小説・文芸の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
父親が家庭にいない母娘の関係性で苦労する部分が如実に出ていた。自分もそうだからかもしれないが、母親は何とか自分の娘を素晴らしいものにする、というある種の義務的感覚があり、良く言えばレールをしき、悪く言えば圧力をかける。娘は娘で自分で生きていきたい気持ちと唯一無二の育ててくれた母親という存在を大切にしなきゃ、の間で葛藤する。お互いに思いやりをもってお互いの幸せを見つければいいはずなのに、二人でいることがより依存を生み出し、お互いに理想を押し付け合い、自分の期待にならずに衝突を繰り返す。他人であればそこまでの熱量もないはずなのに、家族だからなのか、距離感がわからなくなる。
殺害や死体遺棄、その他の通常の思考では考えつかないことの数々には納得できなかったし、自分の意見を相手に納得するような交渉術や周りに助けを求める勇気があれば少なくともこの惨事にはならなかったのでは、、といたたまれなくなったが当事者にしかわからない。母娘の関係についての最適解を模索する人達は多いだろうと思ったし、私もそのひとりだった。裁判を通して支えてくれる人の存在から1人ではないことを知り自分自身を見つめ直すことができてよかったと思う。
母親のプライドや周りからの評価をあまりにも気にする性格は、その年代で多いのだろうか、、?昨今では周りからの評価を狂うほど気にする人が減ってきているように思うが、やはり年齢を重ねる毎に執着が生まれるのだろうか。
母親の生い立ちや背景も知りたいと思ったし、今回の事件は娘視点ですべて描かれているが、叶わないことは分かりながらも母から見えていた世界はどんな風だったのか気になった。
そして、裁判長からの言葉でもあったこの先は自分自身の人生を歩んでください。という言葉、本当にこの言葉に尽きると思った。重くのしかかるものと報われたものとを感じた。今まですべての指針立てられていた人が自分自身で歩むことは容易くないと思うが、どうか孤独であっても孤独ではないことを忘れず生きていって欲しい -
Posted by ブクログ
千鶴子と千鶴の関係性を拡大解釈すると、友好的な台湾との関係について、日本側から観ている台湾と、台湾側から観た日本とでは、微妙なズレがある事にも気付かされた。
日本は50年もの間、植民地として台湾を占領していたという事を忘れてはいけないし、日本が建築した建物や水路などが現在まで活躍して使用されてる事を、台湾の方達はどのように感じているのか?日本人の技術の誇りのように感じがちだけど、それは傲慢かも、と感じさせられた。
千鶴が最後に涙を浮かべて向き合うシーンで千鶴の心情に感情移入して号泣。
理解し合うことは難しいけど、それでも友達でいることの尊さを感じた。
また、素直に心を開いて話す事の一方的な過ちは、普段してないかな?と省みたりもした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ誰かと一緒に音楽を奏でたくなる、そして人に接したくなる一冊。
カフェで見つけ、短いし、息抜きに良さそうだと思い読んでみました。さらっとして、楽しげな文章で読みやすく、小一時間ほどで読めてしまいました。
神こと渡部くんとのやりとりも面白かったですが、何より、ホームの入居者さんたちとのやりとりが微笑ましかったです。主人公が彼らのために、悪態をつきながらも、差し入れの品を考えて渡したり、ウクレレを練習したりして、楽しみながら積極的に関わっていく様は、こちらまで嬉しくなりました。
作中に出てくる楽曲も話に合っていて、とてもよかったです。特に、グリーンデイのWake me up when September endsの歌詞とのリンクが素敵でした。
「無邪気じゃいられない。9月になったら起こしてくれ。」は主人公に、そして、「記憶を失っても、何を失ったかは、決して忘れない。」は彼と関わった入居者さんたちに繋がっています。
そして、最後の手紙はうるっときてしまいました。
主人公の演奏は、思ったのと違う方向、その恥ずかしさでですが、確かに1人の人の心を動かしていました。
この作品からは、音楽と人とのつながり、誰かのために楽器を弾き、歌うことの楽しさが詰まってきました。
この主人公が楽器を続けていたのは、自分の才能を示したいとか、本気でプロになりたいとかではなく、誰かと楽しい時間を過ごしたい、初めてバンドを組んだ時の青春をもう一度味わいたかったからなのでしょう。
そんな主人公と本庄さんとのウクレレ練習はまさに青春を感じました。ラストで、記憶を失っても、演奏の楽しさは忘れなかったんだなと、やっぱり少し泣いてしまいました。
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