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東日本大震災から10年以上たった今でも、住人が1人も帰れない「村」がある。東京電力福島第一原発から20~30キロ離れた「旧津島村」。ここはかつて人気番組でアイドルグループ「TOKIO」が農業体験をした「DASH村」があった地域だ。原発事故によって「100年は帰れない」と言われ、引き裂かれた人々の苦悩を、数々のノンフィクション賞を受賞した気鋭のライターが描く。忘れないでいよう、もっともっと考えよう。反響を呼んだ『南三陸日記』に連なる記念碑的ルポルタージュ。
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Posted by ブクログ
DASH村は浪江町の旧津島村にある。誰一人故郷に戻ることのできない「帰れない村」。そんな帰れない村の人々に心のなかでエールを送ってほしい。人々の記憶から消し去られないために。作者の3年半分の思いが込められている。
旧津島村の記録。 東日本大震災から10年以上経っても、まだ、帰れない場所。 住んでいた場所を失うということ。 つながりを断たれるということ。 口に出せない不安を抱え続けるということ。 日本に住む私たちが忘れてはいけないことの記録。
東日本大震災から帰れなくなってしまった村の記録。原子力発電所の事故で生きている間にはもう戻れないことが分かり、村を離れざるを得なかった人々の言葉は本当に胸が苦しくなるくらい。暮らしてきた家に背の高い植物がそびえ立ち、もう戻れないという現実をより現実のものとして突き付けてくる感じが辛い。
東日本大震災から12年…未だに住民が「帰れない村」、旧津島村…。福島第一原発からは20~30km離れた山間に位置していたため、地震と津波の被害から逃れるための避難所として住民が押し寄せた…。その後福島第一原発事故が発生、放射能は風に運ばれ雪雨となり現地に降り注がれることになる…。避難をしていた被災者...続きを読むと現地の住民にその事実が知らされたのは翌日のことだった…。その日から今日まで「帰れない村」は、許可なく立ち入ることは住民でもできない…。 かつての旧津島村は、豊かな自然に囲まれご近所との顔の見える関係があったため、住民のふるさとに寄せる思いは強い…なぜ、自分たちの土地が?なぜ、自分たちが住み慣れたこの地を去らなければならないのか…せめて、もっと早く放射能汚染が迫っている情報が入ってきていれば…。住民たちの、やり場のない思い、葛藤、諦め…、そんな住民たちの今を取材と写真によってひとつずつ紡ぎ出したのが本作品です。 「白い土地」を読んだ後で本作を読めたのもよかったと思います。そして、本作の写真は表紙以外すべてモノクロなのですが、猫丸さんのレビュー中のURLをクリックするとカラーでも見られます!!猫丸さんありがとうございます。そして一部本作品に掲載されてなかった写真も見られたりもします(表紙のチヨおばあちゃん、「希望は捨てない」と自筆で書かれたボードを持って穏やかな表情をみせていました)。震災から12年経ち、地震や津波の被害を受けた地域は復興したけれど、福島第一原発事故による放射能汚染の被害地域の時は止まったままです。ここまで4冊三浦英之さんの作品を読みましたが、この4冊はいつでも手の届く場所に置き、読み返すことで忘れないでいようと強く感じました。
どこに基準を置くかで、見えてくる景色は違う。人それぞれに、見える景色は違うのだけれど、事実は一つ、現場にしかない。
2022年150冊目。 日テレの人気番組「DASH村」があることで知られた福島県浪江町津島地区の震災後の様子を綴ったルポ。 浪江町の中心部が少し前に帰宅解除となったが、山間部にある津島地区は未だ除染が行われず、帰宅困難地域となっている。 住んでいた住民は住み慣れた土地を離れ、散り散りになり、震災後亡...続きを読むくなる方も年々増えていると言う。 浪江町は縁ある土地であり、番組で秘匿されている時からDASH村の存在は知っていた。 地元の人たちは番組出演者やスタッフ達と良好なコミュニケーションを取り、テレビ画面から伝わってくる以上にDASH村を愛していたと思う。 それが原発事故と言う未曽有の事故により、ある日突然奪われた日常。 DASH村は隣町である葛尾村に場所を移し、米作りを再開したが、津島地区は2011年3月11日で時間が止まったまま。 政府も除染作業を行う予定がないとのことを、この作品で知った。 そして、津島地区はシベリア抑留から引き揚げて来た後、住んでいる人が多いことも。 戦争で一度土地を奪われ、原発事故でまた土地を奪われ、見知らぬ土地で終える命。 今も津島地区に帰ることを諦めない人たちにも、心を揺さぶられた。 普通に暮らしている自分に今出来ることは何なのだろう? 何年経っても忘れない。 常磐道を通る度に、戻れない人たちに思いを寄せる。 それが何になるのだろう? 答えが見つからない。 そんなもどかしい思いだけが残った。
南三陸日記と並んで三浦英之記者が被災地の人々に寄り添うルポ。 これらを読んだら「原発推進」なんて言えるはずがない。 つまり読んじゃいないのでしょう。聞く力のないあなたは読む力もないのですね。 国民の苦しみに鈍感なあなたはさっさと退陣すべきです!
突然、故郷を捨てなければならなくなった方たち。 原発近くに住む人たちのため、避難所に選んだ村はいつもなら風向きで被害に遭わないはずなのに。 なぜか、その時だけ風向きが違い、放射能が吹き付けてしまった。 避難所の外で炊き出しをしてたら、防護服に身を包んだ人たちが来て「何をしているんだ!建物の中に入...続きを読むれ」と。 え?どーして、放射線量が大変だと教えてくれなかったんだろーか。 子どもたちも、外でお手伝いをしていて。 頑張ってと声をかけてしまってた… そんなこと知ってたら、違うとこに避難してたとか いろいろな後悔が出てくる。 そんな人たちの思い。 帰れるように除染してから、村を返さなきゃいけないと思うが。除染作業をしなくても避難指示を解除できる… 大丈夫なのか?? あれから、11年なのか まだ、11年なのか
大きく変わってしまったひとりひとりの人生を取り上げるルポルタージュ。 重い。重いけど知ること、忘れないことが大事だと著者は書く。 「そう、僕たちにできることはあまり多くはない。 だから、少しだけでいい。この小さな本を読み終わった後に少しだけ、福島について考えてほしい。今も自宅に戻れないでいる、「帰...続きを読むれない村」の人々に心の中でエールを送ってほしい。 「僕らはちゃんと知っています。日本には人の住めない『村』があることを」 そう知ってくれただけでも、彼らはきっと喜ぶはずだ。」 〜プロローグより〜
2011年3月11日の東日本大震災とそれに続く原発事故、福島第一原子力発電所から20〜30kmも離れていながら高濃度汚染かつ自然豊かな里山地域だからこそ十分な除染もされず11年たった今も帰還できずにいる。テレビ番組のDASH村の舞台にもなっていた津島村、満州からの引揚者たちが自らの手で開墾そた土地で...続きを読むもあった~国策で翻弄され続ける現在進行形作の被害の実態を多くの写真も用いて淡々と綴られている。ふるさとを返せ!もとに戻せ!が彼らの想い。
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帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年
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