養老孟司のレビュー一覧
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養老孟司の書き下ろしの本である。
著者自身が述べているように、これまで出版された本の「まとめ」のような内容であるから、私は概ね理解できたが、本書に対する低評価のレビューを見て驚いた。養老孟司の本はいつも発見がある。私はそう思うが、低評価が付くのはなぜだろう。読み解けていないのは低評価を付けたその人なのか、それとも自分なのか。そんなことを考えながら読んだ。
本書で改めて著者が強調しているのは「意識と感覚の問題」である。「意識は同じ」と主張するが、「感覚は違う」と主張する。
そして、養老氏があることを言うとき、やはり「同じ」と「違う」が話題になる。例えば、絶対音感について。動物には絶対音感があり、 -
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解剖学者だからとか、芸人だからではない。二人の「世間との付き合い方」のズレが生み出すトークに熱中します。
昨年発売日に購入して、久しぶりに再読した本です。
バカの壁でベストセラー作家になった養老孟司さんと、毎週深夜ラジオでお世話になっている伊集院光さんの対談集。
視点が絶妙な人と、話が面白い人が対話したら、、、とても面白いのではないか?と期待していましたが、思ったとおりでした。熱中できる楽しさです。
この本になぜ熱中できたか。楽しさの理由は、作中の言葉を借りれば「世間の内と外」両方を意識した言い回しをしているからです。
どういうことか。例えば、養老さんが解剖学について終始話していたら -
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極地での経験と自然に向き合ってきたニコルさんと、
戦争前後の日本人とその環境の変化を肌で感じるの養老さんが、
戦後日本の自然環境を経験ととも懐古しつつ、現代人への提言を述べる本。
1+1=2が納得できない人へ。
身体を回復するというのは、違いを感じ取る感覚を取り戻すところから。
ヒト同士、都会の中のルール。存在と言葉を同じものと捉え、概念的に組み合わせ処理していく。
身体的、あるいは精神的にも本来の動物として感覚は、ずっと変わらない脳と身体に依然残っている。
養老孟司さんの、人の特徴的な力の一つは、同じにする力を持っているというのは非常に頷ける。
在るものは、全ては違うのに、同じだと考 -
- カート
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試し読み
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ネタバレ「理系の対話で人間社会をとらえ直す」と副題にあるように、各界でそれなりにとんがった理系の人たちと著者が対話をした内容をまとめた本。
いわゆる文系の常識的なものの見方をくつがえすということがテーマになっており、自分のテーマにも沿っている。
最近「知的複眼思考」などを通じて、多面的にものを見ることを意識しているが、よく考えたら誰かの常識をくつがえすというのは、別の視点を導入すればそれで済むことだ。自分の目からうろこを落とすことが何かとてつもなく難しいことのように思っていたが、実はそうでもない。
その意味では、いわゆる「文系的ものの見方」と「理系的ものの見方」をぶつけあわせ、常識的なものの見方を -
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80代とは思えない、未来を考えている内容でした。羽生善治さん、井上智洋さん、岡本裕一郎さん、そして新井紀子さんの対談ですが、高度成長時期からたくさんのテクノロジーに囲まれて生活していると、人間は知らない間にAIのように無駄のない整理された人間を望みはじめているのが、最も危険な社会ではないかと感じているようでした。若者のスマホに対する人間の在り方だけでなく、60〜80代の高齢者だって他人事ではなく、まだ20年くらい生きてしまう今日では、特に高齢者に読んでほしいと思いました。わたしも五感をフルに活用しながら生きたいと思います。ありがとうございました。
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ネタバレ
働きすぎと暇つぶしの狭間で
一部ご紹介します。
・科学技術の発展は様々なことを可能にした。可能だから、人間はそれをするので、環境を考えたらどうなるか。
やりすぎなければそれでいい。無限の知識追求という前提は、その「やりすぎ」を手伝ってしまう。
推理小説もファンタジーも、漫画もアニメも、やりすぎ防止の一環である。働かなければ生活できない時代では、暇つぶしは罪悪であった。
でも環境を考えるなら、働きすぎは罪悪である。
・車に慣れると、歩くという運動をしなくなる。親切な文章を読むと、不親切な文章は読めなくなる。
頭の訓練とは何か?自分の頭で考えることである。自分で考えた文章というのは、ひとりでに必要にして十分な分か -