小説・文芸の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
十四年前に起きた産院放火事件。その被害者遺族三名を誘拐したのは、加害者の息子・湊川潤だった。
取調べを担当する警視庁の羽山圭司と高尾署の森垣里穂子に対し湊川は加害者家族として歩んだ過酷な日々を一方的に語ったうえで問う。
「殺人事件の加害者家族と被害者遺族ー一つ選べと言われたら、あなたはどちらになりたいですか?」
二人が湊川の真意を掴めぬうち、管轄で新たな凶悪事件が起きてしまい。
『トリカゴ』の刑事たちが辿り着いた慟哭の真相とは。
辻堂ミステリの新たなる到達点!
ー以上単行本うらすじより引用
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犯人は最初からわかり、警察署につかまっているのに第二、第三の殺人事件が起きます。
共犯者がいるのか…?
一体誰なのか…?
里穂子たちは真相を見抜けるのか…。
被害者遺族より加害者家族の方がつらいのだと主張する、哀しき若き殺人者。
自首した理由。
陰にいるはずの共犯者。
そしてドンデン返し。
また、ドンデン返し。
読み終えてあまりにやるせなくて思わず大きなため息をついてしまいました。
辻堂ゆめさんの社会派ミステリー。
星は5にさせていただきます。
最近、読むのが遅くなり4日もかかってしまいました。
皆さん読まれるの速いから焦ります。 -
Posted by ブクログ
ネタバレワシントン・ポー刑事の第七弾。
前回のお話で、密輸を防ぐために漁船への立ち入り検査をする業務に飛ばされていたポーは、無事事件捜査に戻され、
フリンとティリーとのチームが戻ってきた。
長距離射撃銃による連続狙撃殺人がイギリスのあらゆるところで繰り返され、
国中の警察機関あげての捜査にも関わらず犯人が逮捕されていなかったので。
魚を使った銃の密輸を捕まえたり、
犯人からとされる電話が捜査本部内部の者からの偽電話だと見破ったりと、
序盤からポーは飛ばしていたが、
犯行現場を無作為に決めるために二十面体にサイコロを使い、
それゆえ犯人は「テーブルトーク・ロールプレイングゲーム」を趣味としている、
というティリーの証明にはついて行けなかった。
それはこのゲームが日本ではあまりメジャーではないこと、
ティリーは天才だから凡人の自分には理解できないということなのかもしれないが。
(下巻へ続く) -
Posted by ブクログ
地下鉄サリン事件で被害に遭った3800人の中から村上春樹氏が62名の方にインタビューを行い、1年かけてまとめた本です。筆者は「一九九五年三月二〇日の朝に、東京の地下でほんとうに何がおこったのか?」(687P)を知るためにこの本を書いたということでした。
私が特に感銘を受けたのは、被害に遭った明石志津子さんが入院している病院で筆者がインタビューを行った場面です。
お兄さんが付き添ってくれていたのですが「重度の障害に悩む妹の姿を赤の他人に見せるのが、肉親としてどれほど切ないことか、僭越ながらおおよその想像はつく。(略)私はこの文章を書くことに、一人の作家として大きな責任を感じている。(略)私は誰かを傷つけたりすることなくこの取材を行うことができるのだろうか?」(203P)という筆者の苦悩もありました。
インタビューが終わり、筆者は志津子さんの手をもう一度握らせてもらう様子が描かれています。
『「最後にもう一回握手をしていいですか?」と彼女に尋ねた。「いい」と彼女はきっぱりと言った。車椅子のとなりに立って手を差し出すと、彼女は前よりももっと強く、私の手を握ってくれた。前よりももっとしっかり何かを伝えようとするかのように、長いあいだ彼女は私の手を握っていた。そんなに強く誰かに手を握られたのはほんとうに久しぶりのことだった。その感触は、病院からの帰り道にも、家に帰りついてからも、私の手にずっと長く残っていた。まるで冬の午後の、日溜まりの温かみの記憶みたいに。実をいえばそれは今でもまだかすかに残っている。あるいはこれからも残り続けるかもしれない。今こうして机に向かって文章を書きながら、その温もりによってずいぶん助けられているように感じる。」(217P)
という部分です。私は握手についてここまで深く書かれた文章というのは見たことがありませんでした。
なお、志津子さんはサリンによって「食事を口からとることはまだできない。水も飲めない。舌と顎がまだうまく動かせない」(207P)という状態です。
現在「彼女の脳の機能の一部が損なわれている」「それが将来回復可能なのかどうかはまだわからない」(206P)ともあります。志津子さんはディズニーランドに行くことを楽しみしているようです。(215P)私は一刻も早く回復して志津子さんに日常が戻って来て欲しいと思っています。
「一九九五年三月二〇日、月曜日。気持ちよく晴れ上がった初春の朝だ。まだ風は冷たく、道を行く人々はみんなコートを着ている。昨日は日曜日、明日は春分の日でおやすみ―つまり連休の谷間だ。あるいはあなたは「できたら今日くらいは休みたかったな」と考えているかもしれない。でも残念ながらいろんな事情で、あなたは休みをとることはできなかった」(29P)という部分に、深く共感します。
休みの前後にある一日というのは、休みたいという方が多いのではないかと思っています。たまたまその日にその電車に乗り合わせたために被害に遭った方もいます。すべて巡り合わせがあったということになるのでしょうか。この本は、被害に遭った方の心境、そして前に向いて進んでいこうということの大切さが分かる本です。
素晴らしい本を書かれた筆者と出版社の方に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。 -
Posted by ブクログ
「犬は人間の友なのだろうか。それはわからないけれど、人間は犬の友であらねばならない。そして、私はリッキーの友であり続ける!」
読みやすく、人間と犬の関わりを通して、人間の思い込みや第一印象の浅はかさを浮き彫りにした短編連作だった。
ペットを飼ったことのない私でも犬が欲しくなったし、ペットを家族と呼ぶ気持ちが少し分かったような気がする。
特によかったのは最初の短編。主人公が自分は犬のことを分かっていると思っていたところから、少しずつ自分の認識の間違いに気づいていく。そのたびに読者側の見方も修正されていく。こういう「最初に持っていた人物や物事への印象が、情報が増えるにつれて崩れていく」手法自体は決して新しいものではない。それでも非常によく効いていた。
二話目以降も、犬と人間の別の矛盾を見せながら、「分かったつもりになる人間」の危うさを描いていく。犬種、飼い方、自然保護など、自分の正しさを疑わない人間の姿が次々に出てくる。一部の自然環境活動家のような、理念を優先して現実の動物を見なくなる態度を殴り返すようなところには痛快さもあった。
そして、読み進めていくと、この連作の中心にはやはり「戦争」があることも見えてくる。
犬の歴史を描いているようで、人間が犬をどのように飼い、利用し、分類し、ときには切り捨ててきたのか。その変化の背景には、その時代の社会や国家、そして戦争がある。犬を通して近代から戦争へ向かっていく人間社会を見る構成になっていて、結局この人は犬を書きながら戦争を書いているのだと思う。
そこはやはり逢坂冬馬だと思った。犬との温かい交流だけに逃げず、その背後にある歴史や戦争まで持ってくる。
そして最終話では、黒人と日本人のハーフであるエディを登場させる。
ここで、犬に向けられていた「見た目や属性だけで相手を判断する愚かさ」が、人間同士の問題にまで広がっていく。過去の犬と人間の関係、戦争まで描いてきた前三篇を、現在の人間社会へつなげる狙いなのだろう。
この構成自体は分かるし、最終話も印象に残らなかったわけではない。
ただ、どうにも安っぽく感じた。
前三篇では、犬を見る人間の姿を通して、読者自身が「自分も思い込んでいたのでは」と気づかされる。その間接的なところがよかった。ところが最終話では、現代、差別、そしてエディという要素が前面に出てきて、「犬についてやってきた話を人間にも当てはめます」という作者の意図が急に見えすぎるように感じた。
テーマとしては間違っていない。だが、物語が弱く感じてしまった。
最初の短編があまりによかったせいもあると思う。最初の一篇だけで、「人間は勝手に分かったつもりになる」というテーマがかなり強く提示されている。その後も別の角度から同じ問題を描いていくのだが、最初の衝撃を更新するほどの一撃は最後まで来なかった。
もう一つ気になったのが、短編連作としてのつながり方。
前作『ブレイクショットの軌跡』でも感じたが、人物や出来事がつながっていること自体は分かる。ただ、「つながっていた」と分かることと、「この短編がここにあったから後の短編の意味まで変わった」と感じることは別だと思う。
今回は前作より自然になったと感じたが、それでもかなり恣意的にも見える。
犬の歴史、人間の思い込み、戦争、そして現代の差別へと一本につながっていく構成はよくできている。だが、あまりにもすべてが最終的なテーマへ向かうように配置されているため、「この人物がここにいたから自然につながった」というより、「ここにつなげるためにこの人物と出来事を置いた」という作者の手つきが見えてしまう瞬間があった。
戦争を中心に据えるために、それぞれの短編がそこへ集められていく。その設計の巧さには感心する一方で、設計図まで透けて見えてしまう感じがする。
もっと伏線回収でゾワッとするのか、構成そのものでもっと驚かせるのか。そこは分からないが、連作であること自体がもっと物語の力になってほしかった。
とはいえ、この本を単なる「犬っていいよね」というハートフルな小説で終わらせなかったのは、さすがだと思う。ほんとに唯一無二、スペシャルワンな作家だと思う。
犬と人間の温かい関係を描きながら、その裏にある支配、利用、善意の暴走、偏見、そして戦争までしっかり入れてくる。犬を好きになる話であると同時に、人間の愚かさまで見せてくる。その嫌な部分を切り落とさなかったからこそ、ただ優しいだけの犬小説にはならず、非常に重厚な小説になっていると思う。
私は逢坂冬馬の大ファンで、サイン会にも行くくらい好きだし、直木賞を取ってほしいと願っている。それだけに要求も高くなってしまう。
今回、伝えたいことが分からなかったわけではない。
犬を通して、人間の思い込み、善意、偏見、そして「分かったつもりになること」の危うさを描き、そのさらに奥には戦争という大きな問題を置いた小説だったと思う。
ただ、それを最後まで強烈な物語として残し切ったかと言われると、少し物足りなかった。構成が緻密だからこそ、逆に作者の意図が見えすぎてしまったところもある。
それでも、犬を飼ったことのない人間に「犬が欲しい」と思わせ、しかもそこで終わらず、人間の嫌な部分や戦争まで見せてきた。
その点は、同じ人間なのかと思うくらいずば抜けているというか何というか。超人すぎて、としか言い表せない。
いろいろモヤモヤしたところもあったが、読めてよかったと思った。
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