Posted by ブクログ
1045円
201P
めちゃくちゃ面白かった。
コロナ後、ロシアウクライナ後
自由意志は存在しないって衝撃
養老孟司って解剖学者だし、日本のレオナルド・ダ・ヴィンチなんだと思うんだよね。レオナルド・ダ・ヴィンチは人体を描くために人体解剖をしたし、有名な美術家が人体解剖を学ぶ為に養老孟司の東大解剖学教室に出入りしてたって聴いたことある。私の一番の関心は美術で次に科学だから、養老孟司を読み漁ってるのかなと思った。養老孟司の話は理系文系横断的だし、一分野に収まらないのが良い。フェミニストみたいな文系の人の話は文系の話しか聴けなくてつまらない。
ロシアウクライナとコロナ後に書かれた本だから、その話に終始するかと思いきや、それだけでなく日本が抱えてる様々な具体的な問題について話してて、その中で日本とはどういう国かみたいな哲学的で抽象性の高い日本論についてまで話されてて最高に面白い本だった。
アメリカと日本は国の成り立ちから宗教、民族構成、風土、持ち味が何から何まで違うのに、今まであった日本的な物を否定して、アメリカ的なものを目指して日本に歪みが出たという以下の本を読んで、アメリカ嫌いが明確になった。バックグラウンドが何もかも違うのに、表面だけアメリカの真似をした事で社会が歪んで崩壊しかけてると感じる。
日本には日本のやり方があるのに戦後一方的にアメリカのやり方を押し付けられて日本に歪みが出たから、本能的にアメリカ嫌いなんだよね。
男系だとか女系だとか言ってる人居るけど、よく簡単に日本の神様に触れるよね。祟るのが怖くないのかな?
人はちゃんと宗教に向き合わないと、カルトが蔓延したり、社会混乱の元になる気がする。何故宗教が原始的な時代か
旧宗教って一見退屈だし、刺激なくて味わい無くて直ぐには何も得られないように思えるけど、推し活に金貢いだり、カルト宗教とか新宗教ってなんとなく直ぐに救いを感じられるようなドーパミンが出るんじゃないかなと思う。
宗教っていう授業は公教育には無いけど、人はちゃんとした宗教に向き合わないと、カルトが蔓延したり、社会混乱の元になる気がする。何故宗教が原始的な時代から始まって今まで無くならずに残り続けているのかにしっかり向き合った方がいい気がした。
人は役割が与えられる方が生きやすい側面だってあるし、物事には良い面悪い面両方あるのに、家制度=悪、家父長制=悪とか、個人個人をひたすらバラバラにする事を正義だと思い込んでるリベラルの思想に不信感がある。LGBT活動家の家父長制反対ってプラカードとかも寒気する。それが幸せだと思ってる人も居るのによく他人に自分の思想押し付けられるなと思う。他人の家族の幸せに嫉妬しててただぶち壊したいだけにしか見えない。
勧善懲悪的に白黒思考になって、個人主義や自由が正義だとばかり言って、飲み会に行きたくない、結婚式も行きたくない、推し活とか言って、深い話なんて出来ない友達でもなんでもない物に虚構の繋がりを見出して、孤独になっていく日本人を見て少し怖いなと思う時ある。
「東 平成の天皇、つまりいまの上皇はたしかにリベラルな方です。美智子さんという民間の、しかもカトリックに親しんだ人を后にしたことにも表れている。しかし、「リベラルな天皇」そのものが語義矛盾のような存在です。さまざまな歪みがそのまま放置され、まさにそれを象徴する存在として平成の天皇がいらしたのだと思います。平成が終わって、歪みが正常化するのかどうか。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 多いと思います。そういう人は上の世代に偏っていて、いずれ世代交代するものだと思っていました。しかし、どうやら再生産されているようです。かつては視野が広かった人が、年齢が上がるにつれ頑固な左翼になっていくのを見るにつけ、これは「世代」の問題よりむしろ「年齢」の問題なのかもしれないと思えてきました。養老 大学紛争のとき、学生が全共闘の暴力に対抗すると言って、何をするのかと思ったら竹槍の訓練を始めたことがありました。だから、その感じはとてもよくわかります。「非国民」とか「竹槍」とか、そんなものはなくなると思っていたものが世代を超えてまた出てくる。柳田國男の世界になっちゃうけど、根っこにそういうのがあるんじゃないでしょうか。東 右翼的な「竹槍」みたいなものが根っこにある一方、左翼的な「絶対反対」もまた根っこにある。なかなか変わらないですね。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 何が悪いのかを遡ると、そもそも東アジアに西洋文明が大きく入ってきたのはアヘン戦争からですから、清がしっかりしなかったからだ、ということになってしまいます。それをやりだすと切りがない。だから僕の頭の中ではやらない。要するに、自分の関係するところで起こったことを人のせいにするな、ということです。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 慰安婦問題についてはもう少し厳密に話したほうがいいと思います。 ただ、繰り返しになりますが、いま僕たちが直面しているのは、加害と被害の関係をはっきりさせることが戦略的に有利になる世界です。たしかに現実は養老さんのおっしゃる通りで、どんな事件でも加害者と被害者が簡単に明確に分かれることはあり得ない。しかし、それでもあえて「被害は絶対だ」と言うことが、大きな政治から小さな政治まで、戦略的に非常に強くなっている時代です。 そういう世界で、すべては成り成りて成った、とか言っていると防衛力が低く、大きなところから小さなところまで全てで負けていくことになります。そういう意味では日本のその感覚はあまり役に立たない。これは日本の戦争責任や慰安婦問題に限った話ではなくて、あらゆるところで起きている話だと思うのです。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 この議論は非常に面白いので、少し別の視点から話します。脳の研究をしている立場からすると、そもそも人間には「自由意志」は実体としてはなく、すべては幻想であるとも言えます。脳の神経細胞の活動を記述する法則は、徹頭徹尾物理的、化学的に書けるのであって、人間の意識で左右できるものではない。そうなると、ある行動をとったからと言って、その人の意識的自己に対して倫理的な批判を加えることの理論的根拠は精査が必要です。もちろん、刑事法など、人間の文化は自由意志という「フィクション」に基づいて運用されているわけですが。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 ここで僕が自由意志のことを話すのも資格がない感じがしますが……僕の考えでは、自由意志というのはレトロスペクティブ(遡行的)にしか現れないものなんじゃないかと思います。これは素人の推測でしかないのですが、進化の過程において、意識というのはそもそも、過去の行動で失敗したときに、それを捉え返すプロセスにおいて生じたものではないかと思うのです。何かを決定して行動するという前向きなものではなく、何かを後悔し、「あのとき別のことができたかもしれない」という後ろ向きの働きが、意識というものの基本的な構えなのではないか。
茂木 素晴らしい。自由意志というのは、まさに、脳が後付けで行う「ブックキーピング」のようなものであると考えられています。つまり、自由意志があってある選択や行動が生じるというよりは、脳が無意識を含めた一連のプロセスで選択したものを、後から追認し、理由付けし、物語化するのが自由意志だと考えられるのです。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 僕は脳科学も認知科学も専門的に学んでいませんが、こういうアイディアを持っているのは、もともと研究していたジャック・デリダという哲学者が、フッサールの研究者であったことに関係しています。フッサールは現象学の創始者で、人間の感覚に今この瞬間に与えられているものが意識の基礎にあると考えました。でもデリダは、そこには時間的な遅れというのが必ず入るはずだと疑義を呈した人です。僕はその議論がけっこう好きだったんですね。 つまり、人間は、デカルトが言ったように「いま考えている、だからいま存在する」ということはなくて、「いま」という時間を少し遅れて作ることによって「いま考えている」を作っている存在なのではないか。行動より少し遅れて「こう考えて行動したはずだ」という意志が作られる。「主体として一貫している」という幻想を作るシステムが人間にはあるのだと思います。「国の主体性」も同様に、基本的にレトロスペクティブに作られている。養老 だいたいそんなところですよね。理屈は後知恵だということです。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 後付けがなくなったら主体性も何もかもなくなってしまう。その点において、さきほど茂木さんはアイデンティティ・ポリティクスは科学的世界観と整合していないとおっしゃったけど、僕はちょっと意見が違う。僕たちは自由意志とか主体とか責任というフィクションを、社会秩序を作るために必要としている。だから一周して、後付けでいいから責任は問うべきだし、自由意志もあると考えるべきである、というのが僕の主張で、同じところに戻ってくる。
茂木 自由意志はないけれども、自由意志のあるなしと関係なく、社会秩序を作るために責任は問うべきだと。
東 そうです。「自由意志は後付けだ」という自然科学的な認識と、「自由意志はある」という法的・社会的な制度上の要請は、全く両立するということです。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 マッカーサーが「日本人は一二歳の少年」と評したと言われます。暴言のように聞こえて、実は当時の本質を衝いていたのではないでしょうか。子供の頃には親がオールマイティに見えるけど、大きくなるにつれて親もいかに危ういものであったかがわかってくる。国家についても同じことが言えて、格差是正も子育て支援も、国家はオールマイティに力を発揮できるはずなのにしていない、という文脈で批判するのは、根本的に幼さを表しているように思えます。日本国憲法はアメリカからの贈り物ですが、自分たちではあの内容を構想する精神的成熟はなかった。対外的に言っても、日本はいまだに米国の影の中を歩いているように見えます。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 フランスでは自爆テロを「カミカゼ」と呼んでいますね。茂木 「カミカゼ」という日本語でいまでも語られるくらい、当時の作戦は印象的だったのでしょうか。東 自殺攻撃は日本しかやっていないのですか?養老 広く取れば世界中でありますよね。東 そうですよね。日本でも特攻は神風特攻隊だけでなく、ほかに潜水艇の「回天」などもあったでしょう。戦闘機の特攻隊がいつからここまで強くシンボルになったのかには興味があります。いずれにせよ、特攻は先の大戦の混乱を象徴するものでありながら、英霊に対する思いを集約する核としても機能している特別なアイコンですね。養老 ちょっと関係あるかなと思ったのは、先崎彰容 8さんの『未完の西郷隆盛』という本です。なぜ西郷がこんなに人気なのかを考えるために、いろんな人が西郷について語ったことをまとめたものですが、結論として、西郷が与えた影響は死生観だったと言っています。その死生観はまさに特攻にも通じている。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 生物界では、仲間を守るために一部の個体が犠牲になるという現象は普遍的に見られるわけですが、人間の近代的な価値観とは相容れない。アメリカは特攻攻撃がまったく理解できなくて、かなり恐れたということですね。特攻にどんな文化的背景があるのかもわからないから、戦後に歌舞伎まで禁止した。たしかに歌舞伎の演目を見ると、主君のために自らを犠牲にするという美意識が見られます。養老 そんなこと言ったら、『古事記』のオトタチバナヒメから始まるからね。東 たしかに、海に身を投げて、自己犠牲で国を守りましたね。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 それぞれの立場でそれぞれの経験があるわけで、「明治維新」という一つの全体として考えることは実際にはできないのだけれども、私たちはそういうことにしています。でも実際にはできなかった部分、「全体」から漏れ出てしまった考えにくい部分を西郷さんが背負ってくれたという思いがあるのではないでしょうか。負けて死んじゃったのだからしょうがない、として納得する。判官びいきというか、日本人のなかに負けた側に対する共感が多いのも、自分の中にそういうものがあるからでしょう。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 ご自身が生きにくかった理由を書かれたという『バカの壁』は、四五〇万部売れています。日本人が未整理のまま引きずっていたものを、『バカの壁』は解きほぐしてくれた。養老 僕の本が売れたのは、西郷さんみたいな人がいなかったからじゃないでしょうか。茂木 養老孟司 =西郷隆盛説。これは案外当たっているかもしれません(笑)。 アメリカの南北戦争は、いまだに爪痕が残っていますよね。明治維新もそれに類する爪痕があったはずですが、日本には残っていないのでしょうか。もしかしたら抑圧しているのかもしれませんが。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 八月一五日を経て、今度は新しい価値観としてアメリカ文化が入ってきます。養老先生はアメリカが嫌いだと常々おっしゃっていますね。
養老 戦後、アメリカの文化は見事に日本に浸透しました。アメリカの影響で、いちばん大きかったのは使い捨て文化です。僕の先生なんかは、ティッシュで鼻をかんで毎回捨てるのはもったいないからハンカチでかめと言っていました。大学のエアコンも、セントラルヒーティングにするか各部屋につけるかという議論があって、人のいない部屋に空調してももったいないから各部屋になりましたが、最近はセントラルヒーティングが増えてきましたね。 僕らが育った頃は、折につけ「アメリカではこうやっている」でした。ふざけんじゃねえよと思って、そういう反発はいつもありました。それがアメリカ嫌いに繫がっているんだと思います。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 それはそれでいいけど、なんでこっちがその価値基準を採用しなきゃいけないのかがわかりません。論文も何が新しいかとか、そういうことばかりで、アメリカで出る論文は面白くない。裏も表もない、電報みたいなものばっかりです。こっちがへそ曲がりなのか、アメリカが単純すぎるのかわからないけど。茂木 相手の価値基準に合わせ続けるというのはストレスですよね。内発的な動機がないと、結局、そのような精神性は根付かないように思います。心の安普請になってしまう。養老 日本は明治の頃からずっとそうですね。少し前に農林水産省の有機農業を推進するための会合に出席したのですが、そこで出てくる数値目標がすべて国際的な基準なんです。日本に住む人にとって必要な目標ではなくて、外の基準に合わせるだけになっている。 何にせよ、自分たちの意志や目標ではなく、外のものにばかり合わせていたらストレスになります。近代以降、日本はずっと何かに合わせてきた。でも、日本人はその原因について考えることもなく、無自覚なままです。それが歪みとも言えるし、歪みを解消できない理由ではないかと思います。東 おっしゃる通りだと思います。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 ただ、戦後で日常生活にいちばん大きく関わった変化は、家制度を変えたことだと思います。日本の家制度は戦後に憲法二四条で潰されました。そういうことを平気でやるアメリカも信じられないし、潰しましょうと言われて「いいですよ」と実行するのも理解できません。家制度なんて外国と関わる話ではなくて、日本国内での話です。長く生活に根付いてきた家制度を本当に潰せるのか、潰したら問題が色々起こるんじゃないかということを考えないで、なんで気軽に「変えましょう」って言えるのか。お墓ひとつとっても個人は基本じゃないし、社会の指導者階級もみんな家制度で動いていた。そういう社会を急に「個人に変えましょう」って、そんなこと本当にできるんでしょうか。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 でも日本は、一九四五年にそれまでの日本を否定してしまった。それが僕たちの難しさだと思います。もちろんいまでも、過去の日本の残滓はたくさんあります。でも少なからぬ日本人が「日本的なものは悪だ」と思い込んでしまった。それが一九四五年の経験です。「日本的なものの中にも良いところがありました」と言うことそれ自体が、「また軍国主義に戻るのか」「戦前に戻るのか」という話になってしまう。それでがんじがらめになってきたのが戦後です。 これからの二一世紀、中国、インド、そしてグローバルサウスの国々がさらに力を持ってくるときに、イギリス =アメリカ型のリベラルデモクラシー一辺倒でうまくいくわけがない。デモクラシーのかたちも多様になっていくと思います。そのときに日本がちょっと違うデモクラシーをやっていたら先進的だったと思いますが、日本は「日本のものはだめなのだ」というシンプルな歴史観を作ってしまった。そこに戻れないので、なかなか出口がない。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 今年の正月にたまたま、『吾輩は猫である』を読み直したんです。あの話はちょうど正月からだったんですね。正月に猫が拾われて、台所で残った雑煮を食うんですが、歯にくっついてしまって踊りを踊っちゃう。それが漱石の自画像じゃないかなと思うわけです。飲み込めたら栄養になるのに、歯にくっついて飲み込めないでもがいている。もがく姿を家族は「あら猫が御雑煮を食べて踊を踊っている」と笑っている。それが『猫』という作品のおかしさそのものだなと。茂木 そこをそう読むのか! 言われてみるとその通りだ。東 西洋の文明を飲み込めないということですよね。養老 栄養にならないわけじゃないし、飲んだっていいんだけど、歯にくっついちゃってどうしても飲み込めない。それで踊っちゃう。それが漱石であり、当時の日本だった。猫の踊りが『猫』という作品そのものだなと思ったんです。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
そろそろGDPなんて計るのをやめたらいいと思います。なぜ計る必要があるのか、もう一度考えてみてもいいということです。幸せですか。元気で生きていますか。それでいいじゃないかと思います。みんな好きなように生きていればいいんじゃないのかね「日本の歪み」養老孟司
「養老 そんなことあるわけないよ。だから政治は嫌いです。空理空論とは政治のためにある言葉だと思います。 こんなに問題になる前ですが、僕の研究室に文革時代の中国の留学生がいて、靖国神社に連れて行ったことがあります。「どう?」って聞いたら、「きれいな神社ですね」で終わり。個人のレベルではそんなものです。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 ちなみに、その傾向はいまの日本のリベラルにも流れ込んでいて、たとえば日本人と外国人を区別するのはおかしい、というよくある議論がその一例です。普遍的な制度設計としてはその通りではあるんだけど、現実には、なにか問題が起きたとき、実際には自分の家族と知らない他人だったら家族のほうを助けてしまうのが人間というものですよね。それは避けられないと思うんだけど、断固そんな贔屓をやってはいけないと言い続けるのがリベラルの立場です。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 ちょうどその前にイギリスのエリザベス女王が亡くなり、ウェストミンスター寺院で葬儀が行われました。国家元首の葬儀が宗教性を帯びるのは当然のことです。しかし日本ではそれができない。なぜできないかといえば、要は敗戦したからです。敗戦後に GHQの草案で作られた憲法では、国家が宗教的活動をすること、公金を供することを禁じている。だから体育館で葬儀をやるしかない。でもそれには根本的に無理がある。だから人々は近くの神社に行く。宗教色をなくした追悼なんてできないんです。やっても機能しないんですよ。 炎天下に喪服を着てわざわざ九段下まで来て献花に並ぶ人たちは、それなりの強い気持ちをもって追悼に来ている。そういう一般弔問客をどう遇するかも、本来は国が考えなければいけないことです。しかし実際にはありふれた巨大イベントへ誘導するかのように、無味乾燥な長蛇の列に並ばせただけだった。日本は死を悼む気持ちの受け皿すら作れないのだなと、その光景に日本の衰退を感じました。場当たり的な対応を繰り返し、なんとなくなんとかなっているように見えても、ベースのところで人心の荒廃が進んでいるように思います。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 僕は国葬の日、武道館で参列していましたが、儀式の形式を宗教的に中立的なものにすることで、何かが形骸化しているように感じました。そしてそれは、現代日本そのものの姿のように思いました。私は科学者であり、現在得られている知見に照らして、知的な意味で全面的に肯定できる既存の宗教はないと感じています。一方で、生活人としての、あるいは関係性の中での自然な心の動きはその限りではない。宗教的なものを排除することで、心の着地点が失われてしまっている。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 夏に盆踊りが小学校の校庭で行われたりしますが、あれも本当は神社とか森でやるべきものですよね。どういう理屈で校庭になったのかわかりませんが、神社でやると宗教行事で、校庭でやると自治体の無宗教行事になるんでしょうか。いずれにせよ、戦後のこの国は、もともともっていた人の心を安定させるリソースのようなものを、かなり使えなくしてしまっているように思います。それが効率の悪さを生んでいる気がしてなりません。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 人間のほうも、最近、「墓じまい」などお墓の問題が出ていますが、その問題が出てきたのは家制度を壊したからですね。僕はこれは、戦後社会にとって九条より大きな問題だと思っています。 家制度を壊したことで個人が露出したわけですが、前に東さんが言ったように、元来、日本に「個人」はなかった。日本の民主主義は「家」の平等で、個人で成り立つものではなかったんです。それが「家」という制度が消えて、急に「個人」になったことで墓も先祖も繫がらなくなった。そうすると日常生活の時間的な存続を、どこに落ち着かせていいのかわからなくなります。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 日本はここ二、三〇年で会社も壊しました。昭和期の会社は、重要な中間団体で、よくも悪くも多様な役割を果たしていた。病院や社宅があり、社員旅行での出会いや結婚の斡旋のように、娯楽や共同体構築の機能も担っていた。そのような「家族的経営」は、新自由主義とグローバリゼーションの時代に不合理とされ、いまではハラスメントの温床としてたいへん評判が悪いですが、それで支えられていた部分も見なければいけない。そういうものを全部潰して、全て国家で対応といっても、なかなか機能しない。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 新興宗教の犯罪性が問題になるとすぐに「宗教がダメだ」という論調になるのは、逆に宗教についての考えが貧しいことの表れだと思います。日本では人の心を安定させるシステムがうまく機能していないので、「娯楽産業」という名のもとに変な商売が大量に作り出されている。だれも知らないアイドルに何百万円もつぎ込むのがよしとされているような文化は、ふつうに考えて異様です。そういった歪んだ部分が「クールジャパン」と呼ばれる面白い部分を作り出しているのも事実なのでしょうけど、長続きはしないと思います。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 オウムの問題なんかもあって、ずっと「古い宗教が安心だ」と言ってきたけど、そのわりに坊さんがサボってやしないか。コンビニより寺の数が多いと言われるのに、ぜんぜん機能しているように見えない。
東 そもそも「人の悩みを聞く人」が少ないという問題かな、と思います。人が人に真面目に悩みを話す、それを聞く、というまともなコミュニケーションの場があまりに少なく、表面的な社交ばかりしている気がする。
茂木 八百万の神はいい部分も多いけど、神の敷居が低いということでもあって、いろんなことが「神化」しやすいという問題もありますよね。東 そうかもしれません。「プチ神」みたいなのが多いですよね。
茂木 「ひろゆき」を神化してしまうような脆弱なメンタリティは何なんだろうと思います。ひろゆきさん本人は、むしろ謙虚だし、自分の限界もわかっている。もちろん卓越している点もあるわけですが。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 本当にそうですよね。女性比率を何割にしろ、というのにも同じものを感じます。本当は一人ひとりが違うのに、女性という属性だけでひとくくりにするのは、さきほどのカントの定言命法の危険性とも関わる話です。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 イギリスの経済学者チャールズ・グッドハートが言った「グッドハートの法則」というのがあって、それは「パフォーマンスの指標自体が目的になったとき、それは良い指標ではなくなる」というものです。例えば幸福度調査をすること自体はよいが、幸福度を上げることを目標にすると必ずハッキングされるので、指標としても役に立たなくなるということです。 数学が得意で、高校生くらいから数学の論文をたくさん書いている学生がいて、でも共通テストができないために、国内の有力大学ではなく、アメリカの大学に進んだというようなケースを耳にします。これだけだと、日本の受験制度の問題なのですが、では、日本でも論文を書いて大学に入れるようにしよう、ということになると、今度は論文はハッキングできるという問題が出てくる。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「それはいいのですが、哲学そのものとして見た場合は、言語と現実を一致させることには無理があり、完全な一致は目指しても意味がない。言葉というものは厄介で、人間はいくらでも多様な解釈をするし、むしろそのように何度も再解釈されることによって生き残っていくものです。つまり「言葉を厳密に使う」という発想そのものが厳密には維持できないんです。そのような認識は二〇世紀半ばにさまざまな哲学者によって同時多発的に示されたものですが、いまでも変わっていないと思います。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 朝鮮戦争も平和条約を結んでいないので、韓国と北朝鮮はテクニカルには「戦争中だが休戦している」ということですよね。
東 そもそも日本だってロシアと平和条約を結んでいないので、テクニカルには戦争状態なのかもしれない。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 日本は夫婦別姓より先に同性婚が実現するかもしれませんね。背景には外国からの圧力が大きい。夫婦別姓は外圧がないので一向に進まない。その現状はいかにも日本的だなと見ています。
茂木 たしかに夫婦別姓には感情的な反対がすごく強いですね。とすると、日本では同性婚をしても、どちらかの姓に揃えなくてはいけなくなるのか。
東 可能性は大いにあると思います。同性婚でも相手の家に入り、お墓もそちらに入る。家制度を守ったまま同性婚をやることになるのでしょう。
養老 夫婦別姓に抵抗を持つ人が多いのは、家制度が長く続いたからかもしれませんね。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 韓国は整合性をつけることを頑張っている国ですね。科挙も朱子学も輸入し、名前も中国風に変えている。日本は科挙もやっていないし、名前も変えなかった。中国から取り入れていない部分もかなりあります。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 これだけ日米関係が密なのに、なぜ日本人は英語が下手くそなんだろう。国際的に見ても、日本七不思議の一つですね。養老 それはいまの東さんのお話が理由ではないですか。事実だけを言う言語になっていないから、事実だけを言う言語をうまく使えない。東 日本語だと、「どこから来ましたか」「東京です」だけだとぶっきらぼうに聞こえてしまう。「一応東京から来たんですけど」みたいに、余分なことを言うのが「話をする」ことになっている。行為遂行的なコミュニケーションが過度に発達していることがむしろ、外国語でのコミュニケーションを阻害しているように思います。「これはペンだよ」と「これはペンなんだ」のニュアンスの差をいちいち考えていては外国語なんて話せません。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 これだけ日米関係が密なのに、なぜ日本人は英語が下手くそなんだろう。国際的に見ても、日本七不思議の一つですね。養老 それはいまの東さんのお話が理由ではないですか。事実だけを言う言語になっていないから、事実だけを言う言語をうまく使えない。東 日本語だと、「どこから来ましたか」「東京です」だけだとぶっきらぼうに聞こえてしまう。「一応東京から来たんですけど」みたいに、余分なことを言うのが「話をする」ことになっている。行為遂行的なコミュニケーションが過度に発達していることがむしろ、外国語でのコミュニケーションを阻害しているように思います。「これはペンだよ」と「これはペンなんだ」のニュアンスの差をいちいち考えていては外国語なんて話せません。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「人間は、つい、世界の不完全性を問題にしがちだけれども、それはどこかでまわりまわって良いところと結びついているかもしれない。例えば、ガン細胞は困った存在だけれども、時にはガン化するような細胞生理の働きがなかったら、そもそも普段の生命が維持できない。地震が起こるのは災害だけれども、地震を起こすようなプレートテクトニクスの動きがなかったら、地球の安定性の何かが失われるかもしれないし、温泉もない。幸福学や人工知能は特定の評価関数を最適化しようとするけれども、このような思わぬかたちで巡る因果の問題を考えると、表層をなぞっているだけに終わるかもしれない。その意味では、ライプニッツのほうがはるかに深いし、広い。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 最近は哲学者が物理学者と話す、みたいなこともなくなってしまいましたね。茂木 そういうのはやらなきゃだめですよ。最近も『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ著)という本があって、現代物理の理論家が書いている本なんだけど、全く画期的な本でもなんでもなく、普通の解説書です。それを日本のメディアは、画期的だとか言って褒める。それについて養老先生が言ったのは、「時間がないとか言われたらお終いだよね」。さすがとしか言えない。時間の謎のようなことを、物理学者だけに任せていると、取るに足らない見解がのさばってしまう。それを商売にしてしまう日本のメディアも問題ですが。 あのホーキングでさえ、一時は「時間は虚数だ」とかどうでもいい話をしてたわけで、物理学だったら物理学という一つの文脈の中にいるとどうしても、どうでもいい話を意味があるように話してしまいがちです。それを外から、「このおっさん時間は存在しないとか言っているけど、実際には時間あるじゃん」とか一言で終わらせられるのは、じつは大事なことじゃないかと。これは粗い例えだけど、岡目八目というか、そういうのが重要なのではないですか。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「ライプニッツ:一七世紀ドイツの哲学者、数学者、科学者。微積分学や二進法の発明者でもある。汎神論的哲学を提唱し、神が創造した最善の世界における悪の存在についても議論した。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 ただこれは人間世界の本質でもあって、自分の娘が出ている学芸会のお遊戯は面白いわけです。同じことを別の人がやっても全く面白くない。そういう感情を否定しても意味がないし、そもそも歌が上手い人の歌に感動することと、娘の拙い歌に感動することの間に、厳密に線を引くことができるとは思えない。
茂木 ジャニーズならどんな演技でも感動する、と。実際には学芸会のようなものだとしても。
東 はい。そしてその素晴らしいと思っている心に優劣はつけられません。だからこの点については、単に、日本では学芸会モデルがコンテンツ業界における成功モデルに組み込まれたというだけでいいんじゃないかな。
茂木 ジャニーズとか吉本とかね。本当に学芸会です。忖度ばかりで本気で作品を作っているとは思えない。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 天皇制に関しては、僕の中ではいまでも「触らぬ神に祟りなし」です。触れないほうがいいもの、というか。だから触れない。やっぱり神様なんだね(笑)。茂木 直接お会いになってはいませんか?養老 会ってないです。逃げました。それは、自分が関わることではない、と決めているんです。役人から跡継ぎ問題について聞かれたときも、「人のうちのことに口を出すのは品がいいと思いません」と答えました。東 とても良い話だと思います。茂木 いまは男系天皇と女系天皇についての問題が議論されていますが、それも「触らぬ神に祟りなし」ですか。養老 そうですね。なんでそんなこと議論するのだろうと思います。茂木 そもそも「天皇制」についての議論は日本にとって必要なものだと思いますか。養老 それは「日本」がなにかという意味によるでしょうね。例えば日本の国会議員は、アメリカには敵わないのだから言うことを聞いておくのが現実的だと言います。それなら日本はアメリカの五一番目の州になればいい、と乱暴に言ったことがありますが、もしそうなったら、天皇をどうするかという問題が必ず出ます。まあ州知事くらいでいいんじゃねえのって思いますけど(笑)、そうやって具体的な問題が起きたときに、それぞれが具体的に考えればいいことです。 なんだか「天皇制の問題」というのは、人の問題を背負い込んで「俺のだ俺のだ」と言っているような気がするんです。それぞれの日本人が、本当に天皇の問題を自分のこととして身近に感じているのか。極端な話、天皇がいなくてあなたは困るのか、ということです。いまは天皇の政治利用を禁じて、天皇は政治的に有効であってはいけないということになりましたが、ああいう制度を非政治的だとするのはめちゃくちゃで、無理があります。三島由紀夫が「週刊誌天皇制」と言って批判したように、皇室の話題は身近なようで、「天皇制」そのものとは関係ない。そこはタブーのまま、いまも触れてはいけないことになっている。象徴天皇というのは、まさに「触らぬ神に祟りなし」です。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 養老先生が解剖学を選んだ理由の一つとして、戦後に教科書を墨塗りした体験を挙げて、「死体は裏切らないから」とおっしゃっています。死体は死体のまま、解釈ひとつで態度が変わったりしない。天皇が生物学を勉強したのにも、それと共通するところがあるのではないでしょうか。養老 大いにあると思います。正気を保つためにやっていたんでしょう。茂木 正気を保つために蟲を見ていた。養老 神様にまでされてしまって、いい加減にしてくれという気持ちがあったとしたら、ヒドロ虫でも見ているのがいちばんですから。昭和天皇はよく正気でいられたと思いませんか? そんなに普通の判断が狂っていたわけではないと思いますよ。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 アメリカみたいにイデオロギーの国ではないから、「自由と民主主義の実現のために」とはならないですし。東 アメリカがシンプルなのは「起源」がはっきりしていることもあるかもしれません。もちろん、アメリカ大陸にはネイティブアメリカンがいた。けれどもいまの国家がどこから出発したか、その起源ははっきりしている。あれだけ起源のはっきりした実験国家はほかにありません。だから後にいかに複雑なものがあったとしても、起源の理念に巻き戻せてしまうのだと思います。 例えばいまではアメリカはすっかり政治的に正しくなっていますが、そもそもあの国は近代において最も大々的に奴隷制を展開していた国でもあって、人種差別こそアメリカの歴史だったはずなんですよ。けれども、そのねじれすら、建国の理念を持ち出すことで解消してしまう。そして「アメリカはずっとこういう国だったんだ」みたいな物語を作る。そういう力がアメリカにはありますよね。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 日本はフィクションが作りにくい国ですね。たしかに戦前は天皇制というフィクションが機能していました。でもそれは国内だけの話で、よその国まで持っていっても通用しないですから。前に沖縄でタクシーに乗ったとき、運転手さんに「沖縄と本土のどこが一番違うと思いますか」と聞いたら、「天皇に対する感覚じゃないでしょうか」と言っていました。沖縄との距離感でもそうなのだから、中国や朝鮮とズレるのは当たり前で、ラオスなんか行ったら「ナニソレ」ですよね。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 昭和天皇の戦争責任を問うべきという意見もあります。私は同意しませんが、戦後、リベラルの一部には見られた意見だということを、私自身もさまざまな機会に認識してきました。養老 そういう気持ちにはならないですね。だって昭和天皇の開戦の詔勅が、「洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ」です。「開戦はまことにやむを得ないんですよ、私の本意じゃないんですよ」と言っているんですから。じゃあ誰が許したんだよと思うけど、本人がそう言うならしょうがない。茂木 西洋の自伝では「私はこういう意志をもち、こういうことを成した」というスタイルで書かれることが多いですが、日本では開戦の言葉すら「やむを得なかった」と、消極的であることは面白いなと思います。これは、繰り返しになりますが、現代の科学における「自由意志」は基本的に存在しないという認識とは実は整合的ですが、社会的、文化的にはポピュラーであるとも、正統であるとも言えない。 養老先生はご自身の生きてきた軌跡に対しても、自分がやってきたというより、こうなっちゃった、と思われていますか。養老 行きがかり、なりゆきです。もちろん自分が決めなくてはならないときはあります。例えば大学を辞めるときには辞表を書かないといけないので、それは自分がやったことですが、そこに至るまでのプロセスは複雑で、簡単に言えることではない。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 近代化に成功した国ではめずらしいかもしれません。専門家に尋ねてみたわけではありませんが、僕はそういう「なりゆき」の世界観や主体観は辺境の国に多い思考パターンではないかと思うんです。日本にはいまだに歴史の古層というか、縄文時代からの思考が残っていて、それはおそらく日本固有のものというより、環太平洋地域に広く分布している、インディアンからエスキモー、ツングースからパプアニューギニアあたりの文化圏の一部でもある。それはたいへん原始的で、たいていは小さな部族のものでしかないのに、日本はたまたまそういう古い思考パターンを保ったまま大きくなってしまった。本当は少数民族に向いているメンタリティなのだと思います。「万世一系」を崇めるというのも少数民族の考え方ですよね。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 近代化に成功した国ではめずらしいかもしれません。専門家に尋ねてみたわけではありませんが、僕はそういう「なりゆき」の世界観や主体観は辺境の国に多い思考パターンではないかと思うんです。日本にはいまだに歴史の古層というか、縄文時代からの思考が残っていて、それはおそらく日本固有のものというより、環太平洋地域に広く分布している、インディアンからエスキモー、ツングースからパプアニューギニアあたりの文化圏の一部でもある。それはたいへん原始的で、たいていは小さな部族のものでしかないのに、日本はたまたまそういう古い思考パターンを保ったまま大きくなってしまった。本当は少数民族に向いているメンタリティなのだと思います。「万世一系」を崇めるというのも少数民族の考え方ですよね。茂木 そんな国が帝国になろうとしたら、そりゃ失敗すると。「大日本帝国」とか「大東亜共栄圏」とか「八紘一宇」とか、日本には向いていなかったんだ。主体概念が、帝国的ではない。養老 身の丈に合っていないんですよ。「経済大国」とか、経済なんて変なモノサシで見るから錯覚が起こっているだけで。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 まさにそうです。東洋を日本で代表させているのはまちがいだし、逆にいえば日本の哲学はもっと大きなアジア的な物差しのなかで読まれるべきだと思います。僕が親しくしているユク・ホイという哲学者がいます。彼は中国語もドイツ語もフランス語も読める。このあいだ YouTubeで、そんなユク・ホイとシンガポールのアーティストが戦前の日本の京都学派の哲学について英語で議論しているのを見ました。司会も日本人ではなく韓国人でした。これからそういう時代になっていくでしょうね。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 日本にはそもそも個人なんてないですから。人称代名詞だって、一人称と二人称がしょっちゅう入れ替わるんだから。相手に向かって「自分りんご嫌いだろ」と言えてしまう。
茂木 たしかにそうだ。そのへんも「みんな」になりやすいのと繫がっているかもしれないですね。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 そうですね。僕は最近になって、この国で生きていくのには目立たないことしかないんだとわかってきました。
茂木 どういうこと?(笑)
東 言葉通りです。変わっていて目立っている人を潰すという圧力がとにかくすごい。特に四〇代くらいまでは風当たりが強い。五〇代に入ると少し楽になるかもしれない。茂木さんもあったんじゃないですか。茂木 あったかもしれない!
養老 そういう日本の特性というのは、こんなに狭いところに人が大勢いることが原因だと思います。こんなに人口密度が高い世界ってないですよ。上海や北京を見るとやたら人がいるけど、中国なんて脱税で捕まりそうになったらどこかに逃げてしまえる。でも日本は狭いうえに逃げ場がない。高密度の人間社会ではルールがすごく強くなります。それは昔から思っていました。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 そうですね。僕は最近になって、この国で生きていくのには目立たないことしかないんだとわかってきました。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 先輩が同じことを言っていました。目立たないに限る、と。その人は安保のときに東大医学部の自治会の委員長をやっていて、ストライキを提案して退学処分になりました。当時の退学は面白くて、指導教官二人のところに毎月面談に行って、一年間おとなしくしていたら復学させてもらえるという暗黙のルールがあった。彼は毎月通って復学して、そのあと教授になりましたが、あるときふっと「目立たないのがいちばんいい」と言っていました。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 公共的であることと、全員が同意することはイコールではありません。日本の未来のための問題提起をしたり、未来を見据えたりすることは、必ずしもその時代に全員が同意することではないはずです。でも、日本ではそれをやろうとすると、私費を投じて世論から身を引き離さないといけない。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 養老先生が特異点なのは、全部個人でやっているからなんだね。養老先生の箱根の「バカの壁ハウス」は壁に南伸坊さんが馬と鹿の絵を描いて、屋根を藤森照信さんが作って、という非常に素晴らしい空間なんですが、あれが税金だったら文句を言われている可能性があるということですよね。そう考えると、つまらないものしかできなくなって当然な気がしてきます。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 みんなが納得しないから芸術なのにね。今では日本人が大好きな印象派だって、出てきたときはボロクソに言われて、「印象派」っていう名前だって蔑称だったのに。そもそも当時のフランス国家の権威としてのサロン展から排除された画家たちが印象派だった。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 改めて、東さんが言った「四〇代までが辛い」というのは本当にそうかもしれません。俺はそのあたりの苦しさはもう抜けた気がする。東 そこを抜けると嫉妬も受けにくくなる。茂木 養老先生は嫉妬を受けないですね。養老 日本社会には「あいつはしょうがねえ」っていう枠がありますからね。茂木 たしかにそれはある! あずまん、もうちょっとだ!養老 江戸時代にも「寛政の三奇人」というのがいますから。茂木 寛政の三奇人?養老 林子平、高山彦九郎、蒲生君平の三人です。林子平は海防の重要性を説いて『海国兵談』を書き、蒲生君平は天皇陵の荒廃を嘆いて『山陵志』を編纂した人。高山彦九郎は勤王を唱え、江戸時代後期に御所に向かって望拝して、お咎めなしだった人。御所に向かって伏し拝んでいる像が京都の三条大橋にあります。茂木 日本には昔から「あいつはしょうがねえ」で受け流してくれる素地があるんですね。正統枠や、中枢枠とは別に。東 なるほど、奇人枠に入ると楽に生きられる。茂木 南方熊楠がキャラメルの箱に入れた標本を昭和天皇に献上したという話は有名ですが、あれも熊楠だから許されたんでしょうね。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 ロシアは歴史的に、西ヨーロッパに対抗することで国家としてのアイデンティティを作ってきた部分があります。だから確かに異質なんです。ただ、僕たちアジア人から見ると似ているところに線を引いているようにも見えますね。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 そうですね。でもそれも言っちゃいけない。人文系アカデミズムはどうなってしまうのでしょうか。まあ、どうにもならず滅びるのかもしれない。
養老 それもまたやむなし(笑)。
茂木 今日において、人文学は政治的正しさと切り離せないということですか。
東 いまはそうなってしまった。就職とか資金提供のシステムとかとも関係しているのだと思います。
茂木 生活に直結しているのか。アメリカの大学の人事で、そのような風潮があるということはときどき耳にしますが、日本でもそうだとすると、なんだか残念な気がします。
東 理工系の研究者は政治的正しさとは違うところで能力が測られていますから、ヘイト発言をする IT系の人がいてもそれだけでキャンセルされるわけではない。いいか悪いかはともかく、いちおうそうなっている。でも人文系は間違いなくキャンセルされる。政治的な正しさから逃れられないわけです。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 二〇世紀にはナチのユダヤ人虐殺だけでなく、スターリンによる粛清、中国の文化大革命、カンボジアのポル・ポトなど、大量虐殺が何度もありました。人類はこれまで実際に、特定の民族集団を消滅させようとしたり、富裕階級を階級ごと消滅させようとしたりしてきた。だから、これからの未来で、ある年齢層をまるごと消滅させようとする「エイジズム・ジェノサイド」国家が現れても驚かない。人間はそういうことをやるやつらです。 だから、成田さんがどこまで真剣だったかは別として、問題は彼個人の善悪の話ではないんですよね。怖いのは、ああいう話が出てくると、もっともらしい理屈はいくらでも作れるということです。例えば健康を指標にして市民ひとりひとりが医療制度そのほかに与える負担を計算し、一定数値を超えている人たちに「高コスト市民」とかなんとか名前をつけ、その人たちの生存権を一定程度制限するほうが社会正義にあたるのだ、というロジックは簡単に作れる。もちろん老人だけではなく、あらゆる集団について、そのような主張が可能です。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 川端康成のノーベル賞受賞スピーチが「美しい日本の私」で、対して大江健三郎は「あいまいな日本の私」です。「あいまいな日本」って名コピーだなと思います。あいまいというのは、日本で生きる居心地の悪さも表しているような気がします。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「茂木 最近、森田草平 16のことを読んだのがきっかけで平塚らいてうに行き着いて、いくつか読んでいたんですが、今の典型的なフェミニストとは違っているように感じました。「元始、女性は太陽であった」とか「若いツバメ」などのゆかりの言葉にも力があります。全体として、平塚らいてうのほうが女であることに肯定的であるような。夏目漱石は、平塚らいてうにインスパイアされて『三四郎』の美禰子を造型したようですね。フェミニストのあり方の違いも日本社会の変化によるのかもしれません。敗戦も大きかったし、朝鮮戦争も転換点だった。希望をもって戦後民主主義を語れた時代は短かったんですかね。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「養老 日常のあり方でしょうね。僕が「地震待ち」だというのはそのせいです。日常が壊れたら、変わらざるを得なくなりますから。首都直下型地震くらい来れば、平安時代が鎌倉時代になるような、江戸幕府が明治政府になるような、考え方がガラッと変わる可能性はあります。茂木 それ以外では変われないということですか。養老 変わったことがない、ということです。これだけ巨大なシステムを作ってしまうと、システムそのものを変更するのは難しいですから、天災で壊してもらうくらいしか方法がないのではないですか。コンビニに行けば食べ物が手に入る状況では、真剣に考えられないでしょう。 水、エネルギー、食料すべて自力で手に入れなくてはならない状況になると、どうしても日常生活そのものを一つ一つ、真剣に考え直さなきゃならなくなります。そういう人たちが増えてくると、貴族政治から武家政治に変わるくらいの変化が起こるかもしれない。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「東 それは、鈴木宗男氏が言うように、ロシアはずっとあの位置にあって、基本的に付き合っていかなければならない国なのだからウクライナに全振りしている場合じゃないという話にもつながりますね。僕は鈴木氏の戦争理解は間違っていると思いますが、言いたいことはわかる。短期的な善悪とは別に、長期的なオプションもしたたかに抱えておかなくてはいけない。」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎, 等著
「 話は少しずれますが、僕が出会ったときには養老先生は東大医学部の現役の先生でしたが、養老先生が偉そうだったことが一度もないんですよね。イデオロギーで生きていないからなんでしょうか。例えばいま、人工知能の研究者とか、なんでそこまで偉そうなのっていう人が多いですよ。とりわけ、アメリカで人工知能やっている人たちって、俺たちが世界をつくる、みたいな勢いがある。サム・アルトマンとか、本当のトップは案外謙虚なのですが。養老先生は、なぜ謙虚なのか?」
—『日本の歪み (講談社現代新書)』養老孟司, 茂木健一郎,