土門誠。事件に関わる物証を科学的に解析する鑑定のプロだ。かつて科捜研のエースだった土門だが、ある事件がきっかけで退職し、民間鑑定所を立ち上げ独立した。
「彼に鑑定できない証拠物なら、他の誰にも鑑定できない」と言われた土門のもとには、現在でも鑑定困難な証拠物件が数多く持ち込まれる。
これは「
...続きを読む最後の鑑定人」の異名を持つ土門が解明した事件の記録である。
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人間は嘘をつく生き物だ。
若手弁護士の相田直樹は浅いキャリアであるにも関わらず、その思いがますます強くなる一方だった。
相田は現在、かつての交際相手の女性を殺害したとして起訴された北尾洋介の弁護を担当している。
洋介は犯行を否認しているが、被害者の体内に残されていた体液の DNA が洋介のものと一致。状況は極めて不利である。
一縷の望みがあるとすれば、防犯カメラに写っていた犯人の映像が不鮮明で、洋介であることを証明できないことぐらいだ。だがそれとて裏を返せば、洋介でないことの証明にもならないということになる。
相田は先輩弁護士の勧めで土門鑑定所を訪ね、防犯カメラ映像の解析を頼むことにしたところ……。
(第1話「遺された痕」) 全4話。
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岩井圭也さんの作品は初読みでしたが、本作は骨太で読み応えがありました。
何より主人公の土門誠という鑑定人の魅力によるところが大きかったと思います。
長身痩せ型。眼光鋭く愛想笑いなどしない。
無駄口は利かず話すのは必要なことだけで、当然、人付き合い等は苦手で不器用。
ただし鑑定人としての見識とスキルは高く、他の追随を許さない。
その実力と重厚な人柄で、多くの関係者の信頼を集めている。
まったくシブくてかっこいい。ザ・プロフェッショナルの風格を感じます。
実際、土門の緻密な鑑定によって事実が次々と明らかになっていくところには圧倒されてしまいます。
そんな土門のスタンスの根底にあるのは「科学は嘘をつかない」という信念です。
科捜研を退職する原因となった冤罪事件を教訓にして、その信念を強くした土門は「鑑定人なら、科学を裏切るような真似をしてはいけない」ということを常に念頭に置くようになりました。
土門はそれ以来、ベストを尽くした鑑定をきちんと表に出し、科学に裏打ちされた分析結果に基づく見解を述べるのでした。
たとえその結果が、組織的に見て、あるいは人情として、好もしくない事態を招いたとしても、土門の姿勢は変わりません。
事実、第2話「愚者の炎」最終話「風化した夜」で土門が鑑定し解明したのは、このまま蓋をしておいてもよかったかも知れない事件の真相でした。
土門鑑定所ただ1人の職員である高倉柊子は、「いかなる事件についても解明した事実を表に出す」ということに疑問を呈しますが、土門の「事実を選別しない」という姿勢に圧倒されるとともに感銘も受けます。
普段は朗らかでマイペースな柊子が、真剣に鑑定人としての自らの立ち位置について考えるシーンは印象的でした。
事件に絡むすべての人の事情を斟酌して真相を明らかにするかどうかを判断するのは、神にしかできないことでしょう。
1人の人間に過ぎない土門にとっての最善は、ただ粛々と鑑定作業に取り組み、忖度なしに真相を解明することであるのは間違いないと思いました。