられた。
そして何より心に残ったのは、「一日ごとに薄まり、忘れ、やがて消えてしまう記憶のなかにある痛みだった」という一節。今抱えている辛さも、いつかは少しずつ薄れていく。この小説は、心の傷を抱えている人に静かに寄り添ってくれる一冊だと思った。
Posted by ブクログ
なんで飲んじゃうのかなぁ、そしてなんでそれに対して穏やかに接することができるのかなぁ。
校閲の仕事に興味あったから、参考になった。校閲中にのめり込みそうだから、向いてないかもと思った。
映画化楽しみ。
Posted by ブクログ
人とかかわるのが苦手な冬子はある日、勇気を出して足を運んだ文化セミナーで一人の男性と出会う。そこから冬子と、三束さんと名乗った男性との静かな交流が始まる。
仕事に恋愛、人間関係と、さまざまな悩みや不安、生きづらさを感じる誰もが共感し、胸が疼く作品なのではないだろうか。冬子のようにどれだけ孤独を受け容れ生きづらさを自覚していても、誰の人生においても自分は重要な人間ではないということに気づいてしまうことほど苦しいことはない。一歩踏み出し自分で選び、自分の人生を生きること。
当たり前で大切なことに気づかされる。
あまりにも切ないけれど、きっとこの出会いも冬子にとっての大切な人生の一部なのだと思う。
Posted by ブクログ
親密な関係の女友達と主人公の入江冬子はそっくりで、彼女を思い浮かべながらこの本を読んでいた。性的なシーンは読んでいるだけで実際の光景は見ていないのに生々しく映像が頭に浮かんで、そういった経験のある彼女にとっては苦しい場面の一幕になるであろうと思った。この本を私と同じく買った彼女はこのシーンを読んでどう思うのか...
水野くんが入江さんに言った「何も言葉を持たないし、何を考えているのかも分からない、イライラする」それは彼女がかつて言われた言葉でもあった。この言葉を読んで以降、彼女も同じような悩みを持ちながら生きて今を過ごしているのではないかと思った。
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繊細な心を持つ主人公のラブストーリー。
アルコールを飲まないと他者との会話も難しい。心を保つのがいっぱいいっぱいで生きている冬子。
三束さんに出会い、恋をして、解れていったり、壊れかけたり、自分自身も知らない色々な感情に出会い、翻弄する。
儚い恋、実って欲しかったなあ。
三束さんは職業のこと以外でも、冬子の純粋さとの不釣り合いさとかそう言う点でも心苦しかったのかなあ。三束さん自身は年齢を重ねている分、心の穢れも多少なりともあるでしょうから。
三束さんにとっての冬子はちょっとした寂しさを埋めるのに丁度いいくらいの相手だったのだろうか。
かなりの年齢差があり、それに加えてここまでピュアな恋愛小説ってなかなか無いから新鮮でした。
聖、なんて酷いことを言うの!と思ったけれど、的を射ているのかもしれない。最終的に主人公を救ったのもこの子だったんだなあ。
寝る前に読んだのだけど、どこか余韻に浸ってしまって少しだけ眠れないそんな夜を過ごした。
Posted by ブクログ
文体のせいかもしれないけど冬子がとてもロマンチック。自然の美しい描写が多くて楽しい。その分、他人がどんな思考で話しているのか慮るような文章が書かれてないのも冬子らしくて面白い。
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すごく丁寧に書かれているような気がして、長い物語ではないんだけど、読み応えがある。
というか、しっかり感動できた。
じんわりと、良い話だなぁ・・・と
Posted by ブクログ
人を好きになるということについて、考えさせられた。
主人公の冬子は募る想いを伝えるのが得意ではないけれど、三束さんと一緒に話したときの時間やもらった本、共有した話題を何度も思い返している様子が恋をしている時そのもので、純粋に人を好きになるってこういうことだなと感じた。
最後、2人はハッピーエンドとはならないけれど、甘酸っぱさが残り、これも恋愛の形だなと想う。
Posted by ブクログ
37歳のアル中の喪女が58歳の男に恋をする話
2026年秋映画化。どん底の女を最高級の文章で綴る本。さすがは川上さん、情景と感情がリアルに思い浮かぶ繊細で緻密な文章だった。閉塞と光が印象的。フランス映画のようなゆったりした時間の美しさがある
再読。岸井ゆきの×浅野忠信で映画化。読後カンヌっぽいと思ったが、始めからカンヌ映画の原作と思い読んだ方が心に響きそう。まのびが余韻の肝
Posted by ブクログ
初読み作家さん。
全体的に静かで、繊細で、淡々とした展開
でも、飽きずに読めたのは
文章がとても美しいからだろうな と思った。
主人公冬子、孤独で人とのコミュニケーションが
うまく取れない人物。
年上の男性教師 三束さんと出会い
静かに不器用に交流していく
2人の繊細な距離感は素敵、なんだけど······
冬子は一歩踏み出すのにお酒を飲む。
それも、酔うほどにかなり飲む…
お酒が苦手な私にとっては
え? 臭くないの?
待ち合わせした相手がいつもお酒の匂いがするってどうなの〜?三束さん!
と余計な事を考えた。
後半の、
冬子と三束さんがどうなっていくのかは、
読み応えあったし、
冬子とは真逆で、シャキシャキと器用に生きている友人の聖との関係はリアルな女子たちを描いていて
面白かった。
カンヌ国際映画祭に出品されている作品で
どんな感じで映像化されているのか気になるところ
Posted by ブクログ
不器用な人の不器用な生き様、
恋愛にはまっていく様子が
心に刺さる言葉で伝えられていた物語
正直、主人公と自分を重ねるということは
できないキャラクターだったけれど
それでも、その苦しさや、弱さは
どうにかしてあげたいと思うほど
ひしひしと伝わってきました
川上さんは本当に
こみあげてくる思いや
とめどなく溢れ出てくる感情を
表現するのが上手で
心を揺さぶられるシーンがたくさんありました
Posted by ブクログ
不器用な校閲者の冬子。そのレベル違いな不器用さに周囲は苛々させられ、彼女を様々な「捌け口」にしていく。そんな冬子に優しく接してくれるこれまた不器用な男性に出会って、という話。川上さんの紡ぐ言葉の美しさが光る。
Posted by ブクログ
「真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。」
最初の一文が、美しくて切なくて、触りたくても触れない、みたいな、心に残る言葉たちだった。読み終わってみれば、この小説自体の印象と重なった。どんなに歳を重ねても、自ら選択し決断することは怖いし、言わなくてもいいことも言ってしまうし、保身や見栄のために嘘をついてしまう。私たちは全部抱えてぐちゃぐちゃになりながら生きているんだなぁ、人間って愛おしいなぁ、と。
Posted by ブクログ
後半にかけて読み応えがあった
主人公に感情移入はできなかった、聖が入江さんにイラつく気持ちもわかる
聖が入江さんを羨ましく?思う気持ちもわかる
てか学生の頃のあのキモ男は成敗されていてくれ
Posted by ブクログ
つらい話。一回半分まで読んで読むのを諦めてまた最初から読み直した。読み終えることができてよかった。主人公の主体性のなさとコツコツしたところが好きではある。2人の関係も好きではある。と油断していると時々出てくる尖った思考や言葉が突き刺さってくる。突き刺しにくる。真夜中の二人の話。読めてよかったと思っている。真夜中に散歩したことを思い出す。真夜中に散歩しながら会話したことを思い出す。真夜中に散歩しながら会話して笑ったことを思い出す。
Posted by ブクログ
モヤモヤとした中で進んで行くストーリー。
でも、この気持ち、分からなくもない。
わざと?ひらがなで書いている部分だったり、独特の空気感だったり、読むというよりは、感性を研ぎ澄まして「感じる」本かな。
Posted by ブクログ
なんとなく会社で周囲に馴染めなかった冬子、ご縁があり個人で校正の仕事をこなす中で聖と出会う。
(この時点で強い主体性がある訳では無いと示唆されてるなと思い返した。)
三束さんとの出会いはドラマ的ではなかった。カルチャーセンターにいく勇気を得るためお酒を飲んだ冬子。ここから少しアルコールで得られる感覚の鈍りに頼りがちになる。
喫茶店で頻度は少ないが三束さんと会うようになる。
物理の本、光の不思議な話、ピアノ子守唄が入っているCDなど三束さんから頂いたものも沢山あるにもかかわらず、冬子の胸に残るのは話している時に見ていたであろう三束の手や目の皺などばかり。この時点で既に冬子は三束に惹かれていたのだろう。
お互いに何をするわけでも特別な関係でもなかったがある時冬子の一言で関係が変化した。
私とそういったことをしたいと思ったことがありますか?そんな聞き方するか?とも思ったが冬子なのだから仕方ない
三束の誕生日に聖から贈られた彼女の不要な服、靴、鞄、下着を身につけ出かける。
あんな素敵な女性だったら隣に立てると錯覚したのだろう。ありのままの冬子で良かっただろうに。
帰宅する道中に心配してかけつけた聖とばったり会い、思ったことをそのまま口に出され口論?一方的なとっつきにあった。
三束の嘘は何のためにあったのか。それだけが不思議。
今回は主人公に共感することができなかった為か少し話にとっつきにくさを感じた。
言葉を紡ぐのに何度も頭の中で校正し、考えているうちに時間が経ってしまう。そういう彼女は言葉の重みを知っているのだ。