養老孟司のレビュー一覧
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6人の作家さん毎に色が異なる厚手の紙の本。
写真はもちろんカラー。
角田光代さん
「トト」は2冊フォトエッセイを読んだので知ってる。
「トトが来る前は自分中心で、辛いことがあると全身で向かい合っていたのでしんどかった。」が、
「トトが来てからは、とりあえずトトにご飯をあげなきゃ、といった気持ちの逃し方ができた。」そうだ。
角田さんは犬が好きで、「トト」は犬の要素を持っていると言っていたのを思い出した。
他の猫よりも人懐っこいのかな。
村山由佳さん
猫が大好きなんですね。
「もみじ」に対する想いは尋常ではなく、エッセイを何冊も出しているみたい。
「もみじ」の生まれる瞬間にも立ち会ってるし、亡 -
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昭和12年生まれの著者が、コロナ渦、そして、入院とか、外に出る機会が少ない中、書くネタが少ない中、長い人生の間に培った智恵・知識をバックボーンに自然体で書き綴ったのがこの本のようである。
まえがき
1人生は不要不急か
2新しい宗教が生まれる
3ヒトはAIに似てきている
4人生とはそんなもの
5自殺するヒトとどう接するか
6なせばなる日本
7コロナ下の日常
8ヒト、猫を飼う
あとがき
哲学者でも、経済学者でも、社会学者でもない、宗教家でもない、一風変わった解剖学者で昆虫と猫が好きな著者の感性になんとなく接するのもいいのではないでしょうか(笑)。 -
Posted by ブクログ
社会の在り方や問題点について、「死」を視点に述べられていて、面白かった。「死」はどこから「死」なのか、なぜ死んだら名前(戒名)が変わるのか、死体は「モノではなくヒト」、日本では死んだらメンバーズクラブ(共同体)から脱会させられる、など、死の概念的な思索、死と社会の関係性について、漠然とだけど、理解出来た。
他にも現代社会は「死体」が身近では無くなった、人間が情報化(不変の存在と思われるようになった)してしまった、都市化やエリートの消滅により安楽死の問題において、医者側の負担や責任を考えなくなったり、その他の人々もエリートにそういう仕事を押し付けているという、後ろめたさが無くなった、という考え -
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世界から見た日本、日本人の変わったところを客観視して具体的に伝えてくれる。
しかも包み隠さず率直に。
とても考えさせる問いでした。
2038年に大震災が来るとなん度も紹介されていましたが、来ることがわかっているのに備えないのはおかしい。まさにその通り。
東日本大震災を間近で経験したわたしは、あのような経験は2度としたくないと思いますが災害大国日本に住んでいる限りは対策しないといけないと感じます。
もう一つ感じたのは日本人の同調主義です。
皆と同じでなければダメとか、あいつは考え方が皆と違うからおかしいとか、そんなくだらない考えは排除したいと感じた。
子どもを育てる環境から改善していきたいと -
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バカの壁、超バカの壁に続いて読んだけど、ちょっと難しかった、、
消化不良感があるのでまた読みたいな
・感覚(違う)と概念(同じ)、これらは互いに補完するもの。日本は感覚が強い社会だったから、無思想のように見えている
完全な思想はないし、思想は万能ではない。感覚世界では、全てのことは別個のものとして扱われる。概念と感覚をいったりきたりしながら、自分を変えていくこと!怠けない!
「概念」の自分が重視されがちだけど、「感覚」としての自分(=身体)も忘れないこと
「意識と無意識を足して」、はじめてゼロになる P161
どんなに高い玉座の上に座るにしても、座っているのは自分の尻の上だ P171
より -
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ネタバレ自分の人生を計画したい人があまりにも多すぎると。そうではなく、人生はひとりでに「なる」のだということ。
自己とははじめからあるものではなく、生きて行くうちにひとりでにできていくものなのだ。それをやる前からそれをすれば何を得られるのか、それは自分のためには必要かなど考えてしまうのは、現代病の一種だなと思う。
自分の知りたいことだけを知りたい、ジャンルに括りたがって、自分のなかで簡潔に完結させたがる。予定調和な人生を望む・・。私含め現代人に当てはまることが多くて、どきっとさせられた。仕事だけでなく生活でも効率化を求めるあまり、人生も効率で考えるようになってしまっているのかな・・。
自分の人生も思考 -
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虫好きで有名な養老さんのエッセイ。語り口から人柄が伝わってくる。そもそも虫に対峙したいのに、その時間を奪って執筆させることへの反感が微笑ましい。豊富な写真が収められていて、虫の不思議さやイメージを補ってくれる。虫好きの同好の士とのラオスでの採集の旅は現場を彷彿とさせる。藪から棒、ではないが、虫探しで藪をたたき、アシナガバチに刺された事件も、災難ではあるが、現地の人が巣の中にいる子を食べてしまうくだりには呆気に取られ、驚かされてしまう。現代は、何事にも理由を求めがちだが、理由がないものやその行為に価値観を与える考え方に、養老さんらしさがよく出ている。
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確固たる「自分」というものはいるのか。
そんなのはいないのではないか。
というのが筆者の主張です。(養老氏は他の書籍でも同様のことを述べています)
「自分」なんてない。自分は他者と社会と他の生物と地球と繋がっているし、変化しているんだ。
大事なのは「人といかに違うか」ではなく、人と同じところを探すこと。世間と折り合いをつけて生きること。
しかし、戦後、「私」「個性」「独創性」ということを求められてきてからおかしくなってきた。
そのことを、世間との関わり、生物学としての面、江戸時代の日本などから説明しています。
その他、
政治に関わらない、世の中を変えようとしない