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子どもたちの遊び場が次々に消失し、体を使って外で遊ぶ子どもの姿を見なくなった。自殺する子どもも、後を絶たない。子どもは本来「自然」に近い存在だと論じる解剖学者が、都市化が進んだ現代の子どもを心配に思い、四人の識者と真摯に語り合う。医療少年院で非行少年の認知能力の低さに愕然とし、子どもの認知能力の向上に努めてきた宮口幸治氏。インターネットで「正しい育児法」を追いかける親を心配する、慶應義塾大学病院の小児科医、高橋孝雄氏。国産初の超電導MRIを開発し、子どもの脳の大規模研究を行なってきた小泉英明氏。生徒が自分で野菜を育て、机や椅子も作る学校、自由学園の高橋和也氏。子どもと本気で向き合ってきた経験から紡ぎ出される教育論。 (目次より)●自分に注意を向けると、行動変容が起こる ●少子化で問題なのは、人口が減ることではない ●「いま」の喜びを体感できず、幸福が先送りされてしまう ●何かに「夢中」になることと「依存」は違う ●中学受験の難点とは? ●子どもは「人材」ではない
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デカルトが大好きな養老孟司さん
養老孟司は栄光学園4期生
赤ちゃんがクレヨンとか何でも口に入れようとするのは免疫を高めようとする本能らしい。昔の子供が多くて子育てが雑だった時代の方が、それをお母さんが止める目が行き届かなかったから昔の人の方が免疫力が高いらしいw今の人花粉症が異常に多いのも、そういう過保護から来てるって、腸の研究してる医者が言ってたよ。
自己肯定感って言葉あるけど、肯定否定以前にそんなに自分に興味がない。何で自分に目を向けなきゃいけないのかよく分からない。めちゃくちゃどうでもいい。自己肯定感って言葉自体がなんか自分に興味を持たなければならないみたいな圧を感じて苦手。
子育て世帯に寄付したいけど、それが政治みたいなランダムな寄付ではなくて、自分に少なからず縁があった人に出来るなんて有難くて幸せなことだと私は思うけどね。少なくとも詐欺師に金奪われたり、ホストに貢ぐよりは良い使い方には違いないと思うんだけどな。お金は回りものだし、良い使い方したいから。
宮口 幸治
(みやぐち こうじ)は、日本の児童精神科医・医学博士。立命館大学総合心理学部・大学院人間科学研究科教授[1]。神戸市出身[2]。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部に再入学し、卒業。卒業後は、神戸大学医学部附属病院精神神経科、大阪府立精神医療センターで働き、児童精神科医として精神科病院や法務省宮川医療少年院、女子少年院に勤務した。2016年より立命館大学産業社会学部教授に就任[3]。また、困っている子どもたちの支援を行う「日本COG-TR学会」を主宰している。2020年には、『くらげバンチ』にて『ケーキの切れない非行少年たち』を原作とした漫画連載が始まる。子どものこころ専門医、日本精神神経学会精神科専門医、医学博士、臨床心理士[4][5]。
高橋 孝雄
慶應義塾大学医学部小児科学教室 教授。1957年生まれ。東京都出身。1982年慶應義塾大学医学部卒。小児科を専門に選び、小児神経学を学ぶために1988年に渡米。マサチューセッツ総合病院小児神経科、ハーバード大学医学部などの勤務を経て1994年に帰国。その後もマサチューセッツ総合病院神経科、Assistant in Neurologyを兼ねる。2002年に慶應義塾大学教授(医学部小児科学)に就任、学内では、副病院長、医学部長補佐を歴任。その間、12年にわたり感染対策、医療安全、研究倫理などの危機管理に携わった。学外では、小児科学会会長、国際小児神経学会理事、小児神経学会理事長などを歴任。
小泉 英明
(こいずみ ひであき、1946年 - )は、日本の物理学者、脳科学者。東京都出身。弟は文化人類学者で大阪大学名誉教授の小泉潤二。妻はソプラノ歌手で国立音楽大学教授の小泉惠子。十二代市川團十郎は幼稚園の同期生[1]。1962年東京学芸大学附属世田谷中学校卒業。1965年東京都立日比谷高等学校卒業。1971年東京大学教養学部基礎科学科卒業、日立製作所入社[2]。偏光ゼーマン原子吸光法の創出と実用化により、1976年東京大学理学博士。日立基礎研究所所長、日立製作所役員待遇フェロー。東京大学先端科学技術研究センター客員教授、日本工学アカデミー副会長。内閣府日本学術会議連携会員。欧米・豪州の研究機関のアドバイザーを兼務。中国工程院外国籍院士・東南大学名誉教授。科学技術振興機構領域総括・研究総括、日本分析化学会会長[3]。
高橋和也
自由学園男子部(中等科・高等科)を経て同最高学部(大学部)を卒業。 早稲田大学大学院(教育学研究科学校教育専攻)を修了したあと、1986年に自由学園本務教員となり、男子部長を経て2014年4月 から副学園長を務めていた。 共著に尾木直樹編著『子どもが自立する学校』(青灯社)がある。
「病院に来てくれさえすれば、そこで医療は成り立ちます。でも連れてこられない子どもたちは、病院とは縁のないままに放っておかれてしまいます。それでどうなっていくかというと、さまざまな問題行動を起こすようになり、しまいには何かの事件の加害者になって警察に逮捕される。それで少年鑑別所などに収容され、初めて「ああ、この子にはこういう障害があったのか」と気づかれる。これでは病院の出る幕はありません。 また、たまたま病院で診察することができれば、心理検査を行うなどして、医師はその子どものどこに問題があるかがわかります。ただ残念ながら、見立てが終わったあとは医師ができることは実はあまりない。患者さんが多すぎて時間が取れないこともあり、投薬治療をするか、心理士にカウンセリングをしてもらうか、しばらく様子を見るか、いいところを見つけて自信を持たせてあげるか。その程度のことしかできないのです。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「宮口 厄介なのは、学校のテストの点数を見ただけでは、なかなか判断しづらいことです。テストの点数というのは、基礎的な認知の力はもとより、学校でいろいろ覚えたこと、本人のやる気、親の経済力をはじめとする家庭環境など、さまざまな要素が絡んで、総合的にアウトプットされたものだからです。 もちろんテストの答案用紙を見れば、繰り上がりの計算ができないとか、文章題の内容が理解できていないとか、何ができないかはわかります。でもほとんどの親も教師も、その根本原因がどこにあるかがわからないと思いますね。 そこで私は、認知機能の弱さに原因がある場合もあることを見つけ、さらにそれを改善するために、「コグトレ」という教材をつくったのです。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「少年院に来る子どものなかには、仲間のなかで下に見られて〝パシリ(使い走り)〟扱いされたり、いじめられたり、命じられて悪いことをやらされたりしていたために、たとえば「悪いことをすると、よくやったと悪友から褒められる」など、自己評価が歪められているケースが少なからず見られます。そうなってしまうと、自分を正しく知ることが非常に難しくなると言わざるをえません。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「虫とり、たしかにいいですね。空間的な認知能力、鳴き声や羽音など音に対する認知能力、さまざまな能力が鍛えられます。子どものころから虫とりを楽しめば、認知能力は鍛えられますね。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「でもご両親には、本能的に「子どもの心を読み取る力」が備わっています。両親の遺伝子を半分ずつ受け継いで生まれ、同じ家で暮らしているのですから、子どもの様子を見ていれば、本能的に異変に気づけないわけがない。もし気づけないとしたら、ネットをはじめとするさまざまな情報に邪魔されて、その能力が衰えているのでしょう。養老 目の前の子どもの状態よりもネットの情報を参考にしてしまう風潮はたしかにあると感じます。高橋 養老先生のご著書には、時折そうした切り口が出てきますよね。「何かが違うと感じる、でもよくわからん」といった具合に。私は、世の中から「賢人」と称される方が違和感を抱いた場合には、その声に丁重に耳を傾けるべきだと確信しています。 大人は自分の価値観をむやみに押しつけるのではなく、まずは子どもの声に耳を傾けて、代弁してあげることから始めるべきではないでしょうか。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「子を授かり、子を育てるというのは、本来、喜びであるはずです。そうならない原因の一つは、社会全体が若い世代に、「少子化のいま、子どもをつくって、立派な大人に育てなさい」というプレッシャーを、暗黙裏にかけていることにあるのではないでしょうか。それにより「子どもが欲しい」という本能的な欲望が抑えつけられている部分があるように思えてなりません。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「諸外国が導入しているから日本でもやってみます」などという浅い考えでは、むしろ将来、必ず痛い目をみますよ。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「その辺りの感覚を、メディアアーティストの落合陽一さんが「情報は質量のない世界だ」と表現しているのはおもしろい。多くの人は、「自分たちは自然科学をベースにした教育を受けている。それに基づいて考えれば、質量のある世界で起こることが現実だ」と思っています。けれどもよくよく考えると、それもかなり当てにならない。結局は頭で考えた世界ですから、自然科学の体系は質量のない世界と見ることもできる。 質量のある世界と質量のない世界をどう結びつけるかが、問題になってくるような気がします。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「大きな問題としてあげられるのは、親たちが自分の育児に自信をなくしていることです。そもそもこの世に「正しい育児法」が存在するかどうかも疑問ですが、それを是として、「正しい育児」とはどういうものか、答えをネットに求める傾向があるのです。情報を〝つまみ食い〟するのに、ある程度信用できて、一番お手軽なフィールドがインターネットだということでしょう。 ネットを検索すると、実際、「正しい」と思われる情報がたくさん出てきます。なかでも自分の考えに近く、役に立ちそうな情報を拾い読みしていくと思うんですが、そのときに陥りやすい問題があります。それは、自分が実践している育児と比べて、少しだけレベルの高い方法に「正しさ」を求めがちだ、ということです。 そうなると、もうキリがない。「これは自分より正しい」「こっちはもっと正しい」となって、ネット検索が「正しい育児」という〝鬼〟をつかまえる〝追いかけっこ〟のようになる。これが「負け続ける育児」につながってしまうのです。 たとえるならそれは、「どんな栄養素を摂れば、病気にならない体をつくれるか」と、正しい栄養の摂り方を求めてネット情報を集めまくるようなものです。検索すれば「亜鉛が不足すると、こんな症状が出ます」「鉄分が不足すると、こんな病気になります」といった具合に、たくさんの情報が出てきます。 しかし、どんなに体に大切な栄養素でも、大量に摂ればいいというものではない。足りないと病気になるということと、摂れば摂るほど健康になるということはまったく別の話ですが、どうも育児でもそれと似た誤解が広がっていると思います。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「義務教育とは、「子どもがイヤがっても、義務として学校に行かせる」ことではない。子どもが「学校に行きたい」と望めば、それを権利として認め、教育機会を与える義務が親にある、ということなんですよね。このことを知って、その通りだと、ハッとさせられたことを覚えています。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「当時は子育てに対する社会的な要請が強くて、バイアスがかかっていた半面、共同体は機能していました。たとえば悪ガキがいれば、周りの大人たちが「このまま放っておくと、ろくな大人にならない。地域の仲間として受け入れるわけにはいかなくなる」と思って、叱ったり、説教をしたりする。そういうことが昔はふつうにありました。 ところがいまは、共同体で子どもたちを育てるという意識が圧倒的に薄れています。共同体が消えていくのと並行して起きている現象だと思います。 「子どもを正しい大人に育てるのは両親の責任だ」と言われればその通りですが、その延長で、社会が無関心になっているのは問題です。もっと社会全体が子どもたちの教育に責任を持つべきですね。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
デカルトが大好きな養老孟司さん
「一方、しつけという大切な問題もあります。重要なのは発達に応じた順番です。生まれてからの数年間はしつけよりも愛情と関わりが大切なのです。これは教育の基本であって、約六百年前の世阿弥の『風姿花伝』にも教育論が明瞭に整理されていますね。最初はこの世界に興味を持たせることから始まるのです。 昨今増えているように、まだ土台が築かれていないこの時期にお受験のためにがんばらせるような教育を与えるのは感心しません。意味がないと言ってもいいくらいです。基本的な神経回路が構築される時期に必要なのは、自然環境からの本物の刺激です。情報が削ぎ落とされた人工物では、基本的な神経回路が正しく形成されません。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「 実体験の具体的な例でお話ししますと、例えば、家庭のテレビがあります。色をつくりだすのに、赤・緑・青( RGB)の光の三原色を基本にしています。初期のブラウン管テレビでは、希土類金属が発する鋭い輝線スペクトルを単純に重ねてさまざまな色を出していました。一方、自然の世界は、まったく違います。なだらかだったり尖っていたりする複雑なスペクトルが重なりあって最終的な色が現れてきています。脳のなかの色覚受容体の個人差によっても見えているものは異なります。 音だって同じです。ピアノの音は素敵ですが、周波数スペクトルを計測すると基本は音叉の響きに近い正弦波です。自然の音、たとえば雨だれや風や葉ずれの音、そしてせせらぎや波の音は、とても豊かな広い周波数を持っています。幼いときに、自然と触れ合うことによって、豊かな幅広い感覚系が育まれるのです。 自然界の形をよく見てみると、縦線も横線も、そして曲線もとても豊富です。一方、人工の世界は、たとえば都市を見ると、横や縦の直線が異常に多いことがわかります。プラスチックの造花を部分的に拡大してみても、大きな変化は見られませんが、自然の花々は拡大すると次々と違う世界が広がります。このように豊かな情報を乳幼児期に取り込むことが、一生の宝になると私は思います。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「だから脳が柔らかな幼少時は特に、自然のなかに身を置き、同時にたくさんの人と接して、できるだけ多くの実体験をさせることが大事なのです。子どもに限らず大人も、現代人はそういう実体験の大切さに対する認識が希薄になってきていますから、もっと危機感を持たなければいけないと思います。バーチャル体験への依存が高まると、「知っている」という思い込みがどんどん強くなることも問題です。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「たとえば赤ちゃんが食べ物に手を突っ込んで、なかにある何かを取ろうとしているとします。そのときに親や周囲の大人が「手が汚れるからダメよ」と食べ物を取り上げたりすると、赤ちゃんは神経回路を刺激する機会を阻害されたことになります。 またハイハイしているときにぶつからないように物をどかしたり、転ばぬ先に手を差し伸べたり、大人が赤ちゃんの行動に必要以上に手出しをするのは、神経回路をつくるという、子どもにとって大事な時期に、刺激をシャットアウトしてしまいかねないのです。 もちろんケガや病気にならないよう見守り、保護してあげることは大切ですが、行きすぎは禁物です。きつい言い方をすると、極端な過保護、過干渉は、脳神経科学的に見ると、赤ちゃんにさるぐつわをはめて手足を縛るようにして脳神経回路を構築できなくしてしまう過程に近い、ということです。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「舞台芸術の人たちって、ときどき、「神が降りてきた」というような表現を使いますよね。舞台の上で感極まると、自分の意志ではないように身体が動いていく。それは舞台芸術の最高の状態だと。梅若さんは、立禅(立って行う瞑想)のなかでその状態に入れるときがあるのです。 脳科学から言うと、「神が降りてくる」とは、演技への集中が極まると、前頭葉の働きがピタッと止まった状態らしいとわかりました。鍛錬を積んで、身体と一体化した演目が、前頭葉の判断・指令を必要とせずに、自動化されて演じられたとも捉えられます。梅若さんは「脳の高度な指令とは関係なく舞っていたのか」と少しガッカリしていましたが、それこそ至上の舞だったのだと思います。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「舞台芸術の人たちって、ときどき、「神が降りてきた」というような表現を使いますよね。舞台の上で感極まると、自分の意志ではないように身体が動いていく。それは舞台芸術の最高の状態だと。梅若さんは、立禅(立って行う瞑想)のなかでその状態に入れるときがあるのです。 脳科学から言うと、「神が降りてくる」とは、演技への集中が極まると、前頭葉の働きがピタッと止まった状態らしいとわかりました。鍛錬を積んで、身体と一体化した演目が、前頭葉の判断・指令を必要とせずに、自動化されて演じられたとも捉えられます。梅若さんは「脳の高度な指令とは関係なく舞っていたのか」と少しガッカリしていましたが、それこそ至上の舞だったのだと思います。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「夢中になれる何かがあることは、幸せを感じる大きな要素の一つだと思うのですが、ネットゲームのように人工的につくられたものはつい行きすぎて、刺激が強くなりすぎるから良くないのですか?養老 まず夢中にさせることを目的としていること自体が、噓くさいですね。だからそこにはまると、幸せになるどころか、脳に過剰な刺激を与えて危険になるのです。 もっとも虫に夢中になっている私だって、崖から落っこちそうになったり、うっかりするとクマに襲われたり、けっこう危ない目に遭っています(笑)。安全が保障されていなければ夢中になれない、ということでもない。危険も込みで夢中になれる、危険に遭遇することもまた本望と思えるなら、その人は幸せですよ。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「たとえばファーブルは、自分自身が周囲の人たちとは違う、変わっていることを自覚していました。「野良仕事に出かけるおばさんたちが、朝、しゃがみこんでアリを見ている自分を見かけ、帰ってきたときもまだ同じことをしているのを見て、『あの子、変わってるね』としゃべっていた」という話を、ちゃんと書き残しています。 そう言われることを怒っているのでも、恥ずかしがっているのでもなく、「あー、やっぱり自分は変わった子に見えるんだろうな」と、淡々と受け止めています。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「何かに関心を持ち、もっと深く知りたいと思えば、自然と夢中になって、のめりこんでいくものです。もちろん人によって、関心の持ち方は違います。大事なのは、誰かに教えてもらうのではなく、自分自身で突き止めたい何かを見つけ、意欲的に取り組めるかどうか。そこが、何かに夢中になれる人と、なれない人の違いでしょう。 私はよく「勉強は自分の頭を整理することですよ」と言っています。逆に言えば、自分が見ている世界の見方を整理するために勉強するのです。学者が「根本原理を一つ発見した」と言えば、それは「頭を整理して、原理がわかった」ことにほかなりません。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「養老先生にいろいろなことを教わったなかで、いま、「伝説の解剖学者」とも呼ばれた三木成夫先生のことを思い出しました。大学に入った当時、東京医科歯科大学で助教授をしていた三木先生にたのみこんで、「骨学」の授業を取らせていただきました。とりわけ「人間はもともと、入り口が口で、出口が肛門の一本の管、ただのチューブだった」という三木先生の論理は印象的でした。 管の外側を構成しているのが皮膚、筋肉、神経などの「動物器官」で、管の内側は腸管や循環器、腎泌尿器、生殖器などの「植物器官」だという。その通りだと感動したことを覚えています。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「たしかに巨万の富を築いたがために、失うことの恐怖から逃れられず、幸せどころか不幸になる人も少なからずおられます。 かつて、米国の大富豪のご厚意で、ニューヨークの別荘を、お手伝いさんやシェフ付きで、二日間だけ自由に使わせていただける幸運に恵まれたことがありました。けれども、二日間幸せな時間を過ごしてみて、その素晴らしい経験だけでもう十分有難いと思いました。たしかに自家用ジェットも快適で便利だったし、外洋航海用の自家用船舶も、楽しいクルーズも素敵でした。心から感謝するばかりです。 けれども私は貧乏性なのでしょうか。養老先生がおっしゃったように、まさに今いるその場で「自足」できることが幸せなんですよね。そして好きな実験をしたり、初めての経験にワクワクしたり、新しいことをとことん考えるのが楽しくてしかたないのです。それに我欲の少ない人々の環のなかにいることが、とても幸せですね。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「ともすれば都市化のなかで失われていきかねない「人間らしさ」を取り戻すためには、知識や情報を頭で得るのではなく、自然のなかに身を置いて、五感を通して自分の周りで起きるさまざまな現象を感じ取ることが大切だ。 脳化社会の先を切り拓くのは、泥だらけになって遊びながら自然体験を積んでいる子どもたちなんだ──。 自分で自分の命を絶ってはいけない、ということをずいぶんおっしゃっていたこともよく覚えています。そこは生徒たちの心にもかなり響いたようです。講演後の質疑応答でも、「死を経験するのは本人ではなく、残される他者であるなら、死刑は刑にならないのではないか」「なぜ人は、自分の意思とは関係なく生まれるのか。そのような人生を生きる意味はどこにあるのか」「人工知能が人間を教えるようになると、人間が教える授業にどんな意味があるのか」などの質問が出ました。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「ともすれば都市化のなかで失われていきかねない「人間らしさ」を取り戻すためには、知識や情報を頭で得るのではなく、自然のなかに身を置いて、五感を通して自分の周りで起きるさまざまな現象を感じ取ることが大切だ。 脳化社会の先を切り拓くのは、泥だらけになって遊びながら自然体験を積んでいる子どもたちなんだ──。 自分で自分の命を絶ってはいけない、ということをずいぶんおっしゃっていたこともよく覚えています。そこは生徒たちの心にもかなり響いたようです。講演後の質疑応答でも、「死を経験するのは本人ではなく、残される他者であるなら、死刑は刑にならないのではないか」「なぜ人は、自分の意思とは関係なく生まれるのか。そのような人生を生きる意味はどこにあるのか」「人工知能が人間を教えるようになると、人間が教える授業にどんな意味があるのか」などの質問が出ました。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「自由学園とはどんな学校なのか、まず創立の経緯から教えていただけますか。高橋 ともにクリスチャンであり、ジャーナリストであった羽仁もと子・吉一夫妻が一九二一年に創立した学校で、二〇二一年にちょうど百周年を迎えました。羽仁夫妻には三人のお嬢さんがいて、その子どもたちを託したいと思える学校が見つからず、それならば自分たちの手でと、意を決してつくったのです。 創立者の羽仁もと子は、青森県八戸市の出身で、十六歳のときに東京への遊学を決意して故郷をあとにしました。その後、紆余曲折を経て、報知新聞社に入社。かねての念願が叶って、日本初の女性新聞記者の一人になりました。 時代はまだ明治の終わりごろですから、女性ゆえに取材先でからかわれたり、相手にされなかったりすることが多かったようです。それでも社内には、偏見なく女性の力を認める男性上司たちがいて、女性の視点で書いた記事がしだいに評価されるようになったといいます。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「私が中学を受験したころは、まだ、いまで言う偏差値のようなものがあるわけではなし、自分が数値化された評価で序列化されているという意識は希薄でしたよね。ましてや私の進学した栄光学園は、できて四年目の新しい学校でしたから、定まった評価もなくて。 でも先ほどの高橋先生の共同作業の話で思い出しましたが、同じ小学校の同級生が集まって、自分たちで勝手に勉強会をやっていました。受験する以上、システムは変えられないからと、どうすれば試験を切り抜けられるか、知恵を絞り合ったり、わからないところを教え合ったりしていましたよ。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「いま、高橋先生のお話をうかがっていて、「君子の三楽」という孟子の古い言葉を思い出しました。立派な人物の三つの楽しみとして、「父母兄弟が健在であること」「天や人に対して恥じるところがないこと」の二つに並んで、「天下の英才を教育すること」をあげているのです。子どもを教育する、言い換えれば自分の頭で考える人間に育てるというのは、大変な喜びだということです。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「栄光学園の思い出をもう一つ。授業が全部終わると、全員が上半身裸で校庭に出ていって、ラジオ体操をしたことを覚えています。真冬でもやっていました。いまもその伝統は続いているようです。やめると言うと、同窓会が文句を言うらしくて。「自分たちも辛い思いをしながらやったんだから、後輩の現役生もやれ」なんて、変な伝統になっています。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「私も森のことに関わっていて、なかでもすごいと感動したのは「神宮の森」です。ご存知のように、あの森は東京の真んなかにつくられた人工の森です。林学者や造園家たちが「百年を経て自然の林相になる」ことを目指して英知を結集したのですから、壮大なスケールです。「神宮林」と呼ばれる伊勢神宮の森もそうですね。式年遷宮といって、二十年に一度、社殿と神宝を新調して、天照大御神に新宮におうつりいただく祭事があります。そのときに使われる新宮のもっとも神聖な心御柱は、この神宮林から伐り出した、樹齢二百年のヒノキです。 そもそも神宮林は、将来の遷宮を視野に入れ、造営用に必要な木材を自給自足することを目標につくられました。自由学園の植林もそうですが、時間の単位が何十年、何百年ですから、物事を「長い目で見る」という視点も育まれますね。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「学問や研究というのは本来、即座に結果が出るものではない。ところが科学研究にもお金がかかるものだから、研究費の申請に際しては、何の役に立つかを明確に示さなければならなくなった。私はそんなふうに結果で研究内容を限定されるのが窮屈だし、どう出るかわからないのに結果をあたかも確実に出るかのように書類を書くことに抵抗があるので、「いりません」と言うしかない。とはいえ自分で研究費を稼げるかというと、どうしても限界があります。 そんなこんなでこの年になって、ようやく気づきました。国とか政治は、「いつ、誰の役に立つかわからないこと」を長い目で見守り、応援していかなくてはいけないということに。長年、「参議院は五十年より手前のことは考えない議会にしろ」と言ってきたのは、そういうこと。国の運営には、長い目で見ることが必要だということです。 とりわけ教育は、そういう姿勢が求められる、一番身近な問題だと思いますね。十年、二十年先には大人になって、国を、世界を背負っていくのですから、どういうふうに子どもたちに育ってほしいかを考えれば、おのずと教育の重要性がわかるはずです。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
「私も子どもが苦労しながらその子ども自身になることを認め、励ましたい。逆に言えば、大人の尺度で子どもの考えや気持ちをねじ曲げてはいけないと思っています。」
—『子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書)』養老 孟司著
Posted by ブクログ
とても良い本でした。
国産初の超電導MRIを開発した小泉英明先生との対談では、小泉先生が中学時代にガイガーカウンターを手作りしたというエピソードに驚きました。
有名な自由学園がどのような学校なのかもよくわかりましたし、小児科医の高橋孝雄先生との対談は涙が出ました。特に必読です。
「ケーキの切れない非行少年たち」の宮口幸治先生との対談も興味深い点が多く、適度に厳しい、先生のポリシーが良かった。「みんなと同じじゃなくてもいい。自分のやりたいことをやろうというのは大人の勝手な理論でしかない。みんなと同じになるのが大前提で、多様性はそのうえに乗っかっているもの。最近は多様性という言葉を簡単に使いすぎ。」
なるほどなぁと思いました。
Posted by ブクログ
子供の教育をテーマにした養老先生と4人の碩学の対談集。
4人は心理学や脳神経学の権威であったり、画期的な教育方針で知られる学園の学園長であったりさまざま。それぞれの視座から今の子供が置かれている環境の問題点を考察しているのだが、その見解はかなり近いところに着地している。
サブタイトルの「三つの力」とは、「認知機能」「共感する力」「自分の頭で考える人になる」。デジタルネイティブとして育ち、情報の洪水に受け身一方になりがちな現代っ子がこの三つの力を手に入れるには、自然や人との交わりの中でナマの体験をすることがやはり何よりも大切なようだ。もっと早く読みたかったなあ。
Posted by ブクログ
第1章の方は著作を読んだことがありましたが、他の方はこの本で知る人たちでしたがどの方もお話が興味深く、読み応えありました。
養老さんが、知識豊富なだけでなく問題意識を抱く着眼点が素晴らしく、対談の意義がある本でしたが小難しくなく読みやかったです。
日々流されて生きているといういか、毎日に必死にしがみついていると茹でガエルの法則のように危機感を抱くセンサーが鈍くなり見過ごしていたのだなと思わされました。
「脳化社会」ということは大変共感できましたし、『スマホ脳』で読んだ問題に対しても、同様に危機感を抱いているということがわかる、個人的に点と点が繋がった気がしました。
自分が子供だった頃と、今の子供たちが置かれている状況が驚くようなスピードで様変わりしていて、どれだけ負担や脅威にさらされているのかと思うと心配ですし気の毒にも思いそうになるのですが今は今で幸せなこともあると思うので勝手に他人が不幸がっちゃいけないなと思います。
それでも、できる限りのことは大人として子供たちにしてあげなくてはいけないと思います。多くの人にこの本を手に取ってほしいです。
最後の章の椅子や机を作る、生徒が植林した木材で校舎を建設する、自分たちが食べるご飯を用意する、など生活力を鍛えていること、とても素敵でした。
一歩間違えると学校の方針が辻村深月の「琥珀の夏」で描かれたオカルトチックな団体のように思えるので紙一重の恐ろしさもありますが、「人新生の資本論」で言われていたように、資本主義が進んで分業化が進むたびに人々は生きる力を奪われているというのにも繋がるように思えました。
ひとつの事象が様々なところに影響を与えていること、ぼんやりしていると気付かないけれど、察知し警鐘を鳴らしている人がこんなにもいるのだと最近の新書を読んでその人たちが感じている危機に繋がりがあるように思えて同じ時代を生きているからこそ問題点は似てくるのか、と腑に落ちました。
楽な道ではなく困難な道を選べというのは、様々なところで細かいところは変え言われている言葉ですが、その通りなのだとしみじみ思う今日この頃です。
楽が悪いわけではないですし困難を取り違えて苦しい道を行き疲弊するのは誤りだと思いますが、楽をしたことで本来人間が能力を発揮してカバーするべきところを、最新技術や周りの人の手でフォローされてしまうと、その人自身が育たない、潜在能力が開花しない。
自動車の運転サポート技術は進化し続ける一方ですが、本来ドライバーが気をつけるべきところを機械がサポートし続けていけば、人間の危機管理能力は退化する一方ではないでしょうか。
それが果たして本当に自動車事故ゼロの社会に繋がっていくか、疑問です。
自分が大人になって、教科書で学ぶような事件や問題は過去のことで、現代の世の中は解決されて良い方向に進んだものと思っていました。
でも常に今は過去になっていき、問題は未来から見てやっと評価されていきます。
現在進行のものが、実際にどのように社会、世界、人々、子供達に影響を与えるかは、時間が経過しないと評価できません。過去の問題に対してとった行動が果たしてどうだったか、その答え合わせとなる今、新たな問題が噴出して苦しい状態になっているように思えてなりません。
おかしい、と思ったなら急いで軌道修正をしていきたい。
果たして、事業仕分けの報道で切り取られた「2位じゃダメなんでしょうか」という言葉は一体なんだったのか、この本を読んで改めて落ち着かない、恐ろしい気持ちを抱きます。
実際にその仕分けがどんな効果を残したのか、会議のすべての会話がどうだったか、知らないですがその当時報道で何度も目に、耳にしたことの言葉は多くの人にも残りサブリミナルのようになっていないか不安になりました。
意味のないものを、その時の判断で切り捨てていったことでどれだけのものが失われたのか。
ゆとりがあり、無駄がある。無駄は過剰じゃなくて、余白。何かに使えるかも。
資本主義で大量生産されたものの無駄ではなく。人の営みに理屈を求めすぎない。
窮屈になってしまい人の顔色を窺い極端に失敗を回避しようとする若者が切なくも思えてきます。失敗してもいいんだよ、回り道をしてもいいんだよと大人が温かく受け入れられるような世の中でありたいのに。
お金がないとだんだん心が貧しくなったり他人に厳しくなったり、倫理観を捨ててでも稼ぐなど自分勝手な人が増えたら社会が機能せず崩壊していくこともありそうと思うので、日本の財政を見直してほしい…すべては選挙に繋がる…政治…
Posted by ブクログ
★養老センセイが「臨床医になりそびれた」「感情のコントロールが苦手。相手の感情もわからない。努めて分かるように勉強した。」とご自身のことを言っておられびっくりした。そうだったんだ。。。
★人が幸せを感じるのは、人の役に立つとき。やる気のない非行少年が変わったとき by宮口先生
★決め手になるのはモチベーション
見通し、目的、使命感 by宮口先生(ご自身の体験)
→これは分かる。学生時代の勉強は苦手というか苦行でその苦行を続けられなかったが、齢40になりちょこちょこ資格試験勉強するのが楽しくなってきた。それは今の仕事上の目的や問題意識(使命感というほどではないが)があるからかなと。
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