ブックライブでは、JavaScriptがOFFになっているとご利用いただけない機能があります。JavaScriptを有効にしてご利用ください。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで100万冊以上配信中!
来店pt
閲覧履歴
My本棚
カート
フォロー
クーポン
Myページ
7pt
開催中のキャンペーン
食う寝る遊ぶ、ときどき邪魔。それでいいじゃないですか。――NHKの人気番組「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」から生まれた、養老センセイと愛猫まるの老老コンビが贈る痛快エッセイ!
アプリ試し読みはこちら
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
1287円 東大医学部で長年学生を教えてる先生が病院に行くのが嫌いって言ってた。私も出来るだけ病院には行かないようにしてる。 養老孟司は科学的造詣もありながら、文学的造詣がある所が良い。どちらかだけだと物足りない感じする。医学の対象は人だから文学好きが多いのかなと思う。 「 優れた音楽家は「...続きを読む絶対音感」を持っていると言われます。これは、他の音と比較せずに、音の高さがわかるという能力です。みなさん、音楽の才能がある人だけに与えられた「特殊能力」だと思っていませんか。実は違います。誰でも赤ん坊のうちは、音の高さを区別しています。けれど、成長につれ言葉が使えるようになると、その区別ができなくなるんです。逆にいうと、言葉を使いこなすには、音の高低がわかってはいけないんです。 たとえば、「太郎」という名前の子どもの場合、お父さんお母さんなど誰が呼んでも、つまり、どんな音の「太郎」でも自分のことだと認識できなければ、やりとりが成り立ちませんよね。要するに、人間は言葉が使えるようになるにつれ、絶対音感を失っていくんです。 音の高低がわかるというのは、本来、動物が持っている能力です。つまり、感覚で違いを見分けられるということ。そういう意味では、赤ん坊は動物と同じです。こんな実験もあります。生後一ヶ月の乳児の頭の両側に、母親の母乳と別人の母乳を浸したガーゼを置くと、どんな赤ん坊も、必ず自分の母親の母乳を選びます。同じ実験を父親にすると、まったく違いがわからないそうです。つまり、人間は誰でも、生まれたては感覚で外の世界をとらえているんです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「この「同じ」ということについて考えたことがありますか。「『違う』の反対だろう」って? そんな単純な話ではないんですな。そもそも、世の中に同じものはあると思いますか。ヒトは感覚と意識を使って生きていますが、実は感覚でものをとらえた場合、絶対に同じということはありません。たとえば、大量生産品が百個並んでいたとする。見た目は同じかもしれませんが、実際には全て違っています。 リンゴで考えてみましょう。リンゴが百個あれば、実際はどれも色や形が違っている。ところが、ヒトはそれらを「リンゴ」という言葉でひとくくりにしてしまいます。一個一個は違っているにもかかわらず、どれも「同じ」リンゴにしてしまうのは、意識がそうさせているからです。つまり、我々の脳は、感覚でとらえた違いを、頭の中で「同じ」にするのです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「私は、マレーシアのキャメロン・ハイランドにも虫を捕りに行きます。高原にある有名な保養地なんですが、そこにはスターバックスがあります。スターバックスのコーヒーというのは、マレーシアだろうと、タイのバンコクだろうと新幹線の品川駅だろうと、ものは同じでしょう。 人はあらゆるものを「同じ」にしようとします。グローバリゼーションの根本がまさにそうなんです。イギリスとアメリカは、共にその最先端にいた国です。とくにイギリスは非常に早くからその動きがあり、世界各地に植民地を持ち「日の沈するところなし」とまで言われました。アメリカの場合は、情報でグローバル化を行った。その手段となったのは衛星テレビでした。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「意味があるもの、意味と直結した感覚入力だけで生きるほうが、安心安全で快適と思っているから、人は世界を意味で満たしていく。だから私は都会が嫌いなんです。全ての意味が説明できてしまうから、自分の参考になるものが何もない。 たまには、自分が同一化していることを意識したほうがいいですよ。猫を見るとそれが少しわかる。動物には、絶対に「同じ」がない。彼らの目に映るものは「日々新た」なんです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「今年の梅は、ちょっと遅めでしたね。近所には桜も多いけれど、私はソメイヨシノがあまり好きじゃない。一斉に咲くでしょう。あれがつまらない。一代雑種で、種ができないから挿し木などで増やす。いわばクローンなんですよ。だからみんな開花が揃う。それが苦手。猫みたいに勝手気ままなほうがいいですね。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「今は極端で、なんでも言葉にしようとする世の中ですよね。言葉にすると変わらないものになるから。情報化社会ってそういうことです。変わらないもので埋め尽くしていく。そうすると意外にわからなくなるのは、生きているとはどういうことかということなんですね。 言葉が中心であるというのは、非常に欧米的な考え方です。聖書は「はじめに言葉ありき」でしょう。アルファベットなんて、 Aから Zまでの二十六文字で言葉にできるものは全部表せてしまうんです。 でも、本当は言葉にならないものもたくさんある。そういう感覚的な印象を多く残しているのが日本語の特徴のひとつです。オノマトペが多いでしょう。「しみじみ」とか「つくづく」なんて、数え上げたらキリがない。こういうものは、英語や他の言語には変換できません。なぜなら非常に感覚寄りの言葉だからですね。日本人の感性と文化がいかに感覚に寄っているかということを示しています。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「 経済関係の人はこう考えます。景気がよくないので結婚しない、それで少子化が起こっているって。でも、明らかにそれだけじゃないですよ。貧乏で結婚できなくて子どもをつくれないんだったら、落語に出てくる、江戸時代の貧乏で子沢山の長屋話なんかありえないでしょう。そう思いませんか。 子どもが増えないのは、根本的には都市化と関連しているからだと、私は思います。都市は意識の世界であり、意識は不確定要素の多い自然を嫌います。つまり人工的な世界は、まさに不自然な世界なんですよ。ところが子どもは自然でしょう。思うようにならない。予定通りにいかない。設計図もない。欠陥品だからといって取り替えるわけにもいかない。そういう存在を「意識」は嫌うんですよ。意識の世界というのは、すべてが「ああすれば、こうなる」というアルゴリズムで動かなければいけないから。 でも、子どもってそうはいかないでしょう。自然そのものなんだから。苦労して育ててみても、どんな大人になるかわからないじゃないですか。うまくいけばタレントになってくれるかもしれないし、犯罪者になってしまうかもしれない。そんな危ないもの、関わらないほうが無難じゃないですか。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「そういう考え方をしたら、そりゃ子どもは減るに決まってますよ。そんな危ないもの誰がつくるかって。猫のほうが気が楽でしょ。子どもほど大変じゃないから。むしろ、子どもの代わりになっていますよね、今は。人間の子どもはちょっと重たいから、猫のほうが無責任でいいってことになるんでしょう。 少子化は、人々が自然に対峙する方法を忘れてしまったことに根本の原因があるんじゃないですかね。私はそう思う。なぜ忘れたか。意味で満たされた、意識の世界に住み着いているからですよ。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「うちの周りには自然が多いんだけれど、以前は、日本はどこでも自然があふれていました。それを、一生懸命ぶっ壊したんです。人間がやたらに増えたから、ビルやマンションをつくってね。それで近所付き合いをなくしたり。おかしな方向に進んで来ちゃったんですよ。 だから、いつかまた戻るんじゃないですか。自然が嫌だっていう人は少ないでしょう。会社の社長さんなんか、お金持ちになったら山に行ったりゴルフに行ったりしているでしょう。だったら若いうちから行けばいいんです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「生物多様性というのは、本当は「眼」の話なんです。鹿でも狸でも、カブトムシでもゾウムシでも、もちろん猫も、自分の眼で見て、いろいろな生き物がいるよなあと実感するのが生物多様性だと私は思います。そういう実感のない人にとっては、単なる言葉でしかない。 DNAの理解と一緒です。 だから私は、「多様性っていうのは感覚であって、言葉じゃないんだ」といつも言っています。たとえば、アメリカは「人種のるつぼ」と言われますよね。ほんとうは、るつぼじゃなくてモザイク。イタリア人、ユダヤ人、東洋人、アフリカ系、というふうに、見ると細かく分かれている。それが多様性ですよ。人種のるつぼだというのは噓だって、ニューヨークの人自身が書いているのを読んだこともありますよ。 何年か前に東京駅でエスカレーターに乗った時、手すりベルトのところに何か書いてあったんです。ふと見たら「除菌」ですって。現代人は自分が生き物と一緒に暮らしているなんて思いもしないんでしょうかね。誰の身体の中にも体内細菌がいるんです。私の学生時代は、その数一億といわれていましたが、今は百兆いるとか。だから、その「除菌」を見た時に、「腹の中に一兆もバイ菌を持ってるくせに、何が除菌だ」って笑いましたよ。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「最近は歯医者さんでも、モニターにつながった顕微鏡があるから、機会があったら、自分の口の中の唾液をちょっと見せてもらうといい。繊毛のある細菌が元気に泳いでいますから。「微生物学の父」とも言われる十七世紀の博物学者、レーウェンフック(アントニ・ファン・レーウェンフック)だって、顕微鏡で自分の口の中を調べてびっくりしているんです、「生き物がいた!」って。 まあ、たいていの人は顕微鏡を覗く機会なんてそうそうありませんから、生物多様性を実感するには、外へ出るのがいちばんでしょう。虫でも動物でも植物でもいい、いろいろ見ることです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「政治家なんて、そういう外の世界を全然見ずに、生物多様性という言葉を使うでしょう。だめですよ、そんなの。 だいたい、世の中みんな同じだと思っているから、多様だって言いたくなるんじゃないですかね。その昔、「人生いろいろ」って言った総理大臣がいたでしょう。あれを聞いて、「いろいろに決まっているだろ、同じ人生送っているやつがいるか」って思いましたね。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「ゆとり教育の名の下、「個性を伸ばす」もしくは「個性を尊重する」ことを重視する教育が行われ始めてから、ずいぶんと時間が経ちます。ゆとり教育自体は失敗に終わってしまいましたが、思えば戦後から、「個性」の連呼が始まったように思います。個性とはいったいなんでしょうかね。 私たちは眠っている間、意識を失い、目覚めるとまた意識が戻る。その時、なぜ自分が自分であると認識できるのでしょうか。それは、意識が「私は同じ私である」と認識させるからです。しかし、人は変わるものです。 たとえば、人体の細胞分子は七年でほぼ全てが新しくなると言われています。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「つまり、自分というものは、いつも変わり続けているとも言えるでしょう。 ところが意識は、いつまでも同じ「私」を継続させようとします。実際には変わっている「私」がいる一方で、ずっと変わらない「私」もいる。では、変わらない「私」とは何か。それはつまり、情報です。 生年月日、身長体重、家族構成、学歴など、誰もが自分に関する情報を持っていますよね。情報というものは不変です。だからいつだって、私は私であると認識するわけです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「何かを知るということは、知識が増えるということではなく、実は、自分が変わるということです。ところが、そんなふうに考えている人はいないでしょう。 今時の親なら、学校に子どもを預けたら変わって帰ってくるなんて思いもしない。変わるとわかったとしても、子どもが変わってしまうような危ない所に行かせられるかと大騒ぎするでしょうね。子どもも子どもで「変わらない私」を個性だと思い込んでいます。 では、その個性とは一体なんでしょうか。私にすれば、そんなものはハッキリしています。人を見れば、みな違う顔、違う身体つきをしているでしょう。血液型だってそうです。それはまぎれもない個性ではないですか。ところが、多くの人が、個性とは心だと思っている。心が生み出す、人と違った考え方や行動を個性だと勘違いしています。つまり、意識にこそ個性があると信じている。私だけの思い、私だけの記憶なんて言いますが、そうしたものは他人にとっては意味のないものです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「日本の伝統芸能で、個性というものを考えてみましょう。私の東大時代の同僚に、免疫学の権威である多田富雄先生がおりました。彼は能が好きで、高校生の頃から鼓を習っていました。たいていは、師匠の前で鼓を打つと、一言「だめ」と言われたそうです。そういう繰り返しが続き、一、二年した頃に突然「よし」と言われるそうです。それで、次の段階へ進める。この話の意味することがわかりますか。つまり、三日や四日でそっくり真似できるようなことは、個性でもなんでもないということ。十年、二十年と師匠のやる通りにやっていくと、どうしても折り合わない部分が出てきます。それを個性と呼ぶのではないでしょうか。 夫婦もそうではないですか。何十年一緒に暮らそうが、折り合わないところはあるでしょう。それが、夫婦それぞれの個性です。では、折り合っている部分をなんと呼ぶか。それが心ですよ。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「心に個性があると思い込んで「個性を伸ばせ」などと言っているから無茶苦茶になってしまうんです。個性というのは最初に与えられた身体です。イチローのように打ってみろ、大谷翔平のように二刀流をやってみろと言われても、普通の人はマネできないでしょう。なぜできないか。それが個性だからですよ。では、どの程度までマネできるのか。先ほど言いましたね、十年、二十年と師匠のマネをして折り合わないのが個性だと。そのくらいの時間をかけなければ、個性なんて見えてこないものなんです。 そう考えると、個性が大切だなんて一生懸命言ってみても仕方がないでしょう。まず、身体が個性であるという認識を正しく持つべきです。小学校の運動会でみんなが並んでゴールするなんていう愚かしいことをする必要はないんです。身体が違えば走る速さが違うのも当たり前。それは認めるべきなんです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「私は長年、解剖に携わってきたから身体が個性だということは嫌という程わかっている。実際、一人一人ぜんぶ違っています。ところが、医学部の学生の中には「先生、この遺体は間違っています」なんて言う者もいるんですな。どこが間違っているのかと聞けば、「教科書に載っているのと違う」と。遺体のほうが間違っていると考えてしまうんです。今時の医者にはお気をつけください。病院で診てもらったら「あなた、間違っている」と言われかねませんよ。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「とかく、現代社会は周りの環境を同じにして、感覚を働かせないようにつくられています。オフィスビルの中なんて朝から晩まで同じでしょう。同じ気温で、同じ明るさ、雨も降らなければ、風も吹かない。そういう状況で暮らそうとするんですよ、現代人は。それが快適だ、合理的だって言うんだけれど、私はそれを信じません。 山の中でも歩いてごらんなさい。地面はでこぼこで、木の根や草があり、虫がいる。風が吹き、雨が降ればぬかるむ。小鳥や木々のざわめきなど、様々な音がし、様々なにおいもする。都市での生活は、こういう感覚を遮断しているんです。 そのような環境では、自分を非常に変えにくくなるでしょう。常に世界が同じなわけですから。私は、そういうのは楽しくないだろうなと思いますね。むしろストレスですな。頭の外に出るべきなんです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「 私にしてみたら、本当に、人体くらいわからないものはありません。なんでこうなっているんだろうと思っても、そうなっているものはしょうがないだろうとしか思えないことも多い。 身体の構造って非常に複雑なものです。だから、昔のヨーロッパでは人体を「小宇宙」と言った。今の人は「小宇宙」という感覚を持っていないんじゃないですかね。それこそ、医者に行けば、身体のことが全てわかると思い込んでいませんか。検査をして、血糖値が高いとかコレステロール値がどうだとか。そんなのぜんぜん関係ないですよ。そもそも、自分の身体をどうやって動かしているかということだって、わかっていない人が九割九分じゃないですかね。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「今の人たちは、何でもすぐに説明してもらおうとするでしょう。「どうしてですか? どうしたらいいですか?」って。聞かれるたびに「バカ!」って叱るんです。「そんなことは自分で考えろ!」って。そういう、何でも説明を求めたがる傾向って、メディアでとくに強いと思いますね。 たとえば、殺人事件が起こったとする。報じる側も見る側も、どうしてこうなっただのなんだのとあれこれ言うでしょう。でも本当のところは、わからない。異常なものであればあるほど理解不能でしょう。もし、わかったら私もあなたも異常な殺人犯ですよ。だから、つべこべ言うのは無意味なんです。理屈は後付けなんですから。「わかるわけないでしょう」で終わればいいのに、わかったような気になって、なんでも説明しようとする。そういうの、うるさいと思いませんか。非常識だと思いませんか。 私は解釈をあまり信用しません。「そうも考えられるよね」というところでおしまいにします。文学作品にもあるでしょう。「藪の中」や「羅生門」。事件はひとつでも、解釈は三つも四つもある。それが困るから、神様という存在があるんです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 研究費をもらうために文科省に提出する書類にも「有用性」について記入する欄があったんです。この有用性という言葉、言いかえれば「意味があるもの」ということですよね。今の社会は、「ああすれば、こうなる」ということで占められています。何かをする前から、結果がわかっていなければいけない。しかも、なんでも言葉で説明しようとします。 ちょっと、自分の働いている会社の中のことを考えてみてください。どうです? 意味のないもの、つまり有用じゃないものって置いてありますか。 花が飾ってあったとします。それだって「観賞用」という意味を持たせて、「癒しになる」なんて言っているでしょう。そんなふうに、とにかくなんらかの役に立つ、仕事に有用なもので満たされているじゃないですか。これは会社に限りません。我々の住んでいる世界は、すべてのものに意味がなくてはいけない世界なんです。 これは、裏返せば意味のないものは存在を許されない、片付けられてしまうということです。道端に生えている草を「雑草」と言いますよね。誰が植えたわけでもない、勝手に生えてきたものです。そこにあっても意味がないし、なんの役にも立たない。だったら、そういうものは抜いていいとなる。抜いていいどころじゃなくて、なくそうとするでしょう。 それと同じ理屈の事件が二〇一六年に起こりました。相模原の障害者施設で入所者が十九人も殺害された。あの犯人は、「人の世話になるだけで役に立たない人間の人生になんの意味があるんだ」というのが動機になっていた。もっというと、あの事件は、みんながやっている自分の生活の裏返しというか、意味のないものは必要ないという考えそのものなんです。異常な人って、すごく先鋭的に世の中を反映しているんですよね。それがわかっていても、みんな嫌だから、そういう点には触れません。そう考えると、ものすごい事件だと思いませんか。 「これは、裏返せば意味のないものは存在を許されない、片付けられてしまうということです。道端に生えている草を「雑草」と言いますよね。誰が植えたわけでもない、勝手に生えてきたものです。そこにあっても意味がないし、なんの役にも立たない。だったら、そういうものは抜いていいとなる。抜いていいどころじゃなくて、なくそうとするでしょう。 それと同じ理屈の事件が二〇一六年に起こりました。相模原の障害者施設で入所者が十九人も殺害された。あの犯人は、「人の世話になるだけで役に立たない人間の人生になんの意味があるんだ」というのが動機になっていた。もっというと、あの事件は、みんながやっている自分の生活の裏返しというか、意味のないものは必要ないという考えそのものなんです。異常な人って、すごく先鋭的に世の中を反映しているんですよね。それがわかっていても、みんな嫌だから、そういう点には触れません。そう考えると、ものすごい事件だと思いませんか。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「世界は実は役に立たないもので満ちているんですよ。現代社会はそれをすっかり忘れさせてしまうんです。 学校は近代生活の基みたいなところで、教室の中に無意味なものはないし、ゴキブリも出ません。とても不健康だと思いませんか。私はそう思うし、そんなところで何時間も子どもを育てていいのかとさえ感じます。 昔は、学校の外に出たら無意味なものが山のようにあった。だから、そういうものがない聖域として、学校をつくったという理屈はよくわかります。ところが今は、学校の内も外も同じでしょう。意味のある役に立つもので満たされていて、無意味なものの存在は排除される。そんな環境にいたら、子どもだっておかしくなってしまうでしょう。だから、その反動として、「森のようちえん」やフリースクールなんかが出てきたんじゃないでしょうか。 まったく、校庭なんか舗装して何を考えているんでしょうね。あんなもの、土でいいでしょう。掘りかえしてミミズでも出てくれば楽しいし、モグラだったらもっといい。まるだって、舗装された校庭なんか歩きたくないって言いますよ。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「 わかりにくいですか。たいていの人は自分というのは、中身があると思っているからですな。たぶんそれは錯覚です。自分なんて動物でもありますよ。そうでしょう。なぜあるかというと、動物は帰ってくるからです。 動物には帰巣本能があるでしょう。なぜ帰ることができるかというと、今言ったような地図があって、その中に現在地を示す矢印があるからです。だからナビができるんですよ。現在地を示す矢印がないと、地図は使えないんです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「だから、猫だって自分で調整してもらうしかないんです。中毒を起こすようなら食べないだろうしね。そういう意味での安心感、自分の身体に対する信頼感ってどんどんなくなってきている。脳みそと身体、どっちを信頼するかといったら、私は脳みそは信用しませんな。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「知ってますか。ガン細胞って誰にでもあって、日々、身体が処理しているんですよ。それをやっているのが免疫です。ガン細胞というのは、いわば異物です。免疫は体内にある異物を排除しようとするんです。 極端なことを言うと、身体の中では、毎日毎日ガン細胞が出来ては片付けられている。ガン細胞は、そうやって殺されているんです。だから、免疫力が弱ってくるとガンが発症しやすくなる。つまり、片付けている網の目をすり抜けるやつがいて、それが成長する。時々突然治ってしまう人がいますけれど、それは免疫が異物と判断して処理をするからです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「それにしても、人間は何かにつけ治療をしたがりますな。ちょっと風邪をひいたぐらいで、東大病院まで出かけたりする。そんなもの、ほっときゃ治る。私は病院に行かないし血圧も測らないし血糖値も測らない。健康診断なんて昔から行ってません。医者たちは、あんなもの役に立たないってわかっている。私が現役だった頃、東大の医者たちの健診受診率はたったの四割でしたよ。 そもそも、病院に行って何を言われるかといったら、「病気です」って言われるに決まっている。壊れていないわけないでしょう、八十歳にもなって。病院に行く時は、女房が「すぐ病院行け」って言った時。行かないと機嫌が悪いから。そっちのほうがよっぽど具合が悪い。 言い訳もいろいろしてみるんですがね。私は東大で三千人の医者を育てたので、「俺が育てた医者なんて信用できるか」なんて言ってみたりもします。まあ、通用しませんな。そんな寝言は。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「 今、自宅でお産をする人はほとんどいないでしょう。亡くなるのだって、日本人の八割前後が病院になった。人間のふだんの生活から「生まれて死ぬ」という自然の過程が消えて、ふつうではない「非日常」になってしまっているんです。人生は、病院から出てきて病院に帰るんだから、日々の暮らしは「仮退院」ということになります。やれやれ、ですな。 最近の健康ブームもあって、老人たちは治療したら元の身体に戻ると勘違いしていますね。そんなわけないでしょう。歳をとったら病気の三つや四つ抱えているのは当たり前。車だって何年も乗ったらガタがくる。それと同じで、人間も「中古」になるんですよ。六十歳過ぎたら病気なんか治るわけない、病院にばかり行くのは無駄。 死なない人はいないんだから、過剰に不安を持っても仕方がない。そう心得てくださいな。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「解剖をやってきたから言えるんですが、肺が黒くない人を見たことがない。北京の大気汚染が話題になっているでしょう。 PM二・五。あんな環境にいたら、タバコを吸わない人だって、肺が真っ黒になりますよ。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「吸いたい人は自分で葉を育ててタバコをつくる。私は、それでいいと思う。 別に健康にいいとか悪いとかいう理由で吸ったり吸わなかったりしているわけではないですからね。気持ちがいいから吸っているだけ。だいたい、タバコに限らず、なんでもやりすぎたらアウトでしょう。運動だってやりすぎたら害が出る。お酒だってそうでしょう。「飲みすぎは身体に良くないんだから、酒飲みは酒を飲まずに飲んだつもりになれ。お茶でいいだろう」、そう言っているのと同じですよ。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「ヨーロッパでもアメリカでも、世の中にヒステリーが蔓延しているから、イギリスが EUを離脱したりトランプが出てきたりするわけでしょう。つまり、行き過ぎた状況になっているということです。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「こんなふうに、食べて寝て遊んで、ときどき仕事の邪魔をする。それが、まるの一日。要するに、必要なことやしたいことだけを、好きな時に好きなようにやっている。羨ましいですな。 私もそうできれば、苦労はない。まるを見ていると、働く気が失せますよ。「なんで俺だけ働かなきゃならんのだ」って。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「 人は誰でも死ぬんだから、死は、本来特別なことではないはずでしょう。でも、今は誰もが特別なことにしてしまっている。そうじゃないとわかっていればいいんですが、本当にみんな、そう思い込んでいる。 死体を見るということは現実を見るということなんです。必ずみんなが通ることであって、それを見ることができないというのは、変ですよ。それを変じゃないと言い張って、それが文明人だと言うのであれば、生まれないで死なないでくれと言うしかないでしょう。人間が必ず通るものを見ないのは不自然です。 現代人は、とかく死から目をそらそうとしますよね。それを象徴するのが派出所の看板です。「本日の交通事故、死者二名」。人の死が単なる数字に置き換えられている。そういうものを出しておけばいいという神経が私にはわからない。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「人間の根本には、死にたくないという思いがあります。不死願望ですな。人間の面白いところは、そういう死にたくないという思いをなんとか実現しようとすること。古くは、秦の始皇帝が万里の長城をつくったでしょう。あれだけ大きいものをつくると、死なないじゃないですか。現に今でも生きている。ピラミッドもそうでしょう。結局、人は永久になくならないものをつくりたいんだってことですよ。なぜなら、自分がいずれいなくなるから。自分をそこに投影する、というより「俺がつくったんだから、あれは俺そのものなんだ」ということなんでしょう。 人間にとっての支配というのは、まず空間におよびます。そして次は、時間にいく。空間も時間も支配して永久に生きるもの、それがまさにピラミッドです。 ピラミッドは、四辺がそれぞれ東西南北にきっちりと向いている。どっちに向いてたっていいじゃないかと思うでしょう。なぜ、そんなことにこだわったか。それは、東西南北が不変だからですよ。永久に変わらないということを証明したかったんですな。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著 「この文字というものもまた、永久に変わらないものなんです。平安時代の歌なんて、その典型でしょう。詠み人はとうの昔に死んでもういないけれど、歌は現代まで変わることなく生き続けている。文字にそういう性質があることに気がついていましたか。言葉は永久に変わらないという性質を持っているんです。だから、巨大な建造物を言葉に置き換えたんです。ところが、秦の始皇帝は何をやったかというと焚書坑儒。本を焼いて、学者は生き埋めにしてしまった。万里の長城で十分だって。そういう人もいるんです。 人によっては、「文化は永久に生きるものをつくるためにある」と説く人もいますよね。それが、行くところまで行き着いてしまった。それこそデジタルです。これは絶対に消えない。ピラミッドや万里の長城はだんだんボロけてくる。本だって、紙がダメになる。インクもかすれてくる。映画や写真も、経年劣化でフィルムが傷みます。でも、デジタルデータは、まったく劣化しません。」 —『猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。』養老孟司著
養老孟司さんが、ゾウムシから幼少時代、現代のSNSから限界集落、世間や国、愛猫のまるちゃん、病院や病気などさまざまな話をしていてまるで大学の講義を聞いているような面白さでした。
この達観した感じがすごく好きです。 まるとの付き合いや世の中の色んなことを、違う角度から見せてもらった気分です。 「個性を伸ばせとおっしゃいますが」「役立たずでいいじゃない」が特に面白かったです。
『ヒトの欲にはキリがない。かたや、猫に限らず、動物は足ることを知っています』―『吾輩はまるである』 「唯脳論」を読んだのは何時のことだったか。全ては脳の機能に帰結するという考えかと思いきや、あくまで脳を意識などに直結する機能を持つ身体として捉え、ホムンクルス的なものとして位置付けないというのが新鮮...続きを読むだったように思う。その後の著作も含めて著者には「考える」ということはどういうことなのかを随分と示唆されたように勝手に思っている。 『今は極端で、なんでも言葉にしようとする世の中ですよね。言葉にすると変わらないものになるから。情報化社会ってそういうことです。変わらないもので埋め尽くしていく。そうすると意外にわからなくなるのは、生きているとはどういうことかということなんですね』―『日本語は「悪魔のコトバ」』 時に養老孟司の言葉は紋切り型に響き、結論に辿り着くまでの細かな論理展開を省略するあまり乱暴に聞こえることもある。しかしその背景にあるのは、自分の頭で試行する手数を踏まないで解った気になることへの批判であろうと思う。頭で試行するとは身体の鍛錬と同じこと。自分の思考だと思っていることが単に記憶という脳の機能の一部に保存された情報であることに気付いていますか、と常に問われている。 『脳は、非常に適応性が高い。だから、変わるんです。でも、人間はそれに気づいていない。感覚を通して変わっても、自分が変わったとは思っていないんです。それは意識が騙しているんですね』―『脳みそを変える』 もちろん、養老先生の言うことが全て正しいと考える必要はない。しかし人の意識や思考を脳という臓器の機能を通して捉え、何故そうなっているのかを考え続けてきた先人の知恵は傾聴に値する。
面白かったです。 教養ある高齢者が好きにのたまっておられる。なるほどと思うか、頑固な高齢者と思うかは読み手次第。終始、こういう見方考え方もあるんだなぁと心と頭のストレッチになりました。
”人間は意識に強く依存して生きてきて、イコールの社会をつくりました。...確かに進歩です。...そうした進歩した社会が感覚を麻痺させるという欠点は誰も指摘してくれません。” 飼い猫のことをたらたら書いている軽いエッセイと思い読んでいたが、やはり随所に鋭い養老節が効いていて良かった。猫を単にペットとし...続きを読むて楽しんでいるだけではなく、養老先生が随時主張している”意識、言葉の世界から離れる”ために動物を飼っているということであり、深い意味もあるようである。
サクサク読めました。 サクサク読めたので、内容も頭の中を通り過ぎてしまった、感じです。もったいない。なんども繰り返し読んでかみしめたいです。ゾウムシは知りませんでした。気をつけてみます。
養老孟司さんの作品で初めて読んだ本。内容の把握が難しいところもあったけど、面白いところもあった。動物からみる「感覚的」な話が良かった。 例えば、a=b、b=aというと、人間は当然aとbは全く同じという「意味付け」をする。しかし、動物は視覚的に捉えるので、両者を全く別のものに見ている。もっとわかりやす...続きを読むくいうと、リンゴが100個あったとすると、人間はリンゴという一つのカテゴリーに入れるが、動物からみると1個1個違うものと認識する。 猫ちゃんの「まる」がとにかく可愛いかった。癒された。 印象に残った言葉 ●違いがわかるようになること、それは発見。同時に「自分が変わる」ということ。 ●自分が変わると世界が違ってみえるから、退屈しない。よく若い人たちが退屈だとボヤいているのは、自分が変わっていないから。それでいつも世界が同じに見えている。
養老先生、猫の ‘まる‘ (最近、亡くなりなりましたが)を見ながら、あれこれと。 腹が減ったら飯を食い、気が向けば一緒に散歩する、眠くなったら寝てしまう。それでいいじゃないか、役立たず、けっこう、と。良いですね、養老節全開であります。曰く、マイナンバーは、情報に置き換えられた、皆さん自身ですよ、本人...続きを読むはノイズ、なんですから、とも。そうかそうかと納得感多々あり、★四つかな。
読みやすさ★★★★★ 学べる★★★★★ 紹介したい★★★★ 一気読み★★★ 読み返したい★★★ 虚無。諸行無常。 まるの日常と養老先生の視点が凝り固まった脳を解きほぐしてくれます。 あー、私、脳が凝ってたんだなー、と気づかされます。 やっぱり今の世は何でも行き過ぎなのだと。 死ぬまでには養老先生の...続きを読む境地に至りたい。
レビューをもっと見る
新刊やセール情報をお知らせします。
猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。
新刊情報をお知らせします。
養老孟司
フォロー機能について
「エッセイ・紀行」無料一覧へ
「エッセイ・紀行」ランキングの一覧へ
形を読む 生物の形態をめぐって
赤塚不二夫生誕80年企画 バカ田大学講義録なのだ!
生きるとはどういうことか
命と向き合う -老いと日本人とがんの壁-
江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する
試し読み
絵になる子育てなんかない
AIの壁 人間の知性を問いなおす
老い方、死に方
「養老孟司」のこれもおすすめ一覧へ
みんなの公開リストをもっと見る
一覧 >>
▲猫も老人も、役立たずでけっこう NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。 ページトップヘ